鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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第50話 呪縛からの解放

 重苦しい空気が室内に充満している。

 少なくともゴルネオはそう感じた。

 カルヴァーンやカナリスはともかく、いつも笑みを崩さないサヴァリスでさえ、今は笑みを消していた。

 何故こんな空気になっているのか、ゴルネオには分からなかった。

 ルシフのパフォーマンスを見終わり部屋に帰ってきたらこの状態だから、やはりルシフが関係しているのか。天剣三人は基本部屋から出ないが、もしかしたらどこかに隠れてルシフのパフォーマンスを見たのかもしれない。

 

「兄さん、何かあったのですか?」

 

「ゴル、君はルシフのパフォーマンスを見てどう思った?」

 

「どうもこうも、凄まじいパフォーマンスだったとしか言えないです」

 

「その通り。多分全自律型移動都市(レギオス)を探したって、あんな剄技を使える武芸者はルシフだけだろうね。そもそも、敵を倒すのに直結しないあんな剄技を覚えようなんて、武芸者は基本考えない」

 

 剄は、都市を守るために使うもの。それが武芸者にとって常識であり、剄技も戦闘に関連しているものしか覚えようとしない。

 ルシフのした剄技は、ただ水を剄で操る剄技。ただの水を操って戦闘が有利になる状況は、本当に稀だろう。前提条件であれだけの水が必要になるのも、戦闘に向いてないと言わざるを得ない。

 

「……しかし、それがどうしてこんな重苦しい空気になるのです?」

 

「言っただろ? あんな剄技を使えるのはルシフしかいないって。ルシフはあんな奇想天外な剄技を、いくつも持ってるんだろうねぇ。剄量が元々でも僕らと同じくらいあるのに、あれほど剄のコントロールを身につけている。才能だけじゃたどり着けない境地にルシフはいるんだ。だから、同じ武芸者としてちょっと敬意のようなものを感じてさ」

 

 ゴルネオは思わず吹き出しそうになった。あのサヴァリスの口からまさか敬意などという言葉が出てくるとは。

 サヴァリスは戦闘にしか興味のない人間で、自分の戦闘欲を満たしてくれるかどうかでしか、他人を評価しない。そんな人間ですら、ルシフに対しては認める部分がある。

 

「ルシフは一刻も早く始末するべきです」

 

 カナリスが言った。

 全員がカナリスに視線を向ける。

 

「一度毒殺を試みましたが、ルシフは運良く免れました 」

 

 バン・アレンデイの日。カナリスは殺剄を使って早朝に教室に忍び込み、毒入りのチョコレートをルシフの机に置いた。その時にはもうルシフの机にプレゼントが幾つも置かれていたため、カナリスのチョコレートは違和感のない状態だった。

 しかし、知ってか知らずかルシフは机のプレゼントの山を見もせずに全て燃やし尽くした。カナリスの計画は呆気なく失敗した。もしかしたら、ルシフはそういう刺客から狙われるのに慣れているのかもしれない。だから、直接渡してきたプレゼント以外は受け取らない。

 カナリスが生まれた家は、グレンダン王家の暗部を担う家だった。カナリスはアルシェイラの影武者となるべく幼い頃から育てられ、整形手術をしてアルシェイラと似た容姿にもされた。そういう家のため、カナリスは毒の心得があった。

 カナリスは失敗した後も毒殺するタイミングを窺っていたが、ルシフに隙は無かった。いや、隙はあった。あったが、それは誘いの隙だと、カナリスは気付いていた。もしその隙をついて毒殺しようとしたら、逆にこちらの存在が浮き彫りになり返り討ちにされただろう。

 

「……カナリス。お主のその頑なにルシフを排除しようとする意思。それは女王陛下のためか? それとも、その身体の震えのせいか?」

 

 カルヴァーンが言った。

 カナリスは両手で自身の身体を抱き、身体の震えを抑えつけようとする。

 カルヴァーンはため息をついた。

 

「……お主の気持ちも分かる。あの剄技を見て、心を動かされん者はおらんだろう。特に武芸者にとって、あの剄技は衝撃的な筈だ。

三ヶ月、ルシフを監視しておったが、奴は殺すまでの悪ではないと私は思う」

 

「カルヴァーンさんはマイアスでルシフがしたことを忘れたんですか!?」

 

「無論、覚えておる。だから、奴から廃貴族は必ず奪い、グレンダンに連行する。廃貴族を奪い監視下におけば、ルシフといえど何もできんだろう。要は、ルシフが暴れても抑えつけられる状態にしておけばいい」

 

 カナリスはしばらく沈黙していた。顔は俯けている。身体の震えは今もおさまらないようで、両手で身体を抱き続けていた。

 

「……私は、反対です」

 

 カナリスが顔を俯けたまま、呟いた。

 

「あの男は殺すべきです。グレンダンに連行して、グレンダンの民が奴を支持するようになれば、とても厄介なことになります」

 

 サヴァリスとカルヴァーンは無言でカナリスの言葉を聞いていた。

 カナリスは今までアルシェイラのために生き、アルシェイラのために生きることが自身の存在意義だと思っている。ルシフは、そんなカナリスを壊す可能性があった。ルシフの異常だが惹き込まれる価値観に触れ続ければ、アルシェイラに対して疑念を抱き、アルシェイラは間違っていると考えるようになってしまうかもしれない。

 カナリスにとって、それは死より耐え難いもの。

 

「ルシフは殺します、必ず。どんな手を使っても」

 

 カナリスの呪詛のような言葉だけが、室内に響いた。

 

「マイ・キリー。あの少女を上手く利用すれば、きっと……」

 

 カナリスの呟きが再び室内に響いた。

 ゴルネオの心臓がどくんと跳ねた。もしかしたら天剣授受者たちはマイアスでのルシフの暴走をどこかで見ていたのかもしれない。

 確かにマイ・キリーはルシフにとって弱点であるのは間違いない。だが、弱点に手を出したサリンバン教導傭兵団はどうなった? その時たまたま敵だったマイアスの武芸者は?

 マイ・キリーは弱点であるのと同時に、ルシフの怒りの起爆剤でもある。手を出せば最後、無事では済まない。ルシフを確実に殺さない限り。

 そもそも、ルシフのマイを想う心は弱点と言っていいのか。それはルシフが人の心を持っているという何よりの証ではないのか。それを奪えば、ルシフは人でなくなる。弱点のない正真正銘の悪魔になってしまう。

 自分はこのまま黙っていていいのか。最悪な事態に向かおうとしているのではないか。

 ゴルネオはそう思ったが、口から言葉は出てこなかった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆   

 

 

 

 剣を振るう。ただひたすら縦横無尽に動きまわり、剣に剄を乗せ、型をなぞり続ける。

 レイフォンは都市外縁部で剣の鍛練をしていた。無性に鍛練をしたくなったのだ。

 養殖湖でのルシフのパフォーマンス。頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。

 水を動物の形にし、踊らせる。一つだけではない。周囲をぐるりと囲んでいた。動物の数は二十以上いただろう。しかもそれぞれ違う動物だった。

 一体どれだけ才能があれば、一体どれだけ努力をすれば、あれができるようになるのか。自分には到底できないことだし、できるようになりたいとも思わないが、それでもルシフとの差を見せつけられたような感じだった。

 水でできた動物も動物の特徴をよく捉えていて、シルエットだけでもどの動物を模しているか分かる程、完成度が高かった。ルシフはポスターを美術関係の生徒と一緒になって作っていた。もしかしたらルシフは絵の心得があるのかもしれない。絵が描けるからこそ、ルシフは剄を通してイメージを表現する力がずば抜けているのか。

 レイフォンは剣を振るい続けた。様々な斬線が空中に刻まれる。

 自分がやる鍛練はこういうものしかない。剣の型の鍛練か、基本的な剄の扱いの鍛練か、鋼糸の鍛練。自分にとっての鍛練は、自分の今ある技術を更に向上させるためのもの。

 だが、ルシフは違う。ルシフは自分にできないことを常に鍛練しているのだろう。いわば、自分にない技術を身に付けるための鍛練。そして、ルシフは剄でできないことが鍛練をする度に無くなっていく。

 自分のやっている鍛練が無駄とは思わない。今ある技術を更に磨きあげるのは、そのまま自身の強さに直結する。ルシフのように手当たり次第新しいものを身に付けようとすれば、必ずどれも中途半端になって実戦で役に立たない技術、身に付ける必要の無い技術が出てくる。普通ならば。

 しかし、ルシフは手当たり次第新しいものを身に付けて、その完成度も高い。あの水を操る剄技を見れば、戦闘で使わないあんな剄技すら完璧に使いこなしているのが理解できる。ルシフの天性の戦闘センスと、絵描きで養われた表現力。それらが合わさり、本来なら効率の悪い鍛練がとても効率の良い鍛練になっている。

 外縁部を駆け回りながら、様々な型を繰り出し続ける。身体は休まず動き続けているが、頭は鍛練と関係ないことをずっと考えていた。

 

 ──なんでこんなに焦ってるのかな?

 

 早く強くなりたい。ルシフに少しでも近付きたい。そんな思いが心の底で燻っている。その燻りが身体を支配し、鍛練させるのだ。

 自分は武芸を捨てたいんじゃないのか。それが何故、こんなにも必死に鍛練している?

 

 ──リーリンが持ってきた錬金鋼は、間違いなくサイハーデン刀争術の皆伝の証。

 

 レイフォンが鍛練している理由はルシフだけが原因じゃなかった。

 ルシフのパフォーマンスが終わり、養殖湖から寮への帰り道。

 リーリンが錬金鋼の入った箱を渡してきた。

 レイフォンはその箱を受け取るのを拒否した。

 リーリンはその返事を聞いて怒り、最終的には自分も感情的になっていた。お互いの言い分をぶつけ合い続け、リーリンが耐えきれなくなって走り去り、その場はおさまった。

 

養父(とう)さんはもうあなたのことを許しているよ。むしろ、申し訳なくさえ思ってる。だから受け取って欲しいって』

 

 錬金鋼の箱を渡す時に言ったリーリンの言葉が、頭から離れない。

 その言葉を聞いた瞬間、全身がかっと熱くなるのを感じた。身体に震えがきた。

 分かっている。その言葉は、とても嬉しかったんだと。

 サイハーデン刀争術の門下でありながら闇試合に出場し、サイハーデン刀争術を金儲けの道具にした。

 天剣授受者に任命された時、天剣は剣の形にしてもらった。サイハーデン刀争術の技術もその時封じた。闇試合に関わったのは自分だけの問題であり、サイハーデン刀争術は関係ないと暗に示すために。

 それでも、養父に対して後ろめたさが消えることはなかった。どれだけサイハーデン刀争術を封じても、やはり自分の武芸の土台はサイハーデン刀争術なのだ。剄技を使わなくとも、動きにそれはどうしても出てしまう。

 闇試合が発覚し天剣授受者の地位を失った時、養父から何を言われるのか、養父がどんな顔をするのか知るのがたまらなく怖かった。

 孤児院の仲間たちはリーリンやごく少数を除き、誰もが非難し責めてきた。養父はいつもの厳しい表情をしていた。非難も責めも謝罪も何もなく、ただ黙っていた。

 許されないことをしている。その思いは闇試合に関わろうと決めた時からずっとあった。だが心の底では、みんなは自分のやったことを理解してくれる。許してくれると期待していた部分もあった。孤児院の仲間に責められて当然と思いながらも、孤児院のみんなのためにやったのになんで責められないといけないんだと、理不尽にも思った。

 今なら分かる。その考えは傲慢だと。孤児院の仲間たちは、孤児院のために金を稼いでほしいなんて一言も言わなかった。天剣授受者である自分を闇試合が発覚するまで、ずっと慕ってくれた。誇らしそうに友だちや近所の人たちに自慢していた。

 間違えた。今ならはっきり言える。自分は間違いを犯した。今もサイハーデン刀争術を使わないのは、いわばその間違いに対する罰なのだ。私欲のためにサイハーデン刀争術を利用した自分に、サイハーデン刀争術を名乗る資格はない。

 しかし、迷惑をかけたと思っていた養父のデルクは、もう自分のしたことを許すと言っている。

 本当だろうか? 心を砕き、厳しくも真剣に鍛えてきた教え子が、不純な目的で教えられた技術を使ったら、それを許すなんてできるのだろうか? それも、あの潔癖な養父が。

 リーリンが持っていた箱。中身は錬金鋼ではなく、絶縁状や恨み辛みが延々と書かれた手紙じゃないのか。自分をぬか喜びさせて、どん底に突き落とす。そういう復讐を、リーリンはしにきたのではないのか。

 リーリンの今までの接し方や性格から言ってその可能性は限りなく低い。が、ゼロではないのだ。

 もしあの箱に絶縁状のようなものが錬金鋼の代わりに入っていたら、自分は耐えられない。心が完全に折れてしまう。だから、あの箱を受け取るのが怖かった。

 身体を動かそう。考える余裕が生まれないくらい。

 レイフォンは外縁部を駆け回り続ける。

 考えれば考えるほど、悪い方向に向かっていく。考えないようにするやり方が、レイフォンはこれしか思い付かなかった。

 レイフォンは機関掃除のバイトの時間になるまで、鍛練を続けた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 何を言っているか分からなかった。

 言葉は理解できるし、言葉の内容も理解できる。だが、何を言っているか分からなかった。

 生徒会長室にニーナはいた。ニーナの他に生徒会長のカリアン、武芸長のヴァンゼ、ルシフ、マイがいる。

 ルシフから生徒会長室に来るよう言われ、ニーナは生徒会長室にやってきた。

 そして、そこで衝撃的な言葉を、ルシフの口から聞いたのだ。

 

『俺とマイは教員がツェルニを去るのに合わせて、退学する』

 

 ニーナの脳裏にルシフに言われた言葉が再生された。

 この言葉が何を意味しているか、分からないわけがない。しかし、内容は理解できても納得はできなかった。

 ニーナの頭の中を何故? という疑問が埋め尽くしている。何故今なのか。何故いきなりそんな話になるのか。何故退学するのか。

 カリアンとヴァンゼも衝撃が大きかったようで、目を見開き言葉を失っている。

 ルシフとマイは別にいつも通りだ。別れを告げても悲しげな表情は一切していない。ルシフは自信満々な表情、マイは無表情。

 

「生徒会長であるお前と、一応俺の隊長であるアントークには、事前に退学の話をしておこうと思ってな、こうして集まってもらった」

 

「……他に退学の話をする相手はいるのかい?」

 

 カリアンが執務机が前に置いてある椅子に座りながら、ルシフの目を見て言った。

 

「別にいないな。マイ、お前は別れを告げておきたい奴はいるか?」

 

「いません」

 

 マイは即答した。

 ニーナはマイを見る。首に赤のスカーフ、右手に錬金鋼の杖。

 ルシフにマイと仲良くなるよう頼まれて二ヶ月半経ち、マイとなるべく出掛けたり遊んだりしたが、ルシフへの依存を軽くするほどの信頼は得られなかった。

 結局自分が二ヶ月半マイに対してやってきたことは、無駄だった。そう思わざるを得ないのが、ニーナは悲しかった。マイはリーリンとフェリとも仲良くなった筈なのに、彼女ら二人と別れるのをなんとも思っていない。もちろん自分とも、マイは別れるのに抵抗や悲しさはない。

 カリアンは意外そうな表情でルシフを見ている。

 ルシフは少し眉をひそめたが、しばらくして合点がいったのか表情が元に戻った。

 

「なんだカリアン。俺が講堂に全学生を集めて、別れの挨拶でもすると思ったのか?」

 

 カリアンは目を見開いた。図星か、とニーナは思った。

 ニーナ自身、ルシフは退学の前に全学生にスピーチするんじゃないかと、思っていたところもある。そういう支配者のような行動をしても、ルシフに違和感を感じないからだ。

 ルシフはカリアンの反応を見て、愉快そうに笑う。

 

「俺だって分をわきまえる。たかが一学生が退学の時に全学生を集めて別れの挨拶など、恥ずかしくてできんよ」

 

 よく言う、とニーナは思った。

 今まで分をわきまえず好き放題してきたくせに、今更分をわきまえると言っても説得力が無さすぎる。

 つまり、ルシフにとって別れの挨拶をするのは無意味なのだ。だが、生徒会長や武芸長、ルシフの隊長をしている自分はルシフの退学で色々手続きやら段取りをする羽目になるため、こうして退学の話をしたのだろう。

 ルシフはこういう気配りをさりげなくする男だと、ニーナは違法酒の件の時に気付いた。自分のことしか考えていないように見えて、相手のことを考えている。そんな男だからこそ、多数の学生から支持を得られるのだろう。

 

「お前とマイ・キリーが退学する話は、ここにいる俺たちしか知らないのか?」

 

 ヴァンゼがルシフに訊いた。

 

「お前らの他に教員五人も俺たち二人の退学を知っている。別に秘密の話にするつもりもないから、他の奴に喋りたいなら好きにすればいい」

 

「……何故なんだ、ルシフ?」

 

 ニーナは我慢できなくなり、問いかけた。

 

「何故というのは、何故退学するか、という意味か?」

 

「それもある! それだけではなく、何故今のタイミングで退学の話が急に出てくる!? お前が何を考えているか、わたしには全く分からない! お前がいなくなったら、わたしを誰が鍛えてくれるんだ!? わたしはまだお前にわたしを隊長だと認めさせていない! わたしの成長を見せれていない! お前は、わたしにとって大事な隊員であり、わたしを鍛えてくれる先生でもあるんだ! まだツェルニに入学して一年も経ってないじゃないか! 二人とも、ツェルニを退学するな! まだお前たちとは一緒に──」

 

「アントーク」

 

 ルシフが口を開き、ニーナの言葉を遮った。

 ニーナは思わず黙る。

 ルシフは勝ち気な表情になった。ルシフはちらりと左肩の辺りに視線を向ける。ニーナもルシフの視線につられ、ルシフの視線の先を見た。

 ニーナははっとした表情になる。ルシフの視線の先にあるのは、銀色で丸く、ⅩⅦと彫られた小さなバッジ。第十七小隊に所属しているという何よりの証。

 

「俺は対抗試合には一切出なかったし、マイアスとの武芸大会の時も、第十七小隊として行動していない」

 

「それはサリンバン教導傭兵団がマイを誘拐したからだ。お前のせいじゃない」

 

「俺が第十七小隊にいなくとも、お前らはちゃんとやれた。闘えた。そうだろ?」

 

「お前がいたからだ!」

 

 ニーナは声を荒らげた。

 

「お前がいたから、わたしたちは情けないところを見せてたまるかと、本気になって真剣に闘えた。お前がはっきりとどこがダメか言ってくれたから、わたしは……第十七小隊は変われた。わたしはそう思っている。言っただろ? お前はわたしの大事な隊員だと。だから、退学するな。お前が必要なんだ」

 

「アントーク、お前の気持ちは分かる」

 

 ルシフの表情から笑みが消えていた。

 

「だが、もう決めた。そもそも、俺のような学ぶ必要など全くない優れた男が、何故ツェルニのような未熟者ばかりが集まる学園都市に入学したと思う?」

 

「それは……」

 

 確かに言われてみれば、ルシフがツェルニに入学する理由は思い付かない。

 レイフォンのように住んでいる都市で問題を起こして都市を追放されたなら、優れた人間が学園都市に来るのも分かるが、ルシフに関してはそういう話を一切聞かなかった。

 もしかして自分が知らないだけで、ルシフは住んでいた都市で何か問題を起こしていたのか。ルシフの性格なら、十分あり得る。

 ニーナはカリアンに視線を送る。カリアンはニーナの視線に気付き、静かに首を横に振った。生徒会長のカリアンでさえ、ルシフがどういう理由でツェルニに入学したのか分かっていないようだ。

 ニーナ、カリアン、ヴァンゼは息を呑み、ルシフの言葉を待っている。何故ルシフがツェルニに入学したのか、気になるのだ。

 

「単純な話だ。学園都市というものがどういうところか知りたかった。それだけだ。そして、もう十分学園都市という都市を学び、理解した。これ以上いたところで、俺にとってなんの得もない。だから、退学する」

 

 学園都市がなんなのか。そんな好奇心だけで、ツェルニに入学していたのか。ツェルニに入学している学生は卒業を目標に入学してくるが、ルシフは違った。学園都市を知り尽くすことが、ルシフにとっては目標だった。その目標が達成された今、ルシフを引き留められるものは何もない。

 ルシフの退学が決定的だと理解した時、ニーナは頭の中が真っ白になった。

 ルシフとマイはそれ以上何も言わず、生徒会長室から出ていく。

 ニーナは二人の後ろ姿に何も言えなかった。

 顔を俯け、両拳を握りしめる。その時ニーナにできたことは、それだけだった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 レイフォンは病室にいた。

 以前のニーナのように、無茶な鍛練をしすぎて入院したからではない。

 レイフォンが病室にあるベッドに視線を向ける。

 リーリンがベッドで寝ていた。レイフォンはリーリンのお見舞いで病室に来ていたのだ。

 医師の話では、たまった疲れが一気に出て倒れたということらしい。数日安静にして休めば、すっかり元気になるとも言われた。

 自分のせいだと、レイフォンは思った。

 自分に錬金鋼を渡す。その一心でリーリンは危険極まりない放浪バスで荒れ果てた大地を移動し、はるばるツェルニまでやってきたのだ。そんな辛い思いをしてまで渡しにきた錬金鋼を、自分は断った。気力でごまかされていた疲労が一気に襲いかかっても、不思議ではない。

 リーリンが人の気配に気付いたのか、目を開けた。

 今は深夜で、真っ暗だった。

 リーリンは何度か目をこすり、レイフォンをじっと見ている。

 

「……レイフォン?」

 

 ようやく暗闇に目が慣れたのか、リーリンはレイフォンの顔が見えるようになっているようだ。

 

「……わたし、余計なことしたのかな?」

 

 リーリンが何を言いたいのか、レイフォンは悟った。リーリンはレイフォンがグレンダンのことなんて考えたくないのかもしれないと思っているのだ。自分の行動が、そう思わせてしまった。グレンダンなんてどうでもいいと、感じさせてしまった。

 

「そんなことない。絶対に許してくれないと思っていた養父さんが、許してくれた。こんなに嬉しいことはないよ」

 

 レイフォンは首を横に振った。

 嘘ではない。本音だ。本当に嬉しかったのだ。

 

「じゃあ、どうして受け取ってくれなかったの?」

 

「……本当に、養父さんは許してくれたの? 僕は本当に刀を握ってもいいの?」

 

 自分の声が、どんどん震えていく。

 リーリンから否定されたら、自分はこの場でショックのあまり倒れてしまうかもしれない。

 

「養父さんが言ってたの」

 

 リーリンの声も、震えていた。

 涙が、リーリンの頬を濡らしている。

 

「レイフォンはこれから過酷な道を進むだろうから、せめて過去から解放してやりたい。何も与えてやれなかったから、せめて自由を与えてやりたいって」

 

 リーリンの言葉が、心にずっと巻きついていた鎖をほどいていく。

 涙が両目から流れる。

 自分は、養父さんとまだ呼んでいい。リーリンと縁を切らなくてもいい。

 

『武芸者になりたいのか?』

 

 幼少の頃、道場で木刀を振っていた養父。その姿をじっと眺めていると、養父からそう言われた。

 その頃は、武芸者がなんなのか分からなかった。分からなかったが、頷いた。

 その日から、養父との稽古が始まった。

 最初は上手く木刀を振ることすらできず、転んだ。養父は転んだ自分を抱き上げ、言った。

 

『お前が大きくなるまでは、私が守ってやる。その後はお前が、院のみんなを守る番だぞ』

 

 その時から、自分は刀を握ろう、と決めたのだ。養父のようになりたいと、心から思ったのだ。自分がみんなを守ろうと、自分自身に誓ったのだ。

 

「わたしたちのこと、忘れないで」

 

「忘れるもんか」

 

 リーリンの言葉が、身体を熱くさせた。

 レイフォンは目の前のリーリンがいとおしくなり、リーリンを抱きしめた。

 リーリンもレイフォンの背に両腕をまわし、抱きしめ返してくる。

 

 ──守る。

 

 この温もりを、家族を守る。それが、自分が武芸者になりたい原点だったのではないのか。

 しばらくの間、レイフォンとリーリンは涙を流して抱き合っていた。




原作だと、抱き合った後にレイフォンとリーリンはキスをするのですが、どうしてここで恋人ではない相手とキスする流れになるのかどれだけ考えても分からず、抱き合うだけで終わらせました。そっちの方が自然な感じがしたのです。
それに個人的な意見ですが、ここでキスするとデルクとレイフォンの話が台無しになるというか、リーリンとレイフォンがキスするための踏み台にされたような感じがして嫌なので、無しにしました。原作好きの方には申し訳ありません。

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