「はぁ?テストがある?」
バイトを始めて数ヶ月、仕事に慣れてきた五十嵐は思っていることを素直に言えるほど成長した。
店長は相変わらずせんべいをかじりつつ足を組んで食べ終わったパフェの皿の山を眺めている。
「はい。そろそろテストがあるんですよ。一応学生の仕事は勉強ですから、そこをおろそかにしてはいけないと思いまして……」
「確か、松本と同じ高校って言ってたな。松本もそうなのか?」
「はい。学年は違いますけどテストの日程は同じです」
「そうなると、小鳥遊や種島や伊波もテストなのか?」
「まぁ……そうなりますよね」
店長としては一気に人がいなくなるのは何としても食い止めなければならないのか、珍しく頭を使っている。
「それなら、この日はこの人とこの人……って、その時間に働く人は少なくなりますけどバラバラに組めばいいんですよ。そうすればテスト勉強もできるし、バイトに行くことができる。どうでしょうか?」
先程まで真剣に考えていたとは思えないように店長は顔色を変え、「それでいいや」と指をささずにパフェを食べる時に使うスプーンを五十嵐に向ける。
「俺は毎日働いてますけど、3日くらい休みくれれば全然大丈夫ですので、他の人は本人に聞いてください」
「んー」
休憩室を出ると、五十嵐の教育係の松本さんが待っていた。
「五十嵐くん。仕事には慣れたかしら?」
「ええ、おかげさまで」
松本さんの方を見ると、最初に出会った時と同じく箒を持っている。今の時間帯は松本さんがそとの掃除当番なのだろう。
「松本さんって、ロリコンの小鳥遊や、ミニサイズの種島さんとか、デスパンチガール伊波さんとか、帯刀してる八千代さんや元ヤン店長とは違って、変わったところがないですよね」
「そうよ!やっぱり五十嵐くんはそう思う!?そうなのよ!私はフツー!何もかもがフツーのフツーな女子高生!それが私なの!」
「は、はぁ…」
どうやら自分がフツーだと思っている人なんだ。だが、ここで働いてる時点でフツーではないということは、敢えて言わないでおこう。
「松本……お前はここにいる時点でフツーじゃねーぞ」
「!?」
言わないと今決心したにもかかわらず、あっさりと佐藤さんは言ってしまった。
そして料理を渡すと、「ほれ、早よ行かんか」と言い戻ってしまった。
「五十嵐くん……。私って普通じゃないの…?」
「おそらく……この異空間にいる限り、普通ではないかと」
「………しばらく休ませて」
「え、松本さん!?ちょ、え!?」
そう言って松本さんは休憩室へと行ってしまう。
「あーあ、部下が上司を悩ませた」
「佐藤さんに言われたくはないですよ…。あれさえなければいつも通りでしたもん」
「そうは言うがな五十嵐。時に残酷な判断を下さなければならない時があるんだ」
「確実に言えるのは、それを言うのは今じゃないってことです」
◇◆◇◆◇
「松本さん…機嫌直して下さいよ。そろそろバイト終わる時間ですし」
「私はフツーよ…少なくともあんな人たちよりかはフツー……」
あんな人、多分小鳥遊や伊波さんのようなまともな人間とはかけ離れた存在の人たちであろう。(種島さんはかろうじて普通。小さいだけだから)
松本さんがこれほどまでにフツーにこだわる理由はまだわからないが、口癖になるレベルでフツーを連呼するのにはそれなりのことがあったのか、それとも、異常なことが起こりすぎてフツーに憧れたのか…そこは定かではない。
「あの、松本さん…そもそもフツーっていうのは目指すものではないと思うんですよ。目指してしまったらそれはもうフツーじゃないんです。目指さないからこそそれがフツーになる。俺はそうだと思うんですが……」
「五十嵐くん……。優しいのね」
「まぁ俺が起こした事ですし、このくらいのフォローは事を招いた張本人としても、後輩としても当然かと」
「五十嵐くん。そろそろ上がりましょうか。時間だし」
しゃがみこんでいた松本さんが立ち上がると、女子更衣室へ行ってしまった。
それについていくように五十嵐は女子更衣室とは逆方向にある男子更衣室に向かった。
「佐藤さん!松本さんいじりはやめてくださいよ。本当に悲しんでたじゃないですか」
「あれは五十嵐かどんな人間かを試したんだ。よかったな。俺から見たらお前はまともな人間だ」
「素直に喜べねえ……」
◇◆◇◆◇
「そういえば松本さんって帰り道同じですよね」
従業員用出口から松本さんと五十嵐、小鳥遊と種島さんと佐藤さん、店長と八千代さんが出ると、店長が鍵を閉める。
「最近物騒だからなるべく集団で帰れよー」
「そうなんすか。じゃあ松本さん。帰りましょうか」
「え?あっ、わかったわ。学校も同じだし、家も近いと思うしね」
「俺は種島送ってくわ、小鳥遊は1人で大丈夫か?」
佐藤さんは種島さんの髪型をあっという間に変え、種島さんを怒らせながらクルマの中へと連れていく。
「俺は大丈夫ですよ。ではお疲れ様でした」
ぺこりと一礼すると、小鳥遊は店を出て左に、佐藤さんと種島さんを乗せた車は真っ直ぐに、店長と八千代さんも真っ直ぐに行ったのを確認してから、五十嵐と松本さんは右方向へと帰っていった。
「そろそろテストですね。勉強が面倒でやる気が失せるんですよねぇ」
「私はフツーに終わらせるわよ。暗記をちょっとして問題解いて、それを繰り返す感じ」
「俺はひたすら問題解く派ですね。そのせいで2年の後半くらいまでの勉強やっちゃってしばらくは復習しかしてないですけど…」
「もしかして五十嵐くん…。一応聞くけど学年順位は?」
「え?1位ですけど?」
「素の天才じゃなくて、努力したからなのね…うちは進学校なのに」
五十嵐はキョトンとした様子で松本さんを見る。五十嵐にとってはそれがフツーなのか、当たり前のように言う。
「んー、でも苦手な教科はありますよ。例えば体育とか」
「かの五十嵐くんでも苦手なものがあるのね」
「運動だけはほんっとにできないんですよ。スポーツも女子に負けるレベルです」
「そ、そうなの……」
「あ、俺こっちなんですけど、松本さんは家どこなんですか?」
五十嵐は右方向を見ると、松本さんも右方向を見る。まさか、家が近いのか。
「家近いですね。今度家行っていいですか?」
「え?家はちょっと……色々あるから…だめかな?」
「そうですか。なら今度ウチに来てくださいよ。色々していただきたいことがあるので…」
五十嵐の言う色々は、主に妹の面倒を見ることである。家事をする時に妹達がワーキャー騒がれると家事ができなくなってしまう。
母に注意してもらったり、世話をしてもらうのはまず無理なので、松本さんになんとか頼むしかないのである。
「色々がなんだかわからないけど、予定が空いてたらいいわよ」
「ありがとうございます。じゃあ俺家ここなんで、また明日」
「ええ、また明日」
◇◆◇◆◇
松本さんが家に帰り、自分の部屋に戻るとベッドで足をバタつかせていた。
「…これはフツーなのよ!男の子と家で色々するのはフツーなの!フツー!フツー!!」
……なんだかんだでピュアな松本さんだった。
1週間後、無事に学生組全員がテストを終え、シフトがいつも通りに戻るとこれまたいつも通りの光景が見えていた。
伊波さんにバッタリ会ってぶん殴られる小鳥遊、伊波さんを止めようとする種島さん。
こんな非日常が日常に見えてしまうのは、もうおかしいという概念が消し飛んだからなのか?
「ほんっと、ここはフツーじゃねーな」
と1人で呟く五十嵐であった。
なんか嫌味な五十嵐くんの自己紹介でした。
みんなで勉強会!とかはいつか書きます。
次回は音尾さんと相馬さんの話を書くつもりです。
またのご来店、お待ちしております!