鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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第3話 魔王をテスト

 ニーナが二本の鉄鞭を両手に一本ずつ持ち、構える。

 ニーナの表情は硬く、緊張した面持ちをしている。

 ルシフは上級生を一瞬で倒す程の実力者。レイフォンのように、実力が分からない一年生同士の小競り合いを止めたのとは訳が違う。

 そんなニーナの思考も、ルシフにはどうでもいい。

 ルシフは構えず、ただニーナをじっと見る。

 

「ニーナ・アントーク、俺をテストしようなど、人が神に試練を与えるのと同義だぞ。身の程をわきまえろ。

テストするまでもなく、俺はどこでもこなせる。

流石の俺も、念威操者のポジションは出来んがな」

 

 念威は剄の派生といってもいい。剄を持つ者は生まれた瞬間から、二つに分けられる。

 すなわち、武芸者か念威操者か。

 念威の才能があった場合、剄はルシフやレイフォンとは全く別の物に変化する。

 だから、ルシフは一生念威は使えない。その才能は、ルシフに与えられなかった。

 

「それだ」

 

 ニーナが右手の鉄鞭を、ルシフに突きつける。

 

「わたしは三年生で、おまえの所属する隊の隊長だ。どれだけ実力があろうと、おまえはわたしに敬語を使うべきだ。

そんな基本的な礼儀も身に付いてない奴と、連携がとれる気がしない」

 

「はっ」

 

 ルシフは嘲笑うように鼻で笑った。

 

「じゃあ、貴様は俺より上回るものを何か一つでも持っているのか? 一応言っとくが、年が上回っているとかつまらない事は言うなよ。それは下の方が価値ある唯一のものだ」

 

 ニーナは絶句した。

 学校の先輩とか年上とかという理屈は、この男には無意味なのだ。

 この男の敬う基準は、自分より優れているかどうか。

 ただこの一点のみで判断する。

 

(傲慢にも程がある!)

 

「そんなものあろうがなかろうが、年上を敬うのは人として最低限の礼儀だ!」

 

 ニーナの解答に、ルシフは心底がっかりした表情になった。

 

「一つ言っておくぞニーナ・アントーク。

その年が上なら無条件で敬われるべきだというこの世界の愚かしい風習。これこそが無能を調子づかせ、己の研磨を怠らせる毒だ」

 

 無能が、年を取るだけで偉くなったと錯覚する。

 ただ年上という理由だけで、年下の優れた人間に好き放題発言でき、好き放題やることが出来る。

 そんな奴らは恥を知れ! 長く生きているくせに、自分より短い年月で自分を上回った相手に偉そうにするなど、言語道断!

 少し考えれば、短い年月で高みに至った人間と、長い年月をかけても成長しない人間、一体どちらが敬われ称賛されるべき人間か分かるだろう!

 そんな当たり前の思考を奪い取るもの──それが生まれた時からの教育という名の洗脳と、今までこうだったからという思考放棄した頭の固い多数の大人たち。

 親から子に、古くさい風習が受け継がれ、子は間違っていると疑うことなく、愚直に教えられた事が絶対に正しいと盲信し、他人にもそれを押し付ける。

 

「一度自分の頭でしっかり物事を考えることを覚えろ。

他者からの教えをただ漫然と受け入れるから、貴様のような勘違いをするのだ」

 

「ふざけるなッ!」

 

 ニーナの怒号が、室内に響きわたる。

 ニーナの纏う剄が輝きを増し、激しさを伴って空気を震動させる。

 それはニーナの怒りを、剄が具現化したために起こったことだった。

 

「貴様に教えてやる。

人の価値は能力だけではない。性格、人柄、人間性、経験……そういったものも含めて人の価値は決まるのだ!

人を道具としか見れんのか、貴様は!?」

 

「……どうやら、話しても無駄らしいな」

 

 ルシフはニーナの怒気を意に介さず、ため息をついた。

 

「そうだな。話はここまでにして、闘おう。

来い、ルシフ・ディ・アシェナ!」

 

「まぁ、そう焦るな。ただ闘うだけでは面白くない。どうだ、勝負しないか?

ルールは簡単。俺にかすり傷一つでも負わせたら、貴様の勝ちだ。

その時は貴様が優れていると認め、貴様の言うことを聞いてやろう。貴様の隊にいる間は、年上全員に敬意を持って接してやる」

 

「わたしに有利すぎる勝負だな。で、かすり傷一つ負わせられなかったら、おまえの態度をわたしは認めなければならないと。そういうことか?」

 

「そうだ。で、どうする? やるか?」

 

 もしレイフォンに意識があれば、ニーナに対して絶対に勝負を受けたら駄目だと、声高々に叫んでいただろう。

 だが、レイフォンは気を失っていて、ニーナにルシフの実力を感じとれる技量は身に付いていない。

 ニーナは、この勝負は十分勝算があると判断した。かすり傷一つ負わせることが出来ないイメージが、ニーナには思い浮かばなかった。

 

「いいだろう。さぁ、剣帯から好きな錬金鋼(ダイト)を取れ!」

 

 ニーナは二本の鉄鞭を構え直す。

 ルシフの体勢は構えすらせず、ただ立っているだけだ。

 

「一つ聞きたい。貴様は何か剄技を持っているか?

旋剄や殺剄といったヤツだ」

 

「わたしに剄技名のついてる技はない。あるのは型だ」

 

 ニーナの場合、型の中に様々な技が組み込まれている。だが、それはあくまで型の流れにあるものであり、単体で使うものではない。

 

「そうか」

 

 ルシフは剣帯の錬金鋼に触れる素振りもみせず、未だに構えていない。

 

「どうした? さっさと錬金鋼を抜いて構えろ!」

 

「その必要はないッ! 打ってこいニーナ・アントーク! それとも、構えもしていない相手に傷を負わせる自信がないのか?」

 

「──どこまでッ!」

 

 ニーナの身体が震える。怒りが身体中に伝播し、両腕に持つ鉄鞭にもそれが伝わり、鉄鞭を覆う剄が勢いを増した。

 錬金鋼をいくつも持ちながら、それを使用せず、構えもしない。

 武芸者にとって、それは耐え難い屈辱だ。

 

「どこまで人をバカにすれば気が済む! 分かった、貴様はそれで闘うというんだな! なら、構えてなくても容赦しないぞ!」

 

 空気を切るような音をさせて、ニーナの右手の鉄鞭がルシフの胸に打ち込まれた。

 

「今……何かしたか?」

 

 ニーナの表情が驚愕に染まっていく。

 打ち込んだ瞬間の手応えが、今まで打ち込んできた武芸者の肉体とは全く違っていた。

 

「っ! ──まだまだいくぞ!」

 

 ニーナは再び鉄鞭を振るう。

 

 

 

 

 

「……おい、ハーレイ。俺は夢でも見てんのか?」

 

 髪を括った男、シャーニッド・エリプソンが唖然とした表情で、近くのツナギを着た男、ハーレイ・サットンに問いかける。

 

「……少なくとも、先輩だけが見ている夢じゃなさそうです」

 

 ハーレイも驚きで、口をあんぐりと開けていた。

 銀髪の少女、フェリ・ロスは目を見開いている。

 フェリを知る者がその表情を見れば、こんなに感情の入った表情は初めてだと驚愕するだろう。

 ニーナは、ルシフの頭以外の全ての箇所に鉄鞭を打ち込んだ。

 手応えがないわけではない。むしろ、痛いくらいに鉄鞭を持つ両手に手応えを伝えてくる。だが──。

 

「いい加減、かすり傷の一つでも付けたらどうだ?」

 

 ルシフはため息をつく。

 十分だ。十分という時間の間、ニーナは休まずにルシフに鉄鞭を振るい続けた。打ち込んだ数は優に二百を超える。

 だというのに、ルシフは未だに無傷。青アザどころかかすり傷もない。

 ニーナは、今まで積み上げてきた武芸が土台から崩れていくような錯覚を覚えた。

 何なのだ、この男は?

 錬金鋼も抜いていない、構えもしていない。なのに、わたしの鉄鞭が全く効いていない。

 打ち込んだ感触も、人のそれではない。皮の下に金属が詰め込まれているような感触。人ではなく、まるで鋼鉄を殴っている感覚。

 

「おまえ……本当に人間か?」

 

 肩で息をしながら、ニーナがルシフに尋ねる。

 口に出してから、何をバカな事を言ってるんだと自分の言動が恥ずかしくなった。

 ルシフはふっと笑う。

 

「二百回以上鉄鞭で殴られて、無傷で済む人間がいるか?

武芸者は人間を超えた新しい生物だ。

だというのに、貴様ら武芸者は人間の真似事をする。身体構造から人間と違うのに、だ。自分たちが人間と同じ外見だから、自分たちも人間だと思い込んでいる」

 

 武芸者は、剄を大量に発生させる『剄脈』と呼ばれる内臓を持っており、そこから剄の通り道になる『剄路』という管が、神経と平行するように全身に伸びている身体のつくりになっている。

 だから人間じゃないという極論を、ルシフは幼少の時から信じて疑っていない。

 

「……何を……何を言っているのだ、おまえは?

わたしたち武芸者も人間だ。剄という力は、人間がこの世界で生きていけるようにと、人間に与えられた大切な贈り物だ」

 

「なら、何故その贈り物が全ての人間に渡されないのだ?」

 

 人間に与えられた贈り物というなら、なぜ剄を持たない人間が生まれてくる?

 剄を与えられた者と与えられない者の差はなんだ?

 

「──え?」

 

 ニーナは答えられなかった。

 ルシフの話が続く。

 

「あまつさえ、この世界は人間同士で闘う事を強要する。これが仕方ない事か? 許せるのか?

もし、剄を与えた神がいるとしたら、そいつは人間同士が争い、傷付いていくのを楽しんでいる性悪だ」

 

 都市のエネルギー源となるセルニウム鉱山を巡っての戦争。

 都市同士、要は人間同士で争うシステムが、この世界には組み込まれている。 

 

「都市には電子精霊がいる。自分の都市のセルニウム鉱山の所有数も電子精霊は把握している。

戦争ではなく、電子精霊同士の話し合いで、滅びそうな都市にセルニウム鉱山を譲るということも出来る筈だ。

だが、そんな話は聞いたことがない。

分かるか? 貴様がいうような、人間を救済するために剄は与えられたわけではない。たまたまだ。たまたま剄という異能を持つ生物が、人間の腹から生まれるようになっただけだ。

そこに意味を見いだそうとしても無駄なのだ」

 

 ニーナの頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。

 これまで正しいと信じていたものを、この男は平然と踏みにじる。

 だが、全く的外れな考えというわけでもない。それが更にニーナを追い詰める。 

 ニーナは、都市同士の戦争はあって当たり前だと思っていた。

 限られた資源を確保するためには必要な戦いであり、生きていくために必要な犠牲だと。

 でも、その犠牲を出さずにセルニウム鉱山を手に入れる方法が有ったとしたら?

 それは人類にとって大きな進歩となる。

 

「それにしても、俺もナメられたものだな。

ニーナ・アントーク、何故アルセイフを気絶させた技を使わない? 肉体強化しただけの攻撃で何とかなると思っているのか?」

 

 レイフォンを気絶させた技、それはニーナにとって一番威力が高く、自信のある技だと自負している。

 肉体強化した身体で一気に距離を詰め、その勢いを殺さず相手に二本の鉄鞭を打ち込み、打ち込んだ瞬間に鉄鞭の剄を衝剄にして、相手を吹き飛ばす。

 

「今までは、無防備の相手にやったら大怪我すると思って使わなかった。しかし、おまえなら問題ないだろう。

わたしの一番の技、その身で受けるがいい」

 

 活剄で、最大限の肉体強化をする。

 それをしながら体勢を低くし、鉄鞭を前でなく後ろにもっていく。

 その構えは、鉄鞭の引いて振るう動作の引きを無くした、防御を一切考えていない攻撃の型。

 

「打ち込むなら、頭を狙え。たんこぶくらいならできるかもしれないぞ?」

 

 普段のニーナなら、無防備な頭に打ち込めるか! と激怒していただろう。

 だが、ニーナ自身も驚く程に、その言葉をあっさりと受け入れることが出来た。

 ニーナは、ルシフのことを人間に見えなくなっていた。目の前にいるのは、人間の皮を被った何か。

 頭に打ち込んでも、人間じゃないのだから大事にはならない。

 そんな根拠のない理屈で、頭を狙うのを正当化した。

 ニーナは大きく一歩を踏み込み、一瞬でルシフの眼前に移動する。

 そして、その勢いのまま、ルシフの頭部に二本の鉄鞭を同時に打ち込み、インパクトの瞬間に衝剄を放つ。

 訓練場内が、ニーナの衝剄で震える。

 立てかけてあった様々な武器は倒れ、室内なのに突風が吹き荒れる。

 その場に居た誰もが顔を背けて、衝剄の余波を防ぐ。

 金属を叩いたような鈍い音が、訓練場内に響き渡る。

 ニーナの二本の鉄鞭は、宙を舞っていた。

 ニーナの両腕は、鉄鞭を打ち込んだ際の衝撃で微かに震えていて、両手は擦りむいたように赤くなり、所々の皮が(めく)れている。

 ニーナの握力を、鉄鞭に伝わった衝撃が上回ったために生まれた傷だ。

 鉄鞭が床に落ちたのと、ニーナが崩れ落ちるように床に両膝をつき、座り込んだのは同時。

 ルシフの頭部は、無傷だ。

 ルシフは、目の前で起きたことが信じられないといったニーナの表情を一瞥して、くるりと半回転し、ニーナに背を向ける。

 そのまま三歩前に歩く。その歩きの間にルシフは剣帯に吊るしてある錬金鋼の一つ、黒鋼錬金鋼(クロムダイト)を抜き、手の平でくるくる回転させる。

 

「レストレーション」

 

 ルシフが小さく呟くと、手の平で回転していた錬金鋼が、ルシフの身長程の真っ直ぐな黒い棒になった。

 それを両手で持ち、ニーナの方に向き直って、この闘い初めてとなる構えを見せた。

 両腕を上げ、黒棒を頭より高く持っていき、後は振り下ろすだけの上段の構え。

 

「止めてくれえ!」

 

 ルシフが何をしようとしているかなんとなく察したハーレイは、恐怖心を抑えつけ声の限り叫んだ。

 だが、ルシフにその声は届かない。

 ルシフは内力系活剄で肉体強化をし、力強く一歩を踏み出して、ニーナの眼前目掛けて黒棒を勢い良く振り下ろす。

 その黒棒はニーナの鼻先を掠め、そのまま床に叩き付けられた。

 床が抉れ、床の欠片が辺りにばら蒔かれる。その時の衝撃で、ニーナの髪は煽られボサボサになった。

 ニーナの虚ろな目が、ルシフの黒棒が叩いた床を見る。

 その床は地割れのようにヒビが入っていて、建物だけでなくその下の地面すら砕いていた。

 

「うむ、この技の名前は『地砕き』にしよう。

ニーナ・アントーク、技を出す時は技に心を、魂を込めろ。貴様の技、勝手に『地砕き』という技名にしたが、この技を使う場合は、絶対に目の前のものを打ち砕くという心で放つのだ。

貴様はただ技を出しているだけだ。それでは技に溺れ、その技を使う本質に気付かんだろう。

何か目的があるから技を使う。その事をよく覚えておくのだな」

 

 ルシフが技名に(こだわ)りを持つのも、全てはこれが理由だ。

 技名があった方が、技に心を入れやすい。名前が無いより有った方が、自然と技に力が入る。

 これはルシフの持論であるが、武芸者たちの強力な技には、全てにおいて技名が付けられている。

 技名は、ただ技を表す名ではないのだ。技に入れる心も、その名には入っているのだ。その事を、強い武芸者程理解している。 

 ルシフが黒棒を黒鋼錬金鋼(クロムダイト)に戻し、剣帯に吊るす。

 ニーナの光を失った瞳に、僅かに光が戻った。

 

「……それは、アドバイスか? おまえが、わたしに?」

 

「貴様は、()がり(なり)にも俺を従える隊長だ。強く在ってもらわねば、俺が低く見られる。俺が迷惑するのだ」

 

「……どこまでも、勝手なヤツだ」

 

「ふん……テストも終わったな。で、今日は他に何かするのか?」

 

 ニーナは軽く横に首を振った。

 

「いや、今日はテストだけの予定だ。わざわざ手間を取らせて悪かったな」

 

「貴様は隊長だ。隊長が気安く謝るな。貴様は、常に毅然としていればいい。それだけが、俺を扱える資格だと思え」

 

 ニーナは、改めて目の前の人の形をしている何かを見た。

 何なのだ、この男は?

 全ての攻撃を構えもせずに防ぎ、わたしの技を一目見ただけでわたし以上に使いこなして、わたしの精神を徹底的に蹂躙した。

 なのに、アドバイスのようなことを口にし、励ましに近い言葉を放つ。

 ニーナはルシフという男がどういう男なのか、未だに捉えられないでいた。

 ニーナがそんな思考をしている間に、ルシフは悠然とした態度で、訓練場から出ていった。

 

 

 

 ルシフが出ていった訓練場内、座り込んでいたニーナはそのまま後ろに身体を倒し、仰向けになる。

 それを気を失ったと思ったシャーニッドとハーレイは、慌ててニーナに近付く。

 ニーナは両腕で顔を隠していて、口しか見えない。

 

「なぁ、ハーレイ、シャーニッド、フェリ」

 

 ニーナがその場に居た全員の名を口にする。

 三人はニーナの次の言葉を聞き逃すまいと、耳を澄ませている。

 

「わたしは、人間だよな……」

 

 ハーレイとシャーニッドは目を見開き、フェリは僅かに眉を上げた。

 ルシフの武芸者は人間じゃないという言葉が、ニーナの心に突き刺さっている。

 いち早く平常心を取り戻したシャーニッドは、軽く笑った。

 

「バッカだなニーナは。

確かに武芸者の身体のつくりは、人間とは全く違っている。けど、俺たちは人間として、この世界に生まれてきたし、人間の心を持ってる。

なら、俺たちは人間だよ。アイツの考えの方がおかしいんだ。アイツの言葉を真に受けない方がいいぜ」

 

「シャーニッド──」

 

「そうそう。ニーナが人間だってことは、小さい頃から一緒にいた僕が一番分かってるから」

 

「ハーレイ──」

 

「…………」

 

「──フェリは、わたしに何かないのかな?」

 

「ありません」

 

 フェリだけは、いつもと変わらず素っ気ない。

 その事に少しだけニーナは寂しさを感じたが、いつも通りの反応が嬉しくもあった。

 

「シャーニッドとハーレイ、レイフォンを保健室に連れていってやってくれ。

フェリはレイフォンの看病を頼む」

 

「了~解だ。さぁハーレイ、レイフォンを担げ」

 

「先輩が担いで下さいよ。僕は肉体強化出来ないんですから」

 

「ダメだ。たまには運動しないと、な」

 

「先輩の鬼~」

 

 ハーレイはレイフォンを頑張って担ぎ、フラフラしながら訓練場を去っていく。そのすぐ後ろをシャーニッドが歩き、フェリは少し距離を開けて付いていく。

 訓練場の扉が閉められ、ニーナは両手を握りしめる。

 自分が今まで積み上げてきた武芸を、ルシフは粉々にしていった。

 正直な話、鉄鞭を打ち込んでも打ち込んでも平然としているルシフの姿は恐ろしかったし、レイフォンを気絶させた技も全く通用しないと思い知った時、心が折れる音が聞こえた。

 もし、ルシフが何も言わずに訓練場を去っていたら、わたしは心が折れたままだったろう。

 ルシフがあの時ニーナに声を掛けたおかげで、ニーナは正気に戻り、再び立ち上がれたのだ。

 

(わたしは、どうしようもなく弱かったのだな)

 

 自分なりに一生懸命努力した。自分が強くなれると思った鍛練をずっと続けてきた。

 だが、その鍛練は本当に強さに繋がっていたのか?

 ただ鍛練したという自己満足で終わってたんじゃないか?

 もっと効率の良い鍛練の方法があったんじゃないか?

 ルシフは底が知れない。あれだけの強さが、才能だけで手に入るとは思えない。

 確実にルシフは努力している。良い鍛練方法も知っているだろう。

 ニーナには、ある想いがある。

 それはツェルニを護ること。それも、他の誰でもない、ニーナ自身の手でツェルニを護りたい。

 そのためには、今よりもっと強くならなければならない。

 ならば──。

 

「本当に気が進まないが、今より強くなれる可能性があるなら、それにすがりついてみるか」

 

 ルシフに鍛えてもらおうと、ニーナは心に決めた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 ルシフは古びた会館から出て、外を歩いている。

 

(調子に乗りすぎた……)

 

 ルシフは後悔していた。ニーナを精神的にボッコボコにしたことを。

 第十七小隊はニーナがいるからこそ成り立っている小隊であり、ニーナが武芸者として死ねば、第十七小隊の空中分解は必至。廃都市探索任務に同行する目的も瓦解する。

 だから、ルシフはニーナに少しだけ優しくした。ニーナが第十七小隊を辞めないように。

 普段のルシフなら、蹂躙した相手に言葉など掛けない。

 

(刃向かう者を徹底的に蹂躙したくなる感情──今は我慢するのが賢明だな)

 

「お久し振りです、ルシフ様」

 

 考え事をしているルシフの前に一人の少女が立ち、軽く頭を下げた。

 少女の容姿は、腰まである真っ直ぐな青い髪をツインテールにした髪形で、青空のような透き通った青い瞳。剣帯の色は二年生を表している。

 ルシフが一年前にツェルニに入学させた少女だ。名をマイ・キリーという。

 

「マイか。頼んでおいた件はどうなっている?」

 

「そのご報告をするために、こうしてルシフ様の元に来ました。私の部屋に案内します。付いてきて下さい」

 

 こうしてルシフはマイの部屋に訪れることになった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 生徒会長室──今この部屋は薄暗く、ある映像がフェリの念威端子を介したモニターに映し出されている。ニーナたちがいた訓練場の映像だ。

 生徒会長室には二人の男がいた。生徒会長であるカリアンと、ツェルニの武芸長を務め、第一小隊の隊長でもある六年生、ヴァンゼ・ハルデイ。

 二人とも青い顔をしてモニターを観ていた。映像のあまりの衝撃に、二人とも言葉を失っている。

 いち早く衝撃映像から立ち直ったカリアンが口を開く。

 

「どう……思うかね?」

 

「これは俺の正直な意見だが──ツェルニ中の武芸者全員でアイツに闘いを挑んでも、勝てる気がしない」

 

 ニーナは一年生で小隊員に選ばれた実力者であり、実力は折り紙つきだ。ヴァンゼもニーナを高く評価している。だからこそヴァンゼはニーナの小隊立ち上げに反対し、小隊員としてじっくり育てるべきだとカリアンと対立したこともある。

 そのニーナが全力で放った攻撃を涼しい顔で受けきり、更にニーナの技を一目見ただけで使いこなした。

 

「それに、コイツの六つの錬金鋼、これも気味が悪い。一つハッキリしているのは、全く本気を出していないってことだ」

 

「彼にとって、錬金鋼は玩具だよ。錬金鋼を使っているなら、彼は本気じゃない」

 

「──何だと?」

 

 カリアンは目を見開いているヴァンゼを、真剣な表情で見る。

 

「彼を調べた時に偶然手に入れた情報なんだが──彼は錬金鋼を使わない闘い方を極め、剄を錬金鋼のような武器に変えて闘うらしい」

 

 武芸者は錬金鋼を武器に闘う。錬金鋼が耐えきれない程の剄量を持った武芸者でも、剄を抑えてまで錬金鋼を武器にして闘う。

 これが武芸者にとって、当たり前の闘い方だ。

 錬金鋼を使わない方が強いなど、ハッキリいってバカげてる。

 何だ? 何なのだ、このルシフ・ディ・アシェナという男は?

 未知の生命体に遭遇してしまったような恐怖と不安感。

 ルシフが言っていた武芸者は人間じゃないという言葉も、その感情に拍車をかける。

 

「対抗戦──どうする?」

 

「なるようにしか、ならないだろうね」

 

 もうすぐ小隊同士の対抗戦が始まる。対抗戦は、簡単にいえば小隊の序列を決めるための戦いであり、序列が上位ほど、武芸大会で重要な位置に配置させる。

 

「まぁ、彼も見境なく傷付けたいわけじゃないだろうから、大事にはならないと思うよ」

 

(万が一大事になったとしても、その時はレイフォン・アルセイフが止めに入るはずだ。彼が武芸に乗り気でないのは分かっているが、他人のために行動出来る人物なのは、入学式の式典で証明されている)

 

 ヴァンゼに気付かれないよう、カリアンは静かに口の端を吊り上げる。

 ヴァンゼはそんなカリアンの思惑を知るよしもなく、ただ対抗戦を憂いて目を伏せた。


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