鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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第31話 魔王として在り続けるために

 ルシフは自室の椅子に座り、テーブルの上にスケッチブックを広げていた。

 ルシフがその白紙に鉛筆を走らせる。

 ルシフの母親は画家のため、ルシフは幼いころから絵の心得があった。今でも息抜きにこうしてルシフは絵を書く。ツェルニに来てからは初めてのスケッチ。

 しばらくすると、白紙の中に龍が刃をくわえているような装飾が施された柄の長い刀が浮かび上がった。いわゆる青龍偃月刀である。

 三国志演義において、軍神関羽が使用する武器。

 ルシフは青龍偃月刀が描かれた用紙を切り取り、テーブルの端に置いた。

 テーブルには他にも様々な武器が描かれた用紙が置いてある。

 黒塗りの槍。しかし、ただの槍ではない。槍の穂先の根元に三日月状の刃が片方だけ付いている、方天画戟と呼ばれる武器。

 三国志演義において、最強の武将呂布が使用する武器。

 柄が長く、先の刃が蛇のようにくねくねと曲がっている矛。

 三国志演義において、関羽に勝るとも劣らない武勇を誇る張飛が使用する武器。

 これらの知識も別人格が持っていた知識。

 鋼殻のレギオスの世界で役立つ知識ではないが、気分転換や息抜きにはちょうど良い。

 ルシフの隣にはメルニスクが佇み、様々な武器が描かれた数枚の用紙を眺めている。

 

「汝は先程から何をしておるのだ?」

 

「絵を描いている」

 

 ルシフは鉛筆をテーブルの上に置き、ぐ~っと両腕を伸ばして身体をリラックスさせる。

 

「それは見れば分かる。何故そのような絵を描いているのか、と訊いている」

 

「俺はどんな武器でも扱える。ありとあらゆる武器の鍛練を積んだからな。だが、俺の剄を受けとめられる錬金鋼(ダイト)がなかったが故に、俺にとってこれだと言える武器がない。

これらの絵は、俺に相応しい武器はどれか決めるために描いた絵だ」

 

「……で、決まったのか?」

 

「──そうだな」

 

 ルシフはテーブルの上に置かれている数枚の用紙の内、一枚を手に取る。

 手に取った用紙には方天画戟が描かれていた。

 最強の武将が使用した武器。

 最強の自分が持つに相応しい武器だと、ルシフは感じていた。

 それに、鋼殻のレギオスの世界にこの形状の武器はない。

 この武器あるところ、ルシフありとなる。

 この世界でも、この武器を最強の象徴にしたい。

 この武器を見ただけで敵が恐れをなし、抵抗せずに屈伏するくらいにまで。

 

「それか」

 

 メルニスクがルシフの手にある用紙に視線を向けている。

 

「お前ならどれが俺に相応しいと思う?」

 

 ルシフはテーブルの上にある二枚の用紙と手に持つ用紙をメルニスクの足元に落とした。

 メルニスクは床に顔を向ける。

 

「……我は興味ないが」

 

「言え。思ったままに」

 

 メルニスクはしばらく床にある三枚の用紙から視線を逸らさなかった。

 やがて、メルニスクの右前足が三枚の内の一枚を踏む。方天画戟が描かれている用紙だ。

 ルシフはそれを見て満足そうな笑みを浮かべた。

 

「理由を聞こうか」

 

「大した理由はない。この生き物の装飾がされた武器は派手過ぎる。汝は無駄な装飾は好まないだろうと感じた。刃が曲がりくねっている武器は、汝らしくないと思った。故に、この武器が汝には一番合っていると我は考える」

 

「ふむ、良い理由だ」

 

 天剣『ヴォルフシュテイン』の形状は方天画戟にしよう。それくらいは誤差の範囲で収まる筈。

 ルシフはそう決め、ゆっくりとまぶたを閉じた。

 今まで様々な誤差があった。

 アルシェイラのツェルニ来訪。

 原作にない汚染獣三体のツェルニ襲撃。

 廃都市メルニスクに擬態していた敵の起動。

 俺の存在で、世界はこれだけ大きく変化した。

 俺は元々この世界の住民。

 原作知識を得てマイに出会ったことで、この世界にあるレギオス全てを支配下にするために動くようになった。

 つまり、世界に変化をもたらしたのは俺の存在ではなく、俺の行動。

 しかし、もうどうでもいい。

 今の俺の敵になれる相手はアルシェイラ以外いないのだから。

 そのアルシェイラも、次の邂逅で徹底的に叩き潰す。

 アルシェイラは才能だけで今まで生きてきた奴だ。生まれた瞬間から最強だった。挫折も痛みも常人から見れば舐める程度しか経験していないに違いない。

 そういう奴は、一度完全に折れば二度と立ち上がれなくなる。

 俺は違う。

 廃貴族──メルニスクを手に入れるために必要なのは、強靭な意志と精神力だと思っていた。

 だからこそ圧倒的な頭脳と剄力、戦闘センスを持っていても、何度も何度も苦汁をなめた。いや、自分にできないことを見つけて挑戦し、苦汁をなめるようにした。何度も挫折を経験しようとした。率先して痛みを自分の身に引きこんだ。

 そして、最後はどれも踏み越えた。最後は必ず俺が勝った。

 

 ──アルシェイラ……俺はお前と対極に位置する。

 

 お前は口で世界を守ると言うが、その実世界を守るための具体的な行動はしない。

 俺は世界を守るなどと絶対に口にしない。

 この世界で重要なのは、善意でも悪意でも正義でも言葉でもない。

 結果。結果こそが全て。

 仮に十人見殺しにした男がいたとして、その男が「百人助けるために十人犠牲にしなければいけなかった」と口にしたらどう思う?

 この男はなんて優しくて強い、決断力のある男だろうと思うか?

 そう思うのはバカだけだ。

 どんな理由があろうと十人の犠牲を出した結果は変わらない。

 この男は善意という逃げ道を創り、犠牲にした十人の責任から逃れようとしているだけにすぎない。

 何故なら、そんな言葉を口にする意味がないから。その言葉を心に秘めておくのが男というものだろう。

 そういう選択をしなければならない時は、俺の行く道に何度も転がっているだろう。

 だが俺は、絶対にそんな言葉は口にしない。むしろふてぶてしく笑う。

 俺は自分の責任から逃げようなどと考えない。

 俺の意志は言葉ではなく、行動に宿る。

 その行動の中で生まれた犠牲や悲劇に言い訳などしない。

 周りからの罵倒も非難も怨嗟の声も、全て背負って前に進む。

 これこそが人の上に立つ者の務め。『王』が行く道。

 

「……ルシフ。汝にとってあの女はなんだ?」

 

 ルシフはまぶたを開ける。

 メルニスクが自分の方に顔を向けていた。

 

「いきなり何を言い出す? それに、あの女とは誰だ?」

 

「青色の髪の女だ」

 

「マイのことか。マイは俺にとって──」

 

 その先の言葉がすんなり出てこない。

 自分の目になれと言った。

 俺の理想を実現するための力の一つ。

 それだけじゃない。

 俺が実現した世界を一番最初に見せたい相手でもある。

 しかし、それを口にするのはためらった。

 

「俺をサポートする念威操者。それだけだ。それがどうした?」

 

「……本当にそれだけか?」

 

 ルシフはメルニスクのしつこさに苛立ち、舌打ちする。

 

「さっきから何が言いたい!」

 

「あの女と接する時、汝はどこか優しく見える。特別な存在なのではないか?」

 

「違う! 俺にとって特別な人間などいない!」

 

「ならばあの女が命を落としても、汝は変わらずにいられるか?」

 

 ルシフは目を見開いた。

 マイが……死ぬ?

 冷たいモノが体内に滑り落ちていく。

 自分が立っている土台が一気に崩れていくような錯覚を覚えた。

 血が頭に上る。頭が熱くなっていく。

 

「……黙れ」

 

「あの女がいなくなっても、今生きる者たちのために闘えるか?」

 

「黙れッ!」

 

 ルシフの周囲に剄の奔流が巻き起こった。

 部屋にある家具がその影響で全て吹き飛んだ。

 ルシフが座っている椅子以外、全ての家具が変わり果てた姿で部屋の隅に転がっている。

 メルニスクはルシフの前に佇んでいた。

 

「あまりあの女に入れこみ過ぎるな。汝自身の身を滅ぼすことになる」

 

 ルシフはメルニスクを鋭い眼光で睨んだ。

 今までルシフの前で、マイの死を示唆するような言葉を言った者はいない。

 ルシフは怒りに震えていた。

 自分でも何故ここまで頭に来ているのか理解できない。

 だが、マイのいない世界など考えたくなかった。

 

「……メルニスク。俺はお前を友だと言ったが、だからといってどんな発言も許したわけではない」

 

 ルシフは椅子から立ち上がった。

 

「次、同じ言葉を口にしてみろ。その時はお前を俺の身体から追い出す」

 

「我の力が必要と言ったのは汝ではないか」

 

「力を手に入れる当てなら他にもある。お前でなければ駄目だというわけじゃない」

 

 ルシフは自分が座っていた椅子を蹴り飛ばした。椅子が木端微塵になる。

 その後ルシフは荒々しく部屋から出ていった。

 メルニスクは無表情で部屋の中心にいる。

 

「……ルシフ、汝は危ういのだ。あの女がいなくなったら、おそらくお前は豹変するだろう。どうにかせねばな」

 

 ルシフは自分のために世界を変えたいわけじゃない。

 どんな場所でも、ルシフの才覚があれば満ち足りた人生を送れるだろうから。

 これで確信した。

 ルシフが世界を変えたいのはマイ・キリーただ一人のため。

 故に、マイ・キリーがルシフの前から消えた時、ルシフが世界を変えるために闘う理由も消える。

 そうなった時ルシフがどうなるのか、メルニスクには想像できなかった。

 だが間違いなく、今より悪くなるだろう。

 ルシフが出ていった扉をメルニスクはしばらく眺めていたが、やがてメルニスクは光の粒子に変化し部屋から消えた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 ルシフが中央部の通りを歩いている。

 

 ──くそっ、アホか俺は……。

 

 ルシフはメルニスクに言った言葉を後悔していた。

 確かにメルニスクに代わる力の当てはあるが、計画が大幅に遅れるのは必至。 

 それに、あそこまでキレる必要もなかった。相手にせず流せばよかったのだ。

 ルシフはため息をついた。

 

 ──とりあえず家具を新調しなければな。元々あった家具はもう使えまい。

 

 何しろ、全ての家具を見るも無残な姿にしてしまったのだ。ついでに唯一無事だった椅子も。

 必要な家具を全て買い、部屋の掃除と片付けに家具の組み立てと設置をしなければならなくなった。

 本当に無駄なことをした。

 何故、俺はあんなにもマイを失うことを考えたくなかった?

 考えるべきなのだ。ありとあらゆる可能性を。

 しかし、マイを失う可能性から目を背けている。

 

 ──何故だ? 俺は何を怖れている?

 

 考えながらも、前に進む足を止めない。

 

「あっ、ルシフ様!」

 

 ルシフは声がした方を見る。

 マイが買い物袋を片手に持って立っていた。錬金鋼(ダイト)の杖をもう片方の手で握っている。

 

「ルシフ様もお買い物ですか? ……どうされたんです?」

 

 マイが心配そうな表情になった。

 

「……何が?」

 

「何かを堪えるような、辛そうなお顔をされています」

 

「──ッ!」

 

 ルシフは不意に眼前のマイを抱きしめたい衝動に駆られた。

 すんでのところで理性がルシフの衝動を抑える。

 ルシフは自分の顔を右手で触った。

 それから、いつも通りの自信満々の表情を貼り付ける。

 

「俺がこういう顔をしていたらお前がどう言うか気になってな……別に何もない」

 

 マイはホッと胸をなでおろすと、頬を軽く膨らませた。

 

「イジワルしないでください! ホントに心配したんですからね!」

 

「ああ、わる──」

 

 反射的に謝りそうになった言葉を、ルシフは呑み込んだ。

 

「この程度でそんな大げさになる方が悪い」

 

「……もう知りませんッ!」

 

 マイはプイッとルシフから顔を背けた。

 そんな分かりやすい仕草がおかしくて、ルシフは笑った。

 

「そんなに怒らなくてもいいだろう」

 

「別に怒ってません」

 

 マイは顔をルシフから背けたままだ。

 

「分かった。そこの喫茶店で何か奢ろう。それでチャラだ」

 

 マイがバッと勢いよく顔を戻し、心底嬉しそうな笑みを浮かべた。

 ルシフは右手をマイの方に伸ばす。

 

「その買い物袋をよこせ」

 

「べ、別に大丈夫です。ルシフ様の手を煩わせる必要は──」

 

「やせ我慢するな。買い物袋を持っている腕が震えてるぞ。錬金鋼を剣帯に吊るして両手で持てばいいだろうに……変わったヤツだ」

 

「あ……」

 

 マイは少し顔を赤らめて、買い物袋をルシフの右手に手渡した。

 

「よし、行くぞ」

 

「はい」

 

 少し後ろから付いてくるマイの気配を感じながら、ルシフは微かに笑みを浮かべた。

 マイが俺の前から消える可能性。

 いつかは頭の片隅に常に入れておかなくてはならないもの。

 

 ──まぁ今は、そんなこと考えなくてもいいか。

 

 そんな可能性、今は微塵も感じないから。

 喫茶店でマイと一時間ほどのんびりした後、マイと別れ必要な家具を全て買った。

 山のように積まれた段ボールがルシフの頭上でふわふわと浮いている。

 剄を化錬剄で変化させ、剄に硬化と吸着の性質を持たせることで、剄で荷物を持ち上げることを可能にしたのだ。

 今の時間は三時であり、通りに学生も多くいる。

 ルシフの奇想天外な剄技の目撃者は多数いた。

 目撃した誰もが口をあんぐりと開け、目をパチパチさせていた。ごく一部の武芸科の学生は「その手があったか!」と目を輝かせた。

 ルシフはその視線を一切気にせず、寮の方に歩を進める。

 

「あ、あのっ!」

 

 ルシフの前に一人の女子が立った。

 ルシフは女子に視線を向ける。

 一ヶ月前からちょくちょく女から声を掛けられるようになった。

 

「なんだ?」

 

 女子は少し顔を赤らめて視線をさまよわせている。

 

「え、えっと……ルシフ君、こんにちは!」

 

「ああ、こんにちは」

 

 信じられないかもしれないが、ルシフは挨拶されたら挨拶をちゃんと返す人間だった。

 そういう教育を幼少から嫌というほど叩きこまれたせいで、挨拶を返さない方が気分が悪くなる。

 

「………………で?」

 

「……あぅ」

 

 女子は顔を僅かに俯けた。

 

「用がないなら俺の邪魔をするな」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 女子は慌ててルシフの前からどいた。

 ルシフは女子の横を何も言わずに通り過ぎる。

 女子は顔を俯けたままだ。

 ルシフは顔だけ振り返る。

 

「おい」

 

 女子はおそるおそる後ろを振り返ってルシフを見た。

 怒られるとでも思っているのかもしれない。

 

「な、何?」

 

「もう少し自分に自信を持て。きょどるのをやめろ。せっかく可愛い顔をしているのに、もったいないぞ」

 

「なっ!? か、かわいいなんてそんなッ!?」

 

 ルシフは勝ち気な笑みになる。

 

「自分に自信を持てるようになったら、一晩だけ相手してやる」

 

「えっ!? ~~~~~~ッ!」

 

 ルシフの言葉を聞いた女子は顔を真っ赤にして、ルシフから逃げていった。

 ルシフは逃げた女子に見向きもせず、歩みを再開する。

 

 ──ああいううぶな女もいいな。というかあの女チョロ過ぎるだろ。

 

 ルシフは自分に最初から好意を抱いている女より、自分のことなんてなんとも思ってない女を自分の虜にする方が好きだった。

 そっちの方が燃える。まぁ好意を抱いている女も、気に入った女がいたら片っ端から抱いていくが。

 四ヶ月近く女を抱いてないせいか、すぐにそっちの思考になっているのをルシフは自覚する。

 ツェルニを出たら、まず女を抱こう。

 ルシフはそう心に決めた。

 寮に着いたら寮の入り口前に段ボールを山積みし、自分の部屋に行く。

 壊れた家具を剄でまとめ、窓を開けて衝剄を利用し空に吹き飛ばす。

 ルシフが吹き飛んだ家具の方に左手をかざし、剄を火に変化させて火線を放つ。

 家具は一気に灰になった。

 ちなみにこの火線を目撃した学生も多く、何事かと大騒ぎになったが、それはまた別の話。

 それから部屋を掃除し、段ボールを部屋に運び込み、組み立てて配置。

 元々あった家具と似たような色とデザインにしたため、代わり映えはしない。

 だが、ルシフはそれで満足だった。

 

「──メルニスク」

 

 ルシフがそう口にすると、メルニスクがルシフの眼前に顕現した。

 

「なんだ?」

 

「一つやってほしいことがある」

 

「……何をすればいい?」

 

「ツェルニを暴走させてほしい」

 

 数秒間の静寂。

 

「……どういうふうにだ?」

 

「汚染獣の群れに突っ込むように。俺が連れてきた教員の実力をツェルニの学生にアピールする場がほしい。

汚染獣など今や全く脅威ではないから、別にいいだろう?」

 

「いつやればいい?」

 

「いつでも。お前が気の向いた時に」

 

「…………承知」

 

 メルニスクの姿は掻き消えた。

 ツェルニを暴走させるのは原作と同様の展開にし、あることを試すためだ。

 もしそれが成功した場合、全レギオスを支配する計画はほぼ完璧なものになる。

 

 ──この先、俺のせいで死なない筈だった人間が何人死ぬんだろうな。

 

 原作通りならば、死ななかった人たち。

 それをねじ曲げる。世界を壊すために。

 ルシフは窓から外を見る。

 珍しく夕焼けが綺麗に見えた。

 目に沁みるような赤に心を奪われ、日が完全に沈むまで、ルシフは窓際に座ってじっと夕焼けを眺めていた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆     

 

 

 

 ニーナが中止にした合宿。

 しかし、結局合宿をすることにしたようだ。

 合宿場所は農業科の扱う農地の一区画で、この辺りは今作物を植えていないため、多少暴れても問題ないらしい。

 平野の中にポツリと立っている一軒家。あれが宿泊施設になる。

 その宿泊施設に今、合宿に関わる人たちが集合していた。

 第十七小隊の面々、メイシェン、ミィフィ、ディン、ダルシェナ、マイ、教員二名。

 メイシェンは合宿中の料理担当でレイフォンから頼まれた。

 ミィフィは野次馬。

 ディンとダルシェナは自分たちも参加したいと言って、合宿に参加した。

 ニーナもそれを断る理由はなく、むしろ実力のある相手の参加は願ったり叶ったりだったため、二つ返事で承諾した。

 マイは念威操者はもう一人いた方がいいとニーナに言い、ニーナもそれに同意したため合宿に参加を許可された。

 ルシフが連れてきた教員二名──レオナルトとバーティンもディンたちと似たような理由で合宿を手伝うことにした。

 

「全員、揃っているな」

 

 ニーナは集合している人たちを順番に見ていき、一つ頷いた。

 ニーナがレオナルトとバーティンの方に視線を向ける。

 

「授業は本当によろしいのですか?」

 

「大丈夫だ。一通り課題は与えといた。三日くらいなら持つ」

 

 レオナルトが答え、バーティンがレオナルトの言葉に頷いた。

 

「分かりました。なら今日は──」

 

「隊長」

 

 ニーナの言葉を遮り、レイフォンが手をあげた。

 ニーナはレイフォンの方を見る。

 

「なんだ?」

 

「個人的にやりたいことがあるんで、僕は隊長たちの訓練から外してもらってもいいですか?」

 

「……何?」

 

 レイフォンの申し出に、その場にいる第十七小隊全員が面食らった。

 レイフォンが自らこういう言葉を言うのは珍しい。

 

「別に構わないが……一体何をするつもりだ?」

 

 レイフォンはルシフの方を見た。

 

「ルシフと一対一で闘ってみたいんです」

 

「……ほう?」

 

 ルシフが興味深そうにレイフォンを見る。

 レイフォンのこの言葉には全員が絶句した。

 ルシフの実力を誰よりも分かっている筈のレイフォンが、ルシフに闘いを挑んでいる。

 間違いなく無傷で済まない。

 

「おいおいレイフォンの奴、一体何考えてんだ!? 自分から地雷原に飛び込みやがったぞ」

 

 シャーニッドが信じられないといった表情をしている。

 

「やめろレイとん! ルッシーは容赦しないぞ!」

 

 ナルキがレイフォンの右腕を軽く掴んだ。

 メイシェンはこくこくと何度も頷いている。

 

「ツェルニ最強と言われてる二人の一対一……これは見逃せないね」

 

 ミィフィは目をキラキラさせてカメラを手に持った。

 

「レイフォン、そんなことになんの意味があるんです? バカなんですか?」

 

 フェリが無表情でそう言った。

 レイフォンは困ったような笑みを浮かべる。

 

「それを言われると返す言葉もないんですけど……僕がルシフに通用するのか知りたくなって……」

 

「クッ、アハハハハハハッ! 実力を知りながら俺に挑んでくるか! いいだろう! 遊んでやるぞ、アルセイフ!」

 

 こうなってしまったら、もう誰にも止められない。

 ルシフはくいっと顔を外の方向に動かし、レイフォンに外に出ろと暗に伝えた。

 レイフォンは頷き、宿泊施設の外に出る。レイフォンに続いてルシフも外に出た。

 宿泊施設の外に出ても二人は歩き続ける。

 互いの実力はよく分かっている。

 多少離れた程度では宿泊施設を巻き込むおそれがあった。

 宿泊施設も見えなくなるほど、二人は歩き続けた。

 やがて辺り一面平野の場所に、二人は来た。

 レイフォンは足を止める。

 ルシフはそこからさらに歩き、レイフォンから十メートル離れた場所で立ち止まった。

 ルシフがレイフォンの方に向き直る。

 その二人からかなり距離をとって、合宿に参加する全員が付いてきていた。

 ニーナたちはニーナたちで本来の訓練をする予定だったが、やはりこの二人の闘いが気になる。

 そのため本来の訓練を中止し、レイフォンとルシフの闘いの観戦と、何か命に関わる事態になったら命懸けで止めようと考えた。

 

「……ふぅー」

 

 レイフォンが静かに息を吐き出し、身体を戦闘状態に切り替えていく。

 ルシフは構えず、悠然とレイフォンを眺めている。

 ツェルニ最強を争うと言われる二人の勝負が今、始まろうとしていた。


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