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懐かしい格納庫の中を、幾匹ものメンテナンスロボットが飛び交っていた。四式機龍の至る場所を何度も確認しながら、両手に持ったメンテナンスツールを忙しなく動かしている。縦に九十メートルもの高さを持つ機龍の格納庫を埋め尽くすくらいなので、このメンテナンスロボットの数を考えると感心どころか安心を感じてしまう。
エミーさんと僕は、機龍の鼻先にあるレーンの前でじっと、赤い機龍を見つめていた。僕はちらちらとエミーさんを見ていたけれど、彼女は一向にこちらを向かない――かれこれ、もう二十分以上こうしている気がする。
エミーさんは、案外無口だった。いや、今だから無口なのかもしれない。とりあえず、状況を自分で整理することにしよう。
僕は、四式機龍でガイガンを退けた。その後、X星人の飛行船を破壊しようと――参謀を殺そうと――したのだが、ガイガンを倒した頃には、飛行船は颯爽とその場を後にしていた。ガイガンの残骸も、驚くべきことに回収されていた。めざとい、と言うより、あざとい、という感じか。
正直言うと、敵の余裕も垣間見られた気がする……。
エミーさんは、その後、直ちにここを離脱する指示を出したが、生き残った住人を飛行ポッドに格納するよう、湯原のおっさんから指示が出たため、苦い顔でそれに従った。
案外、冷たい人なのか。しかし、エミーさんには住人とのかかわりがあったようには思えない。こんな時世にあって、赤の他人を助けることに渋々ながらも助力する、というのは、なかなかできない事ではないかと思うけれど。
しかし、こう考えてみる。X星人の第二波がどれほど早く到達するのか、エミーさんにも予想が出来ないでいるのでは。
その考えに至ると、腑に落ちる。襲撃のタイミングが予測できないのならば、早めに離脱するに越したことはない。しかし、同時にタイミングが予測できないならば、住人たちの保護を無下にできない、ということだ。
エミーさんの、苦悩が、僕のようなつたない頭の人間でも少しは理解出来た気がした。
彼女の一番の目的は、僕と同じ。X星人を壊滅させること、これだけは、曲げられないのだと、僕ははっきりと感じていた――つまり、それ以外は余計なことなのだと、彼女もどこかで割り切ろうとしている節があるのかもしれない。
「痛っ!」
その時、後頭部に何かが当たったのを感じた。口から出た言葉を、飲み込むように、慌てて口を押える。エミーさんは僕の方を見て、目を瞬かせたが、やがて、笑みを浮かべた。
「ぱろろっ!」
金色の翼を持つ、メンテナンスロボットが、僕の前に進み出て、頭を下げた。この鳴き声の調子から、どうやら謝っているのだと感じる。そう言えば、メンテナンスロボットを直に見るのは久しぶりだ。十年前の特生自衛隊の本部には、一機――しかも、かなり大型――があるだけだった。
「この子達は、Dragonic Repair Automatic Director、通称DRAD、この子は七号機、パロ君って命名しているわ」
「パロ、君……」
僕は不思議そうな顔をしたと思う。これは、別にパロ、という命名がおかしかったからではなく。エミーさんの態度が今までに無く柔らかいのを感じたからだったが、彼女は意味を取り違えたのか、パロ君の頭を撫でながら喋り始める。
「名前を付けるの、不思議かしら? でも、全く同じ設計図で作ったはずなのに、この子達は一人一人違う性質を持っていて、見ていて驚かされるのよ? この子は一番ドジだけど、一生懸命なの」
一人一人、という言い方に、僕は不思議な安堵感を感じた。ロボット達を、人として見ている。家畜でも、道具でもなく、相棒として遇しているのだ。
「パロ、パロロ!」
その時、パロ君が抗議するようにエミーさんの前で翼をはためかせた。
「ドジって言われたのは、心外なのね? ごめんなさい。パロ君はとっても一生懸命だものね」
エミーさんは短い髪をそっと掻きわけて、耳に引っかける。口角がそっと上がり、唇が柔らかそうに綻んでいる。その時、甘い香りが僕の鼻腔をくすぐるのを感じた。目を離せなかった。有体に言えば、僕は彼女に見惚れていた。
パロ君が僕の顔の前に浮かんできた。よく見ると、ルビーのように真っ赤な目をしていた。身体は全体的に、黄色に近い金色をしている。翼と手は一体化していて、翼竜に近いフォルムだった。これで、器用に修理のためのツールを扱うのだから、不思議なものだ。
パロ君は窮屈そうに片方の腕を差し出した。それが、握手しようという合図だと悟り、僕はすぐに手を出した。パロ君の手を取り、笑いかけてみる。すると、パロロっという、声が返って来た。
僕との挨拶が済むと、パロ君はまた翼をパタパタさせて、修理に戻って行ったのだが、他のDRADにぶつかって喧嘩沙汰を起こしてしまう。エミーさんはすぐにポケットから笛を取りだし、口に当てた。奇妙な音と一緒に、DRAD達は。すぐに持ち場に戻っていく。
「メンテナンスは、もうすぐ終わるわ。あの子達、器用なの」
「はい、そうみたいですね」
「でも、メンテナンスブースでのプログラムの調整はできないから、信用できる人に任せている。ドクター湯原と、プロフェッサー中条、そして、プロフェッサーのお孫さんの中条義人君。メンテナンスが終わり次第、貴方は機龍と一緒にこの場所を離れることになるから、ドクター湯原と話したいなら、移動が終わってからになるわ」
「…………」
「あまり、怒らないであげて欲しいの。ドクター湯原は、よほど熟考を重ねて、貴方に伝えるのを延期したのだと思うから」
「怒ってないですよ。ただ、何だか、いきなり王様に祭り上げられた気分で、多少、気持ち悪い」
偽らざる本音を吐露してしまった。母に何かを話す感覚によく似ていた。しかし、僕自身は敬語で喋っているので、かなり違和感がある。相反する感覚に、戸惑っていると、エミーさんはそっと手すりに寄り掛かって宙を見上げ始めた。
上空に、青い空が広がっていた……。
「貴方だけじゃない。誰だって、その力を何かのために使わなければならない日がいつか来るわ。問題は、それが早いか、遅いか。辛いかそうでもないか。貴方は、早く、辛かった。だけど、逃れることは出来ない。誰にでも与えられる試練だから」
「分かんないですよ、そんなの。何も教えられない内から、僕の周りで大きな意思が動いていて、どんどんそれは大きくなって、僕をいつの間にか主人公に仕立て上げた。正直受け入れがたい」
でも、と、僕は言葉を区切った。
「機龍は、僕に戦えと言いました。受け入れる受け入れないの問題じゃない。母さんの意志を継ぐために、僕は動かないといけない。そのためにある力なら、拒む必要性なんてどこにもない。多少気持ち悪さがあったとしても、僕は構わないと思っています。祭り上げられてやりますよ」
だが、
「まあ、湯原のおっさんとは、やっぱり、ちゃんと話し合わないと、とは思っています。なぜ、彼は機龍に、あれを積んだのか……」
「ええ、人類最悪、最強の兵器を、ね」
僕とエミーさんは湯原のおっさんがいるであろうコックピットの方を見つめた。どうやら、この反応から、僕の機龍に装備されている最強の兵器はエミーさんの賛同を得なかったか、または、秘密裏に装備されていたもののようだ。
世界を滅ぼす力だと、いうのに……。
「私は反対だった。でも、『ここにいる人たち』の意志は度し難いから」
それにね、とエミーさんは続けた。思わず言ってしまった言葉を慌てて取り消そうとするかのように矢継ぎ早に続けた。だが、僕は、ここにいる人たち、という言葉を胸に刻み込んでいた。重要な話のような気がする。
「最悪の兵器は、まだ他にもある。ドクター湯原は、そっちには手を付けていない。いずれ、手に付ける必要性が現れないように祈っているけれど」
そう言って以降、エミーさんは黙りつづけた。僕はDRAD達の様子を観察するふりをしながら、ずっとエミーさんを横目で窺っていた。彼女は常に物憂げに宙を見上げていた。機龍に向かい合う母の様子に似ている――いや、いくらなんでも、母さんに重ね過ぎな気もするが……。
僕はすぐに機龍と向かい合った。
「あの、エミーさん、湯原のおっさんは、どうやってこんなバカでかい物を作ったんです?」
「特生自衛隊は、十年前の時点で、もう二機、機龍を作っていたの。でも、肝心のプログラミングと、兵器一式が揃わなかったのよ。それでも、機龍はこの世界の最後の希望。再起の時を見計らって出撃させるため、特生自衛隊は、この二機を戦いのどさくさでまんまと隠しおおせた――機密は、今日まで守られた。完璧ではなかったけれど」
「でも、肝心のプログラミングと、兵器はどうやって?」
「プログラミングのノウハウは、私の持っているデータが役に立ったわ。三式機龍の物より数倍高性能よ。兵器の方は、機龍と一緒に運び出した素材を使った。私も、一部『提供』したのだけれど……」
提供、というには、生ぬるい何かをした気配が、彼女からした。果たして突っ込んで聞いてみていいものかと考えたけれど、やめることにした。エミーさんの表情はとても暗かった。これ以上質問を口にしたら、ヒステリックに喚くのでないかという、恐ろしく失礼な邪推が頭に浮かんだほどだ。
僕は、すぐに機龍の顔を見上げた。
その直後、メンテナンスブースから、三人の男達が顔を出し、僕とエミーさんに向かって大きく首を振った。
少しだけ太っていて、眉毛の太い中年の男性が、湯原徳光。
髪は完全に白髪となったものの、どこか覇気溢れる壮年の男性が、中条信一。
引き締まった体の上、きりっとしていて、女性に好かれそうな容姿をしている青年が、中条義人だった。
「みんな、撤収して! ドクター湯原、住人たちはすでに格納庫に収容しています! 一刻も早くこの場を離脱しましょう!」
エミーさんは三人の姿を見止めると同時、すぐさま指示を出した。
「分かった。中条さん、義人君、急ごう!」
「ああ、もちろんだ。義人、行こう」
中条翁は、その歳では考えられないほどきびきびした動作でメンテナンスブースから這い出て来た。慌てて差し出された義人の手をやんわりと拒否し、自ら機龍の前のレーンに飛び降りた。
中条青年は少しばかり気後れをした様子だったが、すぐに自分も頭を伝ってレーンに飛び降りた。
首の後ろに配置されたメンテナンスブースから、いとも簡単にレーンに戻ってくるあたり、相当場慣れしているのかもしれない。湯原のおっさんが一番苦戦していたのには、少しだけ笑った。
「竜使君」
不意に、中条青年が僕の名前を呼んだ。賞賛するような表情を浮かべていたので、もしかしたら、敵を撃退したことを褒められるのかと思う。中条青年は手を差し伸べて来た。
「これまでも、何度か会ったけど、改めて。僕は中条義人。特生自衛隊では、一曹の階級だった。これから、機龍の面倒は俺が看ることになる」
「は、はあ、よろしく」
「それにしても……」
中条青年は振り返った。
「こいつがきらきらしている。良いパイロットに巡り合えたからだと思うんだ。メンテナンスブースのパネルの感度も、傷つく前よりいいし。駆動制御装置なんて、人知を超えた摩擦係数の油を刺されたみたいだ。ああ、こいつの駆動制御は、もちろん歯車仕掛けじゃないんだけどさ。それよりなにより、AⅠの冴え方が違う。今まで、こいつのAⅠは、ポテンシャル以上の物を発揮できないだろうって言われていたんだ。事実、怪獣とのシミュレーションバトルでは、今一つだった。なのに、君が乗った瞬間、いとも簡単に敵怪獣を葬った。すごいよ。あと――そうだ! 高周波ブレードの切れ味が、あまり鈍っていないんだ。本当は、劣化してもおかしくないほどの使い方だったんだけど、恐らく的確な角度で使ってくれたおかげでそれに歯止めがかかった。バーニアの吹かし方も絶妙だ。スピードが出るからって調子に乗って使いまくらないか心配していたけれど、君は、最小限に抑えていた。おしむらくは、フォノンメーザーを使ってくれなかったことで、もちろん、燃料のことを考えてくれたんだろうとは思うんだけど、機龍の口のフォノンメーザーはゴジラの熱戦に匹敵する力を持っている。最大出力で狙えばガイガンを一撃で爆破することも可能だったんだ。あと、バックパックの実装が間に合わなくて済まないと思っている。『爆裂』のバックパックは三式機龍のものとは比べ物にならないほどに、高性能、かつ多機能。実用性もばっちりなんだ。身体から分離して、移動砲台のように使うこともできる。これで、機龍のお家芸の高速戦闘と、高火力による爆撃が同時に行えるんだ。ああ、炎龍は本当にいいメカだ」
「炎龍?」
僕は聞き覚えのない単語に反応をした。中条青年の言葉は、もう半分も理解出来ちゃいなかったけれど、とりあえず、その単語だけは、汲み取ることが出来た。中条青年は突然我に返り、恥ずかしそうに咳ばらいをした。
「四式機龍『爆裂』を、俺は炎龍って呼んでいるんだ。炎の龍、だから炎龍」
「炎龍、気に入りました。僕、これからそう呼びます」
「はいはい! そこまで! 竜使君、四式機龍に乗って。この場を直ちに離脱するから」
エミーさんが見兼ねて手を何度か叩いた。僕は慌てて、炎龍の肩にロープを伝って飛び乗り、ブースの中に入って行った――義人君が上機嫌に手を振るのが見えた。
中条青年が極度のメカオタクだということが分かった。この炎龍をサポートしてくれるのがああいう人であるのは、かなり安心が出来る事実だと思う。彼ののめり込むような暑苦しさには、正直気後れはするけれど、同時に、それは熱意が伝わってきている証なのだ。
そう言えば、中条青年は、X星人に殺されそうになった男女のうち、一人だった。助けておいてよかった――もっとも、自分の力を試す段階でなかったなら、見殺しにする可能性もあった――から、僕は彼にいつか謝らないといけないのかもしれない。
そう思う中、モニターに映るレーンが左右に収納されていくのに気付いた。DRAD達はすでに撤収し、別の整備室へと移動した。今頃、飛行船に積み込まれているはずだ。
エミーさんに、すでにこれからの移動の仕方は指示されている。僕は最後方で飛行船を護衛する――目一杯スピードを落としながら。
僕は、そっと操縦席に着く。飛び方は至極簡単だった。機龍と変わらない。実は、母さんにこっそり機龍の操縦を教わったことがある――もちろん、無断で。とは言っても、媒体はシミュレーションゲームで、実際に動かしたわけではない。
炎龍の操作方式は機龍と違っていたが、戦闘ならともかく、普通の駆動において、大きな差は無いようだった。
僕は、レバーを引いて、そっと上空を見上げた。バーニアが火を吹いて、炎龍の身体を一気に上に押し上げた。
ゆっくりゆっくり外に出ると、飛行船が前方を走っているのに気付いた。僕は炎龍の身体を水平に保って発進した。
目的地は、もう一つの機龍が開発されている、エリアG、南極大陸だった。
もう一つの機龍を扱っている機関の名はモナーク。リーダーは芹沢猪四郎という博士だった。元々は、太平洋に出没した謎の巨大生物を追っていたらしいが、X星人の襲来以後は、怪獣の生態を研究して、コントロールを取り戻す方法を模索しているとか。
「モナークは、信頼できる組織なのだろうか」
今更ながら、僕は不安を感じずにはいられなかった。というのも、X星人は我々人間に擬態ができる。モナークに、X星人が紛れ込んでいないとは限らない。それどころか、乗っ取られていたとしたら、という不安まで浮上する。
もっとも、生物学上、X星人は人間に成りすましている間は、どんなに頑張っても瞬きを行うことが出来ない、という欠陥を抱えている――他にも、体温の高さが違ったり、身体能力が異様に高いという違いがあげられる。とは言え、人数が増えれば増えるほど、その確認は難しくなってくるのではないだろうか……。
『大丈夫よ。モナークはM塩基の検知器の携帯をメンバーに義務付けているの』
「M塩基? っていうか、エミーさん?」
声と共にエミーさんの顔がモニターの端に現れた。彼女は、少しだけ唇を綻ばせた後、口を開けた。
『M塩基は、X星人とミュータントが持つ特殊な塩基で、テレパシー能力に関する物質なの。これを持つ者は、微弱な電波のようなものを放つわ。それを検知してしまうってわけね。だから、X星人は乗り込めない。幸い、ミュータントとX星人の電波の周波数は違うみたいだから、貴方が疑われることはないわ』
「エミーさん、何に乗り込んでいるんですか?」
『……秘密よ』
エミーさんはそう言ってすぐに通信を切ってしまった。
どう見ても、前を行く飛行船の中ではないような気がした。不思議でたまらないが、今は、余計な事に気を取られないでおこうと考え直す――いつ襲撃がくるかは分からないからだ。
機体は大きく前に前進し続けた。
ぜんっ、ぜん話が進まねえ……。