学園都市ツェルニ。学生が都市を治め、学生が教師をする。大人を徹底的に排除し、学生による学生のための自治が為された都市。
今、ツェルニの街を大勢の学生が歩き、中央にある校舎群の周囲にある施設の内の一つ、全校生徒が集合する大講堂に向かっていた。
今日、この場所で新入生の入学式があるからだ。
ルシフも例外ではなく、大講堂の中に入っていく。
「おい! ちょっと待て!」
大講堂の入り口付近にいた、武芸科の制服をきた三人の男の内の一人が、ルシフを呼び止めた。
どうやら式典を取り仕切る人の内の一人のようで、問題のある生徒を大講堂に入れさせない役割を与えられているのだろう。
だが、ルシフは歩みを止めず、男たちがルシフの正面を遮るまで止まらなかった。
「待てと言っているだろう! 新入生のくせに、生意気だな!」
苛立ちを隠そうともせず、男たちがルシフを睨む。
ルシフはそれを軽く流した。
そのナメた態度が、余計に男たちを不機嫌にさせた。
男たちはその手に
「新入生は半年間、帯剣の所持を禁止している!
にも関わらず、六本も錬金鋼を所持! その錬金鋼は全てこちらで預からせてもらう!」
「出来るのか? 貴様らごときに」
瞬間、ルシフの身体から大量の剄が迸る。
眼前の男たちは殴られたような衝撃を受け、後方に吹っ飛び、壁にぶつかって気を失った。
ルシフはそれを冷めた目で一瞥すると、何事もなかったように歩きだす。
ルシフの周囲にいた生徒たちは、顔を青ざめながら、ルシフから距離をとろうと逃げる。
更にルシフの起こした騒ぎが、他の新入生の武芸科の生徒たちに伝染し、ある二人の武芸科の新入生が、隠し持っていた錬金鋼を取りだし、喧嘩を始めた。
そのせいで、新入生側は混乱の極みになっていた。騒動から逃げようとする一般教養科の生徒たち。今にも喧嘩をしそうなそれ以外の武芸科の生徒たち。
パニック状態となった大講堂の中で、一際大きな音が響いた。
喧嘩を始めた武芸科の二人を、レイフォン・アルセイフがあっという間に倒したことにより、生じた音だ。
レイフォン・アルセイフは派手に二人を倒すことで他の武芸科の新入生たちを威嚇し、喧嘩しそうになっていた武芸科の新入生たちの動きを止めた。
(見事な手腕だな。まぁ大したことはないが)
ルシフは人と人の隙間から、その光景を見た。
ルシフの周囲は、上級生の武芸科の生徒で包囲されている。
数は五人。それぞれが剣帯に吊るしてある錬金鋼に手をかけ、いつでも抜けるようにしている。
「おい、調子にのるな。さっさと錬金鋼を渡せ! でないと、痛い目をみるぞ」
「何故錬金鋼を渡す必要がある? 貴様らも錬金鋼を所持しているではないか」
ルシフからすれば、錬金鋼を渡しても何の支障もない。ルシフにとって、錬金鋼は玩具以外の何物でもない。
だが、自分の意思ではなく、誰かの意思でそれを渡すのが許容出来ない。
「未熟者が錬金鋼を持てばああなるからだ!」
囲んでいた一人が、床に突っ伏している二人を指さす。
つまり、半年間の間に武芸者とはなんたるかを新入生に叩き込み、武芸者に相応しい立ち振舞いを覚えさせる。
これがツェルニの武芸科の教育方針。
「この俺を奴らと同じ括りにするか。それと、貴様らは早とちりしている。
これを見ろ」
ルシフが制服のポケットから紙切れを取りだし、折り畳まれていたのを広げて、周りに見せる。
そこには『帯剣特別許可証』と書かれており、生徒会長の印が押されている。
「分かったか? 俺が錬金鋼を所持していても許されることが。
分かったらそこをどけ。あいつらのようになりたくないだろう?」
ルシフの視線が壁付近で気を失っている三人の男に向けられる。
周りにいた武芸科の上級生たちは息を呑み、屈辱で顔を歪めながら、渋々ルシフから離れる。
錬金鋼の所持が認められている以上、ルシフの錬金鋼に対して何も言えないし、何も出来ない。
その後、パニック状態が収まったとはいえ落ち着きのない大講堂の状況に、生徒会長のカリアン・ロスは式典の延期を決定し、その日の式典は中止となった。
それから三十分後、ルシフは生徒会長室に設けられた椅子に座っていた。
大きな執務机を前に腰を下ろしている生徒会長がため息をつく。
「確かに私は公の場で君の実力を示さなければ、小隊に推薦出来ないと言った。
だが、それを式典でやるとは……」
生徒会長の容姿は白銀の髪に、銀色の瞳。
実はルシフは、生徒会長室に来たのは初めてではない。
昨晩、ルシフは生徒会長室に半ば強引に押し掛けた。
ちなみに押し掛けた際、客人を座らせる椅子がないことを怒り、椅子を生徒会長室に持ってこさせた。
途中、生徒会長室の警護のバイトをしていた武芸科の生徒を数人叩き潰したが、それ以外は何もなかった。
そして、カリアン・ロスにいくつかの要求をした。
一つ目は、自分を小隊員に入れること。
二つ目は、錬金鋼の所持の許可。
三つ目は、自分の部屋を替えてほしいこと。
まず一つ目の要求は、ある程度実力があると周りに知られないと、生徒会長の権限だけでは推薦出来ないという理由で保留となった。
二つ目の要求は、もし自分から問題を起こした場合、錬金鋼を取り上げるという条件付きで承諾。
三つ目の要求は、空き部屋が見つかり次第ルシフに紹介し、ルシフが気に入ればそこに部屋を替えることに決定。
ルシフはあえて許可証を見せず、武芸科の上級生に喧嘩をふっかけさせた。
そして、それを一瞬で倒す。
間違いなく自分は強い武芸者だと、全校生徒の頭に叩き込むことが出来ただろう。
「そう言うな。それに、貴様にとっては都合が良かっただろう?」
カリアンの瞳が一瞬凍りつく。だが、すぐにその動揺を抑え、静かな瞳に戻る。
「──何のことかな?」
「式典で騒ぎを起こした武芸者二人。奴らは錬金鋼を持っていた。まるで闘うのを最初から分かっていたように。
普通に考えれば、大講堂で錬金鋼を隠し持つメリットがない。だが、レイフォン・アルセイフがあの騒動を収めた時、理解した。
あの二人はただレイフォン・アルセイフを生徒会長室に呼ぶ口実作りのためだけに、錬金鋼を隠し持ち、喧嘩を始めたのだ。
俺が起こした騒ぎのお陰で、奴らの喧嘩は自然な流れになった。まぁ、錬金鋼を持ち込むミスはしてるが」
「それは言いがかりだよ、ルシフ・ディ・アシェナくん。
そういえば君は、法輪都市イアハイムの武芸大会で何十人という武芸者を再起不能にしたらしいね」
「それがどうした? 雑魚に相応しい場所に連れていってやっただけだ」
こちらも君のことを分かっているという遠回しな牽制をカリアンはしたが、ルシフは少しも動じていない。
「俺はそんなつまらんことを言われるために、此処に呼ばれたのか? さっさと本題に移れ」
カリアンは内心で、ルシフに苦手意識を持っている。
自分のペースに中々持ち込めないからだ。
ルシフはどんな言葉を言われようが一切ブレない。己の行動全てに確固とした意思と理由を持っている。
だから、言葉による揺さぶりや誘導が通用しない。
言葉を武器に闘うカリアンにとっては、相性が悪い相手なのだ。
「一つ確認だが、本当にどの小隊でもいいのかね?」
「構わん。入学したばかりの俺が、小隊のことなど分かる筈もない。
どの小隊に俺を入れるかは、貴様に任せる」
「分かった。決まったら、その部隊の小隊長に推薦する」
カリアンがそう言うと、ルシフは椅子から立ち上がり、生徒会長室を出ていった。
一人になった生徒会長室で、カリアンは執務机の上に一枚の紙を置いた。
それは『ルシフ・ディ・アシェナ』と書かれた履歴書。
その履歴書を眺めながら、カリアンは息をついた。
本当ならば、入学させなかった。
だが、彼は性格に難があれど、学力と武芸者としての能力が桁違いに優秀過ぎた。
入学出来ない理由を見つけられなかった。
カリアンがルシフを知っている理由は、純粋な好奇心からだった。
ツェルニには、様々な都市から人が集まる。その中で、法輪都市イアハイムから来た学生が言っていた言葉が、カリアンに興味を持たせた。
その内容は、法輪都市イアハイムは子供が実質上の支配をしていること。
カリアンは子供がどう都市を支配しているか気になり、人を雇って調べさせた。
そして、得られた調査結果に戦慄した。
恐怖政治。ルシフの支配はそれが全てだった。反抗する者全てを容赦なく潰し、ルシフを支持する者にしか安らぎはない。
ルシフの上手いところは、ただ恐怖で抑えつけるだけでなく、ちゃんと支持する者たちに見返りを与えることだ。
逆らわなければ、いい思いが出来る。そう住民に思わせることで、反抗する意思を削ぎ落とす。
驚くべきは、イアハイムの住民たちが恐怖政治だと気付いていない点だ。
ルシフに反抗する者が悪いという思考になっており、反抗者が住民たちから責められる。
ルシフの存在が、ツェルニをどう変えるか。
現状維持がないことだけは確信している。
ルシフは強力な毒であり、薬。
ルシフの独特の価値観が、ツェルニに影響を及ぼすのは間違いない。
「望んだわけではない……だが、強力なカードを手に入れたことは事実。
これで、ますます都市対抗の武芸大会の勝率が高まった。
──彼は、やはり第十七小隊が一番利用価値が高そうだ」
レイフォン・アルセイフはどんな手を使っても、武芸科に転科させ、第十七小隊に入れる。
だが、彼にやる気がなければ意味がない。
ルシフ・ディ・アシェナは、そんな彼のやる気を出させる起爆剤になるかもしれない。
レイフォン以外にルシフを倒せる可能性のある人間はいないのだから、ルシフという名の悪意を、彼が倒さなければと感じてくれれば、上出来だ。
思考を巡らしていると、扉がノックされる音が聞こえた。
どうやら本命が来たらしい。
「レ、レイフォン・アルセイフです」
少し落ち着きのない声。
「どうぞ」
カリアンは口の端を吊り上げた。
ルシフが自分の教室に向かって歩いている。
(間違いなく、俺は十七小隊だろう。
それ以外の選択肢などない。俺を利用しようと考えるなら)
カリアン・ロスはしたたかな人間だ。転んでも決してただでは起きない。
だからこそ、読みやすい。自分の利用価値さえ見誤らなければ、カリアン・ロスを自分の思い通りに動かすのは容易い。
ルシフは剣帯に吊るされている錬金鋼をカチャカチャ鳴らしながら、廊下を進む。
途中すれ違う学生たちが、ルシフを避けるようになるべく離れようとする。
そんなことは一切気にせず、歩みを止めない。
ルシフは自分の教室に辿り着き、教室の引き戸を開けた。
教室の中にいた三人の学生の視線が、ルシフに集中する。
その内の一人、黒髪の女生徒が、ひっと小さく悲鳴をあげた。
ルシフのことを、相当怖がっているようだ。
「あれは感心しないな」
別の一人、赤毛の女生徒がルシフに近付き、ルシフを睨む。
ルシフは鼻で笑った。
「何が感心しない? 武芸科の上級生を吹っ飛ばしたことか? 先輩を敬わないことか? 錬金鋼を所持するのを無理やり認めさせたことか?」
「わざわざ上級生を吹っ飛ばす必要はなかっただろ。
『許可証』を持っていたのだから、それを見せれば、それで終わってた」
「俺に
赤毛の女生徒は大きく目を見開き、怒りで身体を震わした。
「剄は、武芸はそんなことのためにあるんじゃない! その力は、人がこの世界で生きるために与えられた力だ! 己の私欲を満たすためじゃない!」
「そうか。なら、お前はそのために剄を使えばいい。俺は俺のために剄を使う。俺に与えられた力をどう使おうが、俺の勝手だろう?」
赤毛の女生徒はぐっと押し黙る。
こいつには何を言っても無駄だ。それを悟った。
それに、大多数が赤毛の女生徒と同じ考えを持っているとはいえ、結局は価値観の押しつけに過ぎない。
「はいはい、二人ともそこまで」
栗色の髪をした女生徒が、二人の間に入る。
「クラスメイトなんだから、仲良くしないと。
わたしはミィフィ・ロッテン。こっちの赤い髪がナルキ・ゲルニ。で、ナッキの後ろに隠れてるのが、メイシェン・トリンデン。全員交通都市ヨルテム出身だよ。
あなたは?」
「ルシフ・ディ・アシェナ。法輪都市イアハイム出身」
「そっか。よろしくね、ルッシー」
ルシフが唖然とした表情で、ミィフィを見る。
「……ルッシー?」
「そっ、ルシフだからルッシー。あ、もう決定だから。やっぱり仲良くなるには、呼び名があった方がいいよね」
自分を恐れず、自分を前にしてここまで自然体でいた相手は、今まで数える程しかいない。
ルシフは息をついた。
「まぁ、好きに呼べばいい。そんな些細なことで怒る俺ではない」
ルシフは自分の席に向かい、机の上に置いてある教科書を全部机の引き出しに放り込むと、教室から出ていった。
ルシフの出ていった教室では、ナルキが笑いを堪えていた。
「くくっ、今のルッシーって呼ばれた時のあいつの顔を見たか!? 狐につままれたような顔をしてたぞ!
だが、よくルッシーなんて言えたな」
「……絶対、怒ると思った」
メイシェンもナルキの言葉に頷く。
「いや、二人ともルッシーを怖がりすぎ。普通に会話してて怒る奴なら、そもそも式典の時の犠牲者が、三人で留まってるわけないじゃん」
三人を吹っ飛ばした後に、五人の上級生にルシフは囲まれていたのだ。喧嘩っ早い性格なら、その五人も『許可証』など出さずに倒していた筈だ。
それに、刃向かったらどうなるか教えるなら、その五人も倒さないとおかしい。
ミィフィがそう二人に説明すると、二人は感心したように頷いた。
「成る程な。なら、ミィは三人を吹っ飛ばした目的はなんだと思う?」
「ストレス解消とか、周りに自分の強さを自慢するとかそんな感じじゃない? まぁ、あんまし気になるなら直接聞けばいいよ。
それよりも、あの式典の時にメイっちを助けてくれた謎の武芸科少年は、ここに来るかなぁ」
「来るだろ。ルッシーも来たんだし……ていうか、メイっちを助けた男子は一般教養科だぞ」
「え~、武芸科だよ。あんなに強いのに、一般教養科なわけないじゃん」
「い~や、絶対一般教養科の制服だった。賭けてもいいぞ?」
「じゃあ私は武芸科、ナッキは一般教養科で勝負!
負けた方は勝った方にジュース一本奢りね」
「よし、乗った!」
ナルキとミィフィが賭け成立の意を込めて、握手する。
それから十数分後、扉を開けてレイフォンがこの教室に現れた。
賭けの結果はというと──最後の最後でミィフィに勝ちが転がりこんだのであった。
◆ ◆ ◆
レイフォン・アルセイフが生徒会長室を出ていって十分後、金髪をショートカットにした武芸科の少女が、カリアンの正面で直立している。
彼女の名はニーナ・アントーク。第十七小隊の隊長を務めている。
だが、第十七小隊は規定人数に達しておらず、今のところ小隊成立していない、いわば仮の小隊だ。
小隊として成立させるためには、最低でもあと一人隊員を獲得しなければならない。
そんな現状にある第十七小隊隊長の蒼い瞳が、執務机の上に置いてある二枚の履歴書を捉えている。
『レイフォン・アルセイフ』と『ルシフ・ディ・アシェナ』の履歴書だ。
「──で、どうするのかね? 彼ら二人を小隊に入れる気が君にあれば、彼らは君の小隊員になるだろう。
それとも、このチャンスを不意にして小隊成立叶わず、前回の武芸大会のような屈辱を味わうつもりかい?」
その時の事を思い出したのか、彼女は悔しそうに顔を歪めた。
「そうなるつもりはありません。
しかし、こっちはともかくとして、こっちの方は──」
ニーナの綺麗な指が、ルシフの履歴書をさす。
「何か不満が?」
「彼は上級生三人を一方的に倒しました。間違いなくかなりの強さを持っているでしょう。
しかし、上級生に対して、彼はあまりに不遜です」
どれだけ実力があろうと、ルシフは一年生だ。
下級生が上級生を敬うのは当然の礼儀であり、それを守れない人間が、果たして自分や他の小隊員たちと連携がとれるのだろうか。
「なら、とりあえず小隊員に迎えてテストするのはどうだい?
もし、やっていけないと判断したなら、その時に小隊員を辞めさせればいい。隊長である君には隊員を選べる力がある」
「……分かりました。彼の実力は確かに魅力的なものがありますので、一応小隊員に加えてみます」
「二人のこと、よろしく頼むよ」
「はい。失礼します」
ニーナはその場で鮮やかに回れ右をして、流れるような洗練された動きで部屋を出ていった。
◆ ◆ ◆
ルシフは今、少し古びた感のある会館にいた。
ルシフがここに来ることになった経緯はこうだ。
ルシフは教室を後にし、まだ昼食をとってないことに気付いて、近場のレストランで遅めの昼食を済ました。
そして、レストランでのんびり紅茶を飲んでいると、一人の少女がルシフの席に来た。
一目見た瞬間に、この少女はニーナ・アントークだと確信し、自分の狙い通りにカリアンが動いたことを悟った。
彼女から一言付いてきてほしいと言われ、付いてきた先がこの会館だった。
ルシフが今居る部屋は教室を二つ分合わせたくらいの広さの部屋で、壁には様々な武器が並べられている。
さしずめ訓練場といったところだろうか。
ルシフの他にも、複数の人が部屋内に居る。
長髪を頭の後ろで括り、孔雀石のように深い緑色の瞳をしている長身の男と、ツナギを着た男。
長い銀髪と銀の瞳をして、人形のように整った顔をしている身長が低めの少女。
その少女の付近には、一枚の光る鱗のようなものが飛んでいる。念威端子だ。
この部屋を撮影し、何処か別の場所にこの部屋の映像をリアルタイムで流しているのだろう。
そして、金髪碧眼の少女。
最後に、レイフォン・アルセイフ。
「レイフォン・アルセイフ、貴様は確か一般教養科だったと記憶しているのだが?」
「武芸科に転科すれば奨学金をAランクにすると生徒会長に言われたから、武芸科になったんだよ。
三年までは武芸科でも一般教養を学ぶらしいから、別にいいかと思ってさ」
実際のところは、カリアンに限りなく強制に近い提案をされ、転科させられたのだが、レイフォンはその事を一切口にしない。
最終的にレイフォンはカリアンの眼力に屈し、頷いてしまった。
レイフォンが武芸科に転科したのはほぼカリアンのせいだが、レイフォンにも非が多少ある。
だから、転科させられたなどという言葉は言わない。
「わたしはニーナ・アントーク。第十七小隊の隊長を務めている。
お前たちに来てもらったのは他でもない、お前たち二人を第十七小隊の隊員にスカウトしたからだ」
そう言った後、ニーナが小隊に関する説明をした。
小隊とは、武芸大会で部隊分けされた時に中心となる核部隊である。
そのため、何かしらの能力で突出していなければならない。
ニーナの話を簡単にまとめるとこうなる。
つまり小隊とは、武芸科のエリートの集まりなのだ。
「これから貴様らは、我が隊においてどのポジションが相応しいか、そのテストを行う」
ニーナの瞳がレイフォンとルシフを捉え、僅かに逡巡した後、ニーナは剣帯に吊るしていた二つの黒い棒を抜き、右手に持った棒をレイフォンに向けた。
「まずは貴様からだ、レイフォン・アルセイフ。
そこにある武器から好きなのを取れ!」
レイフォンは困惑した表情で、壁にある様々な武器に視線を送った。
レイフォン・アルセイフは考えた。彼なりに考えた。
レイフォンにとって武芸は捨てたものだ。これ以外のものを見つけるために、彼はツェルニに来た。
なのに、武芸科に転科させられ、挙げ句の果てに小隊員? 冗談じゃない。
これが彼の本音だ。
だが、彼はすでに武芸科になってしまった。なら、どうすれば前の一般教養科に戻れる?
簡単な話だ。カリアンを失望させればいい。武芸科にしても無駄だったと思わせればいい。
一応闘いはするが、全く力を発揮しない。これだ。これこそが、彼が元の道に戻れる手段であり、彼なりの決意でもあった。
要するに、レイフォンは呆気なくニーナの技を食らい、気を失った。
ニーナは軽く息をついた。
(レイフォン・アルセイフ……少し期待し過ぎたか? しかし、訓練で鍛えれば小隊員として十分な実力になるだろう)
レイフォンを部屋の隅に寝かせ、ニーナはルシフを見据える。
「次は貴様だ! ルシフ・ディ・アシェナ!」
ルシフは退屈そうに、一つ
ニーナとルシフの手合わせ。この闘いで、ニーナはルシフという人間の一端に触れ、ルシフの異常性を知ることになる。