ドシンという音と共にきゃあ、という短い悲鳴が聞こえた。
俺がリリアを投げ込んだからだ。
養殖場の中には、木組みで等間隔に区切られたスペースがいくつもあり、その中にはブクブクに肥えたエルフたちが所狭しと並んでいた。
その壮絶な風景と、パンチの効いた悪臭で、思わず消化物をぶちまけそうになる。
養殖場で生まれ、養殖場で育った彼らは言葉を知らず、嘆きのように奏でるブモォブモォという鳴き声が、俺にはとても哀れに思えた。
「でさぁ、ロメリ。この子、何に使うわけ?ここのブタエルフと一緒に肉にしちまうの?」
どうせ売るにしても、使い方くらいは興味がある。
「そんなもったいない使い方しないわ。養殖物と天然物は価値も味も段違いよ。たんに肉として太らせるなんて、そんなバカなこと出来ないわよ」
「肉にしないなら、それこそ何に使うんだ?」
一狩人の脳みそでは、捕まえた獲物なんて肉にして食うくらいの考え方しか出来ない。
「この子は交配に使うわ。子供を産ませるのよ。養殖エルフ同士で交配させてもいいんだけど、だんだん味も落ちてくし、ビオロシンの含有量も減っていくの。だから定期的に天然の血を混ぜなきゃいけないのよ」
ビオロシン、というのはエルフ肉に含まれる「人間が摂取し続けなければいけない成分」
のことだ。
含有値は、養殖場の規模や仕入れ状況で多少は変動するものの、国が規定する最低含有量、23ミリグラムに達していれば、それは生存用エルフ肉として流通させることが可能だ。
ちなみに、23ミリグラムのビオロシンが含まれる肉の下限値が107グラム、であり、それ以下の肉片は販売、配給を行うことができない。
つまり、107グラム以上の肉であれば、どんなに含有量の減ったエルフ肉でも、生存に必要な1日の下限値、23ミリグラムを摂取することができるという訳だ。
「成程、要は空気の入れ替えみたいなもんだな!」
「うん、まあ間違ってはないわね。こうやって天然物との交配を多くすればするほど、良質なお肉ができるってわけ。もっとも、天然物のエルフはすでに国有化されているから容易には手が出せないんだけどね」
「だから俺みたいな密猟者から安く買う必要があるってことだな!」
俺はわざと、「安く」の部分を強調させてみたが、ロメリが意に介する様子はなかった。
「そうね、国から公式に販売されてるエルフなんて、高すぎてたまったもんじゃないわ。畜産省の人間も、天然エルフたちももう少し私の懐事情を考慮して生活してほしいものね」
ロメリは呆れた様子で、やれやれと肩をすくめた。
「だ、そうだよリリアちゃん」
俺はそう言って、先ほどから沈黙しているリリアの方を見る。
いや、沈黙しているのも当然で、この幼気な天然エルフの少女は口元に猿ぐつわをはめられ、柱に縛り付けられている。
俺が先程リリアを投げ込んだ場所は、天然エルフ用の特別スペースである。
養殖物のエルフと違って知性持つ天然エルフは、養殖物と同じところに入れておくわけにはいかない。逃げられてしまうし、襲われる心配だってある。
リリアを入れるスペースは、天井までを木組みの柵で囲い切り、決して抜け出せないようになっている。まるで牢獄だ。
つい先日までは別の天然物がここに入っていたのだという。
リリアは目頭に涙を溜め、ん~っ、ん~っ、と何かを訴えようとしている。俺は中腰になって檻の中のリリアに視線を合わせると、目を綻ばせ、愛想よく手を振った。
「女の子はね、子供を産むのが仕事なんだ。だからその責務は果たさなきゃいけないよね」
俺は柵の間から手を伸ばすと、リリアの顔を、真横にある種用の未去勢雄エルフのブースに向けさせた。
「ほぅら、男の子がいっぱい。この子らだって自分の子供が欲しいよねぇ、リリアちゃん。……クク、そうだよ、お前がママになるんだよォ!!フヒャハハァ!」
種雄ブースでは発情期真っ盛りの雄が鼻息を荒げている。
「ほら、こいつなんてどうだ?」
そう言って俺は柵越しに、「01」と肩に焼印を押されたエルフの首を持つと、ほれほれ、とリリアのいるブースの檻に顔を押し付ける。
リリアは嫌そうな顔をしてそっぽを向く。
「おいロメリ、この01番、名前何て言うんだ?」
「え、名前?そんなものないわ。別につける必要もないじゃない、識別できれば問題ないし」
「んだよぉー、思いやりがねぇーなぁー、もー。じゃあ俺が名付け親になってやるよ。どうだお前たち、喜べ!」
俺は両手を広げ、エルフの塊に向けてアピールする。
「……そんでもってこいつはツヴァイ、こいつはドライ、あの子はフィーア。フフフ、いい名前だろ」
「呆れた、番号順に言い換えてるだけじゃない」
ロメリは俺の行動を冷ややかな眼差しで見つめている。
「……全く、可哀そうだからあんまりいじめてあげないでよ。この子たちだって生きてるんだから」
ロメリは俺にそう釘をさすと、用事があるからといって先に外に出て行ってしまった。
確かに今の俺はちょっと浮かれているかもしれない。だが俺は、そんなロメリの忠告にも耳を貸さず、今まで言えずにもどかしかったものをぶちまけ始めた。
「リリアちゃんさぁ、馬鹿すぎなんだよね、本当に。そんな都合よく親探ししてくれる人間なんている訳ねーだろが。しかもエルフなんかのさぁ」
リリアはうつむきながら、口を固く結んで泣いている。よほど悔しいのだろう、憎いのだろう。俺は最低だ。虫をいたぶる子供と同じだ。でも言わずにはいられない。今まで我慢してきたんだ、ちょっとくらい、罰は当たらんよ。
「って、何?俺はエルフに命を救われたことがあるのでは?うんうんあるよ、ありまくるよ、そう毎日な!テメェらエルフの肉を食うことで生き続けることができてんだからなぁ!エルフは命の恩人だよ。って、人ではないから恩獣か!ハハァ」
01番の頭をいじくり回しながら俺は、リリアに歪んだ笑みを浮かべる。
「まぁがんばりな、ココの子達も悪いやつらじゃないと思うぜ?異性との素敵な出会いを提供した俺に感謝止まらない?いい恩返しだろ、いっぱいエッチもできるんだからさぁ!」
俺はここでふと、あることに気付く。
そして、俺はずずっと鼻水を啜った。ぽたぽたと流れ落ちた水滴が、床に敷かれたワラを濡らす。
俺は、泣いていた。
違う、情など微塵も残ってない。未練が湧いたわけでもない。ただ……。
「……なあ、そんな目でこっちを見るなよ、俺が悪いやつみたいじゃんか。俺だってなあ、生活のために仕方なくやってるんだ。好きでやってるわけじゃないんだ!だからさぁ……しかたないんだよっっっ!」
俺は吐き出すように言う。俺の叫び声はエルフの鳴き声と共に、養殖場の壁に反響し、俺の元へと帰って来た。
さて、こんなもんか。
俺はリリアを悲哀に満ちた顔で一瞥すると、養殖場を後にした。