鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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第15話 武芸者であるという意味

 レイフォンたちの老性一期討伐成功から数時間前、ルシフにマイから通信が届いた。

 

『大講堂に、武芸科全員集合しました! 汚染獣接触予定時間から、一時間前です! フェイススコープに大講堂の映像表示します!』

 

 僅か三十分で武芸科全員集合できた一番の理由は、昼時で全員授業を受けていて、集合命令を最短時間で伝達できたからだ。

 ルシフのフェイススコープ右端に、小さく大講堂の映像が映し出された。

 誰もが沈んだ表情をしている。涙を流している者も少なくない。

 大講堂のモニターに、汚染獣3体が飛行している映像が映し出されているのも見えた。

 ツェルニに向かっている汚染獣の情報を、偽りなく伝えられている。

 それをルシフは確認した。

 

 ――士気が下がりきってる。

 

 こんな状態で戦っても無意味。

 戦う価値がない。

 誰も前を向いていない。

 誰もが未来から目を背けている。

 

「愚か者どもが……!」

 

 ルシフは怒りをあらわにして吐き捨てた。

 

『見てもらっている通り、ここツェルニに汚染獣3体が接近中だ。

マイ君、汚染獣の詳しい情報を教えてくれ』

 

 大講堂の映像ではカリアンが壇上に立ち、演説を始めた。

 

『はい!』

 

 大講堂のモニターに、マイの姿が映る。

 

『汚染獣3体の内、1体は雄性二期、2体は雄性一期となります。

およそ一時間後に――』

 

『ちょっと待ってくれ!』

 

 武芸科の上級生が、マイの報告の最中に口を挟んだ。

 

『それより! レイフォン・アルセイフとルシフ・ディ・アシェナが不在とはどういう事だ!?』

 

 集合命令には、汚染獣がきているという情報の他に、ルシフとレイフォンがツェルニにいないという情報も入っていた。

 ツェルニにいる全生徒がそれらの情報を知っている。

 

『彼ら二人は、別の汚染獣討伐のため外にいってもらった。

ルシフ君は今、ツェルニに戻っている最中だ』

 

『肝心な時にいないのかよ、アイツはッ!』

『ツェルニがこんな状況になったのも、アイツが深く考えずツェルニを離れるからだ!』

『ほんと、ふざけないでよッ!』

 

 大講堂にいる武芸科の生徒たちが口々に不満をぶつけ始めた。

 その不満の殆どが、ルシフに対してである。

 普段偉そうなくせに、肝心な時に役立たないのか。

 もう少し考えて行動しろよ。

 バカが……。

 戦う以外の価値もないのに、不在とか有り得ねぇよ……等の言葉が通信機から聞こえてきた。

 現状の不満を、都合よく生まれた戦犯に全てぶつけることで、心の安定を求めているのだ。

 

『全員落ち着きたまえ! そんなことを今言ったところで、なんの意味もないだろう!』

 

 カリアンが必死に叫び、武芸科の生徒たちは次第に静かになっていった。

 カリアンは息をつき、壇上から武芸科の生徒全員を見渡す。

 

『……この集合を提案したのは、ルシフ君だ。彼は被害を最小限に抑えたければ、自分に従えと言っている。

実際彼は汚染獣との戦闘経験者であり、汚染獣に対して有効な戦術や弱点を知っているだろう。

時間も残り少ない。マイ君、ルシフ君をモニターに表示してくれ』

 

『はい!』

 

 大講堂のモニターに、ランドローラーに乗っているルシフが表示された。

 ルシフの周囲を飛んでいる念威端子を中継機にし、そこから撮られている映像をモニターに映し出しているのだ。

 ルシフの姿を見た武芸科の生徒たちは、息を呑んだ。

 生身で外に平然といるからだ。

 驚きと戸惑いの声が大講堂を埋め尽くす。

 しかし、声はそれだけではなかった。

 

『よくツラだせたなァ! テメェのせいでこんなことになってんだろうがッ! 偉そうにモニターなんかに映らずに、とっとと帰ってこいよ!』

 

 武芸科の上級生の声だった。

 一旦カリアンに静められたが、ルシフを見た途端に不満が再び爆発したのだろう。

 一人こういう人間が出てくると、必ずそれに便乗する輩も出てくる。

 

『そうよ! 私たちみたいな学生に、あんな奴らの相手は無理よ!』

『そもそも一年が偉そうにしゃしゃり出てくんなよ!』

『どうせ遊び半分で外に飛び出したんだろ!? そんな根性だから、こんな事態になるんだ!』

 

 不満を口にしていない武芸科の生徒は、少し青い顔でモニターのルシフを見ている。

 ルシフがこれらの罵声にキレたりしないか心配なのだ。

 ルシフは暫く無言だった。

 無言なのを良いことに、武芸科の上級生たちは罵声を浴びせ続ける。

 ルシフの性格上、無言なのは自分の非を認めているに違いないという考えから、罵声は更にヒートアップする。

 

「……ははッ、はははははは、あははははッ! アッハッハッハッハッ! フハハハハハッ!」

 

 その罵声を聞きながら、可笑しくて仕方ないという表情で、ルシフが笑い始めた。

 己に迫っている危機から目を逸らし、この場にいない者を非難して恐怖を紛らわすことの、なんと愚かで滑稽なことか!

 その笑い声を聞き、上級生が更に罵声を激しくすると、ルシフも同様に高らかに笑い続ける。

 やがてそんなルシフの姿が恐ろしくなったのか、上級生の罵声は徐々に消え、大講堂は静まりかえった。

 モニターの中で笑い続けるルシフの笑い声だけが、大講堂に木霊(こだま)している。

 もはやそれを不気味に思わない生徒はいない。誰もがルシフから視線を逸らした。

 

「ハハハハハ! ハッハッハッハッハッ! ククク――はぁ……はぁ……いかん、笑いすぎて腹が痛い。

――ん? どうした? もっと罵れ。もっと非難しろ。気が済むまで罵声を浴びせてこい」

 

 ルシフが不敵な笑みを浮かべて、大講堂の武芸科全員に向けて言った。

 罵倒されている本人にもっと罵倒しろと言われると、罵倒することに対しての無意味さを思い知らされ、途端に罵倒する気を無くすらしい。

 大講堂の全生徒は黙りこくったままだ。

 罵声を言う気力も無くした上級生を一通り見渡し、ルシフは満足気に頷く。

 

「ふむ、なら茶番はもう終わりにして、本題に入る」

 

 大講堂の生徒たちは、ごくりと唾を飲み込んだ。

 自分たちの生死を分ける作戦。

 汚染獣に対してどう戦うのか、それは自分たちに可能なのかどうかと、彼らの胸中は不安と恐怖でいっぱいだ。

 

「まず大前提として、汚染獣を倒すなど考えるな。

貴様らの誰にも無理だ」

 

 僅かな希望すら握り潰すような、そんな慈悲の欠片もない言葉。

 喉元に刃を突きつけられたような錯覚すら覚える絶望感。

 大講堂の生徒たちは顔を一様に俯けた。

 分かっていたことだ。

 汚染獣――あの凶悪な捕食者に為す術もなく食われるのは、理解していた筈だった。

 しかし言葉にして言われると、かなり心にくる。

 誰もが顔を俯けたが、その内心は様々だった。

 強く拳を握りしめ、己の未熟さを悔しがる者。

 歯を食い縛り、それでも戦ってやると闘志をあらわにする者。

 身体を震わせ涙を流し、心を恐怖に折られた者。

 

『それじゃあ、どうにもならないじゃないか!

お前が来るまで逃げ回れとでも言うつもりか!?』

 

 武芸科のある生徒が涙ながらに叫ぶ。

 ルシフはその言葉を嘲笑(あざわら)った。

 

「逃げ回る? ハッ、冗談だろ?

武芸者は都市の守護者。たとえ勝ち目がなくとも、逃げるなど許されないし、この俺が許さない。

マイ、汚染獣から逃げようとした武芸科の生徒は、片っ端から切り捨てろ。

貴様らは汚染獣と戦って死ぬのだァ!」

 

『逃亡者は殺せ――ということですか?』

 

「その判断はお前に任せる」

 

『了解しました』

 

 ルシフとマイのやり取りが終了した直後、大講堂が生徒たちの怒声で震えた。

 

『っざけんなよテメェ!』

『この鬼畜野郎がッ! 地獄に落ちろ!』

『命をなんだと思ってるんだ!』

 

「――黙れッ!!」

 

 たった一言。

 ルシフがたった一言言っただけで、大講堂は水を打ったように静まりかえった。

 モニター越しからも殺気が届いてくるような、強烈な一喝。

 

「貴様らはいつも、授業で当たり前のように言われている筈だ。

都市が危機に陥った時、どれだけ絶望的でも戦えと。

それが都市から優遇されている理由であり、貴様らの存在意義だと。

負けそうだから、死にそうだから戦いたくない? その言葉を、シェルターに避難している生徒たちの前で言ってみろッ!

剄を持たない生徒たちは、貴様らしか頼れるものがないのだ。貴様らを信じることしかできないのだ。戦いたくても、自分の力で生きたくても、それを生まれながらに許されていないのだ。

貴様らの命には、そういう奴らの命も上乗せされているんだよ」

 

 そういう人間の気持ちを考えれば、逃亡など許せるわけがない。

 ルシフは鬼畜で外道な性格であるが、最低な性格ではない。

 だからこそ、彼は『王』の素質がある。

 人の心を揺さぶり、惹き付ける魅力を持っている。

 実際大講堂にいる生徒たちは、ルシフの言葉に逃亡する気持ちを奪われた。

 逃げようと考えていた者たちはみな己を恥じ、汚染獣に立ち向かう気になっていた。

 大講堂の生徒は全員顔を上げ、モニターのルシフを見ている。最初の時のように、危機から目を逸らしていない。

 しっかりと武芸科の全生徒が前を向いた。

 これで、戦う意味がある。

 

 ――あとは仕上げをするだけだ。

 

 ルシフは唇の端を吊り上げた。

 

「理解したようだな。そう! 貴様らに逃亡の道などない! 戦うしか、貴様らに生きる道はない!

汚染獣到着から三百秒後に、俺はツェルニに到着する。

生きたい奴は、その三百秒を必死に生き抜け! 三百秒生き抜いたなら、この俺が貴様らの危機を救ってやる! この俺が、汚染獣を皆殺しにする!」

 

 大講堂に、ルシフの力強い声が響き渡る。

 この危機を乗り切った時、武芸科の連中は俺を認め、俺を支持するようになるだろう。

 もっとじっくりとツェルニをカリアン・ロスから奪い取る予定だったが、予想外の展開が自分にとって良い方に転がった。

 ルシフはこの状況を最大限利用するつもりでいる。

 大講堂の生徒たちは己を奮い立たせるため、力の限り雄叫びをあげた。

 

『やってやんよクソ野郎がッ!』

『必ず生き抜いてやる!』

 

 そんな彼らを見て、ルシフは笑みを深くする。

 

「よしッ! なら射撃部隊は外縁部の剄羅砲の整備及び射撃準備!

残りは小隊長を中心に、それぞれバランス良く戦力を割り振れ!

あと最後に言っておくが、口頭でどれだけ作戦を伝えたところで、汚染獣を前にすれば恐怖と緊張で全て頭から飛ぶだろう」

 

『なら、どう戦えばいい!?』

 

「……念威操者のマイ・キリーを最前線に送り込む。

マイは汚染獣との戦闘を3回経験している。マイの戦いを参考にして、臨機応変に汚染獣に対応しろ」

 

 このルシフの言葉には、大講堂の誰もが絶句した。

 念威操者が最前線に立つなど聞いたことがない。

 そんな心の声が聞こえたのか、ルシフは言葉を続ける。

 

「言っておくが、マイは俺とアルセイフを除いたツェルニの武芸者全員を相手にできるくらいの、武芸者としての実力がある。

イアハイムの出身者なら、よく知っていると思うが?」

 

『……確かにルシフの言う通りだ。マイは武芸者としても戦える念威操者なんだ』

 

 ダルシェナが重苦しい表情で、そう口にする。

 ダルシェナが冗談を言うタイプでないことを周りは重々承知していたため、生徒たちはルシフの言葉が真実であると判断した。

 

「納得したようだな。マイの戦い方をよく見ておけ。

それから最後にもう一度言っておく。汚染獣を倒そうなど絶対に考えるな」

 

 大講堂の生徒は頷き、全員外縁部の方を目指して走り出した。

 そして数分が経つ頃には、大講堂には誰もいなくなっていた。

 

「マイ、汚染獣3体が相手だ。やれるか?」

 

『やれます! 私はルシフ様の『目』ですから!』

 

「……頑張ってこい。すぐに俺も行く」

 

『はい! 期待して待ってます!』

 

 その会話を最後に、通信を切った。

 誰にも自分のことが見えなくなったと確認してから、ルシフはギリッと奥歯を力の限り噛みしめる。

 ツェルニの武芸者がもう少しマシだったら、マイを前線に送るなどしなかった。

 マイは武芸者に対しては高い戦闘力を誇るが、汚染獣に対しての戦闘力は皆無といっていい。

 しかし――だからこそその戦いを見れば、ツェルニの武芸者の士気は高まる。

 活剄で肉体強化できないマイが、汚染獣を上手くあしらっているのを見れば、自分もやれるんじゃないかという自信をもつ筈だ。

 もしかしたらマイは、この戦いで死ぬかもしれない。

 そんなギリギリの戦いに、『王』としては送り込まざるを得ない。

 私情を排除し、客観的にみて最善と思われる采配をとることが、『王』として出来なければならないことなのだ。

 だが本心は――。

 

 ――頼むから傷一つ負わないでくれ。武芸科の奴らを盾にしてでも生き延びてくれ。

 

 そんな言葉は、口が裂けても言えない。

 ルシフは『王』を目指したその日から、己の全てを捨て去った。

 己自身の望みも、本心も、守りたいものも、己を全て『王』という存在に捧げた。

 故に彼は、心の底から守りたいものでも、それを自ら手放す。

 どれだけ大切に思っていても、それを壊すことが『王』として必要ならば、躊躇なく壊す。

 それこそが、ルシフの『王』としての覚悟。

 だからこそ――彼は誰からも本心を理解されない。

 彼自身が救われることは、彼が死ぬまでないのだ。

 

「待っていろよ、マイ。一秒でも早く、お前のところに行くからな」

 

 微かな呟きが、ランドローラーの轟音に掻き消された。

 ルシフは全力でツェルニを目指す。

 表向きはツェルニを救うために、本心では――マイを傷付けさせないために。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 ツェルニの建造物の中でも一番高い建造物。その屋上にフェリとマイの二人がいる。

 

「……なんとも思わないんですか?」

 

「え?」

 

「念威操者を前線に送る――そんなの聞いたことないです。しかも汚染獣3体を相手にするって……勝てる自信があるんですか?」

 

「勝てません。勝てなくていいんです。その役目はルシフ様が――」

 

「だからッ! あなたはその引き立て役に選ばれたんです! それに、逃亡者の始末なんてものも押し付けて……あの男は、あなたのことを都合の良い駒としか思っていません!

なのにあなたはそうやって、嫌な顔せずにあの男に従う。

何故なんです? 分かりません」

 

 フェリの顔は相変わらず無表情だが、怒りの感情が滲みでていた。

 自分のために他人の気持ちを一切考えず利用するやり方を、心の底から嫌悪しているからこその怒り。

 しかし、マイにフェリの内情は分からない。

 マイは首を傾げた。

 

「そういう役割をする人間が必要だから。そして、その役割を一番果たせる相手をルシフ様は選んだだけです。

この指示は、一番ツェルニの被害を抑えられる可能性がある指示です。

それにフェリさんも聞いた筈です。逃亡者を切る理由を……」

 

「確かに彼の言うことは正論でしょう。でも、武芸者になりたくて武芸科という科を選ぶのです。

武芸科の生徒は、武芸者である前に武芸者になりたいだけの学生です。

本来ならば彼らもシェルターに避難している生徒同様、護られるべき存在。

そんな彼らを無理やり戦場に駆り立てる。あの男は正論をいつも口にしますが、それはあの男が強者だから言えることです。

あの男は、弱い人間の心を理解しようとしません」

 

「……フェリさん、弱者は護られて当たり前――そんな甘えきった考えをしているから、危機に直面した時に自分を見失い、潰されるんです。

ルシフ様がああ言わなかったら、武芸者の自覚をもっていない生徒が戦場を混乱させ、防げた筈の犠牲者を出すことになっていたでしょう。

ルシフ様が絶対正しいから、私はルシフ様に従います。少しでもルシフ様の力になりたくて、私は好きで従っているんです。

ルシフ様が逃亡者を切れっていうなら、私は喜んで切りますよ。

安い同情なんてしないでください」

 

 フェリにとって、マイの言葉は衝撃的だった。

 てっきり心の底では、ルシフの命令を嫌がっていると思っていたが、実際はそんなこと微塵も思っていない。

 

「……あなたも、あの男と同じ考えなんですね」

 

「ええ、心から賛同しています」

 

 マイは外縁部の方向の屋上の端に立つ。

 強風がマイのツインテールを揺らし、ツインテールが横になびいている。

 

「フェリさん、あなたは優れた念威操者です」

 

「……当然です」

 

 フェリは眉一つ動かさず頷いた。

 マイはフェリの方に振り返り、笑みを浮かべる。

 

「私はそんなあなたより、ずっと優れています。

私はこの世界最強の念威操者ですから!」

 

 マイは最強を目指す存在の『目』。

 だから彼女も、念威操者の中で一番優れた念威操者を目指す。そうでなければ、ルシフの『目』として相応しくない。

 そして、彼女はルシフのように振る舞うことを自分に課している。

 念威に関しては、どこまでも傲慢に。

 マイは屋上の端に立って振り向いたまま、後ろにゆっくりと倒れていく。

 

「……は?」

 

 フェリから、呆然とした呟きがもれた。

 マイの後ろには何もない。

 マイの身体は虚空に包まれ、空気のベールを切り裂きながら、まっ逆さまに落ちてゆく。

 マイは錬金鋼を握りしめた。

 マイの周囲に、錬金鋼に残っていた六角形の結晶体が展開される。それらはマイの念威で淡く青色に光り、ツェルニの空をキラキラと反射させた。

 それらが意思を持つように、マイの足元に集まってゆく。

 そして僅か数瞬後には、マイの足元で六角形の結晶体が組み合わさって、1枚の大きな結晶のボードが出来上がっていた。

 

「それッ!」

 

 マイはボードに足を触れさせたまま、ボードごと勢い良く身体を半回転させた。そうすることで、落下のダメージを殺したのだ。

 念威端子は空を自在に飛び回る。

 理論上、人間の体重を支えられるなら、人間を乗せたまま飛び回ってもおかしくはない。

 しかし、そんなことをしようと考える念威操者など、マイ以外にいないだろう。

 マイは結晶のボードに乗り、フェリのところまで浮かび上がる。

 驚きで目を点にしているフェリを見て、胸がすっとするような快感を覚えたマイは、悪戯っぽい笑みになる。

 ルシフ様が錬金鋼をくれた時に言っていた、機能性と美の両立。

 あの時は意味が分からなかったが、あれからしばらくしてルシフ様から教えられた。

 正六角形は隙間なく組み合わせられる図形であり、完璧にコントロールできれば、念威端子で巨大な板を作り上げることも可能の筈だと。

 

 ――確か……ハニカム構造ってルシフ様は言ってたかな?

 

 ある時は偵察するための目になり、ある時は無数の刃となり、ある時は空飛ぶボードとして移動手段にもなる。

 それは(まさ)しく、機能性と美を両立させていると言ってよかった。

 

「じゃあ、フェリさん行ってきます」

 

 淡く輝く念威端子のボードを、外縁部の方へ向けて動かす。

 ツェルニの建造物を縫うように掻い潜りながら、マイの乗るボードが空を駆けた。

 外縁部に向かっている生徒がそれを見て、みな驚愕の表情を浮かべている。

 空飛ぶ人間など、彼らは見たことがないのだから、その反応は当然の反応である。

 そんな反応に慣れっこであるマイは、大して意にも介さず外縁部に到着した。

 すでに外縁部に集まっている武芸科の生徒たちのすぐ近くを低空飛行し、結晶のボードから飛びおりる。

 誰もが言葉を失って呆然としている中、マイは軽く錬金鋼を動かし、念威端子のボードを分解させて周囲に再展開させた。

 

「さてと……」

 

 大多数の武芸科の生徒は外縁部に向かっているが、極少数の生徒は隠れるように中央部に移動している。

 移動中に念威端子でその情報を得ていた。

 周囲に展開した結晶体が、それぞれ違う軌跡を描きながら、彼らの元に殺到する。

 彼らにそれをよける技量はなく、錬金鋼を復元させる前に彼らの足は斬られ、その場に崩れ落ちた。

 彼らは見せしめのための犠牲になったのだ。

 

「武芸科の皆さん、今7人ほど戦いから逃げようとしていた人がいたので、足を切らせてもらいました。

彼らにはそこで、戦いたくても戦えない生徒の気持ちを知ってもらおうと思います」

 

 マイは逃亡者を殺すつもりはなかった。

 いや、そもそもルシフはマイに対して、暗に殺すなと言っていた。

 ルシフの性格上、殺すと判断した場合はマイに判断を委ねずに殺せと命令する。

 マイに判断を任せたことが、そのまま生かせという命令になることを、マイはよく分かっていた。

 このマイの行動で、汚染獣がきたら一目散に逃げようと密かに考えていた少数の生徒たちの頭から、逃げるという選択肢を完全に奪った。

 

「マイ・キリー、警告もなしに切るとはやり過ぎだろう!」

 

 武芸長のヴァンゼが怒りをあらわにして、マイに詰め寄ってくる。

 

「警告ならルシフ様がしたと思いますが?」

 

「本当に切るとは思わなかった。

あの場はああ言っておいて、実際はやらないものだと信じていた。

まさかお前がヤツと同類だったとは……」

 

 ヴァンゼが拳を握りしめた。

 その周りにいる生徒も、その通りだと言わんばかりの視線をマイに向けている。

 

「絶対的な規律により、武芸者は統率されるべきだ。

これはルシフ様が常々言われていることです。

私たちはお互いに都市を守る戦友であり、乱れのない連携が私たちの命を繋ぎます。

その中に覚悟のない者がいれば、私たちの命も危うくなります。

殺してないんだから別に問題ないでしょう?」

 

 ヴァンゼは舌打ちをして、マイから顔を逸らした。

 マイは完全にルシフに毒されていて、何を言ったところで無駄だと感じたからだ。

 それから十数分で武芸科の生徒を小隊ごとにバランスよく振り分けて、射撃部隊は剄羅砲の剄の充填に入る。

 剄羅砲――固定砲台というべき大砲が、外縁部付近に円を描くように間隔を空けて設置されている。

 汚染獣が来る方向の剄羅砲のみ使用するため、使用する剄羅砲は数台であったが、それでも何十人と剄を集めなければ、剄羅砲を使える剄量まで溜まらなかった。

 そして剄羅砲の使用準備も完了し、各小隊とそれに追従する生徒たちが陣形を組む。

 陣形と言っても、各小隊同士の間隔を空けて並んだだけの、お世辞にも戦術的とはいえないお粗末なものであったが、今の彼らにはそれが精一杯だった。

 そこから待つこと数分。

 永遠に続くかと思うほどの重い静寂がおとずれ、全員が緊張しきった固い表情をしている。

 誰もが自分の生命線である錬金鋼を祈りのごとく握りしめ、じっとその時を待つ。

 

「汚染獣、ツェルニに到達ッ!」

 

 その一報が、時を止めていた外縁部の時間を動かした。

 レストレーションという錬金鋼の復元言語がそこかしこから聞こえ、各々の手に武器が握られる。

 エア・フィルターを切り裂き、3体の汚染獣がツェルニの外縁部に飛来した。

 これから始まるのだ。

 自分たちの生存を賭けた、三百秒という短いようで長い戦いが。




今回は後書きで言いたいことが結構あります。

まず、ルシフの笑い声がひらがなの時とカタカナの時がありますが、ひらがなで笑ってる時は自分を抑えてる感じ。カタカナで笑ってる時は自分の本性が滲み出してるイメージで書いてます。
今回のルシフは、ルシフの元ネタの一人である『スリーキングダム』の曹操が結構顔を出してた感じですかね。

それからマイの錬金鋼について。
マイが刃として念威端子を扱う時のイメージは、ガンダムでお馴染みのファンネルみたいなイメージです。性能的にはファングですけど。
今回登場した念威端子を空飛ぶボードにするやつのイメージは、エウレカセブンのリフボードみたいなイメージです。
ただ念威端子の集合体なので、ボードを形成している念威端子全てを一寸のズレなくコントロールする桁違いの精度が必要という設定があるため、マイがこれを出来るようになったのが数年前という裏設定があります。

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