鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

58 / 100
第58話 惨劇開幕

 アストリットの狙撃銃から放たれた剄弾は、ダメージの有無は置いといて、アルシェイラの胸に確実に当たる弾道だった。横やりさえなければ。

 アストリットの剄弾の真横から銃弾が飛んできてぶつかった。剄弾は爆発し、爆風がツェルニの外縁部を吹き抜ける。

 

「ほんとウザッ!」

 

 バーメリンが不愉快そうに銃を構えていた。銃から煙が上がっている。アストリットの剄弾を撃ち落としたのはバーメリンだった。

 バーメリンがアストリットの方向に身体を向ける。

 

「バーメリン。お前、何をするつもりじゃ?」

 

「あのウザ女、撃ち殺してくる。クソムカツクから」

 

「おい!? 待つのだ!」

 

 ティグリスの制止の声も聞かず、バーメリンは内力系活剄で脚力を強化し、目にもとまらぬ速さでグレンダンの方に向かった。

 

「馬鹿者が、頭に血をのぼらせおって……。わしが補助に行かねば……ッ!」

 

 ティグリスはとてつもなく巨大な剄が現れたのを感じ、身体を剄を感じた方向に向けた。

 青白い光が眼前を覆い尽くす。都市が大きく揺れた。ティグリスはバランスを取りながら咄嗟に右手を(かざ)し、光を遮った。

 青白い光は一瞬で消え、さっきと変わらぬ光景になる。

 ティグリスは翳した手を下ろした。

 

「……何が起きた?」

 

 ティグリスはバーメリンではなく、青白い光が生じた方に駆ける。その方向はアルシェイラの剄を感じる方向でもあった。

 都市が再び揺れた。

 

 

 アストリットはバーメリンが射撃の邪魔をしたのを見た瞬間、王宮の頂上部から螺旋階段に走り、駆け下りた。

 バーメリンが自分の方に身体を向けたのを、アストリットは見逃さなかった。間違いなくこっちに来る。

 

 ──ルシフ様から言われていたパターンの一つ。天剣三つ目ゲットですわ。

 

 しかし、そのためにはいくつか問題をクリアしなくてはならない。全ての問題をクリアするまで生きられるか。それとも、その前にあの銃使いに撃ち殺されるか。

 ここがアストリットにとって、一番の正念場だった。

 アストリットは空中庭園にたどり着く。そこでハッとした表情になり、アストリットは前転した。一瞬前自分がいた場所に、銃弾が六発撃ち込まれる。上。アストリットは片膝を立てたまま、頭を上げる。

 さっきまで自分がいた頂上部。そこに不機嫌そうな顔をして銃を構えた女が立っている。バーメリン・スワッティス・ノルネ。唯一銃器を使用する天剣授受者。世界最強の銃使い。

 

「ウザ女、死ぬ覚悟はできたか?」

 

「……殺せるんですの? 私を」

 

「ショタコンのくせに、調子乗りすぎ。絶対殺す!」

 

「ショ、ショ、ショタコン!? 訂正なさい! 私はショタコンではありませんわ!」

 

「あんなガキの言うこと聞いて悦んでるくせに。キモッ!」

 

「はぁ!? あなたの方こそ、化粧は女を輝かせるためにするのに、わざわざ暗いメイクをされて、女として終わってますわよ!」

 

「わたしのメイクをバカにするな! クソホルステインのくせに!」

 

「ホルステイン!? ほんと、口の悪い方ですわね! そんな調子では、友人の一人もいないのではなくて!」

 

「そんなクソウザイ存在、こっちからお断りしてるわ!」

 

「…………」

 

「…………」

 

 アストリットとバーメリンの目が据わった。銃の引き金にお互い指をかける。

 

「どうやら、あなたとは仲良くなれそうにないですわね」

 

「そこだけは認めてやる」

 

「……貧乳が。この私を簡単に殺せると思うなよ」

 

「ウザッ。死ね!」

 

 バーメリンが引き金を引いた。六発の銃弾が降り注ぐ。

 アストリットは銃弾を撃ち落とそうとせず、ステップで回避行動をしながら引き金を引いた。剄弾が一発、バーメリンに飛んでいく。

 しかし、撃った瞬間にバーメリンの姿は頂上部から消えた。アストリットの横にバーメリンが現れ、銃を構える。いつの間にか両手に拳銃を持っていた。

 

 ──速い!

 

 アストリットは拳銃を後ろに放り投げ、剣帯から錬金鋼を取る。復元。散弾銃が両手に握られた。構えて撃つ。バーメリンの撃った銃弾と至近距離でぶつかり、爆発が起きた。空中庭園の地面がえぐれ、土埃が舞った。

 アストリットは身をかがめ、後方に走る。散弾銃を地面に向けて構え、二回撃った。それぞれ別の場所を撃っている。土埃が更に舞い、視界が真っ白になった。

 視界を遮られても、バーメリンの銃撃は止まらない。土埃の動きからどこにアストリットがいるか予想し撃ってくる。バーメリンの銃弾がアストリットの頬をかすめ、血が流れた。

 アストリットは散弾銃を錬金鋼に戻して剣帯に吊るしつつ、後方に投げた拳銃の錬金鋼を拾い復元。撃つ。バーメリンと違い、アストリットは念威端子によるサポートを受けているため、視界が遮られていてもバーメリンの正確な位置を把握できた。

 アストリットは拳銃を撃ちながら殺剄を使用し、少し離れたところにある柱に身を隠した。しゃがんで後頭部を柱につける。

 

 ──威勢のいいことを言いましたが、さすが天剣授受者。剄量の差が大きすぎますわ。それに、こちらは剄弾なのに対し、あちらは実弾。剄の消費もこちらが上。

 

 剄弾を使用するメリットはリロードしなくていい点である。剄を込める限り、撃ち続けられる。だが実弾に比べると、実弾の方が貫通力があるため、殺傷力は実弾の方が上だった。

 土埃が晴れていく。バーメリンは立ったまま動かない。若干俯いている。

 

 ──地面を見ている……? まずい!

 

 アストリットは柱から飛び出す。飛び出した直後、柱が穴だらけになった。バーメリンが銃を柱に向けて構えている。銃口からは煙が上がっていた。地面の荒れ具合から、アストリットがどう動いたのか読んだのだ。

 

「わたしの目から逃れられると思ったか? クソ女」

 

 バーメリンが飛び出したアストリットに銃の照準を合わせる。アストリットも転がりながら、バーメリンに照準を合わせた。

 バーメリンの目が細められ、剄の光を放つ。アストリットも同様に目に剄を集中させた。内力系活剄の変化、照星眼。この剄技をお互いに使っている。

 バーメリンが引き金を引く。刹那の間に十二発。アストリットは動きながら、引き金を引き続ける。バーメリンの一発の銃弾に剄弾を二発当て、相殺していく。相殺できた銃弾は六発。残りの六発は体捌きでかわす。しかし一発かわしきれず、左肩をかすめた。

 

「……ふ~ん。クソ面倒」

 

 バーメリンは身体に巻きついた錬金鋼の鎖の一欠片を銃弾に復元し、装填行動をしている。

 実弾のデメリットは弾切れがあり、装填作業を挟まなくてはならないところである。しかし、バーメリンの装填作業は瞬きの間に完了する。隙と言える隙は生まれない。

 

 ──悔しいですけど、やっぱり私だけじゃ勝てそうにないですわ。

 

 アストリットは王宮に沿ってひたすら走り、バーメリンから逃げる。バーメリンの姿が消えた。気付けば、アストリットのすぐ横にいる。同時に銃を構えた。バーメリンの銃弾を撃ち落とし続ける。両者の間で爆発と火花が散った。爆煙から二筋の光。右肩と左脇腹を銃弾が貫いていった。

 

「……つぅッ!」

 

 アストリットは歯を食い縛りながら、走るのを止めない。アストリットの戦闘衣が赤く染まっていく。

 バーメリンは急所を狙うのを止め、絶対に撃てば当たる部分を狙うようになった。アストリットは銃弾を全て撃ち落とさなくてはならない。回避行動をしても、身体のどこかに必ず風穴を開けられる。

 しかし、アストリットにバーメリンの銃弾を全て撃ち落とすのは無理だった。剄弾と実弾の殺傷力の差。銃の技量が互角であるがために、剄量がそのまま実力差につながっていた。

 装填作業が完了したバーメリンは、背を向けて走るアストリットに銃を向けた。アストリットも半身になって銃口をバーメリンに向けた。右肩を撃たれた影響か、右腕は震えている。

 

「死にぞこない。さっさと死ね」

 

 同時に銃を撃つ。再び爆発の花がいくつも咲いた。爆煙を切り裂き、一発の銃弾がアストリットの右太ももを貫く。アストリットは右足をもつれさせ、前に転がった。その拍子に銃が手から離れた。

 アストリットは転がり仰向けになる。バーメリンが跳んでいた。爆煙で視界を遮られたからだ。空中で銃を構えている。銃を拾う暇はない。錬金鋼を剣帯から取り、復元する時間もない。 

 

 ──ああ……私じゃここまで……。

 

 全てがコマ送りのように見えた。バーメリンの指が動き、引き金を引こうとする。バーメリンのすぐ近くの王宮の壁が壊れた。バーティンが飛び出してくる。バーメリンがバーティンの方を見た。バーティンの右肘がバーメリンの頭を捉える。完璧な不意打ち。更に追撃の踵落としでバーメリンを地面に叩きつけた。バーティンは空中で姿勢を制御して左膝を突き出し、仰向けで地面に倒れたバーメリンに全体重が乗った左膝を垂直にぶつける。

 

「がっ……!」

 

 バーティンは跳ね上がったバーメリンの頭を殴り、バーメリンは気を失った。天剣授受者といえど、完全に不意を突かれてダメージが通るなら倒せる。

 バーティンはゆっくり立ち上がる。バーメリンの身体を包むように巻かれている剣帯には多数の錬金鋼がぶら下がっていた。その中の一つ、白銀に輝く錬金鋼をバーティンは抜き取る。天剣スワッティス。

 

「てっきり……私が撃ち殺されるまで傍観しているかと思いましたわ」

 

「見捨てるわけないだろう。あなたのことは嫌いだが、同志だ。もし逆の立場だったら、私をあなたは見捨てたか?」

 

 おそらく見捨てていない。ルシフの理想を実現するためには優秀な武芸者が一人でも多くいた方がいい。バーティンも同じ考えだろう。

 アストリットが半身を起こした。転がっている錬金鋼を拾い、剣帯に吊るす。

 バーティンは気を失ったバーメリンの関節を次々に外していた。

 

「ちょっ!? 気を失った相手になんてことをしてるんですの!? 靭帯切れますわよ!」

 

「アストリット。あなたは二つミスをした。

何故旗を予定より多く振った? そのせいで予定よりグレンダンの武芸者の包囲がきつくなっている。

それから、何故さっさと待ち伏せしているポイントに誘い込まなかった? そのせいでさらに時間をロス。グレンダンの武芸者がすぐここに来る。一人で天剣授受者を倒せるか試したかったのか?」

 

 アストリットは黙り込む。

 天剣授受者を一人で倒したかった。バーティンの手を借りずに倒したかったのだ。しかし、無理だった。だから、予定通り自分が囮になり、バーティンが不意打ちで天剣授受者を倒す作戦に切り替えた。

 

「天剣授受者の強さをグレンダンの武芸者はよく知っている。天剣授受者の変わり果てた姿を見れば、私たちを恐れ、追撃をためらうだろう。もしあなたが予定通りやっていれば、こんなことをしなくても包囲を余裕で抜けられた」

 

「そうですけど、でも気を失った方に──」

 

「グレンダンの医療技術は高いと聞いている。後遺症は残らん。それとも、天剣授受者の四肢を切り落とした方が良かったか? そうすれば、グレンダンの武芸者は天剣授受者を救うのにてんてこ舞いで、私たちを追撃する余裕は無くなるぞ」

 

 バーティンの言葉に、アストリットは絶句した。言外で、マシな方を選んだのだからごちゃごちゃ言うなと言っている。

 バーティンがアストリットの前に左手を差し出す。アストリットはバーティンから顔を背けながらも左手を掴み、立ち上がった。右足の痛みで少しふらつく。

 

「その身体で包囲を抜けられるか?」

 

「余計な……お世話ですわ」

 

 バーティンがアストリットに背を向けしゃがんだ。

 

「私の背に乗れ。乗らないなら、天剣二つを私に渡せ。ここで死ぬか、恥を忍んで生きるか、選ばせてやる」

 

 アストリットの顔が屈辱と恥辱で真っ赤になった。しかし、天剣二つを渡してしまえば、天剣二つを手に入れた手柄はバーティンのものになってしまう。それでは、ルシフから褒めてもらえない。

 

「……分かりました。お願いします」

 

 アストリットは錬金鋼を復元して拳銃を左手に握り、バーティンの背に両腕を回す。

 

「おい、こっちだ!」

 

 グレンダンの武芸者の集団が空中庭園に乗り込んできた。

 バーティンは跳躍し、壁を乗り越える。アストリットが振り向いて、武芸者たちの足元周辺に剄弾を撃った。彼らの足が止まる。その時には、バーティンの姿はすでに壁の後ろに隠れていた。

 

「くそッ!」

 

 武芸者の集団の一人が苛立たしげに吐き捨てた。

 

「おい、あれ見ろ」

 

「バーメリン様だ! バーメリン様がやられてる! あいつら、なんてことしやがる!」

 

「天剣授受者様が……こんな……!」

 

 武芸者たちはバーメリンの姿に驚愕し、各々の感情を言葉に乗せて騒いだ。

 

「追いましょう!」

 

 別の一人が隊長らしき男に言った。

 

「そうだ! 追撃しよう! 追撃してバーメリン様にしたことを後悔させてやろう!」

「やりましょう、隊長!」

「俺たちの力を見せてやろうぜ!」

 

 他の武芸者たちもその言葉に賛同した。

 

「……待て」

 

 隊長は手の平を隊員たちに向けた。隊長の右頬からは一筋の汗が流れている。

 

「相手は天剣授受者様を倒せるほどの実力者だ。それに、まだ王宮内に敵が潜んでいるかもしれない。我々はバーメリン様を病院に連れていく組と、王宮を隅々まで確認し敵が潜んでいるか調べる組とで分ける。王宮の外には他の隊がまだ多数ある。我々が追撃する必要はない」

 

「しかしッ!」

 

「相手は天剣授受者様に勝てる相手だぞ! それに、組織的な行動をしてくる! 振り回されるな! ここで追撃して、背後から攻められたらどうする!?」

 

「それは……」

 

「まずはバーメリン様の安全確保と、王宮内の安全確認だ! 追撃なんてものは他の隊に任せておけ!」

 

「……了解」

 

 武芸者の集団は即興で部隊を二つに分け、バーメリンを抱えて空中庭園から去った。

 隊長の判断は合理的であった。しかし、その判断はバーティンによって与えられた判断材料によって下された。彼らは自ら選択したように見えるが、操り人形のようにバーティンに動かされただけだった。少し考えれば、何故バーメリンがあんな姿にされていたか、気付けただろう。

 グレンダンの武芸者は女王と天剣授受者という最高の盾に守られていた。危機的事態など想定して訓練などしていないし、予想外の事態に対する免疫も作られていなかった。故に、予想外の事態が起きるとパニック状態になり、思考停止するか深くものを考えずに行動してしまうところがあった。

 ルシフはグレンダンを分析してその弱点を見抜き、ルシフたちはそこをまっすぐ貫いたのだった。

 

 

 

 壁を乗り越えた先は、建物の屋根がずらりと並んでいた。煙と火の手が二ヶ所見える。ダルシェナとディンはやってくれたか。

 グレンダンの中心にある王宮は山の頂上のような場所にあるため、駆け下りる感じになる。構わない。どんな場所だろうと、どんな状態だろうと、私の速さは変わらない。変えさせない。

 アストリットが拳銃を乱射している。闇雲に撃っているのではなく、正確にグレンダンの武芸者の身体と足場を撃って道を切り拓こうとしている。

 バーティンの視界には多数の武芸者が剄で光り輝き、殺気丸出しで武器を向けて屋根を駆け上ってくる光景が映っていた。

 グレンダンよ。最強の都市の武芸者たちよ。私の速さについてこれるか。

 内力系活剄の変化、瞬迅。剄が足に集中する。視界の端で幾筋もの光線が屋根と武芸者を捉えて吹き飛ばしていく。

 屋根に足が触れた。蹴る。間近まで迫ってきていた三人の武芸者を置き去りにした。屋根。蹴る。更に速度が上がる。その間も光線は次々に生まれ、光の舞踏が武芸者を弾き飛ばしていた。屋根。蹴る。屋根。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。周囲の景色も武芸者たちの動きも何もかもが、スローモーションで見えていた。

 この瞬間が、バーティンは好きだった。どこに手を伸ばしても、手から逃げる前に掴めるような、そんな感覚。進行方向を遮るものは、人だろうが容赦なくぶっ飛ばした。

 瞬迅は蹴って加速する。目的地までの距離があればあるほど、速度は際限なく上がっていく。だから、瞬迅なのだ。近くだろうが遠くだろうが、到着した時の時間差はほとんどない。

 バーティンは外縁部付近まで移動していた。後方を見る。グレンダンの武芸者たちが必死に慣性を殺して、こっちに身体を向けようとしているのが分かる。蹴った屋根はめくれ上がっていた。

 

「バーティンさん。ずっと訊きたかったことがあるんですけど、どうして都市間戦争になるとそんなにも冷酷になられるんですの?」

 

「都市間戦争を憎んでいるからだ。憎む理由はなんてことない、よくある話だ。都市間戦争で弟が死んだ。私を庇ってな」

 

 アストリットのハッと息を呑む気配を感じた。

 

「……ごめんなさい。余計なことを訊いてしまって」

 

 バーティンはアストリットの方に顔だけ振り向いた。

 

「別にいい。昔のことだ。今はそんなに気にしていない。弟そっくりな人に出会ったからな。その人のためにこうして力になれる今の私は幸せだ」

 

 あの時の自分は本当に愚かだった。防御してきても、防御ごと潰す力があれば、どんな相手にも勝てると思っていた。

 しかし、戦闘において一番重要なのは力でも技でもなく、速さだと気付いた。どれだけ力があろうとも、当たらなければ意味がない。どれだけ技があろうとも、捉えられなければ意味がない。

 そう。どれだけ力と技があろうとも、手が届かなければ何も掴めない。それが分かっていなかったから、弟の命を繋ぎ止めることができなかった。

 あんな思いは二度とするものか。助けを求めるなら、必ず駆けつけその手を掴んでやる。

 念威端子が脱出ポイントを映像で表示していた。バーティンは脱出ポイント目指して駆ける。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 エリゴたちも脱出ポイントに向かって都市部を駆けていた。こちらは一筋縄でいかない。何故なら──。

 

「これでどう!」

 

 クラリーベルの剣が振るわれる。剣から無数の炎の蝶が出現し、エリゴたちを包囲。エリゴたちは一角の蝶の群れを掻き消して、包囲から脱出。炎の蝶は次々に爆発し、視界を真紅で埋め尽くした。

 

「ったく! しつこいお嬢ちゃんだな!」

 

「むむむ、これでもダメですか。それならッ!」

 

 クラリーベルや他の武芸者たちにしつこく追われていたからだ。

 包囲から脱出した先、武芸者が数人襲いかかってくる。エリゴ、フェイルス、レオナルトはそれぞれ攻撃を体捌きでかわした。さすがはグレンダンの武芸者。念威操者の助けがなくとも、しっかり追ってきている。

 刀を構えた武芸者が横から躍り出てきて、エリゴに肉薄。攻撃的な気配が満ち、エリゴを一瞬混乱させた。内力系活剄の変化、疾影。エリゴは刀を左に振るう。金属音。つばぜり合いの最中、蹴りがきた。身をひねって回避。勢いを殺さず、一回転しながら反撃。刀を振り下ろす。相手はバックステップでやりすごし、後退。武芸者たちの中に消える。今エリゴに斬りかかったのはレイフォンの養父、デルクである。

 

 ──さすがに最強の都市だけはあるぜ。個々の実力なら、俺たちと互角のヤツがそれなりにいんな。

 

 再びデルクがエリゴに斬りかかってきた。エリゴに狙いを絞っている。斬り合う。刃が煌めき、火花が散った。デルクの斬線は全て死を飼っていた。くらえば致命傷。

 エリゴがぶるりと身体を震わせた。懐かしい、この感覚。死が蔓延する中を斬り裂き、その先の生を掴む感覚。自分が生きていると実感できる、最高の空間。

 

 ──いや、いけねぇ。感覚にひっぱられるな。

 

 デルクの他にも、襲いかかってくる奴らは多数いた。ここは相手にダメージを与えるよりも、逃げに徹するべきだ。

 クラリーベルがレオナルトと壮絶な闘いを繰り広げている。フェイルスが弓でクラリーベルに剄矢を射った。

 

「ととっ」

 

 クラリーベルは剄矢に反応し、離脱。クラリーベルがいたところをレオナルトの棍が横凪ぎに通過する。

 レオナルトがデルクに接近。横から棍を突く。デルクは半身でかわし、棍を掴んだ。砕ける。外力系衝剄の変化、蝕壊(しょくかい)。エリゴの刀がデルクに向けて振り抜かれた。刀の剄が衝剄に変化し、衝撃波となってデルクを後方に吹き飛ばす。

 レオナルトはすぐに剣帯から錬金鋼を取り、復元。薙刀が握られる。

 人間相手に薙刀を握ったレオナルトを初めて見た。薙刀の方が強いのだろうが、意地でも人間相手に使わなかったのだ。武器が他になかったとはいえ、レオナルトの心情は複雑だろう。後で声をかけよう。

 グレンダンの武芸者は個々なら互角か下手したらそれ以上の実力者がいた。しかし、連携がまるでなってない。それぞれタイミングも何もかもバラバラで、攻撃を仕掛けて相手の隙を誘ったり、相手の動きを誘導したりといった献身的な役割を果たす人がいないのだ。

 グレンダンの汚染獣討伐やら都市間戦争は参加型だった。闘いたい人間だけが戦場に出ればいいというところがあり、女王の指示で闘いに行くのはほとんどない。天剣授受者だけが女王の指示で動いていた。

 そのせいで決まった部隊に所属することはなく、常に所属部隊は変化した。連携を高める以前に、連携を高めたところで徒労に終わるのだ。連携よりも己の実力の向上に力を入れ、自己中心的な闘い方になってしまうのも仕方ない話である。

 エリゴたちは違った。それぞれ闘いながらも、時には仲間のフォローにいった。協力して嵐のような攻撃を耐え、グレンダンの連携が甘いからこそ生まれる穴を広げ、着実に外縁部に近付いていた。

 エリゴがレオナルト、フェイルスを見る。二人は頷いた。跳ぶ。地面が広範囲で次々に爆発した。

 エリゴたちは爆発の海になる前に抜けていた。どうやら上手くいったようだ。追ってくる武芸者の気配はない。

 エリゴたちは脱出ポイントを目指して走り続けた。

 

 

 

「念威爆雷ッ!? やられた!」

 

 クラリーベルが後方に跳ぶ。

 

「下がれ! 下がれッ!」

 

 デルクが刀で爆風を斬り裂いて叫んだ。デルクもまた跳んだ。

 爆発は一方向を除いた全方位で起こった。必然的に、爆発がない方向に武芸者たちは退避した。

 敵は念威爆雷の罠の中に、グレンダンの武芸者を誘い込んだのだ。こちらの方が圧倒的に優勢だったのに、たった一手でひっくり返された。

 やはり、念威サポートがないのはキツい。

 武芸者たちは悔しそうに舌打ちしたり、逃がした怒りで顔を歪めている。

 クラリーベルは王宮を見た。旗はある。取られていない。ということは、相手は旗を取るのが目的だったのではなく、旗を取ったという結果だけが欲しかったのだろう。

 だが、分からないことがある。

 ここまで、十分すぎる時間があった。しかし、倒すどころか深手も与えられなかった。

 なんというか、闘い辛かったのだ。ここだと思い勝負を仕掛けても、必ず別の相手が邪魔に入った。味方であるグレンダンの武芸者たちもまとまりなく好き勝手に動いていたから、動きも制限された。

 しかし、今まではこれでなんとかなっていたのだ。波状攻撃を最後まで耐えきった相手は今まで一人もいなかった。

 今までの相手と今の相手。一体何が違うのか。何故仕留められなかったのか。

 

「う~ん、なんかスッキリしませんね。もっとこう、互いの生がぶつかり合うような熱い激闘を期待していたんですが」

 

 クラリーベルの近くに念威端子が来る。クラリーベルは反射的に武器を構えた。

 

『念威端子、奪還しました。大急ぎで念威サポートを再構築します』

 

 念威端子を奪われてから、体感で十分といったところか。それだけの時間があれば、パニック状態から脱し、冷静に対応できるようになれただろう。

 これからは相手と五分になる。

 

「……デルボネ様は?」

 

『気を失っていますが、心臓は動いています。デルボネ様は生きています』

 

「それは良かったです」

 

 後は天剣を取り返せばいい。もしかしたらヴォルフシュテインも奪われているかもしれないが、まとめて取り返せばいいだけの話だ。

 これから、グレンダンの反撃の狼煙が上がる。陛下や天剣授受者たちと攻勢に出るのだ。

 

『……嘘、こんな……こんなことって……ああ……悪夢だわ。いえ、もしかしたらこれは本当に夢……?』

 

「しっかりしてください! 何か分かったんですね! 情報を、情報をください!」

 

 念威操者は無言で映像を展開させる。ツェルニの外縁部。陛下や天剣授受者たちがいるところ。

 

「……え?」

 

 クラリーベルは流れている映像が理解できず、ぽかんとした表情で映像を眺めている。その映像は至るところで展開され、グレンダンのほとんどの武芸者が同時に見ていた。表情もクラリーベルと全く同じ。

 反撃が……グレンダンの反撃がこれから始まるのだ。これから……。

 

 

 

 脱出ポイントは外部ゲートだった。

 エリゴたちが最後で、すでにディン、ダルシェナ、バーティン、アストリットがいた。

 アストリットは壁にもたれて、荒く息をついていた。

 自分たちが乗ってきたランドローラーは入り口付近に置いたままにしていたので、向きを変えるだけでよかった。

 

「アストリット、よくやった」

 

 エリゴが親指を立てた。

 アストリットは不愉快そうに顔を歪める。やる人間が違うだけで、こうも与える印象が変わるのか。

 

「私は当然のことをしただけです。それより、早く脱出しましょう」

 

「傷は?」

 

「どうってことはありません。この程度」

 

 全員フルフェイスヘルメットをかぶる。

 アストリットは戦闘衣の下から布で傷口を巻いていた。汚染物質の進入を防ぐためだ。

 

「わざわざランドローラーを回収して脱出するルートを選ぶなんざ、大将は案外律儀だよな」

 

 ツェルニとグレンダンの外縁部は今繋がっている。わざわざランドローラーで脱出しなくても、外縁部を走り抜ければツェルニにいけたのだ。ランドローラーを無くして借りを作りたくない。そんなルシフの思考を脱出ルートから読み取れる。

 

「案外は余計だ、レオナルトさん。その口塞ぐぞ、物理的に」

 

「まあ、落ち着けよバーティン。レオナルトだって旦那を悪く言ったつもりはねえ。旦那は誤解されやすいタイプだって言ってんだよ。そうだよな、レオナルト」

 

「お、おう」

 

「行きましょう、皆さん。なるべく早く脱出を、とマイロードから言われています」

 

 アストリット、バーティン、ディン、ダルシェナがランドローラーに乗った。

 外部ゲートを制御するボタンをエリゴが押した。外部ゲートが開かれる。

 外部ゲートのすぐ下、ランドローラーが二台乗り捨ててある。エリゴ、レオナルト、フェイルスは外部ゲートから飛び下り、大地にあるランドローラーに乗り込んだ。

 ツェルニの外部ゲートは閉じられていない。ランドローラーに乗ったまま、ツェルニに入ることができた。

 ツェルニ目指して、ランドローラーが四台走りだす。

 作戦は完了した。後はルシフのところに帰るだけだ。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 ルシフが腰に右手をあてたのを念威で見た時、マイはこの先念威で見る視覚的情報を保存するために端子を移動させた。そもそも念威端子で見た情報は全て保存されるようになっている。だから、マイがやっているのはどういうアングルで映像として残すかという映画監督のようなことだった。

 ルシフに言われていた通り、まずグレンダンの旗をアップで映す。そこから端子を切り替え、ルシフのすぐ近くからルシフの姿を映すようにした。

 マイは杖を両手で握りしめる。その姿はまるで祈るようだった。

 

 ──ルシフ様、勝って。

 

 端子でルシフの姿を見つつも、マイはルシフの勝利を願い続けた。

 

 

 

 旗をアストリットが振っている。

 ルシフは振られている旗を見ながらも、頭では別のことを考えていた。放浪バスに荷物を置いて、放浪バスから出ようとした時のことである。

 

 

 

「ルシフ様!」

 

 放浪バスの出入口に向かった時、マイに声をかけられた。振り返る。マイの瞳は不安気に揺れていた。

 

「あの……こんなこと言ったら怒るかもしれないんですけど、ルシフ様は負けても死なないでください。何がなんでも生き抜いてください。ルシフ様なら今日負けたとしても、明日勝ちます。ルシフ様が死んだら、私は……私は……!」

 

「マイ。それはこの俺を心配しているのか? ふざけるなよ」

 

 イラついた。マイの言葉にではなく、マイの言葉を聞いて一瞬喜んだ自分にイラついた。

 

「ご、ごめんなさい、ルシフ様! 出過ぎた真似をしました」

 

 マイは顔を俯け、しょんぼりとした。

 俺はマイに近付き、マイの頭を撫でる。

 マイは驚いた様子で顔をあげた。

 

「心配するな。俺は負けん。誰にも。そのことを、お前の端子の前で証明してやる」

 

「……はい、分かりました」

 

 再び俺は出入口にいった。

 

「ルシフ様」

 

 またマイに声をかけられ、振り返る。

 

「あんなことを言いましたが、私はルシフ様が必ず勝つと信じています。頑張ってください」

 

 マイは透き通るような笑みを浮かべていた。数秒間、視線を外せなくなった。

 眩しい。だが、すぐに消えてしまうような儚さがある。だから、俺は惚れたのかもしれない。この眩しい光が、いつまでも輝けるように。そんなことを思い、世界の全てを敵に回す覚悟を決めたのかもしれない。

 正面に向き直り、出入口に足をかける。

 

「グレンダンを、ぶっ倒してくる」

 

「はい。いってらっしゃいませ」

 

 マイの声を聞きながら、出入口の扉を閉めた。

 

 

 

 現実の世界に意識を戻したルシフは、アストリットが狙撃銃を構えたのを見た。狙撃銃が火を吹く。アストリットの剄弾に、銃弾がぶつかり爆発した。バーメリンがグレンダンに向かって駆けていく。アルシェイラも天剣授受者もリーリンも、意識が一瞬剄弾の方にいった。

 

 ──やるか、やられるか。勝負だ、アルモニス。

 

 ルシフは腰に右手を当てる。撮影開始の合図。

 

 ──ルシフ様、勝って──。

 

 マイの声が聴こえた気がした。

 建物を蹴る。蹴る直前、メルニスクの力が全身から湧き上がった。言葉で指示しなくても、メルニスクはいつ力を解放するべきか理解していた。

 意識がアストリットの銃撃にいっていたアルシェイラと天剣たちは、突如として巨大な剄が現れたのに気付き、ルシフに意識を戻す。

 ルシフの進行方向に、網の目のように鋼糸が張り巡らされた。リンテンスの鋼糸。天剣最強と噂される天剣授受者。

 

 ──天剣最強? 俺からすれば天剣最弱なんだよ、お前は。

 

 ルシフの全身から青白い光が放たれ、鋼糸に絡みつく。化練剄で纏う剄を電気に変化させたのだ。

 化練剄の変化、雷綱(イズナ)

 

 ──お前を倒すために編み出した剄技だ。存分に味わえ。

 

 鋼糸に絡みついた青白い光が、一瞬にしてリンテンスのもとに餓狼の如く殺到した。鋼糸の元は全てリンテンスに収束している。何千本、何万本、何億本操れようが、それは変わらない。

 リンテンスは電撃を全身に受け、その場に倒れた。いつも両手を突っ込んでいるポケットの片方から、天剣が地面に転がる。

 原作でレイフォンや他の連中は、何故か鋼糸に向かっていってリンテンスに勝とうとした。はっきり言ってアホだ。鋼糸の利点を最大限に活かした距離で闘うなど、愚の骨頂。

 どんな武器にも弱点はある。リンテンスは鋼糸に拘りすぎた。拘るのはいいが、弱点を攻められた場合の対応を考えていなかった。

 リンテンスはかろうじて生きているだろう。電撃の加減はしておいた。

 ルシフの眼前から鋼糸が消えた。アルシェイラとリーリンのところまで遮るものはない。

 地面を蹴る。蹴った衝撃で都市が揺れた。

 ルシフはリーリンの方に向かった。アルシェイラがリーリンを押して、ルシフの進行方向に立ち塞がる。

 メルニスクの力と自身の剄を足に凝縮させた移動。反応できるのはアルシェイラしかいない。天剣授受者は微かに見えたとしても、身体がついてこない。

 ルシフはアルシェイラに肉薄した瞬間、右手をあげた。右手は手刀の形。足に凝縮させていた剄を右手にもっていき、化練剄で斬れる性質に変化。

 アルシェイラはリーリンを押すという余計な行動を挟んでいるため攻撃体勢になれず、ルシフの攻撃を防ごうと左腕を出した。

 ルシフが右手を振り下ろす。アルシェイラの左腕が飛んだ。血飛沫が上がる。振り下ろした右手を水平に動かし、アルシェイラの右足も斬り落とす。

 これらの動きはすれ違う一瞬で行われた。

 ルシフがアルシェイラの後ろに背を向け立っている。地面に触れた瞬間、都市が再び揺れた。

 

 ──勝った。

 

 全身を駆け巡る高揚感。しかし、一瞬で消えた。失望と怒りが湧き上がってくる。

 

「……慢心……した……」

 

 アルシェイラは前のめりに崩れ落ちていった。アルシェイラが地面に倒れた時、飛んでいた左腕も地面に落ちた。

 

「あ……ああ……きゃああああ!」

 

「陛下ぁ!」

 

 リーリンがアルシェイラの近くに倒れながら悲鳴をあげ、カナリスが叫んだ。

 全て頭に描いたシナリオ通りだった。リーリンをあえてアルシェイラに確保させたのも、わざわざ廃貴族の暴走をサリンバン教導傭兵団を利用してアルシェイラに伝えたのも、別動隊にグレンダンをひっかき回させたのも全て、アルシェイラに考えて闘うよう仕向けるためだった。アルシェイラに頭脳戦や駆け引きをさせるためだった。

 手に入れた情報は多ければ多いほど、選択肢が増える。選択肢が増えれば、迷いも生じやすくなる。アルシェイラはただルシフを倒しにくればよかった。そうすれば、こんな結末にはならなかった。しかし、ありとあらゆる情報とルシフへの警戒心が守備的な思考にしてしまった。つまり、ルシフが何かを仕掛けてきても対応できるように、ルシフの動きを待ってしまった。ルシフにとって、アルシェイラの思考時間こそが最大の狙い目だった。獣は獣らしく力に任せてぶつかってこればよかったのに、中途半端に人の真似事をした。

 それと同時に、アルシェイラが部下である天剣やグレンダンの武芸者を信頼していなかったことも、アルシェイラの敗因の一つである。アルシェイラが天剣とグレンダンの武芸者を信頼し適切な指揮を執っていれば、リーリンに構わずルシフを倒すことに専念できていただろう。だからルシフは、獣でありただ強いだけの愚か者とアルシェイラを評している。

 ルシフはゆっくりと振り返った。天剣授受者たちが集まってきている。アルシェイラは血溜りに沈み、リンテンスは倒れたまま動かない。

 

「武芸の本場グレンダン。この程度か」

 

 ルシフの呟きは、近くにいたリーリンとカナリス、カルヴァーンには聞こえただろう。

 リーリンは恐怖で顔を引きつらせ、カナリスとカルヴァーンが怒りで顔を歪ませている。

 

「カナリス様!?」

 

 カナリスがリーリンを抱え、駆け出した。リーリンを守るために、リーリンを離れたところに移動させるのだろう。

 

「待ってください! 陛下が! 陛下が!」

 

「その陛下をお救いするためには、あなたは邪魔なんです」

 

 カナリスが冷たい表情で、腕の中で騒ぐリーリンを見た。リーリンは息を呑む。カナリスの双眸は稲妻に酷似した輝きをはらんでいた。

 カナリスがどんどんルシフから遠ざかっていく。

 カルヴァーンが天剣を復元。幅広の剣が握られ、ルシフに向かって上段から振り下ろす。ルシフは右手をあげ、受け止めた。その時、ルシフの視界の端をよぎった影があった。

 ルシフの視線が動き、影を捉えた。鉄球。左方向から脇腹の位置に飛んでくる。ルシフが左手で鉄球を受け止めた。ルイメイが鉄球の鎖を握っている。

 

「お前を倒すッ!」

 

 正面から青龍偃月刀を突き出して、カウンティアが突っ込んできた。

 ルシフは左足で青龍偃月刀の腹を蹴った。カウンティアが体勢を崩す。残る右足でカウンティアの腹を前蹴りし、カウンティアは後方に吹き飛んだ。リヴァースが受け止める。

 

「カウンティア!」

 

 カルヴァーンの叫びを聞きながら、ルシフは左手で掴んでいる鉄球を持ち主のルイメイに向かって弾く。ルイメイは鉄球を両手で受け止めながらも、そのまま数メートルずり下がった。

 ルシフはカルヴァーンに視線を移し、空いた左手でカルヴァーンの腹に掌底。カルヴァーンは左手で掌底を防ぐが、衝撃は殺せなかった。

 カルヴァーンは衝撃に逆らわず、後ろに跳んだ。幅広の剣はルシフの右手が掴んだままだ。カルヴァーンが着地したのを見計らい、ルシフは右手に持つ幅広の剣を投げた。カルヴァーンの左太股を貫く。

 

「ぐっ……」

 

「武芸の本場グレンダン。この程度か」

 

 今度のルシフの呟きは、その場にいる天剣授受者全員に聞こえただろう。

 天剣授受者たちが剄を一層奔らせ、練り高める。各々の武器をルシフに向けた。

 そこに割り込んでくる影。

 

「お前たち、少しは落ち着かんか! 天剣最強のリンテンスと陛下を一撃で沈めた奴じゃぞ!」

 

 ティグリスが弓を持って合流してきた。

 ティグリスの言葉にルシフは苛立ちを感じ、険しい表情になる。

 確かに一撃だ。だが、ただの一撃ではない。十年以上己を研ぎ澄ませ続けて放った一撃なのだ。強さに慢心し武芸の練磨を怠ったコイツらと俺では、一撃の切れ味が、重さが違う。

 

「全員まとめてかかってこい。遊んでやるよ」

 

 ルシフが一歩踏み出す。アルシェイラが作った血溜りが跳ね、蒸発した。赤く彩られた地面が割れ、都震のごとく揺れる。

 

「……ッ!」

 

 アルシェイラの呻きが聞こえた。

 ルシフは足元を見る。アルシェイラが苦痛に耐えながら、ルシフを睨んでいた。

 ルシフは少し感心した。てっきり激痛で絶叫すると思っていたからだ。『王』たる者、情けない姿を見せてはならない。獣といえど、王としてのプライドは最低限あるらしい。

 もう一歩踏み出す。都市が再び揺れた。

 己の剄とメルニスクの力を一滴すら逃がさず、全身に凝縮させているからこそ生じる、圧倒的なまでの破壊エネルギー。それが動く度にわずかに漏れ、周囲に影響を与える。周囲の空気は熱で陽炎のように揺らいだ。ルシフの呼吸の息すら、高温の熱を帯びている。

 地獄の門は今ここに開かれた。魔王が満足するまで、閉じられはしない。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。