鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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お気に入りの数がいつの間にか七百を超えていました。
百超えれば上出来かなと思っていたので、とても驚いています。
お気に入り登録して下さった方々に、この場を借りてお礼申し上げます。
本当にありがとうございます。

ちなみに、今日朝起きて何気なくこの作品のアクセス解析を見たんですけど、見たことのない状態になっていたので何度も目をこすりました。
一体何が昨日起きたんだ……?


第18話 過去の亡霊

 ツェルニがまた新たな問題に遭遇している中、グレンダンでもちょっとした出来事が起きていた。

 レイフォンと同じ孤児院で育ち、レイフォンが天剣を剥奪されても、レイフォンのやってきた罪を知ってもなおレイフォンの味方をした少女。

 茶色の髪と藍色の瞳をして、普段は明るく笑顔で周囲を和ませる少女の姿は、今の姿からは微塵も感じられなかった。

 以前レイフォンに手紙を書いた相手。リーリン・マーフェス。

 血の気が引いている彼女のすぐ前で、レイフォンとリーリンを育てた養父、デルクが血まみれで倒れている。

 

 ――どうして?

 

 リーリンが倒れているデルクに近付く。

 

 ――どうしてこんなことに?

 

 リーリンがデルクの背を軽く揺する。

 

「父さん……嫌だよ……死なないでよ……」

 

 デルクからの返事はない。

 それが更にリーリンを不安にさせた。

 

「いなくならないでよ……父さんッ!」

 

 リーリンの両目からとめどなく涙が溢れていく。嗚咽をもらしながら、リーリンはデルクの身体を揺する。

 ふと、リーリンの耳に唸り声が聞こえた。

 だが、リーリンはそちらに視線を向けず、眼前で横たわるデルクから視線を外さない。

 デルクをこんな目にあわせた元凶。リーリンが間違っていると分かっていながらも恨んだ相手。

 ガハルド・バレーン。レイフォンを脅迫し、レイフォンに右腕を切り落とされた男。レイフォンの悪行をバラし、レイフォンが天剣を剥奪されるきっかけをつくった男。

 この男が、デルクを血まみれにした。

 今も唸り声をあげ、リーリンから少し離れたところでリーリンを睨んでいる。

 この悲劇の始まりは、一月前まで遡る。

 幼生の群れにグレンダンが襲われた日、その隙を突くように老性体の変種が侵入してきた。

 当然念威操者が侵入に気付いたが、この汚染獣は人間に寄生して養分を吸い取るという変性を遂げており、天剣授受者が追いかけようとした時には人間の中に潜伏してしまっていた。

 それから数度の追跡で、汚染獣のことがいくつか分かった。

 汚染獣は養分を吸いきる前に新しい宿主に移動すること。移動の瞬間は念威操者が発見できること。寄生された人間は元来の性格に基づいた行動をすること。

 これらの情報から、サヴァリスは一計を案じた。

 念威操者を大量に動員して、新しい宿主に移動する瞬間を狙って襲撃。万が一失敗した場合に備え、行動予測をしやすい人物を囮に用意。

 その囮に選ばれたのがガハルド・バレーンであり、サヴァリスの狙い通りレイフォンの関係者を狙う行動をとった。

 実はリーリンも狙われる可能性があるということで、天剣授受者のサヴァリスとリンテンスがリーリンの護衛をしていた。

 つまりリーリンの前に立っているガハルド・バレーンは、汚染獣に寄生された人間。その実力も人間の時とは桁違い。

 デルクを倒した技は、初代ルッケンスの奥義、咆剄殺。外力系衝剄の変化であり、震動波として放たれる叫びは、分子の結合を破壊する。

 武芸者だった時のガハルドは、この剄技を使えなかった。

 デルクは活剄の威嚇術で咆剄殺の震動波を抑えたが相殺はできず、震動波の衝撃で深手を負ってしまった。

 デルク一人だったなら大した問題ではなかったが、リーリンを身体を張って守ったため、こういう結果になった。

 ガハルドの唸り声が大きくなっていく。

 咆剄殺を再び放つつもりなのだ。

 デルクが瀕死の今、咆剄殺を放たれればデルクもろともリーリンも命を落とすだろう。

 その時、不思議な光景をリーリンは見た。

 蒼銀色の毛並が美しい獣が、空からリーリンの前に降り立つのを。

 その獣の姿は犬のようだが、犬とはまるで違う姿。異様に長い耳は背中に向かって伸び、四肢の先にある五本の指は人間の女性を思わせるように長く美しい。

 その獣はまるでリーリンを守ろうとしているようだった。

 リーリンを背に、ガハルドを睨んでいる。

 しかし、ガハルドは止まらない。

 ガハルドの口から咆剄殺が放たれた。

 咆剄殺が獣ごとリーリンを破壊の震動で蹂躙する――筈だった。

 だが、何も起こらない。ガハルドの叫びが響いただけだ。

 

「――君が咆剄殺を使えるなんてね」

 

 いつの間にか、獣の前に一人の青年が立っていた。

 長い銀髪を後ろで束ね、整った顔立ちをしていて、体格は誰もが武芸者だと確信する筋肉質な体格。剥き出しの両腕は筋肉で盛り上がっている。

 サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンス。天剣授受者であり、ガハルドと同門でもある。

 サヴァリスも咆剄殺を放ち、同種の震動波をぶつけ合うことでガハルドの咆剄殺を相殺したのだ。

 サヴァリスは倒れているデルクを見る。

 

「それにしても、なかなか面白い見世物だったよ。人間相手に咆剄殺を使うとこうなるんだね。汚染獣にしか使ったことがなかったから、これは勉強になった。

今の君なら、レイフォンとそこそこの勝負ができるのかな?」

 

「……レイ……フォン……ヤツは、どこだ……?」

 

 ガハルドがこの場にきて初めて人間の言葉を発した。

 サヴァリスは笑みを浮かべる。

 

「やっぱりレイフォンを憎んでいたんだね。いやー、よかったよ。それを期待して君に寄生させたんだから」

 

「……レイ……ヤツは、俺が……!」

 

「あの時君は、本当にレイフォンに勝てると思っていたのかい? 勝って陛下から天剣を与えられ、天剣授受者になれると本当に思っていたのかい? なら滑稽だよ君は! 君ごときが天剣になれるわけないだろう! 今の君の姿こそ、君ごときが調子に乗った代償なんだよ! 天剣は運命に選ばれた者しかなれないんだ!」

 

 ガハルドが怒りの咆哮をあげながらサヴァリスに突進し、渾身の一撃を放つ。

 サヴァリスはそれを飛び越えるようにして回避。ガハルドの後ろに着地する。

 

「ははッ! 僕に勝てたら念願の天剣授受者だよ! 付いておいで! 君に相応しい戦場を用意したんだ!」

 

 サヴァリスはその場から消え、ガハルドもまたその後を追って消えた。

 

 

 リーリンは倒れているデルクを呆然と見ている。

 

「血が……止まらないよ……」

 

 リーリンの頬を涙が伝う。

 そんなリーリンを安心させるように獣が寄り添ってくる。

 リーリンは獣の方に視線を移す。

 獣の他に一人の人影が見えた。

 

「リーちゃん、もう大丈夫」

 

「シノーラ……先輩?」

 

 シノーラ・アレイスラ。リーリンの通う上級学校と同じ敷地内にある高等研究院に通う二十才くらいの女性。

 だがその名は偽名であり、本名はアルシェイラ・アルモニスといい、以前ルシフをボコボコにしたグレンダンの女王である。

 王の責務を部下に押し付け、退屈しのぎに学校に通っている。

 

「それ以上デルクを動かしちゃダメ。内臓に骨が刺さっちゃうかもしれないから。大丈夫、まだ助けられるよ。

だから――もうお休み」

 

 アルシェイラがリーリンの頭を撫でた。

 リーリンは意識が遠のき、そのまま獣にもたれるように眠りに落ちた。

 アルシェイラはリーリンをゆっくりと持ち上げ、獣の背中に乗せる。

 そして、アルシェイラはサヴァリスが去っていった方向を見た。

 

「あのバカ、わざと守らなかったな。グレンダンがいなかったらどうなっていたか……」

 

 グレンダンと呼ばれた獣は、アルシェイラに摺り寄り甘えている。

 その周囲に風が起こった。

 瞬き一つした時には、三人がアルシェイラに跪いている。

 アルシェイラは驚きもせず、三人に視線を向けた。 

 

「デルクを病院に連れていけ。この子は私が連れていく。それから万が一に備え、サヴァリスの保険に一人残れ」

 

「はっ」

 

 一人がデルクを抱え、もう一人とともにアルシェイラの前から消える。

 アルシェイラは散々壊れている建物に目をやった。

 

「都市からここに援助金を出さないといけないね。あと、デルクにも褒美をあげないと。グレンダンはレイフォンを許していると、都市民たちに分からせるためにも」

 

 残っていた一人が立ち上がる。

 その容姿は眼前に立つアルシェイラと瓜二つだった。

 

「陛下……いい加減王宮に戻っていただきたいのですが……」

 

 アルシェイラの表情が曇る。

 

「えー、わたしいなくてもグレンダンを治められてるしー、わたしいなくても大丈夫かなー、みたいな感じ? なんですけどー」

 

「……確かに陛下がいなくても都市の政治は問題ないです。ですが――天剣授受者は、陛下しか手綱を握れません。さっきのサヴァリスがいい例です」

 

 天剣授受者は変わり者が多く我が強いため、アルシェイラ以外の命令通りに動かなかったり、サヴァリスのように命令より私情を優先する場合もある。

 

「君も天剣授受者だけど、君はしっかり者だね」

 

「たくさん苦労していますから。誰かさんのせいで」

 

「カナリスは意外と毒舌だよね~。わたし傷付いちゃった」 

 

 アルシェイラはその場で泣き真似をする。

 カナリスは大きくため息をついた。

 

「……というわけですから、そんな偽名さっさと捨てて、王宮に戻ってくださいね」

 

 カナリスはそう言うと、アルシェイラの前から消えた。

 

「……戻ったところで、わたしに出来ることなんてないんだけどねぇ」

 

 アルシェイラは苦笑して呟いた。

 天剣授受者が全員揃っていないのに、自分がいても意味がない。

 アルシェイラはさっきのサヴァリスの言葉を思い出す。

『天剣に選ばれる者は運命で決まっている』

 ならレイフォンは、天剣の運命を背負っていなかったのか。

 それとも、より強い運命を持つ者が、レイフォンの運命をねじ曲げたのか。

 

 ――ルシフ・ディ・アシェナ。あの少年こそ、天剣ヴォルフシュテインが選んだ使い手なのかな。まあ、時がくれば分かるか。

 

 アルシェイラはリーリンを抱え、グレンダンとその場から離れた。

 

 

 サヴァリスはグレンダンにあるどの建造物よりも高い空中に静止している。ガハルドもサヴァリスと対峙しながら空中に浮かんでいた。

 いや、彼らは空中に張り巡らされている鋼糸の上に立っている。これこそ鋼糸を自由自在に操るリンテンスが創りあげた二人の戦いの舞台。

 

「落ちちゃダメだよ。落ちたら自分の重さで細切れになるからね。ルッケンスが君の葬儀を挙げる予定なんだ。肉片を拾い集めるのが面倒になる」

 

 サヴァリスは楽しげな笑みを滲ませている。

 

「君は汚染獣と戦えない武芸者になった。そんな存在ゴミ以下の価値しかない。そんな君が、都市を守るために死ねるんだ。これ以上の幸運はないだろう?」

 

 ガハルドが怒りの咆哮をあげる。

 サヴァリスは革手袋の甲の部分にカード型の錬金鋼を差し込んだ。同様に両足のブーツにも差し込んでいく。

 

「せめてもの情けだ。兄弟子の僕自ら引導を渡してあげるよ……レストレーション」

 

 サヴァリスの四肢が白銀の光に包まれ、見事な装飾をした手甲と足甲になった。

 ガハルドが鋼糸を蹴り、サヴァリスに渾身の突きを放つ。

 サヴァリスはそれを平然と受け止め、カウンターで右足の廻し蹴りを浴びせる。

 拳を掴まれ身動きがとれなかったガハルドはそれをまともに受け吹き飛んだ。吹き飛んでいる最中にガハルドは体勢を整え、再び鋼糸の上に乗る。

 それからもガハルドは暴風のような激しい攻撃を繰り出すが、サヴァリスは笑みを絶やさずにそれを全て受け流す。

 

「はははッ、なかなかいい攻撃だ! 同門とこうしてやり合ってみたかったんだよ! これも君を選んだ理由の一つさ!

やっぱり手の内をお互いに知っている分、いつもと違った感覚で戦えるな」

 

 サヴァリスと違い、全ての攻撃を防がれたガハルドは余程ショックだったのか、戦意を失った。

 構えが解かれ、力のない眼光でサヴァリスを唖然と見ている。

 

「おやおや、もうお仕舞いかい? 君自身の意識がまだ残っているのかな? なら分かっただろう、君の格が。汚染獣の力を足しても君は天剣に届かないんだよ」

 

「……俺は……若先生とあんな子供が一緒に並んでいるのが許せなかった」

 

「……うん?」

 

 サヴァリスは首を傾げた。

 ガハルドの眼に光が戻りかけている。人間の眼になろうとしている。汚染獣の支配から逃れようとしている。

 

 ――冗談じゃない。

 

 早く汚染獣に呑まれろ。汚染獣に身体を空け渡せ。もっと僕を楽しませろ。

 

「しかもあんな汚いことをしたヤツが、栄えある天剣授受者なんて……! 天剣授受者は誰よりも律を守らなければならないのに! だから俺が! ヤツを潰すと決めた! ヤツを天剣授受者から引きずり下ろして――」

 

「もう黙れ」

 

 サヴァリスから鋭い殺気が放たれる。

 ガハルドはそれに呑まれ、声を出すのを止めた。

 

「律を守るべきと言ったお前も、試合前にレイフォンを脅迫して、律を犯しているじゃないか。お前の言葉は重みがない上に見苦しい。

僕の弟は君を慕っているんだ。ならせめて、君はいい兄弟子だったという幻想のまま、死んでゆけ。これ以上幻滅させるな」

 

 その言葉が、ガハルドという微弱ながらも汚染獣に必死に抵抗していた存在を、粉々に打ち砕いた。

 ガハルドの眼から完全に光が消え、ガハルドの身体が膨れ上がっていく。

 身体の膨張はサヴァリスの三倍程の大きさになったところで止まり、背中から大きな翼が生え、身体中を雄性体のような硬い鱗が覆い尽くし、人間の腕から鋭く尖った爪を持つ汚染獣の腕に変化する。

 まさしく人型の汚染獣と言っていい風貌になったガハルド。

 それを見てサヴァリスは、楽しげに頷いた。

 

 ――それでいい。さあ、楽しませてくれ……!

 

 さっきより数段上の速さで、汚染獣がサヴァリスに迫る。

 そして、鋭い爪がサヴァリスを切り裂いた。

 だが、切り裂かれたサヴァリスの姿が闇の中に消える。

 

「残像さ!」

 

 汚染獣の背後に回っていたサヴァリスが、汚染獣に拳を叩きこむ。

 天剣を使用している手甲は、汚染獣の鱗の壁を容易く突き破り、汚染獣の身体に深々とめり込んだ。

 汚染獣は呻き声を漏らしながらも、何度もサヴァリスに襲いかかる。だが汚染獣が捉えるのは全て虚影。

 その度に死角に移動したサヴァリスが汚染獣に攻撃を加えていく。

 

「アハハハハッ! ハハハハハ! さぁ、クライマックスだ!」

 

 汚染獣の周囲に何百人という数のサヴァリスが現れ、それぞれ構える。

 活剄衝剄混合変化、ルッケンス秘奥、千人衝。

 技の完成度は流石本家と言ったところか、ルシフ以上の練度。

 

「ガハルド・バレーン、最期くらい華々しく散らしてあげるよ」

 

 無数のサヴァリスが汚染獣に襲いかかる。

 全方囲からの一斉攻撃に、汚染獣は為す術がない。

 汚染獣の身体は瞬く間に無数の肉片に変わり、下に落ちていった。

 

「少しやり過ぎちゃったかな。ガハルドの面影が微塵も残っていないから、棺桶の中身を見られたら汚染獣の葬式をやっているように見えるね」

 

 サヴァリスは大して後悔している様子もなく、淡々と呟いた。

 

「まあ、親父殿に任せればいいか」

 

 突如として、サヴァリスが乗っていた鋼糸が緩まり、戦いの舞台が消えた。

 サヴァリスはそのまままっ逆さまに落ちていく。

 落ちている途中、タバコを吸っている男が視界に入った。

 戦いの舞台を創った人物、リンテンス。

 

「――まったく! いきなり鋼糸を解くなんて、常識がなってないですよリンテンスさん!」

 

 リンテンスはサヴァリスの言葉に何の反応も示さず、口から紫煙を吐き出した。

 

 ――あ、やっぱり僕、この人嫌いだ。

 

 サヴァリスは落ちながらため息をつく。

 こうして、グレンダンで起きた汚染獣侵入事件は解決したのであった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 ツェルニの生徒会長室。

 今その場には、カリアン・ロス、武芸長のヴァンゼ、第五小隊隊長ゴルネオ、第十七小隊隊長ニーナ、隊員であるフェリとレイフォンが集まっている。

 今は早朝であり、こんな時間に呼ばれたのを考えれば緊急事態なんだろうとロス兄妹以外察しがついていたため、誰もが固い顔つきをしていた。

 

「さて、揃ったことだし本題に入ろう」

 

 カリアンが一枚の写真をソファの中央にあるテーブルの上に置く。

 ふとレイフォンは視線を感じ、顔をあげた。

 ゴルネオが鋭い目付きでレイフォンを睨んでいる。だが、目が合うとゴルネオは写真の方に視線を逸らした。

 

「この写真は二時間前探査機が帰還した時のデータを現像したものだ」

 

 写真を一目見た瞬間に、何が問題か理解した。

 傷付いた都市が、山に寄り添うようにくっついている。

 

「で、これが都市を拡大した写真だ」

 

 カリアンはもう一枚写真をテーブルに置いた。

 その写真は凄惨の一言に尽きる。

 都市の足のいくつかが半ばから、あるいは根元から折れていて、都市を覆っている金属プレートもあちこち剥がれ、崩れ落ちていた。都市内の建物も上から押し潰されたかのように壊されている。

 

「これは汚染獣に襲われたな」

 

「私もそう思う。で、何が問題かというと……この一枚目の写真に写っている山、この山はツェルニが唯一所有しているセルニウム鉱山だ。

ツェルニがこの近くに来ているということは、近々補給するつもりなのかもしれない。

この都市の周辺を調べたが、汚染獣らしき姿は見当たらなかった。だが、我々が汚染獣を完全に理解していない以上、汚染獣が都市に罠を仕掛け、セルニウム鉱山に補給しに来た都市を狙っている可能性もありえる。

そこで第五小隊と第十七小隊はあの都市を偵察して、危険がないことを確かめてほしい」

 

「何故、この二小隊なんだ?」

 

「改良された汚染物質遮断スーツの数が少なくてね、この組み合わせ以外の小隊では全員分の数がないんだ。

まあ、この組み合わせも一着足りないんだが、ルシフくんはこれ無しでも問題ないのでね、この二小隊に落ち着いたわけだよ」

 

「分かりました。第十七小隊、都市偵察任務をやらせていただきます」

 

「第五小隊、任務了解です」

 

 ニーナとゴルネオは立ち上がって敬礼する。

 

「出発は二時間後の予定だ。それまでに隊員を揃えておくように」

 

 ニーナたちはカリアンの言葉に頷いて、生徒会長室から退室した。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 フェリから念威端子で廃都市偵察任務を伝えられた時、ルシフはその場で飛び上がりたいほどの歓喜を覚えた。

 

「分かった。乗り気はしないが、俺も第十七小隊の隊員だからな」

 

『……確かに伝えましたから』

 

 フェリの念威端子が部屋から出ていく。

 念威端子が消え、一人になった部屋。誰もルシフの言葉を聞くものがいなくなると、ルシフは笑みを浮かべた。

 

「……ククク……」

 

 どれだけ今日という日を待ち望んでいたことか!

 十年前、『王』になると決めた日から、『廃貴族』を手に入れるために様々なことをやってきた。

 今まで己自身を高め続けてきたのも、気に入らないながらも父から剄のコントロールを学び、膨大な剄を一切の無駄なく使える技量を身に付けたのも、己を何度も追い込んできたのも全て全て全て全て全てッ!

 全ては今日というチャンスを逃さぬためにッ!

 

「……クックック……アハハハハ……」

 

 手に入れる。確実に『廃貴族』を!

 この俺が世界の頂点に立つためにッ!

 最強の存在となるためにッ!

 今日という日が俺を、世界の運命を決める。

 

「アーハッハッハッハッ! アハハハハッ! ハハハハハ……!」

 

 ルシフの高笑いが部屋中に響き渡る。

 

 ――待っていろよ廃貴族。誰よりもお前に相応しい存在が、お前を迎えに行くからな。

 

 ルシフが『魔王』として覚醒する瞬間が、刻一刻と迫っている。

 この世界の誰にも、その瞬間を止めるなどできない。


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