鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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第76話 すべての電子精霊の母

 放浪バスが汚染された大地を進んでいる。

 放浪バスを運転しているのはルシフだった。ルシフが運転席を離れる時はマイが運転席に座った。

 ニーナとリーリンは運転席のすぐ後ろの座席に座っている。

 ルシフは片手でハンドルを握りながら、もう一方の手で水が入ったペットボトルを取った。ペットボトルに口を付け、水を飲む。飲んだら、ペットボトルを運転席にある置き場に置いた。

 

「ルシフ、考え直してくれないか?」

 

 背後からニーナの声が聞こえた。

 ニーナはずっと同じことを言っていた。

 だから、ルシフは無視した。

 ルシフが無視していても構わず、ニーナは話を続ける。

 

「シュナイバルにはリグザリオ機関というものがあり、電子精霊の子どもたちが生まれるんだ。まともな形を持っていない小さな電子精霊たちが空を泳ぎ、夜になればそれらが星よりも明るく輝いて、空を飾る。そんな幻想的な都市だ」

 

 ニーナからすれば、ルシフの心に訴えかけるしかない。故に、ルシフがシュナイバルへの攻め気を無くすような話をしだしたのだろう。

 

「シュナイバルには大樹が何本もあるんだ。それは電子精霊の巣で、昼間でも淡く輝いて、夜になれば街灯など必要ない。大樹がある公園を電子精霊たちが踊るように舞って、祭りがあればいつも公園に人が集まった」

 

 ニーナは思いつくものを思いつくまま話していた。

 必然的にニーナは心に深く根づいているものに段々と近づいていく。

 

「シュナイバルにある大樹は液化したセルニウムを吸って育っているから、大樹の樹液にはセルニウムが混じる。電子精霊は一人前になるため、その樹液を吸って育つ。都市民は電子精霊と共に生きるのが当たり前だ。だが……」

 

 ニーナの声が暗くなった。

 リーリンとマイもニーナの話に耳を傾けている。

 

「電子精霊を研究するため、電子精霊の子どもたちを盗もうとする奴らがいつもいた。それを知っている奴らが研究機関や他都市に売る目的で盗みにもよくきた。武芸者はそういう犯罪者から電子精霊を守るのも仕事の一つなんだ。電子精霊は友だちだと、幼い頃から言われ続けて住民は大人になる。だというのに、シュナイバルの武芸者の中にも、電子精霊を盗もうと考える奴がたまにいるんだ」

 

 ニーナは怒りで声を震わしていた。話している内に、ニーナは記憶の扉を完全に開け放っていた。

 

「わたしが十歳の頃、シュナイバルの武芸者が電子精霊を盗んだ。その時のわたしは父と喧嘩して、家出しようと都市をさまよい歩き、公園でこれからどうするか考えていた。そこで、男が小さな電子精霊を盗むところを見てしまったんだ。周りにはわたし以外誰もいない。今にして思えば、大人の武芸者に盗まれたことを伝えるべきだった。だが、当時のわたしは自分が犯人を捕まえてみせるという正義感に支配されていた」

 

 ニーナの声が震え始めた。

 

「結論を言えば、男を捕まえることはできなかったが、電子精霊を取り返して逃がすことはできた。しかし、その時の男の衝剄が原因で、わたしは外縁部の外に放り出された。わたしは無我夢中でなんとか外壁部分を這うパイプに着地したが、その時に両足を骨折した。両腕は衝剄を防ごうと交差させた時に骨折していた。わたしの身体はパイプから動けなくなっていた。このまま死ぬ、と思った。助けた電子精霊はずっとわたしの周りを飛んでいた」

 

 ニーナの声が涙声になっていく。

 

「意識を失い、再び意識を取り戻した時には、もうすっかり夜になっていた。電子精霊シュナイバルと、たくさんの電子精霊がわたしの眼前にいた。嬉しかった。自分は電子精霊を守り、こうして電子精霊たちに見守られて死ぬ。本当はもっと生きたかったけど、このまま死んでもいいと思った」

 

「でも、ニーナは生きているわ。その状態からどうやって助かったの?」

 

 リーリンが訊いた。

 ニーナの両目からは涙が流れていた。

 

「助けた電子精霊がわたしの身体に飛び込んできた。熱が全身を焼いているような錯覚すらあった。何故電子精霊を助けたのに、こんな仕打ちをするのか。シュナイバルに本気で怒ろうと思った。だが熱が無くなると、四肢の骨折は治り、身体中のあざも消えていた。わたしは気づいてしまった。わたしが助けた電子精霊が、わたしを助けるために命を投げ出したんだと。その日から、わたしは心に誓った。誰よりも強くなり、誰も犠牲を出さずに守れるようになろうと。電子精霊は絶対に死なせないと」

 

 ニーナは両拳を握りしめた。

 

「ルシフ、頼む。やめてくれ。シュナイバルを血で染めないでくれ。シュナイバルはいい都市なんだ」

 

「……アントーク。お前の代わりに電子精霊を守ってやるよ、この俺が。電子精霊を死なせないとか考えている奴が、電子精霊を死なせる都市間戦争を許容していたんだろ? 俺の方がお前より電子精霊を死なせない自信がある」

 

 ニーナは絶句していた。

 確かにそうだが、それは都市間戦争を無くせる筈がないと思っていたからだ。いや、今も本当に都市間戦争が無くせるのかは半信半疑。ルシフが余計なことをしたせいで悪化する可能性もある。

 ルシフはシュナイバルを奪い取るのを考え直すつもりはないらしい。これだけシュナイバルについて話しても、ルシフの心に届かないのか。

 ルシフは運転を続ける。

 

《……電子精霊が、命を捨てて人間を助けるか》

 

 ルシフの内からメルニスクの声が聞こえた。周りに人がいるため、ルシフは内から聞こえた声に反応しなかった。

 

「ルシフ。わたしは武芸者選別試験で不合格だった者がどうすれば自殺しないか、ずっと考えていた。不合格だった者にも半年、いや三ヶ月援助を続けるのはどうだろう? そうすれば次の職を見つけるのに集中できるし、現実を受け入れる余裕もできて自殺者が減るんじゃないか?」

 

「却下。真面目に考えて発言しろ」

 

 ニーナのこの案は、下策もいいところだった。

 そもそも、蓄えが一切ない武芸者など少数だろう。彼らは武芸者じゃ無くなったから死ぬわけで、金が貰えなくなるから死ぬわけではない。ニーナの案を採用しても自殺者は減らず、自殺しなかった不合格の者が私腹を肥やして堕落する。良い点が何一つ見当たらない。ニーナは人を死なせないようにとそればかりを考えているから、浅い部分までしか思考できないのだ。

 ニーナの要望を満たしつつ、武芸者選別試験をする。結論を言ってしまえば、できる。武芸者選別試験で武芸者にランク付けをすればいい。不合格の者は当然下位のランクになるが、武芸者というカテゴリーからは外れない。更に働き次第ではランクアップも有り得ると一言言ってやれば、自殺を考える者は格段に減る。あとは徐々に下位ランクに武芸者以外の名前を付けていき、武芸者ではなくランク名で呼ぶようにする。そうすれば早くて数年後には、犠牲を払わず武芸者選別を完了させられるだろう。

 しかし、ルシフにそれをする気はなかった。どれだけ言葉を変えようと、与えられた仕事をこなす能力が乏しいのに変わりはないのである。成果をあげられるからこそ、報酬を与える。それが道理。無能に税を使うより、貧しい養護施設への援助や、工業区や農業区といった都市の開発のために税を使った方が、何倍も有意義な税の使い方だとルシフは思う。それが数年後の都市の住民を生かすのだ。

 それにしても、ニーナは何故気付かないのだろうか。ルシフはわざと武芸者選別試験で不合格になった者を見殺しにするやり方を選んでいることに。ヨルテムで不合格になった者たちが大量自殺する時、剣狼隊が必死に説得していたらしいが、ルシフにとってそれは都合の悪い行為だった。剣狼隊もルシフを完全に理解できておらず、ただルシフに付いてきているだけなのだろう。

 武芸者で無くなった者が大量に自殺する。それはこの世界そのものの罪と言っていい。

 この世界は剄を持つ人間を都市を守る兵器として見てきた。剄を持っていると分かれば、武芸者として都市に命を捧げられるよう、洗脳に近い教育を施す。

 武芸者で無くなっただけで、死を選ぶ。剄を持つ人を自覚のないまま兵器として扱っていた事実に、人々を直面させるのだ。そうして初めて、人々の意識が変わる。また剄を持つ人間の大多数が一般人同様の仕事をやるようになることで、剄を持つ人間と一般人との溝のようなものを埋めていく。剄を持っているから武芸者になるのが当たり前という思考から、剄を持っていても一握りの者しか武芸者になれないという思考に変化させる。

 武芸者で無くなった者が大量自殺するのを見殺しにするのは、剄を持つ人間を兵器から人にするために必要な犠牲なのだ。今更ニーナの望むぬるいやり方など、できる筈もない。ニーナのやり方では剄を持つ人間への人々の意識を変えるのに長い年月が必要になるし、最悪また元通りになってしまう危険性もある。

 それに、すでにイアハイムとヨルテム合わせて千人以上死んでいる。今やり方を変えてしまえば、それだけの犠牲が無駄死になってしまう。なんのために自分は父を死なせたのか。なんのために千人以上見殺しにしたのか。その意味が消えてしまう。

 今は世界を破壊するとともに、膿を全て外に出す段階だった。

 ルシフは今暴政をしているが、これは当然の流れだった。例えば、理由もなくいきなり殴ってきた相手が優しくしてきたら、殴られた相手はどう思うか。ほぼ間違いなく、不信感を抱く。不快感も抱くだろうし、『こっちのご機嫌取りのために優しくしている』と思うだろう。

 今善政をしたところで、それは力で無理やり都市を奪ったことに対してのご機嫌取りにしか見えず、住民から慕われることはない。だからこそ暴政をやり、ついでに破壊すべきところを破壊していく。そうして破壊し尽くした後、少しずつ善政に変えていく。じわじわと良くしていくようにし、住民から『ルシフは力で暴政していた頃から成長して名君になった』と思わせる。今暴政をして住民の好感度を最低まで下げておくことで、三、四年後には住民の誰もがルシフを慕い、従うようになる。アメを与えてからムチで叩くより、ムチで叩いてからアメを与えた方が人は喜ぶのだ。人心掌握の基本である。

 ルシフにも、暴政に対する言い分があるのだ。

 

 ──だが……それをニーナに言ったとして、意味があるか?

 

 ニーナに理解できるよう一から十まで懇切丁寧に説明したとしても、『お前の言いたいことは分かるがな、人を死なせなくても同じ効果が得られるやり方がきっとある筈だ。それを一緒に考えよう』とか言うに決まっている。人の死という一点だけに拘り、その死がもたらす意味や利という深い部分まで考えられない。死を利用するなど許されないなどと、ニーナはきっと叫ぶのだろう。

 そういう目先のことでしか物事を考えられない人間に、ルシフを理解することは一生無理である。

 ルシフはニーナの一緒に考えるという意見も嫌いだった。自分の目指す理想を確固とした意見もなく、他人任せで実現させようとする。ニーナが自分で色々考え、様々な意見を言ってくるのなら、まだマシな馬鹿だった。ただ現状を否定するだけで、理想を実現するための意見は他人任せというのは、救いようのない馬鹿だとルシフは思っている。

 

「アントーク。ヨルテムの集団自殺の光景をよく思い出して、覚悟しておけ。シュナイバルだけではない。全都市で同じことが起きるぞ」

 

「人を死なせると分かっていて、なんでやろうとするんだ!? わたしはお前のやろうとしていることが間違っているとは思ってない! ただ、人を死なせるような政治はやめるべきだと言ってるんだ! どうして分かってくれない!? 人を死なせない政治の方が良いに決まってるじゃないか!」

 

 その死が人柱となり、新世界の礎になる。今までの価値観を破壊するために必要な犠牲。

 ルシフはそう思ったが、口には出さなかった。

 

 

 

     ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 真っ赤な放浪バスはシュナイバルの停留所に到着した。一週間程度の日数だった。

 ルシフら四人が放浪バスから降りる。ルシフとマイはいつもの黒装束ではなく、赤装束を着ていた。到着する寸前で二人とも着替えたのだ。ルシフの持っていたバッグには赤装束も入っていた。

 ニーナにとっては懐かしい光景だった。だが、居心地は悪い。もうすぐツェルニの四年生となる。シュナイバルを家出同然で飛び出してから四年が経っていた。

 父からは一度だけ手紙がきた。シュナイバルまでの放浪バスの代金分だけ使えるカードも同封されていた。手紙には短く、『帰る時はこれを使え。これ以降援助は一切しない』と書かれていた。だからバイト代のいい機関掃除のバイトをやって金を稼ぎ、電子精霊ツェルニにも出会えた。もし援助されていたら、自分はそれに甘え、あの愛くるしい電子精霊に卒業まで出会えなかったかもしれない。

 ルシフは都市中央部に迷いなく歩みを進めている。その後ろを三人がついていく。ニーナの姿を見ると、都市民たちの中には声をかけてくる者もいた。アントーク家は代々武芸者を輩出している名門だったので、ニーナのことを知っている住民は大勢いたのだ。ルシフを連れているため、「恋人を連れてきたの?」とからかってきた者もいた。

 ニーナは適当に返事をして、都市民たちの言葉を軽く流していた。そもそもシュナイバルに帰ってきたわけではない。またすぐ離れなければならないのだ。

 都市中央部にはニーナの実家もある。覗いてみたい気持ちはあったが、我慢した。今はルシフの一挙一動に注目して、シュナイバルで余計なことをさせないようにするのが大事。

 ルシフはシュナイバルの武芸者から警戒されていた。それは当然と言えば当然の話で、方天画戟を左手に持ちながら歩いているからだ。

 シュナイバルの武芸者はルシフの見たことがない武器に困惑している様子だったが、手を出さないでいる。

 おそらく自分の存在のせいだろう、とニーナは思った。ルシフはニーナが連れてきたという解釈をされているらしく、アントーク家のニーナが連れてきた人物なら間違いないだろうという判断をしてしまっている。

 それでもルシフから放たれる威圧的な剄は莫大で、凶悪な武器を手にしているため、完全に警戒は解けないのだ。

 ルシフはニーナの案内など無くても、目的地まで迷わず行けた。シュナイバルに放っていた者がシュナイバルに関する書物を買い漁ってルシフに渡していたからだ。

 ルシフが目指しているのは都市の機関部だった。

 ルシフは都市の機関部に入る扉の前で立ち止まる。

 十人程度の武芸者が警備していた。

 そこは入れない。シュナイバルの心臓とも言える場所だ。シュナイバルの住民でもない旅行者のルシフが入れる筈がないのだ。

 そこでニーナは信じられないものを見た。

 警備していた武芸者の一人が扉の前をあけるよう残りの武芸者に指示を出し、ルシフに機関部に入れと言うようなジェスチャーをしたのだ。

 ルシフは頷き、機関部への扉を開ける。

 ニーナは警備していた武芸者を睨んだ。

 

「この男はシュナイバルと関係ない放浪者だ! なぜ機関部への立ち入りを認める!?」

 

「シュナイバルにとって正しい選択だからですよ、お嬢さま」

 

「……何?」

 

 ルシフを警戒して遠巻きに付いてきていた武芸者たちが叫び声をあげ、剄を練る。内力系活剄でルシフに近付き、一斉に襲いかかった。

 ルシフは振り返らない。扉の奥に足を進めた。

 警備していた武芸者十人が動く。ルシフに襲いかかった武芸者全員を後方に弾き飛ばした。

 リーリンが悲鳴をあげた。リーリンを庇うようにしながら、ニーナは機関部に入った。ニーナの後ろにマイも続く。機関部に入ると、マイは扉を閉めた。

 ニーナは振り返り、閉じられた扉を見た。

 明らかにシュナイバルの武芸者同士が敵対している。更に、先の武芸者の言葉。これだけ情報が揃えば、ニーナにも予想はつく。簡単な話だ。ルシフは何年も前から自分の仲間をシュナイバルに送り込み、シュナイバルの武芸者の一部を同調させて味方につけていたのだ。

 ニーナはルシフを追いかけた。

 

「お前はどこまで卑劣なんだ! 仲間割れさせるなんて! あの騒ぎで都市全体が大混乱に陥るぞ!」

 

「構わん。そんなものは些事だ。死人が出なければいい」

 

 背後から怒鳴ってきたニーナの言葉に、ルシフは振り向きもせずに返した。実際、ルシフにとってニーナはいないも同じだった。

 ルシフは機関部の中心にきた。振動音がうるさいほど聞こえた。ここには都市の足を動かしている動力があり、ライフラインに直結するエネルギーもここから供給している。一言で言ってしまえば、ここを破壊すればシュナイバルは滅びるのだ。

 電子精霊を生み出すリグザリオ機関も、機関部にあった。破壊すれば電子精霊の総数はもう増えず、減っていくだけになる。

 ルシフは目を閉じた。メルニスクにはやるべきことを伝えてある。

 ルシフの精神はメルニスクとともに仮想世界に運ばれた。

 

 

 

     ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 ルシフとメルニスクが行った仮想世界は『縁』と呼ばれる。

 電子精霊独自のネットワーク。相互情報通信網。

 仮想空間内で、ルシフとメルニスクは形を得た。

 ルシフは現実世界同様の赤装束を纏い、左手に方天画戟を持っている。メルニスクは金色の牡山羊の姿。

 

「ルシフ・ディ・アシェナですね?」

 

 ルシフとメルニスクに向かい合う形で、もう一つ存在があった。

 半人半鳥の姿をしている。美しい女性の顔と女の上半身だが、翼があって下半身は鳥。別人格の知識の中なら、ギリシア神話のハーピーに似ていた。

 

「そういうお前はシュナイバルだな」

 

 仙鶯都市に宿る電子精霊にして、すべての電子精霊の母。シュナイバルこそ、電子精霊の頂点に立っていると言っていい存在。

 

「あなたの行動は読めません。何を考えているかも、何を手に入れたいかも、何一つ」

 

「分からないか? なら、教えてやる。欠点だらけの今の世界を破壊しにきた。そして、新世界を創造する」

 

「神にでもなるような物言いですね。あなたのような存在が、世界を破滅に導くのです」

 

「俺は神になる気はない。人として、人類を導く。そのために、俺に協力してほしい」

 

 シュナイバルは怪訝そうな表情をした。人の顔をしているせいか、メルニスクより感情の起伏が分かりやすい。

 

「意味が分かりません。(わらわ)は電子精霊で、人類とは関係ありません。電子精霊は世界という器を守り、人が住む器を守る存在。人は自分の足で立つもので、妾たちの助けを借りながら立つ生き物ではありません」

 

「その線引きを取っ払おうと言いたいわけじゃない。心配せずとも、人類は自らの足で立つさ。そうではなく、共存してやっていこうと言っている」

 

「共存? 今も共存して生きていますが」

 

「だが、人間の意思や意見を一度でも聞いたことがあるか? 人間の意思とは無関係に都市を移動させ続け、他都市に行くためには必ずヨルテムを経由しなければならない。人類からすれば、この上なく不便だ」

 

「それは仕方ありません。すべての電子精霊との『縁』を持っているのがヨルテムだけなのですから。それはこの世界が誕生してからずっと変わらない理」

 

 ルシフは不敵に笑った。

 シュナイバルの顔に不快さが滲んだ。ルシフがシュナイバルを馬鹿にしたような雰囲気を出したからだ。

 

「なんでそういう考え方しかできないんだろうな、お前らは」

 

 ルシフのこの言葉は、シュナイバルだけでなく自分以外の全ての存在に言っている。

 

「逆に考えればいい。全都市がヨルテムとの『縁』を持っている。そして、都市の移動を決めているのは電子精霊」

 

「あなたはまさか……」

 

 シュナイバルは明らかに狼狽した。メルニスクはルシフの隣でシュナイバルに視線を向けていた。

 ここまで言えば誰もが分かる。ヨルテムへの『縁』を辿り、全都市がヨルテムを目指して移動しろ、とルシフは言っているのだ。

 確かにそれをすれば、ヨルテムの周囲に全都市が集結することになり、都市間の移動など一日もかからないでできるようになるだろう。

 

「お前の意思一つで、俺の思い描く新世界の形を実現できる」

 

「…………」

 

 シュナイバルは沈黙した。ルシフに協力すべきか、それとも否か。利と損を考え、世界にとって善手か悪手か見極めようとしている。

 もうあと一押ししてみるか、とルシフは思った。

 

「なあ、シュナイバル。お前は考えたことがあるか?」

 

「……何をです?」

 

「都市がそれぞれ特色を持っている理由だ」

 

 例えば、学園都市ツェルニ。若者の教育に特化した都市。槍殻都市グレンダン。武芸に優れた都市。法輪都市イアハイム。民政院という都市民の意を代弁した政治家たちが支配者を決める都市。

 このように、都市にはその都市ならではと呼べるものがあった。

 

「それのどこに問題がありますか?」

 

「問題? 問題なんてものはない。だが、都市間戦争で強い都市を生き残らせるという土台を考えれば、不自然だ」

 

「不自然とは?」

 

「パワーバランスというものが都市毎にすでに決まってしまっている。学園都市など最低レベルだろうな。つまり、都市間戦争で勝つ都市はある程度決まっている。出来レースだ。似たような都市と都市間戦争をやるらしいが、それも絶対じゃない。

もし俺が世界の創造主なら、特色など与えず、全ての都市を同一化させる。特に、学園都市なんてものはいらないな。都市にそういった区画を作ればいいし。都市を一つでも多く生き残らせるつもりなら、そもそも学園都市なんて作らない。滅びてくださいと言っているようなものだ」

 

「…………」

 

 都市間のパワーバランスの崩壊。それは実際、この世界では問題だ。単純に武芸者が優秀な都市しか生き残らず、武芸者の育成が充実している都市が勝つ。特色があるからこそ、特色が武芸以外の都市は滅びの道を進む。

 

「だが都市単位として考えず、世界という視点から見れば、都市に特色があるのは興味深い。つまり互いに協力しあえば、それぞれの特色を活かし合える。学園都市でいえば、全ての都市で学びたい者はそこに集結させる。そうすれば、全都市に教育区画のようなものは必要ない」

 

「あなたという人は、存在も思考も異常ですね。この世界の人間にそういった思考はできません。住んでいる都市だけが彼らにとって一つの世界ですから。それ以外の都市は自らの都市を滅ぼしにくる敵か、ただ存在しているだけの都市。協力しようなど、考えられる筈もありません」

 

「都市間戦争がありながら、都市に特色を与える。俺はその不自然さにこの世界の創造主の声を聴いた。『都市間戦争で互いを敵対し合う関係でも、戦闘ではなく対話をしてほしい。武器を下ろしてお互い相手に歩み寄り、手を取り合ってほしい。強い者が弱い者に思いやりをもってほしい。そうすれば、世界はもっと良くなっていく』という声」

 

「……」

 

「お前は電子精霊の頂点に立つ。つまりは創造主の代弁者だ。創造主の願い、俺とともに叶えてみないか? お前たち電子精霊が物理的に人との距離を縮め、俺がそれを繋ぐ。もう人間と電子精霊を犠牲にするのはやめるべきだ。この世界はもう十分すぎるほどの都市と人を犠牲にした。その犠牲を糧に前に進まなければ、それらの犠牲は全くの無駄死になる。人類と電子精霊は次のステージに行かなければならない」

 

「…………」

 

 シュナイバルは困惑していた。内から熱が燃え上がってくるような感覚。世界が新たな形となって、進化する。その明確なビジョンを捉えたからこその思いが、内から溢れている。こんな気持ちを感じたのは、シュナイバルにとって初めてだった。

 

「強い武芸者も、都市毎で散らばりすぎている。全ての都市が武芸者を共有し、高め合う。それで今より人類はもっと強くなれる。お前たちの最終目的であるイグナシスの打倒にも大きく近付く」

 

 シュナイバルはしばらく無言でルシフを見ていた。

 シュナイバルの中で燃え上がるものはどんどん大きくなっている。

 

「……いいでしょう。あなたのやろうとしていることは、妾たちの目的とも重なります。しかしその場合、あなたは人類の導き手とならなければなりません。妾にその資格があると証明してください。弱者を導き手にはしたくありません」

 

「お前らは試験が好きだな。メルニスクの時もそうだった」

 

 試す側に立つ、というのが電子精霊にとって重要なのだろう。人間にはあくまで力を貸してやる関係であり、人間の下に付くことを是とするほどプライドが無いわけではない。

 

「試験内容は簡単です。これから無人の都市がシュナイバルに来ます。その都市で、こちらが指定した人物と闘ってもらいます。その人物に膝をつかせれば、あなたの勝ちです。ただし、殺害や再起不能の重傷はやめてください」

 

「いいだろう。それまで待つ」

 

 ルシフはシュナイバルに背を向けた。ルシフの姿が消える。

 その場には、シュナイバルとメルニスクが残った。

 

「恐ろしい人間ですね、あなたが選んだ男は。人外である妾たちすら、 力を貸したくなるような魅力があります。それ故に、とても残念でもあります。あの者は今はいいですが、いつ裏返ってもおかしくない不安定な存在です。もしあの男が裏返った時、あなたはどうしますか?」

 

「その場合は、我がルシフを殺さなければなるまい。ルシフとそう誓約したからな」

 

「そうですか。それならば、安心ですね。あなたが力を貸しているからこそ、あの男は圧倒的な存在として君臨できますから」

 

「……偉大なる母よ。ほんの僅かだけ、弱音を吐いてもよいだろうか?」

 

 シュナイバルがメルニスクに意外そうな表情を向けた。しかしその表情は数瞬で変化し、柔らかな笑みになる。

 

「構いませんよ。あなたも妾の子ですから」

 

「我はルシフに好意を抱いている。それに、ルシフに救われたとも感じている。我自身の感情としては、ルシフを殺したくない」

 

「……」

 

「ルシフを殺さなければならない。そのような状況、永遠にこないでほしいと、我はそう願っている」

 

「……メルニスク。あなたは都市を滅ぼされ、憎悪と怒りで廃貴族に変貌しました。しかし今のあなたは、妾たち電子精霊と同じ心を取り戻しています。在り方も、電子精霊にまた変貌したようです。憎悪で世界の刃となるのではなく、自ら望んで世界の刃となっています」

 

「……」

 

「あなたがそう願うなら、妾も同じことを願いましょう」

 

「感謝する、偉大なる母」

 

 メルニスクが消えた。シュナイバルはメルニスクがいた場所を見ている。

 

「……以前のあなたなら、そのような言葉は言いませんでした。本当に電子精霊の心を取り戻したのですね」

 

 シュナイバルは微笑んだ。

 視線を正面に向け、笑みを消す。

 

「ジル、やってもらいたいことがあります」

 

 シュナイバルしかいない空間に、一つの人影が顕現した。




今回の話の『都市同士が協力し合えば人類はもっと繁栄できると暗に伝えるために、都市にそれぞれ特色があるようにした』という部分は、私の独自解釈です。原作にレギオスが多様化している理由は描写されていなかったと思います。個人的にはこう解釈した方が、物語として違和感が無くなると感じました。

あとは、ルシフさまはもう少し無能に設定すべきだったと後悔しています。敵役なのに正論しか言わないじゃないですかやだー。

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