シャルティアとペロロンチーノ   作:灯理

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まず謝罪致します。
長らく期間を空けてしまい、すみませんでした。
エタるところだったんですが、久しぶりに見てみると新しく感想があり、
まだ続きを楽しみにしている人がいるのに何をやっているんだと思い、こうして再び投稿することができました。
感想を下さった方、未だに楽しみにしていてくれた方、沢山の読者の方、ありがとうございました。
今さらながらですが、どうかお楽しみください。


恋する乙女

 

 

 

 

 

 

 

 

 無限に広がる地平と、深く立ち込める霧、そして時折現れるアンデット。そんな世界こそが此処、カッツェ平原である。

 よどんだ空気と死の気配が支配し、油断や慢心は命取りとなるはずのこの場所で、緊張感もなくとぼとぼと歩く者がいた。

 

 「はぁ、何もいないなぁ。ここへ来たのは外れだったかも」

 

 それは派手な全身鎧の男だった。その鎧は黒を基調とし、青の紋様で鮮やかに彩られ、鋭さと力強さを感じさせるものだ。

 

 「それにしても、翼を無理やりしまってるはずなのに違和感がない……。これも魔法の効果なのか?」

 

 その男――ペロロンチーノは、妙に体になじむ鎧の感覚を不思議に思いながらも、先ほど知った〝この世界〟の法則を思い出す。

 

 「しかし信じられないよなぁ。この世界がユグドラシルと同じで魔法が存在する世界だなんて」

 

 ツアーと名乗る男が語る内容は、ペロロンチーノにとって簡単に信じられるような話ではなかった。

 

 「でも、シャルティアは確かにあそこにいた。それで俺を攻撃したんだ。真偽は分からないけど、今はツアーの言ってたことを信じるしかないのか……」

 

 悩ましげに呟きながら、ペロロンチーノは思い出す。ツアーが語ったある推測――モモンガが自分に敵対している可能性について。

 

 

 ――

 

 

 

「そのモモンガというぷれいやーは、スレイン法国と共に行動しているのかもしれないね」

 

 ツアーがそんなことを言い出したのは、彼に知ってることはないかと、シャルティアやモモンガについて説明した後だった。

 

「そんな馬鹿なっ!モモンガさんがどっかの国の言いなりになるなんて、ありえるはずないぞ!」

 

「……いや、おそらくその逆。モモンガがスレイン法国を利用している可能性が高いね。あそこはぷれいやーを神のように崇めている国だ。モモンガの言葉の通りに動いていてもおかしくない」

 

「じゃ、じゃあシャルティアが俺を攻撃した理由はなんなんだよ!シャルティアがあいつらに利用されてるとしか考えられないじゃないか!」  

 

「でも、それこそがモモンガの命令だったのかもしれないよ? ぷれいやーは肉体に精神が引っ張られていくようだし、モモンガが他のぷれいやーを邪魔だと思い、抹殺の命を下したとしても違和感はないさ」

 

 モモンガが自分を恨み、殺害を試みた可能性。

 それは、シャルティアが自分に明確に殺そうとしてきたときから心の奥底にあったことだ。

 しかし、ペロロンチーノは、かつての親友のそんな行動を、決して認めることなどできなかった。

 

「な……。モモンガさんが俺を殺そうとしたって? そんな話、信じられるわけないだろっ!」

 

「別に信じなくてもいいさ。でも、それがそれがどんな理由であっても、君が命を狙われたことには変わりがない。僕がスレイン法国の動向について調べてみるから、その間、君は僕の下で隠れていた方がいいと思うよ」

 

 その提案はペロロンチーノの心を揺らした。

 しかし、逡巡の中、生前の後悔が呼び起される。

 

 (モモンガさんから隠れる? 確かに命を狙われてるならそうしないとダメかもしれない。――でも、また逃げるのか? ずっと会いたいと思っていたのに、言い訳をして、また身を隠すのか……?)

 

「――いや、ダメだ。俺はモモンガさんを探しに行く。確かに危険かもしれない。でも、もしモモンガさんが俺を恨んでるんだとしても、もとは俺が悪いんだ。その結果殺されることになったとしても、後悔は……ないはずだ」

 

 そして、ペロロンチーノは決めた。

 自分の命を懸けてでも、モモンガを探し出すことを。

 しかし、だからといって命を狙われているのにむやみに目立つことが正しい行動とも思えない。

 

「この世界にも冒険者がいるんだよな? だったら、俺も冒険者になってまずは色々な情報を集めることにするよ」

 

 だからこそ、ペロロンチーノは冒険者の姿に扮してアインズ・ウール・ゴウンの情報を集めることにしたのだ。

 しかし、それは同時に、モモンガに正体を隠しながら行動することを自分で肯定してしまうことでもあり――、

 

 ――

「……いや、ウジウジ悩んでても仕方ないか。せっかくここまで来たんだ。力の使い方を練習するぞ!」

 

 思わず思考の深みに嵌りかけていたペロロンチーノは、ふと不安が薄れ、前向きな考えが湧いてくるのを感じた。これがツアーが言っていた、精神が肉体に引っ張られるということなのだろうか。

 

 ひとまず、今は敵を探すことに集中する。この体に慣れるためにもまずは練習が必要だ。

 

「ん? あそこに見えるのは、人と……、アンデットか?」

 

 この身体は信じられないくらい目がよく効き、数十キロ程度先なら、霧などの影響も受けず明瞭に見ることができる。

 そんな視界が捉えたのは、十キロほど先にいた四人の武装した人間達と、彼らを囲む三倍ほどの数の骸骨。

 

 どうやらアンデットの集団に冒険者たちが襲われているようだ。アンデットは下位の雑魚モンスターしかおらず、スケルトン系とエルダーリッチというなんともしょぼいラインナップ。

 

 そいつらに襲われる冒険者は一体どれだけ弱いんだという話だが、ツアーの話を信じるならこの世界ではそれのくらいの強さが普通らしい。

 

「何やら女の子もいることだし、ここはカッコよく登場してみようかね!」

 

 スキル〈武器収納〉により、空間から短身の剣を二本取り出す。さらに〈疾風迅雷〉によりスピードを増強、〈感応反射〉で命中精度と反射速度を上げておくのも忘れない。

 念のため正体を隠せというツアーの言葉に従うわけではないが、弓兵という真の姿を秘めた戦士というのも悪くないだろう。

 接近された時のために最低限の剣術スキルを取っているため、全く扱えないということもないはずだ。

 

 剣の感触がゲームの時とは段違いに体に馴染む。身体の中から溢れんばかりのエネルギーを感じる。嗚呼、これを解放したら、さぞ気持ちいいことだろう。

 

 今までオフィスでひたすらPCを操作しながらいつもしていた妄想――もし自分がファンタジー世界に行ったら……。それを体感させてくれたユグドラシルの世界。

 しかし、今自分がいるのは、そんなゲームの世界ですらない。此処は本当のファンタジー世界なのだ。しかも、自分はその世界の中で圧倒的な力を持っているときた。

 

 シャルティアのこともあり、決して楽観視できる状況ではないのは分かっている。むしろ、現実世界よりも遥かに危険な状況にあるといってもいいだろう。

 

 でも、たとえそうだとしても、剣を握り、襲われた少女を助けにいくというシチュエーションを前にした、この瞬間だけは――。

 

 どうしようもないくらいに、心躍った。

 

「さて、この世界に来て初めての……戦闘だ!」

 

 そして、二振りの剣を構えて獲物を見据えると、両足に込めた力を解き放ち、――疾走した。

 

 

 

 

 

 ――――

 

 

 私がこの道――ワーカーとして生きる道を選んでから、本当に色々な経験をした。

 そしてその経験は、私がこの道を選ぶ前、少しずつ気付き始めていた〝この世界のルール〟の正しさを証明してくれた。

 

 ――そう、この世界はどこまでも無慈悲で、私の敵だ。

 

 

 

「くそっ、エルダーリッチがいるんて聞いてないぜ!」

 

 ヘッケランが愚痴を溢しながら、〈ファイアーボール〉を間一髪で回避する。その火球はそのまま彼に切りかかろうとしていたスケルトンウォリアーに直撃し、火だるまを作った。

 

「アルシェ!後ろっ!」

 

 イミーナの言葉に慌てて振り向くと、別のスケルトンウォリアーが剣を振りかぶり、私へ迫っている。

 

「――っ!〈フレア〉!」

 

 即座に放った炎系魔法により、スケルトンウォリアーが炎に焼かれ倒れ伏す。しかし、その向こうから、さらに数多くのスケルトンウォリアーがこちらへ向かってきているのが見える。

 今私たちの周りには、それなりの強さを持った、決して弱くないスケルトンが何体もいるのだ。

 それに加えて、今はもう一体――

 

「みなさん、エルダーリッチから目を離してはいけませんよ!」

 

 ロバーデイクに言われ、再び〝奴〟を視界に捉える。漆黒のマントを羽織った禍々しい骸骨――エルダーリッチ。その杖の先には炎が渦を巻き、今にも此方に向かってファイアーボールが放たれようとしていた。

 

「……アルシェ! 危ないぞっ!」

 

 此方に向けられた魔法にすぐに反応できない私に、ヘッケランが声を荒げる。しかし、彼も他のスケルトンの対処で精一杯で、それ以上に何かできるわけでもない。

 

 そして、数秒もせず、放たれた火球が真っ直ぐに私の方へ飛んでくる。

 

 身体に感じる熱が、目の前に迫りくる火球の熱量を伝えてくる。直撃すれば全身が焼け爛れて、ロバーテイクの治癒なしでは戦闘も続行できなくなるだろう。そんなロバーテイクも、今まさに迫り来るアンデットへの対処で精一杯で、私の治癒に回る余裕なんてない。まさしく絶体絶命の状況だ。

 

 でも、私は知っている、こんなピンチの時こそ、自分の力だけでなんとかしなければならないんだと。

 

 ゆっくりとした視界の中で、走馬灯のように色んなイメージが脳内を駆け巡る。そんな中でもはっきり思い浮かぶのは、家で帰りを待つ二人の妹の姿。彼女たちを養うために、自分はここにいるのだ。

 

 かつて、まだ私が世間を知らない無知な少女だったころには、ピンチになったら助けに来てくれるヒーローを夢想し、憧れていた頃もある。私を敵から守ってくれる素敵なヒーロー、強くて、格好良くて、ちょっぴり不器用だけど、誰よりも勇気がある、そんな人。

 

 だけど、私は知っている、そんなヒーローはこの世界のどこにもいないんだってことを。

 

 ――あの日、新しい皇帝によって私の父が貴族じゃなくなってから、私の思い描いていた理想は、どうしようもなく崩れ去っていった。

 

 その日以来、日に日に減っていく財産と、その事実から目を背けて散財を重ねる父親によって、私は今までの生活を捨てざるを得なくなる。

 才能を見込まれ、〝逸脱者〟と呼ばれる師を得て全力で取り組んでいた魔法の研究も、学校に行く余裕がなくなった為に断念した。

 なんとかお金を工面するために、その才能を生かして冒険者を夢見たこともある。

 でも、秩序が整っている代わりにお金の入りが悪い冒険者では、増えに増えた借金をどうにもできないんだと知った。

 そして私はワーカーになり、死の危険と隣り合わせの世界で、生きるために戦っている。

 

 そして、そんな〝現実〟に対して私の前にヒーローがやってきたことなんて、一度もない。

 

 都合のいいヒーローなんて此処にはいない。

 つらい現実を変えることができるのは自分だけ。

 

 それがこの世界のルールだと気付いたからこそ、私はワーカーとして、自分の力で、この無慈悲な世界を生きていくことを決めたのだ。

 

 そう、だからこそ、今だってこんなピンチくらい自分の力でなんとかしてみせる!

 

 「〈魔法の弓〉!」

 

 放たれた光の弓が迫りくる火球に衝突し、その衝撃で火球は私に届く前に炎を辺りに四散させ、暴発する。

 

 全身を火の粉が焼くが、それでも直撃は免れた。

 ――これでまだ戦える。

 しかし、そう思ったと同時に、視界の端に伸びた影を捉えた。

 

 振り向けば、それは、先ほど倒れたはずのスケルトンウォリアー。既に高く振り上げられた剣は、間もなく私に直撃する。それは数瞬後のことで、もう回避は間に合わない――。

 

 (参ったなぁ。即死はないにしても、このままだと足手まといになっちゃうか……)

 

 ゆっくりと引き伸ばされた時間で思うのは、これからのこと。

 もし私が攻撃を受ければ、今までなんとか保っていた均衡は崩れる。すると、仲間たちがここから逃げ出すのがますます困難になるだろう。自分を捨てて逃げでもしない限り……。

 

 (ごめんね、クーデリカ、ウレイリカ、私、もう帰れないかもしれない)

 

 ワーカーを選んだ自分が死ぬのは仕方ない。でも、なんとかして妹たちを助けてやりたかった。仲間たちに頼るわけにはいかない。彼らには彼らの生活があるのだ。結局、妹たちを守れなかったのは、自分の力不足のせい。

 

 (弱いお姉ちゃんで、ごめんね……)

 

 思わず閉じた瞼から、一縷の涙が頬を伝い、そして、剣が振り下ろされる。

 

 そして、私の体は裂かれ、焼けるような激痛が走る。

 

 ――はずだった。

 

「――え?」

 

 代わりに感じたのは、全身を震わせる、何かが目の前を過ぎ去ったかのような轟音と風圧。

 そして、困惑とともに目を開けた私が見たのは、今までスケルトンウォリアーがいた場所に無残に散らばった、粉々になった骨の欠片だった。

 

「一体何が……?」

 

 目の前の状況が全く理解できなかった。いったい何があればこんなこと。

 

 ――それが何キロも離れた先から投擲された短剣によるものだと、アルシェには気付けるはずもない。

 

 私は理解不能な出来事に、杖を構えることもできずに呆然と辺りを見渡す。辺りには未だにアンデット達と争っている仲間たち。なにも変わった様子はない。むしろ、それぞれが手強いスケルトンウォリアー達に押され始め、より状況は危機的なものとなっている。

 

 そして、何が起きたか理解できないながらも、危険な状況を何とかしようと、私が迫りくるスケルトンに注意を向けたそのとき、

 

 

 ――〝疾風〟は、現れた。

 

 

 それは先ほどの轟音がないに等しいと感じられるほど、凄まじいまでの爆音。

 

 同時に巻き起こる、立っていられないほどの強烈な暴風。

 

 何が起こっているかなど分かるわけがない。ただただ、風圧に吹き飛ばされて横転した自分の身体を、それ以上飛ばされないように全身に力を入れて支える。

 

 目も開けていられないほどの嵐の中で微かにとらえることができたのは、何体ものスケルトンの間を駆ける、一陣の青い疾風。それ以上見ようとするも、あまりの風と砂埃に、私は思わず目を閉じる。

 

 ――それは常人には捉えられないほどのスピードでアンデット達を斬り伏せる、ペロロンチーノの姿。

 

 やがて嵐が止み、私は再び目を開ける。

 

 砂塵が少しずつ晴れていき、視界が開ける。

 あまりの突風で、濃霧が渦を巻き、台風の目のように中心部に光が差していた。

 

 そして、先ほどまでに辺りを彷徨っていたはずのアンデット達は全てが粉々の破片となって地に還っている。

 

 嵐の後の静けさ。静謐な空気に満ちたその空間に、光を一身に浴びて唯一立っている存在がいた。

 

 それは青い荘厳な全身鎧に身を包んだ人物。その圧倒的な佇まいは目を奪われるほどに美しく――

 

「もう大丈夫だよ、お嬢ちゃん」

 

 優しげな口調で私に手を差し伸べるその姿は、まるで私がかつて思い描いていた理想のヒーローのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うわっ、可愛っ」

 

「ふぇ……!?」

 

 ――そして、陣風で涙目になった彼女を見て放たれた一言に、アルシェは年頃の乙女のように、真っ赤に頬を染めることになる。

 

 

 

 

 ――――

 

 少しばかり調子に乗りすぎていたかもしれない。

 意気込んでアンデットを殲滅しながら登場してみれば、砂埃は巻き上がるわ、助けるはずの冒険者たちは風圧で倒れるわ。

 

 しかも、目の前の女の子は怯えた顔でこっちを見上げてるわ……。味方だと安心してもらうにはやりすぎてしまった感が否めない。

 

 せっかくの初陣がやりすぎで失敗だなんて、目も当てられない。きっとモモンガさんならもっと上手くやるんだろうな……。などと考えながらも目の前の少女に目をやる。

 

 (まだ子供じゃないか……。それなのにこんなに傷ついて……)

 

 それは金髪の年端もいかない少女だった。リアルだと高校生くらいになるだろうか? もしかしたら中学生くらいかもしれない。どちらにしても、まだまだ育ち盛りで我が儘を言いたい年頃であろうことには変わらない。

 

 そんな小さな女の子が、こうして死の危険と隣り合わせの戦場で、命を懸けて戦っている。それはペロロンチーノにリアルでのことを思い出させた。

 

 元いた場所では、環境汚染による自給率の低下によって数多くの孤児が路頭に迷っていた。罪のないな子どもたちを、自分たちの勝手な都合で見捨てる大人たちのせいだ。

 自分を生んだ親たちに見捨てられ、愛を知らないままつらい思いをしている子供たちのことを思うと、胸が張り裂けそうになる。

 

 一方で、どれだけ子供たちが苦しんでいようと、リアルでの彼は自分が生きていくのが精一杯で、とても子供たちに手を差し伸べることなどできなかった。

 

 それが何よりも、子供を愛するペロロンチーノには耐え難いことだった。

 

 しかし、今は違う――

 

 (今までよく頑張ってきたね……)

 

 リアルの子供たちと目の前の少女を重ねたペロロンチーノは、ずっと言いたくても言えなかった言葉を紡ぐ。

 

「もう大丈夫だよ、お嬢ちゃん」

 

 そして差し出した右手を少女が掴んだとき、ペロロンチーノは自分がこの世界に来た意味が分かったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、涙目でこちらを見上げる十代半ばの少女を見て、ペロロンチーノは思わず口が滑ってしまう。

 

「……うわっ、可愛っ」

 

「ふぇ……!?」

 

 

 ――最も、失言を察して気まずげに目をそらしてしまい、少女が耳まで真っ赤になったことには気付けなかったわけだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――

 

 

 そこは、選ばれし者のみが足を踏み入れることを許される聖域。神々の残した神器を祀る、絶対不可侵の祭壇。

 

 そして、そこに留まることを定められた、神の血族の少女が一人、つまらなそうに玩具を弄っていた。

 

 まだ十代前半に見えるほど幼い外見だが、その容姿は少女が超常の存在であるということを証明していた。

 左右で色の違う長髪――光を宿す白銀と、深淵を体現したかのような漆黒。そして同じように左右で色の異なる瞳、加えて髪で隠されている耳は、人間にしては不自然なほど尖っているのが見え隠れする。

 その尖った耳と左右異なる色の瞳を知る人が見たならば、少女がエルフの血を――その中でも、選ばれし王族の血を――受け継ぐ存在だということが分かるだろう。

 

 神々の残した玩具――ルビクキューと呼ばれている――を弄りながら、少女は自分の耳に触れる。いつもは意識しないようにしているのだが、あまりに退屈すぎて、思い出したくもない嫌な思い出まで頭をよぎってしまう。

 

 超常な血を受け継ぐにもかかわらず、彼女自身はそんな自分の特徴が大嫌いだった。何故ならそれこそが、あの妬ましい父と自分とのつながりを示すものだからだ。

 

 少女は思い出す、かつて自分がまだ母親と無邪気に笑い合っていた頃のことを。

 

 あの頃、世界は平和で楽しいものだった。自分が特別な存在だと意識することもなかったし、退屈だと思うこともなかった。同世代の友達はいなかったけど、大人たちは私に色んな遊びを教えてくれたし、何より母親がずっと傍にいてくれた。

 

 しかし、ある日彼女は気付いてしまった。愛する母親が、自分の尖った耳と、異なる色をした瞳を見て、――怯えているのを。

 

 (母親は確かに自分を大切にしてくれている、でも、私の中にある〝何か〟を見て、それを怖がってもいる)

 

 よく観察してみれば、彼女に構ってくれる他の大人たちも、彼女の動向一つ一つに対し、注意深く警戒しているようだった。

 優しいと思っていた笑顔も、よく見れば打算と怖れに歪んでいた。

 

 そして、やがて母親が死んだ。後に聞かされたことだが、どうやら父親との諍いによる後遺症で、彼女を生んでからそう長くは生きられない身体になっていたらしい。

 父親と母親の間にあったことも聞いた。父親に無理やり攫われ、自分を産まされたこと。この耳と瞳は父親の血が受け継がれている証拠だということ。

 

 母親のことは好きだったから、そんな母親を傷つけ、母親に自分をあんな目で見させた父親を恨んだ。そんな父親の血が自分に混じっているということも、吐き気がする思いだった。

 

  

 でも、少女は同時に感じていた。

 自分より力を持つものに支配されたのに、それでも無為に抵抗を続けた母親は、なんて愚かなんだと。

 

 この世界は力こそ全て。愛などというものは、所詮弱いものが説く欺瞞にしか過ぎない。弱いものが強いものに支配される、これを超える真理など存在しないのだ。

 

 自分を超えるものが現れて、自分を支配してくれる。そのなんて幸せなことなんだろうか! そこに愛などは必要ない。そこには、ただただ力関係のみが存在する。

 

 

 それこそがこの世界のルールなのだ。

 

 自分より強いものが現れてこそ、人は幸せになれる。

 

 だからこそ、彼女は思う。

 

 (……はぁ、敗北を知りたい)

 

 

 

 ――やがて、長髪の少年が少女のいる祭壇に入ってくる。

 しかし、思考の海に沈んだ少女は、一瞥もせず力への理想に浸る。

 

 信仰も、政治も、人類も、何もかもどうにでもよくなるような、恋い焦がれるような、自分を興奮させてくれる〝力〟。そんな存在への憧れが彼女の頭を支配する。

 

「貴女へ報告があります、番外席次」

 

 しかし、彼女は同時に気付いていた。この世界には、そんな〝理想の相手〟などどこにもいるはずもないということを。どうせ外の世界には弱いものしかおらず、吐き気がするほどつまらない。だからこそ彼女は、今日も強きものが残したとされる玩具を弄り続けるのだ。

 

「貴女と同等か、もしくはそれ以上の力を持つであろう、〝ぷれいやー〟が、この世界に降臨なされました」

 

 ――だからこそ、その言葉は彼女にとって天啓だった。

 

「並びに、えぬぴーしーとされる方をケイ・セケ・コゥクでやむなく管理下に置いています。そこで貴女には、何処かに居られるぷれいやーを捜索すると共に――」

 

 既に男の言葉は耳には入らない。少女の頭にあるのは、何よりも純粋で、身を焦がす熱量。この退屈な日常をぶち壊してくれる、理想の相手の存在。

 

 少女は玩具を放り投げ、太陽のような笑みで少年に向けて身を乗り出す。抱きつくかのような勢いだ。

 

「ねぇ、その神様ってさ、オトコ、オンナ? それともスルシャーナ様みたいに性別のない存在だったり?」

 

「――っ!……はっ? 種族はバードマンで、性別は男性のようでしたが……?」

 

 少女の急接近に、少年の顔に僅かに赤みが指すが、夢中の少女はそんなことには気づかない。

 

「へぇ、オトコなんだ、で、私より強いかもしれないって? 貴方が言うんだからきっと間違いないよね」

 

 少女は恍惚の表情で下腹部をさすりながら、まだ見ぬ〝彼〟への妄想を膨らませる。彼は、私を打ち負かしてくれるのだろうか? それとも流石に私よりは弱いのかな? でも、とにかく私が全力を出せる相手であってほしい。そうすることで、私は自分自身の存在を証明できるのだから。

 

「はい、えぬぴーしーからの情報ですので、信憑性は高いでしょうね。貴女に匹敵するほどのえぬぴーしーに、絶対に敵わないと言わしめる存在です」

 

「えっ! そのえぬぴーしーもそんなに強いんだっ! でも、そのぷれいやーのほうがもっと強いのか―。へー、そうなんだー。で、えぬぴーしーってオトコなの?」

 

 少女は無邪気に笑う。まるで最高に楽しそうなオモチャを前にした子供のように。 

 

「いえ、女性の方ですが……。……あのですね、番外席次、貴女でも及ばないかもしれない方なのですよ? だからこそ貴女の対応に、法国、いえ人類の未来が懸っているんです。どうか行動は慎重に――」

 

 自分に匹敵する力を持つというえぬぴーしーも気になるが、同性であるようだし、何より圧倒的な〝ぷれいやー〟にこそ惹かれてしまう。 

 

「はいはい。私に任せといて。とりあえずそのぷれいやーについて色々聞かせてよ!」

 

「……分かりました。では、説明しますからちゃんと聞いてくださいね……」

 

 男の話を聞きながら、少女はこれからのことについて思いを馳せる。確かに人類の存亡は大切だが、この感情の前ではそんな論理などさして重要ではないのだ。

 

 それは少女が生まれて初めて抱いた感情。

 自分には絶対に縁がないと思っていた。

 でも、今は違う。

 この全身が沸き立つような興奮が、この気持ちが真実なんだと教えてくれる。

 

「――あはっ!」

 

 

 そして、絶死絶命(恋する乙女)は動き出す。

 

 

 

「……はぁ。全く、貴女という人は……」

 

 荘厳な祭壇に、人類最強の男の情けないため息が反響した。

 

 

 

 

 

 

 

 




期間は随分と空きましたが、今話ではあまり進展はないです。
しかし可愛いヒロインも登場したことですし、嬉し恥ずかしイチャラブものへの期待も高まることでしょう。(大嘘)
何とか完結させますので、次回をお楽しみに。


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