第71話 暴政
レイフォンはデルボネとカナリスを除いた天剣授受者十人と鍛練していた。
鍛練している場所はグレンダン王宮にある訓練場である。室内だが、とてつもなく広い空間で天井も高い。余計な物も何一つ置いていないため、存分に暴れても問題ない部屋だった。
三人一組を三組作り、その内の二組が闘う。余った一組は休憩と観戦。一人余るが、余った一人は個人で鍛練をする。今日はルイメイが個人鍛練の日だ。
レイフォンはカルヴァ―ン、リヴァースと組んでいた。
相手はリンテンス、トロイアット、バーメリン。
全員
天剣授受者たちはレイフォンの提案に異を唱えなかった。ルシフが無手で闘っているのを見ていたから、すんなり受け入れられたかもしれない。
レイフォンの眼前にリンテンスが迫る。鋼糸でその場から動かず闘っている姿を見慣れているレイフォンは、リンテンスが自ら動いて闘うことに違和感を感じた。
レイフォンはリンテンスから振るわれた拳を受け流し、カウンターで肘打ちを腹に食らわそうとする。リンテンスは体捌きでかわし、逆に蹴りを入れてきた。レイフォンは後ろに跳ぶことで蹴りをかわした。
リンテンスは鋼糸で剄の制御を極めていたため、無手でも天剣最強と言っていいほど強い。リンテンスと互角なのは手甲と足甲を武器に体術で闘うサヴァリスくらいだった。
「死ね、クソガキ」
バーメリンがレイフォンが跳んだ先に回り込んでいた。バーメリンも比較的強い方だった。銃使いはただ銃に剄を込めればいいため、戦闘で活剄を中心に使う。銃を使わない以外で異なる動きはほとんどない。
バーメリンが右足でレイフォンに蹴りを放つ。レイフォンは空中にいるので、方向転換できない。
レイフォンとバーメリンの間にリヴァースが割り込み、金剛剄を使用。バーメリンの蹴りが弾かれる。
「ちッ」
バーメリンは舌打ちし、片足一本でその場から離脱。一瞬遅れて、カルヴァーンの拳がその場所を打った。
カルヴァーンはバーメリンの動きを視線で追いかける。
「はい、ごくろーさん」
レイフォン、カルヴァーン、リヴァースはこの一瞬、固まっていた。
トロイアットの剄が周囲に立ちのぼり、瞬く間に大蛇の形を創る。八つの大蛇の頭が一斉に三人に襲いかかった。三人は衝剄で大蛇たちを消し飛ばす。レイフォンの視界の端で、リヴァースが吹っ飛んでいく。レイフォンは眼球を動かしてリヴァースが何故吹っ飛んだか知ろうとしたが、殺気と莫大な剄を感じ、そちらに意識を移す。バーメリンが間近まで迫っていた。バーメリンの拳がレイフォンの顔面を捉える。バーメリンの拳が弾かれた。レイフォンもさっきのリヴァースのように金剛剄で防いだのだ。
「金剛剄ほんとウザッ!」
バーメリンは捨て台詞を言いながら、その場から消えた。レイフォンはリヴァースがいた方に身体を向ける。リンテンスがいた。おそらくトロイアットの剄技は決め手に見せかけた囮だったのだ。大蛇を消す前から二人は動いていた。防ぐのを前提に。リヴァースは大蛇を消し飛ばした一瞬の隙を狙われ、リンテンスにやられたのだろう。
リンテンスは鬼気迫る、ピリピリとした雰囲気を全身から発していた。こんなにも戦闘でやる気になっているリンテンスも、レイフォンは見たことなかった。鋼糸で闘っていた時はつまらなそうに煙草をくわえ、冷めた目で戦場を眺めている印象だった。こんな風に目をギラギラさせて闘う男ではなかった。
ルシフがリンテンスをこうも変えたのか。
刹那の思考と戸惑い。リンテンスの気迫に呑まれたことによる萎縮。それらが決定的な隙となり、リンテンスが放った右拳を防げなかった。胸に拳が当たり、レイフォンは後ろに吹き飛び壁にぶつかった。
カルヴァーン一人で三人を相手できるわけもなく、攻撃を数回防いだ後、カルヴァーンは直撃を食らい、その場に倒れた。
「次は僕たちの番ですね」
壁にもたれていたサヴァリスがもたれるのを止め、身体を起こした。
サヴァリス、カウンティア、ティグリスの三人で一組になっている。
「リヴァといつになったら組めるの?」
カウンティアが不満そうに呟いた。
「おそらく一度も組めんな。これはわしらの連携を高めるための試合でもある。連携が完璧なおぬしら二人は組む必要がないからの」
「連携とかそんなのどうでもいいから、リヴァと組ませろ」
「カウンティアさんはそのストレスを存分に目の前の相手で発散されては? 僕も楽しみで仕方ないんですよ。あのリンテンスさんを殴れる機会なんてそうありませんからね。僕は楽しいですよ、これ」
「逆に一億発、お前に拳を叩き込んでやろう」
「ははは! さすがに体術でリンテンスさんに──いや、この場にいる誰にも負けるつもりはありませんよ。これでも、体術には自信がありますからね」
サヴァリスが口元だけ笑った。目は笑っていない。挑戦的な光が眼に宿っている。『僕に勝てるか?』と言っているようだ。
サヴァリスの言葉を聞いた天剣授受者たちはサヴァリスを鋭い眼で睨んだ。天剣授受者は大なり小なりはあれど、負けず嫌いが集まっている。挑発されたら「絶対勝ってやる!」と熱くなる者ばかりなのだ。それだけ自分の実力に自信があるという証明でもある。
レイフォンは天剣授受者たちを見て、予想通りだと心の内で笑った。
彼らは今まで試合どころか、鍛錬も一緒にやらなかった。誰もが個人個人思いのまま鍛錬していたのだ。しかし鍛錬を共にし、試合をするようになれば、嫌でも相手を意識する。相手に勝ちたいと思い、個人で鍛錬するより鍛錬の効果は出る。
天剣授受者たちのほとんどは剄の制御というものに重きを置いていなかった。レイフォンとて、ルシフに出会うまではそうだった。剄の制御などは一切考えずに、刀剣や鋼糸を使った動きや剄技に対しての剄の使い方を極めていただけだった。天剣授受者は皆、圧倒的な剄量のため、剄の細かい制御なんてできなくても問題なかったのだ。ある意味、剄量の多さに慢心していたと言ってもいいかもしれない。それが、慢心できるような状況で無くなった。ルシフという圧倒的な剄を持ちながらも細かい剄の制御ができる敵が現れたからだ。勝つためには、ルシフ同等かそれに近い剄の技量まで向上させなければならない。
──まず、そこからだ。
そうなってようやく、自分が編み出したルシフを倒す剄技を成功させられる。
レイフォンは壁にもたれて座りながら、視線を正面に向けた。
サヴァリスの組とリンテンスの組が動く。室内に打撃音が響き始める。
──リーリンは辛い目に遭っていないだろうか。
打撃音を聞きながら、レイフォンはリーリンに思いを馳せた。
◆ ◆ ◆
アルシェイラの部屋。
アルシェイラはソファに座り、アルシェイラの右斜め後ろにはカナリスが立っている。
室内では蝶型の念威端子が飛んでいて、映像が展開されていた。ルシフがツェルニを去る部分だ。
『グレンダンに言っておく。今日は宣戦布告だ。近々、俺が支配する都市をグレンダンにぶつける。電子精霊を狂わせてでも、必ず』
『その日まで、せいぜい足掻いてみせろ。次はもっと歯応えのある闘いを期待する』
ルシフの言葉を聞きながら、カナリスは右腕を触った。屈辱を思い出し、顔を歪めている。
アルシェイラは無表情で映像を観ていた。
映像が終わったところで、映像は空中から消えた。静寂が訪れる。
『陛下、ここまでですわ』
「うん。ありがと、デルボネ」
「陛下、どうされたのです? いきなりルシフの宣戦布告の言葉が聞きたくなったなんておっしゃって……」
カナリスが背後からアルシェイラの後頭部を見る。アルシェイラは肩越しにカナリスの方に視線を送った。
「単純な疑問。ルシフはなんでまたグレンダンと闘う必要があるのか」
「それは……」
カナリスは答えられなかった。
都市間戦争に無理やり持ち込み、グレンダンのセルニウム鉱山を奪うためか。しかし、セルニウム鉱山を奪うためなら、もっとグレンダンより奪いやすい都市はいくらでもある。グレンダンは最強のため、都市間戦争で確実に勝てるとはルシフとて思わないはずだ。それ以外の可能性。グレンダンにしかないもの……それは天剣だが、天剣はすでにルシフが全て奪っている。天剣以外でグレンダンにしかない物など思い付かない。
武芸が盛んで道場は多数あるから、多くの剄技を得るためか。ルシフはレイフォンのように見た剄技を理解し、己のものにする才能があった。カナリス自身、自分の剄技をルシフに奪われたため、よく分かっている。だが、それなら単身グレンダンに乗り込もうとするのではないだろうか。都市を巻き込んで闘っても、何の得もないように感じる。
この世界を維持している核を破壊するためか。しかし、それをすればこの世界は崩壊し、イグナシスの望み通りとなる。カナリスはアルシェイラから、世界を破滅に導こうとする敵の情報をある程度教えられていた。そもそもグレンダンが力を求めるのも、イグナシスの脅威から世界を守るためなのだ。ルシフがイグナシスの味方──いや、手先になったのか。だがそれならば、そもそも再戦する理由はない。グレンダンを蹂躙した時に、そのままグレンダンを滅ぼせばいいからだ。こちらの回復を待つなど無意味。
「わたしたちはルシフの言葉を信じ、再びルシフが攻めてくると思って、今必死にグレンダンを立て直して以前より強くなろうとしている。ルシフの『近々』って言葉もポイント高いわよね。すぐに万全の状態にしなければって思うもん」
カナリスははっとした表情になる。
「……グレンダンの目を内に向けさせることが目的……? ならルシフは、自都市で一体何をするつもりなんでしょう?」
「分からない。前から放っている密偵からも連絡ないし。ルシフには密偵送ってたのバラしちゃったから、イアハイムの放浪バスが規制されてて出れなくなってるのかもね。手紙もグレンダン行きのは止められてる可能性がある」
アルシェイラの言葉に、カナリスは二度頷いた。
「なら、ルシフはグレンダンに攻めてこないとお考えで?」
「まあね。でも、ここだけの話にしときましょ。もしかしたら攻めてくるかもしれないし、武芸者が強くなろうと死ぬ気で努力してるって聞いてるし。それはグレンダンにとって都合が良いから」
「はっ、分かりました」
アルシェイラはカナリスから正面に顔を戻した。
「……この思考が一ヶ月前にできてればね……」
ルシフが去ってから、約一ヶ月と一週間が経過していた。アルシェイラは今日、ふとルシフがグレンダンと戦う必然性がないことに気付き、デルボネに宣戦布告時の映像を流させてルシフの真意を見抜こうとしたのだ。
疑いを持ってルシフの宣戦布告を聞くと、グレンダンの戦意を明らかに煽っている。それだけではない。ルシフはリーリンを連れ去った。リーリンが重要人物で人質になり得るとルシフが考えたから連れ去った、と思っていた。だが本当の理由は、そうして宣戦布告の信憑性を高めることだったのかもしれない。リーリンを連れ去れば、誰もグレンダンと戦わないなど考えない。
「ねえ、カナリス。あなたも強くなろうと鍛錬してるんでしょ?」
「はい」
「なんで?」
「なんでとおっしゃられても……。次ルシフに負けないため、ですかね」
「負けるわ、あなたがどれだけ頑張っても」
カナリスはぐっと下唇を噛んだ。
「それでも、たとえルシフに勝てる可能性が微塵も無くとも、強くなる努力を怠りたくありません」
「ルシフを倒せるのはわたしだけよ」
アルシェイラは正面の机の上にある酒に手を伸ばし、酒瓶に口をつけてひと口飲んだ。
「どれだけ努力して強くなったところで、ルシフに勝てないなら無駄なのにねえ。意味が分からないわ」
アルシェイラの呟きに対して、カナリスは何も言わなかった。何も言えなかった。
◆ ◆ ◆
室内のざわめきが収まってきた。
「手始めにヨルテムの都市旗を変更する。新しい都市旗を持ってこい!」
ルシフの言葉で剣狼隊の一人が列から進み出て、跪いた。両手を差し出していて、両手の上に四角く折り畳まれた旗がある。変更する都市旗は放浪バスに載せていて、放浪バスから降りた時に剣狼隊がルシフの指示で持ってきていたのだ。
部屋にいるヨルテムの者たちはお互いに顔を見合わせ、ぼそぼそと小さな声で何かを話し合っている。
「ヨルテムの都市旗を降ろし、その都市旗にかえてこい」
ルシフが玉座に右肘を置いて頬杖をつくり、右手に右頬を乗せながら言った。
旗を差し出して跪いていた隊員は、首を左右に振って頭を床にこすりつける。
「陛下! どうか……どうかご再考を! そんなことをすれば、ヨルテムの都市民の心を深く傷付けることになります!」
ルシフはたちまち不機嫌そうな顔になった。
荒々しく立ち上がり、跪いている隊員のところに足早に近付くと、ルシフは横腹を蹴った。
隊員はうめき声をあげ、横向きにうずくまるようにして倒れた。
「ここは俺の都市となった! 俺のものだと一目で分かる目印があった方がいい! 違うか!?」
横向きにうずくまった隊員は身体を起こし、再び跪いて頭を下げた。
「されど、ヨルテムの都市民は都市旗と共に生きてまいりました。もし都市旗をかえれば、とてつもない怨みと怒りを陛下に抱くでしょう」
頭を下げている隊員の横っ面を、ルシフは右手で殴った。
隊員の顔は弾かれたように横に飛び、再び倒れた。
「それがどうした! 都市民が怒りと怨みを抱いたところで、俺に何ができる! この俺を馬鹿にするのか!?」
「陛下!」
レオナルト、バーティン、アストリットが列から外れてルシフのところに行き、跪く。
「ここはかえない方が賢明でございます」
「黙れ!」
ルシフは三人の顔を一発ずつ殴り飛ばした。
「俺の命令に異を唱えるとは、なんという不遜な態度! いいか!? これは決定だ! 次異を唱えてきたら、首をはねる!」
「……御意」
レオナルト、バーティン、アストリットの左頬には赤くて丸い跡が残っている。旗を持っている隊員が起き上がった。四人揃って跪き、頭を下げる。
「分かったら、行け」
「……はっ」
隊員は旗を持って部屋から出ていった。
ルシフは玉座に座り直す。
「次に、俺はここを本拠地と決めたのに、俺に相応しい建物が無い。そこでヨルテムの消費税を一割上げ、王宮の建築費とする」
ルシフは右手を額に当てている。
室内がうるさく感じられるほど、大きなざわめきが起こった。
エリゴ、サナック、ハルス、オリバが列から進み出て跪く。
「陛下! それだけはなりません! そんなことをすれば、ヨルテムの都市民の不満が増大します! 何かきっかけがあれば、陛下に楯突くかもしれません!」
「さっきも言ったが、都市民など恐れん! 俺のために生きられるのだ! むしろ喜ぶべきであろう!」
「では、もし重い税に耐えかね、都市民が買うのを控え始めたらどうなさいます!? 消費税が税の半分以上を占めているのに、それは致命的となります!」
ルシフは眉間に皺を寄せた。
「……それはまずいな。それでは本末転倒となる。分かった、一割の増税はやめ、二パーセントの増税としよう」
「賢明なご判断でございます」
エリゴら四人は跪いたまま、深く頭を下げた。
ルシフは顎に右手を当て、考えを巡らす。本当に考えているわけではなく、演技である。周囲から考えているように見えればいい。
ルシフの唇の端が吊り上がる。
「次は……そうだな、無駄なところに使っている税金を無くそう。ヨルテムの元都市長」
「……はい」
不満そうな顔を前面に出しながら、都市長は列から外れて跪いた。元と言われたのが不愉快だったのだ。
「ヨルテムの武芸者の数は?」
「二千百二十二人です」
「それだけの武芸者全員に武芸者の資格があるとは思えんな。弱い武芸者を武芸者として認めてしまえば、武芸者の価値が下がる。そうは思わないか?」
「ルシ──!」
部屋にいたニーナがルシフを咎めようと叫び、途中で近くにいた誰かがニーナの口を手で塞いだ。
「ニーナ、本当にやめて。次は殺されるわよ」
ニーナが横目で口を誰が塞いだか見る。ヴォルゼーだった。
「あなたが何を言っても、何も変わらない。それが現実よ。ルシフに人殺しをさせないで」
耳元でささやかれた微かな声に、ニーナは動揺した。自分がルシフを咎めれば、ルシフは自分を殺さなくてはならなくなる。しかし咎めなければ、武芸者選別が行われ、イアハイムのように武芸者の地位を剥奪された者が自害するかもしれない。
ここでニーナは、前提が間違っていることに気付いた。ルシフはニーナが咎めたところでやめない。ニーナの言葉など雑音のごとく、聞き流される。ルシフを止めたければ、力ずくで無理やり止めるしかないのだ。
「……おっしゃる通りでございます。ですが、どのようにして基準を作られるのです?」
都市長は軽く頭を下げ、言った。
「良い質問だ。俺が乗ってきた放浪バスにその基準となるものがある。剣狼隊に命ず! すぐに武芸者選別の準備に取りかかれ! 場所は中央部にある広場で行うこととする! 今から一時間後だ! 遅れるなよ!」
「御意」
赤装束の者たちが一斉に跪いて頭を下げた。彼らはすぐ立ち上がり、部屋から出ていく。その光景を彼ら以外の者たちが怯えた表情で見ていた。彼らがいなくなっては、この暴君の手綱を握る者がいない。そういう思考からの恐怖だった。
「とりあえずこんなところか。貴様らも一時間後に中央広場に集まれ。それまでは自由時間とする」
「はい」
部屋にいた者たちが一斉に跪く。ニーナは跪こうとしなかったが、リーリンがニーナの右手を引っ張って暗に『跪いて』と伝えた。リーリンも率先して跪いていたため、ニーナも数瞬遅れて片膝を床につける。
「下がれ」
「失礼いたします」
口々にそう言い、部屋から出ていく。やがて残ったのはルシフ、マイ、ニーナ、リーリン、ゼクレティアの五人となった。
「マイ。ヨルテムにいる武芸者全員に一時間後、中央広場に集まるよう伝えろ。来なかったら、無条件で武芸者の地位を剥奪するということも加えてな」
「はい。ルシフさま、少しお耳を貸していただいても?」
「なんだ?」
マイがルシフの耳元に顔を近付けた。口元を隠すように手で筒を作るようにし、声が漏れないようにしている。
「サリンバン教導傭兵団二人、ヨルテムにいます」
マイが小声で言った言葉に、ルシフは僅かに眉をひそめた。
ルシフはニーナとリーリンに視線を移す。
「ゼクレティア。マーフェスは客室に案内しろ。アントークは牢屋があればそこに入れておけ。無ければ適当に粗末な部屋に閉じ込めろ」
「はい」
「なんでわたしが牢屋に入れられなくてはならない!?」
ニーナが咄嗟にそう叫び、同時にしまったと思った。ルシフに敬語を使うのを忘れたからだ。
しかし、ルシフは気にした素振りを見せなかった。平然と話を進める。
「貴様は不敬罪を犯したのだぞ。どこかに捕らえておかなければ不自然だ。安心しろ、今夜俺のところに来て数時間付き合えば、解放してやる」
ニーナの顔が赤くなる。
「……バッ、バカなことを言うな! わたしはやらないからな! 絶対やらない!」
ルシフは軽く息をついた。
マイが殺意のこもった目でニーナを見ている。
ニーナはマイの視線に気付き、気まずそうに顔を逸らした。
「もうやれ、ゼクレティア」
「はい」
ゼクレティアが一瞬で剄を全身に巡らせた。
「これは……!」
ニーナはゼクレティアが剄を持っている人間だと知らなかったため、予想外のことに反応が一瞬遅れた。
ゼクレティアはニーナの
「これで良かったですか? ルシフさん」
「ああ」
ゼクレティアはニーナを抱えた。
「マーフェス、ゼクレティアに付いていけ」
「……一つ、訊かせて」
「なんだ?」
「なんでこんな回りくどいことするのよ? 剣狼隊と対立しているように見せかけて」
「それが必要だからだ。もう行け」
リーリンはルシフをひと睨みすると、その場で回れ右をした。
ゼクレティアがニーナを抱えたまま、部屋から出ていく。リーリンはその後ろを付いていった。
ルシフとマイだけになった部屋。
「近くには他にいないな?」
「はい。隣の部屋に女が十人いますが、声は聞こえません」
「サリンバン教導傭兵団の者が二人いると言ったな、誰か分かるか?」
「片方の名は知りません。メガネをかけた少女です。もう片方は……よく知っております。ハイア・サリンバン・ライア」
マイは絞り出すように言った後、ギリッと奥歯を噛んだ。
「ハイア・サリンバン・ライアがヨルテムに……」
となると、メガネの少女はミュンファだろう。原作知識から、ルシフはそう判断した。
確かに原作でもサリンバン教導傭兵団は解散してバラバラになる。正直に言うと、ヨルテムに来たときからサリンバン教導傭兵団の放浪バスに気付いていた。だが、取るに足らない団員だろうと思っていたのだ。
「そいつら二人にコンタクトを取れ。俺に会うようにと。承諾したら、詳しい日時と場所を伝える」
「承諾しなかったらどうします?」
「ほっとけ。俺の敵にはなれんよ、その二人は」
「はい」
ルシフは玉座から立ち上がり、部屋を出ていく。マイはその三歩後ろを歩いた。
その頃にはヨルテムの都市旗は降ろされ、新しい旗が翻っていた。剣と盾を持った青年男性が刺繍された旗。イアハイムの都市旗。イアハイムの都市旗と違う点は、旗の色が赤を基調としている点である。イアハイムの都市旗は白を基調としている。
交通都市ヨルテムは、交通都市ヨルテムで無くなった。
その事実を、都市民たちは刃で貫かれるような思いで受け止めた。
都市旗を見た都市民は、悲哀と怒りの叫びを必死に押し殺した。押し殺した叫びは口内に収まりきらず、僅かに口の端から漏れて、都市内に悲哀と怒りの嗚咽が充満した。
『剣狼隊』という名を『劇団ルシフ』に改名するべきかなぁとか、最近思ってます。芝居やりすぎぃ……。