鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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オリジナル1章 ルシフとマイ
第7話 魔王の失敗


 汚染獣の襲撃から数日が過ぎた。

 自分の教室で、ルシフは退屈そうに頬杖をついている。その周囲は、卓上からみれば一目で異様だと分かった。

 ルシフの周囲は、他の生徒たちより生徒との間隔が大きかった。あからさまにならない程度に、距離を置かれている。

 そうなった原因は、入学式の時の一件もあるだろうが、一番の原因は汚染獣相手の戦い方だった。

 汚染獣襲撃から次の日、シェルターに隠れていた生徒たちが口を揃えて言ったのが、どうやって汚染獣を倒したか知りたい、だった。

 汚染獣は大抵の人間にとって、恐怖の対象であると同時に未知の生物である。

 都市は汚染獣を避けるために足があり、移動し続けているのだ。汚染獣に遭遇することは本当に稀で、聞いたことはあるが見たことはないという人間が多数を占める。外縁部の片付いていなかった幼生体の死体を見ただけで、気を失ってしまった生徒も少なからずいた。だからこそ、余計にどうやって倒したのか気になるのだろう。

 カリアンはそういう展開になる可能性も考えていたため、フェリの念威端子が得ていた情報を保存して、映像として残しておいた。

 そして、ある広い部屋に映像機器を設置し、汚染獣襲撃の詳細が知りたい生徒は、この部屋で映像を観るのを許可すると、全生徒に伝えた。

 当然多数の生徒がその部屋に押し寄せた。すぐに部屋から人があふれた。一度の映像の再生だけでは、とても全員に観せられなかった。何回にも分けて再生した。たかだか一時間程度の長さだったが、放課後しかその部屋を開放しなかったこともあり、情報を欲する生徒全員が観終わるのに、丸三日かかった。

 そして、レイフォンとルシフの活躍を知った。

 レイフォンはルシフと違い、生徒たちから避けられていない。

 レイフォンは母体に向けて真っ直ぐ走り、母体を見つけたら剣で一刀両断した。その行動は迅速で無駄がなかった。レイフォンの戦い方は普通で、恐怖心を煽るような戦い方じゃない。

 だが、ルシフの戦い方は違った。普通じゃなかった。

 汚染獣を玩具のように扱い、いたぶっていた。錬金鋼(ダイト)を使わずに斬ってもいた。

 化け物。鬼。悪魔。ルシフって汚染獣の変異体じゃね?

 様々な言葉が、ルシフの映像を観た生徒たちの脳裏によぎった。どの言葉も、ルシフを良い印象で捉えている言葉はない。

 だから、生徒たちから距離を置かれていた。

 関わらなければ、害を与えられる心配もない、ということだろう。

 ルシフは、そんな現状を当たり前のように受け入れている。

 ルシフは頬杖を支えにして、目を瞑って寝ようとした。

 不意に、背を叩かれた。

 

「おっはよ~! 朝から辛気くさいぞ、ルッシー!」

 

 ミィフィだった。汚染獣襲撃の映像を観ても、ミィフィは変わらなかった。

 ルシフの背を叩いたミィフィを、教室にいる生徒たちはぎょっとした表情で見た。

 

「おいミィ、あまり刺激を与えるようなマネをするな」

 

 ナルキが小声で、ミィフィに言った。

 ナルキは武芸科のため、汚染獣の迎撃戦に参加していた。映像だけでなく、間近でルシフの戦いを見ていた。

 だから、ナルキがルシフに抱く恐怖は尋常じゃなかった。

 メイシェンは、ナルキの影になっている。ぴったりと後ろにくっつき、ナルキの正面から見ると、メイシェンは全く見えない。

 メイシェンの身体は震えている。

 そんなに怖がるなら、近付かなければいいと思う。

 周りの連中のように、離れていればいい。

 ルシフは一つあくびをして、ミィフィに顔を向けた。

 

「お前はいつも元気だな。元気なのは構わないが、それを他人にまで強要するな」

 

「元気にしないと、幸せが逃げちゃうんだぞ!」

 

「構わん。逃げるなら捕まえればいい」

 

 ミィフィくらいだった。

 クラスメートの中で、ルシフに自然体で話してくるのは。

 ルシフは普通に接する相手に攻撃しないと、感じとっているようだ。

 正しい判断だ。

 一般人に力をひけらかして、暴力など振るって何が楽しいのか。何が満たされるというのだ。

 ルシフは力のない者を、力ある者が絡んだり、ちっぽけな欲を満たそうとするのが一番許せない。

 故に、ルシフは決してそうはならない。

 ミィフィは記者になりたいらしい。訊いてもないのに、得意気に雑誌社のバイトが決まったと言っていた。

 記者を目指しているから、人を見る目があるのだろうか。

 それとも、人を見る目があったから、記者になろうとしているのか。

 どちらが先で、どちらが後か。

 考えて、くだらないことだと結論を出した。 

 ルシフは軽く視線を巡らす。レイフォンと目が合った。レイフォンは顔を背けた。

 レイフォンは、明らかに自分を嫌っている。

 それに気付いたのは、汚染獣襲撃が片付いて、部屋に帰った時だった。

 

 

 

 部屋に入り、扉を閉めた瞬間に、レイフォンが胸ぐらを掴んできた。

 

「どうして、最初の攻撃で殺さなかった!?」

 

 ルシフはわざわざしゃがんで攻撃した。殺そうと思えば殺せた。

 どんなに弱っていても、生きている限り何があるか分からない。武芸科の生徒たちが危険な目にあっていた可能性もあった。

 それが、レイフォンには許せない。

 

「汚染獣のどこを潰せば殺せるか、勉強させるためだ。知っておいて損はあるまい」

 

「そんなこと、する必要はない! 汚染獣の相手は僕らですれば十分だ! ここの武芸科の人たちに、汚染獣は荷が重すぎる!」

 

 レイフォンはこと武芸に関して、無意識に他人を見下す傾向がある。見下すというより、達観しているというべきか。

 レイフォンは汚染獣の強さを痛いくらいに知っており、ツェルニの武芸者がどれだけ頑張ったところで敵う筈がないと決めつけている。

 幼生体ならともかく、雄性体は強い武芸者数人単位で戦うのが普通で、幼生体を数人でやっと倒せる武芸者では、何人で戦おうが、完璧に連携しようが雄性体を倒せないだろう。

 そもそも、連携は一番動きの遅い者に合わせなければならない。その者を無視して連携をすれば、連携をしている者と連携をしていない者とで綻びができ、そこから連携が徐々に崩れてゆく。

 それなら、レイフォンのように桁外れに強い武芸者が、一気に汚染獣を倒した方が犠牲は出ない。

 雄性体の汚染獣と戦えるのは、学園都市などというところに来た弱い武芸者などではなく、都市が抱えたいと思うほどに強い武芸者だけだ。

 レイフォンは、そう考えている。

 そして、ルシフもレイフォンの考えに同意する。

 レイフォンのいうことはまことにその通りで、ニーナあたりの気持ちさえあれば何とかなると考えている武芸者に、伝えてやりたいくらいだ。

 だが、だからといって経験を与えられる機会に、それをしないというのは、違う気がした。

 そもそも瀕死の幼生体に襲いかかられたところで、死にはしない。悪くて重傷を負うくらいだろう。

 それでいい。いくらでも、傷を負え。生きるとは、常に痛みを伴い歩き続けるものだ。痛みとは、身体的な痛みだけではない。心の痛みもある。

 痛みを避けて生きるのは、生きるといわない。そういうのは、飼われている家畜と変わりない。いつか誰かに食べられるため、誰かの役に立つために死ぬ生き物。

 痛みに疎いから、簡単に潰される。誰かに良いように利用される。痛みが、人を成長させる。

 たとえ弱くても、幼生体を殺したという事実は、間違いなく幼生体を殺す前より成長させる要因になる。

 幼生体を効率よく殺すための弱点を知れた。汚染獣を殺したことで、自信がつく。武芸の腕をさらに磨こうと思う武芸者も出てくる。

 人は可能性に満ちていなければならない。そのうえで死ぬべきだ。

 何の可能性もなく死ぬのは、人じゃない。

 ここが、レイフォンとルシフの考え方の違いだ。

 ルシフは、たとえ弱くても、成長させられるなら成長させて損はないという考え方なのだ。

 レイフォンは痛い思いをさせない方がいいと考えているが、ルシフは痛い思いならどんどんしろという考えである。

 噛み合うわけがない。

 人の上に立つのを常に考えている者と、他人の代わりに自分がやればいいと考えている者では、ズレが生じるのは当たり前だ。

 

「貴様の言う通りだ。だが、成長するなら成長させた方が得だと考えないのか」

 

「考えないね。多少成長したところで、汚染獣には意味ないんだ。その成長が、判断を鈍らせる場合もある」

 

 確かに、成長した影響で調子に乗る可能性は否定できなかった。

 だが、それでいい。調子に乗って死ね。それは、その人間が選んだ道の終わり。実に人間らしい死に方だ。

 

「それは、調子に乗った奴が悪い。身の程知らずが死ぬだけのことだ。そんな者に心を砕く必要はない」

 

 レイフォンは、ルシフの胸ぐらから手を放した。

 

「君は最低な奴だ。命を軽く見過ぎてる」

 

「最低だと思うなら、別にそれでいい。他人からどう思われようが、俺は一切気にせん」

 

「──もし、君が隊長たちや僕の友だちに危害を加えるなら、僕は君を倒す」

 

 それだけ言うと、レイフォンは外へと出ていった。

 ルシフは楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「それでいい、レイフォン・アルセイフ。常に俺の敵でいてくれ」

 

 

 

 あの日以来、アルセイフは極力俺と話さないようにしているようだ。

 そうしたいなら、ずっとそうしていればいい。今しか俺を倒せないことなど、考えもしていないだろう。

 

「おはようございます、ルシフ様!」

 

 教室に、マイが入ってきた。

 汚染獣の襲撃の時にルシフしかサポートしていなかったのが周囲に知られ、マイとの関係が公になってしまった。

 マイはもう隠す必要はないと判断し、こうして隠さずにルシフに付き従うようになった。

 休み時間や、昼休み、放課後の自由時間に至るまで、授業や訓練の時間を除けば、ほぼ確実に自分の傍にいる。

 

「おはよう、マイ。

だが、もう授業が始まる頃だ。さっさと自分の教室に戻れ」

 

「はい。ルシフ様を一目見たくて足を運んだだけなので、すぐに戻ります」

 

 マイは笑顔で手を一度振って、自分の教室に引き返していった。

 それを見ていたミィフィが悪戯っぽい笑みで、ルシフに近付く。

 

「ありゃ完全にルッシーにほの字だねえ!

マイ・キリー先輩、武芸科二年生。出身都市、法輪都市イアハイム。所属小隊なし。その美貌とスタイルで、多くの男子生徒に告白されるも、全て拒否。フェリ先輩と同様、二年男子生徒の人気を二分する内の一人。

好きな相手がいたから、告白を全部断ってたんだねえ」

 

 メモ帳を開きながら、ミィフィが得意気に言う。

 ルシフは怪訝そうな顔をした。

 

「何を言ってる? マイは別に俺が好きなわけじゃない。俺が昔傍にいろと言ったから、それに従っているだけだ。

しかし、あいつはいつもああやって俺をからかう。全く困った奴だ」

 

「……え?」

 

 ミィフィは信じられないという表情で、ルシフを凝視している。

 

「本気で言ってる?」

 

「本気も何も、マイは昔からあんな感じだ。いちいちあれに惑わされていては、疲れるだけで何も得しない」

 

「……マイ先輩も可哀想ね」

 

「何がだ?」

 

「何でもない」

 

 ミィフィは深くため息をついた。

 近すぎて、ルシフは逆に見えていないのだろう。

 あの姿を、好意なしにできるわけがない。

 そこでチャイムが鳴り、授業を教えに来た上級生が教壇に上がった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 怯えている。

 表情には出ていないが、心が怯えきっている。

 目の前で荒く息をする男を見て、カリアンは思った。

 カリアンは生徒会長室の椅子に座り、その男の目をじっと見ている。

 目の前の男は、第十四小隊の隊長である。そして、第十七小隊の次の相手の大将でもある。

 

「生徒会長!」

 

 黙っているカリアンに焦れ、男はカリアンの前にある机を、両手でバンと叩いた。

 小物がすることだなとカリアンは見下したが、表情には出さなかった。

 

「はっきり言って、第十七小隊には力が集まりすぎています! 特にレイフォン・アルセイフとルシフ・ディ・アシェナは桁外れです!」

 

「……まぁ、そうだね。どちらも、並大抵の都市には並ぶ者がいない実力者だろう。

で、君はどちらかを別の小隊に動かした方がいいと?」

 

「こんなことは情けなくて言いたくありませんが、ルシフが相手と聞いただけで、我が隊員たちは戦いたくないと泣き言を上げる始末。

正直に申しあげて、次の対抗戦は勝負になりますまい」

 

 確かにそうだろう。

 カリアンは軽く頷いた。

 あの汚染獣襲撃の映像を観れば、ルシフの敵になることがどれだけ恐ろしいか、分からないわけではない。

 

「それは困る、と言いたいが、それは第十七小隊以外の小隊全員が抱える問題だね。

やはり、ルシフくんの小隊を移動させるべきかな?」

 

 男がびくりと身体を震えさせた。

 

「──そういう問題ではないのです。ルシフという男は、小隊などに入れていては駄目なのです。

奴の存在そのものが、小隊を破壊します」

 

「……つまり、ルシフくんを全ての対抗試合において、出場禁止にしてほしいと言いたいのかい?」

 

 男は静かに頷いた。

 カリアンは男の肩を軽く叩く。

 

「分かった。本人に訊いてみよう。

安心したまえ、君の名は出さない」

 

 男は安心した表情で、生徒会長室から立ち去った。

 

「どう思うかね、私の案は?」

 

 カリアンの隣で口を閉ざしていたヴァンゼは、カリアンの方に視線をやる。

 

「奴を小隊戦に出さないのは、賛成だ。レイフォン・アルセイフと違って、奴は何を考え、何を見ているのか、全く予想できん。

それに今や、奴は武芸科の奴らにとって恐怖の対象になっている。闘う場を奴に与えてはならん。

問題は、奴がそれを素直に受け入れるか、その一点だ」

 

「──難しい問題だな。私にも、ルシフくんが何を選ぶか読めない部分がある。

でも明日、彼には誠心誠意をもって話し、理解してもらう。彼は、話が通じない類いの人間でもない」

 

 ヴァンゼは両手を強く握りしめた。

 

「俺は、どんな相手にも屈してたまるかと、そういう気概で日々を過ごしてきた」

 

「知っている」

 

「それが、入学して間もない奴に恐怖し、屈してしまいそうになっている。

なんて、弱い。その弱さが、俺は本当に許せない」

 

「それも、知っている」

 

「──強くならなければならないと、あの映像を観て感じた。

必ず俺は強くなってみせる。奴に屈してたまるかと思えるくらい、強く──」

 

 ヴァンゼの横顔からは、覚悟を決めた強い意志を感じる。

 良い傾向にツェルニはなっていると、カリアンは思った。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 第十七小隊は野戦グラウンドがあるロッカールームに集まっていた。

 来ていないのはシャーニッドだけで、後は全員揃っている。

 だが、訓練が始まる時間まではまだ少し余裕があった。最近は遅刻をしていないから、もうそろそろくるだろう。

 ニーナはレイフォンとルシフを見る。

 明らかに二人の仲は悪い。

 レイフォンは、ルシフと組んで戦いたくないとまで言ってきたため、もう疑いようがないことだ。

 しかし、なぜここまで仲が悪くなっているのか、ニーナには分からなかった。

 汚染獣の襲撃があった後からこうだから、やはり汚染獣の時のルシフの戦い方に、レイフォンの気に入らない何かがあったのだろう。

 わたしも、汚染獣を玩具のように扱うのを見て、酷い戦い方だと感じた。

 剄だけで戦う姿も、化け物なんじゃないかと何度も思った。

 それでも、そのお陰で大した怪我もせずに汚染獣を倒せた。そこは、認めるところじゃないかと感じる。

 何はともあれ、わたしたちは小隊であり、この状態は非常に良くない。

 何とかして二人に仲直りしてもらわなければと思うが、良い案は思い浮かばなかった。

 それにしても、レイフォンとルシフ、一体どちらの方が強いのだろうか?

 ニーナは汚染獣襲撃以来、そんなことをしばしば考える。

 ニーナは、レイフォンよりルシフの方が強い気がしていた。

 ルシフの戦い方は、常識では計り知れない戦い方であり、常識の枠に何とか収まっているレイフォンとは、強さの質が違う気がした。

 ルシフの方が強さに深さがあると、ニーナは感じていた。

 

「おまたせ~」

 

 ロッカールームの扉が開いた。

 シャーニッドが、上機嫌で顔を出す。

 そして、すぐに顔を後ろに向けた。

 

「此処で、第十七小隊は訓練をやってるんだぜ」

 

「シャーニッド?」

 

 ニーナは首を傾げた。

 シャーニッドが、誰かを連れているような立ち振舞いをしている。

 

「──おっとわりぃ、紹介しねぇとな」

 

 シャーニッドはロッカールームに入るよう、促した。

 シャーニッドの後に続いて、黒髪の女性がロッカールームに入る。

 レイフォンの表情が、凍った。

 ルシフが目を見開く。

 そんな二人の表情を見て、黒髪の女性は笑った。

 

 ──あり得ない。

 

 ルシフの頭に浮かんだ言葉はそれだった。

 自分は慎重に事を進めてきた。

 原作と同じ未来になるよう、最大限の注意を払っていた。

 なのに、こんな最悪な形で、未来がズレた。

 

「私は、アルシェイラ・アルモニス。そこの二人は、私のことをよく知っていると思うけど、どう?」

 

 レイフォンが表情を固くした。

 ルシフは、ただアルシェイラを睨んだ。

 ルシフは自惚れていた。

 そう思ってなくても、ルシフの身体の最奥には、未来を知っているという自負があった。

 そして、自分は神のような立ち位置で、原作に関わっていると思っていた。

 だが、そんなわけがないのだ。原作に、ルシフという名の人物は出てきていない。

 つまり、ルシフがツェルニにいる時点で、原作の未来とは大幅に変わっている。

 ルシフは神ではなく、人なのだ。

 何も影響を及ぼさない空気のような存在ではなく、鋼殻のレギオスに生きる人である。

 本質はレイフォンやニーナと同じなのに、ルシフは己を別次元の人であるような勘違いをしていた。

 ニーナは怒りで身体を震わせている。

 

「シャーニッド! 今から訓練をやるというのに、部外者を連れてくるとは、一体何を考えている!?」

 

「いや、俺の話を聞いてくれ!

俺が此処に来る途中、そこのお姉さんが十七小隊に用があるって声をかけてきたんだよ! だから、俺は親切で連れて来たんだ!」

 

「──用?」

 

 ニーナは、アルシェイラの方に身体を向ける。

 

「わたしたちに、何か用ですか?」

 

「わたしたちというか、あの子に用があるかな」

 

 アルシェイラがルシフを指差した。

 

「ルシフに?」

 

 アルシェイラはルシフを見据える。

 

「ルシフ・ディ・アシェナ。単刀直入に訊く。

何故、グレンダンを探っていた? それも毎年」

 

 グレンダン、という単語に、フェリ、ニーナ、レイフォンは反応した。

 ルシフは両拳を握りしめた。

 

「ルシフ、君は僕を知っていたのか?」

 

「知っていたさ。

俺がグレンダンを調べていた理由は、武芸の本場と呼ばれるグレンダンなら、俺の全力の剄を受け止められる錬金鋼(ダイト)があると考えたからだ。

しかし、よく気付いた。グレンダンの女王なだけはある」

 

 女王という言葉で、ニーナとフェリが目を見開いて、アルシェイラを凝視した。

 

「私には優秀な念威操者がいてね、不自然に感じた相手を尾行させたのよ。

そしたら、その相手はいつも法輪都市イアハイムに向かっていた。

私からも、法輪都市イアハイムに毎年人をやって探らせていたわ。

そんで、あんたがツェルニに来るって情報を得て、先回りしてたってわけ。

此処なら、邪魔は入らなそうだったからね」

 

 そういうことかと、ルシフは唇を噛んだ。

 おそらく、女王の代わりは影武者であるカナリスがやっているのだろう。

 自分が未来を変えてはいけないと慎重にやっていたことが、逆に最悪な未来を引き寄せた。

 

「で、本題に入るけど、あんた天剣授受者になるつもりない? 今、ちょうど一振り空いてるのよ。

少し戦いを見せてもらってたけど、あんたには天剣に相応しい実力がある」

 

「何を言ってるんですか、陛下!」

 

「天剣授受者は、ただ強くあれ。強ければ、年齢は問わないし、性格も問わない。

あんたもよく知ってるでしょ?」

 

 レイフォンはアルシェイラの言葉にぐっと押し黙った。

 

「──で、どうする? なる気があるなら、学生を辞めてグレンダンに来なさい。

あんたがグレンダンに来しだい、天剣授受者を決める試合をすぐにやる。

あんたは、自分に相応しい武器を手に入れられる」

 

 ルシフは唇の端を吊り上げた。

 

「断る」

 

「理由は?」

 

「天剣授受者ということは、俺はあなたの下になるわけだ。

俺は王になる男であり、媚びるようなマネはせんし、誰かの下に甘んじる気もない。

欲しいものは力で奪う。いつか力を付けてグレンダンに乗り込み、天剣を奪ってやる」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 アルシェイラは楽し気な笑みを浮かべていた。

 

「野戦グラウンドに来なさい、ルシフ・ディ・アシェナ。

天剣授受者になれば、グレンダンにちょっかいかけてたのを許そうと思ってたけど、断るなら、あんたが誰に喧嘩を売ったか思い知らせてやらないと。

もう二度と、バカなマネをしないようにね」

 

 ルシフはアルシェイラに従い、野戦グラウンドに出て、アルシェイラと対峙した。

 これより、ルシフが今まで戦ってきた敵の中で、最強の敵と戦う。

 ルシフの顔には、一筋の汗が流れていた。




アルシェイラのフラグは、第5話で立てておきました。

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