鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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第92話 開戦

 剣狼隊の各小隊長、マイが書斎に集まっている。現在剣狼隊の小隊長は二十四人いた。

 ルシフは呼び出した全員が揃ったところを見て、執務机を前にした椅子から立ち上がる。

 

「これから対グレンダン戦に向けた作戦会議を始める」

 

 会議と言っているのに会議室を使用しないところが、実際はルシフの作戦をただ伝えるだけの場だということを暗に伝えている。

 しかし、その場にいる者はそれに関して不満は無かったし、ただルシフの作戦を聞ければ良かった。

 

「まずはマイ、グレンダンとの接触予定時刻と接触予定場所に関しての情報を」

 

「はい。接触予定時刻は午後一時二十二分。接触予定場所に関しては、汚染物質の濃度が低く、雲もほとんどない快晴です」

 

「天運われにあり、か」

 

「は?」

 

 ルシフの呟いた言葉に、その場の者たちが怪訝そうな表情になる。

 

「別になんでもない。作戦を説明する。といっても、単純な作戦だ。グレンダンは前の失敗から、間違いなくアルシェイラを守ってくる。そのため、俺の狙いがアルシェイラではなく別にあると思わせて隙を作る必要がある。

まず俺がグレンダンに衝剄を放つ。それを合図に、準備していたランドローラーに乗った四小隊が出陣。グレンダンの撹乱、陽動が目的であり、無理をする必要はない。サナック、オリバ、フォル、マルシア」

 

「はい」

 

「お前ら四小隊がランドローラーでの陽動部隊だ」

 

「了解しました」

 

 四人が一礼する。

 

「残りの剣狼隊はグレンダンとヨルテムが接触次第、グレンダンに乗り込み、戦闘開始。一つ、全隊員に周知させておいてほしいことがある」

 

 ルシフが右手の人さし指を立てた。視線がそこに集中する。

 

「この戦闘、グレンダンとヨルテムの都市間戦争という形になっているが、勝利条件はグレンダンの旗を取ることでも、グレンダンの武芸者を全滅させることでもない。これは俺とグレンダンの女王の闘い。つまり勝利条件とは、グレンダンの女王を戦闘不能にすることだ。次点で天剣授受者全員の戦闘不能。常にそれを頭に入れ、闘え」

 

「グレンダンの武芸者を何人倒すかを考えるのではなく、グレンダンの女王と天剣授受者だけを標的にすればいいのですね?」

 

 バーティンが言った。

 

「極論を言ってしまえばそうなる。だが、それに囚われるな。場合によっては、グレンダンの武芸者を五十人倒すことで楽にグレンダンの女王や天剣授受者を倒せるかもしれない」

 

 剣狼隊の小隊長の面々は納得したように頷いた。

 

「いいな? 実質グレンダンの女王を倒せば、俺たちの勝利だ。逆に俺が死ねば、グレンダンの勝利となる。頭の取り合いだということを忘れるなよ」

 

 ルシフの俺が死ねばという言葉にもの申したい小隊長は何人もいたが、ぐっと堪えて頷いた。ルシフはいつだって自身の命を懸けて闘う。剣狼隊の小隊長にできるのはそれを止めることではなく、共に命を懸けて闘うことだけだった。

 それから細かい指示を各小隊長にし、指示を受けた小隊長は慌ただしく書斎から出ていった。

 リーリンが書斎に書類を抱えてやってきたのは、ルシフが一人になって十五分後だった。

 

「はい、今日の書類」

 

「ああ、そこに置いといてくれ」

 

 ルシフが執務机の隅の方を持っているペンで示す。

 リーリンはペンが示しているところに書類の束を置いた。

 

「いよいよなのね」

 

「この決戦が終わった瞬間、世界は生まれ変わる。歴史的瞬間に立ちあえることを誇りに思え」

 

「わたしはあなたが勝った方が理想的な新時代の幕開けができると思ってる。グレンダンが負けたり、痛めつけられるのは嫌だし苦しいけど、この世界がより良く生まれ変わるにはきっと必要なことだと無理やり自分を納得させるわ」

 

 ルシフは書類にペンで指示を書いてサインしては次の書類にいくということを繰り返している。

 

「あなたはたくさんの人を死なせて、苦痛を味わわせた。都市の従来の法制度を全て破壊して、法制度も統一させた。言ってみればあなたは、世界に突きつけられていた銃の引き金を引いた。でも原因を辿っていけばそれは今まで世界が放置し続けていた問題を表面化させただけで、銃を突きつけていたのは世界そのものだったと思う」

 

「例えば、包丁を指に当てる。その包丁を誰かが触って指を切ったら、誰が悪いか。当然一番悪いのは包丁を触って傷を負わせた人物になる。その前提で、包丁を指に当てていた人物も落ち度があると非難される。それと同じで、やはり銃の引き金を引いた者が一番悪い。そして、今までの世界の常識が見直される。俺は別に他人からどう思われようが気にせん。世界の常識、道徳観念に人々が少しでも疑問を持つようになる。これこそが重要であり、世界をより良く変化させるために必要な段階だ。その一点だけで、俺は誰よりも正しい行動をしたと思っている。どれだけの犠牲と損失があったとしてもな」

 

「もしグレンダンに負けたら、あなたは今まで放置し続けてきた世界の問題の全ての責任を背負い、史上最悪の人間として歴史に名を刻むことになるのね」

 

「俺にどういう価値をつけるかは歴史が決めるだろう。どんな価値をつけられようとどうでもいいが」

 

「こんな言葉、本当は言いたくないけど、グレンダンに勝ってね」

 

「……お前、もしかして俺に惚れてるのか?」

 

「バッ、バッカじゃないの!? あなたみたいな、片っ端から女の子と寝るような女たらし、好きになるわけないじゃない!」

 

 リーリンは顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

「分かってる、分かってる。最初はみんなそう言う。だが一度抱いてやると、そんなことどうでも良くなるらしい」

 

「あんたねぇ……よくそんな言葉平然と言えるわね」

 

「女の命は短い。せいぜい二十年くらいだろう。その短く儚い時間に彩りを与えてやるのは、史上最高の男である俺の責務と言ってもいい」

 

 ルシフのこの言葉は、どの女も自分に抱かれたら悦ぶという、圧倒的な自信からきている。普通なら鼻で笑われて終わる痛い言葉だが、ルシフが言うと何故か現実味を帯びてくる。

 今は激動期でルシフのやることはたくさんあった。だから女遊びも全くしていないが、安定して暇になってきたら何百人、何千人と女の子を抱くようになるかもしれない。その展開はあまり考えたくない。

 

「やっぱグレンダンが勝った方がいいかも……」

 

「意見がころころ変わるな」

 

「誰のせいよ!」

 

「冗談はさておき、そろそろ朝飯にするか」

 

 ルシフは書類を片付け、椅子から立ち上がる。

 

「冗談ってあなた……」

 

「抱かれたくなったらいつでも言ってこい」

 

「バカ! 最低! 女たらし! 誰があんたなんか!」

 

 リーリンの罵倒など意に介さず、ルシフは書斎から出ていった。

 

「誰が……あんたなんかに……」

 

 リーリンは閉められた書斎の扉をじっと見続けている。ルシフの幻影を扉に映していた。

 

「死んだら許さないんだから……」

 

 リーリンの目尻に涙が溜まっていた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆   

 

 

 

 グレンダン王宮にある天剣授受者の詰め所。アルシェイラ、天剣授受者全員、レイフォン、ニーナが集まっている。ニーナは半ば強引にこの場にいることを許可してもらっていた。

 

「ルシフとの決戦、どう闘うべきか意見を言って」

 

 アルシェイラは集まった者を見渡す。

 カナリスが挙手した。

 アルシェイラがカナリスと視線を交わし、微かに頷く。

 

「ルシフには、決定的な弱点があります」

 

「それは?」

 

「有能すぎるところです。あの男は無駄を極力排除し、最適解で目的を達成しようとします。つまりルシフの目的さえ分かれば、必ずそこを狙ってくるので闘いやすくなります」

 

「それでルシフの戦闘での目的は?」

 

「陛下の戦闘不能。それしかないでしょう。実際前の戦闘では、陛下を戦闘不能にすることに全力を注いできました。今回も陛下の戦闘不能が勝敗を決定づける鍵であることはルシフのみならず、グレンダンの誰もが理解しております」

 

 カナリスに同意するように、天剣授受者の何人かが頷いた。

 

「わたしの意見は、陛下の護衛に天剣授受者を六人つけ、ルシフから陛下を守ることが重要だと思います。天剣授受者が六人護衛すれば、前のように陛下が隙をつかれて一瞬で倒されるというのは避けられると考えます」

 

「駄目だ、それでは」

 

 ニーナが言った。

 カナリスがニーナを睨む。

 

「部外者は黙っていてもらえますか?」

 

 カナリスは未だにニーナはルシフの内通者かもしれないという疑惑を消せずにいた。この場でのことは監視をつけて行動を制限すればルシフに漏らさないようにできるが、作戦そのものに関わってくると話は違ってくる。

 

「確かにわたしはグレンダン出身でもないし、グレンダンの武芸者でもないから、そういう意味では部外者だ。しかし、ルシフに勝って世界をより良い方向にもっていきたいと思っている」

 

「あなたは自分の立場が分かっていますか? 何故あなたに従者がついているか、本当は分かっているでしょう?」

 

「従者は監視役で、わたしがルシフの手先だと疑っているからだろう」

 

「その通りです。現状ではあなたの意見の良し悪しに関わらず、すべて却下させてもらいます」

 

「カナリス」

 

「はい?」

 

「いつからあなたが作戦の決定権を持ったの?」

 

 カナリスの顔から血の気が引いた。

 

「も、申し訳ございません! 出過ぎた真似をいたしました!」

 

「ニーナ、続けなさい。カナリスの意見のどこが駄目なの? わたしの実力に合わせて天剣授受者の護衛もあれば、万に一つもルシフにわたしを倒せる可能性はない」

 

「ルシフは間違いなくグレンダンが陛下を護衛してくると読んでいます。前はそれでやられたのですから。グレンダンが同じ轍を踏むとは考えていないでしょう」

 

「ふむ……」

 

 確かに一理ある。そういった敵の心情を読み、裏をかいてくるのはルシフの十八番と言ってもいい。

 

「ルシフの厄介なところは、ルシフ自身が最強の戦力であり、そのことを客観的に把握できているところです。自身の存在が相手にどういう影響を与えるか、ルシフは理解しているどころかそれを利用して相手を自分の思惑通りに動かしてきます」

 

 ニーナはルシフのやり方をずっと身近で見てきたし、軟禁状態だったから考える時間もたっぷりあった。

 

「なら、こいつを餌にするのはどうだ?」

 

 リンテンスがアルシェイラを指さす。

 

「ルシフはおそらく俺たちの意識を逸らして、女王を倒す以外の目的があると思わせようとしてくるはずだ。ルシフの狙い通りに俺たちが動いたと見せかけて、ルシフを罠に嵌める。ルシフにやられたことをそっくりそのまま返してやればいい。お前もそう言おうと思っていたのだろう?」

 

「はい、実はその通りです。もし陛下の防御を固めれば、それだけグレンダンの戦力はムラができます。多分ルシフはグレンダンの武芸者を次々に戦闘不能にしていくはず……。そうやって着実にグレンダンの戦力を削りながら、陛下への強力な一撃を狙ってくるような気がするのです。カナリスさんの作戦は、例えるなら急所を守って手足を切られることを我慢するような作戦です。最初の方は耐えられるかもしれませんが、いずれ限界がきて手足を守ろうとする。その瞬間をルシフが狙っているのにも気付かず。だから、手足を切られ始めてからわざと急所を晒して、攻撃を誘うのです。そうすればルシフにグレンダンの戦力をあまり削られず、頭脳などほとんど関係ない純粋な武力戦に引きずり込めるかもしれません」

 

 ニーナの言葉に、その場にいる者は唸り声をあげた。

 つまり、ニーナはルシフから頭脳を取り上げようとしているのだ。ルシフの厄介さはとてつもない力がありながら、頭を使って戦略をしっかり立ててくるところ。

 だから、戦略など立てようのない純粋な力勝負に引きずり込む。戦略を潰したルシフであれば、等身大の相手になる。それならば、勝機はある。

 

「しかし、そう上手くいくでしょうか? あのルシフが相手なんですよ」

 

「カナリスさん。あなたはさっき、ルシフの弱点は有能すぎるところだと言いました。確かにこちらの分析をしっかりしていれば、ルシフの狙いは読めるでしょう。でも、ルシフの決定的な弱点はそこじゃありません。誰よりも傲慢なところです」

 

「と、言いますと?」

 

「もしこちらがルシフの動きに呼応して、陛下の防御を手薄にしたとしても、ルシフはそれを罠とは考えません。自分の思惑通りに相手が動いた、としかきっと考えない。何故なら、自分が一番有能であり、自分の行動は誰にも読めないと考えているから。だから、罠に嵌めやすい。あの傲慢さが、ルシフ自身の首を絞めている。そのことに、ルシフは気付いていないのです。もしルシフから傲慢さが消えれば、一体どれだけの人物になるか……」

 

 ニーナが俯いた。

 ルシフが傲慢であることを悲しんでいるようだ。

 

「ニーナ、あんたに戦闘を許可する。後方部隊と最初は一緒にいなさい。そうすればきっとルシフはあんたを疑って戦闘に参加させなかったと考える。ここぞという時、あんたは前線にまっすぐ来なさい」

 

「陛下、それは……!」

 

「カナリス。わたしはニーナの言葉に一つ閃いた。ルシフは最強の戦略家であることを、まず認めなければならない。同じ舞台に立っては、いいようにやられるだけよ。あの男はいくつもの仕掛けをばらまき、その仕掛けに食いついたらその仕掛けに合わせた策を使ってくる。だから、わたしたちが仕掛けについて考えれば考えるほど、答えが出せなくなってどつぼにはまり、ルシフに負けるのよ。だったら最初から策略勝負は捨て、ルシフに付き合わなければいい」

 

「ですが、もしニーナがルシフの手先だったら……?」

 

「だから、そういうところがルシフにとっては狙い目なんだって。仮にニーナが手先だったとしても、わたしへの不意打ちは防ぐ自信がある。天剣授受者を倒そうとしても、天剣授受者を単体で配置するつもりはない。必ず複数で連携して闘うようにする。問題はないわ」

 

 そこからは具体的な指示に入っていった。

 ルシフを誘い込んだ時にどういう攻撃をどういう順番でするかという細かい部分もしっかり決めた。

 

「いい? 全員、必ずルシフがわたしへの全力攻撃を仕掛けてくることを頭に入れておいて。何があっても頭からそのことさえ消えなければ、ルシフを逆に潰せる」

 

 会議の終了間際、アルシェイラがそう言った。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆   

 

 

 

 ヨルテムの外縁部。

 ランドローラーで突入する四小隊以外の剣狼隊が整列していた。最前列に方天画戟を持ったルシフが立っている。

 ヨルテムの民は武芸者以外全員シェルターへの避難が完了していた。ヨルテム以外の都市は戦場ではないため、避難指示は出さず、実際誰も避難していなかった。

 ルシフの眼前、念威端子が映像を展開していた。グレンダンの外縁部が映し出されている。グレンダンもすでに戦闘準備は終えているようだった。

 

「一騎打ちをする気はないのか?」

 

『わたしたちは全員でグレンダンを守る。それがグレンダンの総意よ。見なさい』

 

 映像の中、アルシェイラが二叉の槍を頭上に掲げる。それに呼応するように、天剣授受者や武芸者の身体が剄の影響で光を放つ。グレンダンの外縁部が剄の輝きで埋め尽くされた。

 ルシフは眩しいものでも見るように目を細める。

 

「一騎打ちを選ばないとは、愚かにもほどがある。だが、貴様らみたいな時代遅れの愚者にはもったいない、美しい輝きだ」

 

 今までの世界の最後を締めくくるには、相応しい輝きかもしれない。

 もし自分がグレンダン三王家に生まれ、グレンダンの統治者になっていたら、あんなつまらない戦闘集団にはならなかっただろう。世界を守るという理想を掲げるに相応しい都市になったはずだ。

 しかし逆に考えれば、グレンダンに生まれなかったからこそ困難な道だった。グレンダンに生まれていたら、世界を生まれ変わらせるなど容易にできただろう。それはつまらない。

 

『必ずわたしたちが勝つ』

 

「今度は幻滅させないでくれよ、グレンダン」

 

 ルシフは方天画戟を握る手に力を込めた。

 頭痛も高熱も吐き気も、今日は無かった。何ヶ月振りかと思うくらい、身体の調子が良い。きっとマイと添い寝したからだ。

 あの時、確信したことがある。

 自分はマイと出会う前の自分より弱くなっている。いや、マイと出会って己の弱さを知ったのだ。弱さを知ったからこそ、強くなろうと思えた。弱さを知らなければ、強くなろうとも思わない。

 グレンダンが決死の覚悟で都市を守ろうとしているのは痛いほど伝わってくる。

 ルシフは身震いした。この瞬間がたまらない。勝てるかどうか。自分の思惑通りに事が進むかどうか。自分の敵になれるか。自分の思惑を超えられる相手か。自分の才能を絞り出してくれる相手か。そういう期待がどんどん高まってくる。そしていつも、自分の思惑通りに事が進み、思惑通りの展開と勝利に失望してきた。

 唯一自分の思惑が裏切られたのは、アルシェイラがツェルニに来た時だった。あの時は何の準備もしていないところに現れたから、完全に後手に回ってしまった。だが、楽しかった。圧倒的な実力差の中で頭脳も武芸も何もかもを振り絞り、闘えた。

 あの時のような絶体絶命の窮地に立てれば、自分は今よりもっともっと才能を引きずり出し、更なる高みへと登れるはずだ。自分の可能性をもっと、もっと見てみたい。

 

 ──やるか、やられるか。勝負だ、グレンダン。

 

 ルシフは映像の中のグレンダンを見据えた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆   

 

 

 

 グレンダンの外縁部。

 誰もが緊張した面立ちをし、復元した武器を握りしめていた。武芸者のほとんどはルシフとの戦闘に恐怖を隠せず、身体を震わせている。

 

「ルシフを恐れるな!」

 

 アルシェイラが武芸者たちの方に振り向いた。武芸者たちはアルシェイラに視線を送る。

 

「お前たちは、グレンダンの武芸者である! 誇りで恐怖を克服し、前を見ろ! お前たちには天剣授受者と、なによりこのわたしがついている! わたしがお前たちを死なせはしない!」

 

 アルシェイラの言葉に、武芸者たちの身体の震えは止まっていた。次々に雄叫びをあげ、グレンダンが武芸者たちの雄叫びに震えた。

 そんな中、レイフォンは何かを見落としているような、そんな感覚に包まれていた。

 

『どうした、レイフォン。浮かない顔をしているが。いや、当然か。これからルシフと闘うのだからな』

 

 念威端子からニーナの声が聞こえた。

 

「隊長……」

 

『大丈夫だ、自信を持て。きっと作戦通りにいく』

 

 ──……ん?

 

 レイフォンの顔から血の気が引いていく。

 

 ──まずい……!

 

 レイフォンは何を見落としていたか、ニーナの声で気付いてしまった。

 

「陛下!」

 

 レイフォンは雄叫びに負けないくらいの大声で、アルシェイラに怒鳴った。

 

「何よレイフォン? いきなり大声出して」

 

「今すぐ防御態勢を!」

 

「はあ? いきなり何言ってるのよ? ヨルテムと接触するまで予定ではあと五分あるのよ」

 

「たいちょ──ニーナ先輩がグレンダンにどうやって来たか思い出してください!」

 

 そこまで言われて、アルシェイラと天剣授受者たちははっとした。

 ニーナは電子精霊の『縁』を利用し、一瞬でグレンダンに移動してきた。そして、ルシフは電子精霊の協力を得ている。ニーナと同様のことができるのだ。今までルシフが放浪バスを使ったり、グレンダンとヨルテムの接触を待って闘うように見せていたのは、『縁』が使えることからグレンダンの意識を逸らすため。

 ここでの問題は、そういったグレンダンの動きは念威端子を通してルシフに筒抜けだったこと。

 

「リンテンス! 早く防御陣を──」

 

 映像に映っているルシフが光に包まれ、消えた。

 瞬間、グレンダンの上空にとてつもない剄が出現する。

 グレンダンにいる者全員が上を見た。しかし、頭上に輝く太陽に目が眩み、思わず目を逸らした。太陽を背に受けているルシフの姿は逆光となり、見えなくなっている。

 

 ──ルシフの奴、太陽を利用して……!

 

「リンテンス!」

 

「駄目だ、間に合わん!」

 

 手で陽の光を遮りながら、上を見る。ルシフが方天画戟に剄を集中させているのが分かった。

 

「総員! 防御態勢──!」

 

 上空より、ルシフの方天画戟が振るわれた。

 方天画戟に集中していた剄が衝剄となり、頭上からグレンダンの外縁部を呑み込んでくる。

 武芸者たちの怒号と悲鳴を内包しながら、グレンダンの外縁部は爆煙に包まれた。


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