鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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RE作戦開始
第61話 魔王の帰還


 甘かった。何も切り捨てずに倒そうと考えていた時点で、自分はルシフに負けていた。

 ルシフを倒すためには、それ以外を切り捨てる覚悟がなければならないのだ。ルシフとて、あっさりとツェルニを切り捨て、グレンダンから恨まれることも恐れず徹底的に蹂躙した。だからこそ自分もその境地に立たなければ、ルシフと闘えるわけがない。

 

「レイフォンくん。いくらなんでも極端すぎではないかな?」

 

「何がです?」

 

「これだよ、これ」

 

 カリアンが執務机の上に一枚の紙を置いた。それはレイフォンが出した退学届けであった。

 レイフォンは退学届けを一瞥する。表情は変わらない。無表情のままである。刃のような冷たい瞳の輝きだけが、レイフォンの感情を表現していた。

 

「ルシフはグレンダンに自分の都市をぶつけると言いました。ツェルニにいては、ルシフがグレンダンと戦争する時、参戦できません」

 

「だから退学すると?」

 

「ここにいても強くなれません」

 

「君は強さを求めてここにきたわけではないだろう?」

 

 確かにそうだ。むしろ真逆のものを求めて、ここにきた。自分から強さを取り除いて残るものが何かないのか。その残ったもので新しい人生を歩めないか。ツェルニにはそれを探しにきたのだ。

 だが、リーリンをルシフが連れ去ったことで吹っ切れた。

 リーリンは闇試合に関わったことを知っても態度を変えなかった、数少ない家族である。リーリンの存在が、レイフォンにとってどれだけ救われたか。リーリンがいなければ、自分はふてくされ立ち直れなかったかもしれない。

 

「助けたいんです、リーリンを」

 

「だからグレンダンに行くと?」

 

「はい」

 

 グレンダンは未だに動かず、ツェルニも寄り添うようにグレンダンの隣にいる。今グレンダンに行くのは容易だった。

 

「君はグレンダンの女王から追放されて、ツェルニにきた。グレンダンが君を受け入れるかね?」

 

「どうでもいいですよ、そんなの。周りから何を言われようが、知ったことじゃない。それに、今は僕が疎ましくても拒否できないと思うんですよ。ルシフとの再戦に向けて、一人でも戦力が必要でしょうから」

 

「最強の都市がたった数人に何もできず敗北するとはね」

 

 そこには苦笑の響きがあった。カリアンの表情も笑っている。笑うしかないといった感じだ。

 

「確かに結果は圧倒的な敗北でしたが、実力差はそこまでないと思います」

 

「ほう?」

 

 レイフォンは戦闘のセンスが高い。故に、カリアンよりも深くグレンダンとルシフの戦闘を分析できた。

 あの戦闘の明暗を分けたのは、一言で言ってしまえばアルシェイラとリンテンスを一瞬で戦闘不能にしたところだと、レイフォンは考えている。あそこでアルシェイラとリンテンスが耐えていれば、まだ勝敗は分からなかった筈だ。逆に言えば、ルシフはその部分を確実に成功させるために、自身の能力の全てを注ぎ込んだのだろう。どうすればグレンダンに圧倒的な差をつけて勝てるか。その条件がルシフの頭の中に明確にあったからこそ、ルシフは勝てた。

 そのことをカリアンに言うと、カリアンは感心したように頷いた。

 

「しっかり考えて闘えば次は勝てるってことだね」

 

「今までのグレンダンが考え無しすぎたんです」

 

 グレンダンの戦力は圧倒的であり、考えなくてもごり押しで圧勝していた。もしかしたら、頭を使って闘うのは弱者のすることと見下していたのかもしれない。しかし、今回の敗北でその考えを改めるだろう。

 

「それでは、生徒会長。お世話になりました」

 

 レイフォンがカリアンに背を向けた。部屋を出ていこうと歩き出す。

 

「レイフォンくん」

 

 その背に、カリアンの声がぶつけられた。レイフォンが足を止める。

 

「これは退学ではなく、休学届けとして受理しておくよ。君の帰るところはしっかり守る」

 

 レイフォンは目を見開いた。カリアンの心遣いが身に沁みた。

 レイフォンは振り返り、一礼する。

 一礼したら、部屋を出ていった。

 

「さて、と……」

 

 カリアンは執務机の上に三枚紙を置いた。それらも退学届けである。

 その中の一枚をじっと眺めていると、ノックの音が聞こえた。

 

「どうぞ」

 

 カリアンの声に応じ、扉が開けられる。ヴァンゼが入ってきた。

 ヴァンゼは扉を閉め、カリアンの前に立つ。

 

「ルシフくんとマイくん、教員五名がいなくなった影響は?」

 

「ちらほらと、下級生や女生徒に突っかかる上級生が増えてきた。突っかかる大半の理由はルシフを支持していたからだそうだ」

 

「上級生から見たら、ルシフくんは疎ましい存在だっただろうね。しかし、いなくなった途端にたがが外れるとは、よっぽどフラストレーションが溜まっていたってことかな?」

 

「おかげで都市警はてんてこ舞いだ」

 

「そうか」

 

 ルシフは意識してないかもしれないが、弱者にとってルシフの存在は強者の攻撃から身を守る傘であった。ルシフの存在が抑止力になっていた。

 

「都市警から要望があがっている。都市警の増員と、治安を乱した生徒を厳しく罰してほしいと」

 

「ルシフくんの代わりに罰則を重くすることで抑止しようってことだね。しかし、ここは学園都市だ。重罪を犯した者はともかく、多少の暴力行為や恐喝は更生の可能性を残さなければならない。学園都市は人として正しく成長させるのも目的だからね。罪を犯せば即排除では、学園都市の体裁が整わないよ」

 

「奴らもそういう部分だけは気にしているようだ。軽く小突いたりする程度で、怪我は軽度しかいない。錬金鋼は使用せんし、重傷も負わせん」

 

「小賢しいね」

 

 カリアンは少しイラついた。それはつまりナメられているということであり、統治者としての能力がないと住民に思われる。

 

「どうする?」

 

「都市警に、捕まえる際は好きなだけ鬱憤を晴らしていいと伝えてくれ」

 

「分かった」

 

「他に何か影響は?」

 

「ルシフのファンクラブとやらに入っていた女生徒がひどく落ち込んでいる。ルシフの写真を手に号泣している女生徒も少なくないらしい」

 

 カリアンは笑い声をあげた。

 

「かわいそうだが、それが青春というものだよ」

 

 ヴァンゼは深くため息をついた。

 

「どうしたんだい?」

 

「俺はルシフに幻滅した。下手したらツェルニを滅亡させるところだったかもしれん」

 

「ああ、ルシフくんが独断でグレンダンと闘ったことかい?」

 

「勝てたから、まだ良かった。負けていたら、ルシフのとばっちりでツェルニがグレンダンに攻められていたかもしれん。

何を考えていようと、ツェルニを危険に陥れるような真似はせんと思っていた」

 

「それは違うよ」

 

 ヴァンゼがカリアンを睨んだ。

 

「何が違う?」

 

「グレンダンと闘った者たちの中に、ツェルニの学生は一人もいない。あの時点でルシフくんもマイくんもツェルニの人間ではなくなっていた」

 

 グレンダンと闘う前に、ルシフ、マイ、ダルシェナ、ディンの退学処理は完了していた。グレンダンと闘う前までにやれとルシフに言われたからだ。

 

「それと、明らかにルシフくんは我々ツェルニと敵対していた。ツェルニ側の武芸者を傷付けたり、念威操者を脅迫したりもしていた。ツェルニがルシフくんの味方をしていたなど、グレンダンは思わないだろう」

 

 ヴァンゼは唸った。

 

「もし負けていたとしても、ツェルニがグレンダンに攻められる理由を潰していたと?」

 

「……なんでルシフくんがツェルニの人間に何も伝えず、グレンダンを攻めたのか? 彼ほどの指揮能力があれば、ツェルニの武芸者もグレンダンに勝つのに役立たせられただろう。ルシフくんたちだけで闘った今回より、勝率を数パーセントあげられた筈さ。ツェルニの武芸者も、ルシフくんがグレンダンと闘うといえば従っていた。勝算なく闘う男じゃないと誰もが知っているからだ。しかし、彼はより確実にグレンダンに勝利する闘い方を放棄し、ツェルニを一切頼らなかった」

 

 ヴァンゼが言葉を失っていた。

 

「……単純にツェルニが邪魔だっただけじゃないのか?」

 

「じゃあ、なんで念威操者をわざわざ脅す必要があるんだい? ツェルニの人間でグレンダンに味方する武芸者がいるとでも?」

 

 ヴァンゼは目を見開いた。

 

「そこまでルシフは考えていたと言うのか? 勝利した場合だけでなく、敗北した場合も考えていたと」

 

「ルシフくんは数パーセントの勝率の上昇より、敗北した場合のツェルニのリスクを重視した。ルシフくんの恐ろしいところはこういう部分なんだよ。勝つことしか考えていないわけではない。負けても最小限の犠牲で済ますようにする。

まあ、私の深読みかもしれないけどね」

 

 カリアンは最後の言葉だけ冗談混じりに言った。

 しかしヴァンゼは、正しくルシフを分析していると思った。

 もしこのことをルシフに言ったら、ルシフはなんと言うだろうか? 「はぁ? 勘違いするな。貴様らなどいても邪魔どころか、俺の完璧な作戦を台無しにする可能性すらあった。だから、余計なことをせんよう敵対したにすぎん」とか言うのだろうか。

 そう考えると、ヴァンゼは愉快な気分になった。くっくっと声を抑えて笑う。

 

「ルシフはそういう男だったな。自己中心的に見えても、しっかり周囲のことを考えるような憎らしい男だ」

 

「憎らしい?」

 

「男としてどうしても惹き込まれてしまうところがある。それが悔しい」

 

「ルシフくんが入学した当初はあんなに危険視して嫌っていたのに、今は真逆だね」

 

 ヴァンゼは豪快に笑った。

 確かに、いつの間にかルシフのことが気に入っていた。危険視しているのは変わらないが、好きにもなっていた。裏切られたと思ったから、幻滅したのだ。それは好意の裏返しでもある。

 ヴァンゼが部屋を出ていった。

 

 ──ヴァンゼもまさか私がルシフくんの協力者とは、夢にも思わないだろうね。

 

 第三者の目には、ルシフと敵対しているように見えていた筈だ。このあたりのルシフの人の使い方はさすがとしか言いようがない。

 今回のルシフとグレンダンの闘いをカリアンは振り返る。結果はグレンダンに一人の死者も出さず、目的を達成した。

 

「この闘いで確信したよ。私は正しい選択をした」

 

 正しい選択をしたと確信したのに、気分は晴れない。むしろどんどん気持ちが沈んでいく。

 カリアンは頭を切り替えるため、引き出しの中から一枚の書類を取り出す。それは建築材料のリストである。

 カリアンは建築材料の一つ一つに値段を書いていった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆   

 

 

 

 レイフォンは大きなバッグをたすき掛けにして、ツェルニの外縁部を歩いている。

 

「どこ行くんだ?」

 

 レイフォンの後方から声をかけられた。振り返らなくても、誰の声か分かった。

 

「グレンダンですよ」

 

 レイフォンは振り返らず、グレンダンを見ながら言った。

 レイフォンの隣にシャーニッドが立った。レイフォン同様大きなバッグを持っている。それだけで、シャーニッドの考えていることを悟った。

 

「そうか」

 

 シャーニッドがレイフォンに顔を向けた。

 

「俺は今回何もできなかった。今度は立ち向かえるように強くなりてえ。だからよ、俺もグレンダンに行くぜ。

俺だけじゃねえみてぇだがな」

 

 シャーニッドが笑って、後ろを見ろというように頭を動かした。

 レイフォンは振り返る。フェリとハーレイがバッグを持って立っていた。

 

「わたしもグレンダンに行きます」

 

「僕も行くよ。グレンダンで錬金鋼について学べば、もっとみんなに合った錬金鋼にできると思うんだ」

 

「でも、いいんですか? いつツェルニに戻れるかも分かりませんよ?」

 

 シャーニッド、フェリ、ハーレイは顔を見合わせる。シャーニッド、ハーレイは笑った。フェリは無表情のまま。

 

「俺たちは十七小隊だぜ。ニーナは多分ルシフを止めたいって思ってる筈だ。なら、隊員の俺たちもニーナの力になれるところにいなきゃダメだろ。ナルキは都市警に戻るって言ってたから、こねぇけどな」

 

 元々ナルキは小隊に乗り気ではなかった。メイシェンやミィフィもいる。退学するリスクを冒してまでルシフと闘おうなど考えられないだろう。

 シャーニッドとハーレイがグレンダンに向かって歩き出した。その後方で、レイフォンとフェリが並んで歩いている。

 

「フェリがグレンダンに行くなんて口にするとは思いませんでした。あんなに念威操者になりたくないと──」

 

「フォンフォン」

 

 フェリの言葉がレイフォンの言葉に被せられた。

 レイフォンは思わず黙る。

 

「わたしは腹が立って腹が立って仕方ないのです」

 

 フェリは無表情である。怒っているようには見えない。

 

「今回の闘い、わたしは何もできませんでした。マイさんの端子で囲まれ、妙な動きをしたら切り刻むと脅され、わたしは指一本すら動かせませんでした。そんな自分が、情けなくて情けなくて許せないんです」

 

 フェリは淡々と話していたが、その端々にフェリの自分自身に対する怒りを感じた。

 フェリは念威操者として優れていると自負している。だが、一般人のように戦場の後方でただ縮こまっていただけという屈辱を受けた。

 

「ここで逃げたら、わたしは何か困難が降りかかってもすぐ逃げるような臆病者になる気がしました。困難に立ち向かう勇気がほしいのです」

 

 レイフォンは無言でフェリの隣を歩いた。

 フェリはマイに勝ちたいのだ。勝って自信を取り戻したいのだ。そうすれば、念威操者以外の道を踏み出す勇気が得られるかもしれないと思っているのだ。

 

「ルシフに勝つためには、優秀な念威操者が必要でしょう。わたしがあなたの力になります」

 

 レイフォンはフェリの横顔を見る。フェリが不意にレイフォンの方に顔を向けた。微かに笑っているように見える。

 レイフォンの胸に何かが込み上げてきた。しかし、言葉では出てこなかった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆   

 

 

 

 法輪都市イアハイム。

 赤装束に身を包んだ一人の女が、旗竿の隣に座って空を眺めていた。満天の星が煌めいている。旗は盾と剣を持った青年男性が刺繍されていた。

 女は星を見るのが好きだった。星を見ていると、心に火が灯る。

 女の後ろには、女と同じ赤装束の男が立っていた。二メートル近い大男である。ガッチリとした体格をしていて、まるで熊のようだ。

 女はふと、視線を正面に向けた。威圧的な剄を微かに感じたからだ。

 旗竿の立っているところは基本的に都市の中で一番高い場所である。女のいる場所からは、都市の外の景色までよく見えた。

 

「サナック、ルシフが帰ってくるわ」

 

 サナックと呼ばれた大男は喋らない。無言で女の隣に立ち、女と同じ方向を見た。

 念威端子が二人の近くに飛んで来る。

 

『お二方、剣狼隊の放浪バスがこちらに向かってきています。到着は約半日後かと』

 

「ルシフがいるわね?」

 

 念威操者は女の言葉に驚いたようで、息を呑んだ。

 

『……はい、連絡はつきました。ルシフさんの他にはマイちゃんもいます。

ここから放浪バスが見えたのですか?』

 

「見えないわよ。でも、ルシフの剄を感じたの。地平線の向こうからビシビシ伝わってくるわ。ホント迷惑」

 

『迷惑……ですか?』

 

「良い気分で星を眺めていたのよ。せっかくの気分が台無しになったわ」

 

 そう言いつつも、女は笑っていた。

 

『とにかく、お二方とも宿舎にお戻りを。ルシフさんの歓迎の準備をしなければいけません』

 

「ルシフがそんなこと言うわけないわ。あなたの判断でしょ?」

 

『そうですが……』

 

「なら、歓迎なんてしなくていいわ。他の剣狼隊にもこう伝えて。『職務をほっぽりだして歓迎なんてしにいったら、雷が落ちる』ってね」

 

 女の言葉で、念威操者は自分の判断の浅はかさに気付いたようだ。

 

『分かりました。その通りに』

 

 念威端子が二人から離れていく。

 女の隣にいた大男が動いた。

 

「帰るの?」

 

 女の問いかけに、大男はスケッチブックを取り出してペンを走らせた。書き終わると、スケッチブックを女に向ける。《帰る》と書かれていた。星明かりで普通に読める。

 

「一つ疑問に思ったのだけど、あなたは真っ暗な場所でどうやって自分の意思を伝えるの?」

 

 大男はポケットから小型の懐中電灯を取り出し、チカチカと電源のオンオフを繰り返した。そして、ニッと笑う。

 

「用意周到ね」

 

 女は笑い声をあげた。

 大男は女に背を向け、飛び下りた。

 女は気を取り直し、再び星を眺め始める。女の表情は楽しそうだ。

 しばらくすると、女の表情が豹変した。口を右手で押さえ、激しく咳き込む。

 咳がおさまると、女はゆっくりと右手を口から離した。右手を見る。血がべっとりと付いていた。

 

「甘いスイーツ、今の内にたくさん食べとこうかな」

 

 女が右手をハンカチで拭き、苦笑した。

 日が昇る方角はすでに白くなってきており、夜が明けようとしていた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆   

 

 

 

 剣狼隊の放浪バスが、法輪都市イアハイムに帰ってきた。

 バスから次々に人が降りる。

 

「ここがイアハイム……」

 

 ニーナはリーリンの横顔をちらりと見る。リーリンは意外と落ち込んでいなかった。周囲を物珍し気に眺めている。

 まぁ、三週間も放浪バスで移動していれば現状を受け入れられるか、とニーナは思った。一週間目は本当に沈んだ表情をしていたのだ。交通都市ヨルテムを経由してヨルテムで一日滞在した時も、リーリンの元気はなかった。

 リーリン同様、ニーナも興味深そうに周囲を見渡す。

 ツェルニもヨルテムもそうだが、停留所は外縁部付近にあるため、建物や人は少ない。しかし、ここは違った。まるで中心部の中に停留所があるような錯覚をしてしまうほど賑やかだった。周囲を忙しく人が歩き、活気に満ち溢れている。

 ニーナの目を引いたのはそれだけではない。武芸者と思わしき人が屋根を走っていた。何人もいる。何かを右手に持っていた。はっきりとは分からないが、封筒ぽかった。ということは、彼らは配達をしているのか。しかし剄を戦闘以外に使うなど、非難されて当然の行いだが……。

 

「あっ、ルシフさま!」

 

 幼い子どもたちがルシフに気付き、声をあげて駆けよってきた。

 ルシフは方天画戟を立て、しゃがんだ。近寄ってきた子どもたちの頭を順になでる。

 

「元気だったか?」

 

 全員の頭をなで終えた後、ルシフが言った。

 

「はい!」

 

 子どもたちの元気の良い返事が重なる。

 

「ルシフさま、そのぶきカッコいいね!」

 

「分かるか。なかなかセンスあるな」

 

 幼女が一人、ルシフに抱きついた。

 

「おっきくなったらルシフさまのおよめさんにして~」

 

 ルシフはぽかんとした表情になった。どう返答しようか迷っているようだ。

 

「今は誰かを嫁にするつもりはない」

 

「なら、わたしがおっきくなったらおよめさんほしくなる?」

 

「…………」

 

 ルシフは苦虫を噛み潰したような表情になった。不愉快な気分になったが、この程度で子どもに怒れない。そんな葛藤が表情に表れていた。

 エリゴが堪えきれず、大笑いした。それを皮切りにその場にいた他の教員四人とマイが笑い声をあげた。さすがにこんな幼い子どもに対しては嫉妬しないようだ。

 ルシフがエリゴたちを無言で睨んだ。エリゴたちの笑い声はおさまらない。

 

「ね~、ルシフさま~、どうなの~?」

 

 幼女がゆさゆさとルシフの服を引っ張った。ルシフが視線を幼女に戻す。

 

「……ああ、そう言えば面白いモノを捕まえてきた。見るか?」

 

「おもしろいモノ?」

 

「メルニスク、出てこい」

 

 ルシフから黄金の粒子が溢れ、牡山羊の形になった。子どもたちは目をキラキラさせて見ている。

 

「ルシフ、何故我が出る必要が──」

 

「メルニスク、この子らと遊んでいろ」

 

「……は?」

 

「いいから、遊べ。都市民との交流だ」

 

「ルシフさま、ルシフさま。これってでんしせいれい? さわってもだいじょうぶ? ビリビリしない?」

 

 子どもたちの視線はメルニスクに集まっていた。

 

「ああ、大丈夫だ。好きにすればいい」

 

「ルシフ……汝、我を囮に──」

 

「メルニスク、後は任せた」

 

 メルニスクの周りに子どもたちが集まる。子どもだけでなく、大人たちも興味深そうに近付いていった。数分の間で人だかりができ、メルニスクの姿は見えなくなった。

 ルシフは息をつくと、中心部に向かって歩みを再開した。

 もしかしたらルシフは子どもが苦手なのかもしれない、とニーナは思った。というより、子どもの純粋でまっすぐな言葉に対し、いい加減に返せないというべきか。

 ルシフが歩くところ、人が集まった。頭を深々と下げる者もいれば、果物や野菜、花を渡してくる者もいる。タダでいいと言っているのに、ルシフは渡してきたものに見合った金を律儀に払っていた。多数の女性からデートの誘いも受けていた。そのたびにバーティン、アストリット、マイは不機嫌そうな表情になっていたが。

 ルシフが中心部に到着した時には、もらい物が山のようになっていた。エリゴとレオナルト、フェイルスが大きな紙袋を抱えている。

 

「何がどうなっているんだ……?」

 

 ダルシェナが呟いた。

 

「何かおかしいのか?」

 

 ディンが言った。

 

「おかしいなんてものじゃない。私がイアハイムを出発した時は、今と真逆の反応だったぞ。誰もルシフに近付かず、時には罵声を浴びせていた。物を渡すなんて一度も見たことがなかった」

 

「ダルシェナの言う通りだ。大将が慕われ始めたのは三年前くらいからさ。それまでは本当に酷いもんだった」

 

 つまり、ルシフは都市民の好感度が最低の状態から、数年で最高近くまで高感度をあげたということになる。もしかしたらツェルニも、あと数年ルシフが滞在していたらイアハイムと同じになっていたかもしれない。一年も経ってないのに、ルシフはあんなにも慕われたのだ。可能性はある。

 ルシフの正面から赤装束の女が歩いてきた。その後ろに十人程度同じく赤装束をした者を連れている。

 女はルシフの眼前で立ち止まった。

 

「げっ……」

 

 アストリットが嫌そうな声をあげた。女はアストリットを見て不愉快そうに目を細めるが、すぐに視線をルシフに戻す。深く一礼した。

 

「おかえりなさい、マイロード」

 

 ルシフ、マイ、教員五人は呆気に取られた表情をしている。

 

「どうした。お前が意味もないところで頭を下げるなど、明日雨でも降るんじゃないか?」

 

「わはははは、驚いたか皆の衆!」

 

 女は頭をあげ、楽しそうに笑った。視線がニーナとリーリンを捉える。

 

「あら、お客さん? それとも、今夜の相手?」

 

「客みたいなものだ」

 

「なら、自己紹介するわね」

 

 女がニーナとリーリンの前に立った。

 

「剣狼隊最強の武芸者、ヴォルゼー・エストラです。よろしくね」

 

「ニーナ・アントークです」

 

「リーリン・マーフェスです」

 

 ニーナとリーリンはなんとなくだが、眼前の女がヴォルゼーという名前だと知っていた。会ったことが一度もないのに名前が分かった理由は、ヴォルゼーの服である。赤装束の胸の辺りと背中に、黒い糸で『ヴォルゼー』と縦にでかでかと刺繍されている。はっきり言ってダサい。ニーナとリーリンはそう思ったが、口に出しては言わなかった。ちなみに腰の辺りには、酒を入れる銀色のボトルが括りつけられている。

 それよりもニーナが気になったのは、剣狼隊最強という言葉だった。誰も否定しないどころか、不満そうな表情すら見せない。つまり、それだけ圧倒的に強いということである。

 ニーナはヴォルゼーをまじまじと見た。

 長い黒髪を二房に分け、肩の辺りから緩めの三つ編みにして前に垂らしている。瞳は薄い赤茶色で瞳孔がはっきりと見え、猫の眼のように少しつり目で丸い。活発的で自由奔放な印象を見た目から受けた。

 ヴォルゼーがニーナの視線に気付いた。

 

「何? かわいい?」

 

「え? はい、かわいいと思いますが……」

 

「そう。ヴォルゼーをかわいいと思うなんて、ニーナは見る目があるわ! あとでご飯行こ! それに引きかえアストリットときたら、初対面でヴォルゼーになんて言ったと思う?」

 

 どうでもいいが、ヴォルゼーの一人称はヴォルゼーらしい。二十代前半に見えるが、もしかしたら十代なのかもしれない。

 

「……なんて言ったんですか?」

 

「『男性のようなお名前ですわね』って言ったの! 信じられる!? ヴォルゼーはどこから見ても女よね! 思わず殴っちゃった! イエーイ!」

 

 ヴォルゼーがピースした。何故ピースサインしたのかニーナには理解できなかった。

 アストリットはその時のことを思い出したのか、右頬をさすっている。

 ヴォルゼーと会話していると、二十歳くらいの女性がルシフに近付いた。赤ん坊を抱いている。かなりの剄が赤ん坊から漏れているため、武芸者の子どもだろうとニーナは思った。

 

「おかえりなさい、ルシフさま。あの……今日少しだけお時間をいただけないでしょうか? この子の名前を付けていただきたいのです」

 

 ルシフは赤ん坊の命名まで住民から頼まれるのか、とニーナは驚いた。

 ニーナは赤ん坊を見る。ニーナの目が固まった。ニーナが赤ん坊を見た時、赤ん坊が目を開けたのだ。赤ん坊の瞳の色はルシフと同じワインレッド。

 布にくるまれた赤ん坊の頭に、ニーナは何気なく視線を向ける。布から僅かに見えた赤ん坊の髪は、赤みがかった黒髪だった。




他の方の二次小説は全然読まないんですが、結婚するつもりもないのに種付けするオリ主とかいるんですかね……。

ルシフさま的には、最高の遺伝子が増える方が人類にとって得やん!って考えてます。世界創り直そうって考える人はやっぱ違うなあ(思考停止)。

一つ思いましたが、後継者問題でめっちゃもめそう。

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