鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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第13話 2つの選択肢

 目覚めたルシフは現状を把握するため、ベッドに寝ながら思考を巡らしている。

 原作通りなら、ツェルニの進行方向に老性一期が脱皮前の状態で待ち受け、それを事前に察知したカリアンがレイフォンに討伐を頼み、レイフォンが倒しに行く流れになる。

 問題は今がどの時系列か分からないこと。老性一期を倒した後なのか、それとも倒す前なのか、はたまた戦っている最中なのか。

 マイが病室にいれば現状把握は容易だが、生憎病室にいない。

 念威爆雷、念威端子は仕掛けられているから、ちょっと席を外しているだけだろう。

 原作では時系列がはっきりしていないため、最も現状把握しやすい出来事といえばニーナの入院。

 ニーナがいつ入院したか知れば、それで現状把握ができる。

 マイが帰ってきたら、まずそれを訊こう。

 そう結論したルシフは、左腕に刺さっている点滴の管を乱暴に抜いた。抜いた管は近くの台に置く。

 次に右腕を固定しているギプスを左拳で叩き壊し、右足のギプスも同様に破壊した。

 身体に付けられた余計なものを全て外すと、ルシフはベッドから下り身体を軽く動かす。

 身体を動かすと、自分の身体がかなり鈍ってるのを実感した。

 何日寝たきりだったか分からないが、この感じだと一週間は寝たままだった筈だ。

 まずは普段の身体のキレを取り戻すのが先決だと感じたルシフは、身体の動きを止めてベッドの上に座る。

 そして、ゆっくりとストレッチ。

 スローモーションのような遅い動作で、普段の感覚を思い出させるように身体を曲げたり伸ばしたりを繰り返す。

 それをするルシフの表情は、不機嫌そのもの。

 明らかにイラついた表情をしながら、黙々とストレッチを続ける。

 

(まさかアルシェイラ・アルモニスがツェルニに現れるとは……。原作通りになるよう最善の注意を払って事に当たってきた結果があれか)

 

 ルシフは血が滲むほど下唇を噛みしめる。

 何もできずにアルシェイラに蹂躙されるという醜態を晒した自分に、ルシフは腹が立って仕方がない。

 

 ――いずれ全てを統べる王が蹂躙されるなど、笑い話にもならん。

 

 今すべきはこれまでやってきた己の所業を見直し、原作を狂わす事を他にやっていないか確認すること。

 もしかしたらアルシェイラの出現の他にも、原作を狂わしている部分があるかもしれない。それを見つけ、できるなら原作の流れになるよう修正したい。

 

「ルシフ様!」

 

 病室の扉が開かれ、マイが息を切らして入ってきた。その手には果物や飲み物が入った紙袋を持っている。

 念威でルシフが目覚めたのを知り、慌てて戻ってきたのだろう。

 

「マイか。ニーナ・アントークはどうしてる?」

 

「……え、一昨日の深夜から入院してるみたいですけど」

 

「そうか。レイフォン・アルセイフは?」

 

「昨日の夕方、ルシフ様のお見舞いに来て、それからツェルニの皆さんには内緒でツェルニの外に行ったようです。念威で見ました。

何故出て行ったかは、分かりかねますが」

 

 ということは、原作通り汚染獣を事前に察知し、レイフォンが討伐に行く流れは変わっていないようだ。

 そして、汚染獣を討伐しに向かったのが今から数時間前の深夜。

 確か汚染獣の場所までは丸一日掛かる予定だった筈だから、レイフォンはまだ汚染獣と戦闘していない。

 

(ここで問題になるのは、俺の選択か。

ニーナ・アントークたちと共にアルセイフの援護にいくか。それとも、想定外の出来事に備えてツェルニから出ないか)

 

 しかし冷静に考えれば、人は自分の行動で原作と違った行動をするかもしれないが、汚染獣にそんなものは関係ないだろう。

 レイフォンが戦う汚染獣も、原作と同じ老性一期に違いない。

 今の自分は病み上がりで、せいぜい八割程度の力が限界。剄で傷は治せても、体力までは取り戻せない。

 老生一期は、鈍った身体を叩き直すのに丁度良い相手。老性一期を倒した時には、以前の身体のキレを取り戻している筈だ。

 元来ルシフは、戦うのが好きである。

 老性一期という極上の獲物を前に、ただ待っているだけなどできない。

 それっぽい理由を並べて、ニーナ・アントークと共にレイフォンの援護に行く選択を選ぶと決めた。

 決めたら、即行動。

 ルシフはストレッチを止め、ベッドから下りる。

 

「マイ、俺はアントークのところに行ってくる」

 

「ええ、どうぞ、いってらっしゃいませ。

どうせ私はお邪魔でしょうから、ここに残っています。

念威で見てますから、ご安心を」

 

「何をイラついている?」

 

「別にイラついてなんていません」

 

 そう言いつつも、マイはふいっとそっぽをむいた。

 これ以上何か訊いても無駄だと感じたルシフは、何も言わずに病室から出ていった。

 マイはルシフが閉めた扉を、じっと睨んでいる。

 

「……どうしてずっとお傍で看病していた私より、あの女の方を先に気にするのですか」

 

 そう口にした後、マイは慌てて首を振った。

 

 ――ルシフ様のお傍にいられるだけでも幸運なのに、それ以上の関係を望むなんて……。それでもしルシフ様に嫌われたら――。

 

 マイは深呼吸を何度もして、自分を落ち着かせる。

 この想いはずっと隠しておかないといけないものだ。

 今まで好意があると多々アピールしているが、具体的にどうしたいか、どうしてほしいかを言ったことはない。

 それを口に出せば、今までの関係が壊れてしまう気がするからだ。

 故にマイは、ルシフがマイに何かを望まない限り、自分から何かを望まない。

 自分はルシフ・ディ・アシェナの目であり、ルシフ・ディ・アシェナの一部。

 それでいい。それで、私は満足。

 ルシフ様を独り占めにしたいなんて、考えてはいけない。

 マイは肌身離さず持っている錬金鋼(ダイト)を、両手でぎゅっと力いっぱい握りしめた。

 

 

 病室の外に出たルシフは、ニーナ・アントークの病室に行こうとして、その病室を知らないことに気付いた。

 看護している生徒に訊けばいいと考え、とりあえずルシフは廊下を歩く。

 そこでタイミング良く、シャーニッド・エリプソンとハーレイ・サットンに出会った。

 

「ルシフ!? ようやく起きたのか」

 

「丁度良いところに来た。アントークが入院したと聞いて、見舞いに行ってやろうと思ったのだが、病室が分からなくてな。

アントークの病室はどこだ?」

 

 シャーニッドは虚をつかれたような表情を浮かべた。

 何かを考えるように数秒黙りこんだが、答えが出たらしく、ひとつ頷く。

 

「……そうだな。お前もいた方が都合が良いか」

 

「何? なんの話?」

 

「お前は分からなくていいんだ。

ルシフ、今から俺らもニーナのとこに行くつもりだから、お前も付いてこい」

 

 シャーニッドは歩くのを再開し、ルシフはその後ろに続く。話が呑み込めないハーレイは困惑した表情になっている。

 シャーニッドはしばらく歩くと、ある病室の前で止まる。

 ルシフは病室の扉に書かれている名前で、この病室がニーナだと分かった。

 シャーニッドは扉を軽くノックする。

 

「どうぞ」

 

 病室の中から、声が聞こえた。紛れもなくニーナの声だ。

 シャーニッドが扉を開け、3人ともニーナの病室に入った。

 ニーナは病室のベッドから上半身を起こして、『武芸教本Ⅰ』と題名がついた教科書を読んでいる。

 読んでいる教科書を閉じ、ニーナはシャーニッドたちに視線を向けた。

 その中にルシフがいることに気付くと、ニーナは瞳を輝かせた。

 

「ルシフ、目覚めたのか!?」

 

「ああ、心配かけたようだな。もうほとんどの傷は治した」

 

「それは良かった。お前を看た看護科の生徒が、少なくとも完治まで1ヶ月かかると言っていたから、その間寝たきりになるんじゃないかと思っていた」

 

「この俺を凡人と同じにするとは、そいつも見る目がない」

 

 ルシフは初めて会った時と同じ、自信満々の顔をしている。

 その顔を見て、ニーナは安堵した。

 グレンダンの女王に重傷を負わされ、落ち込んだり荒れたりするんじゃないかと懸念していたが、この様子なら大丈夫だろう。

 

「元気そうで安心したぜ。入院しても教科書読んで勉強なんざ、相変わらず真面目だねぇ」

 

「確かめたいことがあったんでな」

 

「そうかい。過労で倒れて、倒れても勉強する真面目っぷりには、俺も頭が下がる思いだ」

 

 シャーニッドは大げさに頭を下げた。その後ろでハーレイが苦笑している。

 その顔を見て、ニーナは内心で引っ掛かりを覚えた。

 ハーレイが無理に表情を作っているような感じがする。

 

「やることもないし、暇だから教科書を読んでいただけだ。

それにしてもハーレイ、どうしたんだ?」

 

 ニーナの言葉に、ハーレイは驚いた表情をした。

 

「どうしたって、別にいつも通りでしょ」

 

「そうか。それならいいんだが――」

 

「いや、よくねぇな」

 

 シャーニッドがニーナとハーレイの間に口を挟んだ。

 

「今日はな、確かにニーナの見舞いってのももちろんあるが、それ以上に話があってここに来たんだ」

 

「話だと?」

 

「そう。今話してたハーレイのことでな」

 

 目にも止まらぬ速さでシャーニッドは腰の剣帯から2本ある錬金鋼のうちの1本を抜き、戦闘状態に復元させた錬金鋼を、ハーレイの額に突きつけた。

 

「シャーニッド!? ルシフ、シャーニッドを止めてくれ!」

 

「ルシフ! てめぇも第十七小隊の一員なら、ハーレイの話を聞くべきだ! 邪魔するんじゃねぇ!」

 

「この俺に命令か? 随分貴様らも偉くなったものだ。アントーク、心配するな。もしエリプソンがサットンに危害を加えようとしたら、あの腕を叩き折ってやろう」

 

 ルシフから威圧的な剄が放たれる。

 シャーニッドは冷や汗をかきつつも、笑みを浮かべた。

 

「ちゃんと見極めてから動けよ」

 

「無論だ」

 

「それならいい。俺はずっと気になってることがある。あのでかい大剣、あれはレイフォンが使う武器なんだろ? あんなモン急に作りやがって、一体何をレイフォンにさせるつもりだ?

まあ、あんなモンが必要になる相手なんざ大体予想がついてるが、できればお前の口から聞かせてくれねぇか?」

 

 ニーナは黙りこんでいるハーレイを見る。

 ハーレイは諦めたようにため息をついた。

 

「ハーレイ?」

 

「……ごめん。本当にごめん」

 

 ハーレイは謝ると、しばらく口を開かなくなった。

 再び口を開くまでの間、ニーナは自分が呼吸しているかさえも分からなかった。

 そして、ハーレイが隠していた全てをニーナたちに打ち明けると、ニーナは驚愕した。

 ハーレイから全てを聞いたニーナは、このまま病室で寝ていることが許せなくなった。

 

「シャーニッド、ルシフ! レイフォンの援護に行こう! たとえ僅かな力だとしても、このまま何もしないなんてできない!」

 

「ああいいぜ。ルシフ、お前は?」

 

「まあ、俺も行ってやろう。ウォーミングアップに丁度良い相手だ」

 

「汚染獣を調整相手扱いできるのは、お前くらいだろうよ」

 

 しかし一番頼りになる味方でもある。

 ニーナとシャーニッドは、こういう場合のルシフの心強さに少し安心した。

 そしてニーナはベッドから下り、3人でカリアンがいるであろう生徒会長室に向かった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 ニーナたちは途中でマイと合流した。優れた念威操者は1人でも多い方がいいと考えてのことだ。

 そして4人で、生徒会長室に入室した。

 カリアンはルシフを見て、僅かに目を見開いた。

 

「ルシフ君、もう動けるのかい?」

 

「ああ。ここに来た理由は分かるな?」

 

「レイフォン君に、汚染獣を倒しに行ってもらったことだろうね」

 

「何故わたしたちに教えてくれなかったんですか?」

 

「レイフォン君自身が言ったのだよ。戦闘の協力者はいらないとね。

私は彼を信じ、君たちには伝えなかった」

 

「あいつはわたしの仲間であり、部下です。わたしには情報をもらう権利がある!」

 

 カリアンの前にある執務机を、ニーナは両手で思い切り叩く。

 今のニーナは剄が使えないので、叩いた両手がじんと痛んだ。

 カリアンは驚いた様子もなく、ただニーナを見ていた。

 

「ルシフ君なら分かるかもしれないが、汚染獣との戦いはかなりの危険をともなうそうだ。

武芸者でない私にはとうてい理解できないが、保身に回った瞬間に死ぬ世界らしい。

そんな戦場に覚悟ができていない人間を連れてきたところで無意味だと、彼は言った。

君にはあるというのかね? 常に死と隣り合わせの世界に身を置く覚悟が」

 

 ニーナは言葉が出てこなかった。

 一瞬の油断や安堵が死を招く世界。そんな世界にレイフォンは一人で――。

 過労の影響でニーナは剄を使えず、武芸者としてまるで使い物にならない。

 更にカリアンは畳み掛けるように言葉を続ける。

 

「君の体調は知っている。体調の悪い生徒を汚染獣がいる危険な場所に行かせるなど、責任者として許可できない」

 

「行きます」

 

 それは意地に近いものだった。

 今の自分にできる事は、本当に少ない。

 だが、頭によぎるのだ。

 みんなで強くなろうと言ったレイフォンの顔が。

 あの時のレイフォンは微かに笑みを浮かべていた。

 レイフォンは、自分が強大な汚染獣と戦う状況に置かれながらも、ニーナを元気づけにきた。

 ニーナはレイフォンの言葉に救われた気がしていた。何も見えなくなっていた自分の目の前に、光明が差した気さえした。

 そしてそんな言葉を吐きながら、一人で戦いに行ったレイフォンに怒りも感じていた。

 あいつを叱ってやらなくてはいけない。

 絶対に生きて戻ってきてもらわなくてはならない。

 ならばたとえ微弱だったとしても、自分が戦場に行くことでレイフォンの生存確率が上がるなら、行くべきなのだ。

 足手まといになるだろうが、囮くらいにはなれる。

 カリアンはニーナの顔を見て、何を言っても無駄だと悟ったらしい。

 

「……ふむ、仕方ないね。ランドローラーの使用許可を出そう。だが使用するにあたり、1つだけ条件がある」

 

「なんでしょう?」

 

「全員生きて戻りたまえ。君たちはツェルニに必要な人材だからね」

 

 当然死ぬつもりはない。

 

「了解しました!」

 

 ニーナは力強く返事をした。

 その言葉にニーナの意志が込められている。

 そして4人はツェルニの外に出れる外縁部に移動するため、生徒会長室を出た。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 ニーナとシャーニッドは旧型のゴテゴテした戦闘衣を着て、頭には目のラインだけ透明のフェイススコープと呼ばれる板状の物を嵌めた、フルフェイスのヘルメットを被っている。

 このフェイススコープに念威端子をリンクさせ、念威に視覚の代わりをさせるのだ。

 

「ルシフ、お前も着ろ」

 

 ニーナが戦闘衣をルシフに渡す。

 ルシフはその戦闘衣を受け取ると、戦闘衣を軽く放り投げ、戦闘衣が入っていたケースの中に投げ入れた。

 その行動にニーナとシャーニッドは目を見開いた。

 

「お前も来るんじゃなかったのか!?」

 

「いや、俺も行くが?」

 

「なら戦闘衣を着ないと外に出れないだろ!? ふざけてるのか!?」

 

「戦闘衣など必要ないッ! このまま俺は外に出れる!」

 

 ニーナとシャーニッドは唖然とした。

 そもそも自分たちがこの移動する都市で暮らしているのも、エア・フィルターの影響で汚染物質が都市内に入ってこないからだ。

 都市の外は汚染物質が蔓延していて、生身で外に出ようものなら、汚染物質に触れた部分から皮膚が焼けて腐ってゆくだろう。

 人間は都市の外を生身で生きるのを、この世界そのものに許されていないのだ。

 

「バカなことを言うな! 人間は都市の外で生きていけない!」

 

「それはいつの人間の言葉だ? 5年前か? 10年前か? 50年前か?

はッ、常に前進を続ける俺に、現状に屈した負け犬の言葉を聞かせるなよ」

 

 ルシフは嘲笑うような笑みを浮かべている。

 ルシフは制服のポケットから、透明なゴーグルのようなものを取りだし、それを両目のラインに沿って付けた。

 それはニーナたちの目の部分にあるものと同じ、フェイススコープだ。

 たとえ汚染物質を防げても、汚染物質が蔓延している外の視界は悪い。

 外を不自由なく移動するのに、念威はやはり必須である。

 

「マイ、フェイススコープとリンクさせろ。ついでにフェリ・ロスの念威端子もリンク。

フェリ・ロス、聞こえているなら繋げ」

 

『相変わらず偉そうに……』

 

 不機嫌を隠そうともしない声。

 不満をこぼしながらも、フェリは3人のフェイススコープに自身の念威端子をリンクさせた。

 マイも同様に3人のフェイススコープにリンクさせる。

 本来ならルシフだけサポートしたいが、全員で共有した方がより連携がしやすく、またリンクする念威操者が多ければ多いほど、広範囲をカバーできる。

 3人のフェイススコープに、鮮明な外の景色の映像が浮かびあがる。

 

「フェリ、それからマイ、リンクは良好だ」

 

『分かりました』

 

『……はい』

 

 ニーナが念威の通信機で、問題ないことを伝える。

 問題ないと確認した彼らは、ランドローラーの元へ行く。

 ルシフはサイドカーを外したランドローラーに乗り、ニーナとシャーニッドはサイドカーのあるランドローラーに乗り込む。

 シャーニッドが運転するようで、ニーナがサイドカーの方に乗った。

 フェリとマイはこの場にいない。別の場所で念威を使用している。

 ルシフは制服のままで本当に外に出るらしく、制服姿でランドローラーに跨がっている。

 ルシフの表情に不安はなく、真剣な表情で前を見据えていた。

 ニーナが手を上げ、ハーレイに合図した。

 ハーレイは頷き、外部へのゲートを開く制御室に移動する。

 そして少し経った後、外部のゲートが開き、昇降機によりランドローラーが地面に下ろされていく。

 強風が吹きつけている中、歩をゆっくりと進める都市の足が、周囲を取り囲んでいた。

 ニーナとシャーニッドはルシフの方を見る。

 もうすでにこの場所は汚染物質が吹き荒れている。

 一体どうやって生身で汚染物質から身を守るのか、2人は気になったのだ。

 ルシフの身体の周りは、剄が透明の膜を創っている。

 原理は、都市を覆うエア・フィルターと同じである。

 まず化錬剄を使用し、剄に大気中の不純物を通さない性質を持たせる。

 しかしこれだけでは、ルシフの身に纏っている膜は完成しない。

 何故ならこれだけだと、通り抜けられない汚染物質が剄の周りにまとわりつくようになり、その影響で戦闘衣を着たのと同じように、動きが鈍くなるからだ。

 それならば、戦闘衣を着た方がいい。

 ルシフは化錬剄を使った剄の膜を、衝剄を常時発生させられるようにして、通り抜けられない汚染物質を散らす効果も追加した。

 ルシフが身に纏う剄の膜は、化錬剄衝剄混合変化ともいうべき、全く新しい剄の境地の技。

 だからこそルシフは、生身で外の世界に出られる。

 ルシフに言わせれば、戦闘衣などという己以外のものに頼ることこそ弱さであり、己の力で切り開いてこそ強者であると考えている。

 ニーナとシャーニッドは本当に生身でも平気なルシフを見て、驚きと呆れが同時に込み上げた。

 生身で外に出れるのは、スゴいと思う。

 だが別に戦闘衣を着て、戦闘衣が破れた時の対策として使えばいいじゃないかとも思った。

 あんな膜を外にいる間維持し続けるのは、かなりの負担になるのではないだろうか。

 ルシフは天才だが少しズレていると、2人は思った。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 マイはルシフが生身で外に出る姿を見慣れているから全く驚いていないが、マイの隣にいるフェリはかなり驚いている様子だった。

 マイはルシフがあれを完成させるのに、一体どれだけ苦労したか知っている。

 

 

 あれはルシフが七歳の頃に完成させた技で、完成させるまでの間、ルシフはイアハイムの住人たちからバカにされていた。

 何故バカにされていたかというと、ルシフがバケツいっぱいに入った砂を、毎日少し離れたところから何十回とぶっかけられていたからだ。

 マイが砂をぶっかける役目をしていた。

 家の庭でやっていたことだが、隙間がある柵のため、外からでも何をしているかは見えた。

 ひたすらバケツに入った砂を浴びるルシフを見て、イアハイムの住人たちはバカにしたように笑った。

 

「またアシェナ家の問題児が可笑しなことを始めたぞ」

 

 と住人たちは口々に言い、見物にくる住人まで出てくる始末。

 しかしルシフは一切それらを気にせず、ただその場に突っ立ってバケツを睨み続けた。

 そして何ヵ月と月日が流れ、住人たちにも飽きられていた頃、今まで当たり前のようにルシフにかかっていた砂が、ルシフの剄の膜で止まるようになり、ルシフに砂が一切かからなくなった。

 これを見た住人たちは大層驚いた。

 こんなことができるのかと誰もが感心し、ルシフを天才だとほめた。

 バケツに入った砂は汚染物質の代わりであり、ルシフは生身で外に出れるようになるための特訓をただひたすらしていたのだと、ここでようやく住人たちは気付いたのだ。

 あまりの変わり身の早さにマイは子供ながらに呆れたが、ルシフはまるで気にしていなかった。

 何故なら、彼らごときにルシフが何を考えているのか理解できないのは当然のことであり、凡人は結果さえみせれば簡単になびくと子供ながらに知っていたからである。

 

 

 昔を少し思い出していたマイは、クスッと軽く笑った。

 あの時からルシフ様は何も変わっていない。

 常に最大限の努力をし続け、己を高めることに心血を注ぐ。

 そんなルシフの姿が、マイは誇らしかった。

 

 

 ルシフたちがランドローラーで移動を始めてから2時間後、急激な揺れがツェルニを襲い、マイは身体をふらつかせた。

 ツェルニが進行方向の汚染獣に気付き、慌てて方向転換した影響だ。

 

「やっぱり思った通りです」

 

 隣にいるフェリが呟く。

 マイはフェリの方を見る。

 

「今まで汚染獣って気付いてなかったんです。

多分汚染獣の死体か何かだと思っていたのでしょう」

 

 脱皮状態なら本当に微かな生体反応しかでないため、電子精霊が気付かなくても無理はない。

 

「それにしても――まさかあなたがこれ程までの念威の使い手とは気付きませんでした」

 

「実力を低くみせるよう言われていたので。手を抜いていたという意味でなら、私たちは似た者同士ですね」

 

 実力を低くみせていた理由はもちろん、ツェルニを調べやすくするために、自分に対しての警戒を弱める必要があったから。

 だからマイはこの前の汚染獣襲撃まで、ツェルニの生徒から大したことのない念威操者と思われていた。

 

「あなたは今のツェルニの進行方向を念威で索敵してください。わたしはレイフォンの方を見ます」

 

「分かりました」

 

 マイはツェルニが今進んでいる方向に探査子を飛ばし、危険がないか調べる。

 そして、予想だにしない結果に表情(リアクション)を消していたマイですら、顔を青ざめた。

 念威操者の表情が乏しい理由は、膨大な情報の内の一つ一つにいちいち反応していては、身がもたないうえに情報の処理が遅くなるからである。

 膨大な情報を処理する能力と人間が持ちえない感覚器官を多数同時に操る能力こそ、念威操者の質を決める。

 ただ念威量が多いだけでは、優秀な念威操者といえない。

 マイは当然それらの能力も高く、フェリをも凌ぐ念威操者であるが、それでもある一つの情報に反応してしまった。

 その情報は、ツェルニを今より深い絶望へ叩き落とす情報だった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 ルシフはランドローラーに乗って、レイフォンの元へと移動している。

 ルシフの隣をシャーニッドとニーナのランドローラーも同様に走っていた。

 突如として、前方から獣のような咆哮が聞こえてきた。

 レイフォンが汚染獣に接触したのだろう。

 フェリの通信からも、レイフォンが汚染獣と戦い始めたことを伝えてきた。

 それにしても、凄まじい声量の咆哮だった。

 ルシフはさっきの咆哮が気になっていた。

 もしその場にいたら、鼓膜が破れていたかもしれない。

 もちろんその場合は剄で音を遮断すれば問題ないため、ルシフにとって脅威には程遠い。

 

『――ルシフ様!』

 

 マイが通信してきた。心なしか、切羽詰まっているような落ち着きのない声だ。

 

「何があった?」

 

 その声に何か問題があったらしいと悟ったルシフは、問題の内容を尋ねた。

 

『ツェルニが前方の汚染獣に気付き、進行方向を変えたのですが、その進行方向先に――きゃッ!』

 

「どうした!?」

 

『申し訳ありません。またツェルニが進行方向を変えて揺れが……。

汚染獣です! 3体の汚染獣が進行方向先からツェルニ目掛けて飛来してきています!

今ツェルニは進行方向を変えたので、汚染獣がツェルニに辿り着くまでまだ時間がありますが、汚染獣の方がツェルニより僅かに速く、必ず追い付かれます!』

 

『なんだと!?』

 

 ニーナの驚いた声が、通信から聞こえた。

 ルシフもニーナと同じ気持ちだった。

 しかしニーナとは驚いた内容が違う。

 ニーナは他の汚染獣の出現に驚いたが、ルシフは原作と違った流れに驚いた。

 まさかさっきの汚染獣の咆哮は、3体の汚染獣にむけての合図だったのではないか?

 都市の武芸者(邪魔者)を外に引っ張り出したと。好きなだけ人間を食べてこいと。

 そんな考えすらルシフの頭には浮かんだ。

 

 ――汚染獣が連携……? バカな!?

 

 自分の存在が原作の人の行動を変化させただけでなく、汚染獣を賢くしたとでもいうのか。

 しかしそれ以外に、原作と違った流れになる理由が思いつかない。

 

『ルシフ様、どうなさいますか!?』

 

 この分では、レイフォンの戦っている相手も老性一期とは限らない。

 レイフォンの援護にいき、速攻で老性体を倒してレイフォンたちとともにツェルニを襲っている汚染獣を倒すか。

 それとも、レイフォンの方はニーナたちにまかせて、自分は一刻も早くツェルニに戻って3体の汚染獣を倒しにいくか。

 

 ツェルニを絶対絶命の状況から救い出すための選択。

 ルシフはその決断を迫られている。

 ルシフは憤怒の表情で、ランドローラーに拳を叩きつけた。




ルシフは化錬剄使いです。
なので、発想次第でなんでもできます。
手や箸を使わず、剄だけでご飯も食べられます(この設定が本編に使われるかは未定)。

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