魔法少女まどか☆マギカ [外編]英雄の物語   作:クウキ

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第九話 時空を超えて

『中々の力みたいだけど、果たして僕に勝てるかな?』

 

 感心した素振りを見せつつも、カザリはタジャドルから迸る力に驚愕していた。普段のそれとは違う、とグリードとしての見地から感じたから。

 

 

 一方、タジャドルに変身した杏子は、いつも通りの感覚で魔法を使用する。それに応じ、タジャドルの手元に槍が出現した。

 

「この姿でも魔法は問題なく使えるってわけか──さて、いくぜ!」

『来なよ。君を倒し、そのメダルで僕はまた進化する!』

 

 槍を構えたタジャドルが地面を蹴り、カザリに急接近。力強く槍を振るうが、カザリにそれを受け流される。

 諦めずに追撃を計るが、乱舞とも言うべき怒涛の攻めをカザリは全て受け流すか避けるかして防いでいく。

 

『こんなものかい? じゃあ、今度はこっちの番かな!』

 

 挑発も交えた言葉と共に、素早く放たれたカザリの突きがタジャドルを捉える。

 見た目に反して重い一撃にタジャドルは怯んでしまい、その隙をついてカザリは反撃に出る。

 

「ぐっ……」

『ほらほら!』

 

 爪による引っ掻き、拳の一撃、回し蹴り──止むことのないカザリの攻撃に追い詰められていく。

 しかし、追撃の拳が放たれた時、タジャドルは負けじとそれを掴んだ。

 

『!?』

「舐めてんじゃ、ねえぞ!」

 

 無理やり発破をかける事で、炎の様に燃え上がる闘志。

 それに応じるように、突然タジャドルの持つ槍の先端が炎に包まれた。

 

「おらぁ!」

 

 更に鋭く重くなった槍の一撃が、回避行動を取ったカザリの左腕を掠めた。

 

『なっ……!』

 

 すると、激痛と共に傷口を執拗に襲う感覚に襲われる。

 カザリが傷口を確認すると、そこにはたしかに刻まれた深い傷を焼く炎、そしてそこから零れ落ちる銀色──否、黒く焦げたセルメダルが。

 

『なるほど、そういう力ってわけ……!』

 

 すぐに炎は収まるものの、その傷痕は消えそうにもない程に爛れていた。

 人間と違い、グリードとはメダルで構成された存在。時間をかければ完治するだろうが、戦闘に支障をきたすのは間違いない。

 なにより、焦げているセルメダルの存在。

 それはつまり──紫のメダルと同じく、他のメダルに害を及ぼせるという事ではないだろうか。

 

『……まともに受けるとやばいか』

 

 身に起こった現象からそう判断するカザリは、タジャドルの槍を避けつつ後ろに下がる。

 

 そして先ほど手に入れたメダル──ウヴァとメズールの力を用いて用意した、緑の雷撃と水流を同時に腕から発射する。

 しかし、迫りくるそれらに対しタジャドルは羽を展開。全速力で上空に飛び上がる事で回避した。

 

『やるね。なら、これならどう?』

 

 灰色のメダル──ガメルの力、重力操作。それを利用して上空のタジャドルを地上に引き戻すべく、腕から灰色の波動を放つ。

 が、いつまでたってもタジャドルに変化はない。変わらず上空を飛び回っているだけだ。

 

「……何かしたか?」

『くそ、まさかそこまでアンクのメダルとの適合が……!?』

 

 理由は不明だが、カザリに考えられるのはその一つしかなかった。

 鳥系メダルとの過剰適合。それが本来よりタジャドルコンボの力を引き出し、それより力の弱い重力系メダルの影響を受け付けていないのではないか。

 

「考えてる余裕はないんじゃない?」

 

 そうこうカザリが考えている内に、タジャドルは次の手を用意していた。

 下を向いて考え込んでいたカザリが上空を見上げると、そこには何本もの槍を周りに浮かべるタジャドルが。

 

「マミのパクリみたいで癪だけど──くらいな!」

 

 同じような手法を行う仲間を思い浮かべつつ、叫びと同時に槍が一斉に降り出す。

 

 雨の如く降り注いでいくそれらに、カザリはなす術もなく飲み込まれていく。

 巻き起こった土埃がその周囲を飲み込んでいった。

 

「──よし、これで」

『終わりと思った君の負けだよ」

「な」

 

 グサリ、と。空中に浮遊するタジャドルの身体を後ろから貫くのは、彼女が持っていた槍。それを持っていたのはカザリだった。

 

 降り注ぐ槍の雨に対して土埃を立てる事でやられたように見せかけると共に、降り注ぐ杏子の槍を一つ拝借。取り込んだバッタメダルの影響で能力が向上した脚力でジャンプし、無防備な背中を襲ったのだった。

 

 抵抗をする暇も与えてもらえず、自身を貫いた凶刃に驚きを隠せないタジャドル。その傷口から真っ赤な()を垂れ流し──

 

『な!?』

 

 カザリの目の前にいたタジャドルの身体は、赤い糸に変質しながら消えていく。

 そして、赤い糸らは自身を貫いてきカザリに対し激しい動きで襲いかかってきた。

 

『くそっ!』

 

 視界を埋め尽くす程の糸。

 当然カザリに抵抗すら許してもらえず、あっという間に身体を糸で拘束される。当然足場もないカザリは、身動きも取れぬまま上空から仰向けに落下していく。

 

『うわああああっ!?』

 

 グリードとはいえ、この状態ではただでは済まない程の高さ。何とか復帰を試みようとするカザリ。

 しかし、突如驚きに満ちた表情を凍らせる。視界に映る空の彼方から、赤い影が近付いてきたからだ。

 

「セイヤァァァァァァァァァァァァ!」

 

 自身の魔法で分身を作り出して攻撃。

 隠れて好機を伺っていたタジャドルは、炎を纏った足を変質させて蹴りを放った。

 その速度はカザリが落下するよりも速く、どんどんと彼の目前に迫ってきている。

 

『また、また消えるのか……!?』

 

 回避も防御も、この状態では不可能。既に彼に残された時間が少ない事は明白。

 残された数秒で、絶望に満ちた彼は思う。

 ──もう少しで、僕は更なる進化を遂げられたのに。

 

「くらいやがれえぇ!!」

『く、そ──!』

 

 その願いも虚しく、カザリは空中で爆発四散し。

 この世界に誕生したグリードの最後の一体は、再びその意識を闇に落としていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ジャマヲサセルカ!』

「DVチェンジ、バルカンモード!」

 

 ギエンが左腕を変形させると同時に、タイムファイヤーはスーツに表示された指示に従い、DVディフェンダーの側面にあるボタンを押し、再びギエンに向ける。

 次の瞬間、両者の銃口から何発も放たれる銃弾とエネルギー弾が、両者の放ったそれらとぶつかり合った。

 

『ナラバ、コレヲクラエ!』

 

 ラチがあかないと感じたのだろう。

 両者が撃つのをやめたその瞬間、ギエンは次に口から光線を吐き出した。

 が、咄嗟に回避したタイムファイヤーにそれが当たる事はない。

 

「接近戦は不慣れだけど──DVチェンジ、ディフェンダーソード」

 

 掛け声と共に、タイムファイヤーの持つDVディフェンダーが変形。長剣となったそれを構え、ギエン目掛けて斬りかかった。

 

「はっ!」

『ヌゥ、オノレ!』

 

 火花が散る。

 拙さを残しながらも素人とは思えない剣捌きが雪崩の如く襲いかかり、反撃の機会も与えずにギエンの装甲を確実に削っていく。

 

『クラエ!』

 

 更に怒り狂った様子のギエン。

 至近距離から光線を放つが、咄嗟に見抜いたタイムファイヤーの剣によって防御。

 返しの一撃と言わんばかりの剣撃が彼を襲った。

 

『ガアァ!?』

 

 なぜ剣を持った事のないホムラがここまで振るえるか。それには、滝沢直人が関わっていた。

 

「(どう扱えばいいか、記憶が教えてくれる……!)」

 

 ホムラは確かに滝沢直人の力を受け継いだ。しかしそれに含まれているのは、彼の持っていた力だけではない。彼の持つ力、経験、記憶がブイコマンダーと共に継承されていた。

 

 つまり、タイムファイヤーとして戦ってきた直人の経験が今のホムラには備わっている。

 それが道標の役割を果たしていた。

 

「DVチェンジ、ファイナルモード」

 

 タイムファイヤーが持つ必殺の合図。

 構えられたDVディフェンダーの刀身がエネルギーを収束し、青白い光を帯びる。

 

 ギエンが再び銃口を向けようと腕を振り上げたその瞬間、銃弾が放たれるよりも速くその刃が彼の鋼鉄の身体を切り裂いた。

 

『バ、カナ……!』

「──DVリフレイザー」

 

 呻き声と共に傷口から火花を散らしているギエンは、力なく倒れ込み。

 ギエンに背を向け、思い出したかのように放たれる覇気のないタイムファイヤーの呟きの後、彼の身体は爆発した。

 

「……今度こそ、終わった」

 

 DVディフェンダーの刃は確かに彼を捉えていた。今度こそ間違いなく倒れただろう。

 

 そして立ち去ろうとしたその時、ほむらは背後から感じた気配に振り返った。

 

『マダ、ワタシハオワッテナイゾ!!』

 

 そこに居たのは、倒したはずのギエンだった。

 全身の傷口から煙を吹き出させ、尚も動き続けている。

 

「まだ動けるというの……!」

『キサマアイテニ、コレヲツカウコトニナルトハナ!』

 

 ギエンが見せつけるように取り出した掌サイズの容器。その中に収納された存在を見て、タイムファイヤーは表情を凍らせた。

 それの存在を忘れることはない。散々苦渋を舐めさせられた魔女なのだから。

 

「ワルプルギスの夜……!?」

『サラニ、コレダ!』

 

 続いて取り出したのは、紫のコアメダル──タイムファイヤーはその存在を認識していないが。

 

 一枚のセルメダルをギエンが体内に取り込むと、何十倍以上もの量になって出てきたセルメダル、ギエン、ワルプルギスが収納されたカプセル、そして紫のコアメダルを覆った。

 

「一体なにが……っ!」

 

 目の前で起こる現象に首を傾げた次の瞬間、放たれた威圧感に身体が硬直した。

 

 溢れ出すメダルを取り込み出てきたのは、それを醸し出す主──ギエン。だが、傷だらけだった全身は新品のように真新しいものになり、造形がこれまでとは別物になっていた。

 

 

 

 全身を覆っていた筈の黄金色の金属は、黒っぽい燻った色の硬質な皮膚に代わり、手にあたる部位には義手のアームではなく人間の様に五本の指が生え、腕についた筋肉は剛腕とでも表現すべき立派なもの。

 羽織っていたマントは、黒とも紫とも言えないおぞましい色をしており、まるで呪いをかき集めたかの様な色だった。

 

 変わり果てたその姿はまるで生物的な──否。戦いに特化した姿である、とタイムファイヤーは感じる。

 

『この力だ。この力さえあれば!!』

「いくら姿が変わった所で──」

 

 機械的な音声とは打って変わり、流暢に喋りだすギエン。

 動かずとも感じる気迫は、先程とは比べ物にもならない。

 DVリフレイザーを握る手が震えそうになるが、それを無理やり押し留め──次の瞬間、視界が揺れた。

 

「くっ……!」

『無駄だ、その風では上手く狙えんだろう?』

 

 突風によって吹き飛ばされた、と認識したのはその言葉によってだった。

 射撃しようにも、絶え間なく揺れる視界と全身にかかる風圧の影響で、狙う所かそれを構えることすらままならない。

 

 上空で無防備になったタイムファイヤーに向けてギエンが手を翳すと、サッカーボール程の火球が放たれ、タイムファイヤーに直撃する。

 

「きゃっ!?」

 

 短い悲鳴と共にタイムファイヤーは地面に叩き落とされ、その際に変身も強制的に解除される。

 全身を焼く炎に落下の衝撃。絶え間なく与えられたダメージにスーツが限界を迎えるのも無理はなかった。

 

『どうだ、圧縮冷凍したワルプルギスの夜の力は!』

 

 圧縮冷凍。聴き慣れない単語に疑問符を浮かべるホムラ。

 だが、それに反応する様にホムラの脳内に一つの情報が浮かび上がる。

 滝沢直人の記憶。その中に求めた答えは秘められていた。

 

「ロンダーズの囚人に使われた冷凍ガス……そんなものであいつを封じられたというの?」

『このギエン様の力にかかればお手の物、という事だ。奴らも来たようだな』

「──ホムラ!」

 

 倒れ込んだホムラに向いていたギエンの視線が、背後に向けられる。そこに変身を解いた杏子とほむら、そしてよろめきながらも遊星が駆けつけた。

 

「あれ、さっきの金ピカと同じ奴なのか?」

「どうやら紫のメダルで変質したらしい。しかしこれは……!」

 

 疑問符を浮かべる杏子の疑問に答える遊星。一見平静を装っている彼もまた、ギエンの内側から感じる得体の知れない力に僅かに目を見張る。

 

 そしてほむらはといえば、身体を震えさせ酷く動揺していた。

 彼女も分かってしまったからだ。新たなギエンから感じられる魔力が、かつての宿敵と同一のそれだという事に。

 

『気付いたようだな。お前が相手にしようとしてるこの力に』

 

 ギエンが踵を鳴らす。

 同時に、不気味なまでに風が止んだ。

 

 

「──逃げろ!」

『もう遅い』

 

 遊星の必死な叫びも虚しく木霊するだけに終わり。

 ギエンを中心に巻き起こった竜巻が、一同を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「──っ、く」

『生き残ったか。そうでなくてはな』

 

 立ち上がった遊星の体は、傷だらけだった。

 

「まだよ、まだ終われない……!」

 

 それはほむらも同じことだ。

 全身から血を流し、しかし何とか気力を振り絞っている。

 そんなほむらの姿を見て、ギエンは鼻で笑う

 

『愚かな奴だ。この時間の歴史をこのままにすれば、あの女が消えるというのに』

 

 この時間をこのまま存続させるなら、鹿目まどかは消失する。

 ほむらが悲しみを背負うという歴史は変わらないのだ。

 

「っ──それでも!」

 

 甘い妄言を切り捨て、ギエンに弓を向ける。

 暁美ほむらはまどかのいる世界を守ると誓った。たとえ彼女が何を望もうが、自分はそれを尊重する。

 その筈だ、と。ほむらは心に強く言い聞かせ。

 

「ほむらちゃん!」

 

 この場にいるはずのない人物の声に、思わず振り返った。

 そこにいたのは他でもない。ほむらが戦う理由そのものである、まどかだった。

 

「まどか、何故ここに……!」

『僕が連れてきたのさ』

 

 まどかの後ろから姿を現した白き生物。

 それは杏子達もよく知る存在。

 誰よりも早く、ホムラがその名を叫んだ。

 

「──インキュベーター!」

『厳密には初めましてになるのかな、暁美ほむら』

 

 インキュベーター改め、キュゥベえはまどかから事情を聞いたのだろう。

 もう一人いる「暁美ほむら」に過度に反応する事なく、あくまで役目を果たすべくまどかに話しかけた。

 

『さて、鹿目まどか。今この時、二人の暁美ほむらは危機に陥っている。けど、この状況をひっくり返せるだけの力が君にはある。君が望めば、神に等しい力だって手に入るだろうね。

 ──さあ、鹿目まどか。君はどんな祈りでその魂を輝かせる?』

 

 問われるまどかの顔は、真っ直ぐとキュゥベえを向いている。

 高鳴る鼓動を抑え、深呼吸をして一言。

 

「キュゥベえ、ごめん。私、契約できない」

『なんだって?』

 

 予想外の答え。

 キュゥベえが、ほむらが、ギエンが。

 その場にいる全員の視線がまどかに向けられた。

 

「遠くて誰もいない世界。そこに行っちゃった私は、絶望を抱いた皆を救う代わりに一人の女の子を悲しませてた」

 

 全ての魔女を生まれる前に消し去りたい。

 その願いならば、きっと絶望で終わるしかなかった魔法少女を救える。

 そう信じていた。それに間違いはないのだろう。

 

 しかし、鹿目まどかは知ってしまった。

「暁美ほむら」が抱えてしまった孤独を。

 自分だけが抱えるはずだった孤独を、誰かにも感じさせていたのだ。

 

「その子を救うことは「この私」には出来ないけど……でも、それでもほむらちゃんを救うことはできる。

 ──ごめん、私は魔法少女にならない。ううん、なれない」

 

 ならば、まどかはその選択をする事はできない。

 正しいか、間違っているかなんて関係ない。

 目の前の友達の為なら、思いきり動く。

 それが鹿目まどかという少女が持つ強さなのだから。

 

「まどか……」

 

 だがこの場で一人。

 ギエンだけが、その口元をこれ以上ない程に歪ませていた。

 

『──馬鹿な女だ。貴様のおかげで世界は破滅するというのに』

「え……?」

 

 辺りを見回すと、付近にあるものが徐々に粒子となり消えていっている。

 それは物だけではない。その場にいたまどかやホムラ、遊星達にまで影響は及んでいた。

 

「これは……!?」

『貴様が契約しないのなら、本来の歴史は崩れたも同然! 本来の筋書き通りに世界は破滅するのだ! ヒャハハハハハハハハ!!!』

 

 突如、空から降り注ぐ白き光。

 良くない事を示唆していることは明白だとしても、抵抗する術は無く。

 世界は白一色に染まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 怯えていたまどかが、恐る恐る目を見開く。

 消されていったはずの世界は元通り──といっても、建物は壊れているが──になり、ギエンやほむら達の立ち位置も何ら変わってない。

 

『馬鹿な──どういう事だ!? 何故歴史が復元した!?』

「歴史……ああ、そういうことか」

 

 そんな中。

 遊星は引っかかっていた謎に合点が行き、納得した様な声を上げた。

 

「ようやく合点がいった。この世界は別の世界なんかじゃない、別の時間軸というのが正しいらしいな。

 こっちの暁美ほむら。お前はここの事を知っているんだな?」

「……ええ、あなたが思う以上には」

 

 意図は察せないが、嘘を吐くことでもない。

 訝しげなほむらが頷く。

 

「やはりな──暁美ほむら。お前は特異点という存在らしい」

「特異点?」

「歴史改変に左右されない奴等の呼称だ。そして、改変の際にはその記憶を支点とした歴史の修復も行われる。

 特異点であるお前によってこの時間は認識されていた。だからこそ、本来ありえない──時の分岐から外れたこの時間は存続し、修復が発生した」

 

 特異点という言葉に疑問は残るが、同時に納得もしたほむら。

 そもそも、この世界は本来ならば既に消え去った時間の筈。そこに来れた、という事には確かに不思議な話だった。

 

『馬鹿な……馬鹿な!! 特異点だと? 何なのだそれは!?』

「知らないのは当たり前だ。そんな概念、お前の世界の法則にはなかったからな」

 

 ギエンの知る──いわば「タイムレンジャーの歴史」にそんなものは存在しない。特異点とは、彼の知らない「電王の歴史」にある概念なのだから。

 だとしても、ギエンの計画が根底から崩れていた、という事実は変わらない。

 

「人の記憶の積み重ねこそが時間となり、それは人を支える希望にもなる。

 時間の破壊しか頭にないお前に、その時間に込められた想いまで砕く事はできないよ」

 

 ほむらにとって、その説明は半分以上理解できないもの。

 しかし、ただ一つ理解できるのは。

 

「それじゃあ、まどかは……!」

「歴史の破壊を乗り越え、ここはどの時間とも独立した時間軸になった。

 本来の出来事とどうかけ離れようが、何かが起きる事はないだろうな」

 

 自分が覚えていたという事実が。

 失われたはずの時間に、奇跡をもたらしたという事。

 

 たとえ違う世界だとしても、鹿目まどかを守る事が出来た。

 どうしようもなく溢れ出す想いが、ほむらの頬に涙を伝わせた。

 

「泣いてるのか?」

「──何のことかしら。泣いてる暇なんてない、私にはまだやるべき事がある」

 

 袖で拭い、ギエンを睨みつける。

 この歴史は存続していけるとしても、ギエンを倒さなければ全て水の泡だ。

 そして、もう一人の暁美ホムラもまた立ち上がる。

 

「説明は何となく理解できたわ。あいつを倒せば、私の願いは叶う……!」

 

 既にホムラの体力は限界に達しており、息も絶え絶えだ。

 しかし、気力だけで彼女はここに立っている。

 辿り着けた世界を救うために、ここで倒れるわけにはいかないからだ。

 

「よく分からねーけどさ。ここでアイツを倒さなきゃ、ヤバい事が起きるって事は分かる。

 放っておけるかよ、そんなの」

 

 メダルを手に、杏子もまた二人と並び立つ。

 

「これでお前の計画は水の泡だ。

 暁美ほむらをこの時間に連れてきた時点で、この結末は決まってたんだよ」

『そんな──そんな事あるわけがない!! 暁美ほむらによる歴史改変がそもそも無意味だと!? 

 奴め、私を騙したというのか!!』

「魔女とかいう存在に、それを圧縮冷凍できる技術。蘇生されたグリード達。

 どれもお前じゃ用意できないシロモノとは思っていた。何か入れ知恵されたか」

『──』

 

 フッ、と。

 それまで噴出していた感情が収まり、気味が悪い程に沈黙するギエン。

 それはまるで、嵐の前の静けさのようにも感じられる。

 

『──ハカイ、ハカイハカイハカイィィィィィィ!!』

 

 そして次の瞬間、カッと目と口を見開き、病的なまでの叫びを響かせる。

 理性を失っているのは、誰が見ても明らかだった。

 

「理性を失い暴走──今ならやれるか?」

「ったく、後先考えずに怒らせやがって」

「でも、チャンスなのは間違いないわね。まだ立てるかしら、暁美ホムラ」

「──ええ、当然よ。まどかが生きるこの世界を、破壊させたりなんかさせない!」

 

 唯一、その災害に立ち向かえる四人。

 それぞれが得物や変身アイテムを構えようとしている中、遊星の身体が唐突によろめいた。

 

「っと──多少は回復したらしいが、まだ疲れてるらしいな」

「ちょっと、あんたは下がってなよ。あたしらだけで何とかやるからさ」

「それはできない。俺には奴と戦わないといけない理由がある」

「……ま、いいけどさ」

 

 遊星の意思は確固たるもの。

 折るのは困難だと判断した杏子はギエンに向き直り、メダルをオーズドライバーに装填。

 ホムラはブイコマンダーを口元に構え、遊星は携帯型のアイテム──ショドウフォンを筆の様に構え、唯一この場で変身しないほむらは弓を構えた。

 

「変身」

『タカ! クジャク! コンドル!』

「タイムファイヤー!」

「ショドウフォン、一筆奏上」

 

 杏子はオースキャナーでメダルを読み込み。

 ホムラは高らかにその名を叫び。

 遊星はショドウフォンを用いて空中に「火」という字を書く。

 

 一同を包む赤い炎。

 それが振り払われた時、彼らの変身は完了していた。

 揃い立ったのは、本来交わる筈もない炎の戦士達。

 

 欲望に従い、他人に手を伸ばし続ける戦士。

 仮面ライダーオーズ タジャドルコンボ。

 

 今を守るために力を求めた戦士。

 タイムファイヤー。

 

 そして、新たに現れた赤き勇者。

 シンケンレッド。

 

『ハハ──ハハハハハ!!』

 

 眼下にそびえ立つ戦士達を見てゲラゲラ、とギエンは下卑た笑い声を上げる。

 そして、ギエンが身体から紫の波動を周囲に放つ。

 瞬間、その一帯に暴風が巻き起こった。

 

「避けろ!」

 

 その動作を既に知っていた一同は、慌てることなく散開。飛んでくる瓦礫や火球に応対しつつも、無傷でやり過ごす。

 そんな中、シンケンレッドが動いた。

 

「──参る!」

「っ、おい!」

 

 タジャドルの静止も聞かずに地面を蹴り、目前のギエンと肉薄するシンケンレッド。

 ギエンが拳を放とうとするも、構えられた刃がそれより速く装甲を切り裂く。

 

 しかし、動作に怯みを見せる事はない。

 

「なに?」

『ハハハハハッ!』

 

 そのまま振り抜かれる拳。

 行動し終わったばかりのシンケンレッドにそれを避ける術はなく、紫の波動を帯びた突きが彼の胸部に叩きつけられた。

 

「か、はっ──!」

 

 肺の空気が全て抜けた、とまで錯覚してしまう程の衝撃。

 思わず胸を抑えたシンケンレッド。放たれる二打目の蹴りは、しかし彼を捉える事はなかった。

 シンケンレッドの身体に巻きついた鎖が、彼を無理やり後方に引きずり戻したからである。

 

「よっ、と。ったく、手間かけさせやがって」

「お前……」

 

 鎖の主はタジャドルだった。

 しかしギエンは諦める素振りを見せず、標的と定めた遊星目掛けて飛びかかろうとする。

 

「DVチェンジ、バルカンモード」

 

 降り注ぐ光弾の嵐を捕捉したギエンは、足元から生成した氷の壁で自身の周囲を囲う。

 タイムファイヤーの弾幕がギエンを釘付けにしてる最中、タジャドルがポツリとシンケンレッドに話しかける。

 

「なに考えてるのかは知らないけどさ、あんまり一人で抱え込むのはよくないんじゃない?」

「……」

 

 呆れた様子のタジャドルに、シンケンレッドは返す言葉もない、といった様子で顔を背ける。

 

「今のアンタに似た目をしてる奴を思い出した──昔の自分自身だ。

 そりゃ気に入らねーわけだ。同族嫌悪なんて事をしてたんだからな」

 

 ハハ、と渇いた笑い声。

 呆れ果てた様にも感じられる感情は、遊星に向けられたものではない。

 他でもない彼女自身を笑っていたものだった。

 

「アタシは空っぽの中身を補う為、欲望のままに生きる事で自分を満たそうとしてた。アンタもそうなんじゃないの? 

 自分のやりたい事。それに向けて、必死に走っている──違う?」

 

 沈黙を貫く遊星。が、その言葉を聞いた時、一瞬体が硬直していた。

 その反応を見てか、杏子は立ち上がろうとした遊星に手を差し伸べる。

 

「深くは聞かない。ただ、そんなアンタの事を信じてみることにした。

 どんだけ孤独でいようが、精一杯この手を伸ばしてやるよ」

「──」

 

 差し伸べられた手。

 それを反射的に取ろうとして、一瞬躊躇し。

 しかし、少し迷った後に遊星はその手を取り立ち上がる。

 

「助かる。行くぞ、佐倉!」

「ああ!」

 

 二人が並び立つのと、攻撃が止みギエンが氷の壁を解除するのはほぼ同時。

 襲いかかってきたギエンに、二人は互いの得物に炎を纏わせ構えた。

 

「──火炎の舞!」

 

 再び前に出たのはシンケンレッド。炎を纏わせたシンケンマルの刃が、振りかぶったギエンの拳と交差する。

 いくら強化されたギエンといえど、対するは人の世を侵す妖を払う一撃。

 威力を相殺するだけなら十分だった。

 

「はああああ!!」

 

 タジャドルが死角に回り込み、突進。

 魔力を変換した炎が槍に纏われ、ギエンの胴体を貫いた。

 

『ハハハハハ!!』

「っ、化け物かよ!」

 

 しかしギエンは変わらず甲高い笑い声を上げる。

 それどころか空いた手で突き刺さった槍を引き抜くと、乱暴に振り回してタジャドルの装甲を切り裂く。 

 

「ぐっ?!」

「佐倉!」

 

 引き抜かれた傷痕からは火花が飛び散るが、まるで気にせず標的と定めたシンケンレッドの方のみを向いている。

 そう、まるで傷自体を認識していないかの様に。

 

「痛みを感じる理性すらないって事か……!」

 

 余裕のない声で呟くシンケンレッド。

 単純なスペック差に加え、擬似的な無痛の身体。技量だけではどう頑張っても埋めきれない現状。

 

 だが、それを覆せる手段がシンケンレッドにはある。

 

()()ならいけるか──ッ!!」

 

 次の瞬間。

 シンケンレッドの脳内に警鐘が鳴った時には、既に彼の刀は弾き飛ばされていた。

 

「こいつ!」

 

 後方に跳んだシンケンレッドだが、それよりも速くギエンが迫ってきている。

 しかし、それだけならば打つ手はある。

 

「一筆奏上!」

 

 叫びと共に、シンケンレッドの色が変化する。

 ギエンの目前にいるそれは、先程までとの真っ赤な姿とは対照的な青き戦士。

 頭部に「水」を模したその戦士こそ、シンケンブルー。

 

「ウォーターアロー!」

 

 弓から撃ち放たれる矢が青い閃光となり、迫るギエンの身体を貫く。

 無論先程までと同じく怯む様子は見られない。

 強いて言えば、その勢いが僅かに削がれた程だろう。

 

「──よし、今だ!」

 

 それはタジャドルでもタイムファイヤーでもなく、上空にいるほむらに向けてのもの。

 

 直後、ギエンの頭上に降り注ぐ矢の雨。危険と判断して再び氷の壁をドーム状に展開するも、間に合わず一部の矢はギエンの体を貫いていく。

 しかし、一向に弱る様子は見せなかった。

 

 後方に下がったシンケンブルーは、地上に降りたほむらやタイムファイヤー達と合流する。

 

「悪い、助かった」

「気にしなくていいわ。それより、あいつの事よ」

 

 ほむらの目線がギエンに向けられる。

 氷壁を解除し、しかしシンケンレッドを追うわけでもなくその場に立ち尽くしていた。

 

「……動かないな。射程範囲から出たからか?」

「ったくよ、変な所で機械らしいっつーか。このまま遠くから攻撃すれば……流石に反応するか」

「ただ、傷が治るわけじゃないらしいわね」

 

 ホムラの指摘。

 確かに、ギエンの身体にある傷はその全てが修復されていない。

 

「なら、全員で叩き込めばいける……のか?」

「あの反則みたいな力相手じゃ、正面からは難しいでしょうね。方法を考えないと──」

「俺ならいける」

 

 唐突にシンケンブルーが手を上げ、全員の視線が集中した。

 

「奴に隙を作る役回り、俺なら手段がある。

 この中で一番余裕もあるしな」

「それ、本当?」

「ああ。奴の力の弱点も見えた。

 ただ、チャンスは一度きり。成功したとしても、俺はそれ以降は動けなくなる」

「動けなくなる?」

「……まあ、その時になれば分かる」

 

 不明瞭な点が多い提案に思案するほむら。

 あまり受けたくないものではある。

 しかし、連戦による疲労は無視できず、余力が一番残っているのが遊星だというのもまた事実。

 ──尤も、彼の言う事を信じるなら、だが。

 

 ともかく、今出ている情報を重ね合わせ、考え込み。

 仕方がない、とほむらは首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 静止しているギエン。それにシンケンブルーが近付きながら喋りかける。

 

「これ以上、この世界に迷惑をかける訳にはいかない。俺が相手だ。

 ──お前の弱点も何となく分かった」

 

 その言葉を最後に、シンケンブルーは再び駆ける。

 そんな事も構わず、反応したギエンは依然として笑いながら掌を構え、そこから火球を飛ばした。

 

『ハ──ーハハハハッ!!』

「一筆奏上──大木晩成!」

 

 シンケンブルーの姿がまた変わる。

 青から緑──シンケングリーンに変身した遊星が、穂先に緑色の光が帯びた槍で火球を薙ぎ払った。

 

『ハハハッハッハ──ー!』

 

 途端、巻き上がる旋風。

 ギエンが手を翳すだけで出来上がったそれは、向かってくるシンケングリーンに容赦なく襲いかかってくる。

 

「一筆奏上──迫力満天!」

 

 緑から桃──シンケンピンクへと変わった遊星が、手にした扇を仰ぐ。

 巻き起こされた風が真空の刃と化し、ギエンの竜巻とぶつかり合った。

 

『ハハハハハ!!!』

 

 ギエンはその笑い声を更に大きくする。ゲラゲラと、まるで面白いものを見ているかのように。

 

 そして、弱まった竜巻を突き破ったシンケンピンク──否、新たに変身したシンケンイエローがギエンに迫る。

 

「奮闘土力!」

 

 走りながら大型の手裏剣をフリスピーの如く投げつけるシンケンイエロー。

 しかし、向かってくるそれを避けるのは、ギエンにとっては容易い事。

 

 僅かにギエンが体幹をズラすと、回転を続けながら迫ってきていた手裏剣は紙一重の所で避けられた。

 

『ハハハハハ──』

「シンケンマル!」

 

 目前の敵を前にして、未だ笑いを収める事のないギエン。

 それに臆する事なく、先程変身していた姿──シンケンレッドに戻ると、ギエン目掛けて飛びかかってきた。

 が、不意を打ったものでもないそれは、容易に反応できる。

 

 落ち着いて右腕を突き出し──突然その体のバランスを崩した。

 

『ハハハハハ──?』

 

 見れば、その足に突き刺さっているものがある。

 先程避けたはずのランドスライサーだ。

 

 ギエンには知る由もないが、ランドスライサーはいわばブーメランの様な武具。

 計算して投げられたそれは、ギエンに避けられ、しかし死角となっている背後から足に直撃していた。

 

『ハハハ──!?』

 

 体勢を立て直そうとするギエン。

 が、次の瞬間、その全身に紫色の電流が流れた。

 

 シンケンレッドは何もしていない。

 それは、ギエン自身に要因があるものだった。

 

「やはりな、過ぎた力に肉体や精神の方が耐えられてない。

 負担がでかい紫のコアメダルに、そんな大きさの魔力を抱えてるんだ。いつかは限界が来ると思っていた」

 

 加えて、ギエンが心を取り乱す事がなければ、ここまでの事にはなっていなかった。

 むしろやられていたのはこちらだろう、とも確信している。

 

「自分の丈に合わない力に翻弄される──俺と同じなんだよ、お前は」

『スーパーディスク』

 

 シンケンレッドが構えた印籠を模したアイテム──インロウマルが音声を鳴らす。

 同時に、変身完了もしないままシンケンレッドが飛び出した。

 

「行くぞ」

 

 インロウマルの前面に示された「真」という文字から白い陣羽織が飛び出し、駆けるシンケンレッドに纏われていく。

 

 シンケンジャーに与えられた更なる力。

 スーパーシンケンレッドが、インロウマルを装着したシンケンマルを両手で構えた。

 

「真・火炎の舞!」

 

 更に燃え盛る炎がシンケンマルの刀身に纏われ、スーパーシンケンレッドがそれを振り下ろす。

 

 彼の剣を阻むものは何もない。

 硬質な装甲が切り裂かれ、焼き払われ、返しの刃もまた問題なく叩き込まれる。

 

『ハハ……ハハハ……!?』

 

 同時に、確かに聞こえたギエンの悲鳴。

 初めて見られた反応は、確かにダメージに繋がる一撃だと確信させ。

 

 しかし、突如そこでスーパーシンケンレッドが変身を解除する。

 

「え?」

「……」

 

 次の瞬間、遊星はその場に倒れ込んだ。

 敵を目前として、ピクリとも動く様子はなく声も聞こえない。

 一体どういう事かと困惑する一同だが、そこで遊星の言葉を思い出す。

 

 

「こういう意味……!」

 

 一番早く事情を理解したほむらが翼をはためかせる。

 向かう先は遊星──の身体を通り越し、ギエンに迫る。

 無論、見捨てたわけではない。しかし、彼が予めこうなる事を覚悟して力を使ったのは明白。

 

「彼の作ったチャンス、絶対に無駄にさせない!」

 

 迫るほむらに対し、ギエンはまだよろめいていた。

 その笑い声は止み、ただ傷を抑えて呻いている。

 

「──ここで決める!」

 

 生成した矢にありったけの魔力を込め、弓につがえる。展開された翼を通し、矢に収束していく禍々しい魔力。

 ギエンを打ち倒すべく、その矢が放たれた。

 極太の光線となった矢は、抵抗させる間も無くギエンを飲み込む。

 

 

『ハ──ハハ──!!』

 

 しかし、まだ終わらない。

 バチ、バチと全身から火花とセルメダルを散らしつつも、確かに立っていた。

 ほむらが第二射を用意しようにも、今の一撃で既に魔力は尽きている。

 

「くっ、まだ生きている……!」

「ハハハハハ──ー!!!」

 

 ギエンが叫ぶ。咆哮が轟き、呼応するかの様に風が吹き荒んだ。

 地面に散らばっていたセルメダルは吹き飛ばされ──飛ばされない様に踏ん張っていた、()()()()()()に吸い込まれていく。

 

「え──?」

 

 体内に感じる違和感。

 何かが入ってきた、という感覚に気を取られた彼女は、目の前のギエンが迫ってきているという事に気づかなかった。

 

「ほむら!!」

 

 自身の名を呼ばれ、ようやく今の状況を理解したほむらは慌てて後方に回避。

 一瞬遅れ、ギエンの振りかぶった拳がほむらの居た場所を通過した。

 

「今のは……?」

「ハハ──!!」

「下がれ!」

『スキャニングチャージ!』

 

 オースキャナーを構えたタジャドルが上空から声をかける。

 ほむらがギエンとの距離を更に取ると、真紅の炎を纏ったタジャドルが上空から高速で降下する。

 

 しかし、それは一人だけではない。

 今蹴りを放っているタジャドルの左右に、もう二人。

 魔法によって生み出された分身がいた。

 

「「「セイヤァァァァァ!!!」」」

 

 溢れ出す真紅の炎が混じり合い、より大きなものとなってギエンに向かっていく。

 しかし、ギエンも負けてはいない。タジャドルとの間に大きな竜巻を発生させた。

 

 そうして衝突する二つの攻撃。どちらが押し負けるわけでもなく、ただ互いに力をぶつけ合っている状態だ。

 

「──くっ!」

 

 タジャドルが持ちうる最大の攻撃。

 それに魔法を掛け合わせた一撃だというのに、拮抗している現状。

 しかし、逆に言えば負けてはいない。

 

「はああああっ!!」

 

 体の芯から絞り出す奮起の雄叫び。纏う炎が膨れ上がっていく。それらは互いに混じり合い、一つの形となっていく。

 翼をはためかせ、際限なく増大する炎を宿す姿は宛ら不死鳥の如く。

 それは、ここで「負けたくない」という杏子の想い──否、欲望そのもの。

 

 それらが込められた蹴りは台風を破り、ギエンをも貫いた。

 

『ハハハ……ハハハハハ……!』

 

 しかし、まだギエンは止まらない。ひたすらに笑い、目の前の状況を楽しんでいる。

 何に対して笑っているかも分からないその姿は、哀れにも思えた。

 

「今だ、決めろ!」

「ええ」

 

 ギエンにとっての処刑人。

 タイムファイヤーが、ゆっくりと近づいて来る。

 

「これで終わりよ。DVチェンジ、ファイナルモード」

「……ハハ、ハハハハハ!!!」

 

 光を帯びる刀身。

 それが意味するものを思い出したか、止めるためにギエンが飛びかかる。

 

 勝負は一瞬。この一太刀で全てが決する。

 

 タイムファイヤー目掛けて迫る拳。

 しかし、振り上げられた剣がそれを弾く。

 その勢いのままギエンの横を通り過ぎ、すれ違い様に一閃。

 

「──DVリフレイザー」

 

 振り返り、更に二撃。

 Xの字を描く斬撃がギエンを襲う。

 

「ハハハ──ハハ、ハ……」

 

 最早限界を迎えたのだろう。

 その笑い声は徐々に弱まり、やがてギエンはバタンと倒れ。

 その場からゆっくりと去るタイムファイヤーを背に、爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──終わった」

 

 感無量。変身を解除したホムラの心境はそれに尽きる。

 長い、とても長い旅。異邦人の助けもあり、ようやくその終止符を打つことが出来たのだ。

 

 ホムラがその達成感を噛み締めている中、その後ろにいた杏子はとある疑問を思い出しほむらにコソコソと尋ねる。

 

「なあ、どうしてこの時間の事を知ってたんだよ?」

「……話せば長くなる。ゆっくり時間を取って語ってあげるわ」

「彼はまだ気絶してるみたいだけれど……佐倉杏子、そして暁美ほむら。感謝するわ」

 

 二人に向き直り、心からの感謝を述べるホムラ。

 

「ま、ハッピーエンドで終わって何よりなんじゃねーの?」

「ええ、これ以上の結末なんてあるわけない。あってもそれは──」

『せっかく願い事を決めたというのに、それを叶えないなんてね』

「……インキュベーター」

『でも、この惨状をどうするつもりだい?』

「──直すだろ、この街の人間が」

 

 キュゥベぇの言葉に反応したのは、いつのまにか起き上がっていた遊星だった。

 澄ました表情をしているが、疲労が重なっている様子が一目で分かるほどにグッタリしている。

 

「アンタ、いつの間に」

「さっきだ。それよりも……あったあった、これだ」

 

 バラバラに分解されていたギエンの残骸を漁る遊星。

 その中から目当てのものを取り出し、ほむらに見せつけた。

 

「──ワルプルギスの夜!?」

 

 それは、縮小化したワルプルギスの夜。

 フィギュアの様にも見えるが、その恐ろしさを知っているほむらにとっては安心できない。

 

「圧縮冷凍されているから心配はない。俺が責任を持って処分しておこう」

 

 ようやく一段落か、と遊星は肩の荷を下ろす。

 そんな遊星に近付いたキュゥベえは「へえ」と感心するような素振りを見せる。

 

『これは驚いた。君の中に秘められた資質に比べれば、鹿目まどかすら赤子に見える。君が契約してくれれば、全て解決するんだけどなぁ』

「興味ない。他を当たれ」

 

 シッシッ、と手でキュゥベえを追い払う遊星。

 しかし、さりげなく聞こえた情報がほむらを驚愕させた。

 

「待ちなさい。まどかより大きな素質ですって?」

『やあ、別の世界の暁美ほむら。君の世界──というより時間軸では、鹿目まどかが契約したんだろう?』

「そんな事はどうでもいい。それは本当なの?」

『本当だよ、まさか彼の様な人間が存在するなんてね』

 

 キュゥベえと契約出来るのは基本的に女性のみ。

 そこにいかなるルールがあるのかは知らないが──少なくとも、門矢遊星はキュゥベえのお眼鏡に叶う条件は満たしている、という事だ。

 

『それより、君の話を聞かせてもらいたいな。君の時間では、一体どういう状況になっているのか』

「消えなさい、今すぐに」

 

 

 変身し、弓を構えるほむら。

 下手に機体を破壊されては堪らない、と判断したのかキュゥベぇはそそくさと退散しどこかに去っていった。

 

 

「そういえば──これ、返さなきゃいけないわね」

「ああ、アタシも」

 

 思い出したかの様に、ホムラと杏子はブイコマンダーとオーズドライバーを遊星に差し出す。

 それを手に取り、少し考えた後に遊星がそれぞれに再び手渡した。

 

「いや、お前たちが持っておけ」

「え? でも」

「浅見竜也と滝沢直人、火野映司はお前達を選んだ。今更渡されようが、使えない俺が持つ意味もない」

 

 語りながら、自嘲気味に笑う遊星。

 一方で、ホムラは遊星の発した竜也という単語に反応する。

 

「彼は生きているの?」

「……ああ、一応。話せはしないがな」

「そう……生きてるならそれでいいわ」

 

 

 嘘である。

 本当は伝えたかった。あなたのかけてくれた言葉が、自分の救いになったと。

 

 しかし、ホムラは笑みを浮かべてそれを飲み込んだ。

 

 今を生きていけば、きっと交わる時が来る。その時に伝えればいい。

 たとえそれが来なくとも、彼は彼の未来を歩んでいく。

 それでいいのだ、と納得するホムラ。

 

「これはあなたに託すわ」

「……私に?」

 

 ならば、と。

 代わりにブイコマンダーを差し出した相手は、ほむらだった。

 

「それでいいの?」

 

 たしかにワルプルギスの夜は過ぎた。

 しかし、それはホムラの時間停止の魔法も消えてなくなったことも意味している。

 弓という武装を持つほむらより、時間停止の使えなくなったホムラが持つべき力ともいえる。

 

「欲しかったものは手に入ったわ。後は、自分の力で守ってみせる」

 

 自分の欲しかったもの──まどかの笑える世界は手に入れた。ならば、無理にその力に執着すること意味もない。

 それがホムラの選択だった。

 

「……私に使えるかしら、その力」

「使えるわ。あなたは私なのだから」

 

 経緯はどうあれ、彼女もまた暁美ほむら。

 かつて力を求めた自分ならきっと彼も許してくれるだろう、と確信しているホムラ。

 

「……そう、なら使わせてもらうわ」

 

 そこまで言われるなら、と恐る恐るほむらはブイコマンダーを手に取り。

 瞬間、走馬灯の様に情報が脳裏を駆け巡る。

 

 それは、ただひたすらに力への渇望を元に動いてきた男──滝沢直人の記憶。

 力を追い求め、その果てに運命という大きな力に敗北した人生。

 

 ──お前は変えてみせろ。

 彼の遺した最後の言葉が、ほむらの中を反響する。

 まるで、自分に言われているかの様に。

 

「──さて、そろそろ帰るとするか。あっちにいるから、別れを済ませておけ」

「ええ……その、まどか。会えて良かったわ」

「うん。あなたの知ってる私も、会えるのを楽しみにしてると思う。

 助けてくれてありがとう、ほむらちゃん」

 

 精一杯の感謝と共に、微笑むまどか。

 それを見た暁美ほむらは、その笑顔を改めて胸に焼き付けた。

 もうなにがあったとしても、絶対に挫けない。そう誓う為に。

 

 そんな中、その場で唯一余所余所しくしていた杏子がまどかに話しかけた。

 

「……鹿目まどか、だったか?」

「う、うん、杏子ちゃん」

「知らねー相手に名前知られてるって調子狂うな……その、なんだ。

 アンタ、アタシがどうやって死んだか知ってるだろ」

「っ……」

 

 魔女となったさやかを助けに行った。

 出会ったばかりのホムラがそう語った時に、まどかという単語が出てきていたのを杏子は覚えていた。

 当の本人であるまどかは動揺する。

 それが起きたのはつい最近。まだ記憶にも新しいその出来事が思い起こされ、まどかの表情が暗く沈んだ。

 

「……悪い。ただ知りたかったんだ、この世界のアタシがどんな想いでさやかを助けに行ったのか」

「ううん、平気……私の知ってる杏子ちゃんは、さやかちゃんを助けたくて頑張ってた。最後には愛と勇気が勝つんだ、って」

「そっ、か」

 

 きっと、形は違えど同じだった。

 一人は、誰も見捨てたくないという欲望の下に。

 もう一人は、残った希望を失いたくないという願いの下に。

 佐倉杏子は、必死に手を伸ばし続けた。

 

 やはりここにいた自分もたしかに自分だったのだ。

 

「そいつが聞ければ十分だよ、悪かった──ありがとな」

「うん。杏子ちゃんも、元気で」

 

 感謝の言葉と共に、杏子はまどかに背を向け遊星の元へ向かう。

 

 ──最後に。

 二人の「暁美ほむら」が向き合っていた。

 左右対称の鏡を見せられているかの様な光景。

 しかし、相手が自分だからこそ言葉は最低限でいい。

 

「暁美ホムラ。絶対にまどかを守り抜きなさい」

「当然よ。あなたも、あなたのまどかと会える日まで頑張りなさい」

 

 それだけで充分想いは伝わるからだ。

 そこから先は、それぞれが紡いでいく未来。

 過度な干渉は必要ないし、逆に邪魔にもなり得るだけだ。

 

 そうして、同時に背中を向け合った二人はそれぞれの仲間の側に歩いていく。

 

「さて、帰るぞ」

 

 遊星が指をパチン、と鳴らすと銀色のオーロラが現れ、遊星、杏子と次々にその中に入る。

 そして、最後にほむらが入ろうとしたその時。

 

 溢れる想いが抑えられず、突然まどかの方を振り返った。

 

「いつか、未来で」

 

 そう言い残し、ほむらもまた銀色のオーロラに入って行き。

 オーロラが消えた所で、他の世界から来た漂流者は全ていなくなった。

 

「いつか未来で、かぁ。あっちのほむらちゃん、私に会えるといいな」

「会えるわよ。あなたがそういうシステムにしたらしいし」

「……そっか、そうだよね」

 

 他愛ない会話。

 それすらも楽しめるようになったその時間で、二人は生きていく。

 

 魔女のシステムは変わっていない。

 魔女だって変わらず現れるだろう。

 

 しかし、それでも。

 そんなやるせない世界の中で、二人は生きていく。

 きっと、その先に未来があると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーロラの先。

 そこは、いつもの見慣れた街並みが広がって──いない。

 緑のない砂漠が一面に広がっていた。

 

「ここは?」

「時の砂漠という空間だ。待ってれば迎えが来る」

「ふーん。さっきのじゃ元の時間には移動できないわけ?」

「世界ならともかく、時間は無理だ。俺にそこまでの力はない」

 

 しかし、門矢士なら或いは。

 聞き慣れない名前──と言っても名字は彼と同じだが──を溢しながらも、何かを待つ遊星。

 

 そんな彼を出迎える様に、突然大きな音が鳴り響いた。

 

「来たか」

「……これは、汽笛?」

 

 電車の汽笛の様に聞こえる音。

 それを鳴り響かせながら、遠くから迫る物体があった。

 新幹線にも見えるそれは、砂漠の上に独りでに敷かれていくレールの上を通っている。

 

「デンライナー。時の運行を守る電車……だったものだ」

「だった?」

「今はその役目もない、ただのタイムマシンになっている」

 

 デンライナーと呼ばれるその電車は、ゆっくりと速度を落として遊星達の前に停車する。

 その車両の一つ。丁度彼らの目の前にある車両の扉が開き、そこから年配の男が顔を覗かせた。

 

 紳士風の装いをした男は一同の顔を確認すると、遊星を見て視線が止まる。

 

「おや、あなたでしたか」

「……むしろ誰だと思った。デンライナーを知るのは俺しかいないだろ」

 

 呆れた様子の遊星に対し、男はわざとらしい態度で接する。

 二人が知己同士である事は伝わったが、それ以上はほむら達には分からなかった。

 

「用件は分かってる筈だ。元の時間に帰りたい」

「ふーむ……いいでしょう。こちらへ」

 

 少し考えた後にそう返答すると、手で車内に招かれる。

 遊星が入ろうとすると、何かを思い出した素振りを見せ、後ろにいたほむら達を指差した。

 

「そこの二人は俺の連れだ。パスを共有すれば乗れるな?」

「ええ、もちろん構いませんよ。あなた達もどうぞ」

「まあ、とりあえず乗りましょうか」

「だな。正直もう慣れたわ」

 

 砂漠を走る、電車型のタイムマシン。

 常識外れの出来事にも最早慣れていた二人は特に反応することもせず、遊星の後を付いて行った。

 

 

 

 

 案内されるままに一同がたどり着いた車両には備え付けの椅子やテーブルがあり、カウンターもある事から食堂車の様であった。

 

「へー……中身は意外とまともな造りしてるんだな」

「疲れてるだろ、休んでおけ」

 

 手近にあった席を遊星が指し、杏子とほむらがそこに座る。

 教会での遭遇。別の時間への移動。ギエンとの決戦。一日で体験するにはあまりにも多く、大きすぎた。

 全身を襲う疲労感に、二人は深く腰掛ける。

 

「はぁ……色々ありすぎたわね、今日」

「全くだ。もうクタクタだよ」

 

 男も座る中、遊星だけは食堂車を通り抜けて別の車両へ足を運ぼうとしていた。

 

「あなたは何処へ?」

「運転だ。元の時間に向けて走らせなきゃいけないんでな」

 

 それだけ告げて、遊星は車両の奥へ消えていった。

 この車両に残るは、ほむら達と男のみ。喋ることなどある筈もない。

 程なくしてデンライナーが動き出すと、男がほむらに話しかける。

 

「あなた──暁美ほむらさんですね?」

「……名乗った覚えはないのだけれど」

「いえいえ、職業柄耳に入るのですよ。

 私、このデンライナーのオーナーをやっております。オーナー、とお呼びください」

「オーナー? 管理してるって事か?」

「ええ。今は職なしですが」

 

 どこまでも自分を出す事のない口調。

 底が見えないだけに不気味さを感じさせるが、ほむらは意を決して尋ねる。

 

「門矢遊星とは知り合いみたいだけど、彼の事を知っているの?」

「いいえ、知りませんとも」

 

 キッパリと。

 オーナーは首を横に振った。

 

「……知らない?」

「ええ。彼と会ったのはこれで二度目です」

「それにしては、随分知ってる仲っぽかったけど?」

「私は彼の事を知りません。が、彼は私を知っている。それだけの話です」

「──もしかして、門矢遊星の中の人格と?」

「知っていましたか。彼の中には私の知り合いもいましてね、その縁を辿って彼は私を知ったようです」

 

 門矢遊星の別人格。

 いくつあるのかも分からないその中に知己がいるのならば、一応納得はできる。

 

「なあオッサン、あいつの中の人格ってのは何なのか知ってるのか?」

「ふむ……かつて悪と戦った者、とでも言いましょうか」

「悪……怪人達と、って事?」

 

 そこで突然、オーナーは窓の外を眺める。

 何かあるのか、と釣られて二人も窓を覗いた。

 オーナーの視線の先。砂漠を走る車窓からは、壮絶な風景が広がっていた。

 

「……ロボット?」

 

 遠方に並び立っていたのは、巨大なロボット。その数は一つだけではない。何十もの別々の機体が、仁王立ちをする様に聳え立っていた。

 その色は完璧に抜け落ち、その細部に至るまで傷跡が残っている。

 まるで、死闘を繰り広げた後の様に。

 

「かつて、地球を狙ってきた数々の悪──それらと戦ってきた戦士たちがいました。

 彼らは世から姿を消し、今は門矢遊星と名乗る男の中で眠りについています」

「……まさか、彼の中にいた人格達は元々別人だった?」

「そっちの方が筋は通るんじゃない? 考えてみたら、あんな力が一人に集まってるって方がおかしいってもんだよ」

 

 確かに、とほむらは頷く。

 遊星の力はバリエーションが豊富だ。否、豊富すぎる。

 ほむらが目撃しただけでも六つ、少なくとも遊星には別々の力がある。互いに互換性があるわけでもない、全く別の力を持つ戦士。一人に集約されているには、あまりに不自然すぎる。

 

「……だとすれば一つ疑問が浮かぶわ。彼らは何故門矢遊星の中に?」

 

 元が別々の人間ならば、なぜ特定の一人に集まったのか。

 自分たちの様に力を継いだか、それとも──奪ったか。

 

「それを無視しても、もう一つ疑問が残る。そもそも彼らや怪人は一体どこから来たの?」

「そりゃあ……あたしらと同じ、日本とか」

「存在を隠し通して?」

 

 押し黙る杏子。

 あれだけの力の持ち主が何人もいれば、不自然なニュースや噂程度は流れる筈。

 いくらうまく正体を隠したところで、隠し切れるものではない。

 

「あと一つ。

 あのいざこざで有耶無耶になっていたけれど、ここ最近の私たちの記憶に齟齬が生じてる。

 それを探していたらあの門矢遊星と出会い、そして私のことを狙う彼──ギエンにも会った。それはきっと、彼の正体にも繋がっている。

 ──これらの答え、あなたは全部知っているんじゃないかしら。オーナーさん」

「……」

 

 ただ目を閉じ、沈黙するオーナー。

 態度から見ても、何かを知っているのは明白だった。

 緊迫する空気。

 

 その張り詰めた糸を切ったのは、車内に響き渡る汽笛だった。

 

「どうやら到着したようです」

「ちょっと、まだ聞きたい事は……!」

「またお会いする機会はあるでしょう。続きはその時に」

 

 どうぞお帰りください、と言わんばかりに、オーナーは車両の出口を指す。

 これ以上何も話すつもりはないという意思が感じられるその態度に、ほむらは大きく息を吐いた。

 

「……その時には、答えてもらうわよ」

「ええ、全て」

 

 表情も変えず、ただ張り付けたような笑みだけを浮かべるオーナー。

 胡散臭さをこれ以上ないほどに感じながらも、ほむらと杏子はその車両から出た。

 

「彼が何者か──ですか。いやはや、一体彼は誰なんでしょうねぇ」

 

 

 

 

 来た道を戻って行き、デンライナーに乗り込んだ時の出入り口に向かう二人。程なくして開かれた扉を発見し、そこからデンライナーを後にした

 下車した先は、どこかのビルの屋上。

 

「これで着いた……のか?」

 

 そこから見える景色は、間違いなく自分たちが知る見滝原そのもの。

 街は壊れてなどおらず、ただただ平和な日常を過ごす人並みも見られる。

 

「どうやら帰ってきたみたいね」

「ああ。ったく、もうクタクタだよ」

 

 記憶の欠損をきっかけに風見野市を駆け巡り、杏子の教会で別の時間に飛ばされ、別の時間のほむらと出会い──多くの未知の体験を今日一日で経験した二人は、既に疲労困憊だった。

 

「ま、無事に帰れてよかったよ。分からねー事だらけだったけど」

「ええ。でも、知りたいなら彼に問い詰めるしかないわね」

 

 彼とは、他でもない。

 ()()()()()()()()

 

 彼は杏子に与えられたオーズの力──それだけでなく、この世界にかつていたとされる戦士達の存在を語った。

 十中八九、真相を知る()()の人物だ。

 

 それ以外にも聞きたい事があった気がしたが──まあ、思い出せないのだから()()()()()()()()()()()

 

すると、突然首筋にひんやりとした感触を感じるほむら。

何かが落ちてきたような感触に空を見上げると、少し薄暗くなった空の所々にうっすらとした白が漂っていた。

 

「これは──」

「──雪か?」

 

 

 

 

 

 

 帰路に着く彼女らを、遊星は遠く離れた別のビルから眺めていた。

 どこか気怠そうな様子の彼の手には、ベルトが握られている。知る人からは、ゼロノスベルト──そう呼ばれているベルトを。

 

「……これで種は撒けた」

 

 ベルトを消滅させ、大きく息を吸う。

 ──既に準備は整った。あとやるべき事は一つだけ。

 神妙な顔つきのまま、一言。

 決意を固めるため、それを口に出した。

 

 

「次に会った時、それが最後だ──輝夜」




しぶとかったギエンもようやく倒され、4話分使ったお話も終了。


原作時間軸はこのまま存続していきます。
まどかが魔法少女にならないと決意した世界で、二人はささやかな幸せと共に生きていくでしょう。きっと。

次回は裏で起こっていた輝夜たちの話、そして……?といった形です。




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