小隊同士の対抗戦当日。
対抗戦が行われる場所は、前に第十七小隊が訓練を行った野戦グラウンドだ。
その時と今の違いは無論グラウンドを囲む観客席。
訓練の時と違い、野戦グラウンドの観客席は多数の生徒たちで埋め尽くされている。
その観客席には、マイ・キリーの姿もあった。その手にジュースとポップコーンを持っている。
マイの耳には、観客席の生徒たちの会話が自然と入ってきている。
「お前、どっちに賭けた?」
「当然第十六小隊! やっぱ賭けは堅実が一番っしょ!」
第十六小隊と第十七小隊、どっちが勝つかという賭けも、生徒たちの間で一応内密に行われている。都市警察もそれに関しては黙認しているため、問題が起きない限りは動かない。
かくいうマイも、その賭けに参加している。いや、ルシフからお金を渡されて、ルシフの代わりに賭けをさせられている。
ルシフが渡してきたお金は、ルシフが現在所持している全額といってもいいくらいの大金。それを第十七小隊に賭けた。
原作での第十七小隊は大穴扱いで、レートが桁違いだった。しかしルシフの登場により、レートは僅かに第十七小隊が高いだけに留まっている。
「お、見てみろよあの黒髪の子。めちゃめちゃ綺麗じゃね? スタイルもいいし、ナンパしようぜ!」
「確かに綺麗だな。二十歳くらいか? けど、あんな子いたっけ?」
「ここにいるんだから、いたんだろ。俺らだって全生徒を知ってるわけじゃねぇし、今まで出会ってなかっただけってことさ。
だがしかーし! 今日我々は運命の赤い糸に導かれ、彼女に出会えた! なんという幸運! なんという奇跡! この好機を逃す俺ではない!」
「……まことに言いにくいが……お前がそんなつまらん口上を言ってる間に、あの子どっか行っちゃったぞ」
「なんとぉー!」
──男という奴は……。
マイは蔑んだ目で、ナンパしようと話していた二人を軽く睨んだ。
それを気があると勘違いした一方の男が、ぱたぱたと手を振る。
マイはふんとそっぽを向き、その男に勘違いだと分からせた。
男はしょぼーんとうなだれる。
マイは男が嫌いだ。男という存在そのものを、できることなら消し去りたい。
だが、ルシフだけは別だ。いや、マイにとってルシフは男ではなく、神様のような存在であり、他の男たちとは格が違う。
マイはルシフを心酔しており、ルシフが望むなら何でもする覚悟がある。
しかし、マイには一つ納得のできないことがあった。
それは、一度たりともルシフに身体を求められたことがないこと。
それとなく好意があることをちらつかせても、ルシフはそれを軽く流す。
自分で言うのもなんだが、自分はかなり綺麗な顔をしている。スタイルも出るところはしっかり出て、引き締まるところはしっかり引き締まっている。
女としてかなり魅力的であると、自覚している。
ツェルニに入学してからの一年で、うんざりするくらい告白され、ラブレターも大量にもらった。
客観的に見ても、私はいい女だ。
なのに、一度も求められない。むしろ私の目の前で、ルシフ様が他の女を口説き落とすことが数えきれない程ある。
ルシフ様が口説き落とした女全員自分より上だったかと訊かれれば、自信をもってノーと言える。
だが、何故か私は抱く対象から除外される。
それがマイにとって唯一の悩み。
マイは軽くため息をつき、野戦グラウンドを見た。
そこら中に樹木が植えられたデコボコのグラウンド。そして、その両端には柵や
それらのモニターが全て同じ映像に切り替わった。
第十七小隊と第十六小隊が、野戦グラウンドに出てきたからだ。
観客席から歓声があがり、それぞれ思い思いの会話をしていた生徒たちが、グラウンドに視線を送る。
全ての準備が終わり、巨大モニターには第十七小隊の初期配置が映されている。
それを観て、マイは首を傾げた。
他の観客席の生徒たちも、マイと同様だった。
戸惑いのざわめきが、野戦グラウンドに響く。
「第十七小隊の隊長さんは、一体何を考えているのでしょう?」
マイの呟きは、観客席の生徒全員の疑問だった。
そして、その初期配置のまま、対抗試合が始まった。
◆ ◆ ◆
ルシフは陣の中に立っていた。その隣には、不機嫌そうな顔をしたフェリがいる。
念威操者の護衛。
これがルシフに与えられた役割だった。
ここで、この対抗試合のルールを説明すると、まず攻め手と守り手に二つの小隊を分ける。
そして、攻め手は敵小隊を全滅させるか、敵陣に置かれているフラッグを破壊すれば勝利。守り手は敵隊長の撃破か、制限時間までフラッグを守り抜けば勝利。
守り手は、試合が始まる前にグラウンドに罠の設置を許可されている。
第十七小隊は攻め手、第十六小隊は守り手に分けられた。
対抗試合の守り手の戦術は、フラッグを制限時間まで守るのが基本戦術だった。
また、攻め手が守り手の念威操者を狙うことはあっても、守り手が攻め手の念威操者を狙うことは滅多にない。そっちを狙うくらいなら、攻め手側の小隊長を狙うだろう。
つまり、攻め手側の念威操者を護衛する意味は、全くといっていい程ない。
第十七小隊はわざわざ一人戦力を減らして、この試合に臨んでいるも同然。
何故?
観客席の生徒たちは、この事が頭に引っかかっていた。
ルシフはニーナに言われたことを思い出す。
『ルシフ、お前を闘わせれば、間違いなく勝てるだろう。しかし、それでは小隊の意味がない。
お前は見届けろ。お前が役立たずと言ったわたしたちが、勝利を収めるところを』
『いいだろう。しかし、俺はどんな些細な勝負でも、負けるのは嫌いだ。
負けそうになったら、遠慮なく戦闘に参加するぞ』
『……分かった。その時は、甘んじてそれを受け入れる』
思い出すのを止め、ルシフは柵の隙間からグラウンドを眺めた。
フェリは敵小隊の位置をニーナたちに伝えたら、ルシフを無表情で見る。
もうフェリの出番はないだろう。
敵は野戦グラウンドに罠を張らなかった。
つまり小細工なしの真っ向勝負になり、フェリが探知しなくても問題ない戦況だった。
だから、会話をする余裕が生まれた。
「……あなたに一つ言っておきますが──」
ルシフは、フェリに視線を向ける。
「私はわざと実力を低くしています。私が全力なら、この程度の広さの戦場の把握なんて一瞬です」
フェリは「役立たず」と言われたことが許せなかった。
フェリの念威は通常では考えられない量で、その才ゆえに、幼い時から念威専門の訓練を受けてきた。
ルシフの言葉は、自分の今までの人生を否定された気分だった。
フェリが実力を発揮しない理由。
その理由は、フェリは将来が念威操者になるしかないことを嫌い、別の将来を模索するためにツェルニに入学したからだ。
だが、危機的状況にあるツェルニで、フェリほどの念威操者をフェリの兄であるカリアンが放っておくわけもなく、一般教養科で入学したフェリを、レイフォンのようにむりやり武芸科に転科させた。
その影響で、フェリは兄のカリアンを恨み、兄に諦めてもらうために、念威の実力を発揮しない。
それは、フェリという人間のささやかな抵抗。
兄のカリアンに、自分がどう考えているかを伝える手段。
フェリの出した結論は、レイフォンと似たようなものだった。
「──くだらんな」
フェリが実力を発揮しない理由を知り、フェリの内面を知った上で、ルシフはそう吐き捨てた。
フェリは目を見開き、怒りで身体を震わせる。
「あなたのような男に、私の何が分かるのですか」
「念威操者以外の道を見つけたい……大いに結構。
しかし、その道を見つける場所には邪魔者がいて、道を見つけられない。まぁ、分かるといえば分かる。首を傾げる部分はあるがな。
だから、実力を発揮せず、邪魔者が諦めて邪魔しなくなるのを期待する。この部分の意味がどうしても分からん。
むしろ実力をこれでもかというくらい発揮するのが普通だろう? カリアン・ロスという人間を知るなら尚更だ」
カリアン・ロスは利害さえ合致していれば、ある程度の要求を通せる。
自分の要求を一方的に通す時もあるが、基本的には話が分かり、合理的な判断を下せる人物。
それがカリアン・ロスだ。
「……何故、それが普通なのです?」
「うん? 武芸科で学ぶものなどないと分からせれば、武芸科の制服のままで、一般教養科の授業を受けることを許可させられるだろう?
武芸大会の時だけ、武芸科に転科するという手も有りだ。
極端な手として、一般教養科に戻さなければ、武芸大会の時に妨害すると脅してもいい。
カリアン・ロスは、貴様を武芸大会で使えて勝てればいいのだからな」
フェリはぽかんと口を開けていた。
どうしてルシフという男はこう、思いもよらない手を次から次に考えつくのか。
(──ん?)
ルシフは、自分が今言った言葉に疑問をもった。
そう。カリアンは武芸大会でフェリを使いたい。フェリを武芸科にするのは、武芸科でないと武芸大会に出れないから。
そして、カリアンほどの男が、今ルシフが言った手を思い付かないわけがない。
つまり、フェリの要望を満たしつつ、自分の要求を通せた筈だ。
一般教養科の生徒を無理やり武芸科にできるくらいの権力を、カリアンは握っている。
なのに、フェリの要望の一切を無視し、自分の要求だけを通す。
カリアンらしからぬ、合理的でない手だ。
(……いや、妹が本気で念威操者以外の道を望んでいるか、試しているのだとしたら──)
あえて妹の敵になり、乗り越えるべき壁として立ち塞がることで、今まで言いなりだった妹の主体性を伸ばそうとしているのだとしたら──。
ルシフは微かに笑った。
全て自分の推測でしかないが、おそらく間違いないだろう。
(妹の敵になっても、妹を成長させてあげたい──。
カリアン・ロス、貴様のそれもたぶん兄妹愛なのだろう。
肝心の妹に、その愛は伝わっていないようだがな)
急に口を閉ざしたルシフを不思議に思って、訝しげな表情で見つめてくるフェリを見返して、ルシフはため息をついた。
「……なんです?」
ルシフはカリアンの真意を伝えるべきかどうか一瞬悩んだが、自分の役目じゃないと結論を出した。
「……いや、何でもない。貴様の兄が報われないなと思っただけだ。
──しかしなんだ、ぱっと考えただけで三手、俺の頭の中に浮かんだ。
貴様には一年も時間があった。これらの手が思いつかない筈がない。
本気で念威操者以外の道を探そうと思っているならな」
フェリはルシフの言い草にむっとした。
それではまるで、自分が本気で念威操者以外の道を探していないみたいではないか。
「ところで──貴様は料理が作れるか?」
「……作れません」
「裁縫とかは?」
「……出来ません」
「人形を作ったり、何か物作りは出来るか?
接客や人に教えることは?」
「……さっきから、何が言いたいんです?」
フェリの苛立ちを隠そうともしない声が、ルシフにぶつけられる。
ルシフは不敵な笑みを浮かべた。
「分からないか?
何かが出来なければ、何かにはなれない。これが世界のルール。
道を見つけるというなら、何か取り柄がなければならない」
その理屈はフェリも痛いくらい理解している。
その取り柄を見つけるために、一般教養科でフェリは学びたかったのだ。
しかし兄は──そんな私の気持ちを踏みにじった。
「なのに、今の時点で貴様の取り柄は念威以外無し。
この一年何をしていたのだ?
アルセイフは言っていた。三年生までは武芸科でも一般教養を学ぶと。
武芸の訓練だって、念威操者は身体を動かすわけでもなく、ましてや貴様は手を抜いていたのだから、疲労もそんなに溜まらなかっただろう──」
──やめて。
フェリは頭の中で呟いた。
その先の言葉は聞きたくない。
「その気があれば、料理にチャレンジしたり、様々な事を試す、あるいは磨く時間がとれた筈。
つまり、貴様は──」
──やめて! 聞きたくない聞きたくない!
フェリは脳内で必死に叫ぶ。だが、声にはならなかった。
「何かしようと努力して、自分には念威以外何もないことを知るのが怖かっただけだ。
努力すれば何か出来る可能性もあるのに、何も出来ない可能性を見たくなくて、最初の一歩が踏み出せない」
フェリの目が大きく見開かれた。
「大小の差はあれど、変化には常に痛みがつきまとう。
貴様はその痛みから逃げた! 目を逸らした!
そのくせ、念威以外の道を探そうとすることで、自分は誰かの言いなりじゃなく、自分の意思をもっているのだという気になり、ちっぽけな自尊心を満たしている」
「……違います」
「本当は兄に無理やり武芸科にされて、ほっとしたんだろう?
これで、他の道を探さないでいい口実ができたと」
「違います!」
フェリらしからぬ、力強い否定。
感情表現が上手くないフェリが、ここまで感情を露わにする。
それはつまり、ルシフの言葉がフェリの心を深く抉った証拠。
ルシフは俯いたフェリを見据え、力強く声を張る。
「──痛みを怖れるな、フェリ・ロス!
己の可能性を信じ、挑み続けろ!
その痛みを受け入れなければ、貴様はずっとそうやってふてくされて、ただひたすら無為に時を過ごしていくだけだ!」
フェリはゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐルシフを見た。
ルシフ・ディ・アシェナ──フェリにとって大嫌いなタイプの人間。
無理やりでも自分の意見を通すところに、兄のカリアンに近しい印象をもってしまうからだろう。
しかし、自分というものをしっかりともっているところは、素直に羨ましいと感じてしまうのも事実。
いずれにせよ、フェリはずっと目を逸らしてきた自分の本当の心に、今日気付けた。
あとはフェリの問題だ。
本気で変わりたいと思うか。それとも、今まで通りカリアンのせいにして、何も変わらないか。
「…………こういう時は、ありがとうございましたというのが正しいのでしょうか」
ルシフはキツい言い方だったが、いつまでも同じ場所でうじうじしている自分を叱ってくれた。
なら、礼くらい言うのが筋だろうと考えての言葉だった。本音は礼など言いたくないが。
「礼など要らん。俺はただ思ったことを口にしただけだ。
……それにしても、暇すぎるな。少しからかってやるか」
「──え?」
フェリは、とてつもなく嫌な予感がした。
ルシフは足元に転がっていた手ごろな大きさの石を左手にとり、内力系活剄で脚力を強化し跳躍。
空中を飛んでいる中継機より高く、鳥が飛ぶくらいの高さまで跳ぶ。
観客席からは驚きの声があがり、対抗試合を実況している生徒が興奮した様子で何かを叫んでいた。
遥か上空から敵の陣を見下ろす。敵の陣に置かれたフラッグが丸見えになっている。
そこから左手を振りかぶり、掴んでいた石を投げる。
投げる瞬間、内力系活剄で脚力ではなく、腕力を強化。
投げられた石は、目にも止まらぬ速さでフラッグのすぐ横に突き刺さった。
敵陣にいた念威操者は唖然とフラッグのすぐ横に埋まった石と、ルシフを交互に見る。
敵の狙撃手が、慌ててルシフに照準を合わせ狙撃。
放たれた弾丸が、ルシフの額に撃ち込まれる。
だが、ルシフは微動だにせず、凄絶な笑みで狙撃手を見据えた。
狙撃手の顔がどんどん青ざめていく。
地面に着地したルシフは再び石を持ち、跳躍。
何発も狙撃されながらも、それを無視しフラッグのすぐ近くに石を投げる。
何度も、何度も、何度もその流れを繰り返す。
さっきまではち切れんばかりの歓声をあげていた観客席も、今はお通夜のような静寂に包まれ、実況している生徒も言葉を失っている。
「……ばか」
ルシフに聞こえないよう、フェリが軽く息をついて呟いた。
◆ ◆ ◆
「──ったく、あの悪魔ッ! ほんと、とんでもねぇな!
俺が華麗にフラッグを撃ち抜いて目立つ予定が……」
シャーニッドが殺剄を使いながら、木々の間を駆け、陣が狙える木に登って、
シャーニッドの手に狙撃銃が握られ、スコープ越しに敵陣を見る。
「こちらシャーニッド。フラッグを破壊するには、障害物がある。二射する隙があれば、確実に破壊できるぜ」
『……シャーニッドはそのまま待機しろ。
だが、いけると思ったら、いつでも狙撃を試みて構わないし、他に良い位置があれば、移動してもいい』
「了解」
通信機にそう返すと、シャーニッドは狙撃銃を構え直す。
ニーナの指示は以前と変わった。
以前はがちがちに縛るような指示だったのが、今はある程度の自由が与えられた指示になった。シャーニッドという人間を考慮しての指示だろう。
実際シャーニッドはこういう指示の方がやりやすい。
気に入らないのは、それを気付かせたのがぽっと出の一年ってことだけ。
ニーナは、隊長とは何かを真剣に考えだした。
前まではただひたすら訓練して、自分のことしか頭になかったニーナが、隊員を理解しようとしたり、どういう指示をされたいかと隊員に訊くようにもなった。
嬉しい変化だ。
けど、どこか腹が立つのは、自分が最初に入隊した隊員だからだろうか。
自分が気付かせたかったと、柄にもなく後悔しているのだろうか。
シャーニッドは首を左右に振る。
そんなのはどうでもいい。ただ、何故かアイツには負けたくないのだ。
実力差を思い知らされても、絶対にいつかは勝つ、少なくとも一矢報いてやると思う。
認めたくないが、ある意味でルシフ・ディ・アシェナは人を惹き付ける魅力があるのだろう。
圧倒的な存在感で、誰もの心に何かしらを刻み込む。
それは恐怖だったり、畏怖だったり、尊敬だったり、友愛だったり、嫉妬だったり、軽蔑だったり……。
だから、誰もの心にルシフという存在が強く残る。
(俺は──対抗心か? ったく、アイツが現れてから熱くなって……俺らしくねぇ)
だが、悪くない気分なのも事実。
なんとなく過ごしていた毎日に、火が入れられたようだ。
その点だけは、アイツに感謝してやってもいいか。
この思考を最後に、シャーニッドはスコープから見える視界に集中し、トリガーに指先をかけた。
ニーナとレイフォンの相手は、三人の旋剄使いだった。
ニーナとレイフォンの周囲には、土の粒が舞っている。
敵のアタッカーが、衝剄でグラウンドの土をニーナたちに飛ばした影響だ。
そうして視界が悪くなったところに、陣前にいた三人の旋剄使いが、旋剄を使用して一気に攻めてきた。
はっきりいって、劣勢だった。
レイフォンはただ襲いかかってくる敵の攻撃を防ぐばかりで、反撃しない。
レイフォンは、まだ迷っていた。
何度も地面に転がされながらも起き上がり、また転がされる。
ニーナは二人を同時に相手していて、防戦一方になっている。
ルシフと鍛練を始めたが、まだ数日。
たったそれだけの時間で強くなれるほど、甘くはない。
ただひたすらに、二人の攻撃を受け続ける。
だが、何事にも限界がある。
度重なる攻撃で受けた僅かなダメージが蓄積され、ニーナから力を奪う。
ニーナが纏っている剄の輝きが曇る。足から力が抜け、ニーナが片膝をつく。
好機とみた敵が、二人一斉に襲いかかる。
その時、ニーナの前方でどごんという音がした。
敵の二人も足を止め、何事かと後方を振り返り、自分たちの陣を見る。
レイフォンの方もそうだった。
彼らが見たものは、遥か上空からひたすら第十六小隊の陣に向かって石を投げ続けるルシフの姿。
「……おいおい……」
第十六小隊の隊長らしき人物が、唖然とした表情で呟いた。
ニーナとて、同様の表情だ。
そこでシャーニッドから通信が入り、シャーニッドに指示を出して、再び戦闘に集中する。
ニーナはルシフから警告されているような感じだった。
しっかりしないと終わらせるぞと、脅されているような気すらした。
ニーナの身体を覆っていた剄が、輝きをとり戻す。
力が入らない足を、無理やり立たせて鉄鞭を構える。
再び攻撃を再開しようとしている二人の敵を見据える。
さっきまでと違い、彼らは鬼気迫る表情をしている。
一刻も早く、隊長であるニーナを倒さなければと考えているのだろう。
「……嫌がらせのようなことをして……俺たちをおちょくって……隊長の風上にも置けん
敵小隊の隊長らしき男が、内力系活剄で強化された重さのある威圧的な声で叫んだ。
言われた途端に、ニーナは必死に立たせた身体が重くなった感じがした。
ニーナの目は大きく見開かれ、怒られた子供のように身体を縮こまらせた。
(わたしが……下衆?)
その言葉は、ニーナの心を深く傷付けた。
そして──ショックを受け力を失ったニーナに、二人の敵が襲いかかる。
ニーナは倒されるのを覚悟し、敵を見るともなく見る。
せめて最後の瞬間までは、しっかり見ておこうと決意してのことだった。
しかし、ニーナに最後は訪れなかった。
ニーナの眼前で、二人は横に吹き飛んだ。
ニーナが横を見て、二人を吹き飛ばした相手を知った時、ニーナは絶句した。
そこには鋭い目付きをした、レイフォンの姿があった。
レイフォンが実力を発揮したきっかけは、敵小隊長がニーナに言った下衆という言葉だった。
レイフォンはニーナと少なからず接点があった。
初めての訓練の前に、ニーナと機関掃除のバイトで一緒に仕事をしたこともある。
その時にニーナと話をして、ニーナのことを知った。
ニーナは自分の都市以外の世界を見てみたかった。
一つの世界だけでなく、たくさんの世界を見たかった。
それが、ニーナがツェルニに入学した理由だった。
また、ツェルニという都市の意識──幼い少女の姿をした電子精霊に出会ったのもその時だ。
ニーナとツェルニが仲良さそうに接するのが微笑ましかった。
それから、初めての訓練が終わった後の錬金鋼の調整で、ハーレイと二人きりになった時、ニーナが小隊を作った理由を知った。
ニーナにとって、ツェルニは故郷と一緒で大切な場所。
もしツェルニに入学しなければ、会わなかった人々。
奇跡のような確率で、出会えた繋がり。
そういうのをなくしたくないから、自分の力でそれを守りたいから、ニーナは小隊を作ったのだと、ハーレイに教えられた。
ただひたすら真っ直ぐに、自分の目指す場所に突き進む。
それが、ニーナの纏う剄が眩しいくらいに輝く原動力なのだろう。
ルシフとの鍛練で、必死に頑張っている姿も見てきた。
(……許せない)
そんなニーナのことを知らず、下衆などと言った敵小隊長が。
その言葉がどれだけニーナを傷付けたかは、ニーナを見るだけで一目瞭然だった。
(──許せない!)
ここで力を発揮したらどうなるとか、そういうのはレイフォンの頭から全て抜け落ちた。
隊長のことを侮辱するなら、僕が全身全霊をもって否定してやる。
隊長が落ち込む原因があるなら、僕がその原因を潰す。
その一心で、レイフォンは力を解放させた。
レイフォンを攻撃していた敵に、レイフォンはカウンターの要領で剣を叩きつけ、ニーナの方を見る。
ニーナの至近距離に二人の敵が迫っていた。ここから走っても間に合わない。
なら、走らなくてもいいやり方で、助ければいい。
レイフォンは剣に通していた剄の質を変化させながら、剣を敵二人に向けて振り抜く。
振り抜いた勢いで、衝剄に変化させていた剄を放つ。
それもただ放つわけではない。
外力系衝剄の変化、針剄。
針のように鋭くした衝剄で、敵二人を吹き飛ばした。
ニーナが驚いた顔で、レイフォンを見ている。
そこで、野戦グラウンドに激しいサイレンの音が鳴り響く。
敵が吹き飛んだのを見て、好機と判断したシャーニッドがフラッグを狙撃し、二射目でフラッグを破壊したからだ。
観客席がどっとわきあがり、実況している生徒が興奮気味に、第十七小隊の勝利を叫んだ。
こうして、対抗試合は第十七小隊の勝利で幕を閉じた。
ルシフの戦闘シーンでは、いつも脳内に「覚醒、ゼオライマー」のBGMが流れる作者です。
BGM自体は凄く良いBGMなので、興味をもった方がいましたら、ぜひ聴いてみてください。
ルシフの戦闘シーンは「やり過ぎだろ……(呆れ)」ではなく、鬼畜過ぎて逆に笑えてくるような戦闘を目指しています。
今回の、カリアンがフェリを強制的に武芸科にした真意は、原作では書いていません。作者である私の捏造であり、願望です。
でも、カリアンならこれくらい考えていると思います。仮にフェリを武芸大会に出したいって気持ちだけなら、フェリの意見をがん無視するのは、ちょっと考えづらいです。
でも、こうするとレイフォンにも同じことが言えてしまうわけで……。レイフォンを無理やり武芸科に入れたカリアンを説明出来なくなるという罠。
まぁ、フェリに気付かせないためとかそういう理由付けはできますけどね。
話は変わりますが、私は廃貴族を宿す前(ここ重要)のニーナが、ヒロインの中では一番好きです。