鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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第89話 届かぬ願い

 フェイルス・アハートがたった今、死んだ。

 何故、こんなことになってしまったのか。

 アルシェイラはフェイルスの死体の前で考えていた。

 多数の攻撃的な剄を感じ、慌てて王宮から飛び出したところ、王宮の最上部から一筋の光が駆け抜けるのを見た。

 光が接触した場所に天剣授受者を引き連れ駆けた。ニーナも付いてきていたが、ニーナの行動を制止するという思考は思い浮かばなかった。

 光が接触した場所に近付くにつれ、錬金鋼を復元した武芸者が増えてくる。とりあえず全員捕らえるように指示を出しながら、駆け続けた。

 光が接触した場所に辿りつくと、倒れているフェイルスに武芸者たちが次々に武器を突き立てようとしているところだった。

 やめるよう怒鳴り、リンテンスに鋼糸で傷口を塞ぐよう指示を出したが、風穴が大きすぎて塞ぐのに時間がかかるとリンテンスは言った。

 仕方なくサヴァリスにフェイルスの身体を病院に運ぶように言い、病院に運ばせた。

 それから色々手を尽くしたが、銃弾は正確に心臓を抉り貫いており、もうどうしようもなかった。

 アルシェイラは自室に戻り、十五分後にカナリスがやってきた。蝶型の念威端子がカナリスに付いてくるように、続いて自室に入ってくる。

 

「フェイルス・アハートに対し、攻撃を加えていた者でよろしかったですね?」

 

「そうだ」

 

「捕らえた武芸者は五十名近くになります。それから、天剣授受者のバーメリン」

 

「やはり王宮からの狙撃はバーメリンだったか」

 

「バーメリンは激しく抵抗しましたが、今はリンテンスの鋼糸で身動きが取れなくなっています」

 

「捕らえた連中の中に負傷している者はいるか?」

 

「誰一人。かすり傷すらありません」

 

「命を下す。捕らえた者全員の心臓を撃ち抜け」

 

「陛下!?」

 

 カナリスの表情が驚愕に染まった。

 

「わたしは行かせるよう言った。そいつらはまずわたしの命令違反をした。次に丸腰の相手に攻撃を加えるという、武芸者らしからぬ行為をした。明らかにフェイルスに闘いの意思は無かった。わたしたちを良く思っていないのはよく伝わったけど、敵意は感じなかった。そんな相手を多勢で襲撃するなど、言語道断」

 

「バーメリンも、ですか?」

 

「バーメリンは心臓に小さな穴を開けて、じわじわと殺してもいい。天剣授受者は都市長の剣。都市長の意を無視した罪は重い。今までは大目に見てきたけど、これは許せない」

 

『あらあら、随分とお怒りですね』

 

 念威端子からデルボネの声が聞こえた。カナリスとの会話は天剣授受者全員が聞いている。無論、天剣授受者に聞かれていることを意識して話していた。

 

「お怒り? 当たり前でしょうが! この際わたしの命令を無視したとかは正直なんとも思ってないけど、錬金鋼を持たず反撃もしてこずただ回避するだけの相手を容赦なく攻撃し、あまつさえ殺したのよ? いくらルシフが憎いとはいえ、ここまで見境が無くなるなんて考えもしなかったわ!」

 

 剣狼隊の小隊長ともなれば、錬金鋼を使わなくてもかなりの実力だろう。もし反撃すれば、多勢で襲いかかっても何人かは負傷した筈だ。だが、一人も負傷していない。つまりフェイルスは最期まで話し合いに来たというスタンスを貫いたのだ。自分の命が危うくなっても、信念と使命を貫き、そして死んだ。敵だったが、尊敬に値する誇り高き武芸者だった。

 それに比べて、こちらの武芸者のなんと浅はかなことか。今まで武芸者の育成に関わったことは一度もない。道場が山のようにあり、武芸者になりたい者はまず道場に行って強くなる。故に、武芸者の信念や心構えといった部分も全て各道場に任せっきりだったのだ。自分も内面など重視せず、ただ強ければ武芸者にした。信念や誇りといったものより、各道場が強さを優先するのも当然だった。素晴らしい武芸者一人を育成したという実績より、何人武芸者を道場から輩出したかが道場としての価値を高め、人が集まるようになるのだから。

 

「陛下、どうかお気を鎮めてよくお考えになってくださいませ。あのルシフが、今のグレンダンの対ルシフ感情を予想できないはずがありません」

 

「……つまりあなたが言いたいのは、ルシフはフェイルスが殺されると想定したうえで、フェイルスにグレンダンを訪問させたと?」

 

「客観的に見れば、フェイルスは錬金鋼を持たない丸腰で、グレンダンをただ説得しにきただけに見えます。ですが、グレンダンの人間からしたらどう見えるでしょうか?

以前グレンダンに壊滅に近い損害を与え、グレンダンの象徴を奪い、我らの誇りを徹底的に蹂躙した男の手下であり、また天剣強奪に力を貸した男。

錬金鋼を持たないのも、これなら闘えないだろうと我々を嘲笑っているように感じました。我々にとって挑発行為だったのです、丸腰は」

 

「なら、フェイルスが錬金鋼を持ってグレンダンに来ていたら、襲わなかったとでも言うのか?」

 

「……それは」

 

 カナリスが黙りこんだ。

 

「違うよね? その場合も『一人でグレンダンと闘えると考えてるなんて思い上がっている。挑発行為だ!』ってなるよね?」

 

「……」

 

「もう分かったでしょ? 丸腰だとか、そんなのは今回の件と関係ない。ルシフの手先がグレンダンに来た。たったその一点だけで、フェイルスを襲撃したのよ」

 

「確かに陛下のおっしゃる通り、丸腰かどうかは結果に何も作用していないかもしれません。ですが、重要なのはそこではなく、ルシフの思惑通りに我々が動かされているのではないか、という部分でしょう」

 

「わたしが丸腰のフェイルスを殺した武芸者たちに罰を与え、死刑にするのをルシフは狙っていると言いたいの?」

 

「まさしく。陛下のそういう性格を読み切った策ではないかと、わたしは思っています」

 

 アルシェイラはため息をつきたい気持ちになったが、堪えた。

 ルシフがアルシェイラの性格とグレンダンの対ルシフ感情を読み切り、フェイルスを死兵として使うことで労せずしてグレンダンの武芸者を罰で殺させる。

 確かに可能性としてはあるかもしれない。しかし、策として見れば荒が多く、お粗末すぎる。こんなもの、策とも言えない運任せではないか。そんな策に剣狼隊の、しかも小隊長格を犠牲にするか? あのルシフが? あり得ない。

 

「なら、処罰はどうする?」

 

「とりあえず死刑はルシフとの決戦後まで延期とし、決戦での活躍次第で免除もあり得るとしましょう。暫定的な処罰としましては、バーメリンからは天剣授受者の資格を剥奪。他の者は部隊を預かる者なら一武芸者に降格。一武芸者なら罰金。それならばグレンダンの戦力を低下させず、陛下の権威を民衆に示すことができます」

 

 天剣を持っていないバーメリンから天剣授受者の資格を剥奪したところで、問題はない。バーメリンのプライドはズタズタになるだろうが、それは別にいいだろう。

 

「捕らえた者の中で部隊長だった者は何人いる?」

 

「陛下の命令に反した者たちです。中途半端に実力があり、驕っている者ばかり。部隊長は二十二名。それ以外の者も部隊長の隊員です」

 

「カナリス、お前の意見を採用する。即刻処罰の内容を公開し、執行しろ」

 

「はっ」

 

 カナリスが一礼し、部屋から出ていった。

 それから一時間後には処罰内容が民衆に伝えられ、処罰が執行された。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆   

 

 

 

 グレンダンの王宮にある客室。

 王宮に泊めるのはグレンダンにとって重要な客人である。よって、客室にある家具や調度品はそこそこ質の良い物で統一されていた。ルシフがグレンダン王宮を破壊する前まではもっと質の良い物だったのだろうが、それを差し引いても上等な部屋であることに変わりはない。

 ニーナはベッドの上に、膝を抱えて座っていた。

 フェイルスが死んだ。

 ニーナはフェイルスのことを思い出している。ツェルニで教員としてやっていた頃、フェイルスは人当たりが良く誰とも親しくなったが、特別親しくなった者は一人もいなかったようだった。広く浅く付き合うようなタイプだったのだろう。だが、それだけが原因でもないと、ニーナは思う。フェイルスの瞳の奥には、どこか相手をゾッとさせるような冷たい光があった。まるで相手を品定めするような、冷酷な部分。ルシフと同じように、他人を能力で決めつけ、価値を弾き出すというところがあったような気がする。

 しかし、間違いなく一方的に殺されるような悪人ではなかった。

 

 ──わたしの、せいなのだろうか。

 

 自分が天剣をルシフから取り返したから、ルシフが焦り、選択を誤ったのか。

 そもそも天剣を渡す条件として、『ルシフ側の人間は一人も殺さないように』とした。

 フェイルスが死んだ時、アルシェイラにそのことを言ったら、アルシェイラの隣にいたカナリスが「決戦時に死者を出さないようにしてほしいという条件だから、これは条件に当てはまらない」などと口にした。

 正直な話、グレンダンに幻滅したところがあった。不安も感じる。明らかに闘う意思のない者を勢いで殺してしまうような武芸者を抱えているグレンダンに、決戦時ルシフ側の人間を殺さないなんてできるのだろうか。そういう不安である。

 ニーナは神経を研ぎ澄ました。客室の外、武芸者が二人立っている気配を感じる。アルシェイラは「彼らは従者で、ニーナの要望をなんでも聞く」と言ったが、この感じは覚えがある。ルシフに軟禁状態にされていた状況と酷似しているのだ。

 アルシェイラを始め、グレンダンの人間が自分をルシフの内通者ではないかと疑っていることを確信したのは、ルシフの手紙について問いただされた時だった。

 ルシフの手紙はジルドレイドの遺体の袋をアントーク家に届けたとか、あの後どうなったかといった現状報告で、天剣を奪ったことに対する罵倒や非難は一切書かれていなかった。最後の方には、意味ありげに例の合図と同時に作戦を決行してほしいと書かれていたが、ニーナには全く思い当たる節が無かった。

 カナリスやアルシェイラに問いただされたのは、特に最後の作戦の部分で、前半の部分の単なる報告に関しても、何かしらの暗号になっているのではないかと疑っていた。

 当然ニーナには何も心当たりが無いから、何も答えられない。それで、ますます疑念が深まる。

 とりあえず今の状況は、ニーナにとって想像していない状況だった。

 ニーナの頭の中では、天剣十本を取り返したことでグレンダンの戦力が増し、グレンダンと協力して闘うことでルシフを負かす。そして、ルシフが他人の意見を認められるようになってみんなでレギオスを変えていく、という流れになる想定だったのだ。

 それが、グレンダンは一人で来たフェイルスすら容赦なく攻撃し、共に闘う予定が疑われている。

 

 ──わたしの選択のせいで、もっと酷い結末になってしまうのではないか。

 

 思わずそう考えてしまい、ニーナは首を振った。

 

 ──ダメだダメだ! そんな風に考えては……! わたしはグレンダンを信じ、協力して闘うと決めたじゃないか!

 

 最も想定外だったのは、天剣十本を取り返しているにも関わらず疑われていることだった。グレンダンにとって、どれだけルシフが規格外の人物であり、危険視されているかよく分かる。

 だからこそ、グレンダンはルシフに勝たなければならない。勝って王者の余裕と自信を取り戻し、ルシフを疑い警戒して接するのではなく、ルシフと堂々と腰を据えて話し合えるようになってほしい。

 もう決断し、行動してしまった。

 今更やめるなんてことはできないし、ルシフに寝返ることもできない。とにかくグレンダンを信じて闘い、ルシフに勝つ。自分に残された道はそれだけだ。

 ニーナの脳裏をフェイルスの姿がかすめる。

 死んだフェイルスの表情はヴォルゼーと同じように、満足気で柔らかい笑みを浮かべていた。そこにグレンダンを恨んでいる憎悪も、死ぬことによる恐怖も介在していない。自分の人生に満足し、希望を持って死んだ。おそらくルシフと剣狼隊がいるから、彼らは笑って死ねるのだろう。

 なら、自分はどうなのだろう? 今度のルシフとの決戦の時に死ぬことになったとして、自分の歩んできた道に満足し、笑って死ねるだろうか?

 空が赤く染まるまで、ニーナはそんなことを考え続けた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆   

 

 

 

 フェイルスが訪れた翌日。

 念威操者がグレンダンに向かってくる都市の群れを発見していた。

 その報告はアルシェイラに瞬く間に伝わり、アルシェイラは謁見の間に官僚や天剣授受者といった重要な立場にいる者を集めた。

 今、謁見の間では念威端子が都市の群れが迫ってくる映像を展開している。

 頭の中では、当然都市が集結して行動しているという情報があった。だが実際その光景を見ると、圧倒された。

 アルシェイラだけでなく、他の者もそうだった。誰もが信じられないという表情で、映像に見入っている。

 地平線を都市の群れが埋め尽くし、移動してくる光景。それは正しく、新たな世界の形だった。都市同士で争い奪い合う時代に決別し、どんな困難も一丸となって立ち向かっていく時代。この映像を見ていると、グレンダンが時代に逆行しているような錯覚に陥る。

 あの都市の集団の長にルシフが君臨している。約四ヶ月前は、ルシフはただの一学生だった。それがたった三、四ヶ月で前人未踏の偉業を達成し、頂点にまで上り詰めた。

 ルシフの頭の中は本当にどうなっているのか。どういう頭をしていればこの発想ができ、実現するまでのプロセスを導き出せるのか。

 この映像を見るまでは、ルシフに徹底抗戦しようと考えていた。その考えが揺らいでいる。もう何もかもルシフに任せてしまえば、勝手に新世界が構築され、新たなステージに人類を連れていくのではないだろうか。

 謁見の間の誰も声を出せなかった。

 映像は次第に都市の外観から内観へと変化していく。どの都市も活気は満ちているが、民衆の誰もがどこか困惑しているような表情をしている。例えるなら迷子になった子どものような、自分の立っている場所が分からない者の表情。

 いきなり世界が百八十度変われば、そうなるだろう。誰もルシフの起こした変化に付いていけないのだ。

 剣狼隊の念威操者の妨害は今のところない。グレンダンの念威端子に寄り添うように近付くだけで、念威妨害はしてこないのである。

 ルシフが、よく見て考え、抗戦か降伏か決断しろ、と暗に言っているような気がした。考えれば考えるほど、降伏の方が正しいのではないか、という思考に呑まれていく。ルシフもそれがよく分かっているからこそ、グレンダンの念威端子を好きにさせているのだ。

 当然の話だが、ルシフ側からもグレンダンの方に念威端子が来ていた。六角形の念威端子である。それに関してはデルボネが対処しているから、グレンダンの情報がルシフに漏れることはないはずだ。

 

「……見ての通り、ルシフに従う都市の群れがグレンダンに向かって来ている。この速度ならあと二日で接触する、と念威操者から報告もあった」

 

 謁見の間がざわめきの声で埋め尽くされた。

 

「やはりここは怨恨を抑え、ルシフに降伏するべきではないでしょうか」

「貴様! それでもグレンダンの官僚か! 闘わずして降るなど恥を知れ!」

「あなた方こそ、現実を直視すべきだ! 闘って何が得られるというのです! ただいたずらに我が都市を疲弊させるだけではありませんか!」

「それは貴様が負け腰だからだ! 我々は最強の都市なのだ! 二度は負けん! 我々には陛下と天剣授受者の方々が付いておられる!」

「勝敗の問題ではなく、戦闘における被害を問題視しているのです! 勝ったらどうするのです? 武芸の本場である誇り高いグレンダンが、あの都市の群れに攻め入り略奪の限りを尽くすのですか!」

「我ら武芸者を見くびるな! そんなことは断じてするつもりはない!」

「ならば何のために闘うのですか! 勝っても何も得られず、勝ったとしても辛勝でしょう! 互いに消耗し、共倒れてしまっては元も子もないのですぞ!」

「何を思い違いをしている!? 我々はただグレンダンを侵略しにくる外敵に当然の対応をしようとしているだけだ! あのルシフがグレンダンを支配下に入れた後、グレンダンのために政治をするなどとお思いか! 断じてあり得ん! ただルシフに搾取されるだけの都市に成り下がるというなら、力の限り闘って死ぬ方がマシだ!」

 

 官僚と武芸者が口論している。

 その熱気が伝播し、謁見の間の至るところで抗戦派である武芸者と降伏派の官僚が怒鳴りあっていた。

 アルシェイラはその口論を聞きながら、単純な結論にたどり着いた。

 総力をあげて闘おうとするから、戦闘そのものが損のように感じる。ならばルシフに一騎打ちを希望し、それで決着をつけるのはどうだろう。それなら、一人の犠牲だけで戦闘が終わる。都市が疲弊し、都市力が低下することはない。

 そんなことを考えていると、アルシェイラに蝶型の念威端子が近付いてきた。

 

『陛下。相手の念威操者より、通信がありましたわ。明日、降伏勧告をする、と。それまでしっかり現状を把握し、意見をまとめておけ、とも』

 

 謁見の間はデルボネの言葉を聞き逃すまいと、静寂を取り戻していた。

 

「意見をまとめる時間をくれるなんて、ルシフは随分余裕じゃない」

 

 アルシェイラは不機嫌さを隠さずに言った。

 

『それから、相手側から要求がありました』

 

「何?」

 

『フェイルス・アハートの生死の情報。もし生きているなら身柄の返還を。死んでいるなら遺体の引き渡しを、と』

 

「……そう」

 

 謁見の間の空気が重くなった。

 一方的に殺した後ろめたさのようなものが心中を支配している。大半の武芸者も一部の武芸者がフェイルスを殺したと聞いた時、彼らの所業に呆れているようだった。フェイルスがどうと言うより、アルシェイラの意を無視して動いたことが武芸者としてあるまじきことと思っているらしい。

 

「相手の念威操者に伝えなさい。フェイルス・アハートは死んだ。遺体の引き渡しは今すぐにやらせる、と。あと遺体は腐らないよう、防腐処置をしっかりやらせろ」

 

「陛下、それは危険です! 遺体の引き渡しに行った者が帰ってこられません!」

 

 カナリスが口を挟んだ。

 

「ならば、どうしろと?」

 

「互いの関係が落ち着いたら引き渡すと言うべきです。ルシフも今の関係が緊張状態であることを理解しているはず。まさかこちらの申し出を断るなどするわけがありません」

 

 アルシェイラは謁見の間を見渡した。

 官僚は苦い顔をしているが、武芸者はカナリスに賛同するように頷いている。

 

「バーメリンを呼んでこい」

 

 アルシェイラがそう口にすると謁見の間がざわめき、武芸者の何人かが謁見の間から飛び出していった。

 十五分後、不機嫌そうな表情をしたバーメリンが武芸者に囲まれながら、謁見の間に現れた。

 

「バーメリン、お前に命を下す。フェイルスの防腐処置が終わったらすぐフェイルスが乗ってきた放浪バスに乗り、フェイルスの遺体をルシフのところに引き渡してこい」

 

「なんでわたしが!?」

 

「あんたが殺したからに決まってんでしょうが! 分かったら、さっさと行け! 放浪バスなら、往復二日で帰ってこれる」

 

「陛下!? それではバーメリンが殺されてしまいます!」

 

「カナリス、わたしね、怒ってるのよ? 今回の件に関しては」

 

 謁見の間が一気に凍結したかのように、冷たい殺気にさらされる。誰も身じろぎすらできない。

 

「バーメリンが殺される? 別にいいんじゃない、殺されれば。自業自得でしょ。違う?」

 

 カナリスはうつむいた。バーメリンの顔は怒りで紅潮している。

 

「分かったわよ! 行きゃいいんだろ、行きゃあ! 連中にあいつの死体を見せて、怒り狂った顔をしっかり見てきてやる!」

 

 バーメリンは荒い足取りで謁見の間から去っていった。

 

「デルボネ」

 

『はい』

 

「聞いての通りよ。今からフェイルスの遺体を引き渡しに行かせる、と相手の念威操者に伝えて」

 

『はい、承知いたしました』

 

 その後は明日の朝に再び謁見の間に来るようこの場にいる全員に伝え、解散した。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆   

 

 

 

 真っ赤な放浪バスがヨルテムの停留所に停車したのは、グレンダンと念威端子でのやり取りをした翌日の早朝だった。

 サナック、フォル、オリバが迎えに行った。フェイルスの死体はオリバが抱え、サナックとフォルがグレンダンからきた使者を案内した。

 バーメリンは目ざとくサナックの剣帯に吊るされている天剣を見つけ、案内の最中サナックに何度も突っかかったが、サナックは軽く流して案内の任をまっとうしていた。

 三人ともバーメリンに対してはらわたが煮えくり返る思いだったが、ルシフから丁寧に接しろと命令されていたため、表面上は人当たりの良い顔でバーメリンに接した。

 バーメリンが案内されたのは、グレンダン以上に荘厳であり、威風堂々とした広大な王宮だった。

 実は昨日、ようやく王宮が完成し、総出で引っ越しを終えたのだ。今日からルシフとフォルト国の重臣はこの王宮で暮らすことになったのである。

 王宮の謁見の間。ルシフが玉座に座り、剣狼隊の全小隊長、ゼクレティア、役人が集まっている。

 サナック、フォルが先に謁見の間に入り、続いてバーメリンが仏頂面で謁見の間に入ってきた。オリバはフェイルスの遺体を抱えて、一番最後に来た。

 フェイルスの遺体を見た時、その場にいた剣狼隊小隊長たちが悔しげに顔を歪めた。役人は遺体から目を背けている。

 ルシフはフェイルスの遺体をじっと見ていた。無表情である。

 

「ほら、お望み通り遺体は引き渡してやったぞ、クソガキ」

 

 ルシフは右手で頬を撫でつつ、方天画戟を振るった。

 ルシフとバーメリンの間にサナックが身体を潜り込ませ、方天画戟を手甲で防ぐ。

 

「無礼者! 首を切り落としてくれる!」

 

「陛下! 相手は遺体を返しに来た使者です! 傷付けてはなりません!」

 

 オリバが叫んだ。

 バーメリンが素早く剣帯から錬金鋼を抜き、復元しようとする。

 バーメリンにエリゴとプエルが近付き、逃げろと扉の方を指さしてジェスチャーした。

 バーメリンはこの場で暴れることの不利を悟り、謁見の間の扉へ駆け出す。

 ルシフは追おうとするが、次々に剣狼隊の小隊長たちに行く手を邪魔され、方天画戟で打ち倒しながらバーメリンを見据えた時には、すでにバーメリンは謁見の間から逃げていた。

 すぐさま念威操者から剣狼隊の全隊員にバーメリンを逃がさないよう指示が飛んだ。

 だが隊員たちは明らかにバーメリンを捕らえる気がなく、バーメリンは放浪バスのある停留所まで逃げ切っていた。

 

「この放浪バスを使いなさい」

 

「……クソホルステイン」

 

「あ?」

 

 放浪バスの近くにいたアストリットがバーメリンを睨んだ。バーメリンも負けじと睨み返す。

 バーメリンが復元済みの拳銃をアストリットに突きつけた。アストリットは復元せず、冷めた目で銃口を見ている。

 

「絶対殺すって前に言わなかったか?」

 

「覚えていますわよ。ですが、今は戦闘中ではありません。闘う意味はありませんわ」

 

「……本当、クソムカツク連中。武芸者のくせに戦闘を避けるなんてアホクサッ。そういうのが癪に障る」

 

「まあ、あなたのような方には私たちを理解するなど到底無理でしょうね」

 

 バーメリンは舌打ちし、銃口を下ろした。

 

「今は生かしておいてやる。けど忘れるな。戦闘が始まったら、わたしがあんたを撃ち殺す。あの男と同じように」

 

「……あの男?」

 

「フェイルスとかいうクソ男に決まってんだろ。無様に逃げ回り、地に這いつくばって死んだ。武芸者の恥さらし」

 

 アストリットは怒りを顕にしたが、すぐに表情を殺した。

 

「……そうですか。それで、あなたはフェイルスさんを殺して満たされたんですの?」

 

「は?」

 

「気分は良くなったかと訊いてるんです」

 

「そんなの知るか。ムカついたから撃った。そんだけ」

 

 アストリットのバーメリンを見る目が哀れみにも似たものに変化した。

 

「かわいそうな方。それだけの力を持ちながら、そんなつまらないことにしか使えないなんて」

 

「は?」

 

「それから、よく聞きなさい。武芸者は弱者を守る盾であり、弱者を虐げる存在を滅する剣。無様に逃げ回る弱者に銃口を向けたあなたこそ、武芸者の恥さらしです」

 

「……ふん!」

 

 バーメリンは鼻を鳴らし、放浪バスに乗り込んだ。停留所から放浪バスが出発する。

 放浪バスが汚染された大地を進んでいるのを、外縁部からアストリットが睨んでいた。その頃には、アストリットのところに剣狼隊の面々が集まってきている。

 

「……アストリット、血が出てるぞ」

 

 アストリットの隣にバーティンが来た。バーメリンから見えないところで、アストリットは血が出るほど拳を握りしめていた。今も握りしめ続けている。

 

「あの方がフェイルスさんを殺したんですって」

 

「……そうか」

 

「今あの放浪バスを撃ち抜けば、あの方もフェイルスさんと同じ気持ちを知れるでしょうか?」

 

「忘れたのか、ルシフさまのお言葉を」

 

「まさか。忘れるわけがありません」

 

 グレンダンからフェイルスは死んだと通信が来た時、剣狼隊の誰もが怒った。その中でもレオナルトの怒りは凄まじいものだった。レオナルトはフェイルスが何があろうと闘わないと確信していた。そんな仲間を容赦なく殺したのだ。怒らない方がおかしいだろう。

 そんな中、ルシフは言った。「私情に任せて闘えば、グレンダンと同レベルになる。死んだフェイルスにそんな姿を見せられるのか」と。

 ルシフとて、怒り心頭だった。それをぐっと抑えて、その言葉を言ったのだ。

 だから、死体を届けにきてルシフに無礼な態度をとったバーメリンに対し、助けるような行動を剣狼隊はしたのだ。我々剣狼隊はグレンダンとは違う。その意思表示をはっきりと示した。

 バーティンが握りしめているアストリットの手を優しく包むように両手で触れた。

 アストリットは驚いて隣のバーティンの方を一瞥したが、すぐに視線を放浪バスの方に戻す。

 

「……何の真似です?」

 

「相手が大嫌いでも、手を取り合って笑い、励まし合える。それが人間だろう」

 

「今の私とあなたのように?」

 

「ああ」

 

「あなたに慰められるほど、私は落ちぶれていません」

 

 アストリットはバーティンの手を振り払った。

 バーティンは肩をすくめ、去っていく。アストリットは振り返り、バーティンの去っていく姿をしばらく見ていた。

 

 

 

 フェイルスの死体を前に、人が集まっていた。

 フェイルスの死体はルシフの書斎に寝かされている。前の書斎は一室の中にある一部屋を使用していたため狭かったが、現在の書斎は元々書斎として設計されていた部屋であり、前の書斎の三倍以上の広さがあった。

 今書斎にいるのは、ルシフ、ゼクレティア、マイ、エリゴ、レオナルト、ハルス、オリバの七人。

 ルシフはフェイルスの死体に触れた。まるで精巧な人形のように冷たい。死体は腐っていないため、グレンダンは防腐処置をしっかりしたようだ。

 

「フェイルス、俺は知っていた。お前がヨルテムの元都市長とその身内を一人残らず殺し、家を焼き払ったのを。念威操者やお前の隊員の証言を照合すると、そうとしか考えられない。だが、証拠は何一つ無かった。お前にそのことを訊いても、ずっと否定し続けただろう。何故か? 剣狼隊が暴王と都市民から恨まれている人間を排除しようとした人間を報復で殺せば、俺が今まで築き上げてきた剣狼隊のイメージが崩れるからだ。だからお前は認めるわけにはいかない」

 

 ルシフの周囲の人間はフェイルスの死体に視線を落として、黙ってルシフの言葉を聞いていた。

 

「お前はそういうところがあった。俺の代わりに手を汚して、俺のやれないことをやってやろうとするところだ。それを考えれば、随分とお前には苦労をかけただろう」

 

 六角形の念威端子も書斎には舞っていた。剣狼隊の誰もが、フェイルスの死体を前にルシフが何を言うか、興味があるのだ。念威端子を通じ、書斎での言葉は剣狼隊全員に届いている。

 ルシフがフェイルスの頬に右手で触れた。

 

「お前の顔を見れば、最期まで信念と誇りを持って生ききったのがよく分かる。お前の血と信念は、ずっと俺たちと共にある。だから、安らかに眠れ。さらばだ、我が同志」

 

 ルシフが立ち上がる。

 エリゴ、レオナルト、ゼクレティアは涙で顔を濡らしていた。それ以外の者は涙は流しておらずとも、悲痛そうな表情。ルシフ以外の全員がルシフの立ち上がりと同時に姿勢を正す。

 

「フェイルスを丁重に埋葬しろ。お前ら剣狼隊が全て手配しておけ。俺は都市民から、臣下の死に何も感じていない王に見えるようにする」

 

「……はっ」

 

 ルシフ以外の全員が跪き、頭を下げた。頭を下げつつも、剣狼隊の人間はルシフへのより深い忠誠を誓っていた。

 剣狼隊の誰が死んでも、ルシフは死を悲しむだろうし、ずっと死んだ者を覚えていてくれる。

 不思議なことにたったそれだけのことで、剣狼隊の誰もがルシフのためなら死んでも構わないと思えるのだった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆   

 

 

 

 バーメリンがヨルテムから去って数時間後。

 現在の時刻は午後四時。

 ルシフと剣狼隊の全員が王宮の屋上に集まっている。これからグレンダンに降伏勧告を行うためだ。なおこれから行うグレンダンとのやり取りは、都市民には見せない完全非公開と決定していた。理由は都市民に余計な情報を与えないためである。

 ルシフが最前列に立ち、その後ろで剣狼隊の全員が整列している姿は、すでにデルボネの念威端子を通してグレンダンの王宮の謁見の間に映し出されている。

 グレンダンの謁見の間にはアルシェイラや天剣授受者たち、官僚や大臣が集まっていた。レイフォンやフェリといったツェルニ組とニーナも、アルシェイラに頼み込んで謁見の間にいることを許してもらった。

 これはルシフとの交渉の機会でもある。レイフォンやニーナがそれを見逃すわけがない。

 

『回りくどいことを言うつもりはない。すでにフェイルスが降伏する利を説いた。俺が言う言葉はたったひと言。俺に降伏して跪け』

 

「……断る!」

 

 アルシェイラが玉座に座りながら、端子に怒鳴った。

 降伏か抗戦か。前日、アルシェイラは大臣や官僚だけでなく、武芸者や民衆にも意見を求めた。すると驚くべきことに、降伏派は大臣や役人を除くとごく少数しか残っていなかったのだ。グレンダンの大多数の民衆と武芸者は徹底抗戦という意見だった。

 理由はただ一つ。前にグレンダンの都市にある建造物を破壊しまくったような人間に従うなど、彼らは我慢できなかったのだ。住居や王宮をあれだけ破壊しておいて、何が降伏だ。ふざけるな。という都市民感情がアルシェイラを突き上げ、抗戦以外の選択肢を奪ってしまったのである。もし降伏などと言えば、その矛先はアルシェイラに向き、クーデターが起こりかねない。そうなればグレンダンの生産力と経済力は低下してしまう。

 アルシェイラはグレンダンの長として、都市民の意に合わせなければならなかった。一騎打ちも、今の武芸者や天剣授受者が納得するはずがない。

 ルシフは軽く息をついた。

 

『俺は慈悲深い。もう一度チャンスをやろう』

 

 映像に映る王宮の屋上にある扉が開き、一人の少女が歩いてくる。

 謁見の間の誰もが少女を観て絶句した。少女が映像に映ったことではなく、まるで協力者のようにルシフの隣に立ったことに驚愕した。少女はリーリン。ニーナからリーリンの話は聞いていたが、ルシフに積極的に協力しているとは思わなかった。

 リーリンが意を決したように、端子をまっすぐ見た。黒い眼帯が右目を隠している。

 

『陛下、お久しぶりです。わたしはリーリン・マーフェスです』

 

「……よく知ってるわ、リーリン。何があったの? というより、なんでその場所にあなたは立っているの?」

 

『陛下にお願い事があるからです。ルシフと闘わず、降伏してください』

 

 謁見の間がざわついた。リーリンは正真正銘グレンダンの人間である。それが降伏を勧める。まさしくグレンダンへの裏切り行為。

 

「リーリン! 何を言ってるんだ!?」

 

 レイフォンが叫んだ。

 リーリンは視線を動かし、レイフォンを見る。

 

『……レイフォン』

 

「なんでルシフに協力するんだ、リーリン!?」

 

『あなたには見えないの? 世界中のレギオスが集まっているこの光景が。世界がより良い方向に変わりつつあるの。あとはグレンダンが協力してさえくれれば、わたしたち人類は協力して助け合えるようになる』

 

「リーリン! 忘れたのか!? ルシフはマイアスでただの武芸者たちを一方的に痛めつけていたことを!」

 

『それは……』

 

「ルシフは危ない男だ! 信用できない!」

 

「その通りです! リーリンさん、あなたの方こそよく考えなさい!」

 

 カナリスが口を挟む。

 

「ルシフは人類が協力して助け合えるなどと言っていますが、それは自分に従う人間を増やすための方便かもしれません! そう言えば誰もがルシフに従うのが正しいと思うでしょう、あなたのように! ですがグレンダンを降伏させて力を削がれたら、ルシフを止められる者は誰もいません! ルシフの意のままに全都市が動かされ私欲を肥やされても、どうしようもできなくなるのですよ!」

 

『……でも、上手くいけば、グレンダンは今よりずっと良くなる! 前みたいに食糧危機になっても、他の都市が助けてくれる! レイフォンだって、闘いたくないのに戦力がないから闘わないといけない、みたいな状況が無くなるんだよ! 分かるよ、みんなの気持ちは! わたしだってグレンダンの人間だもの! ずっと慣れ親しんできたグレンダンが変わるのは辛いし、ましてや降伏して他都市の人間にグレンダンを好きなように弄くられるなんて許せないよ! グレンダンの武芸者、天剣授受者さまたち、女王陛下……みんな強い方たちばかりで、闘わないでグレンダンを渡すなんて屈辱、我慢できないのも理解できます! でも、そこをぐっと堪えて、降伏してほしいんです! そうじゃないと、いつまでもグレンダンは前に進めず、ただの一都市のままで終わってしまいます!』

 

「リーリン、本当にどうしたんだ!? まさかルシフに右目を潰されて脅されているのか!?」

 

 レイフォンの言葉に、リーリンはムッとした。

 しかし、それを当たり前のようにすると思われているのがルシフなのだ。目的のためなら手段を選ばない。

 リーリンは右目の眼帯を外した。

 右目があらわになる。瞳に十字の刻印がある、異形の右目。

 映像の向こうで、レイフォンが目を大きく見開いている。

 

「……レイフォン。もうわたしはレイフォンの知ってるわたしじゃないんだよ」

 

『リーリン! ルシフは危険で不安定な人間だって、君も知っているはずだろう!?』

 

「それでも……わたしはルシフを信じる!」

 

『……リーリン……』

 

 レイフォンが信じられないという表情をしている。ズキリと、心が痛んだ。

 

『……リーリン・マーフェス。言いたいことは分かった。だが、グレンダンの誇りにかけて、降伏はできない』

 

 アルシェイラが言った。

 

「そんな……! お願いします! 考え直してください!」

 

『黙れ、この裏切り者が!』

『この恥知らず! もう二度とグレンダンの土を踏むな!』

 

 ルシフが指先から剄を凝縮させた朱色の光線を放った。

 デルボネの念威端子が破壊される。それを合図に剣狼隊で銃と弓を扱う者が一斉にデルボネ以外の念威端子を破壊していく。

 

「交渉決裂だな」

 

 リーリンは両ひざを地につけて、顔を俯けた。

 

「ごめん……ごめん、ルシフ。わたしじゃダメだった。わたしじゃ陛下やみんなの心を説得できなかった」

 

「お前は力を尽くした」

 

「でも結果が伴わなければ何の意味もないよ!」

 

「確かに結果が全てだ。だが失敗があるから、成功も生まれる。挑戦したお前は挑戦しない者よりマシだ」

 

「……何よ、きっぱり使えない奴だって言えばいいじゃない」

 

「お前にそんな言葉は言えん。後ろを見てみろ」

 

「……後ろ?」

 

 リーリンは座り込んだまま、後ろを振り返る。

 剣狼隊の全隊員が親指をリーリンに向かって立てていた。笑顔で。あるいは無表情で。あるいはそっぽを向いて。一人一人表情は違うが、親指を立てていない者はいなかった。リーリンの頑張りを認めているのだ。

 ルシフの手伝いをするようになるまでは、剣狼隊はルシフに心酔する堅苦しい人の集まりだと思っていた。

 しかしルシフの手伝いをするようになって、彼らが感情豊かで良い人ばかりだと思うようになった。リーリンを仲間として彼らは認めたのだ。

 リーリンはいつの間にか、ルシフや剣狼隊の人たちと一緒に行動することが居心地良くなっていた。

 グレンダンとの決戦は最も激しい戦闘になるだろう。剣狼隊の人間もたくさん死ぬかもしれない。

 それでも彼らは最期まで信念を貫き、満足して死んでいくのだろう。

 だからリーリンは心の内で願った。

 

 ──どうか誰も死にませんように。

 

 それがたとえ届かない祈りだとしても。

 

「貴様ら、明日だ。明日、新世界の扉を開き、新たな時代にアイサツしに行くぞ。グレンダンという時代遅れの門番をぶっ倒してな」

 

「おおーッ!」

 

 ルシフの言葉に、剣狼隊の全隊員が拳を天に向かって突き上げた。


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