鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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第20話 未知との遭遇

 黄金の牡山羊と出会った翌日、ニーナたちは第五小隊とともに黄金の牡山羊を探している。

 だが、今のところ成果はない。

 

「フェリ、ルシフはどこにいる?」

 

「わたしたちが宿泊した施設の屋上で座っています。ずっと俯いていて表情は分かりませんが」

 

「……そうか」

 

 昨夜、フェリからの連絡でレイフォンとルシフの元に駆けつけたニーナたちは、今までに見たことがないルシフの姿に困惑した。

 しばらく何かを呟いていたルシフはゆっくりと立ち上がり、ふらふらとした足取りで宿泊施設の方に消えていった。

 宿泊施設でレイフォンが「あの牡山羊はなんだ?」と聞いても、ルシフは「貴様らが知る必要はない」と牡山羊についての情報の提供を拒否。

 それ以降、朝食の時間まで自分にあてがわれた部屋にこもっていた。

 そして牡山羊を探そうと決まっても、ルシフは無反応で施設に残った。

 任務だからお前も探すのを手伝えと言っても、「無駄だから、俺は行かん」の一点張り。

 何度も探すよう言ったが効果はなく、仕方なくルシフ抜きで牡山羊を探している。

 

 ――それにしても、あんなルシフの姿は初めて見たな。

 

 ニーナは昨夜からのルシフの姿を思い出す。

 グレンダンの女王にボコボコにされた時も、ルシフは闘争心を失わず、気力をみなぎらせていた。

 だが、今のルシフから闘争心は少しも感じない。それどころか普段の威圧的な雰囲気もない。

 自分の持つ全てを失ったかのように落ち込んでいるルシフの姿。

 レイフォンに何があったと聞いたら、「黄金の牡山羊に向かって行くなと言っていました」と答えた。

 ルシフは黄金の牡山羊とやらの正体を知っていて、それを手に入れたかったのだろう。

 しかし、失敗した。だからあんな風になった。

 だが逆に言えば、『あの』ルシフがあんなに欲しがっているモノだ。

 武芸者の実力がずば抜け、力が全てと思っているルシフが欲しがる存在。

 これだけで牡山羊がどういう意味を持つ存在かなんとなく見えてくる。

 

 ――もしかしたら、ルシフが牡山羊を手に入れなくて良かったかもしれない。

 

 ニーナは胸騒ぎを感じていた。

 ルシフは間違いなく自分たちから見て異端の存在。

 武芸者の常識を悉く壊していく。

 もし今以上の力をルシフが手に入れてしまったら、ルシフはますます増長し、暴走してしまうんじゃないだろうか。

 

 ――嫌な予感がする。このまま何事も起きなければいいが……。

 

 それがただの願望であり、心の奥底で叶わないだろうと気付いていても、そう願わずにはいられない。

 しかし、いつだって願いは儚く消えていくものだと知らないほど、ニーナは子供ではなかった。

 不意にフェリから通信が入った。

 

『……昨夜と同じ反応……座標は……ルシフのすぐ傍です!』

 

 ニーナは舌打ちする。

 

「第十七小隊、ルシフの元に急ぐぞ! ルシフは現状のまま待機! 分かったな!?」

 

 ニーナが通信機に叫ぶ。

 ルシフからの返事はなかった。

 ニーナは再度舌打ちし、内力系活剄で身体能力強化。

 剣帯にある二本の錬金鋼を抜き出して、ニーナは地面を蹴った。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆     

 

 

 

 ――ルシフよ、忘れるな。

 

 頭の中で、幼き日の父の言葉が再生される。

 

 ――力で人を屈服させたところで、それは表面上でしかない。そんなもの、きっかけがあれば簡単に牙を取り戻す。心だ。人を本当の意味で屈服させたければ、心で人を従えろ。

 

(理想論だ)

 

 ルシフは脳裏に流れる父の声を一笑した。

 一人一人、誰もが違った価値観を持つ。

 ある一人の価値観に合えば、ある一人の価値観から外れる。どれだけ心を他人に砕こうとも、必ず不満を持つ人間が出てくる。

 そして、それは従える人間に媚びることも意味する。

 そうやって他人に合わせて考えを変える奴なんかに、俺は従いたいなどと絶対に思わない。

 他人からどれだけ非難されても、絶対にぶれない芯。

 それがない王など、周りからいいように使われる道化同然。

 王とは人を導く者であり、人を堕落させる者ではない。

 なら、王に必要なものは何か。

 それはぶれない絶対的な価値観と、それ以外の価値観を握り潰す圧倒的な力。

 力だけは皆等しい印象を持ち、そこにズレは生じない。誰もが畏怖し、誰もが逃避する。

 しかし――。

 もし強大な力で何度も握り潰しても、折れずに歯向かってくる者がいたとしたら。

 強い信念を持ち、力に屈せず立ち塞がり続ける者がいたとしたら。

 自分は一体どうすればいいのだろう。

 今回の廃貴族は正にこれに当たる。

 力も意志も、廃貴族に分からせた筈だ。

 なのに、奴は俺に憑依せず、俺の前から姿を消した。

 そんな相手に、次はどうアプローチしたらいい?

 まるで暗闇を手探りで進むような不安感。

 今までずっと力と意志があれば、廃貴族を手に入れられると思っていた。

 だが、何かが足りなかった。

 そして、その何かが分からない。

 

 ――どうする?

 

 ルシフは苛々しげに右手で頭を掻く。

 

 ――このままでは俺の計画が全て水泡に帰す。何か手を打たなければ――。

 

『……あの、ルシフ様?』

 

 遠慮がちな声で、マイから通信が入った。

 ルシフは頭を掻くのを止め、通信機を手に持つ。

 

「なんだ?」

 

『いえ……その、私にも、あの黄金の牡山羊がなんなのか、教えてもらえないんですね』

 

「……」

 

『あんなルシフ様、私は初めて見ました。ルシフ様はいつも自信に満ち溢れて、どんな時もカッコ良くて、毅然と立つ姿にいつも勇気をもらって――」

 

「……」

 

『私では、ルシフ様の力になれませんか? 私は、少しでもルシフ様の力になりたいんです』

 

「……時期が来たら、話す」

 

『そう……ですか。私では力になれないんですね……』

 

 マイの声が沈み、明らかに落胆した声色になった。 

 そんなことはない。

 そう言うのは簡単だ。

 しかし、廃貴族を手に入れるまでは、誰にも教えないと決めている。

 余計なことをして、原作の流れを壊さないようにするためだ。

 教える気がないのに、そんな言葉を口にしたところで、マイを更に深く傷付けるだけ。

 そんな口先だけの軽い言葉を伝えるくらいなら、たとえマイを傷付けることになったとしても、はっきりと意思表示をするべき。

 本気で自分の力になりたいと思ってくれる相手には、敬意を持って接する。

 ずっと前から変わらない、自分のスタンス。

 上辺だけの言葉など、相手に失礼なだけだ。

 

『……ッ!』

 

「このプレッシャーはッ!?」

 

 ずっと屋上の床に視線を落としていたルシフだったが、突如として現れた威圧的な力の存在を感じて、顔をあげた。

 ルシフから数歩先の位置に、昨夜姿を消した黄金の牡山羊の姿があった。

 牡山羊に表情と呼べるものはなく、澄んだ青色の瞳がただルシフを映している。

 

『これって、昨夜の……』

 

 マイが驚きの声を漏らす。

 ニーナからルシフに何か通信が入ったが、ルシフの耳には届かなかった。

 それ程までに、この邂逅はルシフにとって衝撃的だった。

 

 ――なんだコイツは?

 

 この俺をおちょくってるのか。

 ルシフは牡山羊に向かって手を伸ばすことはおろか、近付こうとさえしない。

 昨夜の件で、牡山羊にどれだけ手を伸ばそうとも、どれだけ近付こうと牡山羊にその気がなければ無駄だと理解した。

 ルシフもただ牡山羊の瞳を見返している。

 そして、黄金の牡山羊は再び消えた。

 それから数秒後に、建物を駆け登ってきたニーナとレイフォンがルシフのいる場所までたどり着いた。

 ニーナとレイフォンがルシフの眼前に降り立つ。

 

「ルシフ、無事か!?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「……ルシフ、いい加減アレが何か教えてくれ。君は知っているんだろ?」

 

 レイフォンが痺れを切らしたように、ルシフに問いかける。

 ルシフは右手で頭を抑えて、レイフォンの方に視線を向けた。

 

「俺もアレに関しては混乱している。少し一人にしてくれ。考える時間が欲しい」

 

 ルシフはそう言うと、屋上の扉を開けて建物の中に入った。レイフォンが冷めた視線でこっちを睨んでいたが、別にどうでもいい。

 そして自分の部屋に戻り、備え付けられているベッドに仰向けで寝転がる。

 

 ――ああ、イライラする。

 

 右腕で両目を覆い隠し、下唇を噛む。

 廃貴族が何を考えているか、少しも分からない。

 ルシフとしては、この場所で絶対に廃貴族を手に入れる必要はない。ここで手に入れられなくても、次はツェルニに廃貴族は来る。

 廃貴族を手に入れるチャンスはまだある。

 そう考える一方で、ここで手に入れられなかったら、きっと何度チャンスがあっても駄目だろうと薄々感じていた。

 

 ――なんで俺がこんな思いをしなければならない?

 

 そして、段々と自分を混乱させイラつかせる元凶に腹が立ってきた。

 そもそも、アイツはなんで話せるのに無言なんだ?

 意味ありげに見つめてくるだけで、すぐに消える。

 間違いなくアイツはコミュ障だ。断言できる。

 何故会話をしようとしない? 目や行動で相手に伝えようとしても、百パーセントは絶対に伝わらないのに。

 ルシフはため息をついた。

 考えるだけ無駄だ。

 廃貴族がなんなのか知っていても、廃貴族の思考が今回のことで分からなくなった。

 何かを廃貴族は俺に求めている。それはきっと正しい感覚。

 ならば、冷静になって、廃貴族が再び接触してくるのを待つ。

 これが今の自分に出来る最善手だろう。

 そう結論づけて、ルシフは両目を閉じた。

 昨夜はあまりにもショックが大きすぎて、睡眠時間をあまり取れなかった。

 そのせいで、正直かなり眠い。

 そして、ルシフはそのまま眠りの海に落ちていく筈だった。

 マイからの通信が入らなければ――。

 

『……あの、私、あの牡山羊について思ったことがあるんですけど』

 

「…………言ってみろ」

 

『あの牡山羊、ずっとルシフ様を見てました。まるで、ルシフ様を見極めるように――』

 

「それは、俺も感じていた。アイツは俺を探るような目で見ていた。それが何を意味するかは分からんが」

 

『あれ、ルシフ様を試してるんじゃないかって私は思うんです。ほとんど直感というか、勘なんですけど』

 

 ――試す? 俺を?

 

 マイからその言葉を聞いた瞬間、今まで頭の中でバラバラだったパズルのピースが、次々にはまっていくような錯覚を覚えた。

 ああ、なんだ。そんな単純なことだったのか。

 ついさっきまでの苛立ちや焦燥感でいっぱいだった自分が、急にバカバカしく思えてきた。

 

「アッハッハッハッハッ! ハハハハハハ!」

 

 寝転がりながら、ルシフは高笑いする。 

 マイの戸惑う声が、耳に伝わった。

 

『ル、ルシフ様、いきなりどうされたんです?』

 

「いや、ありがとう、マイ。お前のおかげでスッキリした。俺はショックのあまり、自分視点でしか物事を考えられていなかったようだ」

 

『? よく分かりませんが、ルシフ様のお役に立てたなら良かったです』

 

 ルシフはベッドから飛び起き、乱れていた戦闘衣を直す。

 

「よし。マイ、もう一度外に出る。牡山羊の反応を感知したら、すぐに俺に伝えろ」

 

『分かりました』

 

 ルシフは部屋の扉を開ける。

 やはり答えが出ると、身体と心が一致している感じがする。

 足取りも軽く、前をしっかり見れる。

 宿泊施設の廊下には、ニーナたち第十七小隊と、第五小隊が集まっていた。

 全員の視線がルシフに集中する。

 明らかに事情を知っているルシフの黙秘が、全員に不信感を与えているせいか、その視線はどれも冷たいものだった。

 だが今のルシフにしてみれば、そんなもの更に自分のテンションを上げる薬にしかならない。

 

「なんだ貴様ら、やけに暗い表情をしているじゃあないか」

 

「お前こそなんなんだよ。ちょっと前まで落ち込みまくってたじゃねぇか」

 

 シャーニッドが呆れた表情になった。

 ルシフは不敵に笑う。

 

「男子三日会わざれば刮目してみよ、という言葉を知らんのか? いつまでも前の姿に囚われるな」

 

「いや、知らねぇよそんな言葉。それにそんな前じゃねぇし」

 

 シャーニッドの言葉に同意するように、周りの人間もうんうんと頷いている。

 

「まあ、いい。俺は外に出てくる。あの牡山羊を探しにな」

 

「ようやくやる気になったのか。なら、私たちも探すのを再開するか」

 

 壁に身体を預けていたニーナが身体を起こし、入り口の前に立つ。

 ルシフは入り口に向かって歩く。その間に第五小隊の隊員が何人かいたが、ルシフは避けようとせず、前進を続ける。

 隊員たちは、ルシフが近付くと自然に道を開けた。

 邪魔をすればルシフは容赦しないとツェルニの誰もが知っているのだから、これは仕方ないことだろう。

 誰だって、とばっちりで痛い目など見たくない。

 それを当然のような顔で受け入れ、ルシフがニーナの前の入り口を開けた。

 

「ルシフ、牡山羊とやらが出る場所の心当たりは?」

 

「ない。この都市全体がおそらくヤツの縄張りだ。ヤツはこの都市ならどこにでも出現するだろう。手分けして網を張る。それ以外に効率の良い方法はない」

 

「分かった。フェリは此処で待機し、念威で都市全体の探索。それ以外はそれぞれ別方向に行こう。私は北、レイフォンは東、シャーニッドは南、ルシフは西。

なにか異論はあるか?」

 

「……ないです」

 

「俺も」

 

「僕もありません」

 

「俺も貴様に従ってやる。今回はな」

 

 ルシフの物言いに、ニーナは軽く息をついた。

 

「……お前はもう少し丁寧に話せ」

 

「貴様は魚にえらで呼吸するなと言うのか?」

 

 ニーナは深く息をついた。

 なんだその理屈は?

 魚がえら呼吸するのと、お前が偉そうな口調で話すのが同列か?

 ここまでくると、呆れを通り越して敬意すら覚える。

 これ程までに自尊心の高い人間など、後にも先にもルシフ以外いないだろう。

 

「……もういい。あきらめた」 

 

「賢明だな」

 

 ニーナの目が据わり、ルシフを睨む。

 ニーナは何も言わず、呆れたように首を横に振ってルシフから視線を外し、正面を見た。

 

「第十七小隊、行動開始!」

 

 ニーナの声を合図に、ルシフたちが移動を開始する。

 ニーナやレイフォンたちは走って任された方角に消えていったが、ルシフはゆっくりと両サイドに潰れた建造物が並ぶ通りを歩く。

 

「さて、と――」

 

 ルシフの纏う剄が勢いを増す。

 ルシフの周囲に剄の奔流が巻き起こり、建造物の瓦礫がその影響で吹き飛んだ。

 ルシフの身体は剄の輝きで赤く発光し、圧倒的な威圧感が辺りを支配する。

 

 ――廃貴族、俺はやっとお前を理解できたと思う。

 

 ルシフの剄の勢いは未だに止まらず、ルシフの周囲の剄の奔流も更に激しくなっていく。

 なんとか原形を留めていた建造物の群れも、次々に崩壊していく。

 

 ――だから、姿を現せ! 廃貴族ッ!

 

 そんなルシフの心の叫びに応えるように、ルシフの眼前の空間が歪み、黄金の粒子が集まっていく。

 粒子は生物の姿を形作り、やがて黄金の牡山羊へと変貌した。

 瞬時に爆発する牡山羊の圧力。

 それがルシフの剄の奔流と共鳴し、圧倒的なまでの力場が互いの間で展開される。

 ルシフの前髪は力場で吹き荒れる剄の奔流で乱れ、ルシフの身体も痛いくらいに打ちつける。

 それでもルシフは口の端を吊り上げ、勝ち気な笑みを浮かべていた。

 

 ――俺はお前に力と意志を示したと思っていた。

 

 ルシフの左拳が力の限り握りしめられる。

 

 ――だが、それは俺の勝手な解釈で、お前の都合は何も考えていなかった。

 

 ルシフは黄金の牡山羊に向かって力強く一歩踏み込む。踏み込んだ衝撃で地面が砕けた。

 そして瞬く間に黄金の牡山羊に肉薄し、牡山羊の横顔を左拳で殴りつけた。

 牡山羊の顔は光の粒子に戻り、牡山羊の胴体の周りを漂っている。

 ルシフは殴りつけたら、一歩後ろに跳んで距離を取った。そこから廃貴族の様子を観察する。

 牡山羊の顔があった辺りに光の粒子が集まり、再び顔が生まれた。

 

「見事だ、意志強き者よ……」

 

 どこからともなく声が聞こえた。

 牡山羊の姿は空間に呑み込まれるように消えていく。

 だが、消えたと思ったら、ルシフから少し離れた後方に姿を再び現した。

 ルシフはそれを追いかける。

 ルシフが近付くと廃貴族は消え、また別の場所に姿を現す。

 

『我は道具なり。故に我は何者でもない』

 

 ルシフの脳裏に昨夜の廃貴族の言葉が再生される。

 

 ――嘘をつけ。

 

 ルシフが楽しげな笑みになる。

 

 ――自分を道具だと言うなら、何故道具を使う相手を選ぶ?

 

 道具に意思など存在しない。いや、してはいけない。

 何故なら、道具は生物の補助的な立場に立つ物であり、知識さえあれば誰もが使用出来る物でなければならないからだ。

 道具が主体的な立場に立つなど言語道断。そんな物、道具として失敗作。

 しかし、お前は違う。

 自分のことを道具と言いながらも、自分という道具の力を最大限に発揮出来る使い手を求めている。

 

 ――廃貴族……最高だよお前。

 

 そう思えるのは、自分に絶対の力があると信じているからだ。

 自分の力を最大限発揮出来れば、どんな相手も倒せるという自負を持っているからだ。

 道具のくせに、上から目線で使い手を選ぶ。

 どこまでも傲慢で不遜。

 だからこそ、俺に相応しい。

 俺と共に歩く存在として、ここまでの相手はコイツ以外にいないだろう。

 廃貴族は未だに消失しては顕現を繰り返している。

 イラついてた頃なら怒り狂っていただろう。しかし、今のルシフは心に余裕がある。

 廃貴族がどこかに自分を誘導しようとしているのに、なんとなく気付いていた。

 やがて廃貴族はルシフが近付いても消えなくなった。

 ルシフは廃貴族から数歩離れた位置で止まり、周囲を見渡す。

 そこはこの都市のちょうど中心の位置だった。

 少しこの場所から逸れた場所に、宿泊した施設がある。

 そのまま数十秒、二つの物体は静止したまま。

 その間に、ニーナやレイフォン、シャーニッドがルシフの元に集まった。

 ルシフの耳には届かなかったが、フェリは廃貴族が現れた時点で第十七小隊の面々に廃貴族の座標を伝えていた。

 座標がころころと変わったため、ニーナたちは少し混乱して動きが鈍っていたが、ようやく座標が固定されたため、ルシフのところまで来ることが出来た。

 

「こいつが黄金の牡山羊……」

 

 ニーナは二本の鉄鞭を構え、興味深そうに黄金の牡山羊を見る。

 ニーナの両腕は微かに震えていた。廃貴族の放つプレッシャーのせいだ。

 シャーニッドとレイフォンも、額に冷や汗が浮かんでいる。

 そうして第十七小隊が廃貴族と相対して数分後、第五小隊もこの場にやってきた。

 彼らも廃貴族のプレッシャーにやられ、身体を硬直させている。

 廃貴族は役者は揃ったと言うように、黄金の身体を更に強く輝かせ始める。

 廃貴族の圧力は更に強く激しくなり、その場の全員の全身から汗が噴き出し、全員が廃貴族を凝視した。

 ルシフですら、その圧力に僅かに身体を震わせた。

 都市そのものが、廃貴族の激しい力場で鳴動する。

 その時、異変が生じた。

 都市の地面から、人間にそっくりの四肢を持ったモノが現れたのだ。

 その大きさは数メートル。汚染獣の雄生体並のサイズ。

 人間の頭にあたる部分は潰れた肉の小山があり、その肉の中に口だけがある。

 胸の部分では打ち込まれた球体がグルグル動いている。

 そしてその巨人の手には柱を尖らせたような槍が握られていた。

 

「なんだコイツは!?」

 

 ニーナが青い顔で叫んだ。

 ルシフも驚きの表情でその巨人を見上げ、次に廃貴族の方に視線を向ける。

 廃貴族の姿は何処にもいなかった。

 

 ――そうか。これがお前が俺に課す最終試験というわけか。

 

 俺とアルセイフがいるから、コイツらを倒せると考えたのだろう。

 ルシフのコイツらというワードに反応したように、巨人は都市の地面から次々に生えてくる。

 その数はすでに十体を超えていた。

 

「なんだこれ? 汚染獣……なのか?」

 

 レイフォンが呆然と呟く。

 こんな汚染獣を、レイフォンは今まで一度も見たことがなかった。

 巨人たちが一斉に槍を構え、そのまま振り下ろす。

 ルシフは跳躍し、両手から剄を放出しながら薙ぎ払う。

 放出された剄は不可視の剣となり、全ての巨人を上下に真っ二つにした。

 崩れ落ちる肉塊。

 

「やった!」

 

 ニーナの表情がぱっと明るくなる。

 しかし、その肉塊から再び欠けた部分が生え、今度は倍の数の巨人になった。

 ニーナが驚愕の表情に変わる。

 これより彼らは、全く未知の存在と戦うことになる。自らの全てを懸けて――。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆     

 

 

 

 未知の出来事に遭遇している第十七小隊と第五小隊。

 その都市の地下深く――。

 そこで、ソレは目覚めた。

 

《識別番号XC一〇七八五三四五六七……》

 

 それは機械音声。作られた声が長く続く文字の羅列を発する。

 

《目標ノ損害レベル上昇、作戦遂行不可能ニナル確率、未ダ増大》

 

《休眠状態カラ活動状態ニ移行、作戦遂行ヲ最優先トス》

 

《擬態解除、目標ノ防衛ヲ開始シマス――――》


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