翌日朝十時。
天剣が十一本全て復元され、それぞれの武器が床に並べられていた。残る一本はルシフが所持している。
ヴォルゼーとサナックしかルシフは呼ばなかったが、剣狼隊の小隊長全員がこの部屋に来ていた。並べられた武器を興味深そうに見ている。
「このまま使いたい武器はあるか?」
ルシフがヴォルゼーとサナックに訊いた。別に武器と設定は好きに変えられるため、このまま使う必要はない。ルシフは黒装束を着ている。
「わたしはこれがいいわ」
ヴォルゼーはカウンティアの天剣ヴァルモンに手を伸ばす。カウンティアの武器は青龍偃月刀である。柄を握り、垂直に起こす。更に最大剄量を青龍偃月刀に流した。室内に剄の奔流が巻き起こる。
「やっぱりこれがいい」
青龍偃月刀を上から下までまじまじと眺めて、ヴォルゼーは頷いた。青龍偃月刀の長さはヴォルゼーの身長を頭二つ分超えている。さすが天剣と言うべきか、全力で剄を込めても壊れる気配はない。
ヴォルゼーはそこで周囲から驚愕の視線を向けられていることに気付いた。ルシフも呆気に取られたような顔でヴォルゼーを見ている。
「何? 試し斬りしてほしいの?」
不快感を隠そうともせず、ヴォルゼーは青龍偃月刀を構えた。
ヴォルゼーに視線を向けていた全員が視線を逸らした。
「そういうわけじゃない。本当にちょっとしたことだ」
「ま、許してあげる。今のわたしは機嫌良いから」
ヴォルゼーは鼻歌交じりで、錬金鋼技師のまとめ役であるハントのところに行った。復元鍵語の音声と剄の登録、武器の細かい調整をするためだ。
ヴォルゼーが去ると、その場にいる全員が顔を見合わせた。
「やっぱりおかしいよなあ」
レオナルトがヴォルゼーの後ろ姿を見て言った。周りもうんうんと頷いている。アストリットは「明日は雨かしら?」と呟いていた。
次はサナックが天剣を選ぶ番である。
サナックは砲を片手で脇に抱えた。バーメリンの天剣スワッティス。
「それがいいのか?」
ルシフが訊くと、サナックは頷いた。
サナックもハントのところに向かった。
「私たちには天剣与えてくださらないのですか?」
アストリットが少しがっかりした様子でルシフに尋ねた。
「俺は通常の錬金鋼では耐えきれない剄量があることを天剣を渡す条件にした。あの二人以外は通常の錬金鋼で問題ないから、お前らは無しだ」
「残念です」
「剄量の問題は努力では基本的にどうにもならないからな。だからこそ、選ばれた者だけに天剣を渡さなければ、天剣の価値が下がる」
それから三十分ほど経つと、ヴォルゼーとサナックが戻ってきた。
ヴォルゼーが持っている青龍偃月刀は少しだけ長くなっていた。身長の一.五倍の長さになっている。
ルシフの前で跪く。
「天剣を与えてくださり、感謝いたします、陛下」
「ここには第三者はいないから、別にいつも通りでいいぞ。それは前から言ってるよな?」
ヴォルゼーは立ち上がった。喜びの色が顔一面を包んでいる。
「はい、心得ています」
ルシフは内心で戸惑った。ヴォルゼーは自由奔放な猫のような人間であり、従順な態度はらしくない。
昨日の宴が終わってから、ヴォルゼーはルシフを殺したいという気持ちがすっかり消え失せていた。ルシフや剣狼隊と共に生きたいと考えるようになっていた。
サナックは両腕に白銀に輝く手甲を付けている。
「わざわざ一から設定せずとも手甲ならあったろ? サヴァリスのやつが」
サナックはスケッチブックを取り出し、ペンを走らせる。書き終えたら、スケッチブックを見せた。《この天剣が一番危ないから》と書かれている。確かに砲なので、他の天剣に比べたら威力の調整もできず、常に最大火力での攻撃になるだろう。しかし、それが選ぶ理由になるのがルシフには分からない。危ないから、使わないように自分が確保したということだろうが、そもそも天剣はこちらの手にある。グレンダンにいる天剣授受者に使われる心配はない。
なんにしても、二人に天剣は与えた。
「ハント・ヴェル」
「はい」
「錬金鋼状態に戻せ」
「はい」
ハントが復元された武器を抱え、電子機器が置かれているところに持っていった。それぞれの武器に何本もコードが繋がれ、ハントがキーボードを叩く。すると、錬金鋼状態になった。
ルシフはそれら全てを剣帯に吊るした。ルシフの持つ天剣は全部で十本になる。
「一時間後に剣狼隊全員、詰め所に集まれ」
「ニーナとリーリンはどうするの?」
ヴォルゼーが言った。
「そいつらは呼ばんでいい。ディンとダルシェナもだ。詰め所で話す話はとても重要だ。できれば心から信用できる者だけに話したい」
ニーナもディンもダルシェナも、地獄を見る覚悟があるかと訊いたら頷いていたが、たかが王を引き摺り下ろすのを見ただけでかなりのショックを受けていた。結局覚悟は口だけだったのだ。そんな連中に重要な話を聞かせれば、口止めしていても何かあった時に話すかもしれない。
ルシフたちは錬金鋼メンテナンス室を出た。
◆ ◆ ◆
剣狼隊の全員が、武芸者の施設の詰め所に集まっていた。時刻は正午になっている。
ルシフは全員の前に立った。
「今日から他都市を制圧し、支配下においていく」
室内に緊張が走る。
ルシフの言葉は常に断定している。そこに他者の意思が介入する余地はない。故に、ルシフと話し合いになることは絶対にないのだ。
「その場合、俺が支配者になるわけだが、お前たちは俺に仕える臣下となる」
剣狼隊全員が頷く。そこは全員が納得していることだった。
「ここからが重要なルールだ。俺が命令した際、もし右手が顔のどこかに触れていたら反論しろ。逆に、左手が顔のどこかに触れていたら命令に同意しろ。いいな?」
また剣狼隊全員が頷いた。
ルシフは剣狼隊の行動や言動もコントロールしたいのだ。それがこれから都市を支配していく上で重要なのだろう。
誰も何故そうしなければならないのか訊かなかった。そもそもルシフは、一から十まで説明するのを嫌う。説明するのは絶対に失敗できない場合くらいだ。そこにはルシフの思惑もある。やる事に何もかも説明していては、自分で思考する能力が養われない。やる理由を最低限にしか言わないことで相手に理由を考えさせ、思考能力を鍛えているのである。
「……俺から見て、この世界はマイナスだ」
ルシフが眼を細めた。どこか遠くを見ているようだった。
ルシフが
そもそも汚染獣から逃げ回ることを前提とした世界であることが、ルシフは気に入らないのだ。初めから人類は汚染獣に敵わないと決めつけ、汚染獣に怯えながら日々を過ごす。それをこの世界は何百年と続けてきた。なんと愚かで、進歩のないことか。
「まずマイナスをゼロにする。つまりはこの世界をリセットする作業が必要になる。そのリセットする作業こそが全都市の制圧であり、旧体制の破壊である。これら一連の作戦を『RE作戦』と名付け、何があっても完遂させる」
「『RE作戦』……」
剣狼隊の誰かが呟いた。
世界を白紙に戻し、そこから新たにルシフが望んでいる絵を描いていく、ということなのだろう。世界という家は一つしかなく、また一つしか建てられない。新しい家を建てようと思ったら、元々ある家を破壊して更地にしなければならない。それと一緒である。
「お前たちは俺と志を同じくする同志だと思っている。理想に殉じ、自分の命より信念を選べ」
剣狼隊全員がルシフの言葉に頷いた。
ルシフはその光景を満足げに見た後、表情を引き締める。
「お前らだけに言いたいことはこれだけだ。午後二時に謁見の間に集合しろ。
マイも念威操者を指揮し、官僚や主要な役職にある者を同じ時間同じ場所に集合するよう伝えておけ」
「はい」
マイは念威端子を展開させた。他の念威操者も端子を展開させる。ルシフが入り口の扉を開くと、それらの端子がそこから出ていった。
全て出ていくのを見届けた後、ルシフは剣狼隊たちに向き直る。
「集合まで自由時間だ。それまで好きに過ごせ」
ルシフは真っ先に詰め所を出て、昼食を食べようと外に出た。今日は外食にする予定である。
そうして迷いなく歩くルシフの後ろにマイが続き、更にルシフと一緒に食事したいと考える剣狼隊の隊員たちが列をなして追いかけてきていた。
◆ ◆ ◆
王宮にある一室。
ヴォルゼーはテーブルを挟んだ椅子に座っている。ヴォルゼーの向かいにはフェイルスが座っており、他には誰もいない。この部屋は防音壁となっており、話が外に漏れぬようフェイルスが配慮したのだろう。昼食後、フェイルスから話があると言われ、ヴォルゼーはこの部屋にきた。
「前王を内密に処理したいのです」
フェイルスの声は静かであったが、その分殺気を感じた。処理などというが、前王を殺したいと言っているのは疑いようもない。
「何故?」などとヴォルゼーは訊かなかった。フェイルスの心中を読めたからだ。フェイルスは、前王を担ぎ上げルシフに敵対する勢力が出てくるのを懸念しているのだろう。ルシフの政権がひっくり返されることはないだろうが、多少目ざわりになる。そういう些事でルシフを煩わせるのをフェイルスは嫌がっているのだ。内密にということは、ルシフに話をせず、許可ももらわず独断で動いている証拠。
「……なんでわたし?」
「あなたなら、やってくれると思いまして。これは陛下のためです。陛下には大事を成すため、全力を注いでもらいたい。小事など、先に潰しておかねばなりません。理解してもらえますね?」
ヴォルゼーは哄笑した。フェイルスも笑い声をあげる。しばらく室内に二人の笑い声が響いた。
「断る」
真っ先にヴォルゼーは結論を言った。
確かに前王が生きていれば、反対勢力が生まれるかもしれない。しかし、その時はその時で叩き潰せばいいのである。もっと言えば、反対勢力はルシフの政治に少なからず不満があるから生まれるのであり、ルシフのどこに不満があるのかを知るきっかけにもなる。それを知れば、ルシフはより都市民が満足できる政治ができるかもしれない。
そんな理由はさておき、フェイルスの言葉にはヴォルゼーの癪に障るものがあった。
──このわたしを刺客扱いするなんて、馬鹿にするにも程がある!
ヴォルゼーは殺すにしても、隠れて殺すような真似だけは死んでも嫌なのである。殺すなら堂々と真正面から、相手も自分を殺そうとしている中で殺したい。
フェイルスが怪訝そうな表情でヴォルゼーを見ている。それも不快感を助長させた。フェイルスにとって、自分はなんでもするような人間に見えていたらしい。
「後々面倒になると、あなたなら分かっていただけると思ったのですが……」
「刺客はやらない。暗殺もしない」
「あなたなら陛下さえもお気付きにならず、マイさんや念威操者の眼を掻い潜り、前王を殺せま──」
「黙れ!」
室内をヴォルゼーの剄が荒れ狂い、殺気が室内に充満する。フェイルスの顔から生気が引いていく。
「わたしは刺客はやらない。やらないのよ」
「……陛下が煩わされてもいいと? あなたしか内密に処理できる人間は──」
ヴォルゼーが動く。フェイルスの首を左手で掴み、頭上に持ち上げた。フェイルスは両足をばたつかせながら、両手でヴォルゼーの左手を必死に引き剥がそうとしている。
「いい加減にしろ。あなたは虎に鼠になれと頼むの? 頼まないわよね。頼まないでしょう。あまりわたしを馬鹿にするな」
ヴォルゼーはフェイルスの首を離した。フェイルスは首に右手をあて、激しく咳き込んでいる。
ヴォルゼーはその姿を冷たい眼で見下していた。
「あなたも剣狼隊の一人で、わたしより年上だから今回は見逃してあげるし、ここでの話も忘れてあげる。
でも今度その話をわたしにしたら、その首で青龍偃月刀の試し斬りをするわよ」
ヴォルゼーは荒々しく部屋を出ていった。
フェイルスはその後ろ姿を見届け、扉が閉められると心底おかしそうに笑った。
「自由気ままな猫のくせに、自分を虎に例えるか。笑わせてくれるよ、ホント。せっかく陛下のお役に立てる役割を与えてあげようって思ったのにさ」
フェイルスは乱れた椅子とテーブルを元に戻し、部屋から出た。
◆ ◆ ◆
午後二時、謁見の間。
剣狼隊、宝剣騎士団、官僚、政治家などが集まっている。秘書官であるゼクレティアも段差がある手前に立っていた。
ルシフは玉座に座っている。すでに玉座は金属でできた硬い玉座になっていた。
「交通都市ヨルテムを攻める」
開口一番、ルシフは結論を言った。
宝剣騎士団、官僚、政治家はお互いに顔を見合わせ、困惑している。剣狼隊はそういう覚悟を事前に決めているため、平然としていた。
「あの……陛下、ヨルテムを攻めるとは?」
官僚の一人が尋ねた。
「そのままの意味だが?」
「攻めて、どうなさるおつもりです?」
「俺の支配下に置く」
そこら中から笑い声があがった。官僚、政治家の面々の笑い声だった。
「都市は常に移動しております。支配下など、おけませぬ」
「ヨルテムを剣狼隊に武力制圧させる。その後、俺が直々にヨルテムに行き、政治を行う。その間、お前たちにイアハイムの政務を任せることにする」
官僚や政治家たちは顔面蒼白になり、絶句していた。ルシフは冗談ではなく本気だと、ようやく気付いたのだ。
「この際、はっきり言っておく。俺は一都市の長で終わる気はない。全都市を武力制圧し、管轄下とする」
「なっ……!」
剣狼隊以外の者たちが明らかに動揺した。そんなことを強行すれば、イアハイムは全都市から非難されることになりかねない。他都市からの商人や流通も無くなるのではないか。そういう懸念を誰もが胸に抱いた。
その懸念を見透かしたように、ルシフが玉座で勝ち気な笑みを浮かべる。
「だからこそ、ヨルテムの制圧は確実かつ迅速に行わねばならない」
ルシフにとって、ヨルテムの制圧こそ最も重要であり、全都市を制圧していくうえで必要だと考えている。
何故なら、交通都市ヨルテムだけが全都市に通じている窓だからである。どの都市から放浪バスに乗っても、最初は必ず交通都市ヨルテムを経由する。それはサリンバン教導傭兵団の放浪バスも剣狼隊の放浪バスも同じであり、ヨルテムを経由することで目的地までどの都市を通ってゆけばいいか分かるのである。
つまり何が言いたいかと言うと、ヨルテムを掌握すれば、物流も人の流れも何もかも支配でき、全都市を完全に孤立させることができるのだ。また、こちらはヨルテムから他都市に兵を送り放題なのである。このアドバンテージは大きい。
ヨルテムが唯一電子精霊のネットワークで全ての都市の位置を把握、それに基づいた放浪バスの統制をしているため、ヨルテムが滅んだら別の都市が役割を代行するのではないかという意見がある。しかしルシフの場合、支配者が代わるだけなのでヨルテム自体は滅亡しない。ヨルテムの都市機能全てを乗っ取るだけなのだ。
ルシフに言わせれば、何故イグナシスの手先である汚染獣や仮面の連中がヨルテムを真っ先に攻略しようとしないのか、理解に苦しむ。
イグナシスはグレンダンや電子精霊が生まれるシュナイバルといった都市を狙い、暗躍しているが、まずヨルテムを奪い、ヨルテムを利用して他都市を滅ぼしていく方が確実に世界を崩壊させられる、とルシフは考えている。将棋で言えば、イグナシスはいきなり王を取りにいっているようなもので、上手くいく筈がない。
もっとも、ルシフはそんなイグナシスの愚かさに感謝している。イグナシスがもっと賢ければ、ルシフが生まれる前にこの世界は滅んでいた筈だ。
──これが初手にして王手だ。
ルシフはそう思った。
ヨルテムを取れば、『RE作戦』は成功したも同然である。
「サナック、エリゴ、レオナルト、ハルス、バーティン」
「はっ」
呼ばれた五人が絨毯の上に進み出て、跪いた。
「お前たち五人を隊長とし、剣狼隊五十人でヨルテムを制圧しろ」
「お待ちを」
ヴォルゼーが前に出て跪く。
「わたしにやらせてください。わたし一人でヨルテムを制圧してみせましょう」
謁見の間がざわついた。
ヴォルゼーの後ろで跪いている五人は、ヴォルゼーに役目を奪うなと言いたげな視線を向けている。
「絶対に遵守しなければならないルールがある。それを守れるなら、お前でもいい」
「お聞きします」
「まず抵抗してくる武芸者は一人も殺すな。四肢の欠損も許さん」
これはルシフの掲げる理想に基づいている。ルシフは理不尽な死をできる限り無くすことを理想としている。今回のヨルテム制圧は汚染獣の襲撃と本質的な違いがない。どちらも闘わなければ死ぬか奪われるだけであり、選択肢など初めから存在していないからだ。理不尽な死を無くすとマニフェストで掲げているのに、理不尽な死を許容することはできない。
ヴォルゼーは明らかに動揺した。
ヴォルゼーは戦闘になるとスイッチが入り、歯止めがきかなくなってしまうのである。そのせいで、訓練中に何人もの剣狼隊の人間を瀕死の状態にし、病院送りにした過去がある。
殺すことはなんとか自制できるだろうが、四肢の欠損は勢いでしてしまうかもしれない。ヴォルゼーは命のやり取りをする戦闘で手を抜くのは戦闘への冒涜だと考えているため、どうしても力が入ってしまうのである。
「例外もある。ヨルテムを攻めた際、その混乱に乗じて盗みや性的暴行をする奴は問答無用で殺していい。そんな連中、俺の都市にいらん」
盗みや性的暴行といった私欲を満たそうとする人間を殺すのは、別に理不尽ではなく当然の報いである。殺さない配慮をしてやる必要はない。
ヴォルゼーは言葉が出てこなくなっていた。
「どうした? それができないのなら、今回のヨルテム制圧だけでなく、他の都市の制圧も任せられん」
「……分かりました。精いっぱい努力したいと思います。では、わたし一人でよろしいですか?」
ルシフは腕組みをし、足を組んだ。
「情報では、ヨルテムの武芸者の数は二千人はいると聞いている。お前一人で制圧できるか?」
「ヨルテムに内通者もおります。一、二割は我々の味方となるでしょう」
「ふむ……」
ルシフは眼を閉じた。
今ルシフの頭の中では様々な可能性が弾き出され、それに対する対抗策と最良の選択が計算されている。
一分間程度の沈黙の後、ルシフはゆっくりと眼を開けた。その眼光に迷いは無い。
「ヴォルゼーだけに任せるのは不安が残る。ヴォルゼー、サナック、プエル、バーティン、レオナルト、エリゴ、フェイルス、アストリット、ハルス、オリバ」
ルシフに呼ばれた者たちが絨毯の上で跪いた。
「お前たち剣狼隊小隊長十人と、念威操者のヴィーネ」
「はっ」
一人の女が新たに絨毯の上に進み出て、跪く。
「合わせて十一人で、ヨルテムを制圧しろ。出発は今から三時間後とする。俺はお前たちが出発してから四時間後に出発する。遅くても三時間でヨルテムを制圧しろ」
「御意」
跪いた全員が頭を深く下げた。
「これで解散とする。ヴィーネだけは残れ」
謁見の間から人がどんどん去っていく。
やがてヴィーネと二人きりになった。ヴィーネは肩で切り揃えた黒髪と、黒の瞳が印象的だった。無表情でルシフの顔を見ている。
「マイから映像データを受け取り、いつでも映像を流せるようにしておけ」
「なんの映像データですか?」
「俺がグレンダンの武芸者たちと戦闘している映像だ。マイにそう言えば、映像を念威端子に記憶させるだろう」
「分かりました」
ヴィーネは一礼すると、謁見の間から出ていった。
ルシフは玉座に座ったまま、しばらく眼を閉じていた。この先起こることを脳内でシミュレートしている。
──ヨルテム制圧を失敗する可能性が見えないな。
ルシフはシミュレートでヨルテム制圧の失敗が脳内に浮かばず、がっかりした。ヨルテム制圧が失敗するとしたら、ルシフの想像を超える要因が無ければならない。それはそれで、ルシフにとって望むところ。退屈な作業が面白くなる。その程度の認識しかない。
ルシフは心のどこかで、ヨルテム制圧を失敗するのを願っているのに気付いた。自分の才能を全部絞り出し、自分の限界が見たい。だからこそ、世界に喧嘩を売ろうとしているという自覚もあった。
ルシフはため息をついた。しばらく退屈な日々が続きそうだ。
それから三時間後、剣狼隊小隊長全員と念威操者一人を乗せた剣狼隊専用の放浪バスが、イアハイムを旅立った。
◆ ◆ ◆
交通都市ヨルテムはいつも通り、賑わっていた。物流と人の中継点のため、放浪バスの停留所から少し行くと繁華街があり、旅行者や商人を狙った歓楽街もある。娯楽施設も多数あり、外縁部付近であるのに人がごった返していた。
ヨルテムの都市民は旅行者や商人に寛容だが、同時に常に警戒し、用心している。
治安維持にあたる武芸者の数も多く、停留所や外縁部付近にも不審者や危険人物はいないか見回りをしている武芸者がいる。
当然放浪バスが停留所に着いたら、放浪バスに乗っている人間を一人一人確かめ、荷物検査をして爆発物などの危険物を持ち込んでいないかのチェックもする。
停留所には多数の放浪バスがずらりと並んでいた。その中にはサリンバン教導傭兵団の放浪バスもある。そこに真っ赤な放浪バスが走ってきて、停車した。
武芸者の数人がその真っ赤な放浪バスに気付き、近付いていく。彼らは客を迎えるような笑みを浮かべている。
彼らには油断があった。警備しているが、ここ数年以上問題が起きたことは無いのだ。また三、四週間前、これと同じ放浪バスが来たのを彼らは覚えていた。真っ赤な放浪バスは珍しく、どうしても記憶に焼きついてしまっていたのだ。その放浪バスに乗っている人物というのも、こんな珍しい放浪バスに乗っていたということで強く印象に残っていた。金払いがよく、付き合いやすい人たちだった。
そう思いながら、武芸者数人は真っ赤な放浪バスから降りてくる者たちを出迎えた。放浪バスから降りてくる者たちは全員赤装束を着ている。
本当に一瞬の出来事だった。出迎えた武芸者たちを無表情で見下ろし、全員が同時に「レストレーション」と呟いた。錬金鋼が光り輝きそれぞれの武器となる。ヨルテムにおいて、旅行者の錬金鋼の復元は禁止されている。出迎えた武芸者たちがおかしいと思った時には、降りてきた剣狼隊に叩きのめされていた。
その光景を見ていた旅行者や商人、都市民がしんと静まる。数秒後、地を震わすような怒号と悲鳴をあげ、シェルターを目指して走り出した。
今日という日はヨルテムにとっても、鋼殻のレギオスという世界にとっても特別な日となる。後世において、『暴君が誕生した日』と歴史書に刻まれた日であり、交通都市ヨルテムという都市が世界から消えた日でもあった。