ですが、切りどころがなくだらだらと書いてしまい、いつも一万文字くらいになってしまってます。
この話でいえば、一万二千文字。長くなってしまい、申し訳ないです。
ルシフとハイアは互いに同程度剄を高め、刀を構えている。
「へぇ~、こんな未熟者が集まる場所におれっちと同じくらいの剄量の奴がいるか。それとも、廃貴族を手にした影響か?」
「さぁな」
「まぁいいさ~。それと一応聞いておくけど、どこの武門さ~?」
「サイハーデン」
「――サイハーデン?」
ハイアの目に鋭い光が宿る。
ルシフはハイアの変化を気にかけることなく、ああ、と言葉を続ける。
「同じ小隊にレイフォン・アルセイフという名の奴がいてな、そいつから学んだ剣術だ。俺の得物は刀だから多少勝手は違うが」
もしこの場にレイフォンがいたら、そんなことした覚えはないと力強く否定するだろう。
レイフォンはルシフにサイハーデンの技を教えたことも、教えようと思ったこともない。ルシフがレイフォンの動きを見て勝手にサイハーデンを学んだだけだ。
しかし、ハイアにそれが分かる筈もない。
「……さすが、元天剣授受者様。もう人に教える立場でいるのかい。それも、サイハーデンを刀術じゃなく剣術として……」
ハイアが顔をしかめ、吐き捨てるように言った。
レイフォンと武器を交える前ならルシフの言葉を疑っていたかもしれないが、ハイアは剣でサイハーデンの技を使うレイフォンを知っている。ハイアはルシフの言葉を一切の疑念すら抱かず信じた。
サイハーデンは刀を使うことを前提とした武門。にも関わらず、剣術として教える。
それはサイハーデンそのものを冒涜する行為。
ハイアに許せる筈がなかった。
「サイハーデンは刀を使う武門さ~。あんたが今使ってる武器こそ、サイハーデンとして正しい。
どうやらあんたの師匠はそこんとこ勘違いしてるみたいさ~。おれっちが本当のサイハーデンってのを見せてやる」
言葉こそ軽薄だが、ハイアの剄は更に高まっていた。ハイアの闘志に火がついたのだ。
ハイアの周囲が剄の奔流で荒れ狂う。
「それは願ってもないことだ。俺も、覚えたサイハーデンの技を試したいと思っていたところだったからな。どっちが上か、勝負といこうじゃないか」
「……どっちが上?」
楽しそうに言ったルシフの言葉を聞き、ハイアは手に持つ刀の柄を、怒りを込めて力強く握りしめる。
「あんたが覚えたのは、サイハーデンじゃない。サイハーデンもどきさ。おれっちの技と一緒にするな」
怒り心頭に発し、今にも刀で斬り付けてきそうなハイアを、ルシフは満足そうな顔で眺めた。
――これ以上、怒らせる必要はあるまい。
これでハイアはサイハーデンの技を惜しげなく使うようになるだろう。
ハイアの中でレイフォンの株が大暴落しているが、そんなことを気にするルシフではない。
ハイアは刀を斜め上段、八相に構え直す。
その構えはサイハーデンの構えと言っていい。
ルシフも同様に八相の構えをしてみせる。
お互いに同じ構え。
二人の時が止まり、空気が張り詰めていく。
いつまでも続くと思われた静寂。
その静寂を切り裂いたのは、ハイアだった。
ルシフの出方を窺っていたハイアは、ルシフに攻め気がないのを悟り、先に仕掛ける。
内力系活剄の変化、疾影。
ルシフの前方左右から攻撃的な気配が迫る。
ルシフは刀を迷わず右に振るう。
鈍い金属音が響き、火花が散った。
ルシフはハイアの刀を受け止めたまま、後ろに押し返す。
ハイアはルシフの力に逆らわず、ルシフの力を利用して宙を一回転しながら数メートル後方に跳んだ。
ハイアは猫のような姿勢で着地し、ルシフを睨む。
睨んだ瞳が、全方向から来る攻撃的な気配で揺れた。
ルシフが内力系活剄の変化、疾影を使ったのだ。
「――ちっ」
ハイアは一瞬慌てたが、すぐに冷静さを取り戻し、ルシフが攻めてくる方向を看破。
刀身を片手で掴み、居合い抜きの構えをとる。
ハイアの刀は、ハイア自身が考え創った特別な刀であり、刀の柄部分に
「見せてやるさ~」
サイハーデン刀争術、
居合い抜きの斬撃と、衝剄による二段攻撃。
刀身に帯びた剄と刀身を掴んだ片手の剄がぶつかり合い、斬撃の際、炎が生じる。
その炎が紅玉錬金鋼で更に勢いを増し、その瞬間だけ炎刀となってルシフを捉えた。
ルシフは刀を振り下ろした両腕ごと上方に弾かれる。がら空きとなったルシフの前面。斬撃の時のハイアの衝剄がルシフに突風に似た衝撃を与えるが、ルシフはその場でこらえ、吹き飛ばされなかった。
ハイアは勝ち誇った笑みになる。
その場でこらえられた方が、ハイアにとって都合が良い。
焔切りには、二の太刀がある。その名も焔重ね。
焔切りで相手の技と動きを封じ、焔重ねで確実に深手を負わせる。正に二撃必殺。
ハイアの炎刀の切っ先が翻り、ルシフの胸に振り下ろされた。
それは確実にルシフを行動不能にする。
「おっと……危ない危ない」
――筈だった。
ルシフはハイアの衝剄を自身の衝剄で相殺して、四肢の自由を取り戻す。そして、焔重ねの間合いを見切り、二歩後ろに下がることでかわした。
「まださッ!」
ハイアは空いてる手の指の間に剄を集中させ、細く尖った剄弾を創り、ルシフ目掛けて放つ。
外力系衝剄の変化、九乃。
ルシフは刀身を片手で掴み、ハイア同様に刀を振り抜く。
サイハーデン刀争術、焔切り。
その一振りで剄弾の群れを消し飛ばし、流れる動作で空いてる手に剄を集中。
お返しと言わんばかりに細く尖った剄弾をハイアに放つ。
ハイアは飛び上がって回避。空中で剄の密度を高める。
外力系衝剄の変化、
ルシフの頭上から、炎剄をまとった竜巻が放たれた。真っ暗な世界に、巨大な炎蛇が現れる。ルシフはその渦に呑み込まれた。
ルシフの身体が宙に舞う。
舞う瞬間、全身から衝剄を発し、竜巻を吹き飛ばす。と、同時に自らも剄密度を高めた。
ハイアが炎刀を煌めかせ、体勢が整っていないルシフに稲妻のごとき斬撃を叩きこむ。
ルシフはその斬撃に腕の力だけで対抗し、互いに後方に弾かれる。
ルシフは宙で一回転しながら、ハイア目掛けて炎蛇を放った。
再び暗闇を裂いて現れた巨大な炎蛇。
「なっ!? この剄技はおれっちオリジナルの筈!」
ハイアは動揺したが、己が編み出した剄技。対処法も熟知している。
炎蛇を真っ二つに切るように、衝剄を利用した刀撃を縦に一閃。
炎蛇は裂かれ、夜闇に散る。
闇を取り戻した世界で、二人は同時に着地。
ルシフは刀の背で首の後ろをトントンと軽く叩く。
「オリジナル? 今のは蛇落としに手を加えただけの剄技。竜巻に炎剄を混ぜただけの技だ。お前しか使えないなんてことあるまい」
「……本気でぶった斬ってやるさ」
ルシフと違い、構えを解かなかったハイアは体勢を低くする。
内力剄活剄の変化、水鏡渡り。
旋剄を超える超高速移動。
瞬く間にルシフの懐に飛び込む。
「――は?」
それは勝負している最中とは思えない、気の抜けた声だった。
確かにハイアはルシフの懐に踏み込んだ。
それを証明するように、周囲の景色も少し変わっている。
だが、正面の景色は変わっていない。
数メートル離れた場所にルシフが立っている。その光景を変えるために水鏡渡りを使用したにも関わらず、何も変わっていない。
それがハイアを混乱させた。
ルシフがやったことは単純なことである。
まるで糸で繋がれていたかのように、ハイアが進んだ分だけ、ルシフは後方に下がっただけ。
しかし、たったそれだけのことをするのに、一体どれだけの技量が必要か。
ハイアの動きは閃光のごとく、速かった。
その動きに合わせて下がる。
同等以上の技量がなければ、出来る筈もない。
ハイアは刀に纏わせる剄量を増やしながら、相手を小馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「急に逃げ腰になってどうしたさ。お前のサイハーデンは攻めるより逃げる方が得意みたいさ~」
口にした瞬間、ハイアの顔に冷や汗が浮かんだ。
さっきとは一転、ルシフが水鏡渡りで逆にハイアの懐に飛び込んできたからだ。
ハイアは咄嗟に刀で迎撃。
ルシフの下からの刀撃を、上から押さえ込むような形で防ぎ、そのままルシフの刀に剄を流し込む。
「……む?」
ルシフの刀身に亀裂が入った。
外力系衝剄の変化、蝕壊。
武器破壊の剄技。
ルシフを挑発することで攻め気を誘い、一気に得物を奪う。
それがハイアの作戦であった。
ルシフは身を更に屈め、ハイアに足払いをする。
ハイアはバックステップでかわし、得意気な表情になる。
「レイフォン君よりは、防御がなってるみたいさ~。でも、それも時間の問題さ~」
確かにルシフの刀はまだ原形を保っているが、もう一度武器破壊の剄技を使われれば、呆気なく砕けるだろう。
その事実を前に、ルシフは勝ち気な笑みでハイアを見返す。
「最後までやってみんと分からんぞ」
「……バカな奴さ」
ハイアは踏み込み、上段から刀を振り下ろす。
ルシフも踏み込み、下段から刀を振り上げる。
高速で互いに接近し、一際大きい金属音と火花を散らしながらすれ違う。
両者の立ち位置は入れ替わり、互いに背を向けていた。
ルシフはハイアに背を向けたまま、自身の刀に目をやる。
白光に煌めいていた刀は見る影も無くし、柄だけを残して崩れ落ちた。
対するハイアは――。
「あんたも中々やるけど、この勝負、おれっちの勝ちさ~。後はこのままあんたが次の錬金鋼を復元する前に、あんたを斬ればいい」
満面の笑みをたたえ、ルシフの方に振り返った。
ハイアの刀は健在である。
ハイアは未だに背を向けたままのルシフに斬りかかり――。
「……ッ!」
途中で動きを止め、あらぬ方向を見た。
ハイアはルシフに背を向ける。
「運の良い奴さ……。次は必ずお前の身柄を押さえてやるから、首洗って待ってろさ~」
しっかり捨て台詞を残しながら、ハイアはそのまま前方に躍りだしていった。
地面や建物を蹴り、瞬く間にルシフから遠ざかっていく。
故に、ハイアは気付かなかった。
「運が良い奴か……果たしてそれはどちらかな?」
ルシフの表情が、今にも高笑いしそうな悪魔の笑みになっていることに。
《汝にしては、上手く手加減したものよ》
「なかなか面倒だった。相手を調子づかせるように闘うのはな」
《何故そんな真似を?》
「奴の剄技を盗むためだ」
《汝はあの男と同門だったのだろう?》
「ああ。入門して十分も経ってないがな」
平然とした顔で、ルシフは柄だけになった刀に剄を流し込む。
錬金鋼の許容量を大きく上回る剄を叩き込まれた刀の柄は、一気に膨張し爆発。
ルシフの手から柄が消滅した。
《……汝という男は……》
廃貴族は当たり前のように虚言を吐き、他者を貶め、他者の心を弄ぶルシフを軽蔑した。
《あの男を追いかけるつもりか?》
「いや、今日は元々挨拶がてら剄技を盗んで終わるつもりだった。少し試したいこともある。奴らにはその
少しの間くらい、夢を見せておいてやらんと可哀想だしな」
《モル……モット?》
その言葉に宿る禍々しさを、廃貴族は感じとったのだろう。
廃貴族の声に険しさが滲む。
ルシフは廃貴族の声を無視し、ハイアが去った方向を見た。
原作でもハイアはレイフォンとの勝負の途中に後退している。
都市警が本格的に動き出したのだろう。
奴らはこの都市と戦争したいわけではないから、なるべく大事にならないようにしたい筈だ。
それにもし違っていても、今のハイアに出来ることは何もない。
こう考えたルシフは、ハイアがどこに行ったかなど微塵も興味なかった。
ルシフはすぐに視線を自分の寮がある方に移し、自分の寮へと向けて歩を進めた。
ルシフの予想に反し、ハイアの向かう先がある少女の元だと気付かずに。
ハイアは疾走する。
その動きには焦りが見える。
ハイアがルシフを斬る絶好の機会であったにも関わらず、それを捨てその場から離れた理由。
それはハイアの仲間からの通信が原因である。
『ハイア! ミュンファとフェルマウスが化け物みてぇな念威操者にやられた!』
ハイアはサリンバン教導傭兵団で育った。
ハイアにとってサリンバン教導傭兵団は戦友である前に家族。
その家族が危機的状況に陥っているのに、助けに行かないという選択肢はハイアの中にない。
「待ってるさ。おれっちがすぐに行く」
内力系活剄の変化、水鏡渡りを使い、ハイアは超高速で目的地に向かった。
◆ ◆ ◆
少しだけ時間を巻き戻し、ルシフがハイアと向かいあっている頃、マイもまた武芸者たちと向かい合っていた。周囲の建物の上から十数人の武芸者が、マイを見下ろしている。
マイの隣にはニーナもいる。レイフォンが誰かと闘っているのを剄の波動から感じ、レイフォンのところに向かっている最中にマイと合流した。
武芸者の面々からは、剄の高まりと闘気を感じる。
これ以上進むなら容赦しない。
彼らの目と雰囲気がそう言っていた。おそらく彼らの仲間の闘いの邪魔をさせないつもりだろう。
レイフォンとその相手の闘いが終わり、その相手はどうやらルシフと闘おうとしているらしいが、周囲の武芸者がこの場から去る様子はなかった。
「なっ、おい!?」
マイはそんな彼らを無視し、歩みを再開。ニーナが焦った表情で呼び止めるが、もう遅い。
周囲を囲んでいる武芸者よりも遠方でこちらを狙っていた武芸者が、マイに向けて剄の矢を射った。闇夜でそれを見ると、まるで光が飛び込んでくるように見える。
ニーナが動き、剄の矢を叩き落とそうとする。しかし、動き出しが遅かった。動こうとした時には、マイのすぐ手前まで矢は来ていた。
――間に合わない。
ニーナが愕然として、マイの身体に矢が吸い込まれるところを見ている。これから確実に起こる悲劇を、頭の中に思い描きながら。
「よっと」
マイの前面に念威端子が瞬時に集まり、念威端子の盾が創られる。矢はその盾にぶつかると、光が辺りに飛び散るように拡散し消滅した。
ニーナは驚愕と安堵が入り混じったような表情になる。マイに直撃すると確信していた周囲の武芸者たちから、戸惑いの声があがった。
「――いけませんね」
マイが復元された角張った杖を握りながら、そう口にした。
何がいけないのか分からないニーナは、怪訝そうにマイの後ろ姿を見る。
「狙撃者が、狙撃した後もその場に留まるのは」
周囲の武芸者が顔色を変えた。
「はっ、ミュンファがあの女の念威端子に囲まれただと!?」
彼らの一人が、通信機からもたらされた情報をおうむ返しに叫んだ。その叫びには、相手を嘲笑するような響きも混じっている。
焦っていた彼らは、次第に落ち着きを取り戻していく。
彼らが懸念したのは、 少女が狙撃者の情報をツェルニの武芸者たちに流し、多数の武芸者が狙撃者を狩りにくることだった。
だが少女はそれをせず、その場で二射目を放とうとした狙撃者を念威端子で囲んだだけ。
それにどんな意味があるというのか。そんなので勝った気になっているなら、やっぱりここの武芸者はぬるい学生の集まりか。
彼らはそう思った。それがどれ程までに恐ろしく、絶望的な状況かを理解出来ずに。
「動かないでください。指一本でも動かしたら、あの子の無事は保証できません」
にっこりと笑顔で、マイは建物の上にいる武芸者たちに顔を向ける。
雄性体三体がツェルニに襲来した時の映像を観たニーナは、それが脅しではなく事実を口にしているだけだと悟った。
「念威端子で囲んだらもう勝ったつもりか! 調子に乗るな!」
「馬鹿っ、止め――」
ニーナの制止の声も虚しく、武芸者の一人が建物を駆け下り、マイに襲いかかった。刀を構え、猛然とマイに突っ込んでくる。
「交渉決裂っと」
遠くの方で、少女の絶叫が聞こえた気がした。
きっと気のせいだと自分に言い聞かせるが、その実、予想した通りのことが起きたとニーナは確信する。
マイに突っ込んで来た武芸者は、念威端子の刃に足を切られ、マイの眼前で前のめりに崩れ落ちていく。
マイは両手で杖を持ち、目の前に来た武芸者の側頭部を殴る。
殴られた武芸者は横に弾かれるように飛び、マイから少し離れた場所に倒れた。
建物の上の武芸者たちは、今の光景と通信機が伝えてきた狙撃者の状態に絶句している。
そして――。
「……ッ!」
彼ら一人一人の周りが、念威端子に囲まれた。
「動かないでください。指一本でも動かしたら、あなた方の無事は保証できません」
マイはニコニコと笑顔のまま、先ほどと同じ言葉を口にした。
ニーナはようやく気付いた。何故かは分からないが、今のマイは物凄く怒っているということに。
武芸者たちの顔から血の気が引いた。
その言葉が真実だと、今の彼らには理解できた。
衝剄で周囲の念威端子を吹き飛ばそうにも、剄を高めようとすれば念威端子の刃が飛んでくるだろう。どう計算しても吹き飛ばすより念威端子の方が早い。
つまりは打つ手なし。
いや、実際にはこの状況でも打つ手は一手あるのだが、マイの見たことのない闘い方に惑わされ、それに気付けないでいる。
武芸者たちが硬直してマイを睨んでいる中、彼らのすぐ傍から強烈な光と衝撃が生じた。
「念威爆雷? まさか私が気付けないなんて……」
マイに僅かな動揺が生まれた。
マイは知るよしもないが、相手の念威操者は念威端子を地下から移動させ、念威爆雷を使用してそれぞれの建物内部に侵入。そこから各建物の屋上に続く扉を念威爆雷で同時に吹き飛ばし、続けて瞬く間に念威端子を彼らに近付け、同様にマイの念威端子を吹き飛ばした。
その衝撃は武芸者たちも巻き込んだが、元々その衝撃に大した威力はない。あくまでマイから一瞬の隙を作るための一手。
その一瞬の間に武芸者たちは衝剄で念威端子を更に遠くに吹き飛ばし、念威端子の包囲から脱出。そのままマイとニーナに襲いかかる。
彼らはサリンバン教導傭兵団である。各都市を渡り歩き、各都市にその名を轟かせた猛者の集団なのだ。
また、彼らはどんな戦場も団員たちと協力して乗り越えてきた経験と自負がある。今も仲間が必ずこの状況を打破してくれると信じていたからこそ、仲間が作った一瞬の隙を無駄にせず、迅速に行動できたのだ。
ニーナは鉄鞭を十文字に重ね、攻めてきた武芸者の一人から振るわれた刀を受け止め、そのまま跳ね上げる。
刀を止められた武芸者はニーナの力に逆らわず後ろに跳躍。その時には別の武芸者たちがニーナの左右から接近し、同時に刀を振り下ろす。
ニーナは前方に転がるように跳び、挟撃を回避。しかし、ニーナの逃げた先には既に別の武芸者が待ち構えている。
――くそっ。
ニーナはこの武芸者集団の動きと連携に、内心で舌を巻いた。
動きに無駄と呼べるものがないのだ。
「確かに速い……だがッ!」
ニーナが鉄鞭で正面から振り下ろされた刀を受け流し、もう一本の鉄鞭でその武芸者の腹部を強打。武芸者はよろけながら数歩後ずさった。
「対応できない速さでもない」
ルシフと特訓を始めて二ヶ月程経ち、ようやくその特訓が実を結んできた。今のニーナの実力は、ルシフとの戦闘経験により、前の頃と比べて桁違いの実力になっている。
相手の剄から動きを読み、こちらもそれに合わせた剄のコントロールをする。
ニーナは無意識でそれが出来るようになっていた。
ニーナを囲んだ数人の武芸者たちが、様々な方向からニーナに得物で攻めかかる。
ニーナはそれらを最小限の動きで回避しながら、冷静に反撃の時を待つ。
――マイの方はどうなっている?
周囲を荒れ狂う彼らの攻撃に対応しつつ、ニーナはマイの方に視線を向ける。
マイはまるで空中に地面でもあるかのように、虚空に飛び乗る動きをした。
普通なら、次に足が触れるものは地面だろう。しかし、マイの足は空中で時が止まったように、大気を踏んだ。実際にはマイの足の下に念威端子があり、念威端子がマイの足を空中に留めているのだが、しゃがまなければ念威端子は見えない。
マイがいた場所に一瞬後、武芸者の一人が旋剄で飛び込んでくる。
驚愕で目を見開きマイを凝視した武芸者。その場所に漂わせていた多数の念威端子が、その武芸者に殺到する。マイの動きに気を取られた武芸者は、自らの血の海に沈んだ。
マイは念威端子を足場に空中を自在に駆け、まるで舞を舞うかのように華麗な動きを見せる。マイの念威でマイの髪と念威端子が青く輝き、まるで無数の青い蝶と踊っているかのようなマイの幻想的な動きに、武芸者たちは目を奪われた。
武芸者たちが我に返った時には、彼らに無数の青い蝶が襲いかかっている。
一人、また一人と倒れていく武芸者たち。
「バカな……俺たちはサリンバン教導傭兵団だぞ! それが女二人に……」
信じられないモノを見ているような形相で、まだ動ける武芸者が叫んだ。
マイはその武芸者に狙いを定め、念威端子を展開。
そこに、マイとは別の念威端子が飛び込んだ。
「――え?」
マイの足を受け止める筈の念威端子が軌道を変えた。
――端子を乗っ取られた!?
相手の念威操者は念威端子から念威を放出し、マイの念威端子を支配下に置いたのだ。
マイは足を踏み外したような格好になり、身体の自由を奪われる。
マイが攻撃しようとした武芸者がその隙を突き、得物をマイに振るった。
マイは攻撃のために展開させた念威端子の群れを自分の前に集中。それら全ての念威端子を念威爆雷にした。自分とその武芸者の間で強い青色の光と衝撃波が生まれる。
その武芸者は衝撃波で後方に吹き飛び、建物にぶつかって気を失った。
マイもまた衝撃波で後方に勢い良く吹き飛ばされた。ニーナがマイの方に旋剄で移動し、マイを受け止める。
「……ありがとうございます」
「……いや、気にするな」
マイの身体を、ニーナは地面に下ろす。
ニーナは周りを見渡した。
周囲にいた武芸者たちは全員地面に倒れている。
『……信じられない……』
二人の前に来た念威端子から、機械音声のような声が聞こえた。
相手の念威操者が話しかけてきている。
「……サリンバン教導傭兵団と言ったな。凄まじい武芸者たちの集団と噂で聞いたことがある。そんな相手にわたしたちのような学生が勝ったのは、確かに信じられないだろう」
ニーナ自身も、その事実を受け入れられない気持ちでいっぱいだった。
わたしはいつの間にかそんな高みまで登っていたのかと、自分の成長が信じられない。
『違う。そちらではない。その念威操者の戦い方の話だ』
「マイの?」
確かにマイの戦い方は奇抜と言っていい戦い方だ。サリンバン教導傭兵団から見ても、やはり異常なのか。
ニーナはマイの方をチラリと見る。
マイは氷のような冷えきった表情をしていた。
そんなマイを見て、ニーナは冷たいものが背筋を撫でていくような感覚を覚えた。
『念威端子とは、念威操者にとって五感に等しいもの。それで、人を斬る。例えるなら、指を直接人の身体に突き刺し、抉りとるような感覚に近い。いや、人の肉を歯で噛み千切るような感覚か。
どちらにせよ、常人が耐えられる感覚ではあるまい。それを眉一つ動かさずに――いや、むしろ笑みを浮かべながらなど、普通の念威操者に出来るわけがない。あなたはとてつもなく異常な状態にある』
「余計なことをペラペラと……」
マイは不愉快そうに眉をひそめた。
「……マイ。今の話、本当なのか?」
「まぁ、確かに最初はルシフ様にバレないよう振る舞うのが大変でした」
「ルシフ?」
「ええ。この戦い方はルシフ様が考案した戦い方です」
「あいつ……人の気も知らずに……」
ニーナがそう吐き捨てる。
マイはニーナを軽く睨んだ。
「ルシフ様はこの戦い方の訓練をする時に、その事を気にかけていました。私が念威端子の感覚を遮断できると嘘をついたんです」
ニーナの表情が驚愕に染まる。
「……何故だ?」
「ルシフ様をがっかりさせたくなかったから」
ルシフがそんなにも簡単にマイの嘘を信じたのは、マイが自分に嘘などつく筈がないという信頼からだろう。
「マイ、ルシフに本当の事を言おう。そんな戦い方、もう止めるんだ!」
それはニーナなりの善意。
しかし、マイにとっては余計なお世話でしかない。
「私のこと何も知らないくせに……」
「……何?」
「ニーナさんは犬の真似事ってしたことあります? ご飯をペット用の器に盛られて、口だけで食べさせられたことは? 動物に服はいらないと、家で服を着るのを許されなかったことは? ああ、そういえば駄犬って言われて殴られたこともありましたね」
「……マイ、お前は……どうして……」
ニーナは悲痛な面持ちで声を絞り出す。
マイは今の話をまるで良い思い出を話しているかのように、笑顔だった。
しかし、今の話のどこに笑顔で話せる要素がある?
壊れている。いや、壊されている。
「私は、そんなことをやらせた男どもが心底嫌いです。ですが一番嫌いなのは、我が身可愛さにそんな男どもの言いなりになっていた自分自身です。
本当に汚くて、醜い。今もルシフ様のためとか言いながら、結局自分のことしか考えられない」
「それは――」
違うと、ニーナは口にしようとした。
しかし、マイがうっとりと熱を帯びた表情になったのを見て、驚きで口を閉ざした。
「でも、そんなどうしようもなく汚くて醜い私を、ルシフ様は『美しい』って、言ってくれるんです。優しくしてくれるんです。『傍にいてもいい』って、言ってくれるんです」
マイの表情が豹変する。
怒りを顕にして、目の前を漂う念威端子を睨んだ。
「……もしかしたら、これは白昼夢のようなものかもしれません。本当の私をルシフ様に知られたら、簡単に覚めてしまう夢。だからこそ、夢を覚ます可能性があるものは許さない! あなたは邪魔! 一番優れた念威操者は私じゃないとダメなんです!」
今まで生きてきて、念威端子を奪われたという経験は一度もなかった。
念威の基礎能力において、相手の念威操者が一枚も二枚も上をいっているのは事実。
ルシフ様は世界を破壊し、新世界を創造する。
ルシフ様の性格上、より優れた念威操者を仲間に引き入れるのは必然。
でも……そうなった時の私の価値は?
唯一誇れる『念威操者としての私』が消えてしまう。
ルシフ様の傍にいられなくなってしまう。
夢のような日々が終わってしまう。
マイにとって一番重要なのは、ルシフの願いが成就することではない。
ずっと自分がルシフの傍にいられること。
それこそが大事。たとえそのせいでルシフの願いが遠のいたとしても、マイとしては重要ではない。
だから――この念威操者はここで確実に潰す。
ルシフ様の前に現れないように。
マイは話しながらも、相手の念威操者の居場所を念威端子で密かに探している。
そして、見慣れない放浪バスから僅かに念威の光が漏れているのを見つけた。
『……これは……』
相手の念威操者は自分が囲まれていることに気付いたのだろう。
「端子は奪えませんよ。あなたの周りにある端子にはありったけの念威を込めているんですから」
「マイ、よせッ!」
「さようなら」
ニーナの制止の声もマイに届かず、マイは軽く杖を振るう。
二人の前に漂っていた念威端子は二人の前から去っていった。
復元された錬金鋼は剄が途切れると自動的に復元前の錬金鋼に戻る。
マイの攻撃で相手の念威操者は気を失ったため、念威端子が相手の持つ錬金鋼のところに戻ったのだ。
「嘘だろ……フェルマウス……くそっ、早くハイアに連絡しねぇと」
倒れている武芸者の一人はまだ意識があったらしく、横たわりながらも通信機に何か言っている。
マイは無表情でその武芸者に杖を向けた。
ニーナがマイの前に立ち塞がる。
「さっきからなんなんです?」
マイはニーナの行動に少し苛立った。
「もう勝負はついている。これ以上傷付けるのはただの暴力だ」
「どうして傷付けたら駄目なんです? あの人は助けを呼んでるんですよ。まだ戦うつもりなんです」
「それでも、あの男が動けないのは事実だ。もしここにルシフがいたら、お前の今の行動を認めるか?」
「……ルシフ様の名前を使うのは卑怯です。……分かりましたよ。見逃します」
「分かってくれたか……ッ!」
一安心して胸を撫で下ろしたニーナは、遠くから爆発的な剄を感じ、すぐさま臨戦態勢に入る。
「お前か!」
超高速で現れたハイアが叫びながらマイに肉薄し、刀を振り下ろした。
マイは念威端子の盾を瞬時に形成し、刀を防御。
刀が念威端子に当たった瞬間、刀が折れた。
ハイアの脳裏に浮かぶは、最後にルシフと刀を交わらせた光景。
――あいつ…… くそっ、やられたさ。
あの時ルシフもハイアと同じように武器破壊の剄技を使用していたのだ。
もしあのまま襲いかかっていれば今頃――。
自らの自信の象徴とも言える刀の破損。それはハイアの心を曇らせた。
そしてその隙を、マイは見逃さない。唇の端を微かに吊り上げ、念威端子の刃をハイアの周りに展開させる。
「やめろッ!」
ニーナがマイの杖を持っている腕を掴んだ。
ハイアはその隙に他の仲間に倒れている仲間を回収させ、自分も一気に後退する。
後退しながら、ハイアは指の間に剄を集中させ、九乃をマイ目掛けて放った。
ニーナがその剄弾を鉄鞭で弾く。
さすがはサリンバン教導傭兵団といったところか、その時にはもう倒れている仲間を担いでこの場から後退している。
血の跡と周囲の荒れ具合だけが戦いがあったことを如実に物語り、それ以外はいつもの風景に戻った場所。
ニーナは後ろを振り向く。
マイはニーナを気にすることなく、ニーナに背を向けて歩いていた。
「……マイ。一度、お前のルシフに対する想いをよく考えてみろ。お前のそれは好意でもなければ、愛情でもない。お前のそれはただの――」
「うるさい!」
マイの声に含まれる怒気に、ニーナは口を
マイはニーナの方を振り返った。その顔に不快感と怒りを滲ませている。
「昔、ある人にも同じようなことを言われました。もしかしたら、私のルシフ様への想いは歪んでいるかもしれません。
それでも! 私はルシフ様が好きなんです! この想いは誰にも否定させない!」
マイはそう言うと、身体を正面に戻した。
「――ああ、そうそう」
マイは顔だけをニーナの方に振り向かせる。
「さっきの昔私がやらされたことと念威端子のこと、ルシフ様にバラしたら、あなたのこと細切れにして殺しますから」
マイの瞳が宿す殺気。
ニーナは目を見開き、再び自分に後ろを向けたマイを愕然と見ている。
マイの背が見えなくなり、ニーナは悲痛な表情で視線を地面に落とした。両手に持つ鉄鞭に痛いくらいの力を込めて握りしめる。
期せずして知ってしまったマイの過去と秘密と本心。
それらを踏まえ、今までのマイの行動をニーナは振り返る。
ルシフの言うことに何でも笑顔で従い、人を躊躇なく平然と傷付けられる。
誰の目にも、ルシフを一途に想い、従順で献身的な少女という印象を受けるだろう。
だが、今のニーナはそういう風には思えなかった。
人間が他人の言うことに対して、一切の不満や自らの感情をみせずに従えるか?
自らを捨ててなければ、壊れてなければ、そんなことは出来ない。
「……わたしはどうすればいいんだ……ルシフ……」
レイフォンのところに行くのも忘れ、ニーナはその場に呆然と立ち尽くした。
――たとえ歪だったとしても、本人たちがそれに満足しているなら、それでいいじゃないか。
――いや、きっちりと歪みを正して、改めて良好な関係を築いていくべきだ。
ニーナの中で、二つの意見がぶつかり合っている。だが、その議論の結論は出せていない。
ニーナは鉄鞭を握りしめ続ける。
「なんてわたしは……無力なんだ……」
絞り出すように紡がれた言葉は、暗闇の中に吸い込まれた。
ニーナは顔を上げる。
月明かりも街灯もない、全く光のない世界。
まるで自分がこれから進む先のようだと、ニーナは思った。
マイのルシフに対する感情の正体。
読者の皆様にはお分かりいただけたんじゃないでしょうか。
そして、ニーナ。
この作品でニーナは廃棄族を抱えこまないので、代わりに別のものを抱えこんでもらいました。
鬼? 悪魔? 読者の方のそんな声は聞こえません。あーあー、聞こえない聞こえない。
ニーナはなんていうか苦難を与えたくなるんですよね。
具体的に言うと、オークとかがたくさんいる部屋に入れ――。
(この先の文字は血で汚れて読めない……)