鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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第32話 魔王VSレイフォン

 レイフォンは両腕を前に出して構えている。

 その構えを見て、ルシフは眉をひそめた。

 

「なめているのか?」

 

「……何が?」

 

「とぼけるな。剣帯にぶら下がってる錬金鋼(ソレ)は飾りか?」

 

「ああ──」

 

 レイフォンは剣帯の錬金鋼を一瞥する。

 

「君と通常の錬金鋼で闘っても、君の触れた瞬間錬金鋼を破壊する剄技の前にはムダだろ?

なら、最初から錬金鋼無しで闘う。それだけだよ。別に手加減するつもりはない」

 

「ふむ、良い判断だ」

 

 ルシフは右手の指を二本立てた。

 

「二?」

 

 レイフォンは怪訝そうに立てられた二本の指を見た。

 ルシフは首を横に振る。

 

「いや違う、二十だ。二十手、貴様にくれてやる」

 

 ルシフのこの言葉には、レイフォンのみならず周りにいたニーナたちも驚いた。

 何故なら、攻撃回数二十回までは一切反撃しないとルシフが言っているからだ。

 レイフォンの実力を知っているツェルニの面々からすれば、「油断し過ぎでは?」と思ってしまう。

 

「まーた始まったよ、大将の悪い癖」

 

 レオナルトはルシフを半ば呆れた表情で見た。

 

「悪い癖とは?」

 

 ニーナがレオナルトに尋ねた。

 レオナルトは視線をニーナの方に向ける。

 

「大将はな、格下とみた相手にはああやって自分にハンデをつけるんだよ。より闘いを楽しむためだと思うが、やっぱり俺はあんま好きじゃねぇな」

 

「その言葉……ルシフ様への背信と考えていいか?」

 

 バーティンが殺気をみなぎらせて、錬金鋼に手をかけた。

 レオナルトは眉をひそめる。

 

「お前な……好きな部分しかない人間なんざ、全ての自律型移動都市(レギオス)探したっていやしねぇよ。忠誠と盲信はちげぇって、いい加減学べ」

 

「何を言うか! 絶対の忠誠こそルシフ様が求める──!」

 

「はいはい、今は大将の闘いを見るのが先だ。大将の闘いが終わったら話を聞いてやらぁ」

 

「……絶対だからな!」

 

 そんな二人のやり取りを、ニーナたちは唖然と眺めていた。

 

「仲……悪いんですか?」

 

「いーや、価値観の違いってヤツかな。お互いに譲れない部分がぶつかっただけだ」

 

「それならいいんですが……」

 

「そんなことよりアイツ……レイフォンっつったか? かなりつえぇ武芸者だろ」

 

「分かるんですか?」

 

「構えや剄を見ればな。大将の実力知ってて闘うヤツは大抵怯えて縮こまるか緊張するもんだが、アイツにはそれがねぇ。大したもんだ」

 

 ニーナたちの視線が再びレイフォンとルシフの方に戻る。

 レイフォンの身体全体から剄が爆発した。

 剄の奔流で地面の砂がレイフォンとルシフの周囲に舞い上がる。

 互いの姿は砂埃に遮られた。

 ルシフは衝剄で周囲に舞う砂埃を吹き飛ばす。

 砂埃は霧散し、代わりにルシフの周囲に現れたのは四十人はいるレイフォン。

 活剄衝剄混合変化、千人衝。

 

「ルシフ、一つ聞いていいかい?」

 

 そこら中からレイフォンの声が響く。

 ルシフは未だに棒立ちのまま。

 

四十人一斉攻撃(コレ)は何手になる?」

 

「それは千人衝という剄技。よって、何百人いたとしても一手だ」

 

「そう。なら、いくよ」

 

 一手目。

 四十人のレイフォンが、同時に動いた。目にもとまらぬ速さでルシフに襲いかかる。全方向から同時に放たれる拳と蹴り。それら全てをルシフは両手でパリング。パリングされた分身体が次々に消えていく。

 二手目。

 内力系活剄、旋剄で本体のレイフォンがルシフに肉薄し、勢いを殺さず右足の廻し蹴り。ルシフは蹴りを右手で左方向に弾いた。レイフォンの体勢が僅かに崩れる。

 三手目。

 レイフォンは軸足である左足一本で跳躍。弾かれた力を利用して空中で一回転しながら、ルシフの頭上から右足のかかと落とし。ルシフは左手で受け止める。

 四手目。

 レイフォンが残っている左足でルシフの右側頭部に蹴りを放つ。ルシフは掴んでいる右足を離してスウェーバック。上体を後方に反らして紙一重でよけた。

 五手目。

 レイフォンは左足を素早く地に着け、一歩踏み込んで左のボディーブロー。上体を反らしたままのルシフは軽く跳んで右足でレイフォンの左腕を叩き落とす。

 六手目。

 レイフォンは内力系活剄で脚力を強化。身体を回転させながら周囲に衝剄を放ち、レイフォンを中心にした竜巻を発生させる。活剄衝剄混合変化、竜旋剄。空中にいるルシフは竜巻に呑み込まれた。ルシフは剄の密度を高めて周囲に放出。竜巻が消し飛ぶ。

 七手目。

 レイフォンが右手に剄を集中させ、竜旋剄により更に少し身体が浮かび上がったルシフ目掛けて放つ。廃都市に現れた塔の側面を破壊した、ルシフから盗んだ剄技。ルシフも同様に左手に剄を集中させて放ち、レイフォンの剄と相殺。剄を放出した反動でルシフの身体が更に浮かび上がる。

 八手目。

 レイフォンが内力系活剄、旋剄で空中のルシフに瞬く間に接近。旋剄の勢いのまま左の肘打ち。たとえルシフでも、何もない空中で自由には動けない。前三手はこの一手を確実に当てるための布石。ルシフは凄絶な笑みを浮かべ、頭上に右手で剄を放出。その反動でルシフの身体は一つ分下に移動した。レイフォンがルシフの真上を通り過ぎていく。

 

 ──まずい……!

 

 旋剄は爆発的な速度を得るが、方向転換や急停止はできない。つまり、今のレイフォンは隙だらけであり、ルシフは確実に攻撃を当てるチャンス。しかし、ルシフの方から剄の高まりは感じなかった。

 レイフォンは身体をひねり、ルシフの方に向き直る。ルシフは着地し、レイフォンの方に右手人差し指を立てて自分の方向にクイクイッと動かし、かかってこいと挑発。

 九手目。

 レイフォンが両手の指の間に針のように細い剄弾を複数形成し、ルシフ目掛けて放つ。外力系衝剄の変化、九乃。ルシフは鬱陶しそうに左腕を払い、全て消し飛ばす。

 十手目。

 

「レストレーション02!」

 

 その間にレイフォンは剣帯に吊るされている青石錬金鋼(サファイアダイト)を右手に持ち復元。レイフォンの右手に剣の柄だけ握られる。柄の先には何百という目に見えない細さの鋼糸。すぐさま鋼糸でルシフを囲むように陣を組み上げる。そのまま何百もの鋼糸でルシフを圧撃。人間相手にはあまりにも過分な技。

 肉片一つすら残らない強力な技を、レイフォンはルシフに対し躊躇なく使用した。レイフォンにはこの技がルシフに通じないという確信があった。

 ルシフは剄技、金剛絶牙を使用。ルシフに触れた鋼糸に武器破壊の剄が流れ込み、鋼糸は粉々になった。武器破壊の剄は鋼糸を破壊しながらどんどんレイフォンの柄に収束され、レイフォンの持つ柄にヒビが入っていく。

 十一手目。

 

「レストレーション01!」

 

 青石錬金鋼を鋼糸から剣にチェンジ。レイフォンの右手に砕けた鋼糸が集まり、ヒビだらけの剣が形作られる。剣の形状をなんとか保っているボロボロの剣を、ルシフ目掛けて投擲。凄まじい速さでルシフに向かっていく。ルシフは微動だにせず、剣はルシフにぶつかっただけで粉々になった。

 十二手目。

 ルシフの周囲に舞い散る青石錬金鋼の無数の欠片に、レイフォンが莫大な剄を流し込む。レイフォンもルシフ同様、錬金鋼の許容量を超える剄量を持つ武芸者。ルシフの周囲に漂う錬金鋼の無数の欠片が一気に膨張し爆発。ルシフは爆発する寸前に全方向に衝剄を放ち、無数の欠片を吹き飛ばした。

 十三手目。

 その行動を読んでいたレイフォンはルシフが衝剄を放った時には跳躍し、ルシフの頭上にいた。レイフォンは大きく息を吸い込み、呼気に剄を乗せ勢いよく吐く。

 

「かぁっ!」

 

 外力系衝剄の変化。ルッケンス秘奥、咆剄殺。震動波で分子の結合を破壊し、物質を破壊する。この剄技は金剛剄でも防ぐのは至難。

 

「かぁっ!」

 

 故にルシフも同様に咆剄殺を放ち、レイフォンの咆剄殺を中和。

 十四手目。

 未だルシフの頭上にいるレイフォンは左手に剄を収束させ、衝剄の砲弾を放つ。外力系衝剄の変化、剛昇弾。ルシフは右手でそれを横に弾いた。遠くで爆音が響く。

 十五手目。

 剛昇弾の反動を利用してルシフの頭上から移動し後方に着地したレイフォンは身体を回転させてルシフに突っ込む。外力系衝剄の変化、餓蛇。天剣授受者、カウンティアの剄技。回転により生まれた凄まじい衝撃波が零距離でルシフに叩きつけられる。ルシフは右腕を垂直に振り、衝撃波を剄で縦に両断。衝撃波はルシフの左右を通り過ぎていく。

 十六手目。

 レイフォンは回転で生まれた遠心力を利用した渾身の左廻し蹴りをルシフの腹部に浴びせる。ルシフはその蹴りを受けて数歩分滑るように後方に下がった。しかし、ダメージ自体は金剛剄で殺したらしく、ルシフの表情は未だに楽しそうな笑み。

 十七手目。

 レイフォンは化錬剄で剄を七匹の大蛇の形に変化。化錬剄の変化、七つ牙。天剣授受者、トロイアットの剄技。七匹の大蛇が一斉にルシフに食らいつく。ルシフも剄を七匹の大蛇に変化させ、レイフォンの大蛇にぶつける。ルシフが生み出した七匹の大蛇が、レイフォンの七匹の大蛇の首に噛みつき、首を食いちぎった。レイフォンが生み出した大蛇たちが消え、数瞬遅れてルシフの大蛇たちも消える。

 十八手目。

 レイフォンは衝剄を背後に向けて放ち、自身の身体を反動で爆発的に加速させ、ルシフの顔面に向かって右拳を振るう。外力系衝剄の変化、背狼衝。ルシフは半身になり、顔面にレイフォンの右拳が当たった瞬間、レイフォンの右拳をスリッピング・アウェイ。頭部を左に背けるように半回転させ、レイフォンの右拳を右頬を滑らすように受け流すことで、レイフォンの打撃の衝撃を外に逃がして無力化。レイフォンはルシフの多彩な防御技術に驚愕し、目を見開いた。

 十九手目。

 レイフォンはルシフの顎目掛けてすかさず左のアッパーカット。ルシフはそれを左手で受け止め、レイフォンの左拳を掴む。

 二十手目。

 レイフォンは右膝でルシフの腹部に蹴りを入れる。ルシフはレイフォンの左拳を掴んだまま、まるでボールでも投げるように左腕を動かした。レイフォンの蹴りが届く前にレイフォンの身体が宙を舞う。

 二十一手目。

 レイフォンは掴まれている左腕を支点にルシフの右脇腹に左足の蹴りを浴びせる。ルシフはレイフォンの左拳を放し、レイフォンの左足を右腕と右脇腹で挟み込んだ。レイフォンの動きが封じられる。

 

「──アルセイフ。もう十分楽しんだだろう?」

 

「え? ぐっ……!」

 

 レイフォンの腹部に、ルシフが左のボディーブローを叩き込む。

 レイフォンの身体は僅かに宙に浮いた。

 ルシフは挟んでいた左足を放し、宙に浮いているレイフォンの胴体に右足で蹴りを入れる。

 レイフォンは咄嗟に両腕をクロスさせて蹴りをガード。しかし衝撃までは殺せず、後方に吹き飛んで地面を二回転がったところで跳ね起き、中腰の姿勢でルシフを睨んだ。

 ルシフは構えず、悠然とレイフォンの方に歩いてくる。

 

「アルセイーフ、まだこの俺を楽しませてくれるんだろ?」

 

 レイフォンは瞬く間にルシフに接近し、右のストレート。ルシフは左足を高く上げて上段から垂直に蹴り下ろし、レイフォンの右拳を踏みつけ地面に縫い付ける。

 その影響でレイフォンの体勢は前に崩れ、下がったレイフォンの左側頭部に右膝蹴り。身動きのとれないレイフォンは金剛剄を使いダメージを軽減させる。その時の衝撃で軸足になっている左足がずれ、レイフォンの右拳が解放された。

 レイフォンは蹴りの衝撃に抗わず、衝撃に身を任せてルシフの左に一回転しながら移動。そのままルシフの左横からルシフの顔目掛けて左拳を放つ。

 

「阿呆がッ!」

 

 ルシフは左手の甲でレイフォンの左拳を弾き、流れるような動きで弾かれた影響で前面を開いたレイフォンの鳩尾(みぞおち)に右の掌底。レイフォンは後方に吹き飛んだ。

 ルシフは一回転して体勢を立て直したレイフォンを見据える。

 

「この俺がなんの意味もなく、二十手くれてやったとでも思ったか? 貴様の技のタイミング、速度、リズムはさっきの二十手で見切った」

 

 ルシフが反撃せずに攻めさせる理由は、正にこれのためである。

 反撃しないと分かっていれば、相手は伸び伸びと自然体で攻められる。自分に馴染みきった動きで。

 その動きを学習し、相手の百パーセントの攻撃を無力化する。

 それが自身に与えたハンデの裏に隠された狙い。

 レイフォンは両腕を前に出して構え、ルシフに右拳で殴りかかる。

 

「まだ懲りないか!」

 

 ルシフはレイフォンの右拳の突きを払い落とそうと左腕を動かす。その左腕は空を切った。

 

 ──……何?

 

 レイフォンの右拳はルシフの左腕が空を切った後にルシフの胸に届いた。

 ルシフは金剛剄で受け止める。ルシフの身体が僅かに後ろに下がった。

 レイフォンはすかさずバックステップで後退。

 内力系活剄で脚力を強化したレイフォンはルシフの周囲を縦横無尽に動き回り、様々な方向からルシフに襲いかかる。

 ルシフはそれらの動きを冷静に見極めながら感嘆した。

 

(全ての動きの技のタイミング、速度、リズムがそれぞれ違っている……レイフォン・アルセイフ、貴様の戦闘センスだけはこの俺に匹敵するか!)

 

 技のタイミング、速度、リズムを見切ったと言われても、馴染みきった動きを変化させるなど、武芸を極めた者ほど難しい。

 だからこそルシフはレイフォンに見切ったことを伝えた。分かったところでどうにもならないと高を(くく)っていたからだ。

 しかし、今のレイフォンの動きは変幻自在。

 拳を足で踏みつけるなどというなめきった技は使えなくなった。

 闘い始めた当初のように冷静に対処するしかない。

 ルシフはレイフォンの様々な攻撃を掴んで受け止めるようにした。

 掴んでレイフォンの動きが一瞬鈍くなったところにカウンターで拳と蹴りを浴びせる。

 レイフォンは金剛剄でダメージを軽減させながら何十回と攻めるが、それら全てにカウンターをとられた。

 レイフォンにとって不幸だったのは、レイフォンの動きを見てから対処できるほどルシフの動きが速く、ルシフの戦闘センスがレイフォンと同等だったこと。

 

「がはっ……!」

 

 ルシフの右拳が深々とレイフォンの腹に突き刺さった。

 

「もう十分楽しめた。だから──くたばれ」

 

 ルシフから莫大な剄が迸り、その剄がルシフの右足に集中。殴った時の軸足である左足を回転させ、右足の蹴り。

 レイフォンは咄嗟に後ろに跳び、ルシフの蹴りの威力を最小に抑える。レイフォンの身体は遥か後方に吹っ飛んだ。

 レイフォンは空中で一回転して着地。そのまま数メートル後ろにずり下がる。

 身体が止まったところでレイフォンの身体は折れ、両手を地面について荒く呼吸をする。

 そのままの姿勢でレイフォンは自分の胸──ルシフの蹴りが当たった部分を見た。そこにあった服は破れ、黒く内出血している。もしまともに食らっていたら、間違いなく骨が粉々になっていただろう。金剛剄を使用し蹴りの威力を最小にしてなお、この威力。

 

「……ははは、凄いや」

 

 レイフォンは荒く息をしながらも、笑みを浮かべた。

 確実に自分を戦闘不能にする。

 そんなルシフの意思が乗り移っているかのような蹴り。

 レイフォンはふとニーナと二人で特訓していた時のことが頭によぎった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

「意思を具現化する力?」

 

 あれはルシフが女王陛下に深手を負わされ、入院した次の日のこと。

 練武館にある訓練場。

 既に復元された様々な錬金鋼の武器が壁に立てかけられている。

 

「ああ」

 

 ニーナはレイフォンの問いに一つ頷いた。

 

「ルシフが言うには、剄は己の身体から生み出されている。だから、意思を剄に反映させることも可能──らしい」

 

「そんな極端な……!」

 

 レイフォンは剄をそんな風に思ったことはない。

 剄はただの力であり、自分の一部。言うならば、胃や肺と同じなのだ。人を人外の域に到達させ、敵を倒せるようにする役割を与えられただけの臓器。鍛練を積めば使いこなせるようにはなるが、意思を剄が具現化するなど考えたことがなかった。

 大体剄が意思を具現化する力ならば、もっと剄は万能な筈だ。

 だが、実際はそんなことはない。

 レイフォンは顔を俯けた。

 

「そうか?」

 

 ニーナは二本の鉄鞭を両手で持ち、レイフォンに見せた。

 

「わたしはなんとなくだが、ルシフの言うことが理解できる。何故わたしが攻めることより守る方が得意なのかもな」

 

 レイフォンは顔を上げ、ニーナを見た。

 

「わたしはこの都市を守りたい。汚染獣や都市間戦争で闘う武芸者を倒したい気持ちより、この守りたいという気持ちが先にくる。だから、その意思にわたしの剄が応えて、防御の技ばかり上達していくんじゃないかと最近思い始めた。

レイフォン。剄が人の意思を具現化する力なんて、夢があっていいじゃないか。わたしたちは可能性を、剄を持たない人たちより多く与えられたんだ。

わたしはその可能性で、たくさんの人の可能性を守りたい」

 

 ニーナはレイフォンに優しく微笑んだ。

 レイフォンは手の中にある青石錬金鋼の剣を握りしめる。剣に流れる剄を、レイフォンはじっと見つめた。

 もし剄が意思を具現化するというのなら、自分の剄は何を表現している?

 その問いに答えはなく、剣に流れている剄が陽炎(かげろう)のように剣の周りを揺れていた。

 その話を聞いてから、剄を意思を具現化する力と考えて鍛練するようになった。

 結論から言うと、楽しかった。

 剄に対してより柔軟に接するようになったからか、または別の理由があるのか。理由は分からないが、以前使えないと諦めていた剄技を会得できたり、無理だと思っていたルシフの剄技も少しだけ使えるようになった。

 そして、気付いてしまった。

 自分は別に武芸が嫌いだったんじゃない。自分が武芸をすることで傷付く人たち──リーリンや養父のデルクに迷惑をかけたくなかっただけだったんだと。周りから罵声を浴びせられたり、責められるのが嫌なだけだったんだと。

 天剣になっても、貪欲に力を求めた。他の天剣授受者から教えを受けたり、剄技も盗んだ。そして、剄はそんなレイフォンに応えた。

 レイフォンは自分の剄にどんな意思が反映されているのか、なんとなく悟った。

 

 ──誰よりも強くなりたい。

 

 それが、きっと自分の剄の根源にある。

 誰よりも強くなれば、きっと孤児院のみんなも、大切な人たちも何もかも守れると思っていたから。

 リーリンの手を、ずっと離さないでいられると思ったから。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 レイフォンは身体を起こし、ルシフを見据える。

 

 ──ルシフ、君は強い。力だけじゃない。君からはいつも熱を感じる。自分にはない本気さを。

 

 レイフォンの脳裏に、ルシフがアルシェイラに放った最後の熱線の光景と、ルシフが廃都市を消滅させた光景がよぎる。

 

 ──だからこそ、君は危ない。その本気さが、君を暴走させる。君が暴走した時、止められる誰かがいなくちゃいけない。

 

 レイフォンは莫大な剄を身に纏う。

 

「ルシフ。新しく編み出した剄技で、僕は君を倒す」

 

「……ほう?」

 

 ルシフは眉を吊り上げた。

 

「この俺にまだ勝つ気か? 貴様がこの俺に勝てるものか」

 

「やってみないと分からない」

 

「やってみんと分からんのは二流レベルの雑魚だけだ。俺とお前は違う」

 

「なら、なんで君は女王陛下とあんなになるまで闘ったんだ?」

 

 ルシフが微かに目を見開いた。

 

「それでも勝ちたかったから闘ったんだろ! 理屈じゃないんだ! 君も! 僕も!」

 

 レイフォンが閃光のごとき速さで駆ける。レイフォンが通った後はまるで爆発でもしたかのように土煙が舞い上がった。

 ルシフはレイフォンを迎え撃つため、腰を落として両腕を前に出し、構える。

 レイフォンは右腕を後ろに引いた。

 

 ──剄が意思を反映させると言うなら、僕のこの意思を反映させてみせろ!

 

 レイフォンがルシフの顔面目掛けて右のストレート。

 それを見て、ルシフはレイフォンを嘲笑った。

 

 ──あれだけ大口を叩いてそれか。

 

 確かに今までの中で一番速く、剄も集中しているが、それだけだ。

 ルシフはレイフォンの右ストレートを左の手の甲で受け流す。

 レイフォンの右拳がルシフの左頬に擦れながら通り過ぎる。その瞬間、ルシフの左頬に痺れがきた。

 ルシフは驚き、顔を少し動かしてレイフォンの右拳から左頬を離した。

 レイフォンが触れたルシフの左頬は、ナイフで切られたように横一文字の切り傷が生まれていた。血が流れないほどに浅い切り傷ではあるが。

 ルシフの頭に一気に血が上った。

 ルシフはレイフォンの腹に右膝蹴りを食らわす。

 レイフォンの身体はくの字に折れ曲がった。

 ルシフは下がったレイフォンの首筋に左手で手刀を叩き込む。レイフォンの意識はその一撃で刈り取られ、地面に倒れた。

 ルシフは倒れたレイフォンを信じられないといった表情で睨んだ。

 

 ──最後の攻撃……間違いなく俺の方が剄量が上だった。なのに、俺に傷を付けた。一体こいつはあの時何をした?

 

 ただの右ストレートだった。

 目を離したのは左手の甲で受け流してから。

 その後は視界から奴の右拳が消えた。

 アルセイフの剄に変化があったとすれば、その時。

 考えられる可能性は、アルセイフが金剛剄か剄技そのものを無効化させる剄技を編み出した可能性。

 ルシフは唇の端を吊り上げた。

 

 ──なかなかやるじゃないか、アルセイフ。それでこそ、『鋼殻のレギオス』の主人公だ。

 

 ルシフはレイフォンから視線を外し、身を翻す。

 ルシフの視界にバーティンとマイがタオルを持って近付いてくるのが見えた。

 こうして、時間にして五分にも満たない勝負は、ルシフの勝利で決着がついた。




RPGでよくあるラスボスによる主人公敗北イベントです。
レイフォンが実は武芸が嫌いじゃないという根拠なんですが、リーリンからデルクに渡された錬金鋼を受け取った後に、ノリノリで闘うレイフォンの描写が原作にあるんですよね。
あっ……これ、絶対レイフォン武芸好きやん!ってその時思い、今回のような心理描写になりました。

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