ある日のこと、五十嵐は制服の胸ポケットあたりについている「研」と書いてあるバッジを店長に見せた。
「店長、俺っていつまで研修バッジつけてるんですか?一応仕事の内容全部(相当前に)覚えましたし、給料若干少なくなるから早く外したいんですが」
「あー?それもそうか。わかった、貴様の研修バッジを外してやろう。これからは研修ではないのでビシバシやってもらうぞ」
「週7でやってる時点で既にビシバシされてる気がします」
割と真面目に言ったにもかかわらず、店長はそれらの話がなかったことになったかのようにパフェを求めて八千代さんの方へ行ってしまった。
「まぁいいか。バッジは机に置いておけば気づくだろ」
「そうだ。忘れてた」
「何ですか急に」
何かを思い出したのか、店長はパフェを片手に五十嵐のところに再び戻る。
「今日は音尾が帰ってくるぞ。ついでに土産の菓子もやってくる」
「そんな報告は結構です。音尾さんより土産目当てでしょうに」
「そうだ。何が悪い」
「まぁ……僕もあんまりここにいないし、それは仕方ないと思うよ…」
「ってうわっ!?音尾さん…いつからそこに?」
店長の背後から幽霊のごとくやってきたのはこの店のマネージャー、音尾さんだ。
人当たりがよく優しいのだが、押しに弱く、お菓子を店長にあげるせいで斬られそうになる不遇な人だ。
「音尾さんだー。おかえりなさーい!」
本物のお父さんが帰ってきたように種島さんは音尾さんを迎える。
すると音尾さんの後ろで一人の少女がモジモジとしながらこちらを見ている。
「……ん?誰ですかその子」
「あ、この子はね、僕が妻を探しに駅に行ったらこの子がいて、夜も遅いし道に迷ったのかと思って声をかけたら……
『貧乏ながらも慎ましく生きていたのですか先日家が火事になり全焼。家族散り散りになり命からがら逃げてきたのですが先ほど盛大にずっこけて頭を打ち記憶喪失になって家に帰れず行くところがありません』
だなんて……可哀想だよね………」
「何というか……色々話が変だよな小鳥遊」
「はい。すごく嘘っぽいです」
「えっ……?嘘っぽい?」
「話のつじつま合ってないし…」
「もしかして、家出とかして行くところなくて人当たりのいい音尾さんに話しかけた……とか?」
「〜〜ッ!?」
少女はそれを聞くと動揺を隠せずにプルプルと震えていた。どうやら図星のようだ。
「五十嵐くんもかたなしくんもひどいよ…女の子を嘘つき呼ばわりするなんて…」
「え」
「でも……」
「口答えしない!そーゆーのはめっ!だよ!」
「怒ってる先輩かわいい……」
「何故俺は怒られてるのでせうか」
家出少女が震えている中、小鳥遊は先ほどの言葉を撤回しようと説得する。
「家がないってことは、生活用品とかその他諸々も無いわけでしょう?」
家出少女はキャリーバックを転がし小鳥遊達に見せる。
「いえ、必要なものは全部持ってきました」
「嘘を隠す気あんのかよ!」
「全焼したのに全部持ってこれるのかよ」
「認めん……認めんぞ……!お前の持ってくるものは菓子以外一切認めないぞ!」
店長は【家出少女 く 菓子 】だというのか。人の命よりも食べ物を取る辺り、店長の頭の中は食べ物で支配されていることがよくわかった。
「あの……」
「うるさい。帰れ」
「これ……」
家出少女は高級和菓子詰め合わせを店長に差し出すと、高速で奪い、袋を開けて「採用」とだけ言って何処かへ行ってしまった。五十嵐の時と同じように。
「何で全焼したのに高い菓子買えんだよ」
先程から五十嵐はつっこんでいるがこれ以上探るのは不毛だと判断してツッコミを諦めた。
「そうだ」
「何で店長は思い出すのが遅いんですか…」
「コイツの面倒をどっちかが見ろ。五十嵐、小鳥遊」
「「面倒を見るのは……」」
「小鳥遊」
「五十嵐さん」
2人同時に相手の名前を呼ぶと口喧嘩のようになり、なぜか「こっちの方が辛いんですよアピール」合戦となった。
「俺は伊波さん担当なんですよ。毎日毎日殴られて……それにこの子まで面倒見たら、体が何個あっても持ちませんよ!」
「そうは言ってもだな。俺は最近研修バッジを取った新人バイトなんだよ。まだまだ分からないことだらけなんだよ。俺にはこの子の面倒を見るのは責任が重い」
五十嵐は大嘘を平気で言うが、小鳥遊は騙されている。
「はぁ……もういいや。私が勝手に決めよう」
言い出しっぺの店長が菓子を食べながら指をさす。
「五十嵐。お前コイツの面倒見てやれ」
「……え?」
◇◆◇◆◇
「……で、あんた名前は?」
「山田 葵(やまだ あおい)です。16歳です」
「同い年かよ……そうは見えないけどまぁいいや。これからよろしくね。俺の名前は五十嵐 光希。呼び方は何でもいいよ」
「よろしくお願いします。いがらしさん」
バイトを始めた時期が一番遅い五十嵐は山田さんに教えられる限りの事は教えたのだが、彼女には1つとんでもない問題があった。
ガシャーン!パリーン!ガシャパリーン!と、皿を割りまくっていることだ。それもほぼ分刻みで。
「山田さん。結構割りまくってるけどちゃんと破損報告書に全部書いておいてね」
「……」
山田さんは黙々と掃除をしている。聞こえないのだろうか。
「山田さん?山田さーん、山田ー!」
「……あっ、そうだ。私山田でした」
「お前偽名なのかよ!!」
「いがらしさん。山田じゃわかりません」
「じゃあ本名を言えよ…」
「下の名前で葵と呼んでください」
「わかった」
数分後、皿が割れた音が聞こえたので五十嵐はフロアに出る。
「おい葵、破損報告書に書いとけよ」
「……いがらしさん、なんかそれ気持ち悪いです」
「お前が言えって言ったんだろーが……!やっぱ山田って呼ぶからな」
◇◆◇◆◇
夜になってくると客も増えるわ問題も増えるわで何やかんやあったが、無事先輩1日目を終えた。
「山田。お前泊まるところないんだろ?ちょっとの間だがうちに来いよ。お前にはやってもらいたいことがあるんだ……」
「え?何ですか?やまだを必要としてるんですか?」
山田はキラキラした顔で五十嵐の方を見つめる。
「ああ。お前だからこそできることだ……」
一方五十嵐は悪魔のようにニヤリとしている。
「……フッ」
山田を家に招き入れ、やらせたこと。それは妹達のお世話だ。
人さえいれば遊び相手にしてくる妹達は、五十嵐にとって料理の邪魔でしかない。妹達のせいで包丁で指を切ったことは両手の指では数え切れないほど。能天気そうな感じの山田を連れていくことで、五十嵐は楽ができ、山田は泊まる家がある。お互いwin-winな関係になっている。
「なっ、何なんですかいがらしさん!この子達やまだに乱暴してきます!!」
「皿を割りまくった罰だと思え!明日も割りまくったら泊めてやるぞ!覚悟しとけ!」
「そんな不平等な!このためだけにやまだを家に呼んだんですね!?」
「当たり前だ!お前は反省するんだよ!初日から迷惑ばっかかけやがって!」
「ううっ……おとおさん……カムバーーーーーック!!」
今後、振り回すのは五十嵐なのか、山田なのか……それは誰にもわからないことである。
もし、割った皿の弁償代を給料から引いたら山田はどうなるんでしょうかね。ほぼ毎回マイナス。つまり働いてるのにお金払ってると思うんですよねw
次回は困った伊波さん。的な感じのお話の予定です。
またのご来店、お待ちしております。