レイフォンとサヴァリスは闘い続けていた。
レイフォンの刀とサヴァリスの手甲、足甲がぶつかり、火花を散らす。
お互い剄技も惜しみなく使用し、下手したら殺しかねない気迫で攻撃していた。
サヴァリスは強かった。楽に勝てるとは思っていなかったが、苦戦はしないだろうと思っていた。とんでもない勘違いだった。
やはり一番の問題はサヴァリスが天剣を使用していることだった。レイフォンは
サヴァリスの蹴りが側頭部目掛けて放たれる。頭を下げてかわす。下からアッパーカット。レイフォンは横に転がるようにして無理やりよけた。片膝立ちの体勢のまま、刀を横に振るう。サヴァリスが足甲で刀を受けた。サヴァリスが軽く跳び、受け止めていない方の足でレイフォンの刀を持つ両腕目掛けて蹴る。レイフォンは蹴りが来る一瞬だけ柄から手を離して引っ込め、蹴りが通りすぎたら柄を掴み直した。柄を捻り、刀身を上向きにする。そのまま斬り上げた。
サヴァリスはバックステップで斬撃をかわした。表情は最初と変わらず楽しそうに笑っている。
「錆びついてなくて良かったよ。天剣レベルの相手とやり合う機会はそうそうないからね」
「無駄口を叩くな。お前を斬れれば、錆びていようがいまいがどうでもいい」
「ははは、確かにその通りだ。なら、再開しようか」
レイフォンとサヴァリスが同時に地を蹴ろうと体勢を低くした。その時、巨大な剄が現れ、青白い光が空を埋め尽くし、都市が揺れた。
レイフォンとサヴァリスは動けなかった。何かが女王のところで起きた、と一連の事象から結びつけるのは難しくない話だったからだ。
「一時休戦としないかい? あっちが気になるんだ」
「僕は別に構わないけど」
レイフォンとサヴァリスは体勢を自然体に戻して、青白い光が見えた方向に身体を向ける。
リーリンは女王のところに連れていかれた筈だ。女王に何かあったとしたら、リーリンの身にも何かあったかもしれない。
レイフォンはいきなり現れた巨大な剄がルシフのものだと気付いていた。ルシフが本格的に動き出した。こうなっては、サヴァリスなどに構っている時間はない。
レイフォンとサヴァリスは巨大な剄が現れたところに移動する。
その場所にはレイフォンが予想していた通り、ルシフがいた。レイフォンは目を離せなくなった。サヴァリスもこの時ばかりは笑みが消えていた。
女王とリンテンスが倒れている。女王に至っては左腕と右足がない。女王が倒れている近くに両方落ちている。
一体何がどうなってこんなことになったのか。ルシフは何をした。リーリンはどこだ。
レイフォンは縫い付けられた視線を意識して逸らす。あの光景は視線が釘付けになる魔力を秘めていた。普段簡単にやっていることが、今はとても難しく感じた。
女王とリンテンスがルシフに負けた。これはとてもシンプルな答えを弾き出す。グレンダンは狩る側から狩られる側になった。早くリーリンを見つけて、安全なところへ避難させなければ。
リーリンは楽に見つかった。カナリスが外縁部の建造物にリーリンを下ろしている。リーリンを下ろしたら、カナリスはルシフの方に向かって駆けた。隣にいるサヴァリスも、ルシフの方に走りだす。
レイフォンはリーリンのところに走った。
リーリンは怯えた表情で女王を見ていた。涙が頬を伝っている。
「リーリン」
リーリンの身体がビクリとして、レイフォンの方に顔を向けた。声をかけられて初めて、レイフォンの存在に気付いたようだった。
「レイフォン……レイフォン!」
リーリンはレイフォンに抱きついた。レイフォンは突然のことに驚きつつも、振りほどくような真似はしなかった。
「わたしの……わたしのせいで、陛下が! 陛下がぁ!」
「落ち着いて、リーリン。君のせいじゃないよ」
「違う! わたしのせいよ! 何が起こったのか分からなかったけど、陛下はわたしを押した。それだけは分かったの。それだけが分かれば、あの時何が起こったかなんとなく想像できる。ルシフはわたしを狙ったのよ! 陛下はわたしを守ろうとして……!」
その先は言葉になっていなかった。涙を流して嗚咽する声だけだった。
レイフォンは何故女王が一方的に倒されたか理解した。おかしいとは思っていた。女王ほどの実力者が、大して抵抗もできずにやられるなど、考えにくいことだった。ルシフと女王にそこまで差が開いているのは現実的ではなかった。女王が何故命をかけてリーリンを守ってくれたかは分からないが、そこをルシフに突かれた。実力者同士の闘いでの一瞬の隙は、致命的な結果を導き出す。
なら、リンテンスもリーリンを守ろうと鋼糸を張り巡らせたところを狙われたのか。しかし、これは無理がある気がした。リンテンスなら、リーリンを守りながらルシフと闘うなど朝飯前だった筈だからだ。とすれば、純粋な実力差でリンテンスはやられたのか。しかし、あのリンテンスが一方的にやられるなど有り得るのか。自分は勝てる気すらしないのに。
「レイフォン!」
ニーナら第十七小隊がレイフォンに駆け寄ってきた。レイフォンはニーナたちに顔を向ける。フェリはいない。念威操者が前線に出ないのは普通なので、あまり気にならなかった。他のツェルニの武芸者は外縁部付近の建物に隠れるようにして様子を窺っている。
ニーナたちはレイフォンから遠く離れたルシフの方に顔を向け、固まった。ニーナたちの目が大きく見開かれる。
「何が起こったんだ……? ルシフは一体何をしたんだ!?」
「隊長。ルシフを止めるなんて言わないでくださいよ」
「ぐっ……! いや、言う! ルシフを止めなければダメだ! これ以上犠牲が出る前に!」
ニーナの予想通りの言葉に、その場にいる隊員全員がため息をついた。言ってることは正しいが、どうやってルシフを止めるか具体的な作戦か策はあるのか。
こういうところがニーナの悪いところだった。無謀でも心のまま突っ込んでいく。そのせいで生まれる犠牲は考えない。
「どうやってルシフを止めるってんだよ。あいつは止まらねえぞ、何を言っても。目的を達成するまでな」
シャーニッドが言った。
ニーナはシャーニッドの方に顔を向ける。
「言って止まらないなら、力ずくで止めるしかない」
「力ずくなんてもっと無理だぜ。ルシフを前瀕死にしたグレンダンの女王が負けてんだ。ルシフはあの時より遥かに強くなってるって何よりの証拠だろ」
「それでも、黙って見ていられない。グレンダンの女王と天剣授受者たちは、巨人の大群と闘ってツェルニを守ってくれた。そんな彼らが受けていい仕打ちじゃない」
ニーナの言葉に、レイフォンは驚いた。
ニーナはそんな風に思っていたのか。
レイフォンは女王や天剣授受者たちの性格をよく知っている。彼らがツェルニを守るために闘うなんてあり得ない。ただ目についたから倒しただけだろう。
「お前たちが来ないというなら、わたしだけでも──」
ニーナの言葉は途中で途切れた。レイフォンがニーナの
ニーナの身体は折れ曲がり、そのまま前に倒れる。レイフォンはニーナの身体が地面に触れる前に支えた。ニーナは気を失っている。
ニーナのこの無鉄砲さはどこからくるのだろう。何故、ルシフの周りの状況を見て、躊躇なく闘うなどと思えるのだろう。
「レイフォン、お前……いや、ありがとよ。辛いことさせちまったな」
「こうでもしないと隊長は止まりませんからね。ルシフと闘うよりはマシだと思ってやりました。けど、嫌な感触でした」
「レイとん。これからどうしようか?」
ナルキが不安そうに訊いてきた。ナルキの身体は震えている。
それが普通の反応だ。ルシフに攻撃しようなんて考えられる方が異常なのだ。
「とりあえず、ここで様子を見よう」
もしルシフが女王と天剣授受者たちを倒して天剣を奪うだけなら、何もしない。天剣を奪われることに屈辱的な気持ちを感じるが、どうにもできない。
だが、グレンダンの武芸者を全員倒そうとするなら、どうにもできなくても闘う。グレンダンの武芸者にデルクもいるのだ。守らなくてはならない。
レイフォンたちはルシフを見る。ルシフの周囲の空気は熱で歪んでいるように見えた。
◆ ◆ ◆
天剣授受者たちは武器を構えたまま、攻めてこようとしなかった。じりじりとすり足で近付いてくる。
天剣授受者たちはお互い顔を見合わせながら、近付くのを止めない。
ルシフは何故攻めてこないか理由が分かっていた。
天剣授受者は個々の実力が高すぎるが故に、集団戦を得意としていない。一人いれば、大抵の問題は解決できてしまっていた。連携など、考えたこともない奴もいるかもしれない。
「ティア、全力でいこう」
「この都市はどうなるの?」
「僕が外縁部で食い止める」
「分かった!」
リヴァースとカウンティアが剄を更に練り始めた。
リヴァースとカウンティアだけは常にコンビで闘っているので、連携が苦手ではなかった。その二人にしても、それ以外の天剣授受者と連携はできないだろうが、それでもこの場にいる天剣授受者の中で一番厄介ではある。
ルシフは瞬きの間にリヴァースに接近した。
「リヴァ!」
リヴァースの背後で青龍偃月刀に剄を込めていたカウンティアが叫んだ。
「ッ!」
ルシフがリヴァースの鎧の腹部辺りに掌底。リヴァースは練っていた剄で金剛剄を使用。
ルシフの掌底が金剛剄により防がれる。
ルシフは掌底の剄を浸透剄にし、リヴァースの鎧の内部に破壊エネルギーと化した剄を流し込む。リヴァースは浸透剄を防げず、鎧の中で吐血した。
弱点のない防御剄技に見える金剛剄。しかし、当然弱点はある。金剛剄は攻撃を受ける場所に剄を集中することで肉体強化をし、同時に衝剄で攻撃を弾く剄技。つまり、外部への攻撃には隙がないが、内部破壊の浸透剄は衝剄で弾けず、ダメージが通るのだ。
リヴァースが後方にゆっくり倒れていく。
「リヴァ!」
カウンティアが叫んだ。しかし、倒れるリヴァースを受け止めはしない。いや、すでに青龍偃月刀に剄を込めて攻撃態勢になっているため、受け止めたくてもできないのだ。
ルシフの左右から細剣と拳が迫る。ルシフは剣身を右手の指三本で掴み、左手で拳を受け止めた。サヴァリスとカナリス。
サヴァリスが身体をひねり蹴りをしようとしている。
ルシフは掴んだサヴァリスの拳を利用し、前方に投げ飛ばした。サヴァリスの身体がルシフとカウンティアの間に入る。
サヴァリスのせいでカウンティアが攻撃をためらっている間、ルシフはカナリスに蹴りをいれる。カナリスは細剣を手放し、素早く後退してかわした。
ルシフは掴んでいる細剣をカナリスに投げた。カナリスの左肩を貫く。カナリスが顔をしかめ、ルシフを睨んだ。細剣をカナリスが引き抜く。
澄んだ音が響き、一瞬この地獄とも言える戦場の時間を止めた。ティグリスがルシフの周囲に天剣がいなくなったのを見計らい、剄矢を放った音。
外力系衝剄の変化、
放たれた瞬間は一本の矢だった。しかし、一瞬後には無数に増え、降り注ぐ雨のような激しい攻撃に変化。迷霞の名の通り、直進せず不規則に動きながら、それでも最後は標的を捉える。
ルシフは剄雨に呑み込まれ、爆発した。爆煙がルシフの姿を覆い隠す。地面は巨大なナイフで無造作に切りつけたようにズタズタになっていた。
これで倒せたと誰一人思っていない天剣たちは、高めた剄を維持しながら爆煙を観察する。爆煙の中から一筋の朱色の光。爆煙を抜けた直後に朱色の光が分裂し、多数の光に変化。
「これはッ!」
天剣たちは一斉に回避行動を取る。朱色の光の群れは不規則に動き、天剣授受者たちを追いかけ回した。間違いなくそれは今ティグリスが放った剄技、迷霞。
逃げ切れないと悟った天剣授受者たちはそれぞれ衝剄を放ち相殺。激しい爆発が到るところで起き、戦場が爆煙でかすむ。
ティグリスの左横、爆煙がゆらめく。ルシフが現れた。ティグリスは弓をルシフの方に向ける。だが、そこまでが限界だった。ティグリスの腹部を左拳が打つ。ティグリスの身体は僅かに浮かび上がった。続けざまに右足の廻し蹴り。吹き飛ぶ直前、右手はティグリスの弓を掴んでいた。
ティグリスの身体は遥か後方に転がり、動かなくなった。
ルシフは右手の弓が錬金鋼に戻るのを一瞥すると、ティグリスの天剣ノイエランを剣帯に吊るした。
爆煙が晴れていく。
ルシフは近くに倒れているリンテンスを見つけ、リンテンスの傍に転がっている天剣を右手で拾う。リンテンスがいきなり動き、倒れたまま天剣を拾った右手首を掴んだ。ルシフはリンテンスの横腹に左足で蹴りを入れた。
「ぐっ……!」
リンテンスの手はルシフの右手首から離れ、半回転して吹き飛んだ。ルシフはそれを見ても表情を変えず、リンテンスの天剣サーヴォレイドを剣帯に吊るした。
「ティグリス様! リンテンス!」
カナリスが倒れているティグリスと蹴り飛ばされたリンテンスを見て悲鳴をあげた。
「もう、全力でやる。この都市がどうなろうが知ったことか」
カウンティアが青龍偃月刀に剄を凝縮させ、ルシフに襲いかかる。凝縮させた剄を衝剄に変化させ、純粋な破壊エネルギーを纏った刃にし、頭上から一閃させた。
カウンティア以外の天剣授受者たちは倒れているティグリス、リンテンス、リヴァースを抱えながら退避した。カウンティアの攻撃に特化した剄の威力をよく理解しているからこその行動。カウンティアも他の天剣授受者が倒れた仲間たちを安全なところまで退避してくれると信じての全力攻撃。この一瞬において、天剣授受者たちの心は一つになっていた。
ルシフが頭上からの一閃を右手で受け止める。カウンティアとルシフの間で光が広がり、破壊の余波がルシフの周囲の地面を抉り取っていく。
「ぐぎぎ……!」
カウンティアの身体は宙で静止したまま、刃をルシフに届かせようと剄を流し続ける。ルシフの右手を斬り裂き、その勢いで身体を両断しようと剄を刃に収束させ続ける。
眩い朱色の光と白い光が二人を包んでいた。その二つの光が合わさり、跳ね返る。カウンティアの全身に切り傷が生まれ、そのまま後ろに舞った。
「金剛剄……リヴァ……ごめ……」
最後まで言葉にできず、カウンティアは全身から血を溢れさせて倒れた。
青龍偃月刀が宙で回転し、ルシフの近くに突き刺さる。青龍偃月刀の柄を掴み、抜いた。青龍偃月刀が輝き、錬金鋼に戻る。ルシフはカウンティアの天剣ヴァルモンを剣帯に吊るした。
残る天剣授受者は五人。サヴァリス、カナリス、カルヴァーン、トロイアット、ルイメイ。
「いやいや、参ったねこれは。陛下の言った通り、地獄だわ」
トロイアットが杖を片手に苦笑していた。
杖を振る。ルシフの周囲から光の球体が現れた。
「こんなガキ一人にやられてちゃあ、天剣授受者の名折れだ。灰にしてやるよ。熱は金剛剄じゃ防げんだろ」
伏剄と呼ばれる技術がある。文字通り剄を任意の場所に待機させ、後は術者の意思であらかじめ決めていた剄技となって敵に襲いかかる。いわば任意で発動する設置罠のようなもの。
トロイアットは回避行動をしながらも伏剄を到るところでしていた。ルシフの周囲に現れた光球は高熱を放ち、まさに小さな太陽と言っていい。光球とルシフの間には化練剄による大気のレンズがあり、高熱を収束させ破壊エネルギーを増幅させる。凝縮された高熱と破壊エネルギーは熱線となって、ルシフを焼き尽くさんと迫る。
それに対し、ルシフがやったことは一つ。左腕を水平に一振り。たったそれだけで大気のレンズは霧散し、周囲の光球は弾け、熱線は歪んで大気に溶けた。桁違いの衝剄を左手から周囲に放ったのだ。衝剄はルシフの周辺だけを蹂躙し、離れたところにいた天剣授受者に被害はない。
「はぁ!? そんなのアリかよ……ッ!」
ルシフはトロイアットに迫る。
トロイアットは化練剄により、剄を七匹の大蛇に変化。化練剄の変化、七つ牙。七匹の大蛇の牙の大群が、ルシフを細切れにせんと殺到した。
ルシフも化練剄で剄を七匹の大蛇に変化。トロイアットよりも大蛇は大きい。ルシフの七匹の大蛇はトロイアットの七匹の大蛇に食らいつき、噛み千切った。以前レイフォンと闘った時にこの剄技は会得していた。
そのまま大蛇はトロイアットに襲いかかり、トロイアットを捕らえる。
「俺の剄技を……ふざけやがって!」
ルシフはトロイアットの言葉を無視し、右腕を引いた。右横から鉄球が飛んでくる。トロイアットを殴ろうとするのをやめ、鉄球を弾いた。その間にトロイアットは全身から衝剄を放って大蛇を掻き消し、ルシフから距離を取っていた。
トロイアットと入れ替わるようにルイメイが動いた。
防御にはそれを超える攻撃を叩きこめばいい。そう考えるルイメイにとって、相手の防御力が高いのは不利ではない。むしろ己の力を思う存分叩き込めるという点で好ましいものだった。
「おおおおおおおおおッ!」
ルイメイの上半身の戦闘衣が焼失する。
活剄衝剄混合変化、激昂。
ルイメイの身体と鉄球が真紅に輝き、灼熱を纏う。触れるもの全てを焼き尽くす弾丸となって、ルシフにぶつかる。地面が割れた。衝撃がツェルニを震わし、倒壊していく建物もあった。
ルシフは真っ向からルイメイの全力を受け止めた。それどころか剄を上手く制御し、ルイメイの剄を上方向に逃がして極力ツェルニに被害がでないようにしていた。もしそうしていなかったら、ルシフとルイメイの接触点でツェルニは深く抉れていただろう。
ルイメイはその
「そんな余裕あるのかよ、ええ!? 俺様の全力は温くねえぞ!」
──全力? せいぜい八割だな。
ルシフはルイメイの鉄球を受け止めながら、そう思った。全力なら、火傷くらいはしたかもしれない。都市での闘い方が染み込んでいるため、全力でと思っていても、無意識の内に都市を全壊しないように力をセーブしてしまうのだ。半端な覚悟で抜いた刃。そんななまくらで、俺を斬れるか。
──そんなに燃えたいなら手伝ってやるよ。
ルイメイの周囲に光球が現れた。上方向にただルイメイの剄を逃がしていたわけではない。上方向に逃がすよう制御された剄がルイメイの剄と高熱を呑み込んで光球に変化し、攻撃に転じる。いわば攻撃の前準備の役割もあった。
周囲の光球とルイメイの間に化練剄による大気のレンズが生まれ、光球が放つ高熱を凝縮させる。それは幾つもの熱線となり、灼熱と同化したルイメイを激しく燃やした。ルイメイは体表で灼熱を留めていたから今まで火傷すらしなかったのだ。熱線は体表を覆う剄の膜を突き破っていた。
「ああああああああああ!」
「旦那!」
トロイアットやサヴァリスが衝剄で全ての光球を吹き飛ばした。熱線は消失。
ルイメイは全身に火傷を負っていた。それでも倒れず、立っている。
──今、楽にしてやる。
ルシフがルイメイの首に手刀。ルイメイはルシフの足元に倒れた。手刀の剄は斬れる性質に変化させなかったため、首は飛ばなかった。
ルイメイが握っている鎖と鉄球が錬金鋼に戻る。ルシフはルイメイの天剣ガーラントを拾い、剣帯に吊るした。
ルシフはカルヴァーンに視線を移す。全身が真紅の輝きを放ち、灼熱を身に纏う。
活剄衝剄混合変化、激昂。
「なにッ!? こいつ、ルイメイの剄技を!」
殺気を感じ取ったカルヴァーンは剄を変化させる。黄金色の剄が無数の刃を織りなして、カルヴァーンを包む。
外力系衝剄の変化、刃鎧。防御と同時に刃が敵を貫く攻防一体の剄技。
ルシフが赤い光を引き連れ、カルヴァーンに突進。針鼠のようになっているカルヴァーンの剄の上から拳を叩き込む。黄金色の鎧は砕け、カルヴァーンの全身に火傷が刻まれた。さらに衝撃で口から血を吐き、後方に吹き飛ぶ。
ルシフがカルヴァーンを追撃してくると考えた残りの天剣授受者たちは、ルシフとカルヴァーンの間に入って構える。
カルヴァーンがよろめきながらも立ち上がった。
「カナリス」
「なんでしょう?」
「ヤツに会話が伝わらないようにできるか?」
「できますけど、しかし……」
カナリスがルシフの方をちらりと見た。
この会話を聴かれていたら、意味はない。声の振動を剄による振動で相殺させようとしても、そうはさせまいと妨害してくるだろう。
カルヴァーンはそんなカナリスの懸念を読んだ。
「妨害してくる可能性は極めて低い。ヤツは遊んでいるからな」
口に出して、怒りが全身を沸騰させる。天剣授受者を相手に手加減して闘っているのだ。これほどまでの屈辱は生まれて初めてかもしれない。
「分かりました」
カナリスが細剣を振る。攻撃的ではない。さながら音楽を奏でる指揮者のような優雅で柔軟な振り方。細剣を振るたびに音を切り、カナリスの望む形に並び替え、ルシフを隔離するように音の結界が形成されていく。その影響による風切り音がルシフの周囲に満ちていた。
結界といっても音の振動で創られているため、視覚的には何も変わっていない。だから、攻撃しようとしても簡単に悟られる。この結界は音を遮断することしかできない。しかも、出ようと思えば簡単に出られる。
しかし、ルシフは結界から出ようとしないどころか、一歩も動かなかった。
「やりましたよ、カルヴァーン」
「うむ。サヴァリス、あの話を覚えているか?」
「あの話と言われても、僕には全く分かりませんね」
「マイアスでルシフが我ら二人にした話だ」
「ああ、臣下になれって話のことですか」
トロイアットとカナリスは驚いた表情になる。
「なんだよ。お二人さんはあのガキから勧誘されてたのかい」
「わたしも初耳です。何故、黙っていたのです?」
「ヤツの臣下など死んでもごめんだからな。分かりきったことをわざわざ話す必要もないだろう」
「それでは、何故今そんな話を?」
「なるほど、そういうことですか。ですが、リスクは高いですよ」
サヴァリスはカルヴァーンが何を言いたいか悟り、楽しそうに笑った。
カナリスとトロイアットは戸惑いの視線を送る。
そんな視線に気付いたのか、サヴァリスが言葉を続ける。
「騙し打ちですよ、一言で言えば。ルシフに寝返ったと見せかけて、隙だらけのところに必殺の一撃を当てる。まあ、信用されるためにこの中の誰かを少なくとも一人戦闘不能にしなければいけないでしょうが」
「……騙し打ちねえ。気は乗らねえな」
「しかし、今となってはそれしかルシフを倒す方法が……」
そこで間が生まれた。
もはやルシフに勝つためにはこれしかない。しかし、誰かがルシフに信用されるための人柱にならなければならないのだ。誰が犠牲になるかの話など、誰も進んでしたくない。だから生まれた間だった。
「寝返りができるのはサヴァリスと私だけだ」
曖昧なことが嫌いなカルヴァーンは、まず決定事項を口にした。
「そして、私のこの身体の傷では、必殺の一撃など放てんし、まともに闘うこともできん。この二つのことから、導かれる答えは一つ。
サヴァリス。お前が私を倒してルシフに寝返ったように見せかけろ。攻撃するタイミングはお前に任せる」
「……ふむ。分かりました。手加減しませんから、覚悟していてくださいね」
カルヴァーンはカナリスとトロイアットを見る。
「お前たち二人はサヴァリスが本気でルシフに寝返ったと思え。当然サヴァリスに攻撃を仕掛けねばならん時もあるだろうが、手は一切抜くな」
「分かったよ。あんたの覚悟、無駄にはしねえって」
「必ず、ルシフを倒してみせます」
カルヴァーンは口から血を吐きながらも、黄金色の剄を纏って一歩踏み出す。
それに続くように、他の三人も武器を構えた。
ルシフはカルヴァーンたちの雰囲気が変わったのを感じ取り、右腕を一振り。音の結界は崩壊した。
──作戦会議は終わったようだな。
一体どんな手でくるのか。
ルシフは少しだけ胸が高鳴っていた。
頭の中では、様々な手が浮かんでいる。予想を裏切る、又は上回るような手できてくれ。
カルヴァーンは黄金色の剄を纏いながらも、それを鎧にできないでいた。ただ剣を構えて突っ込んでくる。カナリスは細剣を振り、音の刃をルシフに放つ。トロイアットとサヴァリスに動きはない。いや、剄を練るのに集中している。それはつまり、近い内に大技がくるぞと伝えているようなものだ。
音の刃を剄の波動で掻き消し、ルシフは向かってくるカルヴァーンを見据えながら思案する。
重傷のカルヴァーンは敵ではない。あとで楽に潰せる。となれば倒すべきは──。
ルシフはカルヴァーンを無視し、トロイアットに向けて動く。無数のサヴァリスが間に出現。全員が同じ構えをしている。ルシフは黄金色の剄を全身に纏い、無数の刃を持つ鎧にした。外力系衝剄の変化、刃鎧。鎧の針が伸び、黄金の刃が無数のサヴァリスをそれぞれ貫く。全てのサヴァリスが消えた。本体は黄金の刃を拳で叩き折って防いでいる。少し距離があった。
邪魔者を排除したルシフは、トロイアットに接近し蹴りを入れる。トロイアットは防げず、前のめりで倒れた。トロイアットの手から杖が離れる。ルシフは杖を手に取り、トロイアットの天剣ギャバネストを剣帯に吊るした。
ここでサヴァリスがカルヴァーンの背後に立ち、カルヴァーンの背に拳を叩きこんだ。
「がはッ……」
カルヴァーンが血を盛大に吐き出し、うつ伏せで倒れた。地面に転がった幅広の剣が錬金鋼に戻る。
「カルヴァーン様!? サヴァリス! あなたは……!」
サヴァリスは刹那の間にルシフの眼前に立っていた。ルシフに背を向け、カナリスの方に構えている。
「こっちについた方が楽しそうだからね。悪いけど僕はこっちにつかせてもらうよ」
後はカナリスとある程度全力で闘い、ルシフからさらに信用を得た後、ルシフに騙し打ちをすればいい。
サヴァリスとカナリスはそう考えており、カナリスもサヴァリスと戦闘したらどこかに怪我をしようと決めていた。
しかし、彼ら二人の思惑は脆く崩れ去る。
背後から、サヴァリスのがら空きの背中にルシフが掌底を食らわせたのだ。
信用を得るためにルシフへの警戒を解いていたサヴァリスにとって、この攻撃は決め手となった。
全身の骨が折れ、サヴァリスは地面に倒れ込む。
「なぜ……バレた?」
地面に這いつくばりながら、サヴァリスが悔しそうに尋ねた。
「なんだ、騙し打ちするつもりだったのか」
ルシフは別に偽りの裏切りだと思ったから、サヴァリスを攻撃したのではない。本気で仲間になるつもりかどうかはこの際関係ない。
「なら、何故……?」
「バカは俺の臣下にいらんよ」
サヴァリスの最大の失敗は、カナリスと闘おうとしたところにある。
この状況において、ルシフに加勢する意味はない。加勢しなくとも、ルシフはカナリスを軽くひねれるだろう。サヴァリスはグレンダンの都市に移動してグレンダンの武芸者を倒しに行った方が良かった。こちらの方がルシフの仲間になる行動として正しい行動だろう。
そんな簡単な状況把握と当たり前の選択ができないヤツは必要ない。サヴァリスはルシフの眼前に立った瞬間から、運命が決まっていたのだ。
ルシフは地面に倒れるサヴァリスの背中に左手を当てる。左手からサヴァリスに剄を流し込み、浸透剄からの衝剄によってサヴァリスの意識を断ち切った。サヴァリスの手甲と足甲が光を放ち、光が集まって一本の錬金鋼に変化。ルシフはサヴァリスの天剣クォルラフィンを剣帯に吊るした。
ルシフはかがんでいた上半身をゆっくりと起こす。カナリスが睨んでいた。細剣を振るい、音を操り、次々に音の刃を生み出して放ってくる。
ルシフもカナリス同様に剄で音の振動を操り、振動を斬撃へと昇華させて相殺させ続けた。相殺させても、ルシフの音の刃は完全に消失はせず、カナリスに迫る。
カナリスの身体に次々に切り傷が生まれていく。ルシフの音の刃がカナリスを上回っている何よりの証拠として、カナリスの身体に刻まれていく。
カナリスは下唇を噛んだ。それでも、音撃の舞いは止めない。頬に、腕に、足に、肩に、切り傷が次々に生まれようとも、屈したりはしない。
それは悲壮的な光景であり、見る者が見れば自然と涙が流れるかもしれない。しかし、ルシフの心には響かない。
一際大きい音の刃がルシフから放たれた。細剣が宙を舞う。右腕を連れて、宙を舞う。カナリスの右肩の付け根から先は何もない。音の刃によって右腕を切り離された。
「くっ……!」
カナリスが激痛に顔を歪め、宙を舞う右腕を拾おうと身体をひねって左手を伸ばす。視界の端に影。ルシフが動き、カナリスの右腕を掴んでいた。
カナリスの腹部に右足で蹴りを入れる。カナリスは吐血しながら、前のめりで倒れていく。
「……陛下……申し訳……ありま……せ……」
カナリスが意識を失った。
ルシフはカナリスの右手を開かせ、細剣を握る。用済みになったカナリスの右腕は、カナリスの上に放り投げた。
やがて細剣は錬金鋼に戻った。ルシフはカナリスの天剣エアリフォスを剣帯に吊るす。
ルシフはカルヴァーンのところに歩き、カルヴァーンの傍に落ちている天剣ゲオルディウスを手に取る。そして、剣帯に吊るした。
最後にリヴァースに近付き、リヴァースの天剣イージナスを手に取って、剣帯に吊るす。
これで、ここにいる天剣授受者全員から天剣を奪った。ルシフの剣帯は普段吊るしている六本の錬金鋼と、天剣九本が並んでいる。
剣帯はその名の通り、ベルトのように腰に巻いている。ルシフの腰をぐるりと錬金鋼が囲んでいるため、民族衣装のように見えなくもない。
ルシフは周囲を見渡す。アルシェイラも天剣授受者たちも倒れたままだ。
──これでグレンダンは問題なくなった。原作通りならば、これから先の問題は──。
ルシフはグレンダンを見る。ツェルニの真上にあった大穴は、いつの間にかグレンダンの方に移動していた。
大穴から黒い霧のようなものが吹き出され、グレンダンを覆っていく。
原作において、天剣授受者二人を死に至らしめた怪物。それがグレンダンに牙を剥こうとしていた。
次回よーこく(劇場予告風)。
グレンダンを漆黒の怪物が覆い、絶望が人々の心を塗り潰す。
「メルニスク。この絶対絶命の危機はお前が招いた」
空は暗闇に呑まれ、地は倒れ伏す女王と天剣授受者たち。
誰であってもこの窮地は打破できないと思われた。
「我は力として、復讐の刃として、憎悪の炎として生きてきた。だが、ルシフのおかげで、大切なものを取り戻した」
黄金の煌めきが闇を裂き、地を震わす。その光は闇を討ち滅ぼす救済の光か。それとも────。
「俺にとって最高の武器だ」
さらなる絶望の闇を創り出す破滅の光か。
「一つ訊くぞ。貴様を今ここで殺すべきだと思うか?」
「あの時……殺しておけばよかった」
「アハハハハハハ! あの日からずっとその言葉が聞きたかった!」
それぞれの思惑。それぞれの選択。
「ふざけるな! 絶対にそんなことさせない!」
「舌を噛み切って死ぬわ」
「なに? 天剣が光って──ッ!」
「ルシフ! わたしも一緒に連れてってくれ!」
「わたしもグレンダンに行きます」
「今度は立ち向かえるように強くなりてえ。だからよ、俺もグレンダンに行くぜ」
「この闘いで確信したよ。私は正しい選択をした」
「せいぜい足掻いてみせろ」
それぞれの想いは収束し、惨劇の幕は下ろされる。
「これが……これが人間のやることかよおおおおおおおおおお!」
深い爪痕を残して。
次回「勝者魔王」