鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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第34話 ハイアの心情

 外縁部近くにある放浪バス。サリンバン教導傭兵団の家でもあるそのバスに、サリンバン教導傭兵団全員が集まっていた。

 ハイアはフェルマウスに目線をやる。

 

「もう大丈夫そうさ~」

 

 ツェルニの念威操者に負わされた傷。全治一、二ヶ月の重傷状態だったフェルマウスは、ここにきてようやくほぼ完治の状態にまで回復した。

 

『心配をかけた』

 

 フェルマウスの付近に浮いている念威端子の一つから声が聞こえた。

 フェルマウスは頭から全身をフードとマントで隠しており、フードから覗く顔には硬質の仮面を被っている。手には革の手袋をはめていて、フェルマウスの地肌は一切見えない。

 フェルマウスは汚染獣の臭いを知るため、都市の外に生身でいたことがある。

 汚染獣の臭いを知れば、念威端子が届かない場所でも、臭いから汚染獣の動きを予測できる。

 その能力の代償に、フェルマウスの身体は汚染物質に侵されていた。普通の人間なら死んでいるが、幸か不幸か、フェルマウスは汚染物質に耐性があり、死ななかった。その代わり、皮膚は爛れ、声帯もない。

 故に、フェルマウスは念威端子で音声を作らないと話せない。

 

「本当さ~。次はこんな都市の念威操者に遅れをとらないでほしいさ~。あんたはサリンバン教導傭兵団の念威操者なんだから」

 

 その言葉に含まれる意味を、サリンバン教導傭兵団の団員全員が理解していた。

 サリンバン教導傭兵団は戦いを生業とし、戦いの中で生きてきた武芸者集団であり、各都市にも名が広まるほど有名。

 そんな彼らが、未熟者の集まりである学園都市の学生に負けるなど許されない。たとえ学園都市にいるのが不思議なくらいレベルの高い相手だったとしても。

 

『今まで見たことがないタイプの念威操者だったためいいようにやられたが、タネはもう分かった。もうあの念威操者の少女にやられない。ここにいる全員』

 

「やっぱりタダでやられたあんたじゃなかったか。で、あの念威操者について分かったことってなんさ?」

 

『まず前提として、念威操者と武芸者の剄は全く別物。つまり、念威操者は錬金鋼(ダイト)に剄を流して錬金鋼の能力を強化することはできない』

 

 その場にいる全員が頷いた。

 だが、実際にあの念威操者の少女は人を念威端子で切っている。

 

『この事実から、あの念威操者は念威端子そのものに殺傷力を与えている。だから、念威端子が錬金鋼以上の切れ味になることはない』

 

 おそらく錬金鋼の設定で、あの念威操者は六角形の側面全てを剣や刀の刀身のようなものにしているのだろう。上面と下面は何も手をつけず、自分が乗っても大丈夫なようにしている。

 しかし、念威操者が使う重晶錬金鋼(バーライトダイト)は念威の能力を高めるのに重点を置いており、鋼鉄錬金鋼(アイアンダイト)に比べれば切れ味など大したものではない。

 

「成る程。要は活剄で身体強化すればそれだけで切れなくなるってわけね」

 

 念威端子を武器にすることに度肝を抜かれ冷静さを誰もが欠いていたため、防御よりも回避の方に比重を置いた。

 だが、ただ剄で防御力を高めるだけであの念威操者を無力化できる。

 

「おれっちたちの剄量なら、重晶錬金鋼の硬度を上回る身体強化なんざ楽勝さ~。これで、あの念威操者はもうおれっちたちの敵じゃなくなった。

あとはルシフをどう捕らえるか、考えないとさ~」

 

 その場の全員の顔が沈む。

 一方的に蹂躙されたのを思い出し、身体を震わせている者もいた。

 

「……団長。どうしてもあの男の子を捕まえないといけないんですか?」

 

 金髪で大きなメガネをかけている少女が口を開いた。

 

「サリンバン教導傭兵団はなんのために生まれたさ~?」

 

「それは……廃貴族をグレンダンに持ち帰るため……ですけど、あの男の子はわたしたちがどうこうできるレベルじゃありません! 廃貴族なしで団長と互角なんです! グレンダンからの応援が到着してからでも──」

 

「ミュンファ、ちょっと黙るさ」

 

「ッ! ハイアちゃん!」

 

「おれっちだってバカじゃない。廃貴族が暴走する直前のあいつの言葉を思い出してみるさ~」

 

 ──うぐっ……お前……この俺を……アアアアアッ!

 

 全員の脳裏にその時の光景がよぎっていた。

 その後、ルシフは廃貴族に身体を乗っ取られた。

 

「おれっちが考えるに、ルシフと廃貴族は上手くいってない。ルシフだって早いとこ廃貴族を追い出したいと考えてる筈さ~」

 

『戦うのではなく、交渉するのか』

 

「その通りさ~。交渉が失敗したら、その時はルシフの意識を一瞬で刈り取る。ルシフの意識がなければ、廃貴族なんか檻に入れられた獣みたいなもんさ~」

 

 いかに廃貴族と言えど、死人を操ったという話は聞いたことがない。

 操れる条件は操る人間の状態が関係あるのではないか、とハイアは考えた。

 

『賢明な判断だ。交渉するという考えはな。だが、失敗したら戦闘を仕掛けるというのは考え直した方がいいと私は思う』

 

「なんでさ?」

 

『まず、限りなくルシフの意識を刈り取れる可能性が低い。瞬間的な剄量の増加も、あの男ならば咄嗟に対応してくる』

 

「だから、交渉であいつにこっちが友好的だと思わせるんさ。油断させて一瞬でも奴の反応を鈍らせれば、それでこっちの勝ちさ~」

 

『……それと、つい最近このツェルニには教員が五人きた』

 

 フェルマウスはその時には念威を使えるまで回復していたため、バスから出なくてもその情報を得ていた。

 

「知ってるさ~。生徒会長から聞いた。ルシフが教員を選んだっていうのも知ってる。けど、それがどうした? 一度も教員を見てないけど、おれっちたちサリンバン教導傭兵団を相手にできる奴がグレンダン以外の都市にそうそういるわけないさ~」

 

 ルシフに負わされた傷を癒すため、団員たちはここ一ヶ月ほとんどバスから出なかった。教員が来るという情報も、カリアンが見舞いついでに教えてくれなかったら、フェルマウスに言われるまで気付かなかったかもしれない。

 

『教員として来た五人の中に一人、私が知っている人物がいる。いや、傭兵をやっている人間ならば、大抵が知っている人物だ。もっとも、数年前に彼の噂は途絶えたから、団長は覚えていないかもしれない」

 

 ハイアは顔をしかめた。

 心当たりはない。

 ハイアは周りの団員たちに目を向ける。

 団員の内の何人かが顔を青くしているのが分かった。

 

「まさか……『人間凶器』?」

 

 団員の一人が呟いた言葉。

 フェルマウスはゆっくりと頷く。

 ハイアやミュンファといった若い人間以外は全員身体を強張らせた。

 

「なんさ? その『人間凶器』ってのは」

 

『ありとあらゆる刀術を極めた傭兵。彼の刀術は辺りに血の雨を降らし、汚染獣も武芸者も血の海に沈む。彼の味方以外立っているものはない。金次第で味方も平然と斬り殺していくところから、『人間凶器』という二つ名がつけられた』

 

「……そいつが今、ツェルニにいるのかい?」

 

『おそらく間違いない。そんな人物が、ルシフという男の呼びかけに応じ、ここまで来た。もし他の四人も同じレベルの武芸者だったとしたら、ルシフに手出しするのは危険だ』

 

「なら、どうするんさ?」

 

『とりあえず、私が念威端子で『人間凶器』と話をしてみよう。金額次第で味方に引き込めるかもしれない』

 

「……ふーん。それじゃあ、これからの行動はフェルマウスとそいつの話し合いが終わったら考えるさ~」

 

 ハイア以外の全員が頷いた。

 ハイアはバスから出て、バスの上に跳び乗った。

 周囲からの目がなくなり、ハイアは深呼吸をして身体をリラックスさせる。

 途端にハイアの身体が僅かに震えだした。

 抑え込んでいた恐怖心が、気の緩みとともに外に溢れ出す。

 ルシフへの恐怖。

 何もできず一方的に壊された恐怖が、ルシフと戦おうと考える度に暴れだす。

 

 ──大丈夫さ。廃貴族を暴走させないように戦えば、おれっちたちだけであいつを捕まえられる。

 

 ハイアはバスの上に寝転がった。

 空には星空が広がり、満月が見えた。

 汚染物質の少ないところに今いるらしい。

 

 ──見ていてくれ、リュホウ。廃貴族を手土産にグレンダンに帰って……必ず天剣を手に入れてみせるから。

 

 リュホウとレイフォンの師であるデルクは兄弟弟子だった。

 リュホウはよくハイアにデルクの話をした。

 デルクの弟子が天剣授受者になったと聞いて、リュホウは本当に嬉しそうだった。

 ハイアの顔が歪む。

 おれっちがいるのに、なんであんたは他人の弟子でそんなに喜んでいるんだと、その時感じた。

 兄弟弟子のデルクの弟子が天剣授受者になれて、リュホウの弟子であるおれっちがなれない筈がない。

 天剣授受者になれば、リュホウの方が優れていると、きっと周りに知らしめられる。

 たとえリュホウがもういなくても、リュホウの弟子としてやらなければならない。

 ハイアは自身の錬金鋼を握りしめた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 薄暗い室内。

 中央部にあるバーのカウンター席で、グラスを傾けている髭を生やした中年の男性がいる。

 

「あ~、仕事終わりのコレはやっぱたまんねぇわ」

 

 バーテンダーの女子生徒が苦笑する。

 

「先生、飲み過ぎ。もう五杯目だよ。ま、こっちは儲かって嬉しいけどね」

 

「可愛い姉ちゃんがいるから酒が進んで仕方ねぇんだわ。それに、愛想もいいしスタイルも抜群。こりゃ周りの男がほっとかねぇな」

 

「おだてても代金はまけないからね!」

 

「はははははッ、そりゃ残念!」

 

 会話を楽しみながら、中年の男性は何度もグラスを傾ける。

 

「あッ!」

 

 不意にバーテンダーの女子生徒が声を上げた。

 中年の男性はグラスをカウンターテーブルに置き、目線だけ左横に向ける。

 中年の男性から少し離れた左横の位置に、花弁のような形をした念威端子が浮いていた。

 どうやら外から入ってきたようだ。

 

『少しだけお時間よろしいでしょうか? エリゴ殿』

 

「……少し待っててくれ」

 

 エリゴはグラスに残っている酒を一気に飲み干した。

 財布から酒の代金を出しながら、席を立つ。

 

「最高の酒と時間だったわ。ありがとよ」

 

「お礼なんていらないよ。……はい、お釣り」

 

「釣りはいらねぇ。姉ちゃんにサービスだ」

 

「え? いいの?」

 

「姉ちゃんのおかげで楽しく酒が飲めたからよ、ほんの気持ちだ。悪いと思うなら、次来た時もっと俺の相手をしてくれ」

 

「あははっ、そうするよ。今日はありがとう、先生」

 

 エリゴはカウンターに背を向けた。

 

「念威端子のお相手さん、俺にどんな用があるかは知らねぇが、周りに人がいねぇほうがいいんだろ? 俺に付いてこい」

 

『分かりました』

 

 エリゴと念威端子はバーから出ていった。

 

 

 

 エリゴと念威端子は中央部から大分離れ、今は使われていない建造物が立ち並ぶ寂れた通りまできた。

 

「この辺ってとこか」

 

 エリゴが近くの段差に腰を下ろす。

 

「さて、俺に用があるんだろ? 話してみ」

 

『分かりました。話の前に、まず私の自己紹介を。私はサリンバン教導傭兵団のフェルマウス・フォーアと申します。あなたはエリゴ・ゼウス殿で間違いないでしょうか?』

 

「ああ、合ってる」

 

『『人間凶器』のエリゴ殿でよろしいでしょうか?』

 

「……そんな風に呼ばれてた時もあったなぁ」

 

『…………』

 

「なんだ? 黙っちまって……」

 

『いえ、先程のバーのやり取りを見ていたら、あなたが『人間凶器』だと信じられなくなりまして……』

 

「はははっ、それは良かった」

 

 念威端子の向こうで咳払いをする音が聞こえた。

 

『……んんっ! エリゴ殿、さっそく本題に入らせてもらいます。サリンバン教導傭兵団の仲間になっていただきたいのです』

 

「無理」

 

『即答!?』

 

「話がそんだけなら、俺はいくわ」

 

 エリゴが立ち上がり、自分の寮がある方に歩きだした。

 

『待ってください! いくら出せば仲間になってくれるんです?』

 

 エリゴの前に立ち塞がるように念威端子が移動する。

 エリゴはため息をついた。

 

「たとえ一生遊んで暮らせる額を出されても、お前らの仲間にはならねぇわ」

 

『どうしてなんです? あなたはお金次第でどの相手とも組む傭兵だったと私は記憶しています』

 

「ああ、当たってる。それが俺の生き方で、俺が出した答えだった。けど、違ってたんだよな~。俺は結局楽に生きたかっただけだったんだわ」

 

 エリゴは錬金鋼に視線を落とす。

 この世界は強い都市が生き残るようになっている。

 だから傭兵になり、各都市を渡り歩く生き方を選んだ。

 都市と心中なんて御免だ。反吐が出る。

 金さえもらえばどんな相手も斬り殺した。

 血も涙もない鬼だと、後ろ指を指されたこともある。

 そう言われた時、いつもこう思っていた。

 

 ──都市間戦争になればどんな相手でも殺そうとするくせに、自分を棚に上げて何を言ってるんだ?

 

 全く知らない、恨みもない都市の武芸者を、自らの都市の存続のために殺す。

 俺と何が違うと言う?

 お前らは自分が生きるために都市を選び、俺は自分が生きるために金を選んだ。

 たったそれだけの違いだろ。

 そんな考えは、ルシフ・ディ・アシェナという一人の子供に粉々にされたわけだが。

 

『……楽に生きる? 私の目には過酷な生き方に見えましたが……』

 

「楽だった。自分の命だけ守ればよかったもんな。けど、もうやめちまった。金よりも、自分の命よりも魅力的なもんに出会ったんだ」

 

『それは……』

 

「ルシフ・ディ・アシェナ。俺はな、あの人に夢を見てる。あの人が目指すもんのためなら死んでもいいと、自分の命をあの人に預けてんだ。だからよ、俺はあの人以外のために刀は振るわねぇ」

 

『……ルシフという男は、あなたがそこまで惚れ込む程の魅力が……?』

 

 エリゴは目を細めた。

 

(とき)が来たんだと思う。この世界の在り方そのものが変わる秋が。誰もがずっと待ち望んでいた秋が」

 

『……それを成すのがルシフだと……?』

 

「俺はそう信じてる。だから、旦那の邪魔した時は──」

 

 エリゴの目に鋭い光が宿る。

 

「お前ら一人残らず斬り倒すぜ」

 

『……ッ!』

 

 念威端子だからこそ、エリゴが放った闘気に耐えられたのだろう。

 もしフェルマウスが生身でこの場にいたら、その闘気にあてられ身体をすくませた筈だ。

 エリゴは闘気を消し、ニッと笑みを浮かべた。

 

「ははっ、誘ってもらったのに悪いな」

 

 エリゴは歩みを再開させた。

 フェルマウスの念威端子はエリゴを今度は止めなかった。

 止めても無駄と悟ったからだ。

 エリゴが背をむけながら手を振っている。

 

『……あれ程の人物にああも心服されるルシフ……もしかしたら、私たちが思っている以上にあの男は深いのかもしれない』

 

 念威端子は高く浮かび上がり、サリンバン教導傭兵団のバスに向かって飛んだ。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 放浪バスの中、ハイアは自分の場所に座っていた。

 ハイアの目の前にはフェルマウスが立っている。

 

「そうか。駄目だったかい」

 

『団長、やはりルシフに手を出すのは危険すぎる。交渉で終わるべきだ』

 

「そうはいかないさ」

 

『ハイア!』

 

「『人間凶器』なんて言われる節操のないヤツに、おれっちが負けるわけないさ」

 

 フェルマウスはハイアの両肩を掴んだ。

 

『冷静になれ、ハイア。何を焦っている? グレンダンに応援を頼んだのはお前だろう?』

 

 ハイアはフェルマウスから目を逸らした。

 

「そうさ。あれはおれっちなりの覚悟さ~」

 

 グレンダンの応援が来たら、サリンバン教導傭兵団の出る幕は無くなる。

 そうなれば、ハイアの廃貴族を手土産に天剣授受者になるという計算が崩れさる。

 しかし、それに固執し、サリンバン教導傭兵団がルシフを捕まえられなかった場合、廃貴族の宿主であるルシフを逃がしてしまうかもしれない。

 ハイアはグレンダンの利と自らの野望を天秤にかけ、グレンダンからの応援がくるまでをサリンバン教導傭兵団でルシフを捕らえられる制限時間にした。

 

「なぁ、フェルマウス。おれっちたちは戦場で生きてきた。雇われれば、どんなヤツが相手でも逃げずに立ち向かった。おれっちはそれがサリンバン教導傭兵団の誇りだって思ってるさ~」

 

 いつの間にか、ハイアの周りには団員が集まっていた。

 ハイアはその一人一人の顔を順番に確認していく。

 

「強制はしないさ~。ルシフを本気で捕まえたいヤツだけ、おれっちの力になってくれればいい」

 

 団員たちのざわめきがバスの中を埋め尽くした。

 ハイアは困惑した顔の団員たちを見据える。

 

「ただ──サリンバン教導傭兵団は弱いヤツに威張り散らし、強いヤツに怯えて震えるような駄犬の集まりじゃないと、おれっちは思ってる」

 

 ハイアはそれだけ口にすると、団員たちにあっちに行けと言うように虫を払う仕草をする。

 団員たちは固い表情をしながらもハイアの手の動きに従い、ハイアの場所から離れていった。

 

 

 

 翌日。

 ハイアは放浪バスの前に立っていた。

 これからルシフの元に交渉しに行き、失敗したら再び闘いを挑むのだ。

 ハイアの周囲にはフェルマウスとミュンファがいる。

 サリンバン教導傭兵団の団員も半数いた。

 残りの半数はまだバスの中にいるようだ。

 

「フェルマウス、ルシフはどこにいるさ?」

 

『中央部から少し離れた通りを歩いている。周囲にはルシフの他に三人。ルシフから少し離れたところにレイフォン・アルセイフと八人』

 

「オーケー、そこまでナビ頼むさ~」

 

『了解した』

 

 ハイアは剄を高めて活剄で脚力を強化し、ルシフのいるところに向けて駆ける。

 ハイアの後ろを、外に出ていたミュンファと団員の半分が少し離れてついていっていた。

 フェルマウスはその場から動かず、ハイアたちが消えていった方向に仮面を向けていた。

 

「ルシフに敵意がないと思わせるために、おれっち一人でルシフに接触する。おれっち以外は離れたところで待機さ~」

 

 ハイアは駆けながら、通信機に指示を出す。

 

『了解』

『了解です』

『了解しました』

『了解ッ!』

 

 通信機から、ついてきた彼ら一人一人の返事が聞こえた。

 ハイアは跳んで、建物の上に着地した。建物を踏みしめ、前に蹴る。その力で自分の身体を押し出し、更に加速。その後ろを団員たちが同じようにしてついてくる。

 ハイアは跳び、次の建物に着地し建物を蹴った。それを繰り返しながら、ハイアは目標の場所を目指して疾走する風となった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 ルシフは不意にあらぬ方に目をやった。

 ルシフから三歩後ろを歩いていたマイ、バーティン、レオナルトも一瞬遅れてルシフと同じ方を見た。

 赤髮の少年──ハイアが建物から飛び降り、ルシフの前に着地した。

 ハイアはルシフを見た後、その後ろにいるマイを見て顔をしかめた。

 

「そこの念威操者……お前の仲間だったんか?」

 

「ルシフちゃんをお前呼ばわり!? このガキ、修正してや──」

 

「バーティン」

 

 ルシフがハイアに飛びかかろうとするバーティンを右手で制した。

 

「下がれ」

 

「でも──」

 

「聞こえなかったか?」

 

 バーティンは不服そうな表情をしながらも、飛びかかるのを止めた。

 

「確かに俺の念威操者だが、それがどうした?」

 

「そいつはおれっちの家族に重傷を負わせた。そいつがお前のなら、お前たちはサリンバン教導傭兵団を完全に敵に回したさ」

 

「何事だ!?」

 

 そこにルシフから少し離れた場所にいたニーナやレイフォン、ミィフィ、ダルシェナといった合宿に参加していた面々が騒ぎを聞きつけ駆けてきた。

 ルシフや彼らは合宿が終わり、合宿所から寮へ帰るところだったのだ。

 

「レイフォン・アルセイフ……!」

 

 ハイアはレイフォンを見ると目の色が変わった。

 ルシフに『剣』でサイハーデン刀争術を教えたのを思い出したのだ。

 レイフォンは以前ハイアと武器を交えた時のことを思い返した。

 

「君は確かサリンバン教導傭兵団の……まだツェルニにいたのか」

 

「なぁ、ヴォルフシュテイン。いくら元天剣授受者だったとしても、調子に乗りすぎさ~」

 

「……天剣……授受者?」

 

 その場にいたメイシェンが呟く。

 レイフォンは舌打ちし、ハイアを睨んだ。

 

「なんの話だ?」

 

「とぼけるなよ。ルシフにサイハーデン刀争術を教えたんだろ? 剣術として。よくもそんな舐めた真似ができるさ。お前にとってサイハーデン刀争術は、その程度のものなんか?」

 

 レイフォンはハイアの言葉に困惑した。

 レイフォンはルシフにサイハーデンの技を教えた覚えはないし、刀を使用したサイハーデンの剄技を天剣授受者になった頃から今まで一度として使ってない。

 レイフォンはルシフを見た。

 怒りがこみ上げてくる。

 この男は平気な顔をして大事なものを壊していく。

 それが堪らなく許せなかった。

 レイフォンは深呼吸し、冷静さを取り戻す。

 自分は一度もサイハーデン刀争術をルシフに見せていないのに、ハイアはルシフがサイハーデンの技を使ったと言っている。

 ルシフは一目見るだけでその剄技を理解できる、自分と似たような力を持っているのをレイフォンは思い出した。

 咆剄殺を、ルシフは一目見ただけで会得したのだ。

 

「僕はルシフにサイハーデンの技を一度も教えてない」

 

「ウソさ! 現にルシフはサイハーデンの技を使った!」

 

「そのことで一つ確認したい。ルシフは君が使った技と違うサイハーデンの技を一度でも使ったか?」

 

 ハイアはルシフと闘った時を思い出す。

 

「それは……ないさ。けど、奴はどっちのサイハーデンが上かと言ってきた。おれっちと同じ技をあえて使ってきただけだろ」

 

「なら、君より先にルシフがサイハーデンの技で仕掛けたことは?」

 

「それもないさ。ルシフはおれっちが使った技をすぐ後に使ってきた。いわば常に後出しだったさ~。けど、それがどうした? サイハーデンの技を使ったのに変わりはない。そして、この都市にサイハーデンの武門の人間がお前しかいない以上、お前以外にルシフに技を教えられた奴はいないさ~。

それに、奴はおれっちがサイハーデンの名前を口にする前に自分はサイハーデンの武門だと言った。お前が教える以外で、どうやってサイハーデンの名前を知れるんさ」

 

 レイフォンはツェルニに来たグレンダンの女王の話で、ルシフがグレンダンを毎年探っていたのを思い出した。

 もしルシフがサイハーデン刀争術の名前だけ知っていたとしたら?

 サイハーデンの技を盗むためにあえてハイアを怒らせるようなことを言い、サイハーデンの技を多用するように仕向けたとしたら?

 しかし、疑問も残る。

 どうやってハイアがサイハーデン刀争術の使い手だと分かったか。

 サイハーデンに独特の構えは少ない。構えを見ただけで特定できるほど癖がある刀術ではないのだ。

 もしかしたら、ルシフはハイアのことを事前に知っていたのかもしれない。

 

  ──ルシフ、君はサイハーデンが刀を使う武門と知っていたうえで、僕から剣術として教えられたと、そう言ったのか。ハイアを怒らせる……たったそれだけのために、僕のサイハーデンに対しての思いも決意も全て踏み(にじ)ったのか。

 

 レイフォンは両拳を握りしめた。

 

「ルシフはグレンダンの情報を長い間探っていたと、数ヶ月前にツェルニに来たグレンダンの女王が言っていた。ルシフは事前にサイハーデンの名前を知っていた可能性がある。それに、ルシフは一目みるだけで他人の剄技を己のものにできる。ルシフにサイハーデンの技を教えたのはハイア、君の方だ」

 

「ツェルニに女王が来た……? はっ、寝言は寝て言え! 女王がこんなとこに来るわけないさ~」

 

「いや、本当に来ていたぞ。ルシフにグレンダンに喧嘩売ったらどうなるか教えるとか言って、ルシフを叩きのめして去っていった」

 

 ニーナが口を挟む。

 ハイアは驚愕した。

 

「そんなまさか……なら、今ヴォルフシュテインが言った、おれっちの剄技をルシフが盗んだってのも本当なのか?」

 

「ああ、本当だ」

 

 ルシフがハイアに声をかけた。

 

「ただ、盗んだだと聞こえが悪い。ハイア師匠からサイハーデン刀争術を教えていただいた、と言うのが正しいかな」

 

 ハイアの頬に、かすかな赤みがさした。

 ハイアの纏う剄がハイアの周りを荒れ狂っている。

 怒っていると、レイフォンは感じた。

 ルシフの明らかな皮肉。もし自分が同じ言葉を言われたとしても、ハイアと同じ反応をするだろう。

 

「どこまで……どこまで人をバカにすれば気が済むんさ! お前は!」

 

「わざわざそんなことを言うためにここに来たのか? 暇なヤツだな」

 

 ハイアの中で、何かがキレた。

 ルシフと交渉するという考えは遥か彼方に吹っ飛んだ。

 ハイアは錬金鋼を抜き復元。

 ハイアの手に刀が握られる。

 ハイアは刀を上段からルシフ目掛けて振り下ろした。

 ルシフはそれを見て動こうとすらしない。

 それでも、ハイアは刀を振るう力を弱めなかった。常人なら真っ二つになるだろう。

 ルシフの首筋に刀が斜めに当たる。

 瞬間、ハイアの持つ刀が粉々になった。

 

「……は?」

 

 ハイアは呆然と刀が粉々になる様を見ていた。

 

 ──なんさコイツ……廃貴族無しのコイツはおれっちと互角以下の筈……。

 

「相手の度量も分からん二流が……」

 

「がっ……」

 

 ルシフの右拳がハイアの腹部に突き刺さった。

 

「身のこなし、反応、剄のコントロール、今まで磨きあげた技のキレ……なかなかのものではあるが、それに自惚れ自分だけにしか目がいっていない」

 

「……何を、言ってる……」

 

 ルシフがハイアを蹴りあげた。

 ハイアは空中で一回転し、受け身の体勢になる。

 ルシフは跳んでハイアの上から踵おとし。ハイアを地面に叩きつけ、そのままハイアの背を踏みつける。

 

「噛みつく相手は選べ、と言っている。身の程知らずが」

 

 ハイアは唇を痛いほど噛みしめた。噛みしめた唇から血が垂れていく。

 ハイアの胸中にあるのは屈辱。悔しさ。怒り。自身の無力さ。

 それらが混ざり合い、ルシフへの憎悪に近い感情に変化していた。

 ルシフは踏みつけていた左足で、ハイアの横腹を蹴り飛ばす。

 ハイアの身体が吹き飛び、建造物にぶつかった。

 その時にはもう、ハイアの前にルシフがいた。

 そこで、ハイアの視界は暗転した。

 ルシフはハイアに背を向け、マイたちがいる方に歩を進める。

 ルシフは自分の後方に多数の気配を感じた。

 ハイアの後方で様子を窺っていたサリンバン教導傭兵団の団員たちが、ハイアを助けるためにハイアの元に来たのだ。

 各々がそれぞれ武器を構え、ルシフを警戒している。

 ルシフにこちらを襲ってくる気がないと悟ると、彼らはハイアを連れて跳び、建物の裏に消えていった。

 ルシフは振り返って彼らが消えていった方を一瞥すると、再び前を向いて歩き始める。

 ルシフはまだ知らない。

 この時のやり取りが、後にある悲劇のきっかけになることを。


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