鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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第84話 管理者

 ツェルニにあるカフェテラス。様々な色の大きなパラソルが開き、その下にオシャレな白い椅子とテーブルが置かれている。

 その中の一つの赤いパラソルの下で、ナルキ、メイシェン、ミィフィはケーキと紅茶を楽しんでいた。

 

「建国宣言かぁ。ルッシーはあれだね、止まることを知らないね。これからはフォルト国学園都市ツェルニって言わなくちゃ……」

 

「ミィ、なんでお前はそんなに平然と受け入れられるんだ?」

 

「え、ナッキはなんか引っ掛かるとこある? こんなたくさんの都市のそれぞれに自治権なんて与えたら、すぐバラバラになっちゃうよ? ルッシーのやったことは多数のレギオスをまとめて統治していくうえで必要だと思うけど」

 

「そうじゃない! わたしたちの故郷のヨルテムも、わたしたちが出ていって一年しか経ってないのに、まるで別の都市のようになってしまった。わたしの周囲が、わたしの都市が、わたしの世界がどんどんルッシーに壊されていく。わたしだけが、世界に取り残されていくような気がする。それがとても怖いんだ」

 

「……わたしも、ナッキと同じ」

 

 メイシェンは顔を俯け、ティーカップを両手で持って紅茶をじっと見つめている。

 

「ねえ、ミィはどうしてそんなに平然としていられるの?」

 

「だって、ナッキとメイっちがいるもん」

 

「えッ……!?」

 

 ナルキとメイシェンの戸惑いの声が重なった。

 

「わたしも、世界が急速に変わっていく不安はあるよ。でも、二人がいる。どれだけ世界が変わっても、わたしたちは、わたしたち三人の関係は変わらない。世界が変わっても、そこに住む人は変わらない。だから、どんな世界になったって、わたしたち三人が一緒なら大丈夫だよ」

 

「……まったく、ミィは楽観的というか、前向きというか……」

 

 ナルキは呆れたような笑みを浮かべていた。

 

「でも、ミィの言う通り、だね。わたしたち三人一緒なら、きっと大丈夫」

 

 メイシェンはぱっと花が咲いたように笑った。

 

「ていうかさ~、ルッシー毒を飲まされたって建国宣言の映像で言ってたじゃん? 毒飲ませた人は何考えてたのかな? もしかして、ルッシーの地位を奪えるとか考えてたのかな? あり得なくない?」

 

「何があり得ないんだ?」

 

 ナルキが内心でまた始まったかと思いながら、ミィフィに相槌を打った。

 

「ちょっと考えてみてよ! レギオスの移動を決めているのは人じゃなくて、電子精霊っていう話じゃん? つまり、ルッシーは電子精霊の協力を得て、今の状況が作れてるわけ。ルッシーを殺しちゃったら電子精霊とのコンタクトが消えちゃうわけだから、また前みたいに各レギオスが適当に動き回る世界に戻るだけじゃん! そこら辺まで想像力働かなかったのかなあ?」

 

「……ルッシーの地位しか見えてなかったんだろ、たぶん」

 

「それに、今の仮説を正しいとすると、ルッシーは電子精霊と何かしら接触できる手段を持ってるはず。う~、気になる~! ルッシーに取材したい~! でもな~、今のルッシーはルッシーじゃないしな~」

 

「……なあ、メイっち。ミィはさっきから何を言ってるんだ?」

 

「……さあ?」

 

 悶絶しているミィフィを見ながら、ナルキとメイシェンは小声で会話し合う。

 

「あッ!」

 

 ミィフィがすぐ近くの通りを歩いているディンとダルシェナを見つけ、声をあげた。

 ディンとダルシェナはこそこそと歩いていて、ミィフィの声を浴びせられると目に見えて動揺した。

 

「ディン先輩! ダルシェナ先輩! お久しぶりです!」

 

「ああ、ミィフィか。まあ、変わりない」

 

 ミィフィの言葉に、ダルシェナが答えた。ツェルニにいた時、強化合宿で一緒に過ごしたため、彼らは多少の交流があった。

 

「お二人とも、ツェルニを退学されたと噂されていましたが……、そこら辺りの真偽はどうです?」

 

「確かに、わたしたち二人は退学し、ルシフに付いていった。だが、ルシフがわたしの父を強引に都市長の座から引きずりおろした辺りから付いていけなくなってな、ずっとイアハイムにいたんだ。それからしばらくして、ルシフがまた父をイアハイムの都市長にすると言い出して、父はまたイアハイムの都市長になった。もしかしたら、ルシフは最初からそうするつもりだったのかもしれない。でも、今さらルシフのところに戻れるはずもなく、未練がましくツェルニに来たというわけだ」

 

「なるほど、そういう事情が……。話は変わるんですが、ルッシーはどうやら電子精霊とコンタクトができるようなのです。何か心当たりはありませんか?」

 

「心当たりも何も……」

 

 ディンとダルシェナが顔を見合わせ、ディンが口を開く。

 

「ルシフは廃貴族と呼ばれる電子精霊をその身に憑依させている。そのおかげで圧倒的な力を手にし、ついにはグレンダン以外の全レギオスを支配するに至った。電子精霊とのコンタクトも、その廃貴族が仲介に入ったのだろう」

 

「ふむふむ、なるほどなるほど」

 

 ミィフィはいつの間にかメモ帳を開き、ペンで何かをメモしていた。

 

「それじゃあ、俺たちは都市長と生徒会長にまたツェルニに通えるか相談してくるから」

 

「はい! 吉報をお待ちしてます!」

 

 ミィフィがビシっと敬礼した。

 ディンとダルシェナは苦笑する。

 

「ああ、じゃあな」

 

 ディンはそのまま通りを歩きだし、ダルシェナはミィフィたちに手を振って、そのあとディンの後ろを付いて歩いていった。ミィフィも大げさだと言いたくなるほど、大きく手を振っていた。

 

「あ、そうだ!」

 

「……今度はなんだ?」

 

「ルッシーのことを取材した本とか出したら大ヒット間違い無しじゃない!? タイトルはそうだな~、『レギオスに暴王君臨』とか、どう? 読みたくならない?」

 

「それだとルッシーだってタイトルで分かるから、規制されるかもだぞ」

 

「う~ん、それなら『レギオスに魔王降臨』ってタイトルにして、主人公をルッシーに似たキャラで物語にするとか? でもわたしは小説家じゃなくてジャーナリストになりたいんだよね」

 

「そんなの二人とも知ってるよ」

 

「あ、そう? そうだよね、ずっと一緒にいるんだから」

 

「うん、そうだよ」

 

「うむ、ミィのことなら大体わかるぞ」

 

 三人は何故かおかしくなり、笑い声をあげる。

 暖かな風が吹き抜け、三人を祝福するように優しく包み込んだ。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆   

 

 

 

 ニーナとリーリンはヴォルゼーとサナックに先導され、ルシフの書斎に向かって歩いていた。

 そもそもこうなっている理由は、ニーナにあった。

 ニーナはルシフの建国宣言の映像を観て血相を変え、見張りの剣狼隊にルシフに会わせてほしいと頼んだのだ。剣狼隊は困惑しつつも念威端子でルシフにその旨を伝えると、ルシフは許可した。そのため、ニーナは見張りの剣狼隊と共にルシフのいる建物まで来て、そこからはヴォルゼーとサナックに案内される形になった。リーリンも気晴らしでニーナに付いてきた。ルシフに言いたいこともある。

 書斎の扉を開けると、ルシフが執務机を前にした椅子に座り、書類に目を通しているところだった。ルシフの斜め前にはゼクレティアが控えている。

 全員が書斎に入ると、サナックが扉を閉めた。声を外に漏らさないようにするためである。

 

「陛下、ニーナ・アントーク、リーリン・マーフェスをお連れしました」

 

「おい! 一体お前は何を考えてる!?」

 

 ルシフの返答も待たず、ニーナがルシフに詰め寄った。

 

「……あ?」

 

 不機嫌そうな声がルシフから漏れた。それに呼応するように、ルシフの威圧的な剄も激しさを増していく。

 

「何を考えてるとは、一体何のことだ?」

 

「とぼけるな! 建国宣言のことだ!」

 

「ああ、なんだ、国名が気に入らなかったのか? なら別に他の国名でも──」

 

「国名? お前は何を言ってる!? そんなことはどうでもいい! 毒を飲まされたと言っていたな!? こんなところに座ってないで、早く病院に行け! 後遺症が残ったらどうするんだ!?」

 

「…………は?」

 

 ニーナが必死の形相で怒鳴っている姿に、ルシフは唖然としていた。

 ニーナの背後にいたヴォルゼーが堪えきれず、クスッと笑い声も漏らす。

 

「は? じゃない! 事の重大さを理解しているのか!? 殺されそうになったんだぞ! それをお前は何を呑気に書斎でやってるんだ! まずは身体を治すことが先だろう!」

 

 ルシフはニーナを不機嫌そうに睨んだ。

 

 ──なんだこいつ……。

 

 俺のやり方に不満を持っていたんじゃないのか? それがなんで俺の身の心配をしてくる? この俺を馬鹿にしてるのか?

 

「別に大したことないから、こうして書斎にいる。なにか文句あるのか?」

 

「お前は分かっているはずだ! そもそもお前のやり方が反感を買い、殺そうとした動機に繋がってると!  もっと他者に理解のある政治をしなければ、お前はこの先も何度も……」

 

 その先の言葉を言えず、ニーナは黙ってしまった。黙っても、言いたかった言葉くらい察することはできる。ニーナは危険な目に遭うぞと言いたかったのだろう。

 ルシフはいい加減うんざりしていた。

 

「その程度のことを言いにきただけなら、とっとと帰れ。政務の邪魔をするな。お前と違って、俺は忙しいんだ」

 

「なんだと!? まだ政務を続けるとか言ってるのか!? 能率の面から考えても、しっかり病院で治してから仕事をした方が結果的に早く仕事は終われるんだぞ! お前が今一番すべきなのは書斎の椅子に座ることではなく、病室のベッドで横になることであって……」

 

 堂々巡りだった。

 何かルシフが政務に関することでニーナたちを追い払おうとすると、追い払うことに噛みつくのではなく、政務をしようとする事実に噛みついてくる。

 ルシフの頭に血がのぼっていく。

 横に立て掛けている方天画戟を素早く左手で掴み、椅子を倒しながら立ち上がる。

 

「貴様、いい加減に──」

 

 そこでルシフが右手を口にあて、軽く咳き込んだ。右手を口から離すと、血がべったりと付着している。イラついたせいで剄の制御が甘くなったか。

 ルシフはニーナに気付かれないよう、執務机の上にあったティッシュで拭こうとした。だが、そもそもニーナは今のルシフの体調に疑問を抱いており、咳などをすれば当然そちらに注意がいく。ルシフの右手の血に気付いたのは一瞬だった。

 

「ほら見ろ! やっぱり大丈夫じゃないじゃないか!」

 

 ニーナはルシフの右手を指差しながら、必死な顔で怒鳴った。

 ルシフはいい加減頭にきた。

 彼の強大な自尊心にとって心配されることはつまり、自分の能力と力を低く見ているという侮辱に繋がる。その苦難を乗り越える能力が無いから心配されるのだという理屈になる。

 ルシフは方天画戟をニーナの鼻先に突きつけた。

 

「出ていけ」

 

「嫌だ! お前が病院に行くまでは──」

 

 ニーナの右頬に、横一文字の切り傷が生まれた。頬から血が出てくる。ニーナに突きつけていた方天画戟の穂先でニーナの頬を切ったのだ。

 

「出ていかないなら、次はもっと痛い目に遭わす」

 

 これは脅しではない。というより、ルシフは脅しを言わない。従わなければ、言った通りのことをする。

 ニーナはルシフの説得が駄目だと悟ると、今度はルシフの周囲にいる者に対して矛先を向けた。

 

「そもそもこんな状態のルシフに政務をやらせていることに問題がある! どうして剣狼隊のあなた方やそばにいるあなたはルシフを病院に連れていかず、黙って許しているのか!? そんなのおかしい! そんなのは本当の優しさじゃない!」

 

 ニーナの言葉はヴォルゼーとサナックには大した影響を与えなかったが、ゼクレティアには絶大な効果があった。

 ゼクレティアの顔が怒りで紅潮していく。

 

「簡単に言わないで! わたしたちがどんな思いでここに立っているかも分からないくせに!」

 

「サナック、扉を開けろ」

 

 サナックが扉を開けたと同時に方天画戟が空に円を描き、ニーナの身体は方天画戟の柄で扉の外に弾き飛ばされていた。

 書斎の正面にある壁に叩きつけられ、ニーナは前のめりに倒れる。金剛剄は間に合ったため気絶はせず、すぐに起き上がった。

 ニーナはルシフを睨んだが、立ち上がっているルシフの剣帯に目が行き、眉をひそめた。剣帯にあるのは白銀の錬金鋼(ダイト)一つ。ならば、残りの天剣十一本は一体どこにいったのか。

 

「はい、面会はこれで終わりね」

 

 ヴォルゼーがニーナの前に立ち、廊下に続く扉の方に手を向けた。

 ニーナは渋々ヴォルゼーに従い、歩き出すヴォルゼーに付いていく。

 

「ちゃんと病院に行くんだぞ!」

 

 付いていく直前、ニーナはルシフに向かって叫んだ。しっかり火に油を注ぐことを忘れず、ニーナは去っていった。

 ルシフはニーナの最後の言葉を聞いて更に不機嫌になり、乱暴に椅子に座った。まだ書斎にいるリーリンを鬱陶しそうに見る。

 

「まだいたのか。お前も出ていけ」

 

「うん、出ていく」

 

 リーリンは素直に扉に向かった。

 部屋を出ていく直前で扉の(ふち)に手を置き、リーリンは振り返る。

 

「ニーナじゃないけど、あなたが死ななくて良かった」

 

「あ?」

 

 リーリンはルシフに言葉を返さず、サナックに先導され廊下に出ていった。

 

「なんなんだ、一体……」

 

 ルシフは頭痛が更に激しさを増した気がして、左手で頭を押さえた。

 

 

 

 ニーナはリーリンと合流し、サナックとヴォルゼーに先導されながら歩いている。

 ニーナは注意深く、サナックとヴォルゼーを見た。二人の剣帯にはルシフ同様白銀の錬金鋼が一本吊るされている。

 

 ──天剣二本はこの二人……。

 

 ならばあと九本は?

 

「ヴォルゼーさん、ルシフは天剣をあなたたち剣狼隊に配ったのですか?」

 

「ん? 違うわよ。わたしたちは通常の錬金鋼じゃ物足りなかったから、天剣を与えられただけ。他の連中は通常の錬金鋼で十分満足してるしね。残りは全部錬金鋼メンテナンス室に預けてあるわ」

 

 残りの天剣は全て錬金鋼メンテナンス室……。

 ニーナの思案顔に気付いたヴォルゼーは、楽しげな笑みを浮かべる。

 

「なに? もしかして天剣盗もうとか考えてる?」

 

「別にそういうつもりで訊いたわけじゃ……」

 

「一応言っとくけど、錬金鋼メンテナンス室はわたしの警備エリアだからね、無理だと思うわ」

 

「そもそも、盗むつもりはありません」

 

「そう、つまらないわね」

 

 四人は建物から出た。ヴォルゼーとサナックは見張りの剣狼隊と引き継ぎ、建物に戻っていく。

 ニーナとリーリンは見張りの剣狼隊の視線を背後から浴びながら、自室に戻った。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆   

 

 

 

 元都市長は困惑していた。

 薄暗い闇の中で、人が数人倒れている。全員絶命していた。おそらく床には血溜りができているだろう。

 

「何故だ……何故……」

 

 元都市長は尻もちをついていた。その体勢のまま、必死に後ろに下がっている。

 

「何故剣狼隊である君が、私に武器を向けるのだ!?」

 

 赤装束に身を包んだ男が、元都市長の前に立っていた。彼こそが屋敷にいた護衛を一人残らず殺し尽くすだけに飽き足らず、家内や使用人に至るまで皆殺しにした張本人である。

 男は長い黒髪を左手でかきあげつつ、右手に持つ細剣を元都市長の喉元に突きつけた。

 

「あなたが招いた結果ですよ。まさかこうなることも読めず、マイロードを殺そうとしたのですか? それはそれはますます生かしておけない……」

 

「お前たち剣狼隊はルシフが憎かったのではないのか!?」

 

「憎い? 剣狼隊の感情など、どうでもいいでしょう? 別に慕っていようが憎かろうが、あなたの行動には些かの変化もない。問題なのは、マイロードを殺せばマイロードの地位を得られると考えた点」

 

「わ、私はヨルテムの都市長だった男だぞ! 当然の帰結ではないか!」

 

「何をもって当然なのか、私には理解できませんが、一つ分かったことがあります」

 

 細剣が元都市長の首を貫き、元都市長は血の泡を吐いて動かなくなった。

 男──フェイルスが細剣を錬金鋼状態に戻すと、支えが無くなった死体はうつ伏せで倒れた。

 

「あなたのようなゴミ、廃棄処分が適当だとね。まったく、これだから知性のない人間は困るよ。早く絶滅させないとなぁ」

 

 フェイルスはキッチンに行き、油を屋敷中に撒くと、屋敷を裏手から出ていく。出ていく際、フェイルスは手の平を屋敷に向けた。手の平の剄が化錬剄で火に変化し、フェイルスは火球を屋敷に投じる。

 屋敷は可燃物がまず燃え、その火で油が引火点に到達した瞬間、一気に燃え広がり、街灯の光も炎に呑み込まれてしまった。夜に現れた炎の柱は目立つには十分なインパクトがあり、都市民の悲鳴が通りに響きわたった。赤装束の者や武芸者がすぐさま駆けつけ、消化活動を行っている。

 フェイルスは一気に燃えるまでの時間を利用して闇に身を任せ、炎の屋敷から消えていた。剣狼隊がルシフの命令より私情を優先したのはこれが初めてのことだった。

 

 

 

 大火事騒動にそんな事情があるとは知らず、慌ただしくなっている大通りから少し裏に入った通り。

 そこを二人の赤装束の女とフードを被っている人物が歩いていた。赤装束がアストリットとバーティンで、フードを被っている人物はシェーン。

 彼女らはシェーンをベデの元に送り届ける最中だった。幸いにも大火事騒動で大通りばかりに都市民の注意はいっていて、外れた通りを行く都市民はまばらだった。この通りは商店がなく住宅街に面する通りで、街灯も最低限しか無い。普段なら薄暗い通りなのだが、今は夜空を朱色に染める火柱が月明かりや街灯を押しのけ、昼と変わらぬ明るさだった。

 アストリットとバーティンは歩きながら、静かに剣帯から錬金鋼を抜き、復元した。バーティンの両手に双剣、アストリットの右手に拳銃が握られる。シェーンは前後を挟まれるような形のため、気付かない。

 バーティンの双剣が宙にきらめき、アストリットの拳銃が火を吹いた。

 真っ二つに切られた何枚かの六角形の端子が地面に落ち、剄弾で撃ち抜かれた端子もヒビを作りながら落ちた。シェーンが驚きで目を見開く。

 周囲に人は誰もいない。いや、誰もいない時を狙って攻撃してきたのだ。シェーンの命を奪うために。

 

「マイ、いるんだろう? 出てこい」

 

 バーティンが双剣を構えながら、周囲を注意深く見渡す。

 建物の屋上から、ツインテールの少女が顔を出した。その手には杖が握られ、首には赤のスカーフを巻いている。

 

「……なんで邪魔するんですか?」

 

「私たちはこの少女の護衛を陛下から任されているからだ」

 

「でも! そいつはルシフさまに毒を盛った! ルシフさまから優しくされておきながら、その好意を踏み躙り、ルシフさまを苦痛の中に突き落とした! 許せない! たとえルシフさまが許しても、私は許せない!」

 

 シェーンがマイの言葉に衝撃を受け、身体を縮こまらせた。

 マイが杖を振るう。六角形の端子が渦を巻きながらシェーンに襲いかかった。それら全てを、バーティンとアストリットは破壊した。

 マイが悔しげに顔を歪める。

 

「なんで邪魔するんですか! あなたたちもそいつを殺したいくせに!」

 

 シェーンがビクリと身体を震わせ、アストリットとバーティンを交互に見た。二人とも無表情で見上げている。

 

「陛下が許したのなら、私にこの子を殺す理由はない」

「殺したら陛下に怒られますもの。任務失敗で」

 

 マイは杖を力の限り握りしめた。

 マイの心は怒りと嫉妬心に支配されている。何故私はちっとも抱いてくれないのに、シェーンは抱き、あまつさえ子どもができるようなことをしたのか。何故毒を盛られて裏切られたのに、シェーンに罰を与えず、それどころか匿う手助けのようなことをするのか。何故シェーンには優しくして、私には優しくしてくれないのか。

 

「……そんな理由で我慢できるんですか! そいつはルシフさまと付き合いも短いのに優しくされて、私たちは別にそうでもない! それでいいんですか! 私は嫌です! そんな奴に優しくするくらいなら、私にも優しくしてほしい! もっと優しくされたい!」

 

「……いい加減にしとけよこのクソガキが」

 

 アストリットが殺気を滲ませながら、そう呟いた。

 殺気を当てられたマイは驚き、黙り込む。

 

「おいアストリット。お前地が──」

 

「いつまでルシフさまに甘えてんだよコラ。優しくされたいだぁ? あのなぁ! 優しくされたかったら、まずテメェが優しくしろよ! 虫がよすぎるだろ、なぁ!? もうテメェは子どもじゃねえんだからよ! 思い通りにならないと駄々こねて、いつもルシフさまを困らせやがって……。頭撃ち抜いてアイスクリームの型に──」

 

「アストリット! おい! アストリット!」

 

 バーティンがアストリットの腕を引っ張る。

 アストリットはハッとした表情になり、頬を軽く染めた。

 

「あ、頭をアイスクリームの型にして差し上げますわよ」

 

 もう色々手遅れである。

 シェーンは恐怖のあまり顔が青ざめ、マイもアストリットの殺気に呑まれて動けなくなっていた。

 バーティンがため息をつき、マイを見る。

 

「そう思ってるなら、陛下にそう言えばいいだろう」

 

「簡単に言うな!」

 

 マイはバーティンをキッと睨んだ。怒りでアストリットの殺気を克服したようだ。

 

「あなたたちと私じゃ……ルシフさまと過ごした時間の重さが違うのよ!」

 

 マイは建物から飛び降りた。跳んだ瞬間に念威端子のボードが出現し、それに乗ってどこかに飛んでいく。

 アストリットとバーティンはマイが消えていくのを眺めている。

 

「なぁ、アストリット」

 

「なんです?」

 

「本当にマイの頭をアイスクリームの型にするのか?」

 

 アストリットは心外だと言いたそうな表情で、バーティンに顔を向けた。

 

「まさか。弱者にそんなことはしませんわ」

 

「それなら良かった」

 

 二人のやり取りを、シェーンは困惑しながら聞いていた。とりあえず自分の頭でアイスクリームは作られないようである。今はそれさえ分かればいいと思った。

 再び三人は歩き出した。シェーンだけが二人への恐怖で身体を震わせていたが、それ以外は問題なかった。

 

 

 

 マイは自分に与えられた部屋に帰ってきた。誰もいない一人部屋である。マイの護衛がいたが、マイは念威爆雷の光で護衛をまいてシェーンを殺しにいった。今頃は中央部を探し回っているだろう。

 アストリットの言葉が頭の中でぐるぐるめぐっている。

 

 ──優しくされたかったら優しくしろって、ルシフさまはなんでもできるんです。念威以外で助けることなんて何もないじゃないですか。

 

 アストリットもルシフに優しくされないから気が立っているのだ。いい気味だと思う。

 そもそも、優しくするとはどういうことなのか。料理を作ったり、プレゼントをしたりすれば、それは優しさなのだろうか。

 しかし、優しくするためには何にしてもルシフのことを知っていなければならない。長年ルシフとは一緒にいる。ルシフのことならなんでも分かる自信がある。

 

 ──ルシフさま、絵を書くのは好き……だよね? それから、料理を作るのも……。

 

 あれ? とマイは思った。

 確かにルシフの好きそうなことは大体分かる。だが、それが本当に好きなのかという確信は持てない。全てマイの中だけで完結している答えだからだ。

 

「……あれ? ……おかしいな……」

 

 マイは頭を押さえた。

 あんなにもルシフと一緒にいたのに、何が好きで何が嫌いか、自信を持って言えない。

 

「もしかして私……ルシフさまのこと何も分かってない?」

 

 嘘だと叫びたかった。

 しかし、それ以外ルシフの好きなことがはっきりと出てこない理由は無い。

 

 ──心配するな。これから知ればいいだろう。

 

 ルシフの声が、頭に聴こえた。

 取り乱していた心が急速に冷静さを取り戻していく。

 

「うん、そうだね。ルシフさまの言う通りだよ」

 

 マイは胸に杖を持つ手を当て、しばらく座ったままだった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆   

 

 

 

 大きなベッドが一つ、置いてある。それはまるで空間に浮かび上がっているようであり、空間にアクセントを加える唯一の物だった。それ以外にこの空間は何もない。ただ薄暗くて広いだけの空間。

 その空間の中に、一人の女性が入ってきた。アルシェイラ・アルモニス。二叉の槍を持っている。

 ベッド以外の物が無くとも気にせず、ベッドのところまで歩いていく。他は誰もいない。ここは王宮の地下にある場所で、人はまったく来ない場所だった。

 アルシェイラがベッドの前に立つと、ベッドがもぞもぞと動いた。やがて布団が持ち上がり、一人の少女が出てくる。

 少女は黒い服に黒髪。まるで葬儀に出向くような服装をしていた。

 

「おはよう、サヤ」

 

「おはようございます」

 

 サヤと呼ばれた少女は無表情でアルシェイラを見た。

 

「寝起きで悪いんだけど、お願いきいてくれない?」

 

 アルシェイラはサヤの前で両手を合わせた。槍は自分の身体を支えにして置いてある。

 

「お願いとはなんですか?」

 

「ルシフがグレンダンを攻めてきた時、王宮を包むように結界を張ってほしいのよ。ほら、あんたが死んだらまずいし。この世界、崩壊しちゃうじゃん」

 

 サヤという少女こそ、この世界を創り、レギオスを造った神であり、世界の管理者でもあった。

 

「それなら、問題ありません」

 

「ん? 問題ないって何が?」

 

「ルシフ・ディ・アシェナはわたしが死ねば世界が崩壊することを理解しています」

 

「はあ!?」

 

 サヤの言葉が出てくるためには、二つの条件を満たしていなければならない。ルシフがこの情報を知っていること。ルシフが知っていることをサヤが知っていること。でなければ、そんな言葉は出てこない。

 

「サヤ、あなたルシフに関して何か知ってるわね?」

 

 サヤは少しの間、思案するように口を閉じた。

 結論が出たのか、サヤは再び口を開く。

 

「……分かりました。ですが、一つだけ条件を付けさせてください」

 

「何?」

 

「他言無用でお願いします」

 

「オッケー、オッケー。じゃあ、話して」

 

「はい。そもそもの発端は、わたしの実行した計画にあります」

 

「そんな計画、わたしは知らないわよ」

 

「伝えなかったので、知らなくて当然です。計画名は『サルベージ計画』」

 

「サルベージねぇ。聞いた感じ、何かを引き上げて再利用するって印象だけど」

 

「その認識で間違っていません。この世界はゼロ領域と呼ばれる次元にある魂を、わたしが創ったこの世界に入れることで、魂が肉体に宿り、生物として存在するようになります。まあそれ自体はこの世界を創り上げた段階で自動に行うようにしてありましたから、わたしが眠っていても問題はありません」

 

「今の話とルシフがどう繋がってくるのよ?」

 

 アルシェイラはすぐに本題に入らないサヤに不満を持ち、退屈そうに言った。

 

「わたしはこの世界を管理しながら、この世界を滅ぼそうとする脅威──イグナシスに確実に勝てる手はないか、模索し続けていました。

そんなある時、見つけたのです。この世界を物語として語った世界の存在に」

 

「物語って、嘘でしょ?」

 

 アルシェイラは信じられないという表情をしている。

 

「嘘のような話ですが、実在したのです」

 

 サヤは無表情。

 

「ゼロ領域には無数の世界が存在しています。その中にそういった世界が誕生する可能性は零ではありません。

ですが、わたしに分かったのはわたしたちの世界を物語として語っている世界があるというところまでで、どういった内容かは把握できませんでした」

 

「なるほど。だからこその『サルベージ計画』」

 

 アルシェイラにもある程度全貌が見えてきた。

 物語として語られている世界から、物語を知っている自我のある魂を見つけ出し、こちらの世界に魂を入れる。そうすることでこちらの世界に物語の知識を持っている魂を転生させ、物語の知識を語らせることでイグナシスがどう動くか事前に情報を手に入れる。それこそが『サルベージ計画』の目的。

 

「でも、ゼロ領域は絶縁空間で閉ざされているはずだけど」

 

「その通りです。それがこの計画の一番の懸念要素でした。ですが幸か不幸か、イグナシスは絶縁空間を突破してこの世界に干渉しています。絶縁空間に綻びが生まれているのです。だからこそ、物語として語られている世界を見つけられたとも言えます」

 

「それで、実行したわけね」

 

「はい」

 

 サヤは頷いた。

 

「絶縁空間を突破し、別世界を隔てる絶縁空間も突破して魂を引き寄せ、戻る時も絶縁空間を突破する。能力を解き放つだけでしたので、実体はこの世界に存在し続けていました。それで物語の知識を持った自我の魂ですが、結論を言えばこちらの世界まで連れてくることができました。ですが、問題も発生しました。こちらの世界に連れてくるまでの度重なる絶縁空間の突破は凄まじいほどに力を消耗し、魂を入れる器──肉体を創る力が残されていなかったのです。やむを得ず、わたしはすでに存在し、魂が定着していた肉体に別世界の魂を入れました」

 

「まさかそれが……」

 

「はい、ルシフ・ディ・アシェナです。わたしは問題無いと判断していました。自我のある魂とまっさらな魂、優位性は決定的なものだったのです。すぐに自我のある魂がまっさらな魂を呑み込み、一つに統合されると考えていたのです」

 

「されなかったの?」

 

「どうやらそのようです。わたしは管理者ですから、魂がどうなっているかは知ることができます。今もなお、魂が二つある器があるのです。ここで問題なのは、自我のある魂は圧倒的な優位性にも関わらず、まっさらな魂を呑み込んで肉体に定着しなかったことです。今はもうルシフに自我が存在していますから、優位性はほとんど無くなっています」

 

「……つまり、ルシフはこの世界の知識と未来を知っている状態で生きているということ?」

 

「はい。信じられませんか?」

 

 アルシェイラは今までを思い出す。

 ルシフはツェルニという何の変哲もない都市で、一番欲しい力である廃貴族を手に入れた。あまりにも都合の良い展開。そして、毎年のようにグレンダンを探っていた理由。もしかしたら、物語の未来と現実の未来が正しいか、ずっと照合していたのではないか。

 

「いえ、信じるわ。それで、結局どうなったの?」

 

「……わたしは能力による消耗が激しく、眠りについて回復する必要がありました。また、わたしの行動は大規模すぎて、イグナシスに勘づかれていたのです。よって『叡智の器』であるルシフの存在に気付き、ルシフになんらかの干渉を試みたようです。またわたしの能力のコピーである電子精霊にもその情報は伝わっていました。残念ながら廃貴族といった電子精霊から外れた存在までは伝わらなかったようですが」

 

 もし廃貴族に伝わっていたなら、グレンダンがルシフの秘密に気付いただろう。グレンダンは廃貴族なのだ。

 

「なるほど。つまり、別世界の知識を得ようと転生させるも肝心なところで力尽きて知識を得られず、眠りについたためにイグナシスの動きが活性化して、結局何もできないどころか状況を悪くしただけだと。

なんていうか、間抜けねえ」

 

「言わないでください」

 

「ていうか、一度目覚めたよね? なんでまた眠ってたの?」

 

「デュリンダナがグレンダンに攻めてきた日、覚えていますか?」

 

「……忘れるわけないじゃない」

 

 その日はグレンダンがルシフに蹂躙された日でもある。忘れられるわけがない。

 

「わたしはその日に目覚めました。そして、デュリンダナを滅ぼした衝剄からグレンダンを守るために能力を使用したのです」

 

「……あ」

 

 確かにあの時、山頂部にある王宮から麓の建造物までルシフの衝剄で破壊されたが、地盤にはヒビ一つ入っていなかった。麓まであの衝剄が届いていたなら、山頂部の地盤も抉れるのが普通なのに。

 

「ていうと、何? それで回復した体力と気力を使い果たして、また睡眠してたってこと?

なんていうか、間抜けねえ」

 

「言わないでください」

 

 アルシェイラは少しだけ、ルシフに親近感が湧いていた。

 滅びて消えゆく運命だったルシフ。その運命とルシフはずっと闘ってきたのだろう。自分は運命を受け入れることしかしてこなかった。

 

「サヤ、教えてくれてありがと。ルシフと闘うのが余計に楽しみになってきたわ」

 

「わたしもできる範囲で協力します」

 

「うん、お願いね」

 

 アルシェイラとサヤは薄暗い空間から去っていった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆   

 

 

 

 建国宣言があった次の日の昼間。

 ヴォルゼーは数人の剣狼隊を引き連れ、商店が並ぶ大通りを歩いていた。

 ふとヴォルゼーは、身体の奥から込み上げてくるモノを感じた。いつもとは決定的に違う感覚。

 ヴォルゼーは口元を押さえながら、込み上げたソレを吐き出した。血の塊が口元から噴き出し、ヴォルゼーの意識が遠のいていく。周囲からは怒号と悲鳴。

 

 ──あぁ、タイムリミットがきちゃったか……。

 

 ヴォルゼーは地面に横たわりながら、暗くなっていく視界をぼんやりと見ていた。

 これでは死なない。それは直感で分かる。だが、残された時間も本当に僅かしかない。

 周囲は大騒ぎになっているはずなのに、ヴォルゼーは不思議と静寂の中にいた。




サヤ関連の話は独自解釈とオリジナル設定を詰め込んであります。ですがこんな設定はルシフを舞台にあげるための単なる舞台装置です。物語の本筋にはあまり関係ありませんので、ルシフはこういう経緯で転生者の魂を持ってたんだ~程度の軽い認識で問題ありません。
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