鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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それから、お気に入りの数が千五百を越えました。本当にありがとうございます。
あと、廃貴族の剄の色が青色だったことに今更気付きました。
ですが、青色はルシフさんのイメージに合わないので、この作品では黄金色でお願いします。


原作4巻 コンフィデンシャル・コール
第22話 サリンバン教導傭兵団


 ツェルニがセルニウム鉱山で補給している間、授業は中止になった。下級生の授業を教える上級生が、セルニウム鉱山の採掘作業の方にいってしまうため、授業出来なくなるからだ。

 セルニウム鉱山の採掘作業は早くて一週間はかかるらしく、下級生はその間休校となり、自由に過ごすことができる。

 三日後にニーナが予定している強化合宿があるが、それ以外は小隊訓練が毎日数時間ある程度で、大した予定もない。

 つまり、何が言いたいのかというと――。

 

「ふん、カリアンめ。ようやくか」

 

 引っ越しするタイミングとしてはこれ以上ないというくらい完璧なタイミングだということ。まあ引っ越しといっても、そもそもツェルニに来た時はバッグ一つに荷物が収まっていたから、そんなにまとめる荷物はない。

 ルシフの足元には、既に荷物をまとめたバッグが置いてあった。

 ルシフが椅子に座りながら、一枚の書類に目を通している。

 それは以前カリアンに頼んでいた、引っ越し先候補のリスト。

 どうやら今頃になって、その情報をルシフに回してきたらしい。

 机に置いてあるコーラの瓶を片手で持って口を付け、ルシフは一口飲む。

 

「なんの書類?」

 

 ベッドに座っているレイフォンがルシフに尋ねた。

 

「引っ越し先のリスト。つまり、もうすぐ貴様とお別れになるわけだ。いや~、寂しくなるなぁ!」

 

「……絶対そんなこと思ってないよね」

 

 ルシフの今にも笑顔になりそうな顔を見るだけで、レイフォンは本心ではなく嫌味と分かった。

 

「それにしても、生徒会長は名前で呼ぶんだね」

 

「なんの話だ?」

 

「君はいつも名前じゃなくファミリーネームかフルネームで人を呼ぶから、珍しいと思っただけ」

 

 レイフォンの記憶する限り、ルシフから名前で呼ばれているのはマイ・キリーしかいない。

 

「ああ、成る程な。いや、面と向かえばカリアンもフルネームで呼ぶ。今はカリアンがいないから、カリアンと呼んでいるに過ぎん」

 

「マイ先輩と他の人で違いがあるの?」

 

「親しくもない奴は個人的に名前で呼びたくないだけだ。それに、友達でもないただの知り合いに名前を呼び捨てにされたら、気分が悪くなるだろう?」

 

 親しくない相手の名前を呼び捨てにすることに、ルシフは抵抗があった。

 名前を呼び捨てにする時は、自分が相手と繋がりを感じた時。

 

 ――いや、マイだけは初めて出会った日からずっと名前呼びだな。

 

 何故だろうと少し考えたが、自分でも何故マイを最初から呼び捨てにしていたか分からない。

 多分初めて出会った時に自分の目になることを了承してくれたから、自分にとってマイは最初からただの他人ではなかったということだろう。

 

「僕は別にそんなの気にしないけど。むしろ、周りのみんなが名前で呼ぶから、君だけファミリーネームだとそっちの方がなんか気持ち悪いって感じる。できれば君も名前で呼んでくれた方が違和感ない」

 

「そうか。分かった」

 

 ルシフは足元にあるバッグを左手で、机の上のコーラの瓶を右手で持ち、瓶に残っているコーラを飲みながら立ち上がる。

 

「俺はこの部屋から出ていく。じゃあな、アルセイフ」

 

 ルシフはバッグを後ろに持ち、悠然と部屋から去っていった。

 

「……うん。だろうとは思ったよ」

 

 一人になった部屋で、レイフォンは小さく呟いた。

 ルシフの荷物が無くなった自室を、レイフォンはゆっくりと見渡す。

 グレンダンの孤児院にいた時も、一人部屋ではなく誰かと共有だった。

 それに不満を感じたことはないが、一人部屋というものに多少憧れがあったのも否定できない。

 

「初めての一人部屋かぁ……」

 

 レイフォンは目を輝かせた。

 だが、その表情は一瞬で消え、レイフォンは真剣な表情になる。

 

「あの時……ルシフの身体にあの牡山羊が入っていったように見えたけど、あの後もルシフはいつも通り。あれは目の錯覚だったのか?」

 

 そこまで口にして、レイフォンはいや、と頭を振る。

 都市を消滅させたルシフの攻撃。僕の知ってるルシフの攻撃より数段上だった。

 あんな攻撃、ルシフ単体で出来るわけがない。間違いなく、何かがルシフに力を貸した。

 あの状況なら、それは黄金の牡山羊以外に考えられない。

 

 ――ルシフ。君の中に、今も黄金の牡山羊はいるのか? それとも、あれはただの錯覚で、黄金の牡山羊は姿を完全に眩ませたのか? 一体どっちなんだ、ルシフ。

 

 ルシフに対して、レイフォンは不信感と何ともいえない恐怖があった。

 まあ、ルシフは都市を消滅させた後に、そのことに関して何も説明しないのだから、それも当然の反応だろう。

 

「……隊長と、相談してみるか」

 

 レイフォンはそう結論を出すと、ベッドに寝転がった。

 ベッドの近くに置いてある目覚まし時計に手を伸ばし、訓練が始まる一時間前に目覚ましをセットする。

 そして、レイフォンは昼寝しようと目を閉じた。

 

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 ルシフが選んだ部屋。

 その部屋がある建物は、カリアンやフェリが住んでいる建物の隣にあった。

 その辺りの寮は質の高い寮ばかりであり、ルシフが前居た部屋とは雲泥の差がある。

 ルシフが選んだ部屋は、当然リストの中で一番良い部屋。2LDKでエアコンと一通りの家具が完備。更に完全防音と、言うことがない部屋だ。その分、家賃も一番お高いのだが、ルシフにとってそれは些細な問題である。

 何故なら、ルシフのツェルニでの待遇は特待生。レイフォンはAランク奨学生だが、その二人の間には決定的な差がある。

 レイフォンの場合、いずれそのお金をツェルニに返さなければならない、いわば借金をしているような状態だが、ルシフはツェルニからお金を貰っている立場であるため、お金を返さなくていい。

 ルシフの入学成績はツェルニ史上最優秀であり、そんな成績を残した相手にも借金させるというのは、カリアンにとって納得がいかないことだった。

 故に、カリアンは特待生という制度を作り、ルシフが純粋な援助を受けられるようにした。ルシフはツェルニに一人しかいない特待生なのである。

 こういった事情があるため、ルシフにお金の問題は無縁といっていい。

 そもそも、何故こんなに良い部屋が中途半端な時期に空いたのか。

 理由は単純だった。

 その部屋の前の住人二人は、汚染獣襲撃の際に負傷した影響で武芸者としての自信を喪失し、ツェルニを退学して故郷で新しい道を探しにいったらしい。

 そう書類に補足で書かれている。

 だが、ルシフはそんな事情などどうでもいい。

 重要なのは、自分が気に入りそうな部屋が空いているという事実。

 ルシフは部屋がある建物に入る。

 玄関にある郵便ボックスに書かれている学年と名前を、ルシフは何気なく視界に入れた。

 見事なまでに、最上級生しかその建物に住んでいない。

 そこに最下級生のルシフが住むのだから、第三者が見れば違和感が半端ないだろう。

 そのまま書類に書かれた部屋番号に向かう。

 その部屋に行く途中は、誰とも会わなかった。

 ルシフは書類にある部屋の前に立ち、部屋番号を一度書類と照らし合わせる。

 間違いない。

 ルシフは部屋の扉を開けた。

 

「……ほう」

 

 ルシフが感嘆したような吐息を漏らす。

 扉を開けた瞬間に、前の部屋と格が違うのが分かった。

 純白とまではいかないが、白い壁。広々としたリビング。しっかりとした黒色の三人用ソファーに茶色のテーブル。

 とりあえず目に入ったのはそれだけだが、それだけでこの部屋が良い部屋だと思った。

 それとルシフが気に入ったのが、扉を空けてすぐ右側にある靴入れとスリッパ。

 前にいた部屋は当たり前のように土足で部屋に踏み入れていたが、この部屋はちゃんと靴を脱いで部屋に上がる。

 ルシフはスリッパを手にとってみた。もし使い古しなら捨てて、新品のスリッパを買ってこようと考えたからだ。

 スリッパは真新しく、使用した形跡はない。

 ルシフは手にとったスリッパを履き、部屋のリビング中央まで足を進める。

 そこから、軽く周囲を見渡した。

 部屋全体もしっかりとクリーニングされているようで、目立った汚れは見当たらない。

 

「カリアンの奴め。俺がこの部屋を選ぶと読んでいたか」

 

 ルシフは満足気に呟いた。

 こういう先回りして物事を行う人間が、ルシフは好きだ。

 この部屋にキッチン部屋はない。リビングの一角にバーのカウンターのようなお洒落な感じのU字型キッチンがある。

 そのすぐ前に茶色のテーブルと椅子が置かれていて、そこで食事が出来るようにしてあった。

 その茶色のテーブルから奥の位置にある黒色のソファーは、モニターの方に向けられている。

 奥の右側には、個室に続く扉が二つあった。

 個室の扉を開け、部屋の中をそれぞれ確認する。

 どちらの部屋も内装は同じだった。

 ベッドにタンス、机に椅子。茶色で統一されたそれらの家具が、窮屈さを感じさせないようなレイアウトで配置されている。

 

 ――良い。

 

 一通り部屋を見て回った感想がそれだった。

 一人でこの部屋を使用するのは少し広すぎる気もするが、あと少しでツェルニを出ていくのだから、その間くらい思いっきり贅沢に過ごすのも悪くないだろう。

 正直、部屋がどれだけ広いかはルシフにとってさほど重要ではなかった。

 完全防音。

 この一点こそが重要だった。

 何故なら――。

 

「これで、ようやく話ができる。そうだろう、廃貴族」

 

《……汝と話すことなどない》

 

 廃貴族と話す場合、ルシフは声に出して話さなければならないからだ。

 隣の部屋の住人からイカれた奴だと思われるのは別にどうということはないが、話の内容は聞かれたくなかった。

 だから、完全防音にこだわった。

 

「つれない態度だな。これから共に戦っていくというのに」

 

《我は汝の前に立ち塞がるものを破壊する力。それ以上でも、それ以下でもない》

 

「力でしかないから、俺たちの間に信頼関係は不要だと?」

 

《以前も言ったが、我は道具。イグナシスに関わる者どもを灰にさえできれば、それでいい》

 

「お前に名はないのか?」

 

《名など、大した意味を持たん。今まで通り、廃貴族と呼べ》

 

 その言葉を聞き、ルシフは軽く息をついた。

 

「……まあいい。これからゆっくりと打ち解けていこう」

 

《無駄だと思うが……》

 

「それから、俺の名はルシフ・ディ・アシェナだ。これからは汝ではなく、ルシフと呼べ」

 

 廃貴族からの反応はなく、声はそこで途絶えた。

 ルシフは廃貴族の本当の名を、原作知識から知っている。

 しかし、廃貴族自身から名を教えられない限り、その名は決して呼ばない。

 名は体を表すという言葉通り、名前は本人にとって特別なもの。相手から教えられて初めて、その名を呼ぶ資格が得られる。

 己の都市を滅ぼされ、滅ぼした奴らへの憎悪と怒りにとらわれた存在。それが廃貴族。

 

 ――廃貴族。常に前を見据え歩き続ける俺に、後ろしか見ていない奴は必要ない。必ずお前の目を前に向けてやる。

 

 ルシフは黒色のソファーに腰を下ろし、その後、自分の剣帯に目をやる。

 そこにはツェルニに来た時と同じように、六本の錬金鋼が吊るされている。傷付いた都市からツェルニに帰ってすぐにハーレイのところに行き、捨てた錬金鋼と同じ物を作ってもらった。

 頼んだ際、ハーレイは困惑した表情を浮かべた。今まで錬金鋼無しで戦っていたのだから、それは普通の反応だろう。それでも錬金鋼をしっかり作るあたり、ハーレイに好感が持てる。

 ルシフは六本の錬金鋼の一つ、白金錬金鋼(プラチナダイト)を抜き、それを眺めた。

 そして、悪魔のような笑みになる。

 

 ――原作通りなら、今夜は楽しい夜になりそうだ。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 周囲は闇に染まっていた。

 月明かりが僅かな光となっているだけで、それ以外に光源と呼べるものはない。

 ツェルニの郊外。

 この辺りは使わなくなった店で溢れている。学園都市は数年だけ滞在し去っていく特殊な場所のため、経営する生徒がいなくなった結果だ。

 此処にある多くの店は、次の住人を心から望んでいるだろう。

 レイフォンの視線の先にあるのは、その中の一つ。

 シャッターで固く閉ざされ、中の様子は分からない。

 だが、その店から挑発的とも言える好戦的な剄が放たれていた。

 レイフォンはかかってこいと言わんばかりの剄を、自身の剄を高めて相殺する。

 今日は機関掃除のバイトがなく、今夜はゆっくり寝られそうだと思った矢先、都市警察のフォーメッドからこの場所に呼び出された。

 レイフォンは臨時出動員という都市警の助っ人のような立場のため、都市警からの要請に従わなくてはならない。

 要請内容は、何でも運び屋に紛れて大量の偽装学生がツェルニに侵入し、この場所で身を潜めているという内容。

 ツェルニは学生の他に、学生相手に商売する商人が数日滞在する場合がある。

 その穴を、店に潜伏している連中に見事に突かれてしまった。

 元々、違法滞在しようとする輩は少なからずいると、フォーメッドは言っていた。

 違法酒や違法薬の販売、情報窃盗など、違法滞在しようとする目的は色々ある。

 今回の件で言えば、違法酒。

 俗に言う剄脈加速薬。

 『ディジー』と呼ばれる酒を飲むと、剄脈に異常脈動を起こし、剄や念威の発生量が爆発的に増える。

 これだけならば、武芸者は我先にと『ディジー』を飲み、都市もそれを奨励するだろう。

 しかし、剄の増大に関わる副作用も、『ディジー』にあった。

 それは、八十パーセント以上の確率で剄脈に悪性腫瘍が発生すること。少なくとも『ディジー』を飲んだ五人の内、四人は廃人となる計算。

 ほとんどの都市は武芸者の激減を恐れ、違法酒の輸入と製造を禁止。都市間で話し合って決めたわけではなく、それぞれの判断で違法酒を禁止した。

 だが、ごく一部の都市は違法にしていない。そういった場所から違法酒が製造され、違法としている都市にも秘密裏に高額で供給される。

 

「――で、いるか?」

 

 レイフォンの隣に都市警察課長のフォーメッドがやってきた。

 レイフォンはフォーメッドの方に顔を向ける。

 フォーメッドは武芸者ではなく一般人であり、剄の波動を感じない筈だが、彼は固い面持ちをしていた。

 剄を感じなくとも、あの店から溢れる異様な雰囲気を感じとっているのだろう。

 

「間違いなく。こっちを挑発しています」

 

「やはりそうか。こちらの武芸者の動きが鈍ってるからだろうとは思ったが……偽装学生の中に武芸者はいない筈なんだがな」

 

 フォーメッドは軽く頭を掻いた。

 

「課長。包囲完了しました」

 

 ナルキがフォーメッドのところに来て、そう報告する。どうやら伝令役をやらされているらしい。

 

「よし。なら、これから確保――」 

 

「……くる」

 

 フォーメッドの言葉を遮り、レイフォンが呟く。

 

「え?」

 

 その呟きを聞き、ナルキが戸惑いの表情になった。

 そんなナルキの背後で、見張っていた店が爆発した。

 固く閉ざされていたシャッターが吹き飛び、こちらに迫ってくる。

 レイフォンはナルキの腕を掴み背後に庇いながら、空いている腕で剣帯から青石錬金鋼(サファイヤダイト)を抜き、復元。闇の中に青色の輝きが煌めく。

 レイフォンは剣をシャッター目掛けて振り上げ、シャッターを斬った。

 そのシャッターの陰から一人の武芸者が現れ、レイフォンに襲いかかってくる。

 レイフォンはその武芸者の頭上からの斬撃を剣で受け止め、弾き返した。

 

「ひゃははははッ! なかなかやるさ~」

 

 襲ってきた武芸者は宙で回転しながら笑っていた。

 その武芸者の得物は鋼鉄錬金鋼(アイアンダイト)の刀。レイフォンの脳裏に一瞬、養父のデルクの姿が浮かんだ。

 その武芸者の容姿は一部しか分からない。バンダナで鼻から下を隠しているからだ。髪は燃えるような赤髪。自分と同い年くらいの少年に見えた。

 赤髪の少年が街灯に着地し、街灯を蹴って疾風となり、レイフォンの頭上を通り過ぎていった。

 

「逃がすか!」

 

 活剄で肉体を強化。レイフォンが赤髪の少年の後を追う。

 

「くそっ、突入! 突入!!」

 

 フォーメッドが必死に叫び、その声に従って包囲していた都市警察たちが店の中に突入していく。

 レイフォンはそれをちらりと横目で見、すぐに意識を正面に切り替える。

 少年の姿はもうかなり遠くに行っていた。

 道路や建物の屋根を蹴り移動する動きに無駄がない。

 レイフォンは舌打ちし、足に剄を凝縮。

 内力系活剄の変化、旋剄。

 自分の速度を一気に上げ、少年に肉薄。刀を持っている方の肩目掛けて、剣を振り下ろす。

 利き腕を壊し、無力化してから捕獲。

 そう考えての攻撃。

 だが、剣が少年に触れる刹那、少年の姿が消えた。

 

「なっ!?」

 

 こちらのタイミングを読まれた。

 レイフォンの頭上に、少年がいる。

 

 ――逃げられる。

 

 旋剄は爆発的に速度を上昇させるが、ほぼ直線にしか動けない。

 その勢いを殺している間に、少年はこの場から消え失せることができる。

 鋼糸が使えれば捕らえれたかもしれないが、鋼糸は封印されているため使えない。

 

「危なかったさ~」

 

 しかし、レイフォンの予想に反して少年は逃げようとせず、その場で剄の密度を高める。

 レイフォンは勢いを殺すのを止め、勢いのまま跳び、身体を反転させる。

 刀を構えた少年が近場の建物の壁を蹴り、姿を眩ます。

 と同時に、前方左右から攻撃的な気配がレイフォンに襲いかかってきた。

 内力系活剄の変化、疾影。

 

「なっ!?」

 

 レイフォンは驚きの声をあげた。

 相手が想像以上の実力者だったからではない。

 武器に刀。そして、この剄技。

 その動きに既視感があったからだ。

 レイフォンは直感で右の気配に向けて剣を振るう。

 刀と剣が激しくぶつかり合う音が辺りに響いた。

 

「やっぱ読まれるか」

 

 ぶつかり合った瞬間の火花の向こう、目を楽しそうに輝かせている少年の顔が見えた。少年の顔の左側には刺青が入っている。

 レイフォンの腕に重い衝撃が伝わった。

 旋剄の勢いを殺せていないレイフォンは、そのまま後方に吹き飛んだ。

 少年はレイフォンに追いすがり、連続で刀を振るう。

 レイフォンに旋剄の勢いを殺させないつもりだ。

 レイフォンは一撃一撃の重さに内心で舌を巻いていた。

 刀を防ぐたび、進路がそっちに変わる。

 もうすでにかなりの距離を打ち合っていて、現在地は分からない。

 

「はっ!」

 

 少年が気合いの声とともに、刀を斬り上げる。

 レイフォンはその斬撃を剣で防いだ。身体が地面を離れ、宙に舞う。

 空中で、レイフォンは辺りを見た。

 場所はまだツェルニの郊外。使われていない建物が多く建ち並んでいる場所。

 この場所ならば、多少建物を壊しても大丈夫だろう。

 レイフォンは空中で一回転し、体勢を立て直す。

 旋剄の勢いは完全に死んだ。これからは自由に動ける。

 レイフォンは自身の剄の密度を高め、下から追撃してきた少年目掛けて剣を振り下ろした。

 外力系衝剄の変化、渦剄。

 剄弾を含んだ大気の渦の中に、少年が飲み込まれる。

 少年が大気の流れに乗りながら剄弾を破壊し、爆発音が連続で響く。

 レイフォンもその渦の中に飛び込み、少年に斬りかかった。

 

「甘いさッ!」

 

 少年はそれを刀で防ぐと同時にレイフォンの剣に剄を流し込む。

 レイフォンは咄嗟に剄を放って対抗しようとした。だが、遅かった。

 外力系衝剄の変化、蝕壊(しょくかい)

 武器破壊の剄技により、レイフォンの持つ剣の刀身に幾つものヒビが入った。

 

「くそッ!」

 

 レイフォンは少年の腹を蹴飛ばし、距離をとる。

 少年は屋根の上に危なげなく着地。レイフォンはその間に地上に下りる。

 

「あれ? あんた、ヴォルフシュテインじゃなかったっけ? この程度なわけないよな」

 

「……グレンダンの武芸者か? こんなところに何の用だ」

 

 少年が顔を覆うバンダナをとる。

 

「まず自己紹介さ~。おれっちの名前はハイア・サリンバン・ライア」

 

 サリンバン――そのミドルネームを聞いた時、レイフォンは少年の正体を悟った。

 サリンバン教導傭兵団。

 グレンダン出身の武芸者で構成された傭兵集団であり、専用の放浪バスで都市間を移動する。

 彼らは行く先々の都市で雇われ、汚染獣の討伐や都市間戦争の助っ人、雇われた都市の武芸者の指導を主にしている。

 グレンダンが武芸の本場と呼ばれる土台を作り、グレンダンを有名にした集団。

 それがサリンバン教導傭兵団。

 

「サリンバン教導傭兵団が違法酒の売り歩き? 随分落ちぶれたんだな」

 

 ハイアの瞳に鋭い光が一瞬宿った。

 しかし、その光を紛らわすように、ハイアは笑みを浮かべる。

 

「確かにここ数年、各都市はおれっちたちと契約しなくなった。契約するのは商人やらそういうのの護衛ばかりさ~。でも、違法酒の手伝いなんかしない。あんなのは此処にくるために利用しただけさ~。だいたい、もし本気で契約してたら、護衛対象ほったらかして逃げるか?」

 

「ツェルニそのものに用があると?」

 

「サリンバン教導傭兵団が商売抜きで都市に来る理由なんて一つしかないさ~。廃貴族って聞いたことない?」

 

「廃貴族……?」

 

「あれ? あんたも接触したと情報であるんだけどな~。情報そのものが間違ってる?」

 

 ……接触?

 レイフォンの頭に黄金の牡山羊の姿がよぎる。

 レイフォンの表情を見て、ハイアは笑みを深くした。

 

「心当たりありそうさ~。けど、今はそれよりもあんたの使う技に興味あるね。あんたの師匠とおれっちの師匠、兄弟弟子だったそうじゃん? いわば、あんたとおれっちは従兄弟みたいな関係ってわけさ~。サイハーデンの一族として」

 

「聞いたことないね」

 

 しかし、それならハイアの動きに対して既視感を覚えるのも頷ける。

 ずっと見慣れた動きであり、自分の武芸の深い部分に溶け込んでいる動き。

 

「なんで刀じゃなく剣を使ってんのか知んないけど、別にいいさ~。あんたを倒せば、おれっちが一番さ!」

 

 ハイアが屋根を蹴り、レイフォンに斬撃を叩き込む。

 レイフォンはそれを剣で受け止めた。ヒビの入った剣はその衝撃で砕ける。

 青い輝きが散りばめられる中、ハイアが勝ち誇った笑みになった。

 だが、剣を砕かせることこそレイフォンの狙い。

 

「かぁぁッ!」

 

 内力系活剄の変化、戦声。

 空気を震動させる剄のこもった声が、宙に散る錬金鋼の欠片をハイアに浴びせる。

 ハイアはそれで一瞬怯んだ。

 すかさず懐に潜り込み、レイフォンはハイアの腹に拳を入れる。

 ハイアはぎりぎりのところで腕を下げ、拳を防ぐ。

 レイフォンは拳に剄を集中させ、ガード越しにハイアを吹き飛ばす。

 ハイアは建物の中に突っ込んでいった。

 レイフォンの追撃はまだ終わらない。

 レイフォンは両手に剄を走らせ、両手の指の間に剄弾を形成し、放つ。

 外力系衝剄の変化、九乃(くない)

 針のように細い剄弾の群れがハイアを追いかけ、ハイアが突っ込んだ建物を爆発させた。

 

「やったか?」

 

 レイフォンは建物の気配を探る。

 どうやら仲間がいたらしく、ハイアの他にもう一つ気配が増えていた。

 ハイアはレイフォンを襲うのを止めたようで、二つの気配がレイフォンから離れていく。

 レイフォンは自分を落ち着かせるように深呼吸し、消えていった気配の方角を見る。

 廃貴族。ハイアの目的はそれだと言った。

 もし、自分が考えているものが廃貴族なのだとしたら――。

 

「……彼らは地獄を見るかもしれない」

 

 ルシフが穏便に事を済ますとは考えづらい。

 レイフォンは彼らに少しだけ同情した。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 爆音は、ルシフとマイがレストランで食事をしている最中に聞こえた。

 

「ルシフ様。これは……」

 

 ルシフは目の前の料理を手早く片付け、ふきんで口元を優雅に拭く。

 

「マイ、支払いは任せた。俺はパーティーに早く行かなくてはならん」

 

 ルシフはテーブルの上にお金を置き、立ち上がる。

 そして、レストランから悠然と去っていった。

 マイ以外、誰も居なくなったテーブル。

 マイのフォークを持つ手は震えていた。

 

「……爆発のばか」

 

 せっかく二人っきりのデートだったというのに、邪魔された。

 この恨み、爆発の元凶に直接ぶつけなければ気が済まない。

 マイも料理を残さず、しっかりと食べきる。

 ルシフは出された料理を残す人間を下品だと嫌っているし、マイ自身、食べ物を粗末に扱う人間には殺意が沸くため、残したりはしない。

 食べ終えたら、マイはテーブルの上のお金を持ち会計に向かう。

 そして、ルシフが去った数分後にはマイもレストランを出て、ルシフの後を追いかけた。

 

 

 

 ハイアがツェルニの郊外を疾走している。その表情は満足気な笑み。

 

「ヴォルフシュテイン……思ってたほどじゃなかったさ~」

 

 剣を使っているとはいえ、簡単に得物を破壊される奴が本気を出したところで大したことないだろう。

 天剣授受者といい勝負ができた。

 つまり、自分も天剣授受者になれる資格がある。

 

「――ん?」

 

 上機嫌なハイアの前方に、一人の少年が立っていた。

 剣帯に六本もの錬金鋼を吊り下げ、こちらを見て笑みを浮かべている。

 ハイアは少年から数メートル離れた場所で急停止。ハイアの後方にいた仲間も止まった。

 廃貴族に関わる情報を、脳内で確認する。

 

「赤みがかった黒髪に、赤の瞳。間違いないさ~。あんた、ルシフ・ディ・アシェナだろ?」

 

「そうだが?」

 

「はははははッ! おれっちは運がいいさ~。こんなにも早く目標を見つけられるなんて」

 

 ルシフ・ディ・アシェナ。

 この男こそ、廃貴族を持っている可能性が高い。

 この男を捕らえ、グレンダンに連行する。

 廃貴族という手土産があれば、天剣授受者任命のための試合をさせてくれるかもしれない。

 それに勝てば、晴れて自分も天剣授受者だ。

 ルシフは六本の錬金鋼の中から白金錬金鋼を抜き、復元。白く輝く刀がルシフの左手に握られた。

 

「刀か」

 

 それを見て、ハイアが楽しそうに笑う。

 ルシフも同様の表情をして、刀を構えた。

 

「さあ、この俺を楽しませてみせろ」

 

 ルシフの剄が高まっていく。

 ハイアの剄も爆発し、剄密度が一気に高まった。

 サリンバン教導傭兵団、三代目団長。ハイア・サリンバン・ライア。

 彼はまだ、ルシフの恐ろしさを知らない。




ルシフ(サイハーデンの技を全て盗んでから叩き潰そう)

ハイアが好きな方は、この先読まない方がいいかもしれません。



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