魔法少女まどか☆マギカ [外編]英雄の物語   作:クウキ

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ギリギリ二ヶ月は越してたまるか、と全力で書き上げました。
話自体の内容は大体出来ていますが、確定で前回以上になりますので前後篇となります。


第六話 失われた昨日へ

 かつて、明日を守る為に戦った戦士達が居た。

 30世紀の未来から来た彼ら、そして現在で戦いに巻き込まれた彼は、自分に都合の良い未来を甘受するのではなく、誰かにとって悲惨になる未来を変える為に犯罪組織と戦い、結果現在を守り新しき未来へと繋げた――のだが。

 

 

 

 

 

 その歴史は、粉々に砕かれた。

 絶え間なく永遠を刻む筈だった時計は、何の前触れもなく止まったのだ。

 そこまでに積み上げられた努力が、苦労が、そして結果が。全て水の泡と化し、何事も無かったかのように消え去ってしまった。

 

 

 

 針が壊れた時計は、再び前に進むことも出来ないまま止まり。

 

 再び彼らが揃い、針を進める時を静かに待ち望んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 佐倉杏子は所謂魔法少女である。

 

 キュゥべえと呼ばれる生き物と契約した彼女は、平日の昼間は学生として、夜間は世界を脅かす魔獣と戦う魔法少女として、二つのやるべき事を両立をさせながら日々を過ごしている。

 元々は隣町である風見野市の魔獣を狩っていた彼女だが、風見野が平和になったところで旧知の仲であるマミから魔獣狩りを手伝って欲しいと頼まれ、隣町の見滝原に移住、今はマミの家に居候をしている。

 

 

 

 

 

 この街に来てから新たに出会った魔法少女は、二人。

 

 

 

 美樹さやか。杏子からすれば初めに出会った時から随分成長した、という印象だ。

 初めて出会った時はとても弱く、険悪な関係だったが、今では背中を任せて戦ってもいい、と思える友達になれた。そう杏子は思っている。

 

 

 そして、もう一人。暁美ほむら。

 彼女に関しては、杏子は未だその心中をよく分かってない。

 戦っている最中稀に心ここに在らずといった表情をしたり、話していると妙に自分の事を見透かされていたり、少し不気味にも思える。

 しかし、戦闘に集中している時は自分達仲間の事を第一に考えたり、仲間を大切にする一面も兼ね備えている。

 

 今の杏子にとっては、それだけで充分仲間と呼べる。呼べるのだが。

 

 

 

「……」

「……」

 

 放課後。突然ほむらに呼び出された杏子は、ハンバーガー店に寄り道。

 しかし一向に話す気配もなく、何処か話すの躊躇っている彼女に対しては、流石に苛立ちを覚えずにはいられなかった。

 

 

 

「おいこら。わざわざこんな所に呼び出しておいて、何も話さないわけ?」

「……ごめんなさい、心の準備が出来ていなくて」

 

 どこか申し訳なさそうにするほむらの表情に、嘘はない。

 であれば、本当に話すのを躊躇われるような事があるのだろう、と判断した杏子だったのだが。

 

「……杏子。最近何かがおかしいって感じないかしら?」

「はぁ?」

 

 そんな突拍子も無い話をされるとは微塵も思っておらず、思わず指でつまんだポテトをトレーの上に落としてしまう程。

 

 

 

「ちょっと、それどういう事?」

「言葉の通りよ。何か、こう……日常に違和感を覚えたりはしてないかしら?」

 

 何かの聞き間違いかと思い思わず聞き返すが、先程とは一転、ほむらはあっけらかんとした態度で言い放ち、それが聞き間違いでないことを思い知らされた。

 

「アンタ、頭でも打った?」

「……そう思われても仕方ないのは分かるけど、とりあえず聞いて」

「?」

「……杏子、あなたと私はどうやって出会ったのか覚えてる?」

「は?」

 

 何を言っているんだ、と思いつつも杏子は昔の記憶を思い起こさせ。

 難なく思い出せたそれを話した。

 そう、あれは確か。

 

「……マミに呼ばれてこの街に来て、紹介されたのが初対面だろ?」

「……そう、よね。じゃあ、それはいつ?」

「確か……二ヶ月位前の話じゃないっけ?詳しい日付までは覚えてねーけど」

「……それも、そうよね」

 

 よくわからない過去の質問に杏子が答えると、ほむらはそれに無理やり納得をしている様に頷く様子を見せる

 言葉の通り、杏子がこの街に来たのは二ヶ月ほど前。忘れてしまう様な期間でもないだろうに何故こんな質問を、と疑問に思う杏子。

 

「じゃあ……あなたとさやかとは、どんな経緯で仲良くなったのかしら?」

「は?何でそんなこと──」

「いいから答えて」

「ったく、人使いが荒いっつーか……ん?」

 

 有無を言わせないほむらの態度に呆れながらも、杏子はまた過去の記憶を思い出そうとして、そこでふと自分の記憶に、不明瞭である部分がある事に気付いた。

 思い出せないのだ。自分とさやかとの絆が深まる過程が。

 

 仲良くなる前の険悪な関係は覚えている。

 

 仲良くなった後の良好な現在の関係も覚えている。

 しかし、その間だけが何故か思い出せないでいる。そう、まるで存在していないかのように。

 

「あれ……?変だな、思い出せねえ。っつーかあれだろ、戦いの中で自然に仲良くなったみたいな」

「真面目に言ってるの?」

「う……」

 

 容赦を許さないほむらの言葉に、杏子は思わず口をつぐませる。しかしそれはほむらの言葉が正しいと認識しているからこそ。

 自分でも何故こんな事を言ったかは分からないが、杏子には実際そうであるとしか考えられないのだ。

 同時にさやかに対しても少し申し訳なさを感じてしまう。大切な友達との記憶を一部とはいえ思い出せない、しかもそれをなあなあで流そうとした。馬鹿みたいな事を言ってしまった自分に向っ腹が立つ。

 

「……何故こんな事をあなたに聞いたか分かるかしら?」

「?」

「私も思い出せないからよ。貴方達がどうやって今くらい仲良くなっていったのか」

「んな、馬鹿な……!?」

 

 ほむらの言葉は、杏子にとって安堵と驚愕を同時に覚えさせるものだった。

 自分と同じ状況に陥った仲間を見つけた時の安堵。そして、まさかほむらまで覚えてないなんてという驚愕。

 杏子、ほむらがマミ達と共に魔獣狩りをする様になったのはほぼ同時期である事は覚えていた。

 であれば、杏子とさやかとの間の絆が深まる過程をほむらは少なくとも見ている筈。

 それを覚えていないという事は、つまり。

 

「マミとさやかにも聞いてみたけど、覚えてないそうよ。それどころか、さっきのあなたと同じ事を言っていたわ」

「おい、それって……」

「──杏子。今から風見野市に一緒に来てくれないかしら?確かめたい事があるの」

 

 

 

 話の流れを切るような突然の提案。だが、杏子は不思議とその提案に否定的ではなかった。

 何故かといえば多分。それを提案してきたほむらの表情が、普段の彼女と同じ様に見えて違う──確かな感情を露わにしているものだからだろう。

 少し考えた後にカップに残っていた飲み物を飲み干し、鞄を背負う様に持って立ち上がると一言。

 

「地元であたしが通ってた美味いラーメン屋があるんだ。そこで晩飯奢ってよ、それが条件」

「……ありがとう」

 

 いつもと変わりない、八重歯を見せながらの活発な笑顔をほむらに向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見滝原から風見野までの距離は、バスで数十分程。

 風見野のバス停に着いた時には既に夕日は沈みかけ、空を暗闇が覆い始めていた。

 

 バスから降りた杏子の目前に広がっていた光景は、正しく杏子の知る通りの街の風景。

 自身の記憶と何ら変わりないそれに、記憶に自身が少し持てなくなっていた杏子は安堵。

 一方ほむらは、険しい表情で街の風景を見つめていた。

 

「記憶の中の風見野市と何か変わりはある?」

「いや、今の所はねーよ。前とあまり変わりない」

「……じゃあ、散歩がてら街を見て回るわよ」

 

 そうして、時間としてどれ位が経過したのか。

 

 風見野中を満遍なく歩いて回り、たまにほむらが立ち止まったかと思えば杏子に記憶と変わりがないか尋ねて、変わりがないと答えるとまた足を動かす。

 

 何度かそのやり取りを繰り返した後、二人が辿り着いたのは。

 

「ここ、は」

 

 口からこぼれ落ちる様に杏子が呟いた。

 外観からでも分かる、凄まじく荒れ果てた教会。

 ボロボロになったそれは杏子の記憶にあるそれ──過去の、父の教会と同じ。

 

 

 

「……扉が開いてるわね」

 

 

 

 

 

 ただ一点、二人がが気になるのは。その扉が──恐らく何年振りかに──開かれているという事。偶然とは思えないタイミング。覚悟を決め、開かれた扉の隙間から恐る恐る教会の中に入った。

 外観の様子と同じくボロボロになった中は、もう何年も使われていない事を知らせているかの様。

 

 しかし奥の講壇の上。我が家の様にくつろいで寝そべっている何者かの影が確かにあった。

 

「っ──おい、そこで何してやがる!」

 

 怒りを露わにした杏子の怒声が、教会中に響き渡る。

 荒れ果てたとはいえ、元々は父親が運営していた教会。我が物顔で居座られていたら、怒るのも無理はない。ないのだが。

 

「あァ……?」

 

 その時ばかりは運が悪かったと言うしか無い。

 寝そべっていた上半身裸の男が講壇から降り、杏子達の方を向いて一睨み。

 蛇の様なその瞳が、二人を貫いた瞬間。彼女らが今まで味わったことのない様な恐怖が、二人の身体を縛った。

 

「何だ、あいつは……!?」

「体が動かない……!」

 

 運動をしたわけでもないのに、心拍が上がり呼吸が荒くなる。体内が活発だと言うのに、その身体が動く事はない。

 正に蛇に睨まれた蛙とでも言うべきか。

 

「何だ、テメェ等は」

 

 講壇の近くに置いてあった椅子。そこの背に掛けてあった蛇柄のジャケットを羽織ると何故か椅子の上に置いてあったスタンド式の鏡を右手で乱暴に掴む。

 その後黒いズボンのポケットから長方形状の何かを左手で引っ張り出した男は、動けないほむら達に近付いてきた。

 しかし、彼女らは幼くても超常の世界に身を置いている魔法少女という存在。

 恐怖を無理矢理にでも断ち切りその身を光に包ませ、魔法少女としての服を纏い、本能的にそれぞれの得物を男に向けた。

 

 

 

 普段の二人ならば、丸腰の一般人に武器を向ける等絶対にしない。しかし彼から発せられる気配は、二人が今までに感じたことのない程にどす黒い物。

 純粋な悪意と言ってもいいそれは、二人を最大限警戒させても不思議ではないものだった。

 そしてそれは、男が二人の変身した姿を見るとより一層濃いものになる。

 

 

 

「ライダー、じゃねえなあ……まあ、何でもいいさ」

 

 

 

 

 

「──新たな祭りの始まりだ」

 

 

 

 

 言葉と共に鏡を乱雑に上に放り投げ、男──浅倉威と呼ばれる男が、左手の「カードデッキ」を向けている姿を投げた鏡に写し出す。直後、浅倉の腰に中心部に窪みがあるベルトが出現。宙で一回転した鏡が再び浅倉の姿を映し出した時、紫の鎧に包まれた蛇の戦士が誕生していた。

 

 黒の素体の強化スーツ。その上から手足と胴体を覆う紫の鎧。蛇の頭を模したデザインの頭部。

 左手に同じく先端が蛇を模した杖「ベノバイザー」を握ったその戦士。

 その名は王蛇。仮面ライダーという英雄の名が一番似合わない戦士。

 

「あァ……こっちもイライラしてたんだ、楽しませろよナァ!」

 

 新たな獲物を見つけた蛇が舌舐めずりをする時の様に王蛇が頭をゆっくりと動かす。

 ほむらや杏子にとって、謎の男が変身したその姿には見覚えがあった。

 遊星や輝夜の使う英雄の力――もっと細かく言うならば、輝夜に教えてもらった【仮面ライダー】と呼ばれる方の特徴によく似ていた。

 

 二人に次ぐ新たな戦士。英雄という名前から程遠い、言うなれば殺人鬼の様な雰囲気を醸し出しているそれは、ほむら達にとっても最大限警戒するべきもの。

 

「(ほむら、アンタは後ろで見てな。この場所じゃ弓は扱いにくいし、何よりその場所ならやばい時直ぐに逃げれる)」

「(あら、心外ね。私がさっさと逃げる様な性格に見えるかしら?)」

「(……ったく、気をつけろよ。コイツやべえぞ……!)」

「(ええ、分かってる。あなたこそ注意して。この男、残忍さだけで言うなら恐らくこれまでのどの敵よりも上よ)」

 

 そんな状況でも、魔法少女達は身体と心を縛る恐怖を跳ね飛ばし。恐怖からか無意識の内に下に向けていたそれぞれの武器を、再び構え直す。

 

 

 

「黙りこくってねえで、さっさと俺と戦え!」

 

『SWORD VENT』

 

 

 

 テレパシーで会話した二人を見て更にイライラした様子の浅倉が、勢いよくカードデッキから一枚のカードを引き抜き、ベノバイザーの先端に備え付けられていた挿入部分にカードを挿れる。

 

 くぐもった男性の様な低い音声が鳴ると、王蛇の右手に蛇の尻尾を模した剣「ベノサーベル」が出現。

 

 握られたそれを、子供が拾った木の枝を振るようにブンブンと振り回している様子は、まるでそれを振るう感覚を取り戻している様。

 

 直後、浅倉によって上に放り投げられていた鏡が地に落ちて粉砕され。

 

 

 

 同時に、杏子と王蛇が駆け出した。

 

 

 

 

 

「おらああぁ!」

 

 

 

 元々そこまで気性が荒いわけでもない杏子が、珍しく雄叫びに近い声を上げながら姿勢を低くして一気に地を駆ける。

 相手の得物は剣。対して、杏子は長槍。射程で語るならば杏子が有利。

 

 俊足を用いて、一気に王蛇の目前まで距離を詰めた杏子が槍を振るうが、それは槍と同時に同じ軌道で王蛇が振るったベノサーベルに防がれる。

 それを何度か繰り返し、衝突する度に互いに衝撃で後退し、しかしそれでも再び衝突し。

 

 

 

 

 

「この程度か?もっと楽しませてくれよ!」

 

「へっ、んな事言っているとその内足元をすくわれるぜ、おっさん!」

 

 

 

 

 

 軽口を叩きながらも何度かの競り合いで杏子は気付いた。刃を重ねる毎に、この男の力が少しずつ、しかし確かに上がっている事に。

 

 今はまだ誤差で済む程度だが、まるで戦闘の感を取り戻していくかの様に力の上がり方は増して行っている。このままなら、あと何度かの衝突で不利になる。

 

 

 

「……さーて、そろそろ勘が戻ってきたぜ」

 

 

 

 そんな事を考えていた直後の衝突。王蛇の言葉と共に、それまでとは一線を画する様な凶暴な刃が。杏子の槍を軽々と跳ねばし、教会の出口付近の床に突き刺さった。

 

「な」

「甘いんだよ!」

 

 宙に飛ばされる槍。直前までそれに体重を乗せていた杏子は、無理やりそれが飛ばされた事により身体のバランスが崩れてがら空きに。

 好機を見逃さず、相手が少女だとしても容赦なくその身を切り裂こうと刃を振るうが――突如その腕に走った鋭い激痛が、その行動を阻害した。

 

「ッ……!?」

 

 いかに狂人と謳われる王蛇であろうと、人間である以上身体の機能である痛覚を完全に無視することはできない。

 

 構えていたベノサーベルを落とし、腕の痛みが走る部分――矢で貫かれた様な傷跡が鎧の上からあるその部分を抑えながら、それを行ったであろう存在――弓を構えていたほむらを、仮面の下からでも想像に難くない憎悪の表情で睨みつける。

 

「立てるかしら、杏子?」

「ああ、何とかな……わりい、助かった」

「――決めたぜ、まずテメェからぶっ潰す!」

 

 横槍を入れたほむら――無論、単に苛立ちの衝動がほむらに向いただけというのが理由だろうが――に完全にキレたという様子で叫びながら、再びカードデッキから引き抜いた一枚のカードをベノバイザーに装填した。

 

『ADVENT』

 

 音声とともに、変身する際に用いた鏡の破片――立ち上がった杏子の足元にまで届いていた小さな破片から出てきたその影が杏子を襲う。

 前触れも、殺気もなしの突然の襲来。「ミラーワールド」という概念を知り得ないので仕方ない事なのだが、対応する事が出来ず、身体に巻き付いた何かに拘束されてしまう。

 

「そこで見てな、後で相手してやる」

「杏子!」

「クソ、離しやがれ!――待て、何だコイツは」

 

 悔しがりながらも、自身に巻き付いている存在を見上げ――絶句した。

 

 杏子が知っている限り、その存在は蛇に分類されるのだろう。しかし、確実に地球上に生息している普通の蛇ではないという事だけは分かる。

 天井とまでは言わないものの、蛇であるのに巨体とも呼べるその大きさは、まるまる人間を飲み込めてしまいそうな程。

 

 口から垂れている毒々しい液体は、喰らったら魔法少女であっても確実にただでは済まないであろうと想像させる。

 

 

 

 王蛇に呼び出された蛇――否、コブラ型の契約モンスター「ベノスノーカー」は、主人である王蛇に世界を超えて呼び出され、その命に従い杏子を拘束した。

 

 力任せに振りほどこうとするも、抵抗すればする程その身体に巻き付いた拘束がより一層強固なものになり、下手をすれば骨すら折られかねない。

 

 

 

 

 

「さぁて、これで邪魔は入らねえなぁ!」

「く……!」

「馬鹿、逃げろほむら……!」

 

 

 

 落としたベノサーベルを再び拾い上げると、王蛇はほむらの方に向き直る。

 

 正直言えば、ほむらはこの場から逃げ出すことは不可能ではないと思うし、実際その通りだ。やろうと思えば幾らかチャンスはあったし、教会を飛び出してマミや輝夜達を連れてくれば勝てない相手ではないと確信している。

 

 しかし、それをさせないのが拘束された杏子の存在。この場を離れれば彼女に何をされるか分からないし、それどころか「前」の様に道連れで男ごと死にかねない。

 それだけは嫌だった。見捨てて逃げる事だけは、この「やり直せない」時間を生きているほむらにとっての愚策。「彼女」の事を覚えていないとはいえ、彼女は仲間なのだ。

 正義の味方を気取るわけじゃない。安っぽい同情に流されたわけでもない。

 

 ここは彼女――まどかの犠牲の上で成り立った世界なのだ。であれば、これ以上自分を助ける為に目の前で犠牲になる仲間を見捨てたくない。それだけの話だ。

 

 

 

 だからこそ。ベノサーベルを担いで迫ってくる王蛇に対し、無謀ながらも弓を射る手を休めないのだ。

 

「ハッ、無駄だよ!」

 

 桃色の奇跡を描きながら、次々と放たれる矢。その数は一、二、三、四、五、六と次々射られていくが、それら全てが振るわれたベノサーベルに阻まれる。

 どんな軌道で飛び回ろうとも王蛇がそれを叩き落とす。その状況に、ほむらは焦りを覚え。

 次の瞬間、突然王蛇の姿が眼前から掻き消えた。

 

「消えた……!?」

 

 突然相手が消えた事に動揺するほむらだが、それも一瞬後に落ち着き。

 自身の周辺にある、飛び散った鏡の破片に意識を集中させた。

 

 先程ベノスネーカーが鏡の破片から出てきたのをほむらは目撃している。その上である仮説を立てていた。

 仮に、仮にだが――鏡の世界。或いは、それに類する何かがあるのだとすれば。そこを出入りする機能があの蛇の様な生き物に備わっているのだと、或いは元々鏡の世界に住んでいていたのだとすれば。

 その主人たるあの戦士も、鏡を通して別の世界に出入りする事が出来るのではないかと。

 

 

 

 

 ほむらの説は概ね正しかった。

 王蛇、そしてそれに類する――言うなれば「龍騎の世界」のライダー、そしてミラーモンスターと呼ばれる存在はミラーワールドと呼ばれる鏡の 世界に自由に出入りする事ができる。

 

 しかしただ一点だけその仮説は間違っていた。それは、その鏡の世界への入り口を「鏡」と限定してしまった事。

 ミラーワールドに入れる入り口は鏡ではない。光を反射する性質がある物であれば、何処からでも出入りできるのだ。

 

 そう、例えば。

 

 

「つまらん――さっさと死ね」

「な、ぁ……!?」

「ほむらっ!!」

 

 

 

 先程王蛇によって弾かれ、今は教会の出口付近に突き刺さっている槍の穂先からですらも。

 

 

 

 

 

 完全なる情報不足からの不意打ちに、ほむらは対応することが出来ずに。

 

 ベノサーベルで正確にその心臓を貫かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浅倉威がこの場に居たのは、少なくとも彼からしたら偶然の出来事だった。

 凶悪な犯罪者であり脱獄者でもある彼は、宿敵である男との決着がもう永遠につかないことに苛立っていた時、自身を追って現れた警官隊に生身で立ち向かい――四方から一斉に放たれた凶弾に、倒れた筈だった。

 

 しかし気がつけばこの教会に居て、しかも身体に傷一つついていなかった。

 自身が何故蘇ったかも分からないまま、とりあえずここを根城にする事を決め、一度休息をとっていたその時にほむら達がやってきたという訳であった。

 

 

 よって、ほむら達が「龍騎の世界」のライダーを知らないように、浅倉も魔法少女という存在においての最大の秘密について知らないわけで。

 

「ほむら……!?」

「――あァ?」

 

 心臓を破壊され、傷口からも大量の出血をしてその服を血に染めているほむらが。

 ベノサーベルを持っている右腕を、その細身からは想像も出来ない程の握力で掴まれれば、その奇怪さに思わず声が出てしまうのも無理はなかった。

 未だ尚ほむらの身体を貫いているベノサーベルを引き抜こうにも、握力が強すぎて引き抜くことが出来ない。

 

 

 

「――そうか、ソウルジェム!」

 

 

 

 同じ魔法少女である杏子には、死んでいる筈のほむらの身体が活動できる理由にすぐ思い当たった。

 魔法少女の魔力の源とも言えるソウルジェムには――世界が改変された事により、最大の秘密は無かった事にされたが――秘密が隠されていた。

 

 

 

 それは、ソウルジェムには魔法少女自身の「魂」が宿っているという事。

 たとえ肉体がボロボロに――或いは、消滅までさせられたとしても。ソウルジェムを破壊されなければ、肉体がミンチにでもならない限り魔法少女として活動できる。魔法少女にとって肉体とは、外付けのハードウェアでしかないのだ。

 

 

 

 奥でベノスネーカーに拘束されている杏子の場所からでも確認できる――否、恐らくほむらが見せつけているのだろうと判断した。

 顔は王蛇が邪魔で確認できなくとも、その左手の甲。ほむらのソウルジェムがある場所ををわざと杏子に見せつけるかの様に、不自然に左腕を横に突き出していたのだから。

 左手の甲のソウルジェムは、確かにいつもと何ら変わりなく紫の妖しい光を放っていた。

 

 

 魔法少女とは条理を覆す存在。たかが心臓を破壊された程度で、活動停止するほど甘くない。

 それに、ほむらにはまだ胸に秘めた願いが残っている。

 誰にも分かってもらえないであろうその願いを叶えるまで、自分は倒れる訳には行かないと。

 その強い意志が、心臓を破壊された痛みにも耐え。こうして、王蛇の腕を掴んでいた。

 

「チッ、ゾンビみてーな体しやがっ――あん?」

 

 心臓を破壊されても尚立ち上がる。原理が分からず、さらに苛立ちを募らせる王蛇は――そこで初めて、今のほむらの表情を見た。否、見てしまった。

 

 

 才色兼備と言われる面影は何処にもなく。鬼面の如き表情と殺気立った視線が、仮面で見えない筈の王蛇の眼を貫くように睨んでいた。

 

 

 門矢遊星にも、そしてゴ・ガドル・バにも敗北したほむらの心は、他の誰よりも壊れかけていた。

 それは、ある意味での脅迫。己から己に対して課せられた呪いのようなもの。

 史上最悪の魔女――ワルプルギスの夜に繰り返す時間の中で何度も負け続け、その結果「最高の友達」を失ってしまった彼女。

 

 自分が負けては誰かが消える。だから負ける訳には行かない。

 

 

 ――負けるもんか――

 

 

 強迫観念にも近いその想いは、彼女の心を縛るように今もなお渦巻いて。それは、ほむらに眠るある感情を呼び起こした。

 

 

 ――負けるもんか――

 

 

 世界が「彼女」の事を記憶しなくなった時からずっと、暁美ほむらはこの感情を忘れていた。

 

 

 ――負けるもんか――

 

 

「彼女」を助けるために、何度も時を繰り返したあの時の感情。

 

 

「負ける、もんかああああああ!」

 

 

 自身を突き動かしていた、感情の力を。

 ほむら自身にもこれが何なのか分かってない。ただ一つ。確かに言えるのは。

 まどかを思うほむらの感情が、彼女に世界の条理を覆しうる新たな力を与えたという事だけだ。

 

 

 

「ガ、アアアアアア!!!?」

 

 王蛇には、何が起きているのかが理解出来なかった。

 突如ほむらが叫んだかと思えば。彼女の背中から灰色の翼が出現。

 羽がある空間に対して侵食している様にもみえるそれは、一瞬で王蛇の体全体を飲み込む。

 

 

 飲み込まれた王蛇は、突如身体に流れ出す痛みに叫び出した。

 全身を襲う激痛に身を置きながらも、自身の視界を取り巻くように現れた闇をベノスネーカーで振り払う。

 しかし、王蛇がいくら剣を振るったところでその闇は消える事がなく。

 逆に浅倉自身の意識に入り込んでくるかの様に、一層闇に取り込まれる感覚までしてきて。

 

 

 

「ガ、ガ、ガ……!」

 

 

 

 意識が堕ちていく。どこまでも、どこまでも。

 視界は既に完全なる黒に染まっている。腕を掴んでいた筈のほむらでさえも消え、その闇にはいつの間にか変身が解けた浅倉しかいなかった。

 それでも必死に足掻く浅倉だが、最早自分が何を喋っているのかも理解できていない程に意識がはっきりしていない彼に、抵抗の余地はない。

 脳が、筋肉が、眼球が。浅倉の体全てが、闇の中で眠る事を受け入れる。

 

 

 

 

 

 残ったのは、彼の「記憶」だけ。しかし記憶だけの存在である彼に存在する意義はない。

 無念。苛立ち。怒り。浅倉威という男が抱いていた感情が、徐々に消え去っていった。

 

 

 ――んな所で祭りは終わりかよ。クソ、が……――

 

 

 消えていく意識の中で。

 自分を「引き戻そうと」していた何者かに対して、呪いにも近いそれを心で呟きながら。

 

 この世界に本来存在する筈のなかった浅倉威という男の記憶は「再び」闇の中で眠るのであった。

 

 

 

 

 

 

 佐倉杏子には、今現在何が起きたのか理解が出来なかった。

 自分達の目の前で見せた事の無い魔法でほむらが生み出したと思われる灰色の翼が、突如王蛇を包み込み、同時に自身を拘束していたベノスネーカーが苦しみながら消滅。

 翼が収まったかと思えば、変身が解け――先程まで自分達が戦っていた男とは、別の人物。

 

「く、そ――ようやく収まったか……?」

「アンタ、なんで……!?」

 

 顔を苦痛に歪めた門矢遊星が立ち尽くしているほむらの前で、肩を震わせながら膝をついていた。

 まるで何かに少し怯えている様子の彼は、ほむらと杏子が居ることには気付いているもののとても話せるような状態ではなく、ただただ息を整える事だけに意識を向けている。

 

 そして、ほむらはといえば。

 

 

「まど、かぁ……!」

 

 

 泣いて、いたのだ。

 普段のクールな一面からは想像も出来ない程顔をクシャクシャにし、大粒の涙をポロポロと零しながら。聞き慣れない名前を口にしながらも涙を零すほむらの様子は、まるで抑えていた欲望が溢れてきている様で。

 誰かの助けを求める様に、杏子に向けて震える右手を伸ばした。

 

「っ、ほむら――!」

 

 あまりにも悲痛な光景に、思わず一瞬息を飲み。刹那、迷った心を振り切ってほむらに駆け寄った。

 身体には先程まで締め付けられていた事による多大な疲労は残っている。しかしそれでも、その手を掴みたいと。

 過去の、手を伸ばせなかった家族の二の舞にはしたくないと。杏子はそう願ったのだ。

 ほむらの伸ばした手に応える様に、杏子も手を伸ばし返し。

 

 

 

 

『……ソノヨクボウ、カイホウシロ……』

 

 

 

 

 希望は、容易く打ち砕かれる事となる。

 

 

 教会中に響き渡った言葉と共に、何処からか赤色のメダルがほむらの背中目掛けて飛び込んできた。

 

 すると、ほむらの中の何かと惹かれるようにそのメダルは体内に吸い込まれ。

 ほむらの内に秘められ、そしてつい先程まで歪んだ形で暴走していた「欲望」を、また歪んだ形で解放させていた。

 

「あ、あああああああ!!」

 

 叫び声と共に、突然ほむらが頭を抱えその表情を悲痛な物に歪ませ。

 同調する様に、その身体からは先程ほむらの体内に入れられたそれ、とはまた違う銀色のメダルが排出。チャリン、チャリンと音を立てて床に散らばった。

 

「ほむら!?」

「グリードか? しかし、一体どこに──」

 

 次の瞬間。叫びに同調するかの様に、ほむらの真上に黒い穴が出現した。

 人一人が余裕で入れそうな程の大きさその穴は、そこにある物を全て吸い取らんとばかりにどんどんと辺りの物を吸い込み始める。

 

「何だ、あれ……!?」

「……ワームホール」

 

 

 遊星はそれがどういった物なのか知り、しかし驚いた声色で呟く。

 それに気付かなかった杏子ではないが、問い詰める事はしないのには理由があり。

 それを生み出したと思われるほむらは、抵抗する事なく──或いは、抵抗する気力もなく──徐々に彼女の身体を浮かび上がらせていく吸引力に身を委ねている。

 その様子に、杏子はますます焦燥するも足を止める事無くほむらに近付き――

 

 

 

 

 ──掴んだのは、大切な仲間の柔らかな手ではなく。ほむらの身体から大量に溢れ始めた銀色のメダルの一握りで。

 

 杏子の手が届くことなく、ほむらはその中に吸い込まれてしまう。

 

 

 

「ほむらあああああっ!!」

 

 

 

 悲鳴にも近い、杏子の叫びがほむらに届いたかは分からない。

 既にほむらは吸い込まれ、深い闇に沈んでいきその姿は徐々に見えなくなっていく。 

 

「──クソっ!」 

 

 手が届く相手なのに助けられなかった。

 自分へのやるせなさから悪態をつく杏子。しかしそんな彼女もまた、例外なく穴に吸引される立場にある。

 近くの物にしがみ付いて抵抗しようと身体を動かすも、荒れ果てた教会の中をまるで掃除しているかの様に、周りの物を巻き込んで凄まじい勢いで吸い上げるそれに耐えられる筈もなく。

 

 

 

「クソおおおおおっ!」

「飲み込まれるか──!」

 

 なすすべも無く、疲労していながらも杏子と同じく抵抗しようとしていた遊星と共にその穴に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

「まだだめよ」

 

 

 

 一面に白い花が咲き誇っている丘の上で、蠱惑な衣装に身を包んだ少女はワルツを踊る。

 月明かりの下、まるで愛しい人と踊っているかのように。

 

 

 

「まだだめよ」

 

 

 

 可憐で激しい動きでも、片手に持ったグラスの中の赤黒いワインを零す事はない。

 それどころか、水面に波紋一つ起こる気配さえない。まるで時が止まっているかのように。

 

 ──丘の上だというのに少しの風も吹く気配すらない辺り、もしかしたら本当に止められているのかもしれないが。

 

 

 

「まだだめよ」

 

 

 

 色気のある妖艶な笑みを、月明かりが照らす。

 純真な少女の様に鼻歌を口ずさみながらも、成熟した女性の様に踊るその様は見る者全てを魅力してしまいそうな程。

 

 

 

「まだだめよ」

 

 

 

 そうして夢中で踊っている内に彼女は丘の先端、崖になっている場所に辿り着く。

 気付いていない、或いは気付いていながらも踊る事を止めず、そして──

 

 

 

 

 

 ワームホールに吸い込まれた杏子と遊星。

 どこまでも暗闇が続き、光が存在することが許されていない世界。

 穴の向こうに繋がったその世界は、そう。例えるなら神秘さを欠いた宇宙。

 飛ばされた二人は互いの姿を視認する事は出来るものの、今の彼らの関係性ではそんな事は無意味に等しかった。

 

「クソ、こいつは何処に繋がってやがるんだ!」

「多分どこかには繋がっている筈だ、俺から離れるなよ」

「は? アタシ達をまた襲っといて信用出来るかっての!」

「……ま、それだけ余裕があれば平気か」

 

 未だ尚続く謎の吸引力によって何処かに移動させられ、決して安心出来る状況ではないものの、そんな状況に怯える様な二人ではない。ないのだが。

 杏子はますます信用出来なくなった遊星の事を拒絶し、遊星はそんな杏子の様子に「まあいいか」と思考を放棄した様子で。

 前触れもなく、二人はその空間から放り出された。

 

「――うわあああああっ!?」

「流石に空は少し予想外だったぞ……!」

 

 視界が一転。完全なる黒から色を取り戻すが――同時に、彼らの身体に強大な風圧が襲い掛かった。

 恐らく、地上から数千メートルはあるであろう空中。それが二人の放り込まれた環境だった。

 いくら魔法少女に変身出来ようが、英雄の力を使えようが「一応」ただの人間である今の二人に空を飛ぶ術はない。重力に従って風を切り裂き、真っ逆さまに下に落ちていく。

 

「これだったら――スカイ、変身!」

 

 しかしその状況も直ぐに解決する。遊星が腰にまた見慣れぬベルトを出現させ、いつもの掛け声を叫ぶとその姿が一変。

 緑とやや赤みがかった赤色という不釣り合いのボディ、そして赤い複眼。

 栄光の十人ライダーが一人、スカイライダー。それが、彼の変身した姿の名称だった。

 変身の際のポーズも取らずにいきなり変身したスカイライダーは、一息つく暇もなくベルトの横にある機能を起動。すると杏子にかかっていた風圧が多少とはいえ和らぎ、徐々に落下していく速度も緩やかになって行った。

 

「!? ちょ、これって……?」

「セイリングジャンプ――これで何とかなったか」

 

 これこそがスカイライダーが「空」の名を持つ理由。

 セイリングジャンプと呼ばれるその機能は、自身とその周りにいる人物にかかる重力を極限まで軽減させる事ができるのだ。

 これにより、地球上とは言え二人を擬似的に空を飛ばせる様にする事が出来るのだが――一息ついたスカイライダーが、理由もなくふと杏子の表情を覗くと、それに気付いた杏子は不機嫌に顔を逸らした。

 

「礼は言わねーからな」

「……ああ、勝手に助けたんだからそんなのいらないさ。さて、ここが何処だか調べて……――」

「あん? どうし……オイコラ、何だあれ」

 

 今現在の険悪な状況に気不味くなったか。さっさと自分達が辿り着いた場所が何処なのか調べようと視線を地上に向けた遊星は、唐突に言葉を失い。

 遊星の様子を怪訝に思った杏子が、遊星と同じ方向に向け――思わず、そんな言葉が出てしまうほどに。

 

 

 

 その視線の先に広がるのは、地獄のような光景だった。栄えていたであろうその都市の建物は、既にその九割が廃墟となっており。

 家も、ビルも、木々も。全てが荒れ狂う暴風によって無残にも薙ぎ倒された様な状態になっていた。

 それだけならいい。問題は、その街が「何という名前であるか」を彼らは知っている事だ。

 何故知っているか? 「自分達が住んでいる街」なのだから当然だろう。

 いくら朽ち果てようと、余りにも特徴的なデザインの建物が多いこの街を間違える筈はない。

 

「何で……、何で見滝原がこんなになってんだよ!」

 

 感情を隠せなくなった杏子が、感情的に叫ぶ。しかしそれも無理はない。

 マミが、ほむらが、さやかが、そして自分が。

 魔法少女が守ってきたその街が、少し離れている間に何者かによって人気もなくなり、天災に襲われた様な状態になっていた。

 ついさっき「手が届かなかった」杏子にとっては、更に精神的に重く伸し掛かる事。打ち付けられていた杭を、更に深く打ち付けられた様な。

 

「落ち着け!ここはお前や俺の知ってる見滝原じゃない、恐らくまた別の……!」

「うるせぇ! テメェの言葉は信用しない、さっきそう言ったろ!」

 

 激しく動揺した杏子に語りかけるが、今は状況が悪かった。

 杏子からしたら、今の遊星は二度も自分達に襲い掛かってきた怪しげな男。

 その彼の言葉が、少なくとも今の精神状態では信用できる筈もなく。肩を掴もうとした遊星の手を、力任せに払いのける。

 

 魔法少女の全力の力で行われたそれは、危害を加える気も無かった為に力を込めてなかったスカイライダーの手を難なく払い除け、それどころかその体勢を一瞬だけ崩し、仰け反る形にさせ。

 

 

 

 次の瞬間、どこからともなく飛んできた銃弾の嵐が、隙だらけのスカイライダーの身体を襲った。

 

「ガ、ハッ……!」

「な!?」

 

 スカイライダーの変身が解除され、現れた遊星は口やジャケットから覗かせる身体の傷から赤い液体を垂れ流しており。

 そのまま力なく、再び彼の身体にかかった重力により地上に落ちていった。

 何が何だか状況が掴めない杏子だが、スカイライダーの変身が解けた事により、そんな彼女もセイリングジャンプの恩恵が切れ、再び落ちていく。

 

「くそ、またこのパターンかよ!」

 

 悪態を付く杏子だが、先程と違い地上が見えているならば幾らでも方法は思いつく為対処は可能だ。

 その手に槍を召喚、それを逆手で掴むと思い切り彼女の真下にある手頃なビルに向かって思い切り投げ、それを何回か繰り返す。

 

 行動は同じのまま、しかしその照準だけは微妙に違わせたまま放たれた槍は、狙い通りそれぞれが別々、しかし近くのビルの壁に突き刺さり。

 杏子が魔力をそれらに流し込むと、槍の持ち手だけが赤い糸に変化。

 何百、何千という数になったそれらは、四角形を象るように展開。

 ハンモックの様になったそれが、落ちてきた杏子の身体の衝撃を吸収した。

 

「……っと」

 

 そこまで来れば後は問題ない。

 地面から十数メートル程の高さなら、魔法少女であれば怪我せず落ちるのは容易いこと。

 まるでちょっとした段差を降りる様に、軽々と杏子はその高さから降りた。

 

 残ったハンモックは、まだその上にて気絶している遊星を縛り、地面に落ちてきた。

 

「ったく、何でこんな奴を助けたんだか……」

 

 気絶している遊星の顔を見ながら、大きく溜息を付く杏子。

 実際の所、彼女にも何故助けたのか彼女自身理解が出来ていなかった。

 気絶した直後、彼女は遊星を助ける気は全く無かったのだ。当然だ、仲間でも何でも無いこの男を助ける理由は杏子には無いのだから。

 

 ――それでも。目の前で助けられる命なら、諦めちゃいけないと。そう、誰かに言われた気がしたから。

 

「……ま、輝夜さんが泣く所が見たくないから、って事にしておくかね」

 

 そんな不明瞭な理由で自分が誰かを助ける筈がない。あくまで仲間と認めた輝夜のためだ、と。

 自分を無理やり納得させた彼女は、再び槍を召喚し。

 遊星に背を向け、何処からか自分達に近付いてきたその存在らに構えた槍を向けた。

 

 

「それ以上近づくんじゃねーよ。殺すぞ」

『ハハハ。コノギエンサマヲコロスダトハ、タヤスクイッテクレル』

 

 ダンスの様なステップを取りながら移動する、武器を持った何体もの戦闘員「ゼニット」。

 それを引き連れている金色の「ギエン」と名乗る存在も含めて、杏子はこれらが機械の生命体だと判断する材料にあまりにも事足りていた。

 しかし、それが些細な事と言える程の衝撃が杏子を襲っていた。

 似ていたのだ。ギエンと、教会にてほむらにメダルを飛ばした存在の声だ。

 

「その声……ほむらに変なモンを入れやがった奴か!」

『ヘンナモノ? アア、コアメダルノコトカ。「イマジン」ノコアメダルトオンナノヨクボウトヲアワセ、コノセカイニトバサセタダケダ。オンナニガイハナイ』

 

 イマジンやらコアメダルやら、杏子にとってよく分からない単語が出てきたが、要はほむらをこの世界に飛ばすのが目的だったらしい、と納得。

 同時にこの見滝原が自分達の居た見滝原ではないらしい、という事が確認できて少し彼女の中の心の余裕が生まれた。未だ傷を負っている、という事に変わりはないが。

 

『マア、キサマタチマデツレテキタノハヨソウガイダッタガ、ドウデモイイコトダ』

「……完全なとばっちりかよ。まあいいけど」

『キサマニヨウハナイ、ソノオトコハキケンダ。ソコヲドイテ、トドメヲササセロ』

「やだね。この男は気に入らないし嫌いだけど、今はテメェ等の方が気に入らねえ」

『ホウ、コレデモカ?』

 

 ギエンの言葉に、後ろに居たゼニット達が一斉に銃を杏子とその後ろの遊星に対して向けた。

 その光景に、苦虫を噛み潰した様な表情を見せる杏子。

 状況は不利。自分一人なら離脱も可能だが、その場合遊星が殺される。

 戦うにしても、足手まといを庇い、更に先程の浅倉との戦いで消耗した今の自分で勝てる見込みは無い。

 万事休すか、と杏子が思ったその時――

 

『ン? キサマ! アノオトコヲドコニカクシタ!』

「はぁ? 今の状況でそんな……いねぇ!?」

「こっちだ!ハァァッ!」

 

 ――救世主は、唐突に現れた。

 聞き慣れない声がしたのはギエンの後ろ。それはつまり、ゼニット達の方。

 気がつけば、懐に飛び込んだ「赤い戦士」の流れるような剣さばきで、ゼニット達は一人残らず瞬殺。

 残ったギエンに、彼は両手に持つ刃をそれぞれ向けた。

 

『バカナ、キサマハモウイナイハズ……クソ、オボエテイロ!』

 

 悔しがりながらも、ありえない物を見たかのような口振りのギエンは、懐から取り出したスイッチを押すと何処かに消えてなくなり。

 ギエンと何らかの因縁があると思わしき「彼」は、宿敵が消えたのを確認すると一息ついて、その変身を解除した。

 爽やかなショートヘアと、チェック柄のシャツ。

 遊星が変身していたものだと思っていた杏子は、仮面の下にあった、笑顔が似合いそうな爽やかな好青年の顔に一瞬動揺し。

 そんな彼女の内面を知らず、脳天気な口調で彼は話し始めた。

 

「なんでギエンが復活してるかとか、なんで君みたいな女の子があいつと戦おうとしてたかとか、なんで目が覚めたら縛られてたかとか……色々聞きたい事はあるけど、とりあえず自己紹介からだな。俺は竜也、浅見竜也!よろしく!」

 

 

 

 

 

 

 

 同刻。

 晴天を覆う暗雲の下、今にも木々をもなぎ倒しそうな吹きすさぶ風にも負けず、瓦礫だらけとなった街を駆け抜ける少女が居た。

 体を吹き飛ばされそうにしながらも、それに耐えて少女は確実に一歩一歩我が道を歩む。

 

 

 

「はぁ……はぁ……――!」

 

 

 

 決意を持って突き進む彼女を止める事は、何者にも出来ることじゃない。

 希望と対価に絶望と戦う道を選んだ4人の少女たちを見続け、迷った末に彼女は選んだのだ。

 希望を願った少女たちの祈りを無駄にしない為にも、過去に希望を願った少女たちが、絶望の末に流した涙を希望という宝石に変える為にも。

 自分が、彼女らの最後の希望になると。

 

 

 

「もう、少し……!」

 

 

 

 運動に特別秀でてるわけでもない彼女は息を荒げながらも、前を向いて懸命に走り続ける。

 彼女の視線の先。物理法則を無視し、空中に浮遊している超弩級の存在こそが街の惨状を引き起こしている張本人である「ワルプルギスの夜」

 

 彼女――「鹿目まどか」の目的は、今そのワルプルギスの夜と戦っている少女を助けることだった。

 自分の知らない「自分」の死を、絶望を、数えきれない程に見てきたのにそれでも挫けなかった彼女を助けたい。果てしなく歩んだ道が無駄じゃなかったと伝えてあげたい。

 ただそれだけの一心で、彼女は動いていた。その純粋な心自体は高潔な物。一度決めたらそれに突き進む頑固な所は、彼女の短所であり長所である。

 

 ただ一つだけ。彼女が気付けなかった大事な事があるとすれば、それは。

 まどかが助けようとした、少女自身の心だった。

 

 

 

「――そこで止まりなさい」

「え?」

 

 

 

 唐突に、後ろから声がかけられ。

 この場所が人気のない街中だったこと。そして、今この場には居ないはずの「彼女」の声だったこと。

 それら二つの要因が重なり、まどかは振り向き、そして見てしまった。

 

 

 

「――お願い、まどか。それ以上進まないで」

 

 

 

 ――見覚えのない弓を構え。震える手で、それをこちらに構える「彼女」――暁美ほむらを。


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