鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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原作3巻 センチメンタル・ヴォイス
第17話 魔王の戯れ


 ニーナ・アントークは内心で頭を抱えていた。

 レイフォンとルシフは仲が良くなったと思っていたが、それは自分の幻想であり、同時に願望だったと気付いたからだ。

 きっかけは、生徒会長のカリアンから第十七小隊へのある要望。

 

『第十七小隊が他の小隊と比べて桁違いに強いため、ルシフくんは他の小隊に移動するか、全ての対抗試合の出場を辞退してもらいたい。

これは全小隊が向上するために必要なことであると、私自身が判断した。何か意見があれば、私のところまで来たまえ』

 

 これが、カリアンからの要望内容だった。

 要望内容自体は、ニーナの目からみても妥当なものだと感じる。

 確かに第十七小隊は化物レベルの武芸者を二人抱えているため、他の小隊が第十七小隊と闘いたくないのは痛いほど理解できるし、敵になるのが恐ろしいという気持ちも分かる。

 特にルシフはそういう意味でいくと、他の小隊の恐怖の象徴だろう。先の汚染獣襲撃でツェルニの生徒たちに好印象を与えたが、彼の敵への容赦なさを忘れたわけではない。むしろあの出来事でその印象は強くなっている。

 だからこそ、カリアンはルシフを指名して、ルシフを対抗試合の置物にするか、それとも他小隊の増強戦力にしようとしている。

 しかしカリアンの本音は、ルシフが他の小隊にいくのではなく、対抗試合に出ないでほしいというところだろう。

 本当のところ、他の小隊は第十七小隊が恐ろしいのではなく、ルシフだけが恐ろしいのだ。

 他の小隊にルシフがいっても、恐怖の対象がその小隊に代わるだけで根本的な解決にならない。

 ニーナは、ルシフが素直にこの要望を受け入れるか心配だった。

 闘うのが好きなルシフは、他の小隊に移動する可能性はあれど、闘う場である対抗試合に出ないという選択肢は選ばないだろうと考えていた。

 

「分かった。俺は対抗試合に出ないでやろう」

 

 ニーナの懸念とは裏腹に、ルシフはそう言ってあっさりとカリアンの要望を受け入れた。

 ニーナがカリアンの要望をルシフに伝えたのは訓練後のロッカールームだったため、レイフォンやフェリ、シャーニッド、訓練の見学にきていたマイも、その内容を聞いていた。

 ルシフが対抗試合に出ないと言ったとき、マイは少し怪訝そうな顔になった。いや、その場にいるルシフ以外の全員が似たような表情になっていた。

 そう、問題はここからだ。

 ルシフがその一言だけで終わっていれば、多少納得がいかないながらも険悪な雰囲気にはならなかった。

 

「退屈な闘いは嫌いなんだよ。俺はゲテモノ好きじゃないからな」

 

 嘲笑(あざわら)いながらそう口にしたルシフに、レイフォンがキレた。

 

「そんな言い方ないだろうッ! みんな必死に頑張ってる! それを料理扱いするなんて、許されることじゃない!」

 

 レイフォンはルシフに詰め寄り、胸ぐらを掴みながらロッカーにルシフを叩きつけた。

 レイフォンはそのままロッカーにルシフを押しつけたまま、鋭い目でルシフを睨む。

 ルシフはそんなレイフォンを、一層冷めた目で見た。

 

「……貴様がそんなことを言うのか?」

 

「……え?」

 

「闇試合に出場していたとき、対戦相手をヒト扱いしていたか? 勝てば金が貰える相手――程度の認識しかなかったんじゃないか? 対戦相手が金に見えていたんだろう?」

 

「……ち、違う! 僕は……」

 

「否定するな。別に責めているわけじゃない。人など、無意識にそうやって他人に価値を付ける。

だがな、同じ穴の(ムジナ)のくせに、俺を批判するなよ」

 

 レイフォンの手から力が抜け、ルシフはそれを振り払う。

 ルシフは鼻を鳴らし、乱れた制服を軽く直した。

 

「ふん、確固とした意思もないヤツが、この俺に意見するな」

 

 そのままルシフは、ロッカールームを出ようとする。

 

「……違う」

 

 そこに、小さな呟きが聞こえた。

 フェリの声だった。

 

「レイフォンは、あなたみたいな人とは違います。あなたと違い、レイフォンは誰かのためにお金が必要だった。

自分が楽しむことしか考えてないあなたとは、天と地ほどの差があります。

あなたとレイフォンを一緒にしないで!」

 

 ルシフはフェリの言葉を呆れた表情で聞いていた。

 そして、ルシフは何も言わずにロッカールームを出ていった。

 その後ろをマイが追いかけ、ルシフのすぐ後にロッカールームから出ていく。

 ロッカールームに、重い静寂が訪れた。

 そして、冒頭のニーナに戻る。

 ニーナはため息をつき、レイフォンの肩を軽く叩いた。

 

「レイフォン、気にするな。たとえお前の過去がどうであろうと、間違っていると思うものを指摘するのは正しい行為だ」

 

「……隊長」

 

 もしかしたら、レイフォンは昔、本当に闇試合の相手をお金としか見ていなかったかもしれない。

 だが、そういう過去があると、間違っていると声に出したら駄目なのか?

 そんなことを言っていたら、誰も『今』間違っていることを正す資格がないことになる。

 それじゃ駄目だと、ニーナは思う。

 もっと柔軟に他人の意見をルシフは聞き入れるべきだとも思った。

 なんにせよ、解決したと思っていたルシフとレイフォンの関係は、その実あまり変わっていなかった。

 そのことに気付き、ニーナはもう一度、深くため息をついた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 そんな出来事があり、第十七小隊と第五小隊の試合にも関わらず、ルシフは野戦グラウンドの観客席にいた。

 ルシフの隣にはマイが座っている。

 

「ルシフ様、熱でもあるんですか?」

 

「……いや」

 

「では、何か悪いものでも食べました?」

 

「……記憶にないな」

 

「それなら、どこか調子が悪いんですか?」

 

「…………」

 

 ルシフは隣で心配そうな顔をしているマイの方に顔を向けた。

 

「さっきから何が言いたい?」

 

「いえ、ルシフ様の性格なら、第十七小隊以外の小隊に移動するかと思いまして……」

 

 ルシフは一つ息をついた。

 

「俺が好き好んで弱いヤツらと戯れるとでも思ったのか?」

 

「私が言いたいのは、どうして第十七小隊と闘える機会を捨てたのかということです。

確かに第十七小隊以外の小隊では、ルシフ様を楽しませるなどできないでしょう。

でも、第十七小隊は私が見たところ、十分にルシフ様を楽しませる要素が揃っていると思いますが」

 

 そういうことかと、ルシフは合点がいった。

 同時に、自分らしくない行動をとっていた自分の迂闊さに少し腹が立った。

 ルシフが第十七小隊に拘る理由は当然、『廃貴族』を手に入れる確率が一番高いからである。というより、第十七小隊以外で『廃貴族』を手に入れられる可能性は限りなく低いと言った方が正しいか。

 だが、それは原作知識があってこそ分かることであり、ルシフ以外の人間にその考えはできない。

 だから、ルシフに違和感を感じた。

 しかし、別にその行動に対して納得できる理由があれば、人はその人らしくない行動でも受け入れる。

 ルシフはふっと不敵に笑った。

 

「カリアンの要望――あれは選択肢があるようにみえて、実は選択肢がない」

 

「どういう意味です?」

 

 マイは困惑した表情になる。

 

「もし仮に他の小隊に移動するのを選んだら、どうなっていたと思う?」

 

「どうって……移動した小隊で闘うようになるんじゃないですか」

 

「違うな。まぁ訓練はそうなるだろうが、対抗試合の日が近付けば、また同じ内容の要望がカリアンからくるだろう」

 

「え?」

 

「ヤツは全小隊の向上が目的らしいからな。俺が対抗試合に出れば、どの小隊も間違いなく沈黙する。下手に抵抗すれば、余計痛い目に遭わされると考えているから。

つまり、俺が対抗試合に出場すること自体が小隊向上を妨げるわけだ。

あの要望は、ある意味カリアンが俺を試していたとも言える」

 

「成る程……私はそこまで考えられなかったです。流石、ルシフ様!」

 

 実はこの考えは、今咄嗟にルシフが考えたカリアンの真意だ。

 正直要望を聞かされた時は第十七小隊に残ることしか考えていなかったため、要望そのものを深く考えていなかった。

 頭に浮かんだことを話しながら、ルシフはあれ、いい線いっているんじゃないか? と、自分の頭脳の良さを再認識した。

 冷静に考えば、むしろこの選択こそ正しい。

 

 ――無意識でも俺は、正しい選択を選んでしまうのか。どこまでも神に愛された男だな。

 

 ルシフは少し機嫌を良くして、手に持っていたドリンクのストローに口をつけ、コーラを飲む。

 マイは少し不機嫌そうな表情になった。

 

「それにしても、気に入らないですね。ルシフ様を試すなんて……」

 

「カリアンはいずれ引きずり下ろす。だが、今はその時期じゃない。学園都市という特殊な都市を知るいい機会でもある。

時期がくるまでは、今見える景色を楽しませておいてやろう」

 

 ルシフはそう言って、再びストローに口を付けた。

 野戦グラウンドの方に視線を向ける。

 第十七小隊と第五小隊の激しい戦闘が続いている。

 第五小隊隊長は、ゴルネオ・ルッケンス。

 グレンダンの出身であり、天剣授受者である『あの』サヴァリスの弟でもある。

 ルシフのゴルネオに対する印象を一言でいえば、小心者。

 天才と呼ばれる兄と比べられ続けるプレッシャーに耐えられず、グレンダンから逃げ出したつまらない男。

 ゴルネオは気迫のこもった表情で、レイフォンに化錬剄の妙技を放った。

 レイフォンはそれを危なげなく回避。

 その回避した位置のレイフォンの死角から、赤い髪の少女が飛び出し、紅玉錬金鋼(ルビーダイト)の槍の穂先から剄を炎に変化させた塊が、レイフォンを襲う。

 赤い髪の少女の名は、シャンテ・ライテ。実はこの少女には秘密がある。この少女に眠る力は、『廃貴族』に匹敵する力かもしれない。

 ルシフはこの力を奪おうと思っていない。奪うためにはそれまでに必要な準備、時期、場所等の条件が多すぎて、確実に奪うタイミングをつくるのが難しい。

 そして、その力を奪うために絶対に必要な力が『廃貴族』であり、何はともあれ『廃貴族』を手に入れてからそれは考えればいいと、ルシフは考えている。

 レイフォンはコマのように身体を回転させ、膨大な衝剄を周囲にばらまきながら活剄で腕力を強化。

 レイフォンを起点にした竜巻が生まれ、レイフォンの頭上から攻撃した少女と放たれた火の玉は弾き飛ばされた。

 活剄衝剄混合変化、竜旋剄。

 レイフォンが今放った剄技。

 あの程度の剄技なら、ルシフは一目見れば会得できる。

 ルシフは空になったドリンクを隣のマイに渡し、自分の左膝に左肘をついて頬杖をつくり、それに自分の左頬を乗せた。

 そこからはあっという間の決着だった。

 レイフォンは千人衝――ルシフもアルシェイラ戦で使用した剄技――を使い、ゴルネオとシャンテに一斉に襲いかかる。

 千人衝というわりには十数人しか残像がつくれていなかったが、それでも彼ら二人にそれを防げる技量はなかった。

 ゴルネオとシャンテはその場に崩れ落ちるように倒れ、シャンテは気を失い、ゴルネオは地面に這いつくばりながらレイフォンを睨んでいる。

 そこでフラッグ破壊を知らせるサイレンが鳴った。第十七小隊は攻撃側だったため、第十七小隊の勝利だ。

 第十七小隊の作戦は、レイフォンを先行させ、シャーニッドがレイフォンを囮に殺剄で敵陣に潜入。さらにニーナはレイフォンが戦闘に入った瞬間に敵陣まで移動。そして、ニーナに釣られたフラッグ防衛の連中の隙をつき、シャーニッドが奇襲攻撃。そこから一気にフラッグを破壊するといった内容だった。

 完璧な作戦勝ちだったといえよう。流れるような連繋に目を奪われた観戦者も実際多かった。

 しかし、ルシフの表情は退屈そのもの。

 一つあくびをして、ルシフは目尻に涙を浮かべながら立ち上がる。

 

「つまらん試合だ。収穫が一切なかった」

 

 視線は野戦グラウンドに向けたまま、ルシフはそう呟いた。

 ルシフは観客席の前を歩き、野戦グラウンドから出ようとする。

 そこで視界に、禿頭の男がよぎった。

 第十小隊隊長、ディン・ディー。その隣にダルシェナ・シェ・マテルナ。

 ルシフは微かに唇の端を吊り上げる。

 

 ――いや、収穫はあったか。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 以前祝勝会をしたミュールの店。今回も第十七小隊はこの店で祝勝会をしている。

 

「三番、ミィフィ、歌います!」

 

 ミィフィがマイクを握りしめて、気持ち良さそうな歌声が店内に響き始めた。

 この店にカラオケの機材はない。誰かが持ち込んだのだろう。

 今この店は第十七小隊と、彼らの友人ばかりいた。

 

「……そうか。ルシフはまた不参加か」

 

 ニーナは残念そうな表情で、フェリの念威端子から伝えられた言葉を聞いた。

 

『一人でいるのが好きなあの男が、参加するわけないでしょう。まあ、わたしにも同じことが言えますが』

 

 フェリもこの祝勝会に参加していなかった。

 フェリの辛辣な言葉に、ニーナは思案するような表情になる。

 

「確かにそうだろう。なら、何故あいつはマイをいつも傍に置く?」

 

『あれはあの男ではなく、マイさんがあの男に付きまとうからでは? それをあの男が追い払わないだけの話です』

 

「……違和感があるんだ。あいつに対しての違和感。何かが引っ掛かる。何かズレがあるような……」

 

『そんなに真剣にあの男のことを考えても答えは出ませんよ。気になるなら直接話せばいいと思いますが』

 

「……そうだな。今考えるのはやめよう。わたしもやろうと決めていたことがあるしな」

 

 フェリの念威端子はそこでニーナから離れ、窓から外に出ていった。

 

「ルシフ君、今日来ないんだ?」

 

 ニーナの女友達の一人が残念そうな顔をする。

 

「ああ、あいつはこういう場が嫌いなようでな。それにしても、あいつと面識でもあるのか?」

 

「あ~、ニーナは知らないか。私、『ルシフ君ファンクラブ』の会員なんだ~、じゃーん!」

 

 そんなセルフ効果音とともに、彼女は一枚のカードを取り出した。

 そのカードには、『ルシフ君ファンクラブ 会員ナンバー51』とあった。

 

「ルシフ君……ファンクラブ?」

 

 ニーナの目が点になる。

 

「あー、それあたしのクラスの女子も半分くらい入会してますよ」

 

 そのやり取りを聞いていたナルキ・ゲルニが苦笑して会話に参加した。

 

「なんなんだ、これは?」

 

「その名の通り、ルッシーに気のある女子が色々情報交換したり、写真とか共有する集まりです。

実はあそこで歌ってるミィも、それに入ってるんです。それも会員ナンバー4。情報を手に入れるには実際に入会した方がいいとか言って」

 

「今何人くらい入会してるんだ?」

 

「ミィの話じゃ八十人くらいって言ってました」

 

「そもそも、そんなものいつできたんだ?」

 

「少し前の汚染獣三体との戦闘があった次の日にできたらしいですよ」

 

 ニーナは目を見開いた。

 

「ちょっと待て! まだできてから一週間も経ってないじゃないか! なのに八十人!? ルシフはそんなに人気があるのか!?」

 

 ナルキはニーナの女友達と視線を合わせる。

 

「……あの汚染獣の襲撃の日から、ルシフ君の人気はうなぎのぼりよ。この話知ってる?

ある日、ルシフ君が寮から校舎までの大通りを歩いていた。そして、その間にすれ違った女子生徒全員がルシフ君を振り返り、顔を赤くしていたって話」

 

「ミィから聞きました。確か二十人くらいその時いたって……」

 

 そんな二人の会話を、ニーナはぽかんとした表情で聞いていた。

 

「わたしには理解できないな。

あ、そうだ、ちょうどいいところにきた。ナルキ・ゲルニ一年生、少し話がある」

 

 ニーナは少し笑って、そう言った。

 ナルキは少し身体を強張らせる。なんというか、何か面倒なことになる予感をひしひしと感じていた。

 そして、ナルキのその予感は的中することになる。

 

「――小隊に興味あるか?」

 

「…………はい?」

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 すっかり暗くなった空。月明かりだけが眩しいある建造物の屋上に、ルシフは立っている。

 そのルシフの斜め後ろに当たり前のように立っているマイが、ルシフに小さく耳打ちした。

 マイの言葉を聞いて、ルシフは微かに笑みを浮かべる。

 

「――来たか」

 

 屋上への扉が唐突に開かれる。荒々しく開けられた扉からも、相手の機嫌が悪いのを察することができた。

 しかし、ルシフにそんな事情はどうでもいい。

 扉を開けた二人の男女がルシフに近付いてくる。

 第十小隊隊長ディン・ディーとダルシェナ・シェ・マテルナ。

 

「俺はディン・ディーだけを招待した筈だがな」

 

「ふざけるな! ディン一人でお前に会わせるわけないだろう!」

 

 ダルシェナが怒りで目を吊り上げる。

 ルシフはそれを無視して、ディンを見た。

 

「これはこれは……まさか本当に招待に応じてもらえるとは思わなかった」

 

 白々しく、まるで演技でもしているかのように大袈裟に両手を広げたルシフに対して、ディンは苛々しげに舌打ちする。

 

「……来なければ第十小隊の隊員を一人ずつ戦闘不能にしていくと言われたら、隊長の俺は従うしかないだろう……! この外道が……!」

 

「ふっふっふ……あはははははッ! まさか貴様にそんな言葉を言われるとは思わなかった! 対抗試合で『あれ』をしているくせに!」

 

 そう言われた途端、ディンとダルシェナの顔がみるみる青くなっていく。

 

「……なんのことだ?」

 

 あくまでしらを切ろうとするディン。ルシフは悪魔の笑みで鼻を軽く鳴らした。

 

「ふん、この俺がなんのカードもなく、この場を用意したとでも?

俺から隊員に危害を加えると言われて、隊員の方ばかりに気を取られ、自分のことは疎かになったんじゃないか? 具体的に言えば、自分の部屋とか――な」

 

 ディンは絶句している。

 まさか脅した本当の目的が、『あれ』の証拠を手に入れるためだったとは――。

 そのディンの考えを証明するように、ディンにとって見慣れたものがルシフの手に握られていた。

 

「……何が目的だ?」

 

 第十小隊を潰すのが目的なら、カリアンにその証拠を渡せば終わる。

 それをせずにこうしているということは、第十小隊を潰すのが目的ではないという何よりの証拠。

 ディンは隣のダルシェナを見る。

 ダルシェナはディンよりも青い顔をしていた。

 ダルシェナだけは、第十小隊の中で唯一『あれ』をしていなかった。いや、ディンがそれを許さなかったし、その情報もダルシェナに伝わらないよう細心の注意を払っていた。

 だが、ずっと一緒に闘っていたダルシェナは、なんとなく違和感に気付いていた。

 しかし違和感の正体を知るのが怖くなり、それより先にダルシェナは踏み込めなかった。

 ダルシェナを連れてきたのは失敗だったと、ディンは両拳を握りしめる。

 

「――勘違いしているようだが、俺は別に批判する気はない。貴様がやっていることは、常に死と隣り合わせのリスクがある『諸刃の剣』。そこまで勝利に執着できるヤツはそういない。

だがな、本来それは最後の手段だ。貴様は本当にその選択しか選べないのか?」

 

「……何が言いたい?」

 

「今、俺はニーナ・アントークを鍛えている。お前よりずっと弱い武芸者だ。いずれ第十七小隊と第十小隊がぶつかるとき、アントークと一対一で勝負しろ。もちろん貴様は『あれ』をして闘えばいい」

 

「俺があんな卑怯者に負けるかッ!」

 

 ディンが怒りで顔を歪めて叫ぶ。

 ルシフはディンに近付き、手に持っていた物をディンに返した。

 

「なら、いい。その気迫でその時も頼む。

それから――貴様、色々もったいないぞ。まだまだ貴様には()(しろ)がある」

 

 ルシフはそのまま、ディンとダルシェナの後ろにある扉に近付く。

 ディンはルシフから渡された物を手に持ち、怪訝そうな顔をした。

 

「お前、何がしたいんだ?」

 

 ルシフは振り返らず、歩くのを止めない。

 

「……強いて言えば、暇潰しだな」

 

 そのままルシフは静かに呟き、ルシフとマイは扉の向こうに消えていった。

 そして、その場には呆然と立ち尽くすディンとダルシェナだけが残った。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 同時刻。ニーナが以前一人で鍛練していた外縁部にフェリが立っている。

 フェリはその手に錬金鋼を握りしめ、自分の枷を外した。

 フェリの長い髪が念威で光り輝く。

 多数の念威端子の鱗が、エア・フィルターの外に舞う。

 フェリは念威を使うのは嫌いだが、念威を使って見える景色を見るのは好きだった。

 それは念威操者の特権といってもいい。

 エア・フィルターに邪魔されて見えない満天の星空。汚染された大地でも必死に生きている生き物たち。

 フェリはもやもやしていた。

 当然レイフォンのことである。

 武芸をやめたいと言うわりに、対抗試合をみても嫌々闘っている感じはしない。

 自分は嫌々念威を使っている。

 レイフォンは自分と同じ。

 違いは、レイフォンは必要とされればそれを受け入れて力を貸すが、自分は必要とされても力を最低限しか貸さない。

 きっとレイフォンが正しい。というより、大人だ。自分のやっていることは、子供が思い通りにならないと駄々をこねているのと同じことなのかもしれない。

 

 ――それでも。

 

 こうする以外、どうすればいいのか?

 すっきりしたくて気分転換するためにこんな場所まで来たが、今のところ無駄足になっている。

 そこでふと、念威端子の一つが何かをとらえた。

 山の稜線に紛れるように何かがある。

 フェリは『それ』に念威端子を近付けつつ、光反射知覚以外の、熱、音波、電磁波知覚も起動させる。

 『それ』の距離は、都市の移動速度で二日といったところだった。

 さすがにそこまでは念威端子を飛ばせないため、望遠から『それ』の解析を進める。

 そして、フェリの複数の視界の中に浮かんだ様々なデータを見て、フェリは息を呑む。

 『それ』は傷付いた都市。そして、悪魔が心の底から望んでいるものが眠る場所。

 この都市との接触が、世界を激流に突き落とす前奏曲(プレリュード)になることを、ある一人を除いて誰も気付いていなかった。




今回は色々フラグを立てる回でした。

それから、最近この作品を読み直して、ルシフってもしかしてツンデレなのか!?と、思ってしまいました。
そう考えたら、今までのルシフの発言が一気に可愛げのあるものに……!
今、自分の中でルシフの好感度が急上昇しています。

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