鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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第14話 老性一期

 ルシフはブレーキを使用しながら、身体を傾けつつハンドルを切った。

 ランドローラーが車体を傾けながら半回転する。その時車体が大気の汚染物質を巻き上げ、一瞬だけ大気の渦をつくった。

 

『ルシフ、いきなり何を!?』

 

 ニーナの声が通信機越しに届く。

 ルシフのランドローラーは、ニーナたちのランドローラーに対して逆向きになっていた。

 ルシフはランドローラーのアクセルを緩めず、砂塵を後輪で巻きあげながら、勢いよくニーナたちとは逆方向へ走り出す。

 ルシフは片手でハンドルを支えつつ、もう片方の手で通信機に触れた。

 

「俺はツェルニに戻り、ツェルニに迫っている汚染獣3体を片付ける! 貴様ら2人は予定通り、アルセイフの援護に行け!

フェリ・ロス! アルセイフの戦っている汚染獣は何期か分かるか!?」

 

『レイフォンが言うには、老性一期と!』

 

 ツェルニに迫る汚染獣3体と、今レイフォンが戦っている汚染獣1体。

 ここで1つ確実なのは、ツェルニに汚染獣を倒せる武芸者がいないということ。

 原作通りの老性一期なら、レイフォンはニーナやシャーニッド、フェリと協力して汚染獣の殲滅に成功している。

 つまり彼らがレイフォンに最大限のサポートをすれば、老性一期を倒せるのだ。

 レイフォンが戦っているのは原作通りの相手だと確信したルシフに、迷いはもうない。

 ランドローラーのアクセルを更に回し、限界までスピードを上げる。

 

『ルシフ!?』

 

 通信機から、ニーナの悲痛に似た叫びが聞こえた。

 ツェルニを本当に守るつもりはあるのかと、そう言外に言われた気がした。

 

「心配するな。貴様が守りたいものは、この俺が守ってやる」

 

 通信機越しに、ニーナが息を呑む気配を感じた。

 数秒間の静寂。

 

『……ルシフ、ツェルニに住む全員の命を守ってくれ』

 

 そう言うニーナの声は、静かだった。やさしく言い聞かせるようですらあった。

 ルシフの顔に不快の色が加わる。

 

「誰に向かって言っている。貴様はアルセイフの援護に集中しろ!」

 

『信じているからな、わたしは――おまえを!』

 

 そう言うと、ニーナからの通信が切れた。

 ルシフは舌打ちする。

 イラついた表情で、再び通信機に触れた。

 

「フェリ・ロスはアルセイフのサポートに集中しろ!

マイ、3体の汚染獣のツェルニ予想到達時間、俺のツェルニ予想到達時間を教えろ! それからツェルニと俺の合流予定ポイントの算出! フェイススコープにツェルニと合流できる最短ルートの表示急げ!」

 

『了解しました! 最短ルート及び、ツェルニとの合流ポイントフェイススコープに表示! 3体の汚染獣のツェルニ到達は今から約一時間半後、ルシフ様は汚染獣がツェルニに到達してから三百秒後に、ツェルニに到達します!』

 

「間違いないか!?」

 

『間違いありません!』

 

 ランドローラーの最大速度前提での到達時間算出――つまり三百秒より遅くなる場合はあっても、早くなることはない。

 最低でも三百秒は、今ツェルニにいる武芸科の生徒が汚染獣からツェルニを守らなければならない。

 三百秒でツェルニの人々は全滅しないだろうが、何の考えもなく汚染獣にぶつかれば、かなりの被害が予想される。

 今のツェルニに、汚染獣に対して適切な指示を出せる人間はいない。

 ならば、ルシフ自らがランドローラーに乗りながら、ツェルニの武芸科の全生徒に指示を出す。

 それ以外に、被害を抑える方法は存在しない。

 

「カリアン・ロス及びツェルニの全生徒に、一刻も早く汚染獣の情報を伝達!

それからツェルニの武芸科の全生徒を1ヶ所に集め、俺の通信を聞こえるようにしろ!

それができたら、俺に連絡!」

 

『はいッ!』

 

 マイの返事を聞いたら、ルシフは通信を切った。

 ランドローラーのハンドルを両手で握る。

 フェイススコープに表示されたルートを、ルシフはなぞるように疾走。

 さっきの通信の、ニーナからの言葉が頭によぎった。

 

「生意気なんだよ……この俺の心配をするなど!」

 

(俺はそんなに弱くみえるか? そんなに頼りなくみえるか? ふざけるなよニーナ・アントーク!)

 

 ルシフが一番許せないのは、自分の身を案じられることである。

 誰よりも優れていると信じて疑わない傲慢な彼にとって、気づかいや心配は侮辱であり屈辱。

 それらは弱者の証明であり、強者の自分には無縁のもののはずだ。

 

 ――ふざけるな。

 

 ルシフはランドローラーを握る両手に力を込めた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 ニーナはどんどん遠くなっていくルシフの背を見ていた。

 

(あいつは頭が良い。きっと気付いている。ツェルニに住む全員の命の中に、おまえも含まれていることを)

 

 ルシフと通信機に叫んだ後のルシフの言葉。

 ニーナにとって、あの言葉は衝撃だった。

 何故なら、あの時のニーナはツェルニではなくルシフの方を心配していたからだ。

 ルシフは病み上がりであり、本調子じゃない。

 汚染獣3体に1人ではキツいだろう。そう思った。

 しかし、ルシフは自分のことには一切触れなかった。わたしはツェルニの方だけを心配していると思ったのだろう。

 ニーナはそれをさみしく感じた。

 圧倒的な個の力をもつ頭に、敗北など存在していない。勝って当たり前、圧勝こそ通常。

 汚染獣3体が相手でも、本調子でなくても、彼の頭に敗北の2文字はない。

 誰1人として、自分の心配をしていないと決めつけている。誰もが自分をみて、できて当然勝って当たり前と思っている筈。

 ルシフはそう考えているのだろう。

 だが、そんな考えは間違っている。

 どれだけ強くても、たとえ最強の存在だったとしても、ルシフを大切に想っている人間は、彼の心配をする。

 それは人の心がもつやさしさであり、人らしさ。

 そういう心が繋がりを創り、手と手を取り合うきっかけを形作る。

 ルシフが目指しているのは孤高。

 その先に、人間らしさはあるのか。

 誰の手も振り払い、一人で歩き続ける先にあるものは――。

 だからニーナは、少なくても自分は心配しているとルシフに暗に伝えた。

 おまえの心配をする人間がいるんだと、分かってほしかった。

 結果的には不機嫌にさせたようだが、べつに構わない。

 それでどれだけ嫌われようが、知ったことではない。

 好かれたくて他人を心配するわけではないのだから。

 

『ニーナ?』

 

 シャーニッドがニーナの方に、フェイスフルヘルメットで覆われた頭を向ける。

 ずっと後ろを見ているニーナを不思議に思ったのだろう。

 

「なんでもない。わたしたちはルシフの言う通り、レイフォンの援護に行こう」

 

 通信でシャーニッドにそう言うと、ランドローラーが唸り、猛然と走り出した。

 ルシフの予想外の行動で、アクセルを回すのをシャーニッドが忘れていたため、ランドローラーの速度は低下していた。その遅れを取り戻さんとする意思が、ランドローラーに乗り移ったようだった。

 

『そのことですが……レイフォンから伝言があります』

 

 フェリの無機質な声が、耳元でささやいた。

 ニーナはその先の言葉が何か、なんとなく分かっていた。

 レイフォンのことだ。きっとわたしたちが援護にきたと聞いて言う言葉は、ただ一つ――。

 

『援護はいらない。ツェルニに下がれだそうです』

 

 やっぱりか。

 ニーナの頭に熱いものが込み上げてくる。

 レイフォンの本質も、ルシフと同じだ。少なくとも武芸に関しては。

 誰の力も信じず、信じるのは己の力のみ。

 何故そうなる。何故なんでも一人で抱え込もうとする。

 確かに今の自分に剄は使えず、たとえ使えたとしても汚染獣を苦しめる存在になれないだろう。

 しかし、だからといって何もできないわけではない。

 人間には知能がある。考える力がある。

 役立たずの自分を、何かの役に立てる存在にできる可能性もあるのだ。

 レイフォンは、その不確定な要素を嫌う。戦場で曖昧なものに頼ることに、きっと抵抗がある。

 おそらくレイフォンは今まで、確定されたものの中でしか戦ったことがないのだろう。

 天剣授受者という、間違いなく自分以上の実力をもつ武芸者や、信頼できる念威操者。

 幼生体一匹倒すのにも四苦八苦するレベルの弱い武芸者と共闘など、したことないのだろう。

 だが、おまえは言った。

 みんなで強くなろうと。

 それは裏を返せば、おまえだって自分の弱さを克服したいと思っているのだろう。

 戦場で、己以外信頼できない自分が嫌なんだろう。

 いつか一緒に戦ってほしい。一緒に戦える仲間になってほしい。

 そんなレイフォンの心の叫びが、あの言葉から聞こえた気がした。

 なら、引き下がるわけにはいかない。たとえ微弱な力だったとしても、おまえを助ける力になるのだと、教えてやらなくてはならない。

 

「その言葉は聞けん。レイフォンはわたしの仲間だ。きっとわたしたちにも助けられることがある。

レイフォンと汚染獣の戦闘はどうなっている?」

 

『レイフォンが一方的にダメージを与えていますが、汚染獣の身体が硬く、なかなか深手を負わせられないようです』

 

「つまり長期戦になりそうなんだな?」

 

『……はい』

 

 前のように汚染獣を速攻で倒せない。

 それはつまり、レイフォンと汚染獣の力が互角であり、レイフォンが負ける可能性もあるということだ。

 汚染獣との戦闘で負ける、すなわち死。

 武芸者同士の闘いとは違う。

 

「フェリ。レイフォンがどこにいるか、ナビを頼む」

 

『何を言っても無駄ですか……』

 

「わたしは部下を見殺しにしない」

 

 通信機越しから、フェリがはぁとため息をつく音が響く。

 

『……分かりました』

 

 呆れているような、それでいて開き直りにも感じるフェリの声が耳を通りすぎた。

 いつものフェリだと感じる一方、ツェルニから遠く離れたこんな場所まで念威の力を届かせることができる、小隊訓練や対抗戦を一緒に闘ったフェリと似ても似つかない念威能力の高さが、ニーナを複雑な気分にさせた。

 自分の無知さ、自分がどれだけ部下を見ていないか思い知らされたような感覚。

 その感覚を振り払うように、ニーナは首を振った。今はそんなものに気を取られている場合ではない。

 それからニーナはお守り同然に持ってきた二本の錬金鋼(ダイト)に軽く触れ、正面を強張った表情で見据えた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 大地が鳴動している。

 何かに呼応しているように。

 何に?

 決まっている。目の前のヤツに――だ。

 土煙を撒き散らしながら、蛇に似た胴体が迫ってくる。瞬く間に眼前いっぱいにヤツの口が広がった。

 レイフォンは鋼糸を近くの岩場に巻きつけ、すぐさまその場から離脱。

 離脱した際に、ヤツと目が合った。

 絶対に食い殺してやるという獰猛な瞳の輝き。ヤツにとって自分は、食事を邪魔した憎き存在。

 レイフォンの身体から汗が浮かんだ。

 老性一期――蛇のような胴体に、透明な大きな(はね)。その胴体の大きさは、レイフォンの十五倍はあろうかという大きさ。胴体を覆う鱗が、ヤスリのような荒々しさと鋭さをもっている。

 今のヤツに、立派な翅は片方しかない。もう片方の翅は剣で切り落とした。片方しかない翅が、陽光を反射させ七色に光り輝く。

 複合錬金鋼(アダマンダイト)――複合錬金鋼に取り付けられたスリットに複数の錬金鋼を差し込むことで、それぞれの錬金鋼が持つ長所を完全に残した状態で合成させる。

 レイフォンの手にある複合錬金鋼のスリットには、3本の錬金鋼が差し込まれている。

 剣3本分の切断力、大剣のリーチと錬金鋼3つ分の威力を持つ巨大な剣。更にその複合錬金鋼の柄尻には青石錬金鋼(サファイアダイト)が柄尻同士で繋がっていて、鋼糸も使用可能。

 それらを余すところなく扱い、なんとか老性一期と戦えている。

 もちろん、万能にみえる複合錬金鋼にも弱点はある。

 それは、3つの錬金鋼の復元状態の質量と重量も合わしてしまうこと。

 レイフォンの持つ今の複合錬金鋼は、3つの武器を同時に持っているのと同等の重量になってしまっている。

 相当な筋力の持ち主でなければ、自在に扱うなど夢のまた夢だろう。

 しかしその短所は、レイフォンにとって短所になりえない。

 故に、複合錬金鋼の投入は正解だったといえよう。

 レイフォンは老性一期の残っている翅に鋼糸を巻きつけ、鋼糸の上を疾走。

 大剣を振り上げ、残っている翅目掛けて斜めに斬る。

 翅から赤い液体が飛び散り、一瞬空に虹が生まれた。

 老性一期の残っていた翅が、地面に切り落とされる。

 もはや切れる胴体をもつ蛇といったところか。

 支えを無くした鋼糸がたわみ、レイフォンは老性一期の背に着地。

 老性一期が怒りの咆哮をあげ、左右に身体を振ってレイフォンを胴体から振り落とそうとする。

 鱗の一つ一つが尖った岩石のようなものであり、胴体の上に乗っても安全とはいえなかった。足が少しでも胴体から離れれば、一瞬にしてミンチになるだろう。

 レイフォンは予め離れた場所にある岩場に巻きつけておいた鋼糸を利用して、着地した瞬間に老性一期の背から跳んで離れていた。

 老性一期は身体をくねらせ、レイフォンを正面に捉える。

 そして、鋼糸を巻き上げながら離れた岩場に向かっているレイフォン目掛けて突進。

 老性一期は飛ぶことに特化した進化をしており、手足がない。

 そのため老性一期の攻撃方法は単純。

 ただレイフォンに向かって愚直に突進。そして噛みつく。

 翅があればもっと多彩な攻撃ができたかもしれないが、翅を落とされた老性一期に小細工はできない。

 しかし、だからといって容易く殺せないのが老性一期だ。

 先程からレイフォンは胴体への攻撃を試みているが、硬い鱗を貫けず、鱗は剥がせても胴体への直接的なダメージは皆無に近かった。

 錬金鋼の硬度が、老性一期の鱗の硬度に負けている。

 それは錬金鋼で闘う武芸者を絶望させるには十分な事実。

 だがレイフォンは別だ。

 攻撃が通用しないと絶望して、何か変わるのか?

 通用しないならば通用しないなりの戦い方がある。

 だからこそレイフォンは、柔らかい部位の翅を重点的に狙った。

 そして次に狙うは――。

 レイフォンは岩場を蹴り、斜め上へ反転する。すぐ間近まで迫っていた老性一期の頭上へと移動したレイフォンは、身体を半回転させて逆さになった。逆さのまま、張られている鋼糸に両足を乗せる。レイフォンは軽く両足を曲げ、岩場に頭から突っ込んだ老性一期を見据え、大剣を真下に構えた。

 次に鋼糸をバネに超高速で老性一期に近付き、大剣を突き立てる。

 大剣は真っ直ぐ老性一期の右目を貫き、老性一期は激痛に身を悶えさせた。

 すぐさま大剣を抜き、旋剄で離脱。離脱しながらも、老性一期から視線を外さない。

 老性一期の右目から噴水のように噴き上がった鮮血。赤い液体が老性一期の胴体を流れていく。

 激痛で暴れ回っている老性一期に旋剄で一瞬近付き、胴体の鱗の繋ぎ目を切りつけて再び旋剄で戻る。

 それを何度も繰り返し、老性一期の胴体にも少しずつ傷を与えていく。

 やがて胴体からも血飛沫があがり、胴体の至るところに切り傷が生まれていた。

 老性一期は更なる激痛に堪らず尻尾を振り回して、レイフォンを近付けまいとする。

 どうやら老性一期は激痛に耐えるのに必死で、自分を見失っているようだ。

 レイフォンは近くの岩場に飛び乗り、深呼吸をする。

 改めて身体全体に活剄を流し、疲労を少しでも軽減させる。

 何分ぶり、何時間ぶりかすら分からない休憩。

 何も知らない者がこの戦いを見れば、自分が圧倒しているように見えるのだろうか。

 とんだ間違いだ。

 レイフォンは複合錬金鋼に視線を移す。

 剣身にはあちこちに細かいひびが入っており、スリットにセットされている錬金鋼の一つが壊れて煙を上げていた。

 いくら継ぎ目を狙っていても、その部位は鱗より少し刃が入りやすいというだけで、硬いのに変わりはない。

 何時間も手入れせずに剣を振り続けていれば、刃こぼれもする。

 錬金鋼には状態維持能力があるが、それにだって限界がある。

 いわば状態維持するために、錬金鋼一つを犠牲にせざるを得なかったといってもいい。

 レイフォンはスリットから、煙を上げている錬金鋼を取り出し捨てた。

 複合錬金鋼から一つ分の質量と重量が失われ、随分軽くなった武器に違和感を感じながらも、レイフォンは再び複合錬金鋼を握り直す。

 ヤツが気付くまで休憩に専念しようと決めたレイフォンの耳に、久し振りの声が聞こえた。

 

『フォンフォン……今いいですか?』

 

 フォンフォン――ツェルニから汚染獣の場所までの移動中の会話でフェリが付けたレイフォンのあだ名。

 フェリがレイフォンから先輩と呼ばれるのに不満を感じ、レイフォンの女友達がレイフォンをあだ名で呼んでいるから、お互いにあだ名を決めようとフェリが言い出したのが始まりだった。

 戦闘に必要なもの以外を排除していた頭が、他の機能を取り戻そうと急速に活動しているのを感じる。

 あれの会話の最後は、無事にツェルニに帰ってきたら、二人きりの時だけしかこのあだ名で呼ばない――だったか。

 フォンフォンなんて恥ずかしい名前で呼ばれるくらいなら何でも約束できると思っていたが、そればかりは返事できなかった。

 しかしフェリが自分の身を心配しているのは痛いほど伝わった。

 レイフォンは老性一期から視線を逸らさず、通信機に軽く触れる。

 

「ええ……どれくらい時間経ちました?」

 

『汚染獣との接触から5時間程です』

 

「そうですか」

 

『それから……隊長たちのことで……』

 

「隊長がどうしたんです? 入院中に何かあったんですか?」

 

『……いえ、あなたの援護に行くと、隊長たちはツェルニを出ました。

それをフォンフォンに伝えたら、援護はいらない、ツェルニに下がれとフォンフォンは言いましたが……覚えてませんか?』

 

 汚染獣との戦闘で、他に気を取られていては瞬殺される。

 おそらくその情報を聞いた時に、反射的に口にしていたのだろう。

 そのため、記憶には残っていない。

 

「……すいません、覚えてないです。それで隊長たちは――」

 

 今まで痛みでレイフォンを視界から外していた汚染獣が、レイフォンの方に身体を向けた。

 

 気付いた――。

 

 フェリの声に耳をかたむけていた頭が瞬時にそれを排除し、再び戦闘に必要な感覚だけを研ぎ澄ませていく。

 もうフェリの声を聴く余裕はない。

 複合錬金鋼への剄の走りが鈍くなってきている。この武器の限界が近い。

 

 ――あと何回切れる?

 

 汚染獣に集中しながら、自分の状態を確認する。

 このまま長期戦を続けていたら、いずれこっちが戦えなくなる。

 勝負をかけないといけない。

 複合錬金鋼がダメになる前に、ヤツに決定的なダメージを与えなければ――。

 汚染獣の動きを注視していたレイフォンは、今までと違う動きをし始めた汚染獣に首を傾げた。

 自分を見ていないような、自分以外の何かに気を取られているように、あらぬ方を見ている。

 その視線の先を目で追い、汚染獣が気を取られた正体を悟った。

 サイドカーが付いたランドローラー。レイフォンの乗ってきたものではない。

 フェリが何を言いたかったか理解したレイフォンは、岩場を蹴り高速でランドローラーに近付く。

 それと同時に老性一期もランドローラー目掛けて突進。

 身体の傷を治すための栄養源の乱入。その事実が、老性一期の頭からレイフォンの存在を一時的に掻き消した。

 レイフォンは鋼糸を展開させ、老性一期の頭に巻きつける。

 ランドローラーに乗っているシャーニッドが、銃を乱射して老性一期を攻撃しているのが見えた。

 その隣にいるニーナが、自分の方を見ている。

 レイフォンは鋼糸を利用し、突進してくる老性一期の正面に跳ぶ。

 そして大剣を勢い任せに振り下ろす。

 その斬撃は老性一期の額の鱗を砕き、額を割った。だが決定打にはなっていない。

 老性一期の額から血飛沫が噴き上がり、老性一期が激痛に再び悶える。

 レイフォンはニーナたちのランドローラーに着地。ランドローラーはすぐさま反転し、老性一期から逃げるように距離をとり始めた。

 レイフォンは複合錬金鋼を見る。またも錬金鋼の一つが煙が上げていた。

 複合錬金鋼のスリットから、その錬金鋼を破棄。

 もはやただの大剣に成り下がった複合錬金鋼と、柄尻にある鋼糸。

 ニーナたちを救うために無理のある攻撃をした代償が、錬金鋼一つを失うという痛手。

 

「なんでこんな場所までッ!? 死にたいんですかッ!?」

 

『レイフォン! おまえを助けにきた!』

 

 ニーナの声を聞いたレイフォンは、一気に頭に血が上った。

 助ける? 剄も使えないのに? ふざけるなッ!

 気持ちだけでどうにかなるほど、汚染獣は甘い相手じゃない。

 覚悟だけで倒せるほど、汚染獣は柔な存在ではない。

 力もないのに、この強大な相手に一体何ができるという?

 戦場ではどうしようもなくリアリストになるレイフォンの目には、ニーナたちは戦ううえで邪魔なお荷物にしか見えない。

 

「ふざけないでくださいッ!」

 

『ふざけてなどいない! 本気だ!』

 

「助けなんかなくったって……僕一人で倒せますよッ!」

 

『そんな武器で倒せるのか?』

 

「――ッ!」

 

 レイフォンは息をつまらせた。

 

『その武器、もう限界なんじゃないのか? 勝算はあるのか?』

 

「……勝算なら、あります。さっきの割った額にもう一撃入れて、脳に直接衝剄をぶつければ……」

 

『確実にできるのか?』

 

「それは……」

 

 正直、難しい。

 激しく動き回る汚染獣にピンポイントで攻撃を加えるのは至難の技だ。

 

『わたしにあの汚染獣の情報を教えろ。おまえの状態も隠さずにな』

 

 力強い言葉だった。

 何かが胸の内を熱くさせた。

 力はないはずだ。なのにどこか頼もしく感じ始めた自分に戸惑いながらも、少しも嫌な気分ではない。

 汚染獣は飢餓状態。残り攻撃回数は数回等。

 様々な情報を聞き、フェリにも色々訊いていたニーナは、考えがまとまったのか一つ頷いた。

 

『よしッ! フェリ、さっきわたしが言った場所までナビを頼む!』

 

『……了解です』

 

『レイフォン、おまえは目的地まで汚染獣からランドローラーを守れ。できるな?』

 

「それくらいなら、鋼糸でなんとかなります」

 

『よし、任せたぞ』

 

 不思議と身体に言葉が染み込んだ。

 熱が全身を駆け抜けていく。

 力がないのに、戦場に立つのは無駄だと、足手まといなだけだと思っていた。

 だが今は――こんなにも頼もしく感じる。

 さっきまで、老性一期に勝てるかどうか分からなかった。劣勢だったかもしれない。

 しかし今は――負けるなんて微塵も感じない。

 

 ――不思議な気分だ。

 

 無意識に笑みがこぼれた。戦場で笑みなど、浮かべたことが一度でもあっただろうか。

 作戦は単純なものだった。

 汚染獣を絶壁で阻まれた渓谷に誘き寄せ、渓谷に汚染獣がきたところでシャーニッドの狙撃とフェリの念威爆雷で左右の絶壁を崩して大量の岩を汚染獣に浴びせる。

 そうして動きを封じたところで、レイフォンが額に一撃を入れる。

 ニーナは汚染獣を誘き寄せるエサに自らなった。

 飢餓状態の汚染獣は、目の前にエサがあれば飛びつくという情報から判断したことだった。

 誰もが役割を与えられた作戦。

 知恵を絞った第十七小隊が、本能に任せるだけの汚染獣に当然遅れをとるはずがなく――。

 レイフォンの大剣は見事に老性一期の額に突き刺さり、老性一期は断末魔の叫びを渓谷に轟かせた。




文章が安定しないのが、毎回の悩みです。

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