鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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今回、とんでもないネタバレがあります。
ネタバレが嫌な方はAmazonマーケットプライスより、原作全二十五巻が二千三百九十七円(二千十八年二月十八日時点)から販売されていますので、お買い上げしてもらって読破していただいた後に今回を読んでください。


第48話 バンアレン・デイ

 女子が丁寧に包装されたプレゼントを前に出し、頭を下げていた。

 

「あのッ! ルシフ君……これ、受け取ってください!」

 

 ルシフは正直うんざりしていた。頭痛が激しくなり、顔をしかめる。

 今日はバンアレン・デイ。気になる男にお菓子を渡すことが、好意があることを伝える手段になる日。ルシフからすれば、お菓子を渡すのと告白が同義なら、お菓子が必要か? という疑問がある。だが、そういうのが勇気を振り絞るきっかけになるのかもしれない。

 ルシフの頭上には、同じように丁寧に包装されたプレゼントが十数個浮かんでいる。

 朝、寮を出て学び舎に向かう途中の道。似たようなシーンが十数回とあった。

 多分朝から寮の外で待ち、プレゼントを渡すタイミングを窺っていたのだろう。自分の住んでいる部屋と寮は、ツェルニ中の話題になったことがある。知らぬ者はほとんどいない筈だ。今も、横にいる女子以外の人の気配をそこら中から感じる。こんなやり取りがまだ続くかと思うと、いくら女が好きでも気が滅入ってきていた。

 

「ああ、ありがとう」

 

 それでも、受け取らないという選択肢はない。何故なら、勇気を出して俺の前に立ち、玉砕を覚悟して渡しにきているからだ。そういう女は好感が持てる。

 ルシフはプレゼントを片手で受け取った。

 女子は顔を真っ赤にしつつも、にやけている。受け取ってもらえただけで満足したのだろう。

 ルシフは無言で止めていた足を動かし、学び舎目指して歩みを再開させた。

 

「……あッ! ルシフ君、待って!」

 

 後方から、今プレゼントを渡しにきた女子が言った。

 

「なんだ?」

 

 ルシフは振り返る。ルシフの声には若干イラつきが混じっていた。

 女子は機嫌を損ねたのを察したらしく、ビクッと身体を強張らせた。

 

「……えっと……これ、使って……」

 

 女子はおずおずとルシフに近付き、ルシフに折り畳まれている物を渡した。ルシフが広げる。大きな袋だった。

 

「その……ルシフ君、モテるから、プレゼントたくさん貰うだろうなって思って、それで……」

 

「袋を用意していたのか? 俺のことを考えて?」

 

 女子は顔を伏せた。耳まで赤くなっている。

 

「はははははッ! お前、なかなか面白いな! 気が少し晴れたぞ!」

 

 女子は顔を上げた。ルシフの笑顔を見て、はっとしたような表情になった。

 

「ありがたく、使わせてもらう。機会があれば、また会おう」

 

 女子は顔を真っ赤にしたまま、一目散に走り去っていった。途中一度転んでスカートの中が丸見えになっていたが、ルシフは見て見ぬ振りをした。

 袋の中に頭上に浮かせておいたプレゼントの数々を入れる。三分の一くらい埋まったが、まだまだ入りそうだった。

 ルシフが三歩歩くと、さっきと違う女子が小走りで近付いてきた。

 

「ルシフ君、ちょっと時間……いい?」

 

 ルシフはため息をつきたくなるのをぐっと抑えた。頭を袋を持っていない手で軽く掻く。

 ルシフはふと、マイを思い出した。

 

 ──そういえば……マイに会ってないな。

 

 いつもなら寮の入り口にいて、すぐ後ろを付いてくる。しかし、今日はいなかった。

 どこか残念な気持ちにルシフはなっていた。もしかしたら、マイからプレゼントを貰えるのを期待しているのかもしれない。マイが料理やお菓子を作っている姿は見たことないから、貰えたとしても店で売っているやつだろうが。

 ルシフはプレゼントを受け取りながらも、今プレゼントを渡した女子の顔すら見ていなかった。

 そんなやり取りをずっと繰り返しながら、学び舎に近付いていく。

 

 ──これは間に合わないな。

 

 このペースだと、完全に遅刻だった。遅刻は一度もしたことがなかった。

 

 ──まぁ、今日くらいはいいか。

 

 女が勇気を出し、覚悟を持って自らの想いを形にする日だ。それにしっかり応えるのが、男というものだろう。

 ルシフはゆっくりと歩き続けた。

 

 

 そんなルシフの姿を、遠目から見ている人物がいた。マイだ。首に赤のスカーフを巻いている。

 建物の陰に隠れつつも、マイはルシフの姿を追っていた。寮の入り口からずっと。

 マイの右手には錬金鋼(ダイト)の杖。たすき掛けしたカバンの中には、リーリンに教えてもらいながら作ったチョコレートが入っていた。

 普段であれば、寮の入り口でぱぱっと渡せた筈だ。それができなかった原因は、私より先にルシフ様に近付き、プレゼントを渡した女子がいたせいだ。そのせいで、ルシフ様に近付くタイミングを逃してしまった。

 それからルシフ様にチョコレートを渡そうと考えるだけで、身体が震えるようになっていた。ルシフ様にプレゼントを渡す女子が増えれば増えるほど、震えは大きくなった。

 何故、こんなにもプレゼントを渡すのが怖くなっていくのか、マイは理解できない。いつも通り渡せばいい。それだけの話。簡単な筈だ。なのに、ルシフ様に近付くのを躊躇している。マイは自分が信じられない。ルシフ様に近付くのに抵抗があるなど、今まで一度としてなかった。

 マイはカバンを開け、中から一冊の本を取り出す。タイトルは『これで気になる男はイチコロ!? 男の心を鷲掴みにする女性になれる!』。

 この本は、マイの知らない扉を開けた。私に足りなかったものが、この本を手にしたことで満たされた。そんな気さえした。

 

 ──え~と、プレゼントする時の言葉は……。

 

 マイは目次を見て、ページをめくる。目的のページで止めた。『あ、あなたのためとかじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!』と書かれている。

 目から鱗が落ちる。初めてこのページを読んだ時の感想はその一言に尽きた。こういう駆け引きのようなものが、私にはなかった。いつも押してばかりだった。

 マイは他のページも熱心に読み始めた。そんなことをしている間にルシフはどんどん先に行ってしまい、ついにマイは渡すタイミングを逸してしまった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 ルシフは一限目の授業が終了した時間に、教室に到着した。貰った袋はプレゼントでいっぱいになっている。

 ルシフが教室の扉を開けた。自分の机に、プレゼントが山のように置かれている。下駄箱がないから、学び舎での自分の場所は教室の机しかない。だから、必然的に全てのプレゼントがそこに集まる。

 大抵の男はこのプレゼントの山を見た瞬間、戸惑いつつも喜ぶのだろう。だが、ルシフは違った。むしろ、気分が悪くなった。

 教室にいる半分くらいの女子は、自分の反応を窺っているようだ。なんとなく分かる。それも、ルシフの感情を逆撫でした。

 

「うわ……ルシフ、そんなに貰ったの?」

 

 レイフォンがびっくりしていた。

 

「さすがルッシー、モテるねぇ」

 

 ミィフィが悪戯っぽい笑みで言った。

 だがルシフは一切反応せず、まっすぐ自分の机にいった。自分の机の隣に立つ。

 

「おい、ここにいる男子全員」

 

 教室の空気が凍った。レイフォンとミィフィも表情を強張らせた。言葉の中に不機嫌な響きがあるのを感じたからだろう。

 教室にいる男子全員が、ルシフの方に顔を向けた。何人かは、視線をルシフから外している。

 

「俺の机にあるコイツら、好きに持ってっていいぞ」

 

 教室にいる全員が絶句した。

 男子が女子の反応を窺う。彼らはルシフの机にプレゼントを置いた女子たちを知っている。自分たちがプレゼントを持っていって、彼女たちが傷つくかもしれないと考えているのだ。

 結局、誰一人としてルシフの机に来なかった。

 

「なんだ、いらないのか。それなら、ごみ箱に捨てるしかないな」

 

「ルシフ、それはいくらなんでも酷いんじゃないかな。心がこもってるんだから」

 

 レイフォンが言った。

 ルシフは冷めた目でレイフォンを見据える。

 

「お前は、この無造作に置かれた箱に心がこもっているように見えるのか。俺は全くそう思わないな。本当に相手を想っているなら、こんな渡し方はできない。ただ恋愛している自分を楽しんでいる自己満足女の妄想に、俺が付き合うわけないだろう。

そもそも、贈り物は基本的に相手の顔を見て渡すものだ。渡す相手が遠くにいたなら話は別だがな。そんな簡単な礼儀すら分かっていないヤツのプレゼントなど、受け取る気にすらならん」

 

 ルシフは教室にあるごみ箱を見た。ごみ箱の容量を、プレゼントの山の方が明らかに上回っている。どう入れても全部入らない。

 

 ──燃やすか。

 

 ルシフが右手の平を上に向けた。化錬剄により剄を火の性質に変化。手の平に小さな火の玉が現れる。

 悲鳴があちこちからあがった。

 

「……待って!」

 

 クラスの女子の一人がルシフに向かって叫んだ。

 ルシフの手の平の火の勢いが弱まる。

 叫んだ女子は立ち上がり、ルシフの机にあるプレゼントの山から一つ取った。

 

「これ……受け取って、ルシフ君!」

 

 プレゼントをルシフに差し出した女子の手は微かに震えていた。

 ルシフは手の平の火を消した。プレゼントを受け取る。

 女子はホッとしたように息をついた。

 

「あの……よかったら後で、食べた感想教えてね」

 

「ん? 感想を聞きたいのか?」

 

「あっ……」

 

 ルシフは包装をはがし、箱を開ける。中にはハートの形をした小さいチョコがたくさん入っていた。

 ルシフはチョコを一つ取り、口の中に放る。女子は緊張した表情をしていた。

 

「うん、なかなか美味いぞ。アーモンドを甘くしたから、チョコの方は甘さを抑えてくどくなり過ぎないようにしているだろ?」

 

「う、うん。ルシフ君って甘いものあんまり好きじゃないかなって思って。チョコは少し苦いヤツにしたの。振りかけたココアは甘めだけど、食べている内に甘さが緩和されて、残らないようにしたつもりだけど……」

 

「アーモンドは砂糖と絡めながら焼いたな」

 

「そうなの! アーモンドチョコはやっぱりアーモンドが美味しくないとダメだって思って、グラニュー糖を溶かした水にアーモンドを絡ませながら、じっくり焼いたの! ルシフ君って結構詳しいのね!」

 

 ルシフは力説しだした女子を見て、勝ち気な笑みになる。

 

「やっぱり手間と心がこもったものは美味い。ありがとな」

 

「ふぇッ!?」

 

 女子は顔を真っ赤にして、ぽーっとしている。

 

「おい、どうした?」

 

 ルシフが声をかけても、女子は一切反応しない。

 それを見たクラスの男子が次々に声をあげる。

 

「おちたな」

「はぇ~すっごい手並み」

「自分拍手いいすか?」

 

 ルシフと女子のやり取りを見ていたクラスの他の女子たちが次々に立ち上がり、ルシフの机に殺到した。元々ルシフ以外のクラスメイトには見られている。ルシフに好意を知られるデメリットしか、彼女たちにはなかった。お菓子にそれなりの手間をかけていたのも、彼女たちの行動の原動力になったのだろう。

 ルシフの机に積まれているプレゼントが、四分の一ほどなくなった。まだ四分の三残っている。他クラスや他学年の女子の分だろう。

 ルシフはたくさんのプレゼントを化錬剄で浮かし、無造作に窓の外へ放り投げた。ルシフが窓から左手を(かざ)す。火線が左手から放たれ、放り投げられたプレゼントは全て塵になった。

 クラスの女子たちはそれを見て、プレゼントを取りにいって良かったと思った。中身すら見られずに焼き払われるなど、精神的にかなりキツい。

 クラスの全員が驚愕の表情でルシフを見つめている中、ルシフは無表情で椅子に座った。

 チャイムが鳴り、二限目の授業を教える上級生が教室に入ってきた。騒然としていた教室は静まり、普段の落ち着きを取り戻す。

 授業は半日で終了し、午後からは休みになった。

 ルシフは袋をもう一つ女子から受け取り、両手に袋を持って学び舎から出た。両方の袋は、プレゼントでいっぱいになっている。ルシフが机に積まれていたプレゼントを全て焼き払ったことはすぐさまツェルニ中に広がり、休み時間に女子がルシフのところにやってきてプレゼントを絶えず持ってきていた。後でルシフの寮に置いておこうと考えていた女子たちである。バーティンとアストリットもプレゼントを渡してきた。

 ルシフは倉庫区にある食糧庫に向けて歩く。

 原作通りなら、ハトシアの実を利用した騒動がある。違法酒にも使われている果実。剄脈加速に興奮作用、神経を過敏にさせたりと効能は様々あり、使い方によっては違法酒以上に強力な剄脈加速薬や媚薬を作れる。武芸者の一部か恋人がいる中には、喉から手が出るほど欲しいヤツもいるだろう。

 このハトシアの実関連の騒動は、マイアスでの滞在時にもいた仮面を被った連中が暗躍している。というより、ヤツらが黒幕でツェルニの生徒を操りやらせた。

 ルシフはまずフェイルス、レオナルト、エリゴの三人に二日前の夜から交替で食糧庫を警備させた。バンアレン・デイで製菓関係の店が使う材料を保存している食糧庫だ。

 警備のことを知っているのはカリアンくらいしかいない。カリアンは何故急に食糧庫を警備させるのか訊いてきたが、ハトシアの実の効能を教えると納得した。ハトシアの実の効能は世に出ておらず、興味を持って熱心に調べなければ分からない。そんな果実がリンカという製菓店の注文で、バンアレン・デイに向けて大量に生産された。使い方を一歩間違えれば、ツェルニが大混乱に陥る可能性があった。

 カリアンはすぐにリンカを密かに調べさせ、ハトシアの実の効能を知っていて注文したのか、それともただ噂で聞いたから注文したのかを知ろうとした。結論は後者になった。リンカの背後関係や店の運用におかしな点や不審な点はなかったのである。

 それでもハトシアの実は放っておけない。そう判断したカリアンはリンカに対してハトシアの実の使用を禁止し、ルシフにハトシアの実の処分を頼んだ。ルシフはこれからハトシアの実を処分しに行く。

 ハトシアの実の騒動を仮面の連中が起こした理由は、シャンテ・ライテを火神として覚醒させ手中に収めるため。元々シャンテ・ライテは仮面の連中が作ったものだが、教育する前に奪われ、奪った人物が森海都市エルパに置いていった。

 ルシフはシャンテを火神として覚醒させないと決めた。火神の力は奪えない可能性が高いと考えたからだ。

 元々仮面の連中のものなら、ルシフ自身も連中側にいなければならないのではないか。ルシフはそう思った。

 以前は廃貴族さえいれば奪えると考えていたが、よくよく考えれば廃貴族は仮面の連中と対立している力。確実に奪える手段や方法も不明。ならば覚醒させず、面倒を増やす可能性を潰す。

 ルシフは目的の食糧庫に到着した。鍵はカリアンから渡されている。食糧庫の中はハトシアの実しかない筈だ。それ以外の食糧は全て別の食糧庫に移動されているか、製菓関係の店に出荷されただろう。

 ルシフが食糧庫のシャッターの鍵を開けて中にはいると、ハトシアの実が大量に置かれていた。空調が効いていて涼しい。ハトシアの実はすぐに移動できるよう、すべて台車の上に置かれている。

 ルシフは両手の袋を倉庫の隅に置き、台車を移動させた。全ての台車を外に出す。

 すると、ルシフの遥か後方から剄が高まり、何かが一気に近付いてきた。

 ルシフはそれを鼻で笑った。

 

「フン、読み通りだ。レオナルト、エリゴ!」

 

 ルシフの前に呼ばれた二人が現れる。高速で移動したため、二人が現れた後に突風が一度吹いた。ルシフの髪が風に遊ぶ。レオナルトとエリゴは倉庫の近くに待機させていた。

 

「これらの台車を生産区の処分場に持っていけ!」

 

「了解!」

「了解した!」

 

 エリゴとレオナルトが台車を押して、生産区に向かう。生産区と倉庫区はその関係性から隣接していた。だからこそ、カリアンはルシフただ一人に処分を依頼したのだ。

 後方から近付いてきた気配はルシフを素通りし、台車の方に向かう。ハトシアの実にしか興味がないらしい。

 ルシフは自分の真上を気配が通り過ぎた瞬間、跳躍。

 気配の真下から接近し足を掴むと、そのまま地面に投げつけた。

 

「ぎゃんッ!」

 

 気配の主がうめき声を漏らして、地面を転がる。気配の主はシャンテだった。赤い髪が揺れた。ルシフがシャンテの頭の前に着地する。

 

「おい」

 

「ひっ……!」

 

「次俺に喧嘩売ったらどうなるか、前に警告したよな?」

 

「べ、べつにお前に喧嘩なんて売ってないッ! あたしはただ匂いを追ってきただけだ!」

 

 シャンテが立ち上がり、及び腰でルシフと向かい合う。

 

「ハトシアの実か? それは全て処分して、肥料にする。俺はその役目を生徒会長から任じられた。要するに、ハトシアの実を狙うなら、それすなわち俺に喧嘩を売るのと同義」

 

「そんなの無茶苦茶だッ!」

 

「しかし、理解はしたよな? 知らなかったから、今の襲撃はさっきので許そう。だが次に襲撃してきたら、分かるよな? 殺してくれと懇願したくなるほど、酷い目にあわせてやる」

 

「なんでそんな酷いんだよ!? ちょっと、ちょっとだけ! 五個だけ! いや、一個でもいい! なんなら一個の端っこ! 端っこだけ!」

 

「ダメだ。あまりしつこいようなら、痛めつけるぞ」

 

「うぅ、うぅぅぅぅぅぅッ! ケチ! 鬼! 悪魔! ルシフ!」

 

 シャンテは捨て台詞で悪口を言って逃げた。

 

「……この俺をケチだと?」

 

 ルシフは少しも頭にこなかった。近場に落ちていた石ころを蹴りで粉砕したが、それは誰かが石ころに躓いて転ばないようにという、ルシフの優しい配慮である。

 ルシフは倉庫の隅に置いた二つの袋を乱暴に掴むと、荒い足取りで次の目的地──寮に向かった。

 寮に着くと自分の部屋までいった。両手の袋をリビングのソファーに置く。ついでに私服に着替えてルシフは再び外に出た。

 原作通りならば、シャンテを仮面の連中から奪ったヤツがニーナに接触する。廃貴族をニーナが宿していたからか、電子精霊ツェルニとニーナの仲が良いからなのか、はっきりした理由は分からない。ルシフはおそらく前者だと考えている。ツェルニとの仲の良さなど、事前に知ることは至難。廃貴族なら、分かる者は一目見ただけで憑依を見破るだろう。

 ルシフは機関部を目指して歩く。

 しばらく歩くと、視線を感じた。今朝感じていたような視線に近いが、少し違う。どこかまとわりつくような気持ち悪さがある。

 視線の主の場所は見当がすでについていた。ルシフは一瞬で視線の主の背後に回る。そのまま左腕を掴もうと左手を伸ばした。相手の剄が急激に高まり、左手を振り払う。次に前に跳びながら身体をひねり、ルシフと相対した。

 

「待て待て、危害を加えるつもりはねぇよ」

 

 両手をあげて、視線の主は言った。

 癖のある赤髪をした青年。武芸科の制服を着ていて、剣帯の色は六年生の色。つまり、ツェルニの最上級生。

 

「何者だ?」

 

 ルシフは一切警戒を解かず、剣帯の様々な錬金鋼の内、一つを右手に取った。

 青年は楽しげに笑う。

 

「用心深いヤツは長生きする。お前、見所あるぜ」

 

「何様のつもりだ? あぁ!? ズタズタにするぞ」

 

「おいおい、褒めたのになんで不機嫌になんだ? それと、先輩への口の聞き方がなってねぇな。まぁ、おれは心が広い。そんくらいで怒ったりはしねぇよ。けど、おれ以外にはちゃんと気をつけろ。剣帯の色を見たところ、お前一年だろ?」

 

「……俺が誰か知らずに付けてきたのか?」

 

「こっちにも色々事情がある。そのせいで、最近のツェルニには疎い。おれ以上の問題児がツェルニに入学していたなんて知らなかったぜ。

さっきも言ったが、敵対するつもりはねぇ。だから、錬金鋼を剣帯に戻してくれ」

 

「いいだろう」

 

 ルシフは右手の錬金鋼を剣帯に戻した。別に錬金鋼などいらないが、これで青年が本当に自分を知らないと確信できた。青年が警戒を緩めたのが目に見えて分かったからだ。自分を知っているなら、錬金鋼が戻ったのを見て警戒を解くなどしない。

 青年はルシフにゆっくりとした足取りで近付く。

 

「おれの名前はディクセリオ・マスケイン。ディックと呼んでくれ。で、お前は?」

 

「俺の名はルシフ・ディ・アシェナ。いずれ王となる男だ」

 

「成る程、イアハイムの侯家出身か。幼い頃から王にするべく育てられたんなら、お前のその態度も納得がいく。

さて、お互い名が分かったところで、一つ頼みを聞いちゃくれねぇか?」

 

「言ってみろ、マスケイン。聞くだけ聞いてやる」

 

「ディックって呼べ。ま、突っかかっても話は進まねぇ。

ツェルニに会わせてくれ。分かると思うが電子精霊の方な」

 

 ルシフが腕組みをする。

 

「マスケイン。一つ、条件がある。会わせたら、俺の頼みも聞いてほしい」

 

 ディックはにやりと笑った。

 

「いいぜ。交渉成立、だな。あと、おれのことはディックって呼べ」

 

「分かった。マスケイン、行くぞ」

 

 ルシフが機関部を目指して歩き始めた。

 

「……お前、周りからぜってぇ嫌われてるだろ」

 

「さてな。細かいところにこだわる男よりはマシだと思うが」

 

「言うねぇ。確かにおれも嫌われ者だわ」

 

 ディックがルシフの歩く速度に合わせてルシフの後方を歩いた。

 ディクセリオ・マスケイン。この男こそ、シャンテを仮面の連中から強奪し、シャンテが物心つく前に森海都市エルパに置いていった。原作では重要人物。

 機関部の入り口に到着した。普段なら警備員がいるのに、今は誰もいない。だが、何かがいる。何もない空間なのに、張り詰めた緊張が支配していた。

 

「よう、そんなもんでおれが気付かないと思うか?」

 

 何もない空間に、仮面の連中が顕現した。

 

「……貴様、何故ここにいる? それと、貴様もいるか。ルシフ・ディ・アシェナ。頭痛が辛そうだな。それも仕方あるまい。同化が始まっているからな」

 

 頭痛は大小の差はあれど、頭痛そのものはいつまでも治らない。やはり、この頭痛はそういうものだったか。

 

「お前ら、知り合いか? まぁ、どうでもいいか。おれのやることは変わらねぇ」

 

 ディックが剣帯から錬金鋼を抜き、復元。金棒のように巨大な鉄鞭が一振り、ディックの両手に握られる。

 

「ルシフ、お前は機関部の入り口を守れ!」

 

 ディックが叫ぶ。ルシフは無言で脚力を強化し入り口前に移動。進行方向を遮っていた仮面の影の何人かを吹き飛ばした。

 ディックは剄を集中。脚力を活剄で強化しつつ、鉄鞭に衝剄を凝縮。そして、一歩踏み出す。ディックの姿が消え、一瞬で前方に移動していた。移動中鉄鞭から雷光が漏れ、まるで鉄鞭が雷を引き連れているように見えた。前方にディックが出現した後、轟音が遅れて聞こえた。ディックの進行方向にいた仮面の奴らは全て粉々になっていた。

 活剄衝剄混合変化、雷迅。ディックの必殺剄技。ルシフはその光景の一部始終を視界に収めていた。

 仮面の奴らはまだいた。

 ルシフは剄を集中。ディックと全く同じように剄をコントロールしたが、鉄鞭は持っていないため、自身の両腕を鉄鞭とみなし、両腕に衝剄を凝縮。そしてディックと同じように、一歩踏み出す。ルシフの姿が消える。前方にルシフが現れた際、ルシフの全身から雷光が発生し、ルシフは全身に電気を纏っているような姿だった。遅れて、轟音が響く。ルシフの進行方向にいた仮面の奴らは粉々になった。

 

「……マジかよ。おれの雷迅を一目で……」

 

 ディックが驚いた表情でルシフを凝視している。

 これで、仮面の連中全てを片付けた。空間を支配していた緊張も消えている。

 

「さて、これで機関部に入れるな」

 

「いや、もういい。おれはあいつらからツェルニを守りたかっただけだ。あいつらを退けたから、目的は達成した」

 

「そうか」

 

「ああ、助かったぜ。どうやらお前は生まれながらの強者らしいな。力の使い方、よく考えろよ。先輩からのアドバイスだ」

 

「余計なお世話だ。それより、案内した条件を覚えているか?」

 

「ああ。頼みがあるんだろ? おれにできることなら、なんでも協力するぜ」

 

「そうか」

 

「……ぐっ……! なんで、だよ……!」

 

 ディックの目が見開かれている。ディックはそのまま、視線を下に向ける。ルシフの右腕が、ディックの胸を貫いていた。ディックの背中からルシフの右手が出ている。

 ディックはルシフを一切警戒していなかった。どれだけ実力者でも、闘う準備も剄を高める準備もしなければ雑魚と同じ。

 

「実はな、俺は人殺しをしたことがない。だから、人を殺したらどんな気分になるのか知りたかった。マスケイン、俺に殺されてくれ。それが、俺の頼みだ」

 

「……ふざけ……んな! おれが……お前に何したって……」

 

 その先の言葉は聞こえなかった。

 ルシフが剄を化錬剄で切れる性質に変化させ、ディックの身体を細切れにしたからだ。血が弾け、血の雨が降る。ルシフは血の雨を衝剄で吹き飛ばした。機関部の入り口周辺が赤く彩られる。

 ルシフは自身の右腕を見た。ディックの血で肘から指先まで紅く染まっている。

 

「……こんなものか」

 

 人を殺した感想はそれだけだった。別に何も感じない。もしかしたらディックを人ではないと知っているからこそ、何も感じないのかもしれない。

 原作のラスボスに変貌する存在。これで殺せたら、後顧の憂いは消える。だが、原作知識では自分が死んだことを受け入れなければ死なないとあり、これで殺せたかは疑問が残る。ルシフは本当に死なないかどうか試してもみたかった。

 ルシフは血溜りに背を向け、寮を目指す。空は赤く染まってきていた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 自室の椅子にルシフは座っている。テーブルには貰ったお菓子が盛られた皿が置かれていた。ルシフはそれを箸で食べつつ、本を読んでいる。もう夜も更けてきていた。

 自室の呼び鈴が鳴った。

 ルシフが立ち上がり、部屋の扉を開ける。マイが立っていた。

 マイが丁寧に包装されたプレゼントをぶっきらぼうな感じで差し出した。

 

「あな、あなたのためとか別にじゃないですわよ!」

 

 ──何言ってるんだ、こいつは……。

 

 マイは顔を真っ赤にして、俯いた。

 数秒沈黙が流れた後、マイが勢いよく顔をあげた。顔は真っ赤なままだ。

 

「その、もう一回! もう一回チャンスをください! 次こそは間違えずに言ってみせます!」

 

「とりあえず却下する」

 

「なんでですか!?」

 

「要はプレゼントを俺に渡したいんだろ? 言ってる意味は分からなかったが、雰囲気で分かった。だから、もう一度やる意味はない」

 

「意味あります! 一+一は二になります! つまり、プレゼントと渡し方の相乗効果により、より高い満足感と幸福感を相手に与えられるという、私の頭が弾き出した完璧な式が成り立つんです!」

 

「マイ、お前は少し疲れてるんだ。早く寮に帰って休め」

 

「私は全然大丈夫ですよ! なんならダッシュ百本しましょうか!? してもいいんですよ!? ダッシュ百本!」

 

「しなくていい。とりあえず、部屋に入れ。あと、その変なテンション止めろ」

 

「……努力します」

 

 ルシフとマイは向かい合わせで椅子に座った。テーブルの皿に盛られたお菓子を見て、マイが微かに表情を曇らせた。

 

「その、ルシフ様、これ……」

 

 マイがさっきとは打って変わって、弱々しくプレゼントを差し出した。

 

「ああ」

 

 ルシフがマイからプレゼントを受け取る。

 

「開けてもいいか?」

 

「……はい」

 

 マイは弱々しく頷いた。テーブルのお菓子を見てから、さっきのテンションの高さはどこかにいってしまったようだ。

 ルシフは包装を破り、箱を開ける。中には大きなハートの形をしたチョコが入っていた。

 ルシフは一口、チョコをかじる。とても苦かった。その後、ほんの少し甘さが口に広がる。だが、苦みを消すには程遠い。

 

「……苦いな」

 

「はい、苦いです。忘れられない味にしたいとずっと考えていたら、自然とそうなりました。でも、やっぱり甘くて食べやすい味の方が良かったですよね。たとえすぐに忘れ去られてしまう味でも」

 

 マイは落ち込んでいるようだ。うなだれていて、顔をあげようとしない。

 ルシフはマイのチョコをもう一口、かじった。

 

「……苦い」

 

「……はい。ルシフ様、ごめんなさい」

 

「だが、嫌いじゃない苦さだ」

 

 ルシフはしっかり噛みながら、マイのチョコを完食した。

 

「マイ、なかなかいけたぞ。ありがとな」

 

「ルシフ様……!」

 

 マイの顔が笑みに変わっていく。

 本音を言ってしまえば、甘めのお菓子と一緒に食べたかった。だが、苦行の先にあるものがマイの笑顔なら、ルシフは耐えられた。

 ルシフは口の中にテーブルのお菓子を放り込みたい気持ちを抑えて、本を再び読み始める。

 マイはにやにやと緩みきった表情で、ルシフの本を読む姿をじっと見つめていた。

 ルシフとマイのバンアレン・デイはこうして終わった。




これで、原作十巻終了です。
原作主人公のレイフォンの話が読みたい方は、原作十巻の方を読んでください。

次回は今から約二ヶ月半時間を進めて話を書きたいと思っています。

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