鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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第37話 学園都市マイアス

 何もない暗闇に、無数の光が広がっている。

 まるで暗闇に浮いているように、俺の身体はそこにあった。

 俺はただその場に立っている。少なくとも、俺はそう思っている。しかし、まるで自分が猛スピードで暗闇を疾走しているかのような錯覚をしてしまう。

 周りの光が流星となって、彼方に次々と消えていくからだ。

 俺は視線を周囲から正面に戻す。光が溢れている扉のような形のものがどんどん近付いてきていた。

 光の扉に、自分の身体が呑み込まれる。

 瞬間、暗闇と光の線しかなかった世界に色彩が広がった。

 

 

 気が付けば、目の前に様々な料理と飲み物が置かれたテーブルがあった。

 身体がふわふわと地に足つかない心地で、まるで自分という存在がこの地に定まっていないような感覚。

 まだ借り物の力であるが故の不安定な状態。

 だが、確信がある。

 俺が試したかったことは成功した。

 電子精霊には『縁』と呼ばれる電子精霊同士の独自のネットワークがある。電子精霊と融合した人間は自身の内にいる電子精霊を通して、そのネットワークに介入できる。電子精霊同士の会話に参加することができるのだ。

 それともう一つ、『縁』を使ってできることがある。

 電子精霊から『縁』を得た人間は、『縁』に自らの存在を介入させ、『縁』がある他都市に移動することができる。分かりやすく例えるならば、別人格の知識にあった電車のようなものか。多数の駅があり、線路さえ敷けばその場所に行ける。

 当然全ての電子精霊と『縁』を持っているのはごく少数しかおらず、大抵は似たような都市との『縁』しか持っていない。

 故に、今の段階ではどの都市でも行ける万能の力ではない。しかも不完全。

 しかし、今はその力を使える資格があると分かっただけで十分。

 後は、不完全な俺を完全にする境界の繋ぎ手が現れるのを待つだけだ。

 それまでは、まどろみに身を任すとしよう。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 

 リーリン・マーフェスは不機嫌だった。

 グレンダンから放浪バスに乗り、ツェルニに向かう途中に中継した都市、学園都市マイアス。

 そこの都市の来訪者宿泊施設でくつろいでいたところ、都市警察機動部隊と名乗ったリーリンと同年代くらいの少年たちが銃を突きつけ、施設にいた宿泊客全員を無理やりロビーに集めたのだ。

 その後、一人一人事情聴取と荷物検査をされた。その際、リーリンの持つレイフォンに届ける錬金鋼(ダイト)を危険物と判断され、事件が解決するまで取り上げられてしまった。

 これがリーリンを不機嫌にしている理由の内の一つだろう。

 そして、事情聴取と荷物検査が終わって二日が経過した。未だにこの軟禁状態が続き、武装している学生の遠巻きな包囲は解かれず、自分に割り当てられた部屋とロビーを行ったり来たりするだけの日々が続いている。

 これもリーリンが不機嫌になっている理由の一つ。

 現在は昼食の時間になっている。

 

「穏やかじゃない時間が続きますね」

 

 サヴァリスがテーブルに座っている。彼の前には大量の料理が盛り付けられた大皿。取り放題形式の昼食のため、好きな料理や飲み物を好きなだけ食べたり飲むことができた。

 普段のリーリンなら喜んだだろうが、今のリーリンはこの異様な雰囲気に疲労し、食欲がない。

 リーリンは向かいに座るサヴァリスの方を見る。

 リーリンはサヴァリスが天剣だと知っている。

 

「周りを取り囲んでいる彼らから、尋常ではない緊張を感じます。おそらく、何か重大な問題が起きているのでしょう」

 

 腰まである黒髪を後ろでひと纏めにしている美人──カナリスも同じテーブルに座っている。彼女の前にも料理が盛り付けられた皿があるが、量は普通だった。

 彼女も天剣だとリーリンは知っている。

 

「しかし、こうも周りから拙いながらも闘気を浴びせられ続けると、身体が疼いて仕方ないな」

 

 短く刈り込まれた灰色の髪をし、顔に深くしわが刻まれた老齢の男性──カルヴァーン・ゲオルディウス・ミッドノットも同じテーブルに座っている。武芸の本場──グレンダンの武門の中で、最も栄えていると言われるミッドノットの創始者。

 彼の前にある皿も、カナリスと同程度の料理の量が盛り付けられていた。

 やはりサヴァリスが異常な食欲の持ち主なだけだ、とリーリンは思った。

 彼も天剣。

 彼ら三人が天剣授受者と分かったのは、放浪バスが出発してすぐのことだった。

 リーリンのすぐ近くに彼ら三人は座り、ガハルドの一件でサヴァリスの顔を知っていたため、リーリンはサヴァリスが天剣だと分かり、サヴァリスがリーリンに放浪バスに乗った目的を口にした。

 その際、カナリスとカルヴァーンがリーリンに自己紹介し、リーリンは天剣授受者が三人もグレンダンから離れることを知った。

 彼ら三人は女王の命であるものを取りに別の都市に行くらしく、途中までは同じルートを辿るため、こうして一緒に行動している。

 リーリンは三人が錬金鋼を身につけていることに、今更ながら気付いた。

 

「あの……三人とも錬金鋼は取り上げられなかったんですか?」

 

 天剣三人は互いに顔を見合わせた。

 

「まぁ、奪われそうになりましたけど、『この錬金鋼は死んでも渡すなと命令を受けているから、錬金鋼を取り上げるならまず僕を殺してほしい』って言ったら、荷物検査の学生が顔を引きつらせて『そういう事情なら……』と見逃してくれたんですよ。話が分かる人で助かりました」

 

 サヴァリスが料理を楽しみながらそう言った。

 リーリンは絶句し、言葉を失った。

 数秒後、リーリンは声を荒らげる。

 

「脅迫じゃないですか!」

 

「え? そうなんですか? 僕は事実を口にしただけなんですけどねぇ」

 

 サヴァリスは首を傾げている。脅迫したとはまるで思っていないようだ。

 リーリンは他の二人の方を見た。

 

「お二人もまさか……」

 

「似たような感じです」

 

「うむ」

 

 カナリスとカルヴァーンも平然とした表情で料理を食べている。

 リーリンは頭を抱えたくなった。

 

 ──天剣授受者ってみんな少しズレてるのかな。

 

 その話を聞けば、周りを包囲している学生たちが重度の緊張状態にあるのもこの天剣三人のせいではないか、とリーリンは思った。

 指示に従わず、武器を所持している三人が彼らにとって脅威なのは間違いない。

 

「それにしても、何がこの都市で起きてるんですかね?」

 

 この都市で事件が起き、重要な物が盗まれた。

 学生たちから伝えられたのはこれだけで、事件の詳細すら説明しない。

 いつまでこの軟禁が続くのか。

 それすら分からない現状はただ苛立ちを募らせる。

 

「何かが盗まれ、盗んだ可能性がある人間が僕たち、外から来た人間だけなんでしょう」

 

「盗まれたって……荷物検査は全員したんですから、この場にいる人間に犯人はいないんじゃ……」

 

「なら、解放されない答えは簡単です」

 

 カナリスが食事を終え、フォークを皿の上に置いた。

 

「盗まれたと分かっているけど、盗まれたものがどういうものか分かっていない。それしかありません」

 

「盗まれたものがどういうものか分かっていない……?」

 

 カナリスの言葉に、リーリンは困惑を返すしかなかった。

 盗まれたものが分からない。そんなこと有り得るのだろうか。

 

「リーリン殿」

 

 カルヴァーンがリーリンの方に顔を寄せる。

 

「この都市の足は止まっております」

 

「……え?」

 

 都市の足は都市に生きるものにとって生命線。

 だとすれば、これほどまでの用心深さも納得できる。

 つまり彼らは、都市の足を動かしていた物を探しているのだろう。事件の詳細を話さないのも当然と言える。

 そんなことを知られれば、あっという間にパニック状態になるだろう。

 そこまで考え、リーリンの頭に一つ疑問が浮かび上がった。

 

「どうやってそれを知ったのです?」

 

「施設から抜け出して」

 

 施設は見張りが巡回していて、部屋にいるかどうかの確認も逐一行われる。

 施設から抜け出したらすぐに発覚する筈だ。

 リーリンの思考を読んだのか、サヴァリスはカルヴァーンから話を引き継いだ。

 

「見張りがいるっていっても、今の彼らに人的余裕はないですよ。非常事態なわけですし。即興の見張り体制なんて、穴があって当然です」

 

「三人とも足が止まってるのを確認したんですか?」

 

 三人は同時に頷いた。

 

「なら、盗まれたものって……?」

 

「都市の足には電子精霊の意思が宿ります。つまり、この都市の電子精霊が盗まれたのでしょう。おとぎ話みたいな話ですけどね」

 

「電子精霊を盗む? そんなことできるんですか?」

 

 リーリンは電子精霊を盗むイメージが掴めなかった。リーリンは電子精霊がなんなのか知らないから、そうなるのも無理ないかもしれない。

 

「さぁ? だから彼らも困って僕たちを解放できないんじゃないですか?」

 

 頭の中を覆っていた霧が晴れたようだった。

 何故この状態が解かれないのか理由が分かり、リーリンの苛立ちは少し収まった。

 リーリンは席を立ち、食後の紅茶を取りにいく。

 紅茶を取りにいく途中、不思議な少年を見た。

 料理と飲み物があるテーブルの前で立ち尽くしている。

 リーリンが目を引いた一番の理由は、なんといっても身に付けている六つの錬金鋼。

 危険物として取り上げられる筈なのに、平然と持っている。隠す気もない。

 リーリンは眉をしかめた。

 もしかしたら、自分だけ女で一般人という理由でナメられて錬金鋼を取り上げられたんじゃないだろうか。

 そう考えたら、また腹が立ってきた。

 目を引いた理由はまだある。

 

 ──あんな男の子いたっけ……?

 

 赤みがかった黒髪。あの髪の色は初めて見た。一度でも見ていたら、絶対に頭の片隅に残る。

 リーリンたちの後にこの施設に来た人はいないから、あの少年は自分が乗っていた放浪バスに乗っていたか、元々軟禁されていた人になる。

 しかし、どれだけ記憶を辿っても少年の姿はなかった。

 リーリンの足は自然とその少年の方に向いていた。

 どこか困っているように見えるから、という理由もあるかもしれない。

 しかし一番の理由は、同い年くらいの人が軟禁されている人の中にいないからだろう。一番年が近いのはサヴァリスで、リーリンの乗っていた放浪バスは年上ばかりだった。

 

「あの……どうしたの? 料理が食べたいならあそこにある取り皿に好きなだけ取ればいいよ」

 

 少年はリーリンの方を見た。

 リーリンは少年の前で取り皿がある方に指を指す。

 

 ──きれいな男の子だなぁ。

 

 指を指しながら、リーリンは少年の顔を正面から見てそんなことを思った。

 しかも、ただきれいな顔をしているだけじゃない。しっかり引き締まった身体は、これでもかというほど少年の男としての魅力を引き出していた。

 少年はリーリンの後方に視線を向け、一瞬鋭い目になった。

 

 ──……え?

 

 リーリンの身体は何かに縛られたように硬直する。

 紛れもなく、この感覚は恐怖。

 リーリンの後方でガタッという音が三つ連鎖した。

 少年はふたたび視線をリーリンの方に向け、柔らかい笑みを浮かべる。

 リーリンを襲った恐怖は消え去り、リーリンは身体の自由を取り戻した。

 リーリンは何故恐怖を感じたのか内心で首を傾げながら、後方を振り返る。

 サヴァリス、カナリス、カルヴァーンが立ち上がって驚愕の表情でこちらを見ていた。正確にはこの少年を。

 

「ご丁寧に教えていただき、ありがとうございます」

 

 リーリンは少年の方に顔を戻した。

 少年はにこにこと愛想の良い表情をしている。大抵の女の子はこの表情で話しかけられただけで好きになってしまうかもしれない。

 しかし、リーリンには効かなかった。

 

「どういたしまして。食事の時間、もうすぐ終わりだから早く食べた方がいいよ」

 

「分かりました」

 

 少年は取り皿がある方に歩いていく。取り皿の付近に飲み物も置かれているため、リーリンも少年に付いていった。

 

「わたしはリーリン・マーフェス。あなたは?」

 

「私の名前はルシフ・ディ・アシェナと言います。リーリンさんですか。美しい響きがあるとても良い名前ですね」

 

「あ、ありがと……」

 

 リーリンは少し顔を赤らめた。

 その気はないのだろうが、ここまで素直に褒められるとさすがに照れる。

 ルシフはリーリンの目をじっと見つめていた。

 リーリンは怪訝そうな表情になる。

 

「……何?」

 

「いえ、リーリンさんの目、宝石のラピスラズリのように美しい色をしていたのでつい見入ってしまって……」

 

「……もう。あんまりそういうこと初対面の人に言わないの」

 

「どうしてです?」

 

 ルシフは首を傾げている。

 リーリンは小さく息をついた。まだ頬は熱い。

 

 ──この男の子もレイフォンと同じタイプなのかな。自覚がないままたくさんの女の子を泣かしそうね。

 

 ルシフは料理を適当に取り皿に取り始めた。

 リーリンも紅茶をカップに注ぐ。

 

「ところで、どうして錬金鋼取り上げられなかったの?」

 

「私は影が薄いせいか、荷物検査されなかったんですよ。ラッキーでした」

 

 絶対ウソだ、とリーリンは直感した。

 この少年は人の目を引き付ける。

 ありとあらゆる意味で常人の見た目と違っているからだ。

 しかし、今までリーリンがルシフに気付かなかったのは事実。

 そう思えば、気付いたら目が離せなくなるが、気付くまでは目に付かないのかもしれない。

 そんな意味不明な思考を巡らして、リーリンは無理やり自分を納得させた。

 だが、影が薄いだけで気付かないわけがない。

 

「……嘘でしょ?」

 

 リーリンがジト目でルシフを見る。

 

「バレました?」

 

「当たり前!」

 

「あははッ、ちょっとした冗談です。錬金鋼を消してたんですよ」

 

「錬金鋼を消す……?」

 

 そんなことができるなんて、リーリンは今まで聞いたことすらなかった。

 

「剄を光が反射しなくなる性質に変化させて、その剄で錬金鋼を包むんです」

 

 ルシフは錬金鋼を一つ手に取り、言った通りにやって見せる。

 リーリンの目から錬金鋼がパッと消えた。

 

「わッ、すごい!」

 

 リーリンは思わず拍手した。

 ルシフの手にふたたび錬金鋼が現れる。

 

「あ、もしかして今まで姿が見えなかったのも、その剄技で姿を隠してたから?」

 

 ルシフは笑みを浮かべたまま頷いた。

 

「ええ。ただ、この施設の外にいる学生たちもここにいる学生たちのように気を張っていて、放浪者は見つけ次第すぐに捕まりそうな雰囲気が漂っていました。行くあてもなく、この剄技にも時間制限があるので、大人しく捕まろうと姿を隠すのをやめたんです」

 

 成る程、とリーリンは合点がいった。

 それなら今までルシフの姿に気付かなかったのも納得できる。

 

「面白い剄技使うんだね。わたしはグレンダンから来たんだけど、そんな剄技見たことないなぁ。

あッ、そうだ。よかったらわたしのテーブルで食べない? わたしのテーブルにとても強い武芸者が三人いるんだけど、きっと剄技の話を聞いたら喜ぶよ。特にサヴァリス様は」

 

 ルシフの表情から一瞬笑みが消えた。

 しかし、その表情はすぐに柔らかな笑みに変わる。

 

「……とても強い武芸者ですか。それは興味深いですね。是非ご一緒したいです」

 

「ならこっちに来て。案内するから」

 

 リーリンはカップを手に持って自分のテーブルを目指して歩き出す。

 ルシフがリーリンの後ろを付いていこうとして、後方から左肩を掴まれた。

 

「…………」

 

 ルシフは無言で後方に顔だけ向ける。

 包囲している内の一人の学生がルシフの左肩を右手で掴んでいた。

 

「……あなたはまだ、事情聴取と荷物検査をしていません。私の指示に従ってもらえますか?」

 

「……分かりました」

 

 ルシフはリーリンの方に顔を向けた。

 

「リーリンさん。また今度、話をしましょう」

 

「……うん。じゃあ、また夕食の時間に」

 

「ええ」

 

 ルシフは三人の学生に連れられ、ロビーから出ていった。

 リーリンはルシフがロビーから連れ出されるのを最後まで見届けた後、自分のテーブルに戻る。

 サヴァリス、カナリス、カルヴァーンは未だに立ち上がったままだ。

 

「……三人ともどうされたんです?」

 

「あの少年、いつからあそこにいました?」

 

 サヴァリスがいつになく真剣な表情でリーリンに問いかける。

 リーリンはその雰囲気に呑まれつつも、言葉を振り絞った。

 

「今わたしも気付いたんです。なんでも彼は姿を消す剄技が使えるらしいので、それで今まで気付かなかったんじゃないですか?」

 

「姿を消す剄技? 詳しく教えてもらえますか?」

 

 リーリンはさっきルシフに説明されたことをそっくりそのまま三人に話した。

 三人は驚愕の表情で言葉を失っている。

 しばらくして、サヴァリスが笑いだした。

 

「ふふ……あはははははは! 聞きましたお二人とも! そんな剄技聞いたことも見たこともない! どうやら想像以上に楽しめそうだ」

 

「笑いごとじゃありません!」

 

「そうだ。それに、何故こんな都市にいる? 奴はツェルニにいるんじゃなかったのか?」

 

 カナリスはハッとした表情になる。

 

「もしかしたらルシフは、廃貴族を奪取するためにグレンダンが天剣授受者を何人かツェルニに送るのを読み、天剣授受者が分散したグレンダンに単独奇襲をかけるつもりなのでは?」

 

 サヴァリス、カルヴァーンの顔に驚きの色が加わる。

 

「成る程……それは十分考えられますね。ルシフは天才的な頭脳の持ち主らしいですから」

 

「となれば、グレンダンに奇襲をかけようとツェルニを出たルシフと、ツェルニを目指していた我らが同じ都市を中継し、かち合ったからこうなったわけか」

 

 そう考えれば、こんな都市にルシフがいる理由も辻褄が合う。

 三人の話し合いが熱を帯びてきたころ、リーリンが気になることを問うため口を挟んだ。

 

「三人はルシフとお知り合いなんですか?」

 

 三人の視線がリーリンに集中する。

 

「噂で知っている程度ですよ。それより、あの少年は名乗ったのですか?」

 

「ええ、ルシフ・ディ・アシェナと名乗りましたけど……」

 

 三人は顔を見合わせ、頷く。

 カナリスがリーリンを見た。

 

「リーリンさん、ルシフは危険です。あまり関わらない方がよろしいかと」

 

「危険? 少し話しましたけど、礼儀正しくて優しそうな男の子ですよ」

 

「それは上辺だけです」

 

「……なら、夕食をルシフと食べる約束をしているので、その時色々ルシフと話してみたらどうです? 話したら印象変わりますよ」

 

 カナリスとカルヴァーンはリーリンの言葉に呆気に取られている。

 サヴァリスは楽し気な笑みを浮かべた。

 

「それは良い! とても楽しい夕食になりそうですねえ!」

 

「……サヴァリス。こういう時、お主の能天気が羨ましいぞ」

 

「……本当ですね。私は楽しく夕食を食べられそうにないです」

 

 カナリスとカルヴァーンは同時にため息をついた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 ルシフは三人の学生に案内された部屋に入る。

 ルシフが入室した後、三人の武装した学生が入室した。

 その部屋は椅子が一脚置かれていて、それ以外の家具は何もない。

 ルシフは感覚を研ぎ澄まし、周囲を探る。念威の波動は感じなかった。

 

「……監視カメラは?」

 

 ルシフが正面を向いたまま、すぐ後方の学生三人だけに聞こえる程度の声量でそう問いかけた。

 

「ありません」

 

 学生の一人が答えた。

 ルシフは一脚しかない椅子に座り、足を組む。

 ルシフの前で学生三人が跪いた。

 

「お久しぶりです、マイロード」

 

「うむ、数年振りだな。ガイア、オルティガ、メッシュ。首尾はどうだ?」

 

 数年振りの再会は見た目が変わっていて気付かない場合があるが、ルシフに関しては無用な心配だった。錬金鋼を六つ身に付けている少年など、ルシフの他にいないだろう。

 学生三人は跪いた姿勢で軽く頭を下げる。

 

「はっ! 武芸科の五分の一はすでにこちら側に引き込んでおります! マイロードの命あれば、今すぐにでもこの都市を内側から切り崩せます!」

 

「ほう……上手いことやってるな」

 

「お褒めいただき、光栄です!」

 

 三人は更に深く頭を下げた。

 

「あの……マイロードがいらっしゃるということは、ついに(とき)がきたのでしょうか?」

 

 三人の内の一人が顔を上げた。

 

「お前たちを他都市に追放する時、俺はなんて言った?」

 

「指示した都市に溶け込み協力者を増やしながら、合図を待て、と」

 

「合図は俺が都市に現れることだったか?」

 

「違います」

 

「なら、俺が言った合図を見るまでこの都市に溶け込め。今は雌伏の時と心せよ」

 

「はっ!!!」

 

 三人の返事が重なった。

 ルシフはそんな三人の姿に満足したように頷く。

 

「よし。なら、この都市が今どんな状況にあるか教えてもらおうか?」

 

「はっ! 現在学園都市マイアスの足は止まっており、汚染獣と遭遇するのも時間の問題かと。足が停止している原因につきましては、機関部の構造的異常はみられず、電子精霊に何かしらの問題が発生していると思われます。ですが、未だに電子精霊の所在は不明。以上です」

 

「成る程、よく分かった。下がっていい」

 

「はっ! 失礼いたします! いつでもお好きなタイミングでロビーにお戻りください!」

 

「うむ」

 

 三人の学生たちは一礼して退室した。

 今、部屋にいるのはルシフ一人。

 ルシフの隣に黄金の粒子が集まり、メルニスクが顕現する。

 

「汝がツェルニの主に隠していたのはこれか」

 

「ふん、俺は平和主義者なんだよ。正面から力で叩き潰して都市を奪ってもいいが、それでは色々面倒だ」

 

「……それが汝なりの優しさか」

 

 ルシフはメルニスクの言葉に顔をしかめた。

 

「一体どこに優しさがある?」

 

「……汝はもう少し素直になった方がいいぞ。さっきみたいにな」

 

 ルシフはリーリンと会話していた自分を思い出し、肩を震わせた。

 

「素直? あれを素直とほざいたか? お前のその角へし折るぞ」

 

「それで気が済むならやればいい。それにしても変わった男だな。自分からああいう人間を演じたくせに嫌悪するのか?」

 

 ルシフはメルニスクの二本の角を掴み、へし折った。

 メルニスクから角が一瞬消えたが、すぐに元通りになる。

 ルシフはふたたび角を掴んだ。

 

「…………」

 

「他人から好かれることしか考えず、他人に媚び下手に出る。醜悪だ。必要とはいえ、自分の顔を殴りたくなった」

 

「本当にひねくれているな、汝は。話は変わるが、そもそも何故あのような人間を演じた?」

 

「あの女の後ろにいた三人、錬金鋼を持っていたろ? 間違いない、あれは天剣だ」

 

 天剣は復元前であっても天剣以外の錬金鋼と形状が異なる。ルシフは復元前の天剣の形状を頭に叩きこんでいたため、一目見ただけで分かった。

 

「天剣授受者か……だが、天剣授受者がグレンダンを離れるなどあり得ん」

 

「あり得ん? 何を言っている、因果応報だ」

 

 メルニスクはしばらく無言になった。

 因果応報が具体的に何を指しているのかを考えているようだ。

 ルシフは暇潰しにメルニスクの二本の角をへし折る。

 メルニスクの角は一瞬で再生した。

 ルシフはメルニスクの角に興味を失い、椅子に座り直す。

 

「……サリンバンとやらを暴走にみせかけて蹂躙した結果と言いたいのか?」

 

「その通り。喜べよ、奴らは俺たちの追っかけだぞ」

 

「汝一人で喜んでおればよかろう。

成る程、さすがの汝も天剣授受者三人は怖いか? 自らの性格すら曲げて、自分は危険な人間じゃないとアピールするほどに」

 

 ルシフの眉がピクリと動く。

 ルシフの性格上、天剣授受者三人を怖がっていると思われるのは屈辱であり、我慢ならないことである。

 ルシフの表情が明らかに不機嫌になった。

 

「この俺があんなクズの下でのうのうとしている連中を怖がるわけないだろう。逆だ」

 

「逆?」

 

「突っかかってこられたら、思わず潰してしまうかもしれんからなァ。

天剣授受者を料理する舞台はしっかり考えてある。そして、その舞台はここじゃない」

 

「なら、関わり合いにならぬようにすればよかろう。何故、あえて接触した?」

 

 ルシフの顔が歪み、邪悪な笑みを形作った。

 

「奴ら、きっとアルシェイラから俺のことを聞かされている。そういう奴らにとても有効な策があるんだ。奴らを物理的に蹂躙はできないが、その代わり、精神の方を徹底的に蹂躙してやる」

 

 いいだろう? それくらい。

 俺だって反吐が出るのを堪えてやってるんだ。俺だけ気分が悪くなるのは不平等だろう?

 なァ、サヴァリス、カナリス、カルヴァーン。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 夕食の時間。

 リーリンの他に天剣三人とルシフが同じテーブルについている。

 

「…………」

 

 カナリス、カルヴァーンは無言でルシフを睨み、サヴァリスは愛想の良い笑みを浮かべている。

 

 ──何? この空気……。

 

 空気が張り詰め、重苦しい。

 一言話そうとするだけで体力を消耗してしまうような緊張感がテーブルを支配している。

 

「えっと、まだわたし料理取ってきてなかったから、料理取ってくるね」

 

 リーリンはそう口にすると、逃げるようにテーブルから去った。

 

「あの女性とあなた方三人はどういうご関係なんです?」

 

 ルシフは去っていくリーリンの後ろ姿に視線を送っている。

 

「貴様が知る必要はない」

 

 カナリスがそう吐き捨て、カルヴァーンは硬い面持ちをしている。サヴァリスは興味深そうにルシフを見ていた。

 彼ら三人の反応を見て、優しげな表情を崩さなかったルシフの表情が変貌する。

 天剣三人はルシフの纏っている雰囲気に苛烈さが加わったのを感じとり、息を呑んだ。

 

「成る程。大切な人物のようだ」

 

 サヴァリス、カナリス、カルヴァーンが天剣に触れながら同時に立ち上がる。

 リーリンに危害を加えるつもりか、と三人とも考えたからだ。

 

「座れよ」

 

 ルシフの声に威圧と覇気が加わり、三人の全身を打った。

 三人は二、三秒呆然とした。今までのルシフと全く異なる表情、口調、雰囲気だからだ。

 正体をみせた、と三人は思った。ここにいるルシフがアルシェイラから話を聞いていた危険人物だと確信したのだ。

 緊張した面持ちで、三人は天剣を抜き取る。

 

「天剣を復元させたら、天剣授受者の名が泣くぞ?」

 

「何?」

 

 カルヴァーンが困惑した表情になる。

 天剣三人ともルシフの言葉の意味が分からず、天剣を手に持ったまま固まった。

 ルシフはわざとらしくため息をついた。

 その態度がまた天剣三人の神経を逆撫でする。

 

「天剣授受者とは、グレンダンの守護者なのだろう? 守護者たるものが、ただ危なそうだからという理由で武器を振りかざし、無関係な都市を、人を巻き込むのか? それでは、そこら辺に転がっている武芸者もどきと同じだろうが」

 

 ロビーは広い空間だが、それなりに人は集中している。

 もし天剣を復元させルシフを攻撃していれば、剄の余波にロビーの人々が巻き込まれ、甚大な被害が出ていただろう。

 ルシフはそのことを非難しているのだ。

 

「まぁ、どうしても俺と戦いたいなら別に戦ってやってもいいが、その場合周りはどうなるだろうなァ、天剣授受者さんよ。あの女が死んでもいいのか?」

 

《よく言う。汝がその気になれば、周りに被害を出さず倒すなど容易いだろうに》

 

 自分の内から聞こえてきたメルニスクの声を、ルシフは無視。

 天剣三人は何も言い返せず、何もできない屈辱に顔を歪めながら席に座った。

 ルシフの言葉は正論である。

 危険人物なのは間違いないが、今この瞬間において、ルシフは周囲に危害を加えるような真似をしていなければ、周囲を挑発し混乱を引き起こそうとしているわけでもない。

 周りにいる人と同じように食事をし、話をしているだけのルシフに戦いを仕掛ける理由がない。

 廃貴族の捕獲という名目があることにはあるが、戦いを仕掛ければ待ち構えているのは、戦いの影響で破壊される都市とたくさんの学生たちが戦いに巻き込まれ死にゆく未来。

 ルシフはリーリンとこの都市の住人を盾にして、天剣三人が戦えないように枷を付けた。

 

「……どうしたの?」

 

 両手で木製トレーを持ったリーリンがテーブルに戻ってきた。テーブルに料理が盛り付けられた取り皿と飲み物が乗っているトレーを置く。

 ルシフは一瞬で仮面を付け直した。リーリンの方に視線を向けて立ち上がる。

 

「いえ、別に交流を深めていただけですよ」

 

「え? でも、サヴァリス様たちの顔、交流を深めたって顔には見えませんけど……」

 

「噂の私と実際の私が違いすぎて、びっくりしてるんじゃないですか?」

 

「あー、あるある。人の噂って案外当てにならないのよね」

 

 実際は噂以上の外道っぷりに三人とも言葉を失っているわけだが、リーリンはそんなこと思いもしない。

 リーリンのルシフのイメージは、礼儀正しく珍しい剄技が使える武芸者というイメージで固定されてしまった。

 

「リーリンさん、そいつから離れてこっちに来てください! 席、私と替わりましょう!」

 

 カナリスが必死な表情で声を出した。

 

「いいですけど……皆さん、ちょっと初対面の人を警戒しすぎじゃないですか?」

 

 カナリスが立ち上がり、リーリンはカナリスが座っていた席に座る。カナリスは空いたリーリンの席に座った。

 カナリスはルシフとリーリンの間に割り込む形になった。

 

「私は気にしていませんから大丈夫です。私もちょっと料理を取ってきますね。お三方も座ってないで、料理を取りにいきましょう。ね?」

 

 ルシフはにっこりと微笑んでいる。

 リーリンは顔を赤くして目をルシフから逸らした。

 カナリス、カルヴァーンはふざけんなこの野郎と言いたげな表情でルシフを睨んだ。

 サヴァリスは堪えきれずに吹き出した。

 

「ぷっ、あははははは! ははははははは! なるほどなるほど、これは噂以上の人物のようだ! カナリスさん、カルヴァーンさん、ここは彼が敵なのを少しの間忘れて、楽しい夕食にしましょう!」

 

 廃貴族を手に入れているルシフと、廃貴族を奪取しようとしている天剣授受者三人。

 お互いがお互いを敵と知りながらも、同じテーブルに座って食事をする奇妙な時間が始まった。




怖い……。後半の話の展開が、

ルシフ「お前の可愛いリーリンは、今は俺の腕の中にいるぞ」

レイフォン「!?」

とかになりそうで怖いです。
ルシフは私の思い通りに動かないキャラナンバーワンなので、この展開だけはしないでくれと必死に祈らないといけません。
リーリン寝取りとか私以外需要ないでしょうし。

話は変わりますが、覚醒する前(ここ重要)のリーリンはニーナの次に好きです。


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