第11話 新たな問題
数日前にルシフとグレンダンの女王が決闘した野戦グラウンド。
けたましいサイレンの音が木霊する中、ニーナは野戦グラウンドに立ち尽くしている。
今日は第十四小隊と対抗戦をする日。
そして、今それが終わった。第十四小隊の勝利という形で。
この対抗戦を実況していた生徒は興奮気味に、第十四小隊の作戦勝ちだと叫んでいる。
ニーナは第十四小隊の隊長が抑え、レイフォンの気は第十四小隊の前衛二人で引き、第十四小隊の他の面々は密かに第十七小隊のフラッグが破壊できる位置に移動。
そして、第十四小隊の狙撃手が見事にフラッグを撃ち抜いた。
確かに第十四小隊の思惑通りに進んだ試合だったのだろう。
だが、敗北の原因はそれだけではない。レイフォンが対抗戦にあまり集中していなかったのも、原因の一つ。レイフォンはグレンダンの女王に会って以来、再び何か悩んでいるようだった。
レイフォンが少しでも本気を出せば、たった二人でレイフォンを足止めなどできない。
ならば、第十七小隊の敗北は戦闘に集中していなかったレイフォンのせいなのかといわれたら、別にそういうわけでもない。
第十七小隊は噛み合っていなかった。
それはすなわち、隊長である自分の統率能力の無さに起因する。
つまり、一番の敗因は自分だろう。
ニーナは野戦グラウンドを見る。
第十四小隊との対抗戦の日までに、武芸科の生徒たちが協力して野戦グラウンドを元に──とまではいかないが、それに近い状態に修復した。
この場所にいると、嫌でも思い出す。
ルシフとグレンダンの女王の凄まじい決闘を。
圧倒的な実力差があっても諦めず、最後の最後まで牙をむき続けたルシフの姿を。
あれがルシフの全力。わたしとは天と地ほど実力が離れているだろう。
それでも、ルシフは負けた。
中盤までは良い勝負といっていい内容だったが、それ以降はグレンダンの女王の容赦ない蹂躙だった。
正直な話、グレンダンの女王が全力で闘っている感じはしなかった。
まるでいつもルシフがやっていたように、手加減しているようにさえ見えた。
──この世界には、一体どれだけ強い武芸者がいるのだろう。
ニーナが出会った中で最強かもしれない存在が、一矢報いることもできずに叩きのめされた。
誤解ないようにいえば、ルシフやレイフォンクラスの武芸者など指で数える程度しかおらず、グレンダンの女王に限っては並ぶ者がいない最強の存在。
たまたまニーナの周囲にそれだけの実力者が集まっただけ。
しかし、ニーナにそれが分かる筈がない。
ニーナは、他都市にはあのレベルの武芸者がごろごろいるのでは──と錯覚した。
少なくとも武芸の本場といわれるグレンダンや、グレンダンに次ぐとまでいわれるほど武芸が盛んなイアハイムでは、ルシフやレイフォンの強さが珍しくないんじゃないかと思った。
それに比べたら、第十四小隊など無力に等しいほど弱いだろう。
しかし──負けた。それも
第十四小隊にすら呆気なく負けているようでは、自分の力でツェルニを護るなど──。
ニーナは下唇を噛んだ。
◆ ◆ ◆
「それは、羨ましい話だねぇ」
レイフォンが、今日の昼食をメイシェンにご馳走してもらったのをハーレイに話すと、ハーレイはそう言った。
今は第十四小隊との対抗戦から二日経った放課後、レイフォンはハーレイに呼ばれて練武館にきていた。
レイフォンの手には、計器のコードで繋がれている
「ほんとにありがたいです」
レイフォンもハーレイに同意して頷く。
レイフォンは機関掃除のバイトを深夜から早朝にかけてしているため、昼食を作る暇がない。
いや、暇はあるかもしれないが、なるべくぎりぎりまで寝ていたいと思っているため、レイフォンはいつも購買で昼食を済ませていた。
だから、レイフォンはメイシェンがそういう自分を気遣って弁当を作ってくれたことに、純粋に感謝していた。
「そういう意味じゃないんだけどね……はぁ、キミといいルシフといいシャーニッド先輩といい、第十七小隊の男はみんなモテてるのに、なんで僕は……」
「いや、モテてるとかそういうんじゃないですよ。メイシェンは料理を作るのが趣味らしいんで、そのお裾分けをしてもらえてるだけです。
──というか、ルシフってモテてるんですか? ついこの前も武芸科の先輩に怪我させられそうになったって聞いたし、イメージ悪いように見えるんですけど」
「……ほんとにルシフは、クラスでモテてないかい?」
「え? だってルシフからみんな少し席を離してるし、みんなルシフを怖がって……」
いや、そういえばクラスの何人かの女子は、ルシフのことチラチラ見てたような……。
しかしそれが好意なのか、それとも怖いからこそ気になるのか、どちらの意味かまではレイフォンに判断できなかった。
「ふーん、そうなんだ。
話を戻すけど、まぁたしかにルシフの印象は悪いだろうね──武芸科の人たちには」
ハーレイの言葉に、レイフォンは首を傾げた。
武芸科の人たちには……それはつまり──。
「武芸科でない人たちはルシフを悪く思っていないってことですか?」
ハーレイは苦笑した。
「いや、多分大抵の人は怖がってるよ。
でも──僕らみたいな剄を持たない人間にとっては、ルシフもそれ以外の武芸科の生徒も似たようなものなんだよ。力では絶対に敵わないからね」
「それは……」
確かにハーレイの言う通りだろう。
一般人は武芸者に逆立ちしても勝てない。
「それに基本武芸者って高慢っていうか、偉そうじゃない? だから、ルシフの態度もそんなに気にならないんだよね。
一つ聞きたいんだけど、ルシフって昼休みとかって教室にいる?」
「いえ、いつもどっかで外食しているみたいですけど」
いつもルシフは、昼休み直前の授業が終わるとさっさと教室を出ていく。
弁当を作っているところは見たことないから、外食になるのは当たり前の話だが。
「やっぱりかぁ」
それを聞いて、ハーレイは合点がいったように頷く。
「僕のクラスの女子でね、昼休みにしつこく武芸科の男子に絡まれてうんざりしてたところを、通りがかったルシフがあっという間に追い払っちゃって、自分の心配してくれたって嬉しそうに話してるのを聞いたことがあるんだよ。
ルシフって性格だけがマイナス要素だから、性格を受け入れられる人には当然ポイント高いんだよねえ」
レイフォンはルシフを思い浮かべる。
確かにルシフの容姿は、男の目から見ても良い。それも美少年やイケメンばかりを集めた雑誌の表紙を飾っていてもおかしくないレベルの。
立ち振舞いも、高圧的だがどこか気品のようなものがある。
頭の良さは、教えにきた上級生が嫌がらせで超難題をルシフにふっかけても、楽々解くくらいの桁違いの頭の良さ。
そして、武芸の腕は天剣授受者だった僕より間違いなく上。少なくとも僕では陛下にあそこまで闘えない。
こうしてルシフの分析をしていると、むしろなんでモテないと思ってた自分! と言いたくなるほど、モテる要素を持っている。
しかし逆を言えば、ここまでモテる要素を持っていて、モテているという噂が無いのもすごい。
それだけ学園内のイメージが大事なのだろう。
ハーレイはゆっくりとため息をつく。
「学園内で嫌われているっていうのも、普通ならマイナスポイントなんだけどねえ……一部の女子にはそれすら好きになる魅力みたいだから、女心は分からないものだよ。
『学園のみんなはあなたを嫌っているけど、わたしだけはあなたの味方だから! あなたのこと想ってるから!』って感じ」
ハーレイがげんなりしたような顔になる。
悪い男に女は惹かれると聞いたことがあるが、きっとこういう心理だろう。
要するに、自分だけはあなたを理解していると優越感に浸り、自分はいい女だと自己陶酔する。
成る程……と、レイフォンは少し勉強になった気がした。
レイフォンは握っている青石錬金鋼を見る。
「ところで……なんの意味があるんです、これ?」
レイフォンはさっきから、青石錬金鋼の剣に剄を注いでいる。その影響か、青石錬金鋼の剣は淡い光を放っていた。
「ちょっと確かめたいことがあってさ……うわ、剄量と剄の収束が凄いなぁ。
それにしても残念だったね。せっかく錬金鋼の設定をいじって、剣だけじゃなくて鋼糸にもなるようにしたのに出番なくて」
レイフォンはツェルニが汚染獣に襲われた時にハーレイの元にいき、錬金鋼に込める剄量で復元される武器が変わる設定を追加してもらっていた。
レイフォンは新たに追加した武器──鋼糸で幼生体を潰しながら母体を斬る予定だったのだが──。
「いえ……みんなを結果的に護れたなら、それでいいです」
ルシフが全ての幼生体の自由を奪った。
別に自分以外の人間が汚染獣を殺すのに、抵抗はない。
自分は別に、汚染獣からツェルニを守ったヒーローとみんなから呼ばれたかったわけじゃない。
誰の手であろうと、守れたならそれでいい。
しかし──守った相手が本当にツェルニを守ろうとして戦っていたか?
ただ汚染獣をなぶり殺す快楽だけで戦っていただけで、結果としてみんなを守れただけで、その根底にある戦った理由は僕と同じだったのか?
レイフォンにとってのルシフの印象で一番近い人物は、天剣授受者であるサヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスだった。
己の戦闘欲をただ満たすために戦う戦闘狂。
だから、信用できない。あてにできない。
ルシフはいないものと考え、あくまで自分一人がツェルニを守れる力とする。
「まあ、それもそうだね。あ、もういいよ」
レイフォンは錬金鋼に剄を注ぐのをやめる。放出した剄の余熱が、レイフォンの身体から汗を出させた。
レイフォンは立ち上がり、剣を上段に構えて振り下ろす。
剄を注いだ影響で、身体を動かしたくなったのだ。
レイフォンは無心に何度も何度も同じ動作を繰り返す。
しばらくそうして満足したら、レイフォンは剣を振るのを止めた。
レイフォンの後方から拍手が聞こえた。
レイフォンが振り返ると、いつの間にか来ていたシャーニッドがいた。
「たいしたもんだ、切られたのも気付かないまま死にそうだな」
「さすがにそれは──」
「本当に凄かったよ!」
言い過ぎと言おうとしたが、ハーレイの興奮した声で遮られた。
シャーニッドはハーレイの方を見る。
「ハーレイ、頼んでたやつはできてるか?」
「ええ、できてますよ」
ハーレイは傍に置いていたケースから、二本の錬金鋼を取り出した。
シャーニッドはハーレイからそれを受け取る。
「サンキュー」
「銃ですか? でも、銃ならもう──」
「確かに持ってる……遠距離用の銃をな。
こいつらは近距離で使う銃だ。
遠距離だけじゃなくて、近距離でも闘えたら戦術の幅が広がるだろ?」
シャーニッドは二本の錬金鋼を復元させる。
シャーニッドが普段使っている
シャーニッドは復元した二丁の銃をまじまじと見ると、銃の出来に満足したらしく、それらを元に戻し剣帯に吊るした。
「……遅くなりました」
フェリが小さく挨拶をしながら、部屋にやってきた。
「よっ、フェリちゃん。今日もかわいいね」
「それはどうも……」
シャーニッドの軽口を、フェリは軽く流す。
フェリの目がシャーニッドの剣帯に吊るされている見慣れない二本の錬金鋼を捉えたが、すぐに視線は外された。
「あと来てないのはニーナか。ルシフはまだだよね?」
ハーレイがレイフォンに視線をやる。
「はい」
「レイフォン、ルシフの奴はまだ寝てんのかよ。もう一週間くらい寝っぱなしだぜ」
「多分そろそろ起きると思いますけど」
「そうか……ていうか、ニーナが最後とか珍しいな」
第十七小隊の強化を誰よりも考え、いつも一番に訓練場所にやってくるはずのニーナがいない。
その事実は、レイフォンに少し違和感を感じさせた。
それから、しばらく時間が過ぎた。
「もう帰ってもいいですか?」
第十七小隊の中で一番やる気のないフェリが、この何もしない時間に嫌気がさし、口を開く。
「もう少しだけ、待ってみようよ」
ハーレイは苦笑して、フェリをなだめる。
その時、部屋の扉が開けられる音がした。
「すまん、待たせたな」
ニーナが部屋の中に入ってきた。
「遅いぜニーナ、一体何してたんだ?」
「調べ物とルシフの見舞いをしていたら、いつの間にかこんな時間になってしまった」
ニーナは第十七小隊の隊長だ。
隊員であるルシフを気にかけるのは、隊長として当然かもしれない。
ニーナは周囲を見渡して全員揃っているのを確かめると、口を開く。
「今日はもう遅い。だから、今日の訓練は中止にする」
その場にいた全員が、ニーナの言葉に絶句した。
フェリですら驚きのあまり、目を大きく見開いている。
誰よりも第十七小隊が強くなるのを考えているニーナらしくない言葉だ。
「そりゃまた、どうして?」
「こんな時間から訓練を始めても、中途半端になるだけだからな。
誤解ないように言っておくが、全体訓練を中止にするだけだ。個人で訓練したかったら、別に構わない。
では、解散」
それだけ言うとニーナはくるりと回れ右をして、さっさと訓練部屋から出ていった。
──やっぱり。
その一連の動きの中にも、レイフォンは違和感を感じた。
上手く説明できないが、いつも真っ直ぐに突き進むニーナの中に、どこか迷いのようなものを感じるのだ。
きっと第十四小隊に負けたことが、ニーナに何かを考えさせたのだろう。
昨夜のことだが、レイフォンはニーナと二人一組で機関掃除のバイトをしていた。
そのバイト中、深夜から明け方までの数時間、ニーナは一言も話さずただ黙々と仕事をしていた。
明らかに不機嫌だった。何度もこの場から逃げ出したいと思うほど、空気が重苦しかった。
結局レイフォンはなんで不機嫌なのか聞けないまま、昨夜のバイトを終えた。
──どうすれば、先輩の力になれるのかな。
レイフォンは去っていくニーナの背中を、ただ見つめることしかできなかった。
◆ ◆ ◆
その日の夜──レイフォンはフェリの住んでいる寮に招かれた。
別にムフフなことをするために来たわけではない。
フェリは生徒会長のカリアンと同じ部屋に住んでいる。
兄妹という関係を考えれば、おかしい話ではない。
そのカリアンがレイフォンに話があるらしく、話をする場所を誰にも聞かれる心配がない、カリアンたちの部屋になったというだけだ。
練武館からフェリと一緒にここまで来たが、途中で夕飯の買い物もした。
フェリは今頃料理を作ろうとしているはずだ。
レイフォンはリビングにあるソファーに座りながら、何気なく周囲を見渡す。
広いリビングから繋がる部屋は二つあり、一つはおそらくフェリの私室。
となると、もう一つはカリアンの私室。
正直、レイフォンとルシフが住んでいる二人部屋とは次元の違う広さであり、豪華さだった。
きっとルシフがこの場にいたら、こういう部屋を俺にも住ませろというかもしれない。
さっきキッチンも見たが、そのキッチンの広さが大体自分たちの部屋の広さだった。
──これが格差か。
仏のように悟りきった目で、レイフォンはリビングをぼんやりと眺めていた。
することもないため、レイフォンはなんとなくフェリが料理しているであろうキッチンを覗きにいく。
レイフォンがキッチンの光景を視界に収めた瞬間、何が起こっているか分からなかった。
台所は女の戦場という言葉を聞いた記憶がある。
ならば、無惨に切られボールに入れられている野菜や芋は、その戦場が生んだ犠牲なのか。
今も自分に背を向けて、鬼気迫る雰囲気でただひたすらに
「……先輩」
レイフォンは悲哀に近い表情になる。
その表情は、正に戦場の戦士を案じる身内のような表情。
「いま……話しかけないでください」
フェリは背を向けたままだ。包丁を持っている手は震えている。
「先輩、一つアドバイスというか──その……皮を! 先に皮をむいた方がいいと思います!」
フェリは振り返り、目を大きく見開いた。
レイフォンはゆっくりと頷く。
人は……間違う生き物だ。
いつも、間違ってからそれに気付く。
「先輩……僕にお手伝いさせてもらえませんか?」
しかし、間違いを正せるのもまた──人間なのだ。
レイフォンはさっと腕捲りした。戦士の目になる。
──次は僕の番だ!
「うん……これは美味しい」
カリアンが満足そうに頷く。
レイフォンは住んでいた孤児院でよく料理を手伝っていたので、料理の心得があった。
「はぁ……ありがとうございます」
レイフォンはチラッとフェリを見る。
ものすごく不機嫌な顔で、黙々と食べている。
客人を呼んでおいて、客人に料理をやらせるのは、フェリにとって納得いかないことだったのだろう。
女としてのプライドもあったかもしれない。
「……なんですか?」
「……いえ」
「……美味しいですよ」
「……ありがとうございます」
そして、カリアンと他愛ない話をしながら、夕飯を終えた。
食べ終わった食器はフェリが片付け、リビングの方に移動したレイフォンとカリアンにお茶を運んできた。
「それで、話というのは?」
「君に見せたいものがあるんだよ」
カリアンはそう言いながら、書類入れから一枚の写真を取り出し、レイフォンに渡した。
レイフォンはその写真を見る。
「その写真は、試験的に飛ばした無人探査機が送ってきた映像を写真にしたものなんだが──」
汚染物質の影響か、写真の画質は最悪だった。
映っているもの全てがぼやけている。
「写真のこの部分は、ツェルニの進行方向五百キルメルほどのところにある山だ」
カリアンが写真の一部分を、指で円を描いて囲む。
「しかし私の目には、この部分に山以外のものが映っているように見えるんだが……どう思う?」
レイフォンはじっと写真に目を凝らす。
しばらくそうして、レイフォンは写真をテーブルに置いた。
邪魔をしないように近くにいたフェリが、写真を覗き込む。
「なんなんですか、これは?」
写真をしばらく見ても分からなかったフェリは、何なのか分かったような顔をしているレイフォンに尋ねる。
「汚染獣ですよ」
フェリは唖然としたが、すぐに冷静さを取り戻しカリアンを睨んだ。
「そうですか。初めから利用するつもりで、彼を呼んだのですね」
「今の状況で、彼以外に頼れる人物がいるかい?
ルシフ君がいれば話は違ったかもしれないが、ルシフ君は未だに目覚めていない。
目覚めたとしても、彼が全快するのは最低でも一月掛かると、医者は言っていた。
つまり、今回の戦力にルシフ君はカウントできないのだよ」
「あの人が戦力にならなくても、武芸科が──」
「いいですよ、フェリ先輩。
この写真を見る限り、この汚染獣は雄性体です。それも山の大きさと比較して、一期や二期じゃありません。
おそらく僕とルシフ以外じゃ、傷一つ付けられない。
だから、僕しかいないんです」
汚染獣に生まれついての雌雄の別はない。
まず幼生体が一度目の脱皮をして雄性体となり、汚染物質を吸収しながら、それ以外の餌──人間を求めて地上を飛び回る。
脱皮の数で一期、二期と数え、脱皮するほど汚染獣は強力になる。
少なくとも三回以上脱皮している汚染獣。
その強さは、未熟者の集まりである学園都市の武芸者では太刀打ちできない。
「あいにく、私は汚染獣の強さを感覚的に理解していないのだけれど、どれくらいの強さなんだい?」
「一期や二期なら、なんとかなるかもしれません。被害を恐れないのなら……ですけどね」
「ふむ……」
「それに、ほとんどの汚染獣は三期から五期の間に繁殖期を迎えます。
本当に怖いのは、繁殖を放棄した老性体です。これは、年を経るごとに強くなる」
「その老性体を、倒したことはあるのかい?」
「僕も含めた天剣授受者三人がかりで。あの時は死んでもおかしくなかったですね」
レイフォン以上の実力者が三人で戦って、死を感じさせる相手。
それが──老性体。
カリアンとフェリは、信じられない気持ちで息を呑んだ。
話が終わると、レイフォンは二人の部屋を後にした。
フェリが見送りのため、レイフォンの隣を歩いている。
「兄を恨んでいますか?」
静かに聞いてくるフェリに、レイフォンは苦笑した。
「前も聞かれましたね」
「だって、あなたは武芸をやめたいのでしょう? でも、兄はあなたに武芸を捨てさせない」
レイフォンは何気なく廊下の天井を見る。
「今でも、武芸はやめたいと思ってます。
でも、この都市には護りたいものがある。
友だちや隊長……それにもちろんフェリ先輩も。
それを護れるのが僕しかいないなら──僕は戦いますよ」
レイフォンは自分の実力が分からないほど愚かじゃない。
汚染獣の強さを知らないほど無知じゃない。
きっと今回の問題は、僕しか解決できないのだ。
なら──剣を取る。
フェリは少しだけ頬を朱に染めて、レイフォンの横顔を見た。
しかし、フェリの頬が朱に染まったのは一瞬で、すぐにいつものような無表情な表情になる。
「ばかがつくほどのお人好しですね」
「ひどっ!」
「ばかですよ」
フェリに繰り返し言われて、レイフォンは肩をすくめた。
レイフォンが主人公してる……(感動)