鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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第25話 繋がれる首輪

 都市中央部にあるレストラン。

 床から天井まで届くような大きい窓が印象的な店内。店内の照明はついていないが、窓から差し込む日の光が、店内を柔らかく包み込んでいるような雰囲気をつくっている。

 シャーニッドはそのレストランのテーブル席に座り、頬杖をついて窓の外をぼんやりと見ている。

 食事時なら人で溢れかえっているであろう店内も、もうピークを過ぎたらしく数人程度しかいない。

 

「……シャーニッド」

 

「お、来たか」

 

 シャーニッドが視線を外から店内に移す。

 シャーニッドに声をかけたのは、第十小隊隊長、ディン・ディーである。その隣にはダルシェナもいる。

 

「話とはなんだ? 俺たちは話などないが」

 

「そう冷てぇこと言うなよ。同じ小隊にいた時はあんなに話し合ってたじゃねぇか」

 

 ディンが奥歯をギリッと噛みしめ、ダルシェナが目を伏せた。

 

「だが、お前は俺たちを裏切った。誓いあっただろう。俺たち三人でツェルニを守ろうと。なのに、貴様は第十小隊を去った! おかげで昨年度終盤の成績は酷いものだった!」

 

「……ああ、知ってる。見てたからな」

 

 ディンがシャーニッドの胸ぐらを掴み、持ち上げた。シャーニッドはされるままになっている。

 

「見てどう思った? やっぱり俺がいないとダメだと思ったか? 無様に闘う俺たちの姿は、貴様から見たら滑稽に映っただろう。だが、貴様がのうのうとしている間も、俺たちは誓いを守るために必死に闘った!」

 

「それも知ってるさ」

 

 ディンはシャーニッドを突き飛ばした。

 

「……もうお前は俺たちに必要ない。お前がいなくても、俺たちはあの人の願いを、誓いを守ってみせる」

 

「なぁ、ディン。そんな話をするために、お前らを呼んだんじゃねぇんだ」

 

 シャーニッドはテーブル席に座り直す。

 ディンの顔が朱に染まった。

 

「……そんな話、だと?」

 

「お前らのことなら、よく知ってる。俺は狙撃手で、お前らの後ろをずっと見ていた。今更口に出して言うことじゃねぇだろ?」

 

「貴様にとって!」

 

 ディンがテーブルを殴りつける。

 

「あの誓いはそんなにも軽いものだったのか!?」

 

「……今も俺なりにあの誓いを守ろうとしてるさ」

 

「第十七小隊がそうだと言うのか!」

 

「多分、そうなんだろうな」

 

 ディンがシャーニッドを睨む。

 シャーニッドは笑みを浮かべたまま、ディンを見返す。

 

「ディン、お前はなんでも抱え込み過ぎだ。深呼吸して、周りを見てみろよ。きっと違うもんが見えると思うぜ」

 

 ダルシェナがはっとした表情で、シャーニッドを見た。

 シャーニッドはディンから視線を逸らさない。

 

「……武芸大会まで、もう時間がない。止まっていられる時間など、俺にはない。必ず俺たちの力で、ツェルニを守る」

 

 ディンは身を翻し、レストランの出入口に向かう。

 ダルシェナも少し遅れて、ディンの後ろを付いていこうとする。

 

「……シェーナ。お前はとっくに気付いてるんだろ? 気付いてて、見て見ぬ振りをしてる」

 

 シャーニッドがダルシェナにしか聞こえないよう、小声で言った。

 ダルシェナは前を歩くディンを一瞥した後、シャーニッドの方に顔を向けた。

 

「……まさかお前……」

 

「言ったろ? 俺は狙撃手だって。ちょっとした変化でも、俺にはよく分かる。ディンは間違ってるんだよ、シェーナ」

 

 ダルシェナは下唇を噛んだ。

 

「ディンは……間違ってなんかいない! 自分の意志を貫くための力を手に入れようとすることの、どこが間違っていると言うんだ!」

 

 ダルシェナは逃げるように、その場から足早に立ち去った。

 シャーニッドは去っていくダルシェナの背を見ている。

 

「……シェーナ」

 

『イアハイムの騎士は公正無私がモットーだ』

 

 シャーニッドの頭に、以前ダルシェナが自信満々に言っていた言葉がよぎる。

 

「何が公正無私だ。仲間の不正を黙認しやがって……」

 

 シャーニッドは背もたれに深くもたれた。

 両手で後頭部を抱え、目を閉じる。

 どれだけの時間、そうしていただろうか。

 時刻は夕方。もうすっかり日の光は夕焼けの色になっており、店内も朱色に染まっている。

 

 ――そうか。

 

 シャーニッドはゆっくりと目を開けた。

 

(ディン、シェーナ。それが、お前らの選んだ未来か。なら、今度は中途半端に壊すんじゃなくて、木端微塵に壊してやらねぇとな)

 

 いつか、こんな日が来ると予感していた。

 三人でした、ツェルニを守ろうという誓い。

 誓い合った時の心は、三人ともバラバラだった。

 ディンは卒業したあの人のために。シェーナはディンのために。そして、俺はシェーナのために。

 誓いは本心を隠すためのごまかしに過ぎなかった。

 いつか、ごまかせなくなる。そう思った。だから、第十小隊を抜けた。

 そうすることで、近い将来必ず訪れていた破局を、回避しようとした。

 だが、失敗だった。

 俺が消えても、お前らは愚直に誓いを守ろうとしている。それも最悪な方法で。

 もうあいつらを壊すしか、あいつらを止められない。

 シャーニッドは少し寂しそうな表情になる。

 

(きっともう……三人で笑い合ってた頃には戻れねぇんだろうな)

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 カリアンはルシフの部屋に招待されていた。

 すでに日は落ち、あたりはすっかり暗くなっている。

 茶色のテーブルの前に置かれた椅子に座り、カリアンは周囲を軽く見渡した。

 ルシフの私物はほとんど置かれていない。元々部屋に備え付けられていた家具が大部分を占めている。

 

「待たせたな」

 

 ルシフがカリアンの後ろから声をかけ、カリアンの前に紅茶の入ったカップとソーサーを置いた。ソーサーの上には角砂糖が二つと薄く切られたレモンがある。お好みでどうぞということなのだろう。

 室内に紅茶の香りが漂い始めた。甘ったるい香りではなく、爽やかな香りで無意識の内に顔に入っていた力が抜けた。

 サリンバン教導傭兵団団長と名乗る男と話した後に、ルシフに招かれた。

 偶然だったのだろうが、内心で心臓が飛び出るほどびっくりした。

 ハイアと名乗ったその男の話では、ルシフは廃貴族と呼ばれる狂った電子精霊に取り憑かれていて、いつルシフがその電子精霊に操られ暴走するか分からない危険な状態らしい。

 カリアンは目の前に置かれている紅茶のカップの持ち手をつまむように掴み、湯気が立っている紅茶の香りを楽しみながら、カップを口元に持っていく。

 紅茶を一口飲んだ後、カリアンは頷いた。

 

「うん、美味しいレモンティーだね。茶葉の香りと味がよく出ていて、それでいてしっかりレモンの味も感じられる。店で注文してもなかなか飲めない味だ。

まさか君が紅茶を入れられるとは夢にも思わなかった」

 

「お前は客人だからな。これくらいはする」

 

 意外だった。

 こういった礼儀はどうでもいいと考えていると思っていた。

 しかし思い返せば、ルシフは初めて生徒会長室に来た時、客人を座らせる椅子がないと怒った。自分はルシフを招いていなかったが。

 礼儀といったものにはうるさいのかもしれない。だが、ルシフが礼儀正しいかと言われたら、別にそんなことはない。年上や学園の先輩に対して一切敬語を使わず、見下したり嘲笑するような態度や言葉を言う。

 この男は本当に分からない。

 カリアンは心底そう思う。

 ルシフの中に、ルシフだけが持つルールがあるのだろう。

 

「で、話とはなんだい?」

 

 ルシフはカリアンの向かいに座り、自分の分の紅茶のカップに口をつける。

 この男はこういう絵も不思議と様になる。立ち振舞いや仕草が他の人間とは違い、洗練されているのだ。暴力的で傲慢な性格ではあるが、高貴な出だと感じさせられる。

 

「今回の都市の補給で感じたことがあってな」

 

「ふむ。それは?」

 

「学園都市には教員が必要ということだ」

 

 カリアンは目を伏せた。

 それは、時折自分も感じていたことであった。

 下級生に対して教えられる上級生の数がギリギリであり、不測の事態が起きると今回のように休校せざるを得ない。

 これでは、学園都市本来の目的である学ぶ場の提供が出来ていないのではないか、とたまに思った。

 しかし、学園都市は学生だけで運営していくという遥か昔からの暗黙のルールがある。教員を雇うにしても、雇うために必要な人件費は出せない。そんな余裕はないのだ。

 結局、今まで通りのやり方でやるしかないという結論になり、ずっと昔からなんの変化もない。それがこの都市だった。

 

「確かに言う通りなんだけどね。しかし、教員のあてもなく、仮に雇える教員がいたとしても、払える給料がない。それに、勝手にそんな真似をしたら学園都市連盟に何を言われるか……」

 

 ルシフは自信満々な表情を崩さず、カリアンの目を見ている。

 カリアンは緊張で汗が吹き出しそうになっていた。

 ルシフの目には、力がある。

 対峙する者を屈服させる力が。

 

「今まで学園都市に学生以外の人間が住んだ記録はない。短期間の滞在はあっても、すぐに去っていく。

学生以外の人間をツェルニに住ませるのはとても重大な問題であり、私一人で決めていいことじゃない。この件は生徒会で話し合った後でも――」

 

「カリアン・ロス」

 

 緊張を紛らわすように次から次へと言葉を紡いでいたカリアンの口は、ルシフの声で閉じられた。

 ルシフの目が更に力を増した。

 そんな感覚を覚えた。身体が小刻みに震えそうになるのを、精神力で必死に抑えた。

 

「遥か昔から受け継がれてきたものを必死に守ろうとする。美しいな、うむ、実に美しい。

だが、遥か昔と今の状況は同じか?」

 

「そんなこと、分かるわけがない」

 

 ルシフは手を叩いた。

 

「その通りだカリアン・ロス。今、最良と思うものこそが、この都市にとっても最良だ。昔がどうなど、つまらんことを言うな」

 

「……過去を抜きにしても、さっき挙げたいくつかの問題点がある」

 

「教員のあてなら俺があるし、教員に対しての人件費も俺がなんとかしよう。学園都市連盟に関して言えば、問題にすらならん」

 

「何故?」

 

 ルシフが勝ち気な笑みを浮かべる。

 

「俺は半年だけ教員をツェルニで雇い、問題があるかどうか試したいだけだ。学園都市連盟も、半年という短い期間の試みなら目を瞑るだろう。教員の人件費をよこせと要求するつもりもないしな。もしかしたら武芸大会の助っ人として呼んだんじゃないかと思う奴もいるかもしれないが、もし武芸大会に教員が出たら無条件で負けを認めると書類にしっかりと残せばいい」

 

「……成る程」

 

 カリアンは顎に手を当てた。

 確かにこれなら、自分がさっき挙げた問題点は全て解決される。

 教員を短期間ツェルニに入れるという案も、新しいもの好きで好奇心旺盛な学生の心を掴むだろうと確信している。

 流石に目の付け所と考えが違う、とカリアンは思った。この男は生まれながらにして、人の上に立つ『王』の素質があるのだろう。

 しかし――、という思いがカリアンにはあった。

 今、ルシフはかなりの学生に支持されている。これ以上勢いづかれると、ツェルニはルシフの都市になる。

 ルシフにとって都合の良い意見しか通らず、ルシフの意に反する意見は全て潰される。

 法輪都市イアハイムと同様になってしまう。

 それは避けたい。

 教員のいない今の状態でも、平時は問題ない。

 

「分かった、ルシフ君。武芸長のヴァンゼや生徒会の面々と話して決めよう」

 

 とりあえずカリアンは、時間を稼ごうと考えた。

 

 ――怒るか?

 

 カリアンはルシフの気分を害したかもしれないと、ルシフの顔を窺った。

 ルシフの表情に変化はない。いや、微かに笑ったか?

 その程度しか、表情は変化しなかった。

 

「……そうか。すぐに決められないのか。それは残念だ」

 

 ルシフはそう言うが、残念がっている様子はない。

 

「あ、そうそう。別件になるが、これを見てくれ」

 

 テーブルに一枚の写真が置かれた。

 見た瞬間に、カリアンの頭から血の気が引いていった。

 

 ――私は間違っていた。

 

 その写真は、裸の少女が円柱型の設備に捕らえられているところを斜め上から撮影した光景。

 マイ・キリーの入学。マイ・キリーがルシフがくるまで実力を隠していた理由。

 頭の中でそれらが繋がり、これこそがマイ・キリーが先に入学してきた理由だったのかと、カリアンは悟った。

 ツェルニに入学する前から、入学した時のことを考えて行動を起こしていたのである。

 この写真と現場を押さえられれば、自分の人望は一気に地に落ちる。

 生徒会長の任すら解かれかねないスキャンダル。

 カリアンはルシフの顔を見た。ルシフは悪魔のような笑みを浮かべている。

 身体中から汗が浮かびあがった。

 人の皮をかぶり、人に化けて、ここぞという時に皮を脱ぎ捨て正体を現す。悪魔の姿になる。

 この男に『王』の素質などない。あるのはひたすらに外道で鬼畜なやり方だけだ。

 

「で、これを踏まえた上で、もう一度聞こうか。一学生にすぎない俺の意見に、生徒会長のカリアン・ロスは同意してくれるか?」

 

 カリアンは下唇を噛みしめた。

 従うしかない。

 従う以外の道を選んだところで、自分は排除され、ルシフにとって都合の良い存在が生徒会長になるだけなのだ。

 どう足掻いても、ルシフのやることを止められない。

 それに、それでツェルニがマイナスになるわけでもないのも、ポイントである。

 教員が増え、教えられる幅も広くなる。むしろツェルニにとってプラスになる意見。

 この男にとって、交渉や取引は望んだ答えを相手に言わせるためのものでしかない。

 それ以外の選択肢はありとあらゆる手段で潰し、自分にとって理想的な展開を創り出す。

 そうした後で、交渉と取引を持ち掛けてくる。

 

「……分かった。教員を受けいれる準備をしておくよ」

 

 力なく呟いたカリアンの肩を、ルシフは軽く叩いた。

 

「来る予定の教員は五人。多分一ヶ月もしない内に来るだろう」

 

「もうそこまで決まっているのかい? ……本当に君という男は……」

 

 これで、ルシフが自分を承諾させられると確信して、それ前提で動いていたことが分かった。

 カリアンは自分がどれだけ甘かったか気付く。

 もしツェルニに害しようとしたら、どんな手段を用いてもルシフを排除するつもりだった。

 だが、そんなことを考えている間も、ルシフはツェルニを思い通りに動かそうと水面下で様々な行動をしていた。

 結果として、自分は弱みを握られ、ルシフの思い通りに動かなければ生徒会長を解任させられる崖っぷちにまで追いつめられている。

 格が違うと、認めざるを得なかった。

 この男をどうにかしようと考えること自体、自分の身の丈に合わないことだったのだ。

 

「では、そろそろ私はおいとまさせてもらうよ」

 

 カリアンは立ち上がり、重い足取りで扉に向かう。

 

「カリアン・ロス」

 

 その背に、ルシフが声を掛けた。

 

「良い部屋を紹介してくれたな。クリーニングも消耗品の新調もやってくれた。おかげで、気分良くこの部屋に引っ越しできた。ありがとう」

 

 カリアンは意外な言葉に驚き、振り返った。

 ルシフは椅子から立ち上がって、カリアンの方に近付いた。

 

「見送ろう、カリアン・ロス。俺はお前のように他人をよく分析し、それを元に先回りして行動できる奴は嫌いじゃないんだ」

 

 不思議と、重かった足取りが少し軽くなった。

 格が違うと思った相手に、見送ろうと言われる。

 気分は良かった。

 カリアンは少し歩く速度を速めた。

 ここに一秒でも長くいたら、この男の器に取り込まれる。

 そんなことを、カリアンは思ってしまった。


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