魔法少女まどか☆マギカ [外編]英雄の物語   作:クウキ

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大変遅れた挙句、気がつけばジオウ、ルパパトが終わってゼロワンやリュウソウジャーが始まっていた最悪の始末。すみません。
遅れた分を少しでも埋める意味でも、今回は2話同時投稿となっております。


第七話 疑念と信頼とほむらの欲望

「ふーん。タイムレンジャー、ねえ」

「なんだよその顔、信じてないのか?」

「まさか、信じてるよ」

 

 与太話を聞いた様な態度を取る杏子に、竜也は不服と言わんばかりに口を尖らせ抗議する。

 

 竜也から聞かされた話。それは「未来の刑務所から脱獄し、二十世紀にやってきた囚人達との戦いの日々」だった。

 偶然からタイムレンジャーの一員に選ばれた彼は人々を守る為に戦い、一年にも及ぶ戦いの末勝利。先ほど襲ってきたギエンという名前の機械生命体も彼が戦ってきた敵の一人で、既に倒した存在の筈だという。

 

 あまりにぶっ飛びすぎているそれは、杏子にとって色々な意味で頭の痛くなりそうな話だった。

 

「まあ任せてくれよ。ギエンがなんで蘇ってるのかはともかく、あいつが何か企んでる様なら俺がそれを阻止するからさ!」

「そーかい、んじゃあ任せたよ」

「あ! その反応、やっぱ信じてないだろ!」

 

 頭を押さえながら杏子が短く返して竜也の前をスタスタと歩き出す。ブーブーと不平を鳴らしながらも竜也はそれについて行った。

 後ろから聞こえるそれを無視しつつ、杏子は歩きながら荒れ果てた見滝原の有様を改めて目にする。

 いつも自分達が暮らす街の酷い現状。それは先ほどまでとは行かずとも、杏子の心に何か残るものを感じさせる。

 

 それほどまでにこの街を、そしてこの街にいる仲間達の事も気に入っていたのだろう。

 恐らく見滝原に来るまでは感じもしなかった事。そこまで牙を抜かれていたのかと自分を嘲笑いたくなるが、しかしそれ以上にそう感じる事に誇りを持つ自分もいる。

 

 ──そう感じる切欠となった記憶すら嘘だったのかもしれない。

 

「……クソっ」

 

 そう思わせられる事に、杏子はどうしようもない憤りを覚えていた。

 見滝原に来てから一番遅く分かり合い、しかし一番分かり合える仲間だと思っていた美樹さやか。彼女との交流の過程を、自分は知らず知らずのうちになくしてしまっていた。

 

 違和感なく「さやかとの交流の記憶が消されていた」もしくは「元々そんな物が存在せず、違和感を抱かない様に書き換えられていた」という事は、それは他の仲間に対しても言えるだろう。

 

 もし、後者だったとすれば──巴マミは、暁美ほむらは、蓬来山輝夜は、本当に信じられる仲間なのだろうか。

 

「どうした、大丈夫かい?」

「……なんでもねーよ」

 

 様子を見かねて竜也が声をかけるが、杏子はぶっきらぼうな態度を崩さない。

 聞かれたくない事なのだろう、と納得して竜也は「そっか」とだけ返事をし、それ以上詮索することはなかった。

 

 別に竜也の事が気に入らないわけではない。

 先程からこんな態度を貫いている自分にも、竜也は気を悪くする事なく話しかけてくれ、むしろこちらが少し負い目を感じている。

 それでもそれを止める事がない理由はただ一つ。門矢遊星という存在だ。

 

「なああんた、門矢遊星って男は知らないんだよな」

「さっきも言ったろ。そんな奴、本当に知らないんだよ」

 

 嘘を付いている態度ではないが、それがまた杏子の頭を悩ませる。

 この男が先程まで「門矢遊星だった」事は状況から見て間違いないのだが、どうやら竜也にはその記憶がないらしい。しかしその事から杏子はある仮説に至った。

 

 自覚のない多重人格者。それが門矢遊星という男の抱える秘密の一つなのだろう、と半ば確信に近いものを得ている。そうするといくつかの疑問にも納得が行く答えを出せる。

 

 初めて会った時、そして先程の教会で遭遇した時に襲いかかってきたのそういう「人格」が表面に出ていたから。幾つもの戦士の力を使うのは、自分が抱えている人格の力を行使しているから。

 

「──しっかしなあ」

 

 ため息をつき、自分の後ろをトボトボと歩く竜也の方を振り向く。

 門矢遊星の正体は未だに不明。

 それに「紅音也」なる男──門矢遊星の中の人格の一つに過ぎないそれがなぜさやかに語りかけられたのかも分からないし、遊星の中にある人格の数なんて想像もつかない。

 

 なぜ他の人格の力を使えるのかも疑問だが、この仮説が正しいとすれば答えも絞られる。教会で襲ってきた男に多重人格の自覚はなさそうだったが、人格が切り替わった後の遊星の言動は明らかに自覚のあるそれだった。

 ならば、門矢遊星は他の人格よりも上位の存在なのだろう。何を以って上位とするかは不明だが、他の人格より上位にいるなら「同じ自分」なのだから、その力を自分のものとして発揮できる──という事なのかもしれない。

 

「んー……」

 

 どうにも纏まらない結論が出たが、元々自分はほむらやマミとは違って頭を回す役でもない。

 出ている情報からすればこの辺りがいいとこだろう。そう結論を出し、門矢遊星や浅見竜也についての考察はそこで打ち止めにした。

 今やるべき事はほむらの探索とギエンの撃破。関係ない遊星に関してを考えている場合でもないし、浅見竜也は──

 

「なあ、ギエンが出てきたら君は下がっててくれよ。女の子に戦わせるわけにはいかないからさ!」

 

 これである。楽観的で正義感の熱いバカ。

 浅見竜也を一言で表すとしたら、正にこの言葉しかないだろう。

 

「……ハハッ」

 

 その言葉に、杏子は思わず失笑した。

 

「あ、笑ったな!」

「悪い悪い、別にバカにしたわけじゃないんだ。ただちょっと、ね」

 

 浅見竜也を信じるべきか否かで杏子は迷っていた。自分を騙している可能性もあるし、何か隠している事があるかもしれない。記憶の脆弱性が疑われる今では、尚更信じるべきか慎重に考えるべきだろう。

 ──しかし、そんな彼を「信じてみたい」と考える自分がいる事に気付き、思わず笑いがこぼれてしまった。

 

「……ま、とりあえずアタシから離れるなよ。迷子はゴメンだからね」

「ちゅ、中学生に迷子の心配って……あ、ちょっと待てよ!」

「──動かないで」

「な」

「え」

 

 それが起こったのは、本当に唐突だった。

 竜也と杏子の前に音もなく現れた「彼女」は、ありえないものを見るような目で杏子を見つつも右手に構えた拳銃を二人に向けている。竜也は突然の出来事に狼狽るだけだが、杏子もまた混乱をしている。

 何故なら、目の前の「彼女」こそが。

 

「──佐倉杏子、何故ここに……!」

「──ほむら?」

 

 探し求めていた暁美ほむらその人なのだから。

 

 

 

 

 

「ほむら、ちゃん……!?」

 

 鹿目まどかは驚いていた。

 今はワルプルギスの夜と戦っているであろう暁美ほむらがこの場に姿を現し、どういう訳か自分に見慣れぬ弓を向けているからだ。

 動揺するまどかを見据え、表情一つ変えずにほむらは口を開く。

 

「覚えているかしら。この前、私があなたに伝えたことを」

 

 その言葉からまどかが思い起こさせられたのは、先日ほむらの家に行った時のこと。それまで彼女に抱いていた冷酷な印象とは真逆の、隠された一面をむき出しにしながら伝えられたその言葉を忘れる筈もない。

 おそらくその事だろうと見当がついたまどかは弱々しくコクリと頷いて答え、ほむらは「そう」とだけ返事をして直ぐさま言葉を続けた。

 

「その言葉を覚えていてくれているなら、お願い。今すぐ避難所に戻って」

「……ごめん、ほむらちゃん。それは出来ない。マミさんやさやかちゃん、杏子ちゃん。皆が死んじゃう所を見ることしか出来なかった私が、ようやく見つけられた願いだから」

 

 まどかが今胸に抱く希望は、彼女にとって諦められるものではない。自身を救おうとするほむらを解放する事にもなり、過去に絶望を抱いて行った全ての魔法少女達を救う事にもなるのだから。

 たとえほむら自身に否定されたとしても、それで諦められる理由にはならない。

 

 仮に、これが彼女の知る暁美ほむらであったとするなら。その言葉を聞いてしまったならば、まどかの決意を揺るがせる事はなかっただろう。

 しかし、ここにいるほむらはまどかの知る彼女とは違う。

 

「──全ての魔女を、生まれる前に消し去りたい」

「……え?」

 

 故に。ほむらが言い放った予想外の一言が、まどかを揺るがせた。

 それはまどかがキュウべぇに願おうとした願いそのもの。胸に秘めたそれは、家族は勿論ほむら自身にも、誰にも話した覚えはない。

 なのに、何故彼女は知っているのか。

 

「なんでそれを……」

 

「答えは簡単よ。ここにいる私は、あなたを助ける為に繰り返される時間に身を投じている最中の暁美ほむらじゃない──私は、あなたがその願いを叶えた後の時間から来た暁美ほむらよ」

 

 ほむらが告げた衝撃的な告白。

 そこでまどかの中に、一つの疑問が生まれる。だとしたら彼女がここにいるという事は、また時間を戻してしまったのだろうか。

 その思考を読み取ったのか、ほむらは「とはいっても」と言葉を続ける。

 

「ここに来たのはただの事故みたいなもの。恐らくこの時間の私は、今もワルプルギスの夜を倒そうと躍起になってる途中よ──そんな事はどうでもいい。もう一度言うわ、引き返して。あなたの祈りは尊いもの。けれど、その選択は多くの人を、そして貴方自身も悲しませる事になる」

 

 そう。この先の未来、鹿目まどかは終わりのない救済に身を投じ、この世界から存在ごと姿を消す事となる。魔法少女を救済する概念となった彼女を認識できるのは、絶望の淵に沈んだ魔法少女のみ。

 しかしそれ以外の者には認識されず、こちらから語りかけることも出来ない。

 鹿目まどかという存在の消失。まどか自身にとっても、そしてまどかを忘れる家族や友人にとっても、それは残酷な結末。

 

「……そっか。やっぱり、未来では私は消えちゃってるんだね」

 

 しかし。まどかは自身の祈りから生じるその結末に薄々気付いていた。

 最初からか、或いはほむらの態度を見てか。どちらにせよそれを悟っていたまどかに、驚きで目を見開かせたほむらは堪らず叫ぶ。

 

「それが分かっているなら尚更!」

「ごめん……私の事を想って言ってくれてるのは分かるよ。それでも、私はこの祈りを捨てたくない」

 

 何かを考える様にして目を閉じてそう答えたまどかは、少ししてその目を再び開く。

 決意に満ちたその眼差しは、ほむらにとってとても見覚えのあるそれで。

 

「私ね、ここに来る前にママに止められたんだ。でも、ママは私を送り出してくれた。何をどうするかなんて分からない筈なのに、それでもこの道を選んだ私をママは正しいと信じてくれた。だから──」

「──どうして分かってくれないの!?」

 

 まどかの言葉を遮ったほむらの叫びが、虚しく木霊する。

 

「まどかが消えてしまった世界で、それでもあなたと再び出会う事を願って私は戦ってきた! その道を地獄とは思わない。けど、一人であなたの記憶を抱え込んだ私の気持ちが分かる!? 私の、この気持ちが……!」

 

 反射的に叫んでしまった口を抑え、途端に自己嫌悪に陥る。

 言った。言ってしまった。自分がまどかと別れてからの全てを。

 

 ──ああ、ばれてしまった。

 多くの人を傷つけるなんて只の建前。ただ単に、自分が孤独に耐えかねて我が儘を言ってしまっている事が。

 でも、だって。心中で渦巻く言い訳の嵐を無理やり押し殺し、無意識に下げていた弓を再びまどかに向けた。

 

「……私の忠告が聞けないなら、あなたを傷付けてでも止めてみせる」

 

 と、そこで。魔力で創り出した矢を引き絞り、いつでも放てる状況でほむらは気付いた。

 この状況でまどかが笑っているのだ。あの「目」と共に。

 身近な人に向けられるあの微笑みと共に、一歩一歩。まどかはほむらに近付いて行く。

 

「っ、止まりなさい!」

 

 放たれた一射目。叫びとともに放たれたほむらの矢は、無防備なまどかの体を貫くことなく彼女のすぐ横を通り抜けていく。

 それでもまどかは変わらず歩み寄る。震える手で、悲痛な表情で。ほむらは再び矢をまどかに向ける。

 

「今のは脅し、次は当てるわ!」

「ううん、あなたが私の知ってるほむらちゃんならそんな事しない、絶対に」

 

 二射目。常人目には紫色の光線とも錯覚するそれは、まどかの頬を掠める。

 それでもまどかは退かない。頬から流れる血を気にもとめず、傷付けた張本人であるほむらから目を逸らす事なく、変わらず笑みを浮かべたままだ。

 

 一歩一歩、確実にその距離を詰めてくる眼の前の少女に、ほむらはより一層手の震えが増す様な感覚に襲われ。

 おぼつかない手付きで三射目が準備出来た所で、まどかはとうとうほむらの目の前に立つ。

 

 この距離では外そうと思っても外せない。故にその指を離せば、ほむらの望みは完遂される。

 殺す訳ではない。あの場所に、自分自身がいる場所に辿り着けない状態にするだけ。それがまどかの為になるのならば、嫌われても構わない。

 そう思っていた、筈なのに。

 まどかの目を見るだけで、どうしてもほむらのその決意は鈍る。

 

 それは、暁美ほむらにとって鹿目まどかが「まどか」ではなく「鹿目さん」であった始まりの時。

 

『ほむらちゃん。私ね、あなたと友達になれて嬉しかった』

 

『あなたが魔女に襲われた時、間に合って。今でもそれが自慢なの』

 

『だから、魔法少女になって本当に良かったって。そう思うんだ』

 

 まだ「彼女を守る私」ではなく「彼女に守られる私」であったあの時。

 自分に別れを告げた「鹿目さん」と同じで。穏やかな性格である彼女からは想像も出来ない覚悟を決めた目を、今のまどかはしていて。

 それがどうしても心に引っかかって。ゆっくりと、ほむらはまどかに向けていた弓を地面に下げた。

 

「ほら、やっぱり。ほむらちゃんは優しい子だもん」

 

 自身の知っている「暁美ほむら」なら絶対にそんな事はしない。少なくとも、自分の目の前にいる彼女は絶対に「暁美ほむら」である、とまどかは確信していた。

 

「キュウべぇに騙された馬鹿な私を何回も見て、ほむらちゃんは諦めずに私を助けようとしてくれた。そんなほむらちゃんが私を──ううん、私だけじゃない。誰かを本気で傷つけようとなんて出来るわけない。そう信じてる」

「まどか──!」

「本当にごめん。ほむらちゃんの頑張りを無駄にしないつもりだったんだけど……また辛い思いをさせちゃって。やっぱり駄目だね、私は」

 

 自身の無力さを力なく笑うまどかに、今にも泣き出しそうな表情でほむらは反論する。

 

「っ、そんな事ない! あなたの祈りは間違いでも、誰かを傷付けるものでもない。あなたは全ての魔法少女の希望になろうとした。誰にも見えず、ひとりぼっちになると分かっていても尚あなたは皆を救おうとした!」

 

 暁美ほむらは分かっていた。自分が抱くこの感情がどうしようもない我が儘で、本当はまどかの方が正しくて。

 世界で唯一人、まどかを覚えている孤独は確かにあった。でも、彼女が納得しているならそれでいい。

 

「そんな祈りが間違いだって言う私の方が間違っているなんて分かってる! 分かってるけど……」

 

 それが分かっていた筈なのに、だからこそ再び彼女と巡り合う為にあの世界で戦い続けていたのに。

 

「……全ての魔法少女を裏切る事になっても、あなたを助けたかった。そんな辛い宿命を背負わせたくなかった。わたしのエゴでも、なんでもいい。たとえ世界が壊れても、あなただけ生き残ってくれれば、私は……!」

 

 心の中にあった鹿目まどかに対する「愛」とも言えるそれを、嗚咽を交えながらもほむらは語る。

 慈愛。友情。そんな綺麗な言葉で表せるものではない、ただの自己満足。自覚しながらも、それでも彼女がこの行動をとった理由は最初から一つ。

 鹿目まどかを助けたい。その一心であった。

 それを見て何を感じとったか。再び覚悟を決めた様な顔で、まどかはほむらに話しかけようとする。

 

「……ほむらちゃん」

『ジョウガジャマヲスルカ。マッタク、コレダカラニンゲンハ……』

 

 しかし次の瞬間。その二人の邂逅を邪魔する者、ギエンが再び多数のゼニットを引き連れてまどか達の前に立ち塞がる様にして現れた。

 

「魔女……それに喋った!?」

 

 人型の言語を喋る魔女、そしてそれが引き連れる

 見慣れないそれにまどかは戸惑い、その危険さを知るほむらはまどかを庇うようにして一歩踏み出す。

 ここに彼らがいる意味。自分がこの地点の時間軸に飛ばされた理由。それらを全て、ほむらは理解してしまったから。

 

「まどか、逃げて! こいつらはあなたが狙いよ!」

「え、私!? そんな、なんで……!?」

「ハハハ、イマサラキヅイタカ」

「黙りなさい。ええ、最初から気付くべきだったわ。私をここに飛ばしたあなた達の目的──それは多分鹿目まどかの契約の阻止。違うかしら」

『──ヒャハハハハハ!』

 

 ほむらが導き出した結論に、ギエンはゲラゲラと笑い出す。その反応は、まさしく愚者を笑い飛ばすそれ。

 異質な光景にまどかはほむらの背中に隠れてより一層怯えるが、当人であるほむらは顔を伏せたまま黙り込んでいる。

 その様子を不審に思いつつも、一通り笑い終わったギエンが再び話し出した。

 

『ジブンガアヤツリニンギョウダッタトイウコトニ、ヨウヤクキヅイタカ! オロカナニンゲン!』

「……考えてみればおかしいことだらけだった。この時間に飛ばされた後、あなたは私に何かをさせようとしていた。今思えば、私を利用するしかなかったって所かしら」

『ソノトオリダ。カナメマドカヲキサマガトメル。ジカンヲケッテイヅケルニハ、ソウデナクテハナラナカッタ』

 

 

『イマカラデモオソクハナイ。ソレガキサマノ、ノゾミダロウ?』

 

 ギエンの言葉に、ほむらは何も答えない。

 ああ、そうだ。自分の望みは確かにそれである。ここで彼女を止められたのなら、それはなんて素晴らしい事なのだろうか。

 

「──ふざけないで」

 

 しかしほむらは、それを否定する。

 

「ええ、あなたの言う通り。本当に愚かだったわ……いけ好かない奴に騙された事を思い出すくらい」

 

 自嘲を交えた呟きの後、ギエンらに対して自身の得物を向けた。

 その顔は先程までとは違う。悲痛に満ちていた顔は、憑き物が晴れた様な清々しい表情に変わっていた。

 そう、まるで。

 

『キサマ、ナニヲ!』

「私は私の心に従う、それだけよ」

 

 何かと訣別した様な、そんな決意に満ちた表情で。ほむらが上空に向けて矢を放つと、それが無数の矢に分裂。雨の様に降りかかったそれらがギエン達を襲った。

 

「まどか、今の内に!」

「……うん!」

 

 

 

 

 

 待ち望んでいたほむらとの再会。

 それは穏やかな形で行われてはおらず、むしろほむらは杏子に対して敵意を向けている程だ。

 

「ちょっとちょっと、一体どうしたっていうのさ」

「……あなた、本当に佐倉杏子なの?」

「本当も何も、見たまんまあたしだろうが。何のつもりだよ?」

 

 警戒を強めた杏子の問いに答えず、無言を貫くほむらの様子もまた何処かおかしい。

 まるで、そう。彼女もまた何かに困惑している様な。こちらを見る目が、ありえないモノを見ている様にも杏子には感じられた。

 

「でもあなたは……まさか、まどかが契約を!?」

「……? そのまどか、ってのは誰だよ」

「──え」

 

「この」ほむらにとってその差異は、この短時間のやりとりの中でも聞き返してしまう程には相当なものだった。

 

「誰って……鹿目まどかよ。魔女となった美樹さやかを助けようとした時、あなたが一緒に連れて行ったでしょ」

「魔女?」

 

 聞き慣れない単語に、ますます顔を顰める杏子。

 魔女になったさやか、とはどういう意味だろうか。それに、鹿目まどかなんて人物は知らないし、そんな名前はほむらから聞いた事もない。

 

 しかし、ほむらはいつものぶっきらぼうな表情を崩し、杏子に銃を突きつける事も忘れて彼女の肩をすがる様に掴んだ。まるで、その言葉を嘘とでも言って欲しい様に。

 そしてその直後だった。独特な音をたてながら、その場にいた三人を取り囲む様にして何者かが現れたのは。

 

『ミツケタゾ』

「!?」

「ギエン!」

「……人型の、魔女?」

 

 杏子達をこの世界に送った存在、ギエン。ゼニットを引き連れて再び現れた彼は、しかし身構えた杏子や竜也を見ることなく、ほむらを一点に見つめている。

 人とはかけ離れた姿に最初は魔女であると誤認したが、人語を喋った事でそれは違うのだろう、とほむらは判断する。

 

『オマエタチニヨウハナイ。アルノハオマエダ、アケミホムラ』

「私の事を知っている……あなた、何者?」

『ソンナコトハドウデモイイ。ワタシトキテモラウゾ』

「……誰だか知らないけど、今取り込み中なの。だから──」

 

 有無を言わせず、ただ要求だけを告げるギエンを敵と判断したほむらは、左腕に取り付けられた盾を起動する。

 

 その瞬間、ほむら以外の世界全てが静止した。

 音も、人も、物も、全てが静止し静寂に包まれている中、ほむらだけがその世界を認識し、動く事を許されている。

 

「──消えてもらうわ」

 

 これが暁美ほむらの持つ能力──時間停止。初見にてこの能力を破れる者は皆無と言ってもいい。

 コツ、コツと足音を立て、ギエンの目の前まできたほむらは、躊躇する事なく拳銃をギエンの頭部に向ける。

 自分に害を与える存在に、慈悲をかける意味もない。慎重に照準を合わせ、躊躇いもなく引き金を引こうとした次の瞬間だった。

 

『ジカンテイシ。ナルホド、オモシロイチカラダ』

「な──」

 

 ギロリ、と。ギエンの目が赤く光ったかと思えば、次の瞬間なんて事ない様にこの世界で動けるようになっていた。

 ほむらは動揺するまま、ギエンによって間髪入れずに振るわれた腕の一撃を受けて後方に吹き飛ばされる。

 

「ほむら!?」

「大丈夫よ。でも……!」

 

 地面を転がるものの、受け身を取って立ち上がり、多少冷静になった頭を働かせる。見れば、ギエンの手下と思われる存在や、何が起こったのか理解できない杏子や竜也も通常通りに動いていた。

 つまり、ギエンが時の止まった世界で動いたわけではなく。自分の魔法が無力化された、という事実にほむらは気付いた。

 

「私の魔法を無力化したというの……!?」

『ザンネンダッタナ。オマエノマホウハ、スデニタイサクシテアル。コノ、ミライノコアメダルニヨッテナ』

 

 驚愕に顔を歪ませるほむらにギエンが見せたのは三枚のメダル。しかしこの場にいる誰もがそれの存在を知らない。

 当然だ。遠い未来、ある企業によってそれら──サメ、クジラ、オオカミウオのメダルは開発されたのだから。

 しかし、そんな事を知る由もない。ほむらにとって今重要なのは、その三枚のメダルが自身の魔法を無力化出来るという事実だ。

 ほぼ誰にも明かしていない自身の情報が知られ、対策されている。その事実はほむらの心をまた焦らせた。

 

「……ああ、なるほどな」

「佐倉杏子……?」

 

 そして、ほむらとギエンのやり取りを見た杏子はようやく気付いた。目の前にいる彼女は、自分の知っている暁美ほむらではない。

 この世界に生まれた暁美ほむら──ややこしいので、以下暁美ホムラと記載する──であるという事に。

 その証拠に、杏子の知る限りほむらは時間停止の魔法なんてものを所持していない。伏せていた可能性もあるが、有用な力とはいえわざわざそんな事をする意味もない。

 ここが別の世界の見滝原であると聞かされていたのだからもっと早く気付くべきだったと反省し、魔法少女としての姿に変身した杏子は槍を構え、ホムラを庇う様にして一歩前に出た。

 

「理由は知らねーけど、どうやらあいつはアンタを狙ってるらしい。今は下がってな、あたしがやる」

「っ、待ちなさい! 何故あなたがここにいるかをまだ聞いてないわ。あの時、あなたは私にまどかを任せて、美樹さやかだった魔女と……」

「……」

 

 その先を聞かずとも、杏子は察してしまっていた。この世界の佐倉杏子は既に死んでしまったのだと。

 別世界とはいえ、自分が死んだという事実を知り、しかし杏子は冷静を保っていられている。何故なのかは杏子自身にも分からなかったが、今はそんな事を考えている場合ではない。

 

『フン、アクマデジャマヲスルカ』

「仲間のピンチらしいんでね。悪いけど、アンタには痛い目にあってもらうよ」

「その通りだ、ギエン。お前の好きにさせてたまるかよ!」

 

 言いながら竜也もまたホムラの前に出て、杏子と並び立った。しかしその服は先ほどまでのものとは違う、赤いラインが入ったグレーのインナースーツとなっている。

 

「うげ……なんだよその服」

「ん? 変身する時に必要らしいんだよ、これ。理由は説明されてもよく分からなかったんだけど……俺の趣味じゃないからな!?」

「いや、そうだったら引くわ」

 

 軽く白い目で見てくる杏子に慌てて弁解する竜也。気を取り直し、竜也はいつもの叫びと共に左腕に取り付けられたブレスを起動させた。

 

「クロノチェンジャー!」

 

 叫ばれた起動コードとボタンにより、彼を一時的に「ストレージ・フィールド」と呼ばれる亜空間に転送。収納されていたクロノ粒子が彼の体を包み込み、彼を戦士としての姿に変化させていく。

 そうして現れた赤き勇者、タイムレッドは同じく亜空間に収納されていた二振りの剣──ダブルベクターを構えた。

 その光景にホムラはただ驚くのみ。当然だ、彼女にとってはこんな特撮ヒーローの様な戦士と出会うのは初めてなのだから。

 

 

「変身した……!?」

「雑魚は任せた。アタシは隙を見てあの金色を叩く!」

「……ああもう! 無茶はしないでくれよ!」

「待って、私も一緒に戦う」

「ホムラ? でも、アンタの魔法は……」

「心配は不要よ。私にはこっちがあるもの」

 

 言いながら、ホムラが盾の内部から取り出したのは軽機関銃。ギエンが封じたのはあくまで時間停止の魔法。盾の内部にまで干渉しているわけではなかった。

 しかし、夢と希望を届ける筈の魔法少女が使うにはいささか現代的すぎる兵器だが、そこには突っ込むことのない二人だった。

 

「分かった、いくぞ!」

 

 ひとまずの共闘に、それまで互いに持っていたしがらみを捨てて三人は臨む。

 襲い掛かってくる無数のゼニットを、タイムレッドの流れる様な剣捌きが襲い、杏子の洗練された技能によって操られる多節棍が薙ぎ払った。

 先程まで見せていたお気楽な一面からは想像できない程に鍛え上げられたタイムレッドの動きに感心し「へえ」と声が漏れる。

 

「はあっ!」

「やるねアンタ、これなら任せられそうだ!」

「こっちも必死に鍛えたんだ! 今更ゼニット相手に遅れをとってたまるか!」

 

 答えながら、不用意に近づいてきたゼニットを一閃。機械で出来ていた身体のパーツが飛び散る。

 この場において、一番戦闘経験が少ないのはタイムレッドだ。それでも彼は一年近くを戦い抜いてきた歴戦の勇士そのものであり、日々訓練を積み上げた実力は魔法少女達と並び立てる程にまで昇華された。

 

 ホムラだって負けていない。常人ならば一発撃つだけでも反動に苦労するそれを魔力で強化した筋力で軽々と使いこなし、二人が倒し漏らしたゼニットにトドメをさしている。

 と、そこで突然盾から何かを取り出したほむらが、前線で戦う二人に向かって大声を出した。

 

「二人とも、下がって!」

 

 叫びに気付いた二人はすぐさま下がり、それを確認したホムラが包囲しているゼニットの一角に向かって何かを投げた。

 

 鉄製で円状であるそれは、ころころと転がってゼニットの足元にコツンとぶつかる。

 なんだこれは、と群体の中の一体がそれを拾った時にそれ──手榴弾と呼ばれる現代兵器は、轟音と共に周囲のゼニットを巻き込む爆発を起こした。

 

『ナンダ!?』

 

 少し離れた場所でそれを見ていたギエンだが、黒煙に包まれたその場所で何が起こったか理解できずに困惑。しかし次の瞬間、煙の中から飛び出してきたそれに反応する事は出来なかった。

 

「はあああぁ!!」

 

 勇猛果敢に叫びを上げながら、展開した多節棍を槍に戻した杏子が急接近してきたのだ。

 俊敏をウリにした渾身の一撃。それを防いだのは、割り込んできた存在達によるものだった。

 

「何!?」

『ヤレヤレ、アブナイトコロダッタ。マア、ワタシガフセイデモ、モンダイナカッタガナ』

 

 全力で振るった一撃を防がれた杏子は距離を取り、ギエンを守った存在達を視認する。

 一方は、クワガタを模した頭部に、カマキリの様な鎌が生えた腕部。全身を覆う緑色の皮膚と、それと同じ色をした複眼。

 もう一方は、ライオンのたてがみの様な頭部。獲物を狩るのに適した鋭い牙や爪。それらを黒く硬質な皮膚が包み込んでいた。

 

「新しい怪人か……!」

『ワタシガシハイシテイル、グリードタチダ。ヨウイシテオイテセイカイダッタナ』

 

 

 グリード。どうやらそれが彼らの種族名らしい。

 ギエンの語った通り彼らに意思は存在しないらしく、忠実な僕として杏子の前に立ち塞がっている。

 

『フム、ココハヒカセテモラオウカ』

「わざわざ目の前で逃すとでも思う?」

『タタカイタイナラ、コイツラガアイテニナル。ワタシハカマワズニゲルガナ』

「……ちっ」

 

 目の前に立ち塞がるグリード達。先程のやり取りだけではそれらの実力は判断しきれない。

 それに、ギエンが逃げられてしまう事はどうあがいても不可避だろう。ホムラ達がいればともかく、二人は杏子にギエンを任せ、背後の敵の相手をしている。

 

『イライラセズトモ、マタスグニデアウダロウ。ソノトキコソ、キサマラヲチマツリニアゲルトキダ。ヒャハハ!』

 

 狂った様に高笑いをした後、再びギエンはグリード達と共に姿を消した。その一瞬後にゼニットを片付けたホムラとタイムレッドが駆けつけたが、既にギエン達は去った後。

 悔しがりながらも、それぞれが戦闘態勢を解除する。

 

「クソ、逃げられた!」

「……悪い、あたしが決めきれなかったのが原因だ」

「いいえ、新手が来たのは仕方のない事よ。下手に追い詰めたタイミングで出されるより、ここで相手の手札を切らせたのは大きいんじゃないかしら」

 

 だから気にする必要のない、とでも言いたげに、責任を感じている杏子をフォローするホムラ。その表情は、いつもと変わらず冷静そのものだ。

 世界が変わっても彼女は間違いなく「暁美ほむら」である。改めてその認識が間違っていないと感じた杏子であった。

 

「……そっか、ありがとな」

「気にする必要はないわ。余計な事を気にして戦闘に集中出来ない方が困るもの」

 

 自然な仕草で髪をかき上げ、あくまで効率を考えた上であるとホムラは告げた。合理的な面でも確かに彼女は暁美ほむらである。

 苦笑いを隠せない二人であった。

 

「それより答えて。何故あなたがここに?」

「あー、その話なんだけどさ。ややこしい上に長くなりそうだから、歩きながらでいいか?」

「それは構わないけど……それなら、私の家が近いわ。そこで落ち着いて話をしましょう」

「ん、ありがと。でもとりあえず──」

 

 突然杏子は懐を探りはじめ、まだ開封されていない菓子が入った包装紙を取り出すとホムラ達に差し出して一言。

 

「──食うかい?」

 

 

 

 

 

「別の世界……」

「信じられねー話だって言いたいのは分かるよ」

「いいえ、信じる」

「はぁ?」

 

 ひとまず、一番最初に話すべき事──自分たちが別の世界の住人という事を説明した杏子。

 突拍子もない話をしたにも関わらず、あっさりと信じたホムラに対し思わず素っ頓狂な声を上げた。

 

「単純な話、それ以外にあなたがここにいる理由が思い浮かばないからよ。まどかが契約したのでないなら、あなたがここに存在する事はあり得ない」

「ちょっとちょっと、そんな簡単に信じていいのかよ? あたしが偽物って可能性だってあるだろ」

「それはない」

 

 キッパリと断言するホムラ。

 そこまでこの世界の自分と交流があったのだろうか、と疑問に思う杏子。その疑問に答える様に、ホムラは言葉を続けた。

 

「魔力の波動とか色々理由はあるけど、何よりその癖のある性格。間違いなくあなたよ」

「……喜べばいいのか分かんねーけどさ。そのトゲのある言い方、あんたも間違いなく「暁美ほむら」だよ」

「あら、よく知ってもらえてる様で何よりだわ」

 

 一通り皮肉を言い合った後、二人は情報交換を始める。

 

 

 

 

 

 一方、魔法少女でもなく完全なる部外者の立場である竜也に二人の会話の意味が通じる筈もないので、諦めて外で見張りをしていた。

 そもそも、彼にも考えたい事がある。この状況についてだ。

 

「歴史が変わって、あいつらが未来に帰って。気がついたらこんな場所だもんなぁ……」

 

 この場所に飛ばされる直前、彼は共に戦った仲間たちとの別れを済ませていた。竜也の時代から千年先──三一世紀の未来から来た仲間と共に、彼は本来の歴史で起こる筈だった「大消滅」という出来事を食い止め、そして仲間たちは新たな未来に帰って行った。

 それを見送り、気がつけば見知らぬこの場所に飛ばされていた。

 

「……でも、ギエンを放っておけないよな」

 

 理由は不明だが、悪さを企んでいるのなら放っておくわけにはいかない。自分たちと同じく平和のために戦う少女達だけに任せ、自分が戦わないという選択肢は彼にはない。

 

「……ユウリ」

 

 少女たちが戦うという状況から、竜也は一人の仲間を思い出した。未来に帰った四人の仲間の内、ただ一人の女性。

 彼女の名前を愛おしげに呟き、溢れ出そうになる感情からか未だ暗雲が立ち込める空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「……人の感情を吸い上げる魔獣に、魔法少女の終わりを看取る円環の理。そっちの世界はどうなっているの?」

「こっちからしたら、この世界の方が驚きだよ。魔女──魔法少女の成れの果て」

 

 あまりの情報に頭を押さえながら、ホムラが尋ねる。が、それは杏子だって同じ事。

 魔女。魔法少女とは対極の存在で、この世に絶望を振りまく存在。それだけならば魔獣とはそこまで大差ないが、その正体が問題で。

 希望を失い、ソウルジェムが濁りきった魔法少女の行き着く先──それが魔女。

 

「あたしたちの行き着く先がそんな存在だってのか……?」

「美樹さやかは魔女となり、退治されたわ。他でもないあなたにね」

「……クソ、マジなのかよ」

 

 希望を振りまく存在の魔法少女が、最終的には絶望を振りまく存在に変わり果てる。

 そんな皮肉があってたまるかと反論したい所だったが、ホムラの顔は至って真剣。そもそもこんな冗談を言うような性格でもないことが、情報が真実である事を物語っていた。

 

「でも、そちらの世界では魔法少女は魔女にはならない」

「……ああ。そもそも魔女なんて見たこともねーよ」

「なら、魔女ではなく魔獣になる可能性は?」

「無いとは言い切れないけどさ。ただ、あいつらはあんたの言う魔女とは特徴が違いすぎるんだよ。いくら世界が違うからって、そこまで変わるものなのか?」

「……そうね。仮に魔女化しない理由があるとすれば──」

「円環の理、か」

 

 円環の理。

 ホムラの世界には存在しないそれは、魔法少女が消える際に現れ、幸せの国に誘う女神様──と、杏子たちの間では伝えられている。こちらの世界との差異の根幹の部分に位置する存在であるのは間違いないのだろうが、杏子も実際に見たことはないらしい。

 魔女化を止められる存在がいるとすれば、それは途方もない力を持っているに違いない。

 

「……まさかね」

 

 こちらの世界では存在しないが、あちらの世界には存在する。逆にこちらの世界では存在するが、あちらの世界では存在しない。尚且つ、強大な力を兼ね備えた存在。

 そんな都合の良い存在がいるとすれば──否、いる。ホムラの知る限りどうやら確かに一人いる様なのだが、彼女だとすれば何がどうしてそうなったのか理由が想像もつかない。

 

「どうした?」

「いえ、なんでもない。擦り合わせはこの辺して、本題に入りましょう。とりあえず、優先して話すべき事は二つある。一つは、ワルプルギスの夜について」

「さっき話してた奴か。超大型の魔女だっけ?」

「ええ。私と戦ってたそいつが突然消えた」

 

 暁美ホムラからして、それは突然の出来事だった。

「いつも通り」ワルプルギスと戦っていたホムラ。必死に対策し、策や武器を用意し、しかしそれらが通用せず。

 諦めかけていた所で、突如ワルプルギスの夜が目の前から消失したのだ。

 

「何故かは分からない。原因を探す為にも街を散策していたら、ソウルジェムがあなたの魔力を探知して……その後は分かるでしょ?」

「……なるほどな」

「理由は不明だけど、タイミングも考えればおそらく……あのギエンという機械が関わっているとみて、間違いなさそうね」

 

 そこには杏子も同意した。

 偶然にしてはタイミングが出来すぎている。ギエンが何かしたというのは間違いなさそうだが、目的はよく分からない。

 

「そもそもあいつをどうにか出来る技術を持ち合わせている……っていうのが驚きなのだけれど」

「あー……多分なんだけど、未来の技術って奴のせいかも。多分三十世紀辺りの」

「は?」

 

 予想通りの反応。しかし、その話には人伝とはいえ根拠もある。

 竜也が語っていた話の中に出てきた犯罪組織──ロンダーズファミリーについて、大まかに話す杏子。

 全てを話し終わった後、ホムラは頭を押さえていた。

 

「……まあ、いいわ。二つ目の主題も出てきたし──浅見竜也について。彼は何者?」

「どう話したもんかなぁ……なあ、こっちの世界に門矢遊星って奴はいるか?」

「心当たりもないわね」

 

 やはりか、と杏子は肩を落とす。

 こちらの世界に彼がいるなら話は早かったが、どうやらそう都合よくもいかないらしい。元々ホムラが竜也の変身を物珍しい様に反応していた事から期待もしていなかったのだが。

 

「その人が関係あるという事?」

「そうなんだけど……まあ、あいつは味方だと思ってくれていいよ。あの金ピカとも戦った事あるらしいし」

「……そう。あなたがそういうなら、ひとまずはそれでいいわ」

 

 ひとまずという前置きがあったとはいえ、ホムラがすんなりと受け入れたのは意外だった。

 あちらからすれば浅見竜也は正体不明の存在で、二つ返事で信じるとは思っていなかったから。

 

「一応言っておくと警戒はするわよ。あなたも彼のことがわからないなら、とりあえず戦力としてはみなすって話」

 

 思考を読んだかのような発言に合点がいく。

 竜也の戦闘能力は、一般的な魔法少女と比べても引けを取らない。戦力としてなら間違いなく信用できる相手だ。

 

「……ま、そういう見方でもいいとは思うけどさ。なんならあいつと話してきてみたらどう?」

「え?」

「アンタの目で判断してみるのも悪くないんじゃない?」

 

 杏子が竜也を判断しようとすると、どうしても遊星のことも判断材料に含めてしまう。間違いではないのかもしれないが、杏子としては複雑な一面もある。

 だからこそ、杏子はホムラには自分の目で判断するべきだと考える。他人を信じる事の難しさを実感している現在の自分が言えた事ではないと思いつつも。

 

「──信頼なんてくだらないわ」

 

 しかし、その提案にホムラは首を横に振った。何か地雷を踏んでしまったのか、ただでさえ鋭い目つきが一層鋭くなった様にも思える。

 それも突然だ。ホムラにとって信じて頼るという行為はとうに諦めたものなのだから。

 

「話したところで何が変わるとは思えない」

 

 いつか、どこかの時間にて。誰も魔女化の真実を受け止めきれなかった事から、彼女は仲間を信頼することをやめた。

 誰も頼りにならない。自分しかあの絶望的な未来を変える事は出来ないのだと。

 

「……そっか」

「ええ。今の私が誰かを信じるだなんて、そんなのありえない」

 

 言い切ると、ホムラは突然立ち上がって部屋の外にへと足を向けスタスタと歩いていく。

 

「どこ行くんだ?」

「……少し外の空気を吸ってくるだけ」

 

 それだけ言い残し、ホムラは家の外に出て行った。

 一人取り残された杏子が、苦笑しながら一言。

 

「素直じゃねー奴」

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 浅見竜也は困惑していた。

 家の外で見張りをしていたら突然ホムラが出てきて「失礼するわ」とだけ言うと竜也の隣に同じように塀に寄りかかり、そのまま喋る事もなく数分が経過。

 コミュニケーションが苦手な方ではないと思っているが、相手が無言な上に年下の中学生と何を喋ればいいのかも分からず竜也からも話しかけづらい状況だった。

 

「……ねえ」

 

 無言に耐えかねたか、それとも腹を据えたのか。ホムラの方から竜也に対して話しかけてきた。

 

「あなたは何の為に戦ったの?」

「……え?」

「佐倉杏子から軽く聞いたわ。別の世界で、あなたはあの金色の奴と戦っていたのでしょう? それは何故?」

「何故って言われても……うーん、明日を変える為、かな」

「明日を?」

 

 おもわず聞き返してしまう。明日を変える。それはまるで、今現在の自らの状況ではないか。

 驚愕するホムラの様子に気付かず、竜也は話を続ける。

 

「俺、いいとこのお坊ちゃんって奴だったんだどさ、レールの敷かれた人生ってのに嫌気がさして家を飛び出したんだよ。そんな時、あいつらに会った」

「あいつら……仲間かなにか?」

「ああ、未来から来た仲間たち。そこにロンダーズって悪い奴らも現れて、そいつらから今を守って自分の未来を切り開きたい。そう思ったから俺は戦えたんだ」

「……その道すらも運命に決められてるとは思わなかったの?」

 

 何度も同じ時間を繰り返したからこそ、自分に運命という大きな敵がいる事は容易に想像がついていた。

 ホムラにとっての運命の刺客──ワルプルギスの夜。宿敵ともいえるその魔女に、時間を繰り返すたびに敗れてきた。

 

「ああ、俺が戦う事は運命で決められてた」

 

 とある男の陰謀により、竜也がタイムレンジャーとして戦う事は歴史の重要なポイントとして決められていた。

 

「それでも足掻きたい。歴史なんて大きい流れは無理でも、せめて自分の明日くらいは変えたい──変えられなかった奴の為にも」

 

 声を少し震わせながら、強くポケットの膨らみを握りしめる。ホムラには不思議と最後の言葉が頭に引っかかっていた。

 すると突然竜也が足元に落ちていた小石を拾い、突然何もない道路の向こう側に向かって思い切り投げる。まるで今の自分の迷いを晴らすかの様に。特段何事もなく、勢いを失った小石は地面に軽快な音と共に転がる。

 

「あの石がどう転がるかだって石が決める事だから、決められた未来じゃない……って感じでね」

 

 爽やかな笑みを浮かべる竜也とは対照的に、ホムラの表情は一切変わる事もない。それは話の中身に興味がないというわけではなく、ただ真剣に竜也の話を聞いていたから。

 

「……明日を変える、か」

「ん?」

「いえ、何でもない。少しは信じてもいいかもね、あなたの事」

 

 そんなことを言いながらも、やはり表情が変わる事もない。それが彼女なのだろうと竜也は納得した。

 

「──ん? 俺、さっきまで信じられてなかったのか!?」

「反応が遅いわよ」

「いや、サラッと言われる事でもないから!」

 

 文句を言う竜也を無視し、家に入ろうとしたホムラ。ドアノブに手をかけたその時、突然表情を歪ませ竜也の方を振り向いた。

 

「これは……?」

「ん? どうしたんだ?」

「何か来る」

「え?」

 

 次の瞬間、上空から降り注ぐ様にしてその二人は降下してきた。一人は息を切らし、もう一人は彼女にお姫様抱っこの要領で抱き抱えられている。

 竜也にとっては片方に、そしてホムラにとってはどちらとも見覚えがある。片方は見覚えがある、という表現を使うのもおかしい程。

 

「ほむらちゃん!?」

「まどか! それと……」

「──はじめましてね、私」

 

 その二人とは、ギエン率いるゼニットから逃げてきたまどかとほむらその人だったのだから。

 

「どうした! って、ほむら!? それと……?」

「杏子ちゃん!?」

 

 落ちてきた音を聞いて慌てて飛び出した杏子。自身の知っている方であろうほむらに驚き、彼女が抱き抱えているまどかには眉を顰めるが、まどかは信じられないものを見たかの様に杏子の名前を呼ぶ。

 

『ホウ、ココニキテセイゾロイカ』

 

 混沌とした状況を打ち砕いたのは、新たに現れた彼──ギエン。再び転送してきた彼は、背後にカザリとウヴァ──それに加え、新たな二体のグリードを控えさせている

 

「ギエン!」

「「まどか! 家の中に!」」

「え、あ、うん!」

 

 ほむらとホムラの咄嗟の言葉に混乱しながらも、いう通りに逃げるまどか。すれ違った際に杏子の事を気にしていたが、別の時間の彼女であると悟ったのかどこか残念そうにして家の中に入っていく。

 それを確認した後、二人はふたたびギエンの方へ向き直った。

 

「ここで決着と行きましょう。あなたもいい加減、目的を果たしたいんじゃないかしら?」

『ソノツモリダ。サイダイセンリョクデ、キサマラヲハカイスル!』

「……ねえ、暁美ほむら」

「何かしら、暁美ホムラ」

 

 ギエンを目の前にして、ホムラは気になっていたことを尋ねるべくほむらに話しかけた。

 

「あなたは私なの?」

「……ええ、おそらくね」

「そう」

 

 同じ自分だからだろう。ホムラの一言に込められた意味をほむらは見抜き、その上でそう当然のように答えた。

 ホムラはそれだけ聞ければ充分だ、と言わんばかりに魔法少女に変身し、無言で銃を構え、同様にほむらも弓を構えた。

 

「……同じ顔が並んでるのもなんか不気味だな」

 

 二人の暁美ほむらに抱いた印象を何気なく杏子が呟くと、シンクロしているかの様な動きで同時に睨みつけてくる。

 

「悪かったからその動きやめろって! ……さて、やってやろうじゃねえか!」

 

 無言の圧に慌てて謝罪を述べると、気を取り直して変身。自身を鼓舞するかの様な声を上げ、快活な笑みと共に槍を構えた。

 

「俺もお前も、なんでここにいるのかなんて分からない。けど、あいつらの居る未来に向かって生きていくって誓ったんだ」

 

 この戦いはイレギュラー。本来彼が巻き込まれる筈もなかったが、運命の悪戯により彼はここに立つ。

 ──それでも。それが運命だというなら。浅見竜也は運命と戦う。

 この一年間、自分や仲間達がそうした様に。

 

「クロノチェンジャー!」

 

 上げられた声と共に、竜也の姿は戦士としてのそれに変わり。二振りの剣をギエンに向かって構えた。

 

『コッケイナヤツダ。ジブンガ、ドンナタチバ カモシラズニ』

「……え?」

『ヤレ! グリードドモ!』

 

 ギエンの指示に従い、グリード達がそれぞれ構えを取る。口振りからして竜也がここにいる何かしらの事情を知っている様だったが、その暇も与えてくれそうにない。

 

「ほむ……あー、あたしの世界のほむら。えーっと……」

「……なるほどね、了解よ」

 

 ほむらと何かを耳打ちしあうと、杏子は勢いよく地面を蹴りギエンに向かって飛び込んだ。当然、グリード達が静止する為にその間にへと割り込んでくる。

 

「ほらよ!」

 

 それが杏子の狙いだった。

 地面から出てきた赤い糸の様な結界がグリードたちの内三体を分断。

 残ったギエン、カザリと竜也、ホムラ。グリードたち三体と杏子、ほむら──といった具合で、その戦場は二つに分けられた。

 

 ただでさえ人数は不利。ならばグリードを操る存在と思わしきギエンを先に叩けば、何かしらは変わるかもしれないというのが杏子の考え。そうじゃなくても、自分たちが彼らを倒して数で優位に立ってもいい。

 ──問題があるとすれば、杏子達の負担が大きい事だが。

 

「こっちはアタシらに任せな。竜也、ホムラ。あの金ピカはアンタらが仕留めろ」

「佐倉杏子……無理はしないで」

「へっ、任せなって。行くよ、ほむら!」

「ややこしいわね……ホムラ、話したい事はあるでしょうけどまた後で」

 

 そうして杏子達はグリード達と戦闘を始める。

 どうなるのか不明だが、手が足りない今は杏子達を信じて任せるしかない状況。

 二人の無事を祈りつつ、竜也とホムラも自身たちの敵に相対する。

 

「浅見竜也。私たちも行きましょう」

「……ああ!」

 

 こうして、時間を超えて集った戦士達の決戦の火蓋が切って落とされた。




少し短いですが、キリのいい場面がここしかなかったのでここで一旦切ります。
次話も投稿してある筈ですので、よければご覧ください。
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