ずっと、これが恋だと思っていた。
クラス、いや、学年中から学校中から一目置かれる存在への憧れ。彼はいつも優しくて、気配りが出来て、見目もいい。勉強も運動もできる、まさに完璧な人だった。
いつからだろう、私は彼の特別ではないと気付いたのだ。
いや、私は彼にとってはそれなりに重要な立ち位置にいたのかもしれない。今となってはそれもわからないことだが。
私に向けられる優しい瞳は、名前も知らない有象無象にも向けられていると知った。
私にかけられる優しい言葉は使い古され味の出てきた古着みたいなものだった。
それに気付いたのは、なんと愚かしいことに卒業式の日。
別れを惜しみ、彼の特別になりたいと、二人きりの教室で告白し、無残に散ったときだった。
「あ?合コン?」
「そっそー!優美子、美人なのにフリーなんてもったいないじゃーん?」
たまにと思い学食に行くとすぐこれだ。いつもは弁当を持っていくのだが……どれだけだるくても今度からは絶対に弁当を持っていこう、と決心した。
特にやりたいこともなく、なんとなく選んだ大学になんとなく進学した。高校時代の友人達はみな散り散りになり、しばらく連絡もとっていない。たまに結衣や海老名とご飯に行ったりはするけど、所詮はそのくらいだ。
高校の時はスクールカーストとやらに縛られていたが、大学ともなるとそんなことを考えるのが幼稚なように思えてくる。高校のときからは考えられないくらい友人の数は減った。これが大人になるってことなのかと、そう思えばこのつまらない日常もちょっとは輝いて見えるのかと期待したこともあった。特に変化はなかったが。
ともかくも、数少ない『友人』の頼みである。人間関係は希薄となったが、無下にするわけにも行かない。
「……わかった」
無遠慮な言葉をかけるこの派手な女を、早く追い払ってしまいたかった。まるでどこかのいつかの誰かを見ているようだから。
合コンはどうやら飲み屋で行われるらしい。久しぶりの繁華街にめまいのような感覚を覚える。
「どもー、〇〇大学の3年、……です!」
「同じく、三浦優美子です」
同級生の見覚えのある、これまた派手な女ばかり集まっていた。
「みんな綺麗だねー、こりゃ楽しみだわ!あ、俺らは◯◯大学の……」
「あ、国立のー!頭いいんですねー」
別に覚える必要も無いな、なんて。一口酒を煽るが、どうも酔えない。
4対4の合コンだと聞いていたが、相手はひとり足りないようで。
「あと1人はー?」
きゃぴきゃぴした声で早速相手方の中で一番の爽やか系イケメンに擦り寄っていた。彼はまんざらでもないらしく、鼻の下を伸ばしている。
「遅れてくるよー、ふつーにかっこいいヤツだから、安心して」
楽しみー、と女達のテンションがにわかに上がった。
「ねーねー、優美子ちゃん」
馴れ馴れしく話しかけてきたと思えば、先程の爽やか系イケメンだった。明るい茶髪に、穏やかな空気。どれもこれも彼を彷彿とさせて、端的にいえばイ ラ イ ラ す る !
「……なに」
隠そうともせずに冷たく言い放つと、彼は多分そういう扱いになれていないのだろう。口角を一瞬ひくつかせながらも、彼はめげなかった。その精神力は評価しよう。
「えーと…そうだ、今度どっか遊び行かない?俺、優美子ちゃんみたいな子すげータイプなんだよね」
ちらりと横に並ぶ彼女達を見るが、他の男と会話を楽しんでいるようで、こちらに気づいた様子はない。
それを狙って話しかけてきているとすれば、なんともまあ見下げた男である。
「間に合ってるんで」
「彼氏いるの?」
「関係ないっしょ」
「いやいや、俺の今後のためにもさ」
なんで私がお前の今後のことを考えてやらなきゃいかんのだ。
(あしらうのもメンドイ)
帰る、と言いかけたその時だった。
「悪い、遅れた」
どこかで聞いたことのある声だった。それは高校時代、しかし何度も何度もというわけではない。この声の主は人前で喋るのを得意とするタイプではなかったように思う。けれど何故だか、こいつの言っていたことは不思議と鮮明に記憶に残っているのだ。猫背で、陰気で、ぼっちで、気持ち悪いけど、やる時はやるヤツ。
まさかヒキオと会うなんてね、と思っていたのだが。
黒の無地で纏められた服は細身の体によく似合っていた。背は高い。走ってきたのか少し汗ばんでいるのが、どことなく色気のある様子だ。首から上はひどく整った人形のような容貌である。冷たい雰囲気は、銀縁のメガネをかけているからというだけではなさそうだ。
「……なんだ、みんなして惚けた面して」
皮肉ったモノの言い方はまぁ間違いなく比企谷八幡なのだが。
けれど待って。目の前のこの青年は、あれ?なんだかいろいろ違うような。
(え、比企谷?ヒキオ?だよね?)
じぃーっと凝視していたら、彼もこちらに気付いたようで、
「な、み、みうりゃ!?」
焦って噛みまくり慌てふためく様子を見て確信した。
「……久し振りじゃん、ヒキオ」
どれだけ見た目が変わっても、この気持ち悪さは治らないのかとため息をついた。