魔法少女まどか☆マギカ [外編]英雄の物語   作:クウキ

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今回は2話同時投稿となっておりますので、前の話を見ていない方はそちらからご覧ください。


第八話 燃える焔と未来と決意のコンボ

「はあああっ!」

 

 ギエンを倒そうにも、まずは目の前の怪人──カザリから攻略しなくてはならない。勇猛果敢に飛び込んだタイムレッド。しかしその一振りがカザリにダメージを与える事はない。剣が捉える前に、視界からカザリの姿が消えたからだ。

 

「な!?」

 

 一瞬後、引っ掻かれた様な衝撃が背中に走る。

 カザリが展開した腕の鉤爪による切りつけ。タイムレッドの剣をひらりと避けると、その勢いを使って後ろに回り込み一撃を入れていた。

 

「このっ!」

 

 悔しさを露わに何度も剣を振るうが、タイムレッドの剣がカザリに届く事はない。猫のように優美な仕草で攻撃を避けながら、素早く一撃を叩き込まれる。

 

「いくらなんでも考えなさすぎよ!」

 

 呆れた言葉と共にホムラの援護射撃がカザリの頭部目掛けて放たれるが、銃弾は腕で防がれ貫くには至らない。グリードである彼を仕留めるにはあまりに弱すぎる一撃だが、それでも顔を狙えば動きを止めるには充分だ。

 

「今のうちに!」

「ああ!」

 

 防がれた隙をついて、再びタイムレッドの剣が振るわれた。今度の一撃には対応しきれず、カザリはその一撃を食らう。

 

「当たった! サンキュー、ホムラ!」

「いいから戦闘に集中!」

 

 おもわず呼び捨てにしてしまうが、そんなことも気にせずにホムラは怒鳴り返す。やはり何処となくユウリを思い起こさせるホムラに軽く懐かしさを感じつつ、タイムレッドはカザリとの戦闘に専念する。

 

「はあっ! てやっ!」

 

 やる事は先程と変わらない。ホムラの援護にタイミングを合わせてタイムレッドが追撃する。

 位置を変えながらのホムラの卓越した射撃に、素早く繰り出されるタイムレッドの洗練された剣戟。

 波状攻撃として襲いかかるそれに、カザリはなす術もなくやられるだけだ。

 

「……!」

 

 ホムラが面倒だと判断したカザリはたてがみを触手の様に操り、ホムラを襲わせる。鞭の様にしなるそれらに対して、時間を止める事で回避をしようとしたホムラ。しかし、彼女の望み通りに時間が止まる事はない。

 

「しまった……!」

 

 ギエンの存在が魔法を無力化している。それを忘れて悪癖で魔法に頼ろうとしたホムラは、一瞬回避行動が遅れ。

 

「DVディフェンダー!」

 

 しかしダブルベクターの短剣側を投げ捨て、咄嗟にタイムレッドの腰のホルスターから引き抜いたその銃──DVディフェンダーから放たれる幾つもの光線が、ホムラに迫るたてがみを難なく撃ち落とした。

 

「っ……ごめんなさい、助かったわ」

「いいって! ただ、結果としてこれを借りる事になっちゃったけどな」

「その銃のこと?」

「……ああ、仲間の形見さ」

 

 どこか寂しげに呟くタイムレッド。彼が今使ったそれ──DVディフェンダーとは、本来タイムレッドの武装ではなく、彼の仲間が持っていた装備。

 とある経緯からそれを譲り受け、彼に返す間も無く──尤も、返す相手はいないと分かっているが──そのままタイムレッドの武装としてこの世界に持ち込んでいた。

 

「直人、借りるぞ──DVチェンジ、ディフェンダーソード!」

 

 使うことに躊躇したが、決意と共にそれを断ち切るとDVディフェンダーから刃を展開。ディフェンダーソードと呼ばれる形態にすると、長剣状のスパークベクターとともに構える。

 

 カザリもまた身を屈め、低い姿勢から駆け出す。そうはさせるかとホムラが銃を撃とうとも、チーターさながらの速さで駆け出した彼にとって避けるのは赤子の手をひねる様なもの。弾丸は当たることも、掠めることもなく、目で捉える事も難しい。

 

「くっ、なんとか避けて!」

「──ムダだ!」

 

 が、しかし。タイムレッドが二振りの剣を何もない所で十字に振るうと、それは吸い込まれるかの様に移動してきたカザリの装甲を斬り裂いた。

 攻撃を受けたカザリは、勢いのまま地面を転がる。先程までとは格段に違う反応能力を見せたタイムレッドにホムラは驚いた。

 

「……!?」

「俺、何で……?」

 

 それは明らかにカザリの動きを読んでいた動き。しかしタイムレッドは自分自身それに納得出来ていない。

 それも当然、タイムレッド今の動きを目で追えていたわけではなかった。しかし何故かカザリが次にどう動くかを自然と予測出来ていた。まるで、そう──戦う相手をよく知っているかの様に。

 

「よく分からないけど、このまま!」

 

 今は考えている場合ではない、と武器を構え直すと、体勢を崩しているカザリに向かって駆け出した。

 立ち上がった所でスパークベクターによる突きを喰らわせ、怯んだところにディフェンダーソードの横振り、まだまだと言わんばかりに剣を交差させX字に斬り裂く。一度間合いに入れさせてしまったカザリにはなす術もなく、ただ攻撃を受けて火花を散らす事しかできない。

 

「トドメだ!」

 

 カザリの胴体に蹴りを入れて肉薄していた距離を離すと、その場から飛び上がり。

 

「ベクターエンド・ビート12!」

 

 空中から落下しながら、上向きに揃えて構えられた二振りの剣がカザリに振り下ろされた。その一撃は完全にカザリの装甲を貫き、派手な火花を散らしながらカザリは力なく倒れ込む。

 

「……すごい」

 

 ホムラからは圧巻の一言が零れ落ちる。

 竜也が戦うのを見るのは二回目だったが、魔法少女と肩を並べられる程の実力を目の当たりにして、改めてその実感が湧いている。

 

 ──これだけの力が自分にあれば、誰も死なずに絶望の迷路から抜け出せたのではないか。

 ふつふつと湧き上がる黒い感情を抑え込み、目の前の現状に意識を戻す。カザリは倒したものの、まだそれで終わりではない。

 

『タイムレンジャー、ココデモオマエハジャマヲスルカ』

 

 静観していたギエンが二人の前に立ち塞がる。

 機械故に表情は分からずとも、手下が倒されたというのに動揺もしない余裕さ。隠しきれないそれは、ギエンがまだ「隠し球」に値する何かを持っているという事なのだろう。

 タイムレッドは気を引き締め直して二刀をギエンに向け、ホムラはタイムレッドの後方でリロードし終わった銃を向ける。

 

「ギエン、何を知ってるんだ! 何故俺とお前はここにいる!」

『ホウ、ジカクガナイノカ。キョウミブカイ』

 

 タイムレッドの言葉に意外だと言わんばかりの反応を見せるギエン。

 

「自覚がない……? 俺が何かに気付いてないっていうのか!」

『ハハハ、ナラバキコウ。オマエハダレダ?』

「そんなもの決まってる、俺は巽マトイ。ゴーレッド……え?」

『……』

 

 竜也自身も意図せずに関係ない人物の名前を口にしたその瞬間、変身が解除された竜也の服はそれまで着ていたものとは異なるオレンジのジャケットに変わり。

 ニヤリ、と。ギエンの笑みがより一層増し、竜也は突然頭を抱えて苦しみ出した。

 

「浅見竜也……!?」

「竜也……?」

 

 駆け寄ったホムラの呼びかけに、竜也はまるで身に覚えのない名前だと言わんばかりの反応を返す。

 

「俺は……いや、私は……僕は……!」

 

 口にする度に変わっていく一人称。それと同時に、竜也の顔が写真のピンボケの様に歪み始めていた。オーロラの様に揺らめくその向こうには、竜也の面影もない「誰か」の顔がいくつも移り変わる。

 あまりにも現実的とはかけ離れた光景に息を呑んだ。

 

「な、これは……!?」

『セイシンヲムシバム、ムスウノジンカクニオボレテイルダケダ』

「無数の人格……浅見竜也は多重人格者とでもいうの?」

『スコシチガウ。ダイタイハマチガイナイガ──サテ』

 

 近寄ったギエンが苦しむ様子の竜也を突き飛ばし、ホムラの腕を掴む。

 

『イッショニキテモラオウ。オマエトモウヒトリ、カナメマドカガヒツヨウダ』

「まどかも……! 何をするつもり!?」

 

 その言葉を聞いて瞬間、ギエンの動きが突如止まり。

 一瞬後に再び喋り出した。

 

『──ハカイダ』

「え?」

『ハカイ、ハカイ、ハカイ!! ワタシハ スベテヲ ハカイスル!』

 

 口らしき部分を忙しなく開閉し、目を赤く光らせ、喉が擦り切れそうな声量で──機械なのだからそんなことはないだろうが──叫ぶ。

 狂気的にしか見えないギエンの変貌ぶりに、ホムラは戦慄する。

 

『オマエガカナメマドカトセッショクシ、ケイヤクヲトメル。ソレガ、レキシノハカイヲヨビオコス』

「……え」

 

 ホムラの抵抗が力ないものに変わり。

 思惑通りの展開にギエンは更に笑みを深める。

 

「……そんな事を聞いて、私が協力するとでも」

『ツラククルシイシュクメイヲ、セオワセテモ イイノカ?』

「だとしても、あの子の住む世界が消えるなら!」

『ワタシノケイカクドオリニイケバ、オマエトカナメマドカヲベツノセカイニウツシテヤル』

「……っ!」

 

 明らかな甘言。嘘か本当か分からない様な言葉に乗るわけにはいかない。

 ──しかし、それでも。彼女が無事に生きられるならば。仮にギエンが約束を果たすならば、永遠の時間を彷徨ってきた自分の目的が果たされる。暁美ほむらが望むのは、鹿目まどかが魔法少女にならず生きる世界。それが叶うとするなら、それでいいのではないか。

 

「……私は──」

 

 

 

 

 意識が強制的に塗り替えられていく。まるで、元からあった色の上から無理やり別の色を塗りつぶすように。気がつけば、辺りは先程まで竜也がいた場所とは異なっていた。

 どこまでも続く深闇。現実とはかけ離れたそれが、浅見竜也を構成していた意識、記憶が別のものに変えていく。

 

「これで終わりなのか……?」

 

 最早、自分が正しく言葉を発せたのかも理解できず。何も出来なかった事への無念が晴らされる事がなく、その意識は元の場所へ引き込まれ──

 

「竜也さん!」

「竜也!」

 

 ──ていた竜也の両手を、静止の声と共にそれぞれ掴んだ者がいた。

 

「……え?」

 

 おもわず素っ頓狂な声が出た。その声を竜也は知っているからだ。

 忘れるはずがない。一年間の苦楽を共にした彼らとは、たとえ時間でも引き裂けない絆で結ばれているのだから。

 

「ドモン……それにシオンまで!?」

「ったく、ようやく気づきやがったか」

「さっきから皆で呼びかけてたんですよ?」

 

 オレンジ色のジャケットの彼──ドモン、そして物腰が柔らかそうな青年──シオン。どちらも未来に帰った、竜也の大切な仲間。

 そして竜也は聞き逃さなかった。シオンが「皆」と発言した事を。

 

「タツヤ、相変わらずだな」

「……アヤセ?」

「言ったろ、俺は生きるって」

 

 何処からともなく現れた彼──アヤセもまた彼らの横に並び、笑みを浮かべていた。

 ここまで来れば、あと一人。この場にいなければおかしい人物がいる。

 

「タツヤ」

「……ユウリ」

 

 最後の一人──ユウリ。竜也の最愛の女性である彼女も、虚空から竜也の前に現れた。

 整理しきれない状況に思考が混乱する。もしやこの状況は夢か、もしくは空想の産物なのではないのだろうか。そんな竜也の考えを見透かし、ユウリは言葉を続ける。

 

「ここは私たちを統括している「彼」の精神の狭間よ」

「狭間……それに、統括って?」

「……信じられないでしょうけど、今のあなたや私たちに現実の肉体はない。ある意味死んでいるのよ」

「死……!?」

 

 突拍子もないその事実は、竜也を絶句させるには充分な威力だった。竜也に死んだ記憶はない。仲間を見送った後、自分でも気付かないうちに死んだとでもいうのだろうか。

 

「待ってくれ、一体どういう……」

「説明してる暇はないの、私たちが意識を保てる時間も残り少ない」

 

 見れば、ユウリ達四人の体が少しずつ透明になってきている。

 

「お前ら……!」

「いいんだよ、俺たちのことは」

「僕の睡眠期の時みたいに、また寝ちゃうだけですから」

「そんな事より竜也、こんな所で終わっていいのか?」

 

 真っ直ぐに見つめるアヤセからの問いに、顔を俯かせた竜也は言葉に詰まる。

 こんな所、というのはギエンとの事だ。当然、ギエンを放っておくわけにはいかないし、何よりそれは竜也自身が納得出来ない。しかし今の自分に出来る事はもう何もない。ただこの空間で死んでいくのを待つだけなのだろう。

 

「そんなの、良いわけないけどさ。もう俺に出来る事は──」

「──あるって言ったらどうする?」

 

 ユウリの言葉に顔を見上げる。

 

「私たちの力を使い、あなたをもう一度現実に戻す。あなたは自分の心の思うままに動きなさい」

「待てよ、それじゃあお前たちとは……」

「安心しろ、全部終わったらもう一度会える」

 

 もう一度会える、とはどういうことか。

 そもそも三十世紀に旅立った筈の彼らが何故自分と同じ場所にいるのか。

 いくつかの疑問が浮かんだ瞬間、竜也の頭に割れる様な鋭い痛みが走った。

 

「……これ、は……!?」

 

 激流の様に流れ込んでくる情報。自分が、仲間が何故ここにいるのか。何故ギエンは蘇っているのか。何故精神だけの存在になっているのか。

 

 頭痛が治った時、今の竜也の中で浮かんでいた 疑問の全てが吹き飛んでいた。しかしその表情は、疑問が晴れた割にはどこか悲しげになっている。

 

「……そっか。そういう事だったんだな」

「思い出したか。じゃあ、行ってこい」

 

 すんなりと状況を受けいれた今の竜也は、仲間達に背を向け。歩き出そうとした所で、失笑と共に仲間達の方へ振り返った。

 

「まさか、二度目はお前たちじゃなくて俺の方が送り出されるなんて。前は逆だったっていうのに……こんな奇妙な事もあるんだな」

「それが私たちの選んだ未来。誰かに用意されたんじゃない、私たちが──」

「──ああ。俺たちが作っていく未来だ」

 

 それを最期に、ユウリ達四人は消え。

 決意と共に拳を握りしめた竜也は、力強く歩いてその場を去った。

 

 

 

 

「待ってくれ、ホムラちゃん」

 

 ホムラの言葉を止めたのは、他でもない。再び立ち上がった浅見竜也だった。表情を歪ませ息は荒げているものの、その服は元々竜也が着ていたものに戻っている。

 

『ナニ!? キサマ……!』

「浅見竜也……!?」

「ホムラちゃん、本当にそれでいいのか? 友達も、家族もいない世界でまどかちゃんは喜ぶのか?」

「っ……」

 

 竜也の言葉に、ホムラが迷いを見せた。

 

「まどかが魔法少女の運命から逃れられないなら、彼女だけでも……!」

「いいや、変えられる! 俺たちがそうした様に、運命なんてものの言うことに従う必要なんてない!」

 

 ホムラは目の前の竜也の気迫に押されていた。

 それはただ、竜也の声が大きかったとか、睨みつけてきたとかそういう事ではなく。

 その言葉の魅力に、取り憑かれそうになっている。そう感じたからだ。この提案に乗って戦えれば、どれだけ誇り高いか。どれだけ救われるか。

 青臭い理想論だとしても、それはホムラが最初に憧れた「鹿目さん」だってそういうだろう、と確信しているから。

 

 ──それでも。

 

「……私には、あなた達の様な運命を変える力は無い」

「力……そっか、だから──」

 

 ポケットに入っているそれを握りしめつつ、何かに納得した様子の竜也。もはや覇気を失ったホムラの一言に、懸命に考え。

 

「未来を変えるのに必要なのは、力じゃなくて意志。それを君は既に持っているじゃないか」

「──」

 

 ──瞬間。

 ホムラの脳内に浮かぶ光景は、自分の魂を輝かせた正にその時。荒れ狂う嵐が過ぎ去った後の街中で、三つ編みの少女は白い獣に願う。

 

『彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい』

 

 ──私が、本当に守りたかったものは?

 

『ナニヲシテイル。サッサトイクゾ』

「その必要はないわ」

『ナニ!?』

 

 掴んでいたギエンの腕を振り払い、ツカツカと歩いて竜也の元に戻ると振り返り、驚いているギエンをキッと睨みつけた。

 

「運命を変えるのは、力じゃなくて意志──浅見竜也、あなたの言葉を信じてみたくなった」

「ホムラちゃん……!」

「思い出したわ。私が望んだのは、まどかが生きられる世界じゃない。まどかが生きて笑える世界。実現させる為なら、運命だって変えてみせる……!」

『キサマ……ナラバ、シネ!』

 

 激昂した様子のギエンが無茶苦茶な狙いで周囲一帯にマシンガンを撒き散らかすが、そんなものが魔法少女であるほむらに当たる筈もない。

 近くにあった瓦礫の影に飛び込み身を守ると、盾から引き抜いたリボルバーを構える。

 

「くらいなさい」

 

 銃弾の雨が止んだその瞬間、瓦礫から飛び出したほむらがギエンに照準を定め、冷静に引き金を引いた。

 

『ガッ!?』

 

 弾丸がギエンの胸部を貫き、怯んだ彼の傷口から火花が飛び散る。その隙に盾から引き抜いたそれを、ギエンの足元に来るように投擲。

 

「これで、最後」

 

 ほむらが投げた筒状のそれは、彼女お手製の爆弾。ギエンより何倍も大きい魔女ですら只ではすまないそれが、ギエンの足元で爆発し。

 轟音と共に、その場が煙に包まれた。

 

「やった……!」

「……ホムラちゃん。選んだんだな、自分の道」

「浅見竜也、改めて礼を──」

 

 ホムラは竜也の方へ向き直り、彼女にしては珍しく笑みを浮かべながら話す。

 その直後。ホムラの背後に赤色の光が動くのを見て、血相を変えた竜也は動いた。

 

「危ない!」

「え」

 

 変身する暇はない。生身のままホムラの元に走った竜也は、その勢いのままホムラを横に突き飛ばし──次の瞬間、竜也の胸にぽっかりと小さな穴が空いた。

 

「か、はっ──!」

「な!?」

『マッタク テマヲ カケサセテクレル』

 

 煙の中から出てきたのは、無傷のままのギエン。一体どういう事かとも困惑するホムラだが、それ以上に優先すべきことがある。

 倒れ込んだ竜也の身体を支え、表情を崩して必死に語りかけた。

 

「浅見竜也! しっかり!」

「……あ、ホムラ、ちゃん」

「喋るのはやめなさい! 傷口が……!」

 

 胸に空いた穴からは、どんどんと血が流れてきている。自分の傷ならともかく、治癒の魔法を使えないほむらに他人の傷を塞ぐ手段はなかった。

 

「……なにが、時を止める魔法よ。こんな時に役立たないなんて!」

 

 時が止められたとしても、弱っていく竜也を止める事は出来ない。無敵にも近い能力を持ちながらも、それが使えない──たとえ使えたとしても、救う手段がない事にほむらは苛立っていた。

 一方、徐々に意識を失っていく竜也。だが、彼にはまだ()()()()()()が残っていた。

 

「これ、を……!」

 

 ポケットの中にあるそれをゆっくりと取り出すと、ホムラの手にそれを握らせた。

 この状況でわざわざ渡してくる物を不審に思いつつも、握られたそれ──ブレスレットを見た。赤と黒の塗装が施されているそれには、沢山のボタンが備わっている。

 

「これは……?」

「アイツの、形見だ。きみに、たく、し──」

 

 そこで、ホムラの手を力強く掴んでいた竜也の手は急に力をなくし。同時に、竜也の目もゆっくりと閉じていく。

 浅見竜也の中に後悔はない。既にやるべき事は済ませ、自分のやりたい様にもやった。

 

「ユウ、リ──今、そっちに……」

 

 最期に、最も愛する人の名前を呼びながら。

 浅見竜也は、深い眠りについていった。

 

 

 

「っ……」

 

 瞳を閉じた竜也の肉体から、徐々に温もりが消えていくのを感じてしまい。

 途端に、無力感がホムラを襲った。

 

「浅見、竜也……!」

 

 名前を呼んでも返事はない。当然だ、彼は既に死んでいるのだから。それはホムラにも分かっている。

 

 だとしても、彼女は伝えたかった。

 あなたのおかげで自分は道を違えなかった。運命を乗り越えるという決意を改めて出来たのだ、と。

 しかし、その感謝を伝える事はもうできない。

 自分のせいで彼は死んでしまったのだから。

 

 どうしようもない無力感は、彼女に一つの願いを懐かせる。

 

 ──力が欲しい。

 

 彼女は強く願う。

 どんな敵をも乗り越えられる、どんなものにも屈しない力が欲しい。

 

 

 突然、暁美ホムラが抱いたその願いに応える様に、彼女の手の中にあるブイコマンダーが光りだし。

 次の瞬間、ホムラは別の場所にいた。

 

「!?」

 

 そこは、どこかの廃れた工場の中だった。薄暗い中に突然飛ばされたホムラは混乱するが、前方に人影を見つけ即座に身構えた。

 

「浅見が選んだのは君か」

 

 コツ、コツと足音を立ててホムラの元に歩いてきた男。警備会社の制服らしき服装の彼は、どこか面倒そうな態度を出しつつもほむらに話しかけた。

 

「……あなたは?」

「滝沢直人。君が持ってる、そのブイコマンダーの持ち主だ」

 

 直人と名乗る男が指を指したのは、ほむらの手の中にあるそれ──竜也が死に際に託したものだった。浅見という単語といい、目の前の彼はどうやら竜也を知っているらしい。

 直人、という単語に引っ掛かりを覚えつつもホムラは質問を続けた。

 

「浅見竜也とは知り合いなの?」

「……まあな」

 

 名前を出しただけで嫌な顔をされたことに驚きつつも、気を取り直して次の質問に移るホムラ。

 

「……ここはどこなの?」

「まあ、俺が君に用事があったから生まれた空間、とでも思っておけばいい。君は意識だけここに飛ばされている状態だ」

 

 よくは分からないが、とりあえずどこかの空間に飛ばされたらしい。そこまで気を留める事でもないだろう、と一人納得するホムラだった。

 ──が、次の瞬間。とある事を思い出し尋ねる。

 

「ねえ、あなた。もしかしてもう死んでいたりするの?」

「……ほう」

「浅見竜也は、形見だと言ってこれを渡してきた。形見って事は、元の持ち主であるあなたはもう死んでいるはず」

 

 直人、という言葉に関しても思い出した。

 竜也がDVディフェンダーと呼んだあの銃。借り受けたというあの銃も、おそらく滝沢直人のものなのだろう。しかし、彼は既に死んでいるという。ならば、目の前の男は何者なのか。

 

「答えて。あなたは何者?」

「……滝沢直人本人だ、間違いなくな」

「そんな事を信じれるはずが……!」

「いいや、真実だ。死んだというのもな」

 

 矛盾の様にも思える二つの事実が並べられる。

 そんな事があるはずないと否定しようとしたホムラだが、吐き出そうとした言葉を抑え少し考えてみた。

 ──死んでいるが、生きている。

 ──そもそも自分はここに意識だけ飛ばされた。

 

「……意識や魂だけの存在になった?」

「まあそんなところだ。浅見と違って賢いんだな、君は」

 

 たとえば、魔法少女が例外なく持つソウルジェムの様に魂だけが別の場所にあるならばどうだろうか。

 肉体は死んでも、精神や魂がどこかに残り──それが具現化した存在ならば、或いはそんな事が出来るのかもしれない。

 

「それで、死人のあなたが私に何の用事なのかしら?」

「なに、奴が選んだのがどんな奴なのか気になってな」

 

 そう語ると、直人はジッとホムラの顔を見る。睨み付けられている様にも見えるそれに少々戸惑うが、直人は言葉を続けた。

 

「嘘は吐かず正直に答えてくれ。君、力が欲しいのか」

「……ええ、欲しい」

「その力を以って何を為したい?」

 

 力を使って何をしたいか。緊張をほぐす為にも深く深呼吸し、直人の問いに答えた。

 

「私は運命から逃げないと決めた。立ち向かって、絶対に未来を掴んでみせる。その為の力が欲しい」

 

 一度は折れかけた心を立ち直らせてくれた、竜也の為にも。何より、守ると誓ったまどかの為にも。暁美ホムラはもう何があっても、挫けない。運命なんて大きいものが相手だったとしても、負けないで立ち向かう。

 

「その為なら、悪魔にだって魂を売ってみせる」

 

 心からの言葉。何せ、一度は実際に文字通り魂を売ったのだ。暁美ホムラにとって、それくらいの覚悟は既に出来ている。

 全てを聞き、沈黙する直人。その場に流れる沈黙。

 気まずい空気が流れていたその時、突如直人がクスリと笑った。

 

「ハハハ……運命から逃げない、か。なるほど、奴が選ぶわけだ」

 

 いかにも納得した、という直人の一変した様子に、思わず動揺してしまいそうなホムラ。

 

「どうせここにいる俺には持て余してた力だ、お前にくれてやる」

 

 ブイコマンダーの事を指しているのだろう。どうやらお眼鏡にかかったらしい、とホムラは一先ずの安堵感で心が満たされる。

 直人はどこか機嫌を良さそうに、しかしそれをなるべく表に出そうとはせず話を続けた。

 

「最後に一つ、教えておくことがある」

 

 

 

 

 

 

 

 自らの手にかかり倒れた宿敵。その亡骸の前で立ちすくむ少女を目前に、ギエンは嗤った。

 ようやく、ようやく目的が果たされる。そう、ハカイ、ハカイ、ハカイ──

 ギエンの頭に浮かぶのはそれだけだ。ただ全てを破壊する。それが楽しいから──()()()()()()()()()だから、彼は破壊を続ける。

 

『フン。コウナレバ、コノワタシミズカラコノセカイヲコワシテヤル!』

 

 幸いにも、彼はその為の手段を手にしている。

 唐突に蘇ってしまった彼は、とある力を手にした。最初のプランは失敗に終わった。ならば、世界すらも壊せそうなその力を使い、自ら世界を破壊してみせよう。

 

「ギエン、だったかしら?」

『ン?』

 

 そんな理想を描いていたギエンの前に、ホムラが立ちはだかった。その表情は先ほどまでとは一変し、キリッとした目でギエンの事を睨みつけている。

 

「あなたには何の恨みもない。でも、まどかのの世界を破壊するというのなら。躊躇なくあなたを破壊させてもらう」

『キサマ、ソレハ……!?』

 

 言いながら、ホムラは左腕に巻かれたブイコマンダーを口元に持ってくる。

 その仕草、何よりブイコマンダーを見たギエンは見るからに動揺を隠し切れていない。

 

『変身コード?』

『ああ、そいつは音声を認識して作動する。そしてその変身コードは──』

 

 滝沢直人から教えられたそのコード。皮肉にも自分の名前にも通じていたそれを、ホムラは高らかに宣言する。

 

「──タイムファイヤー!」

 

 赤い光がホムラを包み込み、即座にスーツの装着を完了させ。一瞬の発光と共に、その戦士は現れた。

 真紅の如き装甲を纏い、炎の名前を冠した戦士──タイムファイヤーがここに誕生した。

 

『オノレ……!』

「さて、行かせてもらうわよ」

 

 動揺を隠せないギエンに、タイムファイヤーはホルスターから引き抜いたDVディフェンダーの銃口を突きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 昆虫系グリード、ウヴァと対峙するほむら。しかしその戦況は、苦しいものとなっている。

 

「……っ、また!」

 

 次々とほむらが放つ紫紺の矢。無茶苦茶な軌道を描いてウヴァ目掛けて飛んでいくそれらは、しかしウヴァの頭部の角から放たれる電撃が全て撃ち落とした。

 苦悶の表情を見せるほむらに対し、ウヴァは何も答える事はない。当然だ、今の彼に自我は存在しないのだから。

 

『──』

 

 与えられた命令──主に逆らう者への攻撃。

 その命に従うべく、ウヴァは動いた。

 

「来る……!」

 

 立ち止まっていた状態から一変し、堂々と正面からほむらに急接近するウヴァ。回避か、防御か。迷った隙に腹部に叩き込まれる拳が、ほむらを後方へと吹き飛ばした。

 

「くっ!」

 

 苦痛に顔を歪めながらも、受け身を取って即座に体勢を立て直す。横を見ると、杏子もまた一方の怪人相手に苦戦している様子が窺える。

 ──つまり、ほむらはこの敵を一人で相手にしなければならない。

 

「上等よ」

 

 ほむらが口にするのは奮起代わりの言葉。それは誰に聞かせているわけでもなく、己に向けての啖呵だ。この場にはまどかが──守ると誓った彼女がいる。ならば、自分は倒れるわけにはいかないのだ。

 

「まどか……あなたを守ってみせる」

 

 たとえそのまどかが、正確には自分の望む彼女──最高の友達だと断言してくれた鹿目まどかではないとわかっていてもそれは変わらない。

 

「来なさい、今の私は負けない!」

 

 力を振り絞って立ち上がると構え直した弓から矢を放つが、無駄だと言わんばかりに放たれた電撃がまたそれらを撃ち落とす。しかし電撃が巻き上げた砂煙が晴れた時、ほむらの姿はその場から消えていた。

 

『……?』

 

 ウヴァが周囲を見回すが、他のグリードや魔法少女の姿以外には影も形も見当たらない。次の瞬間。無防備なウヴァの身体に、上空から降り注ぐ無数のナニカが襲い掛かった。

 

『──!?』

 

 悲鳴を上げながらも、ウヴァは空を見上げる。

 そこにいたのは、背中から灰色の翼を生やしたほむら。彼女の翼から放たれた無数の羽が、今し方ウヴァを襲った攻撃の正体だった。

 

「やってみたら出来るものね」

 

 それはここに来る直前に教会にて発現したもの。

 あの時は無我夢中で出していたものだが、その一回の経験がほむらにコツを掴ませ、こうして土壇場の所で成功させたのだ。

 

『……!!』

 

 怒り狂うウヴァによる雷撃が辺りを飛び交う。先程まで悩まされていたそれも、今のほむらにとっては些事そのものだ。翼を自在に動かし、高速で空中を飛び回り回避する。空中飛行に不慣れな故に小回りが効きにくいものの、理性を失った者からの攻撃を避けるには十分な速度。

 回避しながらも弓を構えるほむら。攻撃に移る為に弦と矢を精製すると、矢の色が普段とは別物の、黒く禍々しい色となっていた。

 

「……とりあえずやってみましょうか」

 

 この翼の影響だろうか。原因を考える暇もないので、ほむらはとりあえず使ってみる事にした。

 

「──これでもくらいなさい!」

 

 叫びと共に放たれた矢。再びウヴァが角から電撃を放出し、迎撃しようとした瞬間。電気を帯び始めたツノが、放たれた矢が変化した極太の光線によって一瞬にして消しとんだ。

 

『!!?』

 

 衝撃と苦痛で倒れこむウヴァに対し、ほむらもまた驚愕していた。

 たしかに今の攻撃は自分が放ったものだが、そうなると予想して放ったものではなかった。

 

「……魔力が変質しているとでもいうの?」

 

 先程ギエンから逃げる際にはこんな現象は起きてなかった。ならば原因は明らかに自身の翼だろう、とほむらは考える。魔法すら変質させる翼。不気味さすら感じさせられるが、それは後で考えるべき事。

 

「まあいいわ、それより……その有り様じゃあ、もう何も出来ない様ね」

 

 ほむらの視線の先には、再び立ち上がるウヴァの姿。しかしそのツノは未だに欠けたままだ。

 であるならば。空中にいるほむらに対し、ウヴァは攻撃手段を持たない。

 

「これで終わりよ」

 

 翼と矢に魔力を込め、矢をつがえ弓を構える。

 敵にかける慈悲など、彼女にとっては持つ余裕もない。

 抵抗する意思はあるものの、じりじりと後退していくウヴァを見据え、一言。

 

「──消えなさい」

 

 氷の様に冷徹な声を手向の花とし、魔力を纏った翼からも無数の羽が放たれ、同時に矢が射られた。

 

 最初に放たれた羽は空中で何本もの鎖の形を形成し、逃げ惑うウヴァの手足を拘束する。抵抗しようにも、完全体程の力を持たない彼に破る術はない。

 放たれた矢が変化した、先程とは比べものにならない程の大きさの光がウヴァを包み込み、断末魔を上げる暇さえ与えずに消しとんだ。

 

「──ふう」

 

 地面に降り立ったほむらが一息ついた。慣れない魔法を駆使したからか、その額には汗が何筋も流れている。

 

「……この翼、一体なんなの?」

 

 自身の身体に精製された──というより、生えている様にも見えるそれに目を向ける。

 明らかに普通ではないのは確かだが、それ故に正体の検討もつかない現状。

 

「……とりあえず放置かしらね」

 

 どうやら今すぐ自分に危害を加えるものではないらしい。便利なのには変わりないのでとりあえず行使していく事に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ、こいつちょこまかと!」

 

 湧き上がる苛立ちを混ぜた杏子の槍による薙ぎ払い。間合いにいるメズールを狙って行われたそれは、しかし彼女を捉える事はない。

 槍が当たる直前にメズールが自身の身体を液状化させてよけたからだ。そのまま杏子の背後に素早く回り、杏子の背中目掛け水流を放つ。

 

「ちっ──! 戦いにくいったらありゃしねぇ!」

 

 これまで相手してきた魔獣とも違う異質な相手。やりにくさに舌打ちと悪態をつきながら、相手の様子を伺う。

 からかっているのだろうか。挑発するかの様に手を差し伸べてくるメズールの様子に、杏子は更に苛立つ。

 

「んじゃ、お望み通り行ってやろうじゃねーか!」

 

 駆け出すと同時に構えた槍を変形。長い多節棍状になったそれに魔力を帯びさせながら操り、あっという間にメズールの身体を縛る。

 電流代わりの魔力による拘束。これならそう簡単には抜け出せない筈であると杏子は考えたが、想像通りの様で多節棍による拘束に対し、液状化で対処する事もなく力づくで抜け出そうと身体を揺らしている。

 

「──わりーな」

 

 無抵抗の状態にしてからの攻撃には罪悪感を伴ったが、状況が状況だけに仕方がない。

 多節棍の拘束を抑えたまま、空いた手に召喚した槍による突がメズールの胸部を貫いた。

 

『……!?』

 

 あまりにその傷が深く、大きかったからだろう。実体を保てなくなったメズールの身体は崩壊し、後に残ったのは、彼女の身体を構成していた大量の銀色のメダルとその上にある7枚の青いメダルだけだった。

 

「これ、ほむらの時の……?」

 

 杏子はそれに見覚えがある。ほむらの体内からこぼれ落ちていたものと同一のもの。

 あの怪人を構成していた──いわば細胞の様なものなのだろう、と一人納得。

 

『……メズー、ル』

「……?」

 

 未だ沈黙を保っていた灰色の怪人の小さな呟き。

 メズール、名前の様な響き。名前だとするなら、一体誰の名前か。

 

「──こいつの名前か」

『ウァァァァァァァ!!』

 

 灰色の怪人──ガメルの咆哮。声量から思わず耳を塞ぐ杏子。

 すると彼の怒りに呼応する様に、彼の周りにある物がどんどんと銀色のメダルへと変換されていく。それに伴う様に、戦場を分断していた杏子の結界も崩壊していった。

 

「なっ……!?」

 

 建造物。車。植木。見境なくメダルに変換して体内に吸い込んでいく様は、暴走そのものだ。

 ならば、人はどうなのだろうか。答えは明白なので、杏子はその先の想像を無理やり振り切り、暴走を始めたガメルから距離を取った。

 

『メズウゥゥゥルゥゥゥゥゥゥ!!』

 

 愛しい存在の名を叫び、暴食の獣と化したガメルはひたすらにメズールだったもののメダルも喰らう。すると、ガメルの身体に明らかな変化が生じ始めた。

 溜めに溜め込んだ体内のメダルを放出すると、それがガメルの身体を覆い一匹の獣の形を形成していく。

 

「一体何が出来上がるっていうんだ……!」

 

 威圧感のある巨大な灰色の胴体に、鋭利な二本の牙とその間から伸びる長い鼻。

 マンモス。一見するとそう呼ばれる絶滅した動物に酷似していた。しかし、胴体からは何本もの触手が生えている。

 

 

「なんだよこれ……!?」

 

 戸惑う杏子に対し、ガメルだったものの操る触手が何本も襲い掛かる。

 そのあまりの巨大さに威圧されていた杏子は、行動が一瞬遅れ。

 

「やばっ──」

「──はっ!」

 

 横から割り込んだ存在による一閃が、触手を切り落とす。切り落とされた触手らはメダルに変換され、地面に散らばった。

 そして杏子は、自身を助けた存在の顔を見て驚愕する。

 

「……あんた!」

「大丈夫か?」

 

 そこにいたのは、剣──メダジャリバーを携えた門矢遊星。先程まで眠っていた彼が、この戦場に現れたのだった。

 結界が破壊される程の暴走の衝撃で目覚めた彼は、ギエンの相手を任せてこちらの加勢にかけつけ今に至る。

 

「ガメルの暴走態ってところか。また面倒な……!」

「なあ、あいつ……浅見竜也は?」

 

 先程まで面倒そうに暴走態を見ていた遊星の視線が杏子に向けられる。その表情に驚いている様子は見られず、ただ無表情でじっと杏子を見つめていた。

 

「眠ってるよ、俺の中でな」

 

 無言が続いた後、やがて諦めた様にそう告げるとまた暴走態に視線を戻した。隠しても無駄だと判断したのだろうか。

 

「あっそ」

 

 しかし今はそんなことを考えている余裕もない、と杏子は一言返した後に槍を構え直す。

 

「しかしまずいな。いくら()()()()コアメダルを使ってるとはいえ、あの規模になれば骨が折れる」

「マミの奴でもいれば話は別だけど、アタシだけじゃ仕留めるのは多分キツい。あんたは?」

「……ないわけではないが、こちらも一人じゃ無理だ」

 

 そう語る遊星の顔は、心底嫌そうな表情を浮かべている。やがて背に腹は変えられないと判断し、どこからか取り出した赤色のメダルを杏子に見せた。

 

「これ、あいつらのと同じメダルだよな」

「コアメダル。ざっくり言えば奴らの力の源だ」

 

 言いながら、遊星がもう片方の手にベルトを握る。

 それはオーズドライバーと呼ばれる、コアメダルを使役する欲望の王の力を行使する為のベルト。

 

「奴を構成する粗悪品とは違い、こっちは純正品だ。これならおそらく奴にも押し負けないだろうが……お前一人で奴の動きを封じる事はできるか?」

「……いや、多分無理」

 

 苦々しく首を横に振った。暴走態の力を正確に見ていたわけではないが、いくらなんでもいつも相手にする魔獣とは規模が違いすぎる。自分一人だけで抑え切れる程の自信は杏子にはなかった。

 

「──なら、私も手を貸すわ」

 

 その時、突然上空から翼をはためかせ、ほむらが地面に降り立ってきた。

 

「ほむら!? ……それ、さっきの?」

「詳しい事は後で話すわ。それで、動きを止めればいいのね?」

「ああ。長い時間は取らせない、一瞬で決める……そうしないと、こっちが持ちそうもない」

 

 最後の方は聞き取れなかったが、遊星ならあの怪物に対する有効な手段があるという事を加味してほむらは一瞬考え。

 

「分かったわ──でもその代わり、そろそろあなたの事を教えて。浅見竜也、彼をはじめとするあなたの中の人たちの事もね」

「な……くそ、分かった。全部終わった後でなんでも話す、それでいいか?」

「充分よ」

 

 一瞬動揺する遊星。迷ってる暇もないので、限りなく彼女らが望む形で確約し。それに短く返事を返し、杏子とほむらは並び立った。

 

「いくわよ、杏子」

「ああ……やるじゃん、あいつから情報引き出すなんて」

「別に、そこまで考えてたわけではないわ。敵か味方か見定めたかっただけよ」

 

 この後どう転ぶかは分からないが、約束を反故にするなら彼は信じられないし、逆に守るのならば信じてもいいとほむらは思っている。

 多重人格。杏子の考えていた遊星の正体にはほむらも自分で行きついており、それならば信じてもいいと考えていた。無論、門矢遊星に限るものであり、別の人格が襲いかかってきた時は別だが。

 

「んじゃ、あとはアイツをやるだけか──」

「──避けて!」

 

 突然空中に飛翔したほむらの叫びに反応し、杏子も慌てて地面を思い切り前方に飛び、遊星は後方に回避。

 一瞬後、怪物態の鼻が薙ぎ払う様にして三人のいた場所を襲った。

 

「ほむら、無事か!」

「ええ。門矢遊星、あなたは!?」

「問題ない! 二人とも、頼んだ!」

「ったく、簡単に言ってくれるね。まずは……はあああっ!」

 

 自身目掛けて襲い掛かる触手を槍で防ぎながら走る杏子は怪物態の目前まで接近。滑り込む様にして足元に入り込み、大規模な魔法を発動すべく魔力を集中させた。

 

「くらいな!」

 

 杏子の足元に現れた赤い魔法陣。そこから召喚された巨大な槍が暴走態の巨体を下から押し上げ、バランスを崩して転倒させた。

 

 

「予想通り、串刺しとはいかないか。ほむら!」

「ええ、任せなさい!」

 

 上空を飛翔するほむら。転倒しても尚襲いかかってくる触手を弓で撃ち落とし、再び鎖となった羽を飛ばし暴走態の身体に巻き付けた。

 しかし、それだけで暴走態の力を封じられたわけではない。

 

「っ、こいつ……!」

 

 暴走態の抵抗。ただ単に暴れているだけだとしても、その巨体から繰り出される力は相当なもの。頑丈に縛った筈の鎖が解かれそうになり、ほむらは踏ん張る。

 

「ほむら! くそっ!」

 

 杏子が鎖で解かれそうな拘束を補強しようとするが、近距離から襲いかかってくる触手への対処で精一杯。

 

 杏子の懸念通り、暴走態の力は相当なもの。

 ただ暴れるだけの獣の動きを封じるには、ほむらや杏子のどちらか片方だけの力では足りなかった。実際、いつ拘束を解かれてもおかしくない程に暴走態は暴れている。

 ならば、どうするべきか。

 ほむらの中でそれは決まっている。やれる事は全てやった、ならあとは彼を信じるだけだ。

 

「門矢遊星!」

「──ああ」

 

 後方に待機していた遊星が、ほむらの叫びに応じる。その腰には既にオーズドライバーが巻かれていた。

 

「……」

 

 遊星は目の前の暴走態を見ながらも、手に握られた三枚の赤いメダルに視線を落とす。そして、微かに躊躇う様子を見せた後に再び視線を上げた。

 

「……よし」

 

 迷いはある。

 しかし、彼女らとの約束に報いなけばならない。一時的にでもこんな自分を信じてくれた。ならば、この力を使う者としてはそれに応えなければならないだろう。

 オーズドライバーに三枚のメダルを装填。腰に付けられた円状のそれ──「オースキャナー」を引き抜き、胸の前で構え。

 

「──変身!」

 

 吐き捨てる様な叫びと共に、オーズドライバーの三枚のメダルに対し、オースキャナーを滑らせる様に素早くスキャンさせた。

 

『タカ! クジャク! コンドル! タ〜ジャァ〜ドル〜!』

 

 遊星の目の前に現れた、三枚のメダルを模した赤いオーラングサークル。それらが組み合わさり、それぞれのメダルに刻まれた絵が合体。

 それに遊星の身体が覆われると、その姿を変質させた。

 

「はっ!」

 

 炎の中から現れる様は、まるで不死鳥。赤と黒で彩られたボディ。背中から生えた真紅の羽。

 仮面ライダーオーズ タジャドルコンボ。

 

「時間がないからな、一気に決めさせてもらう!」

『スキャニングチャージ!』

 

 オースキャナーで再びメダルをスキャンさせると、上空に飛び上がる。

 ある程度の距離まで上がった所で、姿勢を反転。地上目掛け、コンドルの様に鋭い形に変わった足から炎を纏った蹴りを放った。 

 

「セイヤアアアァァァァァァ!!!!」

 

 プロミネンスドロップ。

 どんな敵をも沈める必殺のキックが、暴走態目掛け突き進んでいく。

 暴走態が抵抗する手段はない。せめてもの抵抗からありったけの触手で盾を形成するが、タジャドルに対してそれは無意味に近い。

 

「はあああああっ!!!」

 

 案の定とでも言うべきか。触手の盾はいとも容易く貫かれ、しかし勢いは収まるところを知らず、生きる術を失った暴走態の身体すらも砕かれ、巨大な爆発を引き起こした。

 

「……趣味のわりぃ雨だ」

 

 それは、暴走態を構成していた何千枚もの銀色のメダル。まるで血の雨のように降り注ぐそれを、杏子は嫌悪感を丸出しにしながら睨みつけた。

 

「──」

 

 上空から降り立ったタジャドルは変身を解除。門矢遊星としての姿に戻ると、メダルの雨の中に目を凝らす。絶え間なく降り頻る銀色の中、確かにあるそれ──メズールとガメルのコアメダルを見つけると、落ちてくるそれに対し手を伸ばし──

 

『させないよ』

 

 コアメダルが遊星の手の中に収まる寸前、先にそれを見つけていた存在にキャッチされた。

 

「っ、お前は……!?」

『悪いけど、これは僕がいただいたよ』

 

 掴んだコアメダルを残さず体内に取り込み、くつくつと笑う存在に、驚愕が隠せない遊星。

 その筈だ。彼──カザリが倒された所を、遊星は「内側」から見ていたのだから。

 

「……なるほど、狸寝入りという事か」

『そういう事。僕だけはアイツの洗脳から逃れられてたから、頃合いを見てたってわけ』

 

 カザリにとっても、それは数奇な体験だった。

 コアを砕かれて意識が消滅したかと思えば、気がつけばギエンによって復活を遂げていた。

 しかし自分以外のグリードは全てギエンの操り人形となっており、こっそり会話を試みても反応もない。

 

 幸いギエンには自分が意識を保っていることを悟られなかったので、とりあえず彼も他のグリードと同じようにし、いずれは寝首をかこうとしていた。

 そして竜也に倒されるフリまでしてうまくギエンの警戒から逃れ、こっそり戦線を離脱した後に暴走態を目撃し今に至る。

 

『でも、今度のオーズは前より弱いんだね。少しコンボを使った程度でボロボロになっちゃってさぁ!』

 

 悔しさを見せつつも何も言い返す様子もない遊星に対し、ゆっくり近づいてきたカザリは少し苛立ちも込めつつ、思い切り突き飛ばした。

 抵抗もせずに地を転がる遊星。その際、付けていたオーズドライバーが衝撃により取り外され、どこかに吹き飛ばされていった。

 

「くっ……!」

「おいてめぇ!」

『そっちは……へえ、人間も進化したんだね。まさかそんな力を使えるなんて』

 

 飛び込んできた杏子の一撃を身体を捻って避けながら蹴りを叩き込みつつ、興味深そうな反応を見せるカザリ。そこで、自身を覆う影に気付いた。

 空を見上げると、太陽を背にしたほむらがカザリに向けて弓を構えている。

 

「生憎、私たち魔法少女は人間とは少し違うの」

『どうやらそうみたいだね。ところでその羽──もぎ取ってもいいかな。いけ好かない奴の事を思い出すからさぁ!』

 

 瞬間、ほむらに走る悪寒。何かまずい。言い表せない不安から退避しようとした次の瞬間。

 ほむらの視界を緑色の閃光が埋め尽くした。

 

「!? さっきのと同じ……!」

 

 ほむらにはそれに見覚えがある。先程自分が相手した怪人が放っていた雷撃と同じ色だった。

 

『ウヴァのコアメダル──回収しといて正解だったね』

 

 暴走態に近づく最中、カザリはそれを発見した。ほむらに倒され、しかし見つかる事はなく、放置されていたそれら──緑のコアメダルを。しかし、当の本人はそんな事を知る由もない。翼を撃ち抜かれたほむらは姿勢を反転させ、地に向けて落下していく。

 

「しまっ……!?」

 

 突然の事への動揺からか、再び翼を生やそうとしても上手くいかない。目前に迫った地面に、目を瞑り──

 

「間に合ったか」

「え?」

 

 次の瞬間、予想もしない感触がほむらの身体を覆う。どこか安心する温もりに目を開ければ、目の前にあったのは遊星の顔。

 そこでほむらは気付く。今、遊星に抱き抱えられているという事に。

 

「……礼は言うけど、いい加減離してくれないかしら」

「ああ、悪い──おっと」

 

 ゆっくりとほむらの身体を下ろす遊星。ほむらが地面に下りたと同時に、遊星の身体は力を失った様に倒れた。

 

「門矢遊星!?」

「……気にするな。これでもまだいいほうだ」

 

 いつも通り慣れているといった遊星の態度に反し、その身体はピクリとも動く様子はない。しかし、ほむらの記憶によれば暴走態から攻撃を喰らった場面はなかった筈。

 どこかでダメージを負っていたのだろうか、と不思議に思っていたその時。

 

「暁美ほむら、だったか?」

「……何かしら?」

「これからあいつを倒す最後の切札を使う。どんな手段を使ってもいい、その後──俺を殺せ」

「……え」

 

 ほむらが絶句する暇もなく、遊星は先ほどまでの様子が嘘みたいに勢いよく立ち上がった。その目は変わらずカザリに向けられている。

 

『お喋りは終わり?』

「ああ。お前を倒す」

『へえ、そんな状態でどうやって戦うのさ」

「──」

 

 無言のままの遊星。ハッタリか何かだろうと判断したカザリだが──遊星の瞳が紫色を帯びたその瞬間、顔色を変えた。

 

『まさか、それは……!』

「……カザリ()()。良き終──」

「──待ちなよ」

 

 二人のやり取りに割り込む者がいた。

 佐倉杏子。飛び込んだ家の瓦礫を退けながら出てきた彼女の腰には、オーズドライバーが巻かれていた。

 

 

 

 

「ん、ここは──?」

 

 聴覚に訴える一際大きな音で、杏子は目を覚ました。

 最初に目に入ったのは、空を埋め尽くす程の黒煙。疑問を抱きつつ周囲を確認すると、そこは瓦礫の山だった。どこかの建物のようだが、跡地と言えどその造りに見覚えはない。

 

「……んだよ、これ」

 

 身体を起こし辺りを見回す。そこには、明らかに彼女が先程までいた見滝原とは異なる風景が広がっていた。

 杏子が目覚めた建物と同じように崩れ去った場所がいくつもあり、その殆どが燃え盛る火に包まれている。大規模な災害か、それとも戦争、内戦の類か。

 火薬の独特な匂いが、おそらくは後者だろうと杏子に告げていた。しかし、別の世界とはいえ見滝原が戦争に巻き込まれた、という話はホムラからは聞いていない。

 

「まさか……また別の世界って奴?」

 

 また自分は巻き込まれたのか、という疑問が脳内に浮かんだその時。それは杏子の視界に入った。浅黒い肌の年端もいかない少女が一人、泣き声を漏らしながら立ち尽くしている。

 

「っ……!」

 

 気付いた時には、脇目も振らず全力で走り出していた。本当に戦時中なら下手に動けば危険かもしれない。しかし杏子にとっては放っておく事は出来ない。

 その姿に、失った妹を重ねてしまったから。

 

「はぁ、はっ……!」

 

 足を休ませる事なく全力で動かしながら、魔法少女としての姿に変身。更に上乗せされた速度で急接近しながら、目前まで迫る少女に向けて手を伸ばした。

 

 ──あの時は届かなかったこの手に、今の自分ならば届く。そう確信した刹那、杏子の視界の先が空から降り注ぐ戦火に包まれた。

 

「──あ、え?」

 

 急停止した事により、杏子自身がそれに巻き込まれる事はない。が、前方にいた少女の安否は確認するまでもなかった。

 ──生きている筈がない。さやかのような治癒に特化した魔法少女ならいざ知らず、ただの人間であれば即死する事は不可避だ。

 杏子の脳がそのどうしようもない現実を認識してしまった瞬間、全身から力が抜け落ちて地面に倒れ込んだ。

 

「くそ……くそぉぉぉぉ!!!」

 

 八つ当たりの様に地面を叩き、悲痛な叫び声を上げる。

 ──救えなかった。今の自分でも救うことが出来なかった。今度は目の前にいたのに。助けられる力を持っていたのに。

 

「モモ──ごめん」

 

 不甲斐なさからおもわず溢れ出る謝罪の言葉。

 もっと、もっと自分に力があれば。あるいは、そんな現実を変えられたのではないのか。

 次々と浮かび上がる考えが、佐倉杏子を縛り上げていく。

 

「──はっ、あいつと同じか」

「!?」

 

 唐突に後ろからかけられた声に驚き、振り向く杏子。

 そこにいたのは、髪を金に染めた若い男。一見普通の人間にも見えるが、その右腕は異形の形を成しており、明らかに人間とはかけ離れている。

 

「……誰だ?」

「俺の事なんざどうでもいい。お前に用があってきただけだ」

 

 乱暴そうな口調に、我を通す言い分。自分勝手な奴だというのは間違いない、と杏子は目の前の男の印象を固定した。

 そこでふと辺りを見回すと、景色がまた一変しているという事に気付く。

 

「ここは現実じゃない。さっきまでお前が見ていたのは幻覚──というよりかは、記憶だ」

「……記憶?」

「ある男のな。俺はそいつに頼まれてここに来た──ちっ、なんでこんな事を……」

「そっ、か」

 

 男の言葉に、杏子が悔しげに項垂れた。

 たとえ自分が助けようとした存在が元は幻覚だったとはいえ、それが記憶となれば話は別。助けられなかった女の子は、確実に過去の世界の何処かにいたのだ。

 その事実が、重りの様に杏子の心を圧迫する。

 

「……それで、ここは何処なんだよ」

「お前の精神世界とやらだ。オーズの力がお前と惹きあった結果、俺が干渉できている」

「オーズ……って、さっきの──じゃあ、アンタや頼んだソイツも門矢遊星の中の?」

「……ああ。尤も、おそらくあいつは俺の存在を感知していない。奴の事を抑えるのに必死だろうな」

 

 どうやら、男と男の仲間も門矢遊星の内側にある人格の一つらしい。

 また増えた、と杏子は内心驚くが、そもそも力の数だけ人格がある事は予想していた。

「本題に入る。八百年ほど前に作られた欲望の王の力、それをお前に渡しにきた」

「アタシが、欲望の王?」

「実際お前には素質がありそうだ。気付いたんだろ、お前自身の欲望」

「……」

 

 ふと、何かを思い出そうとするかの様に明後日の方向を眺める杏子。

 その脳裏に過ぎる過去の記憶。優しくて温かかった家族のそれを噛みしめ、再び男に目を向けた。

 

「どうしようもない位には自覚しちまったよ。どうやらあたしは、目の前にいる人を放っておく事が出来ないらしい」

 

 そこで杏子は、一度何かを思い出すように目を閉じた。脳裏にフラッシュバックするのは、彼女の辿った生涯の記憶の数々。

 最初に過ぎったのは、二人の夫婦らしき男女とその間に挟まれた二人の姉妹の景色。笑い、怒られ、泣き、また笑い──そんな家族の風景は、姉妹の片割れである杏子を残し、幽霊の如く消え去った。

 

「親父も、お袋も、妹も死んで、正義の味方になるって理想も失って、アタシの中にあったものは全部なくなった」

 

 次に過ぎったのは、最初に出会った魔法少女であり、かつての理想の存在でもあった巴マミの姿。

 杏子とマミは最初は肩を並べて戦い、互いの理想を語り合い、笑い──次の瞬間には、背中違いになった二人が互いに反対の道を歩いて行った。何処かに歩いて行く杏子の表情は、どこか寂しげだった。

 

「多分、それがあったから──空っぽになった自分を満たす為にも、アタシは自分の為だけに魔法を使うし生き抜くって誓ったんだ」

 

「ま、今は違うけどさ」と言いながら自嘲気味に笑う杏子。

 

 最後にその脳裏を過ぎたのは、見滝原に来て出会った仲間であるさやかとほむら。そこに何処からか現れた輝夜を加え、一度は道を違えたマミも加わり、和気藹々とした空間を作っていた。

 

 その光景を浮かべ、杏子は無意識に笑顔を浮かべていた。目を閉じていた彼女は、再び目を開いて喋り出す。

 

「──でも、その出来事はアタシの根底には確かに刻まれてた。だからなんだろうな。さっきみたいに、目の前の死にこんなにも必死になっちまうのは」

 

 男の言葉通り、既に佐倉杏子は自身の本当の欲望に気付いている。

 過去の体験が植え付け、先程の体験によって完璧に気付いてしまった──偽りの欲望では満たせなかった、その欲望を。

 

「アタシはただ──手が届く誰かを助けたかったんだ」

 

 簡潔、しかしそれだけに重い。それこそ佐倉杏子が本気で望むものだった。

 杏子が心中の吐露を終えると、男は無言のままじっと見つめ。

 

「お前なら適任だ。これを使え」

 

 ほら、と男が乱暴に投げたそれを、何とかキャッチする杏子。長方形型のそれは、遊星が付けていた物と同じだった。

 そう。それこそ欲望の力を解放する為のベルト──オーズドライバー。

 

「……いいのかよ、アタシに渡して」

「知るか、俺は預かった立場だ。伝言は受け取ってるが──手を伸ばす為の力にして欲しい、だそうだ」

 

 自分に備わっている力を渡す辺り、どうやら自分にこれを託そうとした主は相当のお人好しらしい、と杏子は苦笑した。

 

「しかし、お前の欲望の行き着く先は面白そうだ。受け取れ」

 

 次に投げられた小型の物体を再びキャッチ。赤、黄、緑の三枚のメダルもまた、杏子にとっては見覚えのあるもの。

 

「これ……コアメダル、だったよな。いいのかよ?」

「ギブは嫌いだが、生憎そうも言ってられないからなぁ。そっちは隠しとけ、奴に対しての切り札だ」

「奴?」

「……ふん。これ以上は言えん。使うべき相手を見定めろ」

 

 吐き捨てられる様な台詞と共に、杏子の視界が歪み始める。奴、という言葉が気がかりだったが、目覚めようとしているなら仕方がないと割り切った。

 

「なあアンタ──名前は?」

「あ? ……アンクだ」

「じゃあアンク、感謝するよ。これの持ち主にもそう伝えといてよ」

 

 そう語る杏子の表情は、確かに柔らかな笑みを浮かべており。佐倉杏子の意識は、現実へと引き戻されて行った。

 杏子が去った後もその景色が消える事はない。残された男──アンクは苛立ちから舌打ちをしつつ、付近にあった手頃な岩に乱雑に座り込んだ。

 

「アンク、ありがとな」

「──映司」

 

 そんな彼に声をかける者が一人。

 どこからか現れた民族風の衣装を纏った男──映司と呼ばれた彼はアンクの横に座り込み、何処からか取り出したソーダバーを彼に差し出した。

 アンクはそれを奪い取る様に受け取ると、味わうように舐め回す。

 

「はい、お礼のアイス」

「……間に合わなかったか。もう行っちまったぞ、あいつ」

「仕方ないだろ、真木さんの意識を押し留めるのに苦戦してたんだから。俺しかやれる人がいなかったんだって」

「ふん。あいつ、大丈夫だと思うか?」

「大丈夫。あの子はもう、答えを見つけてるよ」

「……ま、お前がそういうならそうかもなぁ」

 

 心配する素振りも見せず、笑顔で答える映司に呆れた顔のアンク。しかし、そんなアンクを見て映司が堪えきれない様にして吹き出した。

 

「あ? なんだ、そのおかしな顔は」

「いや、アンクが誰かを心配するなんて珍しいなーって」

「馬鹿が、誰が心配なんてしてるか。俺はただ──」

 

 重ねようとした言葉を途中で止め、アイスも舐めずに映司の顔をジッと見つめるアンク。

 普段見せる事のないアンクの様子に、どこか物珍しさを感じる映司。

 

「ん? なんだよ」

「──いや、なんでもない」

 

 しかし、一瞬後には普段通りにアイスに夢中になり始めた。

 特段気にする様子もない映司を尻目に、アンクは口角を吊り上げた。

 

 

 

 

 

 

「ん……ようやく帰ってきたのか?」

 

 二度目の目覚めでようやく現実に帰ってきたことに安堵した杏子。

 ──先程の事は夢だったのか。そんな考えが過ぎる杏子だが、いつの間にか何かを握っていることに気づく。手を開いてみれば、先程渡されたオーズドライバーが握られていた。

 

「……夢じゃない、か」

 

 身体を起こし、先程遊星がやっていたものの見様見真似で腰にオーズドライバーを当てる。

 すると、バックルの両側からベルトが展開。杏子の腰を包む様にして巻かれた。

 

「うわっ! どんな技術だよこれ……」

 

 瞬間、頭痛と共に杏子の脳内に幾つもの映像が流れる。

 それは、手を伸ばし続けた男──火野映司が送った一年の戦いの物語。

 仮面ライダーオーズ、火野映司の力は佐倉杏子に託された。

 

「!?……ったく、言っといて欲しかったよ……頭に来るんだね、これ」

 

 多すぎる記憶に頭痛が走る杏子だが、それもすぐに治り、教えてくれなかったアンクに文句をいう。

 杏子自身も正確に把握はしきれてはいないものの、火野映司という男が前の仮面ライダーオーズだったという事は何となく理解できた。

 

「──じゃあ、行くか」

 

 

 

 

 そうして今に至る。

 

「杏子……!?」

「お前、そのベルト──まさか」

 

 雰囲気の違う杏子の様子にほむらは驚き、遊星もまた腰のオーズドライバーを見て動揺する。

 

『へえ、君もオーズに変身できるんだ? 面白いけど、コンボでもなきゃ僕には勝てないんじゃないかな』

「コンボ……三枚同じ色のメダルか。丁度あるぜ」

 

 左腰のメダルを収納していたスペースから、三枚。

 アンクから渡されたものとは別の、赤いメダルを取り出すとカザリに見せるようにして構えた。

 

「おい、いきなりコンボは……!」

「悪りーが、手も抜けなさそうなんでね。危険だろうが何だろうが、やらせてもらうよ」

『ふうん。随分自信があるんだ』

「──さあね」

『?』

「アタシはいつも通り、やりたい事をやるだけだ」

 

 メダルを一枚、オーズドライバーに装填する。

 どのメダルをどこに入れればいいかは、既に火野映司の記憶で確認済みだ。

 

『へえ。欲望に忠実なんだね、君』

「ああ、アタシはなにかを我慢した事はない。やりたい様にやってきた、ただのチンピラみたいなものだった」

 

 また一枚、メダルを装填する。

 佐倉杏子の理想は変われど、その芯にあるものは一切変わっていない。彼女はその時その時、やりたい事を貫き通してきた。

 

「だから決めた。もう迷わねぇ」

 

 最後の一枚を装填。右手で引き抜いたオースキャナーを胸の前に構え、宣言する。

 その顔にもう迷いはない。何故なら、杏子は決めたからだ。

 

「考えてる間に、助けられる命が消えちまうなら──」

 

 この手で掴める命が消えていくとするなら。

 佐倉杏子は迷わない。迷う暇もない。たとえ記憶が偽物でも、作り物だったとしても。胸に抱くこの気持ちが嘘だなんて、絶対に言わせない。

 なぜなら、それが自分の()()()()()()だから。

 

「持てる力で精一杯、相手を信じて手を伸ばしてやるよ! 変身!」

『タカ! クジャク! コンドル! タージャ〜ドルー!』

 

 巨大なオーラングサークルが杏子の身体を包み込み、その姿を別のものにしていく。そうして現れるのは、クジャクの如き彩られた羽を広げた戦士。

 

「さあ──派手に行くよ!」

 

 変身者を変え、仮面ライダーオーズ タジャドルコンボがここに降臨した。

 

 




というわけで二人の継承回でした。すこし長くなってしまいましたが、仕方ないのでこのまま投稿。
次話は鋭意執筆中ですので近日中には投稿できる様に努力します。
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