ゴジラが大好きな人、集え! 謳え! 彼の神の如き威容の前に心酔せよ!
楽しんでくださいまし。
War.1 反撃の狼煙
1
晴天の霹靂だなんて、湯原――僕の叔父だと名乗る天才機械学者の謎のおっさん、は評していたけれど、まあ、きっとその通りだったんだろうなとは思う。この世界は明らかに異常だった――常軌を逸している、と言うべきか。
まあ、とにかく僕たちは――僕たち人類は、X星人とやらに十年前に支配されてしまったらしい。
それは、十日と掛からなかった。
と、X星人総司令官は語った。
真に遺憾ながら。
2
錆び色の瓦礫が囲うある場所に、間抜けみたいに僕は立つ。
今の時刻は午後三時、いつものように、『納税』をする。
何となく大人たちには落ち着きがない――浮足立っているような気がする。遠巻きに、僕を見ている気もするけれど、気のせいであると、思おうとした。
道端に溜まり過ぎた砂埃、砂漠の地面に見紛うそれを、粉をひくよう踏みしめてみる。いつまでもどれほど経っても、砂は下に――あるべき場所にアスファルトはない。これこそ、廃墟に相応しい。
空にある、不気味に光る飛行体。流線がかなりシャープに縁取った剣の切っ先のような飛行船。見えると同時、歩き出す。習慣と、言わんばかりに注射を受ける。拒否をして、どうなるかなどはお察しだ。けれども僕は、あえて言おう。
殺されて、しまうのである。
非道にも、
普通にも、
それが、普通だった。したがって、それが普通であることの揺るがし得ない異常さを、時折僕は忘れそうになる。僕よりも、六歳小さな子供達――十歳よりも小さな子供達――彼らが疑問を持つ様子はない
世界はさびれてしまった……。
家々は、刹那に散った人間の栄華を語るかのように、沈黙し、あるいは崩れ、あるいは傾き、やがて、忘れ去られるのだろう。小麦色の空と、砂埃に、生温かい風がこの世界を彩っている。砂漠と見紛う太陽の照り方、陽炎。
そして、のどの渇き――自分への、渇き……。
人間は、何者だっただろうかと、
脈絡なしに、僕は問うのだ……。
おざなりに着陸をした飛行船、その近くに寄り、拳を握った。
採取者は飛行船から放たれた光に乗って現れる。いい加減驚くこともなくなった。彼らは梯子を使わない。階段だって言うに及ばずだ。
傍らに、幾本もの注射器と、採取のためのアンプルがある。
サングラス、黒いジャケット、光線銃、薄ら寒い代わり映えのないその恰好、笑いたいが、笑う気にはなれない。僕だって、汚れだらけのTシャツに、穴だらけのジーンズだ。格好の奇妙さで言ったら釣り合うだろう。
とは言うが、ぼろ切れ以外を着れるだけ、まともなほうだと言わざるを得ない。
僕たちは、彼らの血筋を引いている。お情けか、僕らは何とか文明的に寝食に困らず生きている。だがしかし、文明的とは一体何か、そういう議論になったのならば、色々と難癖はつけようものだ。
僕たちは、ネットをすでに奪われた。日本人、そんな意識も希薄になった。食事は大抵レーションだ。車など、ある例外を除いては、まともに乗ること、見ることもない。
読み書きを覚えた子供は、僕の代まで――正確なところは分からない。
前を行く二人の子供は、かなり無邪気に採取者へと駆けていく。黒ジャケットは、微笑んで少年達を受け入れた。
僕たちに反乱などを起こされて、死者が出るのは困るのだろう。僕たちは、特殊な力を持っている。奴らによ
く似た、奴らと同じ、異能の力。力を恐れ、根絶と騒がない辺り、X星人の総司令官も油断ならない人物だ。
この僕が殺されるとは思わない。しかし今、敵の撃破が無理な以上、革命などは起こせない。それも、敵が殲滅せんと、攻めて来たらの話であるが……。
「ナンバー、X6‐1248165、来い」
丁寧に僕の数字を読み上げる。どういう意図だか知らないが、名前を捨てろと言いつけられた。もっとも表立ってはともかくとして、実際にそれに従う人間は、やはり少ない、皆無なほどだ。
名前とは、切りようのない習慣だ。
だとしても、三十年も経ったとすれば、その習慣も古木の如く傾くだろう。
「家城竜使だ」
と、のどの奥、心の奥で呟いた。そして、僕は進み出た。
「よう、1248165、能力にあれから何か変化は出たか?」
「いえ、まったく」
不機嫌が表れないよう注意して、採取者へと返答を放つ。
少しだけ、間抜けに見える採取者の、薄ら笑いを見ている限り、どうやら悪意はないらしい。だとしても、番号で人を呼んでくる者に、好意を持てと言うのは土台無理だ。どちらにしても、仲良くなんてなれないと、僕はいつでも思うのだけれど。
「君の能力、君の力が、更に上がれば、すぐ様に、一級特異になれるだろう。いつまでも、二級の地位に、甘んじていては、せっかくの才能が台無しだ。俺たちの血が少しでも混じっているなら、それを有効に使わん手は無いぞ」
聞いた瞬間、鳥肌が立つ。全身を這いまわるように怖気が走る。
X星人と、同じ。
それは、
最高の、
最悪の、
侮辱だったと、言わざるをえない……。
御せないほどの嫌悪感、身体を這った冷や汗。それを無理に、押さえつけ。僕は笑みを浮かべてやった。それを好意と取ったのか、彼は僕の肩を叩いて、注射器を差し出してきた。そっとそれを取り上げた後、二の腕に刺す。血管でなく、細胞に。おざなりにやっても大して危険はない。
僕は、直ちに注射器をX星人へと突き返す。採取者はガーゼを僕に手渡した。無言でそれを受け取って、傷口に当てると歩き出す。
苛立ち歩く、その最中、不安げに佇む男女を見つけてしまう。いつも一緒の老人が、いないのを見て気になって、足を止めることにした。二人は僕に気付いて、そっと頭を下げた。
すぐに、僕は廃墟の壁に、寄り掛かる。腕を組み、遠くを眺めるふりをして。視線は変わらず、二人に向ける。距離は目測十メートルだ。この場所は、死角なのだと知っている。
のろのろと呑気な時間が侘しい限りだ。
うだるような真夏の暑さに、汗がにじんだ。遺憾にも、数日間も着続けたよれよれのシャツ、青いジーンズ。着古したそれらが悲鳴を上げていた。身体からじわりと滲んだ液体を、急き止めるよう、拒絶した――水の、汗の吸収量を越えたらしい。
何も、こんな暑い所で待たなくてもと、思ったけれど、なんとなく目を離してはいけないと。義務感染みた、心証を抱く。
もしも、
もしも、僕が憂慮する事態が起こっているならば、動かないでは、許されない。
――ことごとく、僕の憂慮は現実となる。
一組の若い男女は、何らかの懇願染みた陳情を述べる。みるみる空気が張り詰める。拳銃が二人に向かって向けられる。彼ら、X星人のお家芸、光粒子圧縮弾自動拳銃、光線銃と呼ばれる武器だ――当然ながら、殺傷性はすこぶる高い。
おののくように二人は下がり、何度も頭を下げていた。どうしても、納税義務を果たせない。というような事情から、もつれたのかも。
僕は右手を彼らに向けた。
練習の成果を試す絶好の時。
銃口からの眩しい光、同時に僕は唇を噛む。その時、腕から力が発散された。それは、反発力であり、磁力であり、斥力であり、あるいは想念と言う著しく概念的な力でもあった。
銃弾は空中で止まり、そのまま、X星人の方に跳ね返っていく。いとも簡単に、光銃はまるで暴発でも起こしたかのように破裂する。その爆発は撃った本人をことごとく吹き飛ばし、後ろの船に叩きつけた。
沈黙……。
直後、倒れた二人の身体に亀裂が入っていく。脳天から股の先まで、べりべりと、さなぎを割るように――直後、X星人の姿が露わとなった。
銀色をした肌の、グロテスクな人型の生物。頭はまるで、剣の切っ先みたいに尖り、人間では目があるべき所に目がなく、頬の辺りに二つのぎょろりとした眼球があった。口は眼に挟まれて弓なりに広がり、赤い液体が口から溢れている。
これが、X星人の正体。
人間を支配し、搾取した存在。
確かに、全てにおいて、人間を凌駕した存在だった。
その、容姿以外は……。
彼らは、恐らく自分の容姿にコンプレックスを持っていたのだろう。最初は、友好的なふりをするために、人間の姿を借りた。しかし、支配が済んだ後も、その姿をしていたことから、そんな推測ができた。
考えていると、X星人の片方の身体が跳ね上がり始めた。
何度か、地面を擦るように腕をさ迷わせた後、先ほどしゃべっていた男女を睨み付ける。
「オマエラカ? オマエラ、オマエラ、コノ銃ハ、暴発ハシナイ。誰カノチカラガ。邪魔ヲシタ」
「違います。私達ではありません!」
男女は慌てて後退った。
「ミ、皆殺シダ! 全員、殺シテヤル!」
二人のX星人は立ちあがり、人間一人一人を憎悪の表情で見つめた。
まずい状況になってしまった。
あのまま、ノックアウト、銃の暴発で収めてくれると思っていたが、そうも行かないらしい。
僕は、そっとポケットに入った紙切れを広げた。湯原という、研究者の真似事をしているおっさんの伝言が入っていた。彼は彼で、『納税』の義務をどういう手段かは知らないが免れていると聞く――彼の伝言には、今日の四時に地下の研究室に来るように、と書いてあった。
「悪いね、おっさん。行けそうにねえや」
僕は紙を丸めて、そっと地面に投げ捨てて、すかさず足で踏みにじる。てすさびのように、何度か屈伸をして、足の裏の筋肉を伸ばし、右手左手を掲げた後、歩き出す。
覚悟はしていた。これから彼らと――X星人と事を構える、僕はそう決め走り出す。
「おい、不細工! 僕がやった!」
僕は、言った。
「ほら、ぼさっとしてんじゃねえよ! さっさと僕と戦え!」
「オノレ、第二級特異如キガ!」
いつも何かと目を掛けて来たX星人が、今は憎悪の顔でこちらを見ている。しかし、僕は全く持って動じない自分に気付く。もしも、あれが自分を番号で呼ばなかったとしたら、また、違う感情も湧いて来たのだろうか――違う心証も、あったのだろうか。
僕は、笑みを浮かべていた。浮かべたまま、手を前に掲げた。身体の中から、強烈な『燃やす』という意思が具現する。それは、身体中の神経を経由して、僕の身体に馴染んだ後、大気を、X星人の醜い肌を、燃やし始めた。
僕は手を前に掲げながら歩き出す。ゆっくり、ゆっくり、歩を進め、唇を噛みながら、敵二人を見つめる。
僕に目を掛けていた方は、今まさに身体を燃やしつくされて、うめき声を上げている。
いや、大して利いていない……。
光線が僕を見舞う。もう片方のX星人が指の先から何らかの力を放ったようだった。僕はすぐさま左手を掲げ、光線を止めると、くるりと指を回して、ベクトルを変換。光線を跳ね返した。
光の線は火花を散らし、X星人は身体を一瞬すくませた。僕は、直後踵を返した。
鬼ごっこが始まった。
3
全く愚かだ――そう思う。力に酔って、試したいと慢心し、そして、形勢不利と逃げている。一人殺すことすらできないで――バイロキネシスは中々の威力ではあるが、命を刈り取るに至らない。
僕の予定――希望的観測では、先ほどの攻防であの二人を殺せた。敵も心得たもので、襲撃を予想していたかのような手際の良さで僕を牽制する。おまけに、今、十人近い加勢が到着し、住民を集めて、脅しを利かせ始めた。
それでも、反乱者が出たので皆殺し、という展開にはならず、脅すにとどまっているのは、僕としては肩の荷が下りる想いという感じではあるのだが――とはいえ、彼らが捕まっているのも、また事実ではある。
僕のせいで。
僕の愚かしさのせいで。
僕の不徳の致すところで。
これ以上、何かを傷つけさせてはいけない。
そう、自戒しながら、僕はそっと目を開けた。
路地に逃げ込み、遠隔透視能力とでも言うべき力を発動させ、広場の様子を確認した。住人たちは、酷く怯えた様子でX星人たちを見つめていた。忙しなく動く黒コートたちは、感情が欠落したような胡乱な表情で辺りを見渡し、やがて散開を始めた。その中の三人は、住人を見張るためにその場に残っている。
僕はそっと左右を見た。左には、完全に止まった換気扇がある。右には鍵がかかった居酒屋の裏口。右を向く。指をくるりと動かすと、ドアの鍵が回った。僕はすぐさまドアを開けて、中に駆け込むと、ドアを閉めた。同時に、内側から鍵を掛けるのも忘れない。
「大丈夫だ。誰も、死んでない。まだ、死んでないんだ」
そう、自分に言い聞かせる。死んではいないが、死にそうにはなっている。気休めに近いと言えば、まあ、そうなのだが、僕が最も気にするのは、やはり、そこなのだろう。
死んでもらいたくはなかった。
死なせてしまうのは、やはり、怖い。
向こうに遠隔透視能力を持っているX星人がいるとすると少し不味いことになりそうだった。しかし、向こうが見えるのならば、僕もまた見えるのである。
今はもう使われなくなった居酒屋の厨房に足を踏み入れる。食べ物や酒は全て徴収されている。まあ、これは当たり前だ。籠城する気なんてもちろん微塵もないから、食糧や水分の心配はしない。
居酒屋の入り口を確認しようと視線を巡らせてみた。カウンター席とポスターが見える。建物全体がかなり狭い上に、埃が溜まっているので、酷く鬱屈したものを感じる。換気扇から射し込む光が、空中の塵を浮かび上がらせている。当然、掃除なんて行き届くはずもないのだと、今更思う。
僕はカウンター席前方の台にどっかりと座り、目を閉じた。集中力を限界にまで高め、バイロキネシスの威力を強めようとする。超能力、と呼んでいい物か分からないが、この力は体調や精神状態に大きく威力が左右されるという厄介な性質を持っていた。
僕は、そっとドアを見つめた。直後、ポスターが貼られたそれが、吹っ飛ばされた。
ドアがあった場所から光が射し込む。黒コートが五人現れた。
「目を掛けてやったと言うのに、馬鹿な奴だ」
「はっ! 僕を見損なうなよ不細工頭。お前らみたいな下劣な生き物に、誰が屈するか! 目を掛けてやっただと? 余計なお世話だ、反吐が出る!」
落ち着きを取り戻し、擬態を再び行ったX星人に向かって悪態を吐く。みるみる顔色が赤くなっていくのに気付く。しかし、その間、彼は瞬きを全く行っていなかった――これが、X星人の特徴だった。
「反逆してやる。僕一人で革命を起こす!」
「卑小なお前に何ができると言うのだ。どうして、反乱などを企てようとする?」
「教えてやるよ、僕の母さんは、機龍隊のメンバーだった。そして、機龍の正パイロットだ」
4
三式機龍、MFS‐3(MFS-3 :Multi-purpose Fighting System - 3)
十年前、機龍隊は当時最高峰の科学力を持って作り出した最強の戦闘マシーンを使って、突如現れたX星人を倒そうと出撃した。しかし、圧倒的な戦力差の前に、機龍は日本海溝に沈んだ……。
僕の母、家城茜は、機龍と共に、巨大な海の中で眠っている、らしい……。
母のことを回想しておくべきだと思う。
どうやら、僕はここで死ぬようだから。
あれは、六歳の頃……、
「いつまでも、そんなものに頼っていては、いけないわ」
綺麗で、力強く、冷静な母は、出撃間際に僕にそう言った。僕の細い手には、小さな植木鉢と、眠り草があった。その草は手を触れると動き、頭を上げ、やがてまたそっと頭を垂らす。
機龍のオペレーションを任された特生自衛隊の宿舎に、僕はいた。子供との時間を大切にするために上司に無理を言ってまで子供を宿舎に住まわせたいという主張。最初は渋い顔をされたらしいが。母の願いは結果的に叶えられた。母は優秀だった。
三式機龍正パイロット、家城茜、機龍と共に、数体の怪獣を撃滅し、X星人だって倒してやると、唇をちょっとだけ歪めて言ったのだ。母が僕に嘘を吐いたのは、後にも先にも、それが最後だった。もっとも、先なんて無かったのだが。
僕は眠り草を見下ろした。
頭を撫でて歩き出す母は妙に凛々しかった。
しかし、どこか白々しかった。
母は帰らなかった。
瞼の裏に張り付いている。機龍が巨大な球体に向かって突進し、球体から現れた巨大な怪獣に破壊されていく。母の乗っていた遠隔操作用の音速ジェットも無残にばらばらにされた。
目の光を失い落ちていく機龍と、爆熱を纏って海に沈んでいく母とが、僕にあった確然とした世界を壊すかのように――それを比喩するかのように、海に沈んでいた。
母が、機龍の名前を呼ぶ気配がした。
そして、僕の名前も。
「滅ぼしてやる。僕が、この手で!」
空に浮かぶ、薄らでかいてかてかとした球体を睨み付けた。哄笑するように鎮座するそれを、右手で握りつぶそうとした。もちろん、そんなことは小さい僕の手には不可能だったけれど。
「家畜にだけはならないのよ? 心が負けなければ、家畜ではないわ。いつか、飼い主ぶる敵の手を思いっきり噛んでやりなさい」
母はX星人が現れてから、いつもそう言っていた。
死ぬ間際も――僕は、『視て』いた。
5
「噛みついてやるよ。僕は家畜じゃないってことを、教えてやる」
犬歯を剥き出しにして笑う。敵が一瞬ひるんだのに気付く。
僕の力、バイロキネシス。
磨き続けた力である……。
「負け犬の母への妄執か?」
「母さんは負け犬じゃない。まだ、戦い続けている」
僕には、分かった。
前方を睨み付け、左手はデッドサインを作る。右手は、バイロキネシスを放つ。
敵は一斉に飛び退いた。
その直後、強烈な気配を感じて、僕は手を止めた。
肌に何か、ぴりぴりとした感触が走った。それは、いきなり鳥肌に変わった。その時点では、僕はその恐怖の本質に気付いていなかったけれど、段々と分かって来た。
僕を、遥かに超える、生き物が迫っている。
理、常軌、摂理を越える存在。
「ふっふーん、俺に似た気配がいくつかするかと思えば、ミュータントでありながら家畜の味方をする愚か者か」
一人の男が現れた。
「あっ、か」
危機感知能力とでも言うのだろうか。その、どことなくひょうきんな顔のX星人を見た瞬間、喉の奥が渇いて粘膜と粘膜がくっついたような気がした。いくつも、という言葉に疑問を持ったが、声を出せなかった。彼の背の高さは、僕と同じくらいだった。
しかし、少なくとも見かけ上の年齢は、僕より十歳は上だろう。短く切りそろえられた髪をさらりと揺らしながら、突如現れたその男が笑う。目つきは邪悪そのものだった。
「まあ、確かに(、、、)これだけの力を滅ぼしてしまうのは、少し気兼ねがする。実にもったいない。お前、仲間共々、心を入れ替えるつもりはないか?」
「家畜にだけはならない」
僕は唾を吐いた。男は顔をしかめ、そっと後ろに後退り、どことなくねちっこい表情を浮かべて笑った――仲間? 確かに? と、疑問が生じる単語が出てきたが、僕は恐怖に支配され、そこに思考を持って行くことが出来ないでいた。
「ふっふっふん、認識の相違だ。我々は、諸君らを的確に管理している。その結果、怪獣からの襲撃を免れ、政治だの経済だのの面倒なものからも解放された。何が不満だ?」
「僕たちは人間だ。管理なんかされる必要は無い。それに、自分で考えることを放棄させられること自体、家畜の標じゃないか。自分がどうありたいかくらい、僕が決める!」
僕と奇妙な笑みを浮かべる男が手を振り上げるのは同時だった。彼が放つ何らかの力と、僕が放つバイロキネシスが拮抗した。空中で鍔迫り合いをしながら、周りに雷を撒き散らす。グラス、椅子、ポスターが壊され、または焼き尽くされた。
「参謀!」
かたわらのX星人が叫んだ。しかも、ひょうきんな顔の男に……。
相手の役職が分かって戦慄が走った。
僕がまだ勝てる相手では、当然ながらないと思う。慌てて身を交わし、横に転がると、参謀が放っていた力が厨房を大きく倒壊させた。カウンター席の上をごろごろ転がり、床に着地する。
「くっそ!」
叫びながら、もう一度バイロキネシスを行う。今度は、X星人参謀ではなく、側の壁に――最大出力で。その瞬間、木製の壁は容易く炎上し、炎は辺りに伝播していく。僕はすぐさま裏口へと走る。
錆びだらけの調理器具を押しのけ、蹴り散らし、ドアを開ける。外に出る寸前、一瞬だけ後ろを見た。見る必要なんて、全く無かったのだけれど、僕は見ざるを得なかった。
その、不敵な笑みを。
その、不敵な佇まいを……。
その後は、ただ走り続けた。いつまでたっても、あいつの視線が僕を突き刺し続けているような気がする。どんなに拭っても落ちないべたりとした血液が身体中を這っている気がした。
こんなことは初めてだ。いや、初めてではない。数年前、巨大なサイボーグ怪獣が街を制圧しに来た時の感覚に似ている。あの時、僕は震えるしかなかったけれど、いつか、倒すために、その姿を焼きつけた。
あの、サイボーグ怪獣に似ている……。
気配が。
存在としての、格が。
「あまり、手を焼かせるな。ふふん、しかし、期待外れだな」
耳元で、声が聞こえた。前を向くと、顔に手のひらが押し当てられ、一気に地面に押し付けられる。唸り声を上げながら、手を外そうと足掻いたが、万力の如き力は、緩まる様子を見せない。
「家城、とかいうミュータントには手を焼かされたが、お前はその足元にも及ばんなあ」
「や、しろ?」
「ほう、貴様、知り合いか。差し詰め親子か。面影がある。薄らでかい不良品のブリキ人形乗りが、散々暴れてくれた。身も心もずたずたにして、もう使い物にならんと思ったが、ネズミのように脱出した。その後の経緯は、貴様なら分かるだろうな。奪取したブリキ人形ごと、海に沈んだ。無駄話をしたな。ふっふん、あんな負け犬はどうでもいい」
「う、あ、ああ! うああああああああ!」
ブチ切れた。
と、表現するのがいいだろう。
僕はブチ切れた。
地面を何度も叩いて、拳で叩いて、砂埃を引っ掻いて、自分が何をしたいのかは分からなかったけれど、怒ったのだけは分かる――怒りに支配されていたのだけは、分かる。
けれど、僕の力はあっという間に押し込まれた。参謀の手から放たれた金色の光が、脳髄を溶かしていくように、僕の脳に熱を送り込んだ。
「あの世で母に会うがいい……っ!」
参謀の動きが止まる気配。僕は慌てて手を振り払い、向かい側の換気扇に寄り掛かった。
直後、X星人参謀の前方に、どこか懐かしい後ろ姿が見えた。
「母、さん?」
少し茶髪がかったショートカット、華奢だが、どこか悠然とした体躯。凛々しい立ち姿。僕を振り返って笑う仕草。少しだけ物憂げで、しかし、どこか慈愛に満ちた、表情……。
彼女は僕に手を差し伸べた。
「さあ、行きましょう」
涙が、溢れて来た……。
ありゃりゃ、機龍に乗る所まで行けなかった。明日、二話を更新します。人気だったら頑張って最後まで書きますので、金銭に引っかかった人は好きなだけわっしょいしてください。わっしょいされたら書きます。