ルシフは女性を自室に招きいれた。マイには絶対に部屋にくるなと言っておいた。マイは不機嫌そうにそっぽを向いて、自分の部屋に戻っていった。
女性は腰まである艶やかな黒髪で、瞳も黒曜石のように深い黒の瞳をしていた。落ち着いた印象を容姿から受ける。年齢は二十歳。マリア・ナティカという名前だった。
「赤ン坊は?」
「養父に預けてきました」
「そうか。何か言ったか?」
「この子はルシフさまの子ではないかと、何回も訊かれました」
マリアは痛みを堪えるような表情になった。
「私は違うと答えました。ルシフさまが私のような者を抱くなどあり得ない、ましてや子を宿してくださるわけがないと」
「それでいい」
「あの子はあなたの子でございます。ですから、名前くらいは父親であるあなたに付けてもらいたく思い、昼間にあなたに会いにいきました」
ルシフがマリアに子を宿した条件は、何があっても父親をルシフと認めないことと、ルシフに父親らしいことを期待するなということであった。当然結婚もするつもりはない。はっきり言って最低な条件である。
そういった条件を突きつけられ、マリアはそれでもルシフの子が欲しいと願い、ルシフはマリアに種付けをした。
マリアだけではない。ルシフは子が欲しいと言ってきた女全てに、この条件を突きつけた。その条件を呑めない女もたくさんいた。最終的にマリアも含めて五人がその条件を受け入れたため、もし全員種付けが成功していたら、この時点でルシフには五人の子どもがいることになる。
「子どもの性別は?」
「男の子でございます」
「……リット、リットと名付けよう」
「リット……それが、あの子の名前……」
マリアは感慨深そうに呟いた。
それから数分の間、会話はなかった。
ルシフはソファに座りながら本を読んでおり、マリアは椅子に座って若干俯いている。たまにチラチラとルシフの方を窺った。その視線にルシフが気付かないわけがない。元来ルシフは、曖昧な態度をとる相手を好ましく思わない。
「さっきからなんだ?」
「……あの、ルシフさまに、一つだけお願いがありまして……」
「なんだ?」
「ルシフさまの子と言えなくてもいいです。子育ても私一人で頑張ります。ただ……」
「ただ?」
「数ヶ月に一度……いえ、数年に一度でもいいです。あなたの温もりを感じさせてもらえないでしょうか?」
ルシフは本を閉じ、ソファに置いた。立ち上がり、マリアの前までいく。
「そんな約束はできん」
マリアの表情がかげる。
「だが、今なら感じさせてやれる」
マリアの表情がぱっと明るくなり、ルシフの首に両腕を回した。ルシフはマリアを持ち上げ、お姫様抱っこする。そのまま、寝室に行った。ルシフの部屋は二部屋あり、寝室と書斎のような部屋があった。
ルシフはマリアをベッドに寝かすと、寝室の扉を閉めた。
上を脱ぎ、上半身があらわになる。そのまま両手をベッドにつき、マリアに覆い被さった。
マリアは両腕を首に回し、上半身を起こした。唇と唇が触れ合う。一瞬マイの泣き顔が頭をよぎったが、すぐ次の快楽で消えた。
──いい女だ。
自分の胸に顔をうずめながら、甘く呻いているマリアを感じながらそう思った。
抱けばとろけるような快感が押し寄せてくる。それだけではない。凛と咲く花のような強さがあり、それが気分を良くさせる。
行為が終わった後、マリアは床に座り服を着ていた。
「……もう帰ります」
マリアが顔を真っ赤にしながら呟いた。乱れた姿をルシフに見られたことに対して、恥ずかしく思っているのだ。
「送ろう」
「本当によろしいんですか?」
「ああ。この都市で何かする度胸がある奴はいないだろうが、真夜中だからな。一般人のお前が一人で帰るのはよくない」
「ルシフさまとまだ一緒にいられるなんて夢のようです」
二人で部屋を出た。廊下は誰もいない。マイの部屋はすぐ近くにあるが、部屋から音は何も聞こえなかった。元々アシェナ邸の部屋を仕切る壁は厚く、防音性は高い。扉を閉めると扉の隙間も無くなるため、部屋の光が外に漏れることもないのだ。扉を開けるかノックしなければ、部屋の中にマイがいることは確かめられない。
ルシフはまっすぐ玄関に行く。そこから外に出て、マリアが住んでいる集合住宅へと向かった。
◆ ◆ ◆
次の日、朝六時。ルシフは武芸者が集まる建物にいた。黒装束を着ていて、マントは羽織っていない。
イアハイムの武芸者には二つの所属がある。すなわち、ルシフが指揮する剣狼隊と、ダルシェナの兄ミッターが団長を務める宝剣騎士団。どちらも定員は百名であり、合わせて二百人の武芸者がイアハイムにいる。
ルシフがいるのはその建物の中の、
部屋を囲むように置かれている電子機器に、つなぎを着た十数人の技師たち。
彼らに天剣十二本を渡した。
「これがグレンダンにある最高の錬金鋼……」
恍惚とした表情で、技師たちのまとめ役である無精髭の中年の男が呟いた。名をハント・ヴェルといった。
すぐさま技師たちに指示を出し、天剣の解析を始める。
「素晴らしい!」
ハントが歓喜の雄叫びをあげた。
「気にいったか?」
「そりゃもう! 色々いじくりましたが、これは様々な錬金鋼の良いところを集めた傑作ですよ! 剄の粘度、伝導力、保有力、放熱力、収束力、変化の柔軟性……どれをとっても他の錬金鋼を遥かに凌駕しています! それだけじゃあない! 復元した際の重量設定も自由自在! もちろん破壊力や切れ味、密度、硬度といった武器そのものの性能も極限まで追求できる! この錬金鋼なら、武芸者は一切妥協しなくていいんです! 武芸者が望む武器が実現できるんです! 素晴らしい! なんて素晴らしい錬金鋼なんだ! おお神よ! この素晴らしい出会いを与えてくださりありがとうございます!」
両腕を天井に向けて伸ばし、両膝を床につけてハントは感涙していた。ルシフはハントから二歩距離をとる。
「まだありますよ! この錬金鋼の素晴らしいところは!」
ハントが急に立ち上がり、ルシフに詰め寄った。ルシフは近付いてきたハントの顔から逃れるように頭を引いた。目の前にハントの顔がある。くさい息が顔を撫でた。
──これさえ無ければな。
ルシフは内心でそう呟いた。興味の対象の話になると、ハントは周りが見えなくなるタイプだった。
「天剣は念威操者も扱えるんです! 実に! 実に興味深い! ご存知の通り、武芸者の剄と念威操者の念威は全く別の系統です! 簡単に言えば、念威操者には念威が通る素材の錬金鋼でなければならず、武芸者の錬金鋼は全く扱えないのです! しかし! 天剣は念威の設定に変更することができるんです! 一体どんな素材をどういった比率で合成すれば、このような錬金鋼が生まれるのか……。今必死に天剣の素材の解析を始めていますが、エラーが表示されます! エラー! つまり、データベースに存在しない素材が使用されてるんですよ! ああ! 今日にまだ我々の知りえない素材がこの世に存在するとは……。ありがとう! 本当にありがとう! 俺を産み、育ててくれた両親! 今まで俺を生かしてくれたたくさんの命! まだ探究の余地がある世界! 感謝しかねえぞおい!」
ルシフは唾を飛ばして喋りまくるハントの右頬を殴った。ハントは横に吹っ飛び、壁に叩きつけられた。
ルシフはハンカチで唾がついた顔を拭い、ハントに近付く。そして、胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「本題に入っていいか?」
「……
ハントの顔は腫れ上がっていて、上手く話せないようだ。
「この天剣に復元鍵語を追加したい」
様々なコードがくっついている天剣の一つを取り、ハントに渡した。天剣ヴォルフシュテインである。
「
「なんて言ってるかまるで分からん」
「武器の設定はどうするって訊いてますよ」
技師の一人が言った。
「なるほど、そう言われれば確かにそう言ってる気がするな。武器は元のままでいい。あくまで天剣は保険だ。俺にはコレがあるからな」
ルシフが方天画戟に視線を向けた。
ハントがうっとりとした表情で方天画戟を見つめている。
それからルシフはヴォルフシュテインにメルニスクの力を込め、レストレーションとルシフの音声で設定した。
これで天剣ヴォルフシュテインはレイフォンだけでなく、メルニスクの力を使えるルシフも復元できるようになった。
天剣の解析が一通り終わったら、ルシフは天剣を全て剣帯に吊るした。部屋から出ていこうとする。
「ルシフさん。あんたのその武器も解析しがいがありそうですねえ」
舌なめずりをして、ハントが言った。顔の腫れはひいていて、普通に話せるようになっている。
「この武器に触ったらその汚れた手を斬り落とす」
「いやあ、それは困る。技師にこの手は必要なんでさあ、斬り落とすなら足にしてもらえねえですかね?」
ルシフはため息をついて首を振った。
「触るなと言ってるんだよ」
「……ルシフさん、それは無理な相談です。目の前にいい女がいたら、ルシフさんはどうします?」
「抱く」
「でしょう!? 俺にはね、その武器がパーフェクトボディの美女に見えるんですわ! そんな美女が腰振ってアピールしてるんですよ! もうイくしかないでしょ、そんなんされたらァ! たとえ斬られようとも、それは本望ってヤツでさあ!」
ダメだこいつ。
ルシフは自分を棚に上げてそう思った。
ルシフは無言で扉を開け、部屋から立ち去った。時刻は九時になっていた。
ルシフが建物の廊下を歩く。ルシフとすれ違う者は一礼したり、声をかけてきた。ルシフを見てなんの反応もしない者など、誰一人としていなかった。
ルシフは自分の指揮官室の前で足を止め、指揮官室の扉を開ける。
「開けちゃだめー!!」
「あ?」
内側から強い力で扉を押している。しかし、ルシフの前では無力。無理やり開けた。金髪の女が尻もちをつく。
「あ、ルシフさんでしたか。おはようございます」
「おはよう。久しぶりだな、ラウシュ」
金髪の女はずれたメガネを直して、笑みを浮かべる。
「えへへ、本当にそうですね。えーと、えーと、約十一ヶ月振りくらいでしょうか」
ルシフが室内に入ると、女は素早く扉を閉めた。
この女の名はゼクレティア・ラウシュという。年は二十五歳。元武芸者で、イアハイムの王からルシフの秘書として派遣された。故に、剣狼隊に関わる全ての事務を担当しているが、剣狼隊に所属しているわけではない。金髪を肩の高さで切り揃え、瞳も同じく金色。伊達メガネをかけている。
ルシフは室内を見渡す。
自分が使っている大きな執務机。その上には書類が山のように大量に置かれている。ルシフの眉がピクリと動いた。まずは執務机のこの状態を見て、ルシフはイラッとした。
次に執務机と直角に置かれているゼクレティアのデスク。それも書類が山積みで、ゼクレティアの椅子の前だけ、なんとか作業できるスペースが確保してある。ルシフの表情に険しさが追加された。ゼクレティアはあらぬ方向に顔を向けている。
指揮官室には扉がいくつもあった。トイレやバスルーム、寝室といった生活できる環境も指揮官室には確保してあるのだ。有事の際はこの部屋に泊まり、問題に対処する。
ルシフは寝室の扉を開けた。ベッドの周りにたくさんの空のペットボトルや食べ終わったインスタント食品の容器を入れたポリ袋が散乱し、日用品や女物の衣類が置かれている。ルシフの表情が鬼の如く恐ろしくなった。剄が威圧感を増し、部屋全体が震えた。
ルシフはゼクレティアを見る。ゼクレティアはルシフから顔を背けていた。
「おい。なんだこの有り様は?」
「ワタシチガウワタシチガウ」
「じゃあ誰がこんなところに寝るんだ?」
「よ、妖精さんかな……いたいいたいいたいいたい!」
ルシフがゼクレティアの右腕を掴み、関節技を決めた。ゼクレティアは左手で床をバンバン叩いている。
「俺はそういうしょうもないこと言う奴が嫌いなんだよ。腕、折ろうか?」
「わたくしが! わたくしがやりました! ですが! わたくしめの言い分を聞いていただけないでしょうか!?」
ルシフはゼクレティアの右腕を離した。ゼクレティアはホッと息をつく。
「聞こう」
「ありがとうございます。
ルシフさんがいない間、わたしはルシフさんの仕事と合わせて二人分の仕事量だったんですよ。そりゃ無理ですって。深夜までやっても終わらなかったんですから」
「俺がいた頃は二人で三時間かからなかった筈だが? 俺の仕事だけなら三十分で終わった」
「ルシフさんとわたしの処理能力を一緒にしないでくださいよ。本のページをめくるように書類を処理できませんって。そのせいでどんどん書類たまっちゃって……」
「で? それが寝室の惨状となんの関係がある? そもそもこの部屋の寝室は俺のだぞ」
「家に帰る時間も惜しくてルシフさんの寝室使っちゃいました、てへっ……いたいいたいいたいいたい!」
コツンと右拳で頭を叩き、ペロッと舌を出したゼクレティア。その右腕を掴み、ルシフが再び関節技を決めた。ゼクレティアは左手で床をバンバン叩いている。
「人の物を使ったら元に戻す。常識も分からないのか」
「掃除する時間が無かったんです!」
「使用人に掃除させればいいだろうが」
武芸者が集まるこの建物にも使用人はいた。掃除、食事の用意といった家事をしてくれる。
「あんなところを使用人に見られたら、わたしの女としてのイメージが終わるじゃないですか!」
「……朝、書類をこの部屋に持ってくるのも使用人の仕事の筈だが? その際の指揮官室の掃除も含めて」
「書類は扉の前に置いてもらってたんです! そっから自分で部屋に運んで……」
ルシフは呆れた。
ゼクレティアはポンコツである。ポンコツな彼女が何故ルシフからクビにされなかったか。理由はゼクレティアの記憶力だけは抜群だったからだ。一度見たものは忘れない。書類が山のように置かれているこの部屋でも、どこにどの書類があるか把握しているだろう。
他にも秘書候補としてあげられた者はいたが、将来性をとってゼクレティアを秘書にした。ツェルニに行くことでゼクレティアを成長させようともした。どうしようもないほど追い詰められれば、嫌でも周りを頼るようになると考えていた。だが、結局ゼクレティアは自分だけで抱え込み、周囲から駄目な女と思われたくない一心がどんどん膨張しただけだった。
ルシフは関節技を解いた。ゼクレティアはおそるおそるルシフの方を見る。
「だ、大体、ルシフさんも悪いんですよ!?」
「あ?」
ゼクレティアがルシフから視線を逸らした。右手と左手の人差し指同士をこすり合わせている。
「だって、建物の建築、修繕とか、労働環境の改善とか都市民の要望とか、本来なら執政官がやるべき仕事まで全部こっちに回ってきてるし……。剣狼隊に関する事務だけだったらわたしだって……」
確かにルシフのところには、政務に関わるほぼ全ての仕事がきていた。現王よりルシフの方に持っていった方が適切な判断で処理してくれる、と都市民たちが考えているからである。
そこはルシフ自身、是正しなければならない点だと思っていた。仕事の線引きを曖昧にしていては、内部から腐っていく。組織とはそういうものであり、誰が何を担当しているかは明確でなければならない。
ルシフとしては今のところは政務も自分が処理した方が都合が良いから放っておいたが、自分が王になったら真っ先に改善しようと考えていた。
「わたしはやっぱりクビでしょうか……?」
ゼクレティアは俯いて、小さく呟いた。
「毎日深夜まで仕事する職を辞めたくないのか?」
「確かにめっちゃキツかったですけど、それだけ自分が必要とされてる感じがして、気分は悪くなかったんです。それに、給料も良いし、ルシフさんと仕事するのは怖いですけど楽しくもありますから」
その言葉が、ルシフの男に火をつけたようだった。昨夜のマリアとの行為が、ツェルニにいる間ずっと眠らせていたルシフの男を覚醒させたらしい。
「ラウシュ、仕事の進捗は置いといて、働きづめだったようだな。息抜きしないか? ストレス発散になる」
「『息抜き』……『ストレス発散』……」
ゼクレティアはハッとした表情になり、次に顔をほんのり赤くしてジト目になる。
「ルシフさん……まさかえっちなこと考えてません?」
「嫌か?」
「嫌に決まってますよ! まだ仕事中で、仕事も残ってますし!」
「休憩時間ということにすればいいだろう」
「寝室も汚ないですし!」
「ベッドの周りはな。ベッドの上はきれいだ」
「で、でも! ずっと働いてて手入れする暇も無かったから、人様に見せられる身体じゃないですし!」
「手入れする時間くらいやるよ」
「……うう……う~~~~!!」
結局ゼクレティアは生理用品などが入った小さなポーチを持って、バスルームに駆け込んだ。
ゼクレティアはベッドに寝たままゆっくり目を開けた。上半身を起こす。服は何も着ておらず、裸だった。
ぼんやりとした頭のまま、ゼクレティアは右手でがしがしと頭を掻いた。それから、ゆっくりと室内を見渡す。室内に散乱していたペットボトルやゴミの袋はきれいに片付けられ、脱ぎ捨てたままになっていた自分の衣類もない。日用品はベッドの横にある引き出しがいくつもついた小さな机の上にまとめて置いてある。
つまり、寝る前にしていたことは夢じゃない。
──また抱かれちゃった。噂になったらどうしよう。マイちゃんあたりに知られたら刺し殺されるかも……。
ゼクレティアは深くため息をつく。ルシフがツェルニに行く前も三日に一度くらいのペースでこういう日があった。その時はいつも仕事は全て終わっていたが。
別にルシフに抱かれたくないわけではなく、むしろ抱かれたいが、仕事のついでのように抱かれるのはちょっと不満だった。プライベートでルシフに抱かれたことは一度もない。
日用品と一緒に置かれている伊達メガネを手に取り、かける。当然視界に変化はない。周りから頭良さそうだなと思われさえすればいいのだ。
時計を見る。昼の一時になっていた。
──抱かれた時間が九時四十三分。終わった時間が十時三十七分。それから疲れてすぐに寝ちゃったから、睡眠時間はえーと、えーと……何時間だろう。二時間半くらいかな?
どうりで身体がダルいわけだ。
そこで仕事が山積みだったことに思い至り、ゼクレティアの顔が真っ青になる。
──やっばぁ! 仕事早くやらないと徹夜コースになっちゃうよ!
ベッドから跳ね起き、慌てて指揮官室に続く扉を開けた。
ルシフが執務机を前にした椅子に座り、書類を次々に処理していた。すでに書類の量は僅かになっている。
ゼクレティアはホッと息をついた。ルシフのこういうところがゼクレティアは好きだった。自分の仕事が終わってもこっちが終わってなかったらいつも手伝ってくれる。それも恩着せがましくない。
ルシフがゼクレティアの方に顔を向けた。ゼクレティアは照れ笑いになる。さっきの行為が脳裏にちらつき、普段通りの顔にできない。
「あ、あの、ルシフさん。ありがとうございます」
「それはいいが、服くらい着て出てこい」
「え……?」
ゼクレティアは下を見る。一糸纏わない身体。隠しもしていない。
「ああああああああ!」
ゼクレティアは顔を真っ赤にして寝室に駆け込み扉を閉めた。
それから二、三分後に寝室の扉をちょっとだけ開き、顔だけ扉から出す。ルシフを睨んだ。
「わたしの服全部片付けちゃってるから、そもそもわたしの服が無いじゃないですかぁ!」
「ベッドの下に置いといたぞ」
「え!?」
ゼクレティアは慌ててベッドの下を見る。服が畳んで置かれていた。
服を着て指揮官室への扉を開け、ルシフの前に立つ。
「イジワルしないでくださいよ!」
ルシフは愉快そうに笑い声をあげた。ひとしきり笑うと、真剣な表情になる。
「それはそうと、書類の整理をしていて気付いたんだが……俺がツェルニに旅立ってすぐ、お前自分の給料二十パーセントアップさせたな?」
ゼクレティアの顔に汗の粒が浮かぶ。
確かに自分の給料は真っ先に増やした。
「……てへっ!」
ゼクレティアはかわいらしく笑みを浮かべた。
ルシフが無言で立ち上がる。
「ルシフさんの仕事もやってるんだから、少しくらい給料アップさせてもいいかな~って思ったんです! 別にいいじゃないですか!」
「それで仕事を終わらせてるなら文句は言わんよ。だが、実際は仕事を溜めに溜めただけ。成果をあげてないのに報酬だけしっかり貰うのはおかしくないか?」
「……うう」
ルシフは徹底した成果主義であり、働いている時間は給料と一切関係ない。月で支払われる給料は基本的に決まっているため、早く仕事を終わらせれば終わらせるほど得をする。もちろん時給制のところもあるため、そこならば働いた時間で給料が決まる。
「まあ溜まっていた書類のほとんどは簡単な処理で問題ないものばかりだったから、及第点は与えてやる。だが、もっと処理能力を上げるよう努力しろ」
「はい!」
給料がカットされずにすんだ喜びで、ゼクレティアはぱあと笑顔になる。
ルシフは軽く息をついた。
安心して気が緩んだせいか、ゼクレティアのお腹がくぅ~と鳴った。ゼクレティアは顔を赤らめる。
「そういえば昼食がまだだったな。昼食にしよう。一緒に食うか?」
「食べます!」
ルシフが指揮官室の扉を開けた。
指揮官室の前にはマイが立っていた。念威操者の指揮官室は隣にある。
「どうした?」
「ルシフさまと昼食を食べようと思って待ってました」
「それは別に構わんが、いつから待ってたんだ?」
「一時間くらいだと思いますけど、ルシフさまとご飯が食べられるなら全然苦じゃないです。私だけじゃないみたいですけど」
ルシフとゼクレティアが廊下に出る。二十人くらいの赤装束の武芸者たちがいた。若い男女、中年の男など年齢層はバラバラだ。それぞれ腕に様々な色の腕章を巻いている。
「じゃあ、全員で食いにいくか」
ルシフがそう言うと、その場にいた者たちの表情が明るくなった。
ルシフが先頭で廊下を歩き、その後ろにみんなが付いていく。
「ゼクレティアさん」
マイがゼクレティアに顔を寄せ、小声で言った。
「なに?」
「ルシフさまとのアレ、気持ち良かったですか?」
「ぶっ!」
ゼクレティアが吹き出した。
「え? え? な、ななな、なんのことかな? まさか念威で寝室、見たの?」
マイが無言でこくりと頷いた。
ゼクレティアの顔が真っ赤になる。
「ち、違うの! いつも断るの! でも、断る理由をどんどん潰されて仕方なく……。わたしから誘ったわけじゃないから!」
「……いつも?」
マイの表情が氷のごとく冷たくなる。
「ゼクレティアさん。端子も無しに相手に気付かれずに念威で盗み見るなんて無理です」
「……え?」
つまり、ルシフとの寝室での行為は見られてなかったのか。マイははったりを言って、かまをかけただけだったのだ。
ゼクレティアの身体がガタガタと震えだす。
マイは冷笑を浮かべていた。目は全く笑っていない。
「私がいなかった一年間、ルシフさまが何をしていたか話を聞く必要がありそうですね。二人きりで。事細かに」
「お、お手柔らかにお願いします……」
マイは止めていた足を動かした。
マイのツインテールが揺れるのを後ろから見ながら、ゼクレティアも歩き始めた。
全て話し終えた後、細かく切り刻まれて豚の餌にされるんじゃないか。
ゼクレティアはそう思い、食堂に向かう足が重くなった。
どんどん新キャラが出てきますが、ルシフとマイ以外はモブキャラなので覚えなくても大丈夫です。
マリア=男の理想
ハント=変態技師
ゼクレティア=ポンコツだけど周りから有能だと思われたい
みたいなイメージでキャラ設定しました。
それはそうと今回、何も良いタイトルが思いつかなかったとはいえ、このタイトルは本当にひっどい。何か良いタイトルが浮かんだら、タイトル変更します。
─追記─
タイトル変更しました。前のタイトルは探さないでやってください。