「お化け屋敷もそれほど怖くはなかったな、所詮子供だましばかりで」
「神童が一番声出したのは自分の姿が映った時だったな」
暑い日差しの下、人で賑わう遊園地の中を井吹と二人で歩く。結局先ほどのお化け屋敷は、夏の暑さから逃れられた、としか感想が出てこなかった。所詮は作り物だ、これで怖がる人はどれほど臆病なんだろうな。
「しかし、ジェットコースター、コーヒーカップ、お化け屋敷、中々遊園地を楽しんでるって感じがしてきたな」
「遊園地なんだから当たり前だろう」
井吹のおかしな言い方に少し笑みがこぼれる。ここに来るまでの過程は大変だったが、楽しむべきに楽しむという考えは井吹を見習うべきだろう。
「なぁ神童、そろそろ土産でも買っていくか」
「土産?家族にか?」
「ばあちゃんにやろうと思ってな、煎餅とかクッキーとか」
井吹がそういって土産屋の方を見る。なるほど、一応俺達は遠い所の遊園地に来ている訳だし、家族へのお土産などは買って帰ったほうが気分がいい。その後、井吹は土産屋の方へ向かって歩き出した。
が、ここで少し問題が発生。まぁ深刻な物じゃない、単に手洗いに行きたくなっただけである。
「すまないが井吹は先に行っててくれ、俺はちょっと手洗いに行ってくる」
「そうか、なら是非俺も一緒に」
「早く行け」
土産屋へと進める足を止め、俺と同じ場所へ向かおうとする井吹の背中を強く押し、そのまま土産屋へと向かわせた。
井吹が土産屋に入ったのを確認し、俺も安心して手洗い場の前まで来る。そうしていつも通り、青い紳士のマークがある入り口から中に・・・・・いやまて・・・。
「俺は・・・どっちに入ればいいんだっ・・・!?」
手洗い場、そこに通じる二つの門の前で思わず膝をつく。完全に意識してなかった、まさか女装の重みがこんな所で強くのしかかるなんて・・・!
もし俺が普通の状態なら、このまま世間の常識に則り男子トイレへと行くべきだろう、だが今の俺は世間の常識で計れる域を完全に超えている。
「女装していても男であることに変わりはない・・・なら男子トイレに入るべきか・・・でも・・・」
本当になんの自慢にもならないし黒歴史でしかないのだが、井吹が言うには俺の女装は完璧であり、まず見た目でバレる事はないといっている。だからこそ不味い、もし中に他の客がいたらそれで問題になるし、『これは女装で俺は男です!』などと白状した日には死にたくなる。
「だからといって女子の方に入れば犯罪だろうし・・・仕方ない、井吹が帰ってくるのを待つか」
男子トイレには危険があり入れない、女子の方は言わずもがな。なら最後の手段は、井吹に男子トイレに人影がないかを確認してもらい、安全性が確保された状態で用をたす、それしかないだろう。
井吹がいない以上どうにもならないので、どこかに落ち着いて座れる場所はないかと辺りを見渡す、と、なにやら遠くからここのスタッフと思われる人たちが走ってくるのが見えた。
『いました!ヒロイン役の人です!』
『すいません急いでください!すぐに始まりますから!』
近づいてくるのは男女スタッフ2人だ、なにやら急いでいるらしく、走りながらこちらに向かってやってくる。ヒロイン役?何のことだ?
「・・・え!?ち、ちょっと待ってください!誰かと勘違いを―――――――」
そうして俺は、いきなり走り寄ってきたスタッフ2人に腕を引かれ、よく分からないままその場から連れて行かれた。
~~~~~~~~~~~~~~~
状況を理解できないままやってきたのは、中規模のステージの裏側、普通なら出演者や関係者などしか入れない所だ。
『あと何分で始まります?』
『あと7分だ、間に合ってよかった・・・。駄目じゃないか、休憩時間内に戻ってこなきゃ』
数人のスタッフらしき人達が話し合っている、若い人もいれば、30代辺りの人もいそうだ。
「えっ、あ、すい・・・ません・・・?」
よく分からないまま叱責を受け、思わず腰を曲げ謝る。じゃない!まずは状況を聞くべきだ。
「えっと、ちょっと聞きたいんですが、何故俺・・・じゃなくて私はここに連れてこられたのでしょうか?」
理由を聞こうとして、途中で一人称を私に変えて言い直す。一応初対面であるし、どんな状況であれ女装だけはバレたくない。声も裏声にして出来るだけやわらかい声音で喋る。
『なんでって、君はヒロイン役としてヒーローショーにでるじゃないか』
「おっ・・・!私がヒロイン!?人違いです!私は今日、遊園地に遊びにきただけですよ!」
『『なんだって!?』』
俺が自分の身分を伝えると、周りから動揺の声があがった。どうやら俺はヒーローショーのヒロイン役の人と背格好が似ていたか何かで間違って連れてこられたらしいな。
『すまなかった!僕達の手違いで強引に連れてきてしまって!』
「い、いえ!気にしないでください!では私はこれで・・・」
謝罪を続けるスタッフ達に声をかけ、その場から立ち去ろうと歩きだす。今ので誤解は解けただろうし、さっさと戻るとしよう。
『大変です!ヒロイン役の子が休憩中に熱中症で倒れたらしいです!』
『なんだって!どうすればいいんだ・・・開園して初めてのショーが中止なんて・・・評判に悪いったらないぞ!』
『俺達スタッフは皆役目があって代役はいませんし、一体どうすれば・・・!』
『小さな子達もいっぱい来てくれたというのに!このままでは期待を裏切ってしまう!』
裏口から出ようとする俺の耳に聞こえてくる数々の哀しみの声、そこまでこのショーに賭けているのだろうか。俺はこっそりと客席の方を除く、そこにはたくさんの小さな子供達が並んで開演の時を待っていた。
『くそっ!ヒロイン役が出来る人はいないのか!代役を引き受けてくれるような人間は!』
『今から探しても間に合いません!今この場にいる人くらいじゃないと!』
『幸い心優しい人が引き受けてくれるヒロイン役は台詞が少ないから少し台本読めば覚えられるのに!代役がいないんじゃ!』
ステージから顔をそらし口々に叫ぶスタッフの方を見ると、何故かその全員と目が合う。何かを期待しているような眼差し。
『神に頼るしかないのでしょうか・・・神はこの状況を救ってくれるのでしょうか・・・!』
『未来を背負う子供達に夢を見せると誓ったのに・・・!何故神はこんな試練を与えるのかっ!』
『皆諦めるな!最後まで信じるんだ!英雄の登場を!』
「回りくどい言い方はいいので端的にお願いします」
『『『お願いします、ヒロイン役を引き受けてください』』』
スタッフ一同の土下座により、俺は、俺の人生で最初で最後になるであろう、ヒーローショーのヒロインを演じる事になった。
~~~~~~~~~~~~~~
「剣城ー!うちこれも食べたいやんね!」
「自分用のお土産買いすぎだろ、何個目だよこれで」
お化け屋敷の試練を越えて、遊園地内の土産屋にて買い物を続ける俺達。黄名子が5個目の菓子を籠に放り込んだ所でストップをかける。家族への土産を買っていたはずなのだが、いつの間にか黄名子の食料調達の時間になっていた事に気づいたのはこの時だった。
「剣城は買わないやんね?」
「俺は別にいらない、食べたい物もないしな」
「もったいないやんねー!何か買った方が絶対いいやんね!えーっとー・・・」
そう言って黄名子が店の中をぐるりと見渡し、どこかへと向かっていった。戻ってきた黄名子が手に持っていたのは・・・・お面?プラスティックの面を紐でつけるタイプのものだな、お祭りでよく見かける。
「はいこれ!悪の軍団っぽいお面やんね!」
「チョイスがおかしいだろ!遊園地来てよく分からないキャラのお面買うとか子供か!」
「ワルっぽいのは剣城に似合うから大丈夫やんね!これはうちからのプレゼント!早くお会計済ますやんね!」
背中を強く押されそれ以上の反論も出来ず、そのままお面も購入した。
土産屋を後にして適当に歩く、他のアトラクションにもまだまだ乗る時間はある、急ぐ必要もないだろう。
「にひひー、お面大切にしてるやんねー♪」
「中入れると割れるだろ、買ったんなら大事にするのが普通だ」
袋にそのまま入れると割れるかもしれないので、仕方なく空いている左手でお面を持つ。貰い物でもあるし、駄目にするのは気が引ける。
「ジェットコースターにコーヒーカップ、お化け屋敷に行って次はどこいこっかなー?」
黄名子が顎に手を当てて考える。
「そうだな・・・バイキングとかか?」
「食べ放題やんね!!!」
「バカ、乗り物だ」
バイキングの単語に反応してかなりの食い付きを見せる黄名子。遊園地の乗り物の話からバイキングと言われたら気付いて欲しいものなのだが、そこまでこいつに求めた俺がバカだったのだろう。
「乗り物だったやんねー・・・じゃ次はそのバイキングって物に食べに行くやんね!」
「まだ欲が残ってるな」
えへへ、と笑顔を浮かべる黄名子を見て自然と口角が上がるが、別に隠そうとする気は起きなかった。楽しんでいると思えるのなら笑う方が気持ちがいい。
「バイキングー♪バイキー・・・おぉ!見てみて剣城!これこれ!」
と、ご機嫌に歩く黄名子が突然声を大きくして走っていった。俺も後を追い、立ち止まった黄名子が見ている少し大きめの看板を見る。
「なんだこれ?ヒーローショーか?」
「『雷撃戦隊イナズマレンジャー』!見に行くやんね剣城!」
「ダサいな・・・イナズマランドパークのマスコット的な存在か」
看板には5色の色をした5人のキャラが、いかにもなスーツをまとってポーズをとった絵が描かれている。すぐ近くに見えるステージには小さな子供達が長椅子に座り開演を待ちわびているのが見えた。明らかにこれは中学生や高校生が見るものじゃない、お子様向けのショーだ。
「なぁ黄名子、これは俺達みたいな人が見て楽しむものじゃなくて」
「はーやくー!剣城も座るやんねー!」
「行動早いなお前はっ・・・!」
既に黄名子は俺の隣から離れ、客席の椅子へと腰をおろしている。黄名子が見るといっている以上、俺も見るしかないだろう。俺も客席に近づき、黄名子の隣に座り開演を待つ。
「一応聞くがお前はかっこいいと思ったかあのヒーローを」
「うち、ああいうヒーローモノ好きやんね!かっこいいと思うでしょ剣城も!」
「そうだな・・・・かっこいいな・・・」
見た目的にも中身的にも小学生にしか見えなくなってきたというのは内緒だ。
少し周りを見ると、やはり小さな子供連れの家族ばかりで俺達のような中高生の姿は見られない、座ったはいいが少し気恥ずかしさを感じてしまう。それ以上は何も考えず、開演までの間黄名子と何か話をしようとし、買い物袋から菓子を取り出して食べようとする姿を見て、呆れ声を漏らした。
『皆さんこんにちわー!まずは、皆さんの元気な声を聞かせてください!こーんにーちわー!』
『『『こーんにーちわー!!!』』』
席についてまだ3分程度しか経ってないが、ショーが始まるのか司会が壇上に上がり観客に向かって挨拶をする。それに答えるように、子供達の元気な声がステージに向かって飛んでいった。
「こーんにーちわー!やんねー!」
尚、子供に混じって中学生も叫んでいる。
それからは注意事項、ヒーローを呼ぶ時の掛け声を教えてもらい、いよいよヒーローを呼ぶという場面に移り変わる。
『ではヒーローを呼んでみましょう!せーっの―――――』
と、その直前、スピーカーから流れるおどろおどろしい音楽、大体予想はついていたが、悪役と思われるキャラが舞台袖から出てきた。
『ふはははは!このイナズマランドパークは我ら皇帝ペンキル様が占拠した!』
「おおっ!悪役もかっこいいやんね!」
「そうか・・・?まぁかっこいいならいいんだが」
俺はヒーローもかっこいいとは思わなかったが、悪役も正直言ってダサい・・・ペンギンをモチーフにしているのは分かるが、無理やり細身にしているせいで気持ち悪さもある。まぁ子供が楽しむものにツッコミを入れるのも大人げないので、黄名子に静かに同意しておく。
『こっちには人質がいるんだ!下手に動かないほうがいいぞぉ!』
そう言って怪人は、舞台袖から一人の女の子を連れてきた。
「き、きゃー!だ、誰か助けてっー!」
か弱い声を上げる捕らわれ役のヒロインだろう、必死に叫んでいる。が、どこか恥ずかしそうな感じが出ているように感じるのは気のせいだろうか、声に勢いがない。
だが、そんな事を長々と考える気など起きず、ショーは順調に進んでいった。
それからは普通のシナリオ、子供達の掛け声でヒーローが現れ、怪人を一時的に追い払う。しかし少女は連れ去られてしまい、再び怪人が現れ、ヒーローがピンチに陥る。要は子供が楽しめればそれでいいので、別に構わないのだが。
『あ、諦めないでイナズマレンジャーの皆さん!立ち上がって!』
ヒロイン役が捕まりながらも健気に声援を送る、きっとここから子供達の声援も加わって、ヒーローが立ち上がり逆転激が始まるのだろう、俺はそう予想していた。
そして。俺のその予想は外れた。
『待てぇーーーっ!!!』
舞台の裏から突如響く謎の声、その後、ステージの上に一人の男が登場した。明らかに動揺の態度をとる怪人、何故かヒーロー側も困惑しているように見えるが。
だが何かおかしい、スーツに身を包んでいないし、被っているものも仮面というよりお面だ。そんな私服姿のヒーローが登場するなんてありえるのだろうか。ちゃんとした設定通りなら問題ないのだが・・・。
『えっ・・・?あっ、誰だ貴様は!』
怪人が驚きのあまり声を詰まらせながらも、現れた謎のヒーロー(?)に名を問う。声がスピーカーではなく直に聞こえるのはスピーカーに問題でも発生したのかもしれないな。
『ふっ、俺の名か?俺は・・・んー・・・イナズマンモス!』
するとその男は高らかに自分の名を告げた。はっきり言うと、ダサすぎる、今までの奴らがかっこよく思えるくらいにネーミングがダサい。
当然の如く周りの子供達は笑っている、その親からも小さな笑い声が聞こえる。確かにあの名前だけは無いだろう、多分うちのDFと同じくらい酷い、ランランランニングと同じくらい酷い。
何はともあれ、想像していなかった展開だ。少し興味が湧いてきた事は否定しないでおこう。
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『そろそろ始まりますよ・・・準備はいいですか拓美さん』
「だ、大丈夫です。ちゃんと覚えましたから」
舞台裏でスタンバイする俺と怪人。俺の役は怪人に人質にされた女の子の役だ、初登場時に助けを求め叫び、後のほうにヒーローに声援を送る、たったそれだけ、後は舞台裏で待機するだけだ。
急遽決まった俺のショーの参戦、今だその衝撃は覚めないが、今は迷惑をかけないように引き受けた仕事をこなすのが最優先だ。
『行きますよ!』
「はっはい!」
ようやく出番がやってきて、俺はステージに上がった。そうしてなるべく高く、男だとバレないように悲鳴を上げる。
「き、きゃー!だ、誰か助けてっー!」
ぐぅっ・・・恥ずかしすぎる・・・、俺がこんな情けない悲鳴を上げるなんて・・・。
小さな絶望を感じながらしばらくステージにとどまり、ヒーローと怪人が戦い終え、再び舞台裏へと連れて行かれる。
これで暫くは俺の台詞はほとんどない、後はステージ上にちょくちょく姿を見せるだけだ。最後まで無事に終われるといいんだがな・・・。
それからは普通に進行していくストーリー、ヒーローは怪人を一時的に追い払うが、俺はそのまま連れ去られてしまい、再び怪人が現れ、ヒーローがピンチに陥る、シナリオを読んでいるため先をすぐに理解できるのは当たり前だが、そう頭に思い描いた。
場面が進み、ヒーローは膝を付き倒れてしまう、そこで俺が台詞を叫ぶ。
「あ、諦めないでイナズマレンジャーの皆さん!立ち上がって!」
恥ずかしさを必死で押さえつけ、声を振り絞る。これで後は司会者が客にヒーローへの声援を求めてヒーローを勇気付け、怪人を倒して終わる、その予定だった。
「待てぇーーー!!!」
その予定は、突然に響く声に砕かれた。
ステージ上の人間が、怪人ヒーロー問わず声の主を探す、すると俺の前に突然、お面を被った私服姿の人間が現れた。
『えっ・・・?あっ、誰だ貴様は!』
怪人役の人が驚きのあまり声を詰まらせながらも、突然現れたイレギュラーな存在に名を問う。
『ふっ、俺の名か?俺は・・・んー・・・イナズマンモス!』
そいつは少し迷うそぶりをしながらも、自分の名を口にした。観客からは笑いが漏れているが、俺達は違う。脚本にそんな場面はなかったし、こんな役もない、イナズマンモスなんてダサいヒーローも出てくるはずがない。だが俺には分かった、こいつが何者なのか。
「・・・・・っ!まさか・・・井吹っ・・・!?」
この服装、そして溢れ出るバカっぽいオーラ、お面からはみ出る白色の髪、こいつは間違いなく井吹だ。
「さぁ、人質を返してもらおうか」
今だ混乱が残るステージ内で井吹が俺を捕らえている怪人に向かって突撃、拳で殴るフリをする。怪人役の人がとっさの判断で殴られた演技をしたため、幸い客に怪しまれる事はなかった。
「待たせたな、俺が来たからにはもう安心だ」
そうして拘束が解かれた俺を井吹が優しく抱きとめる、その間に俺達は小声で会話を交わす。
「(何故お前がいるんだ!しかも乱入までして!)」
「(なに?俺は神童がいたからてっきり飛び入り参加型のイベントか何かと。だから土産屋で買ってきた面をつけて参加したのだが)」
どうやら俺がいたから自分も参加できると思い乱入したらしい。確かに俺は何の説明もなしにここにいる訳で、どんな誤解が生じてもおかしくはない、だが普通乱入などしないだろう、スタッフや俺の努力が崩された気がして怒りがこみ上げてくるのを感じ、拳を握り、力をためる。
「・・・・の・・・」
「ん?どうした神ど―――――――」
「このバカがぁああああぁーーーーーっ!!!!」
「っ!」
腹のそこから振り絞った怒声と共に渾身の右ストレートを放つ。だがそれは井吹の持ち前の反射神経でギリギリかわされてしまった。
「あぶねぇ・・・当たる所だった」
井吹が深く息を吐く。と、俺はここで少し我に帰る、井吹も今回だけはバカであったせいで起きてしまった事故、であれば本気で怒るのも何か違う。少しは怒りがあるが、そこまで取り乱しては自分の器が知れるというもの、ここは大人しく拳を下げるとしよう。
「おい神童・・・これどうやって立て直すんだ」
「なに?・・・・っ」
落ち着いた所で井吹に小声で指摘され俺は現状を理解する。俺は今井吹に拳を打ち込んだ、結果井吹は避けたので開演中に暴力などという最悪の事態は逃れた、だが。
『今、ヒロインが攻撃した?』『なんで?ミスかしら?』『あの右ストレートは只者じゃない、玄人か』
客から疑問の声があがる、俺は今ヒロインで、井吹は一応途中で参戦したヒーロー扱い、俺が井吹に攻撃を仕掛けてしまった事が脚本に大きな傷をつけてしまったのだ。
しまった・・・どうする・・・!この状況・・・どう挽回する・・・!
必死で考えながら客席を見渡す。皆が皆ざわめきを起こしており、ここからの建て直しは困難を極めるだろう、このまま諦めるしかないのか・・・俺が引き受けた仕事を俺が潰して終わらせてしまうのか・・・。
「どうすれば・・・どうす―――――っ!?」
深い罪悪感に押しつぶされそうになった時、俺は一つの希望と一つの絶望を見た。
客席の中に、知っている顔が2つあった。チビっ子に紛れて座るその中学生、雷門中の二人のエースストライカー、剣城と黄名子が仲良くそこにいた。
何故そこにいるのかは分からない。勿論俺はいて欲しくなど無かった、女装しているこのタイミングで見つかったら俺のプライドその他諸々は完全に崩れ去る、絶望一つ。
そして俺が見つけたただ一つの希望は、あの二人だ。
「ふ・・・ふふ・・・」
~~~~~~~~~~~~~~~~
お面のヒーローが登場し、観客席から笑いが起きてすぐ、アホっぽい見た目からは想像できないスピードでくり出された拳はヒロインを捕まえる敵を一掃し、イナズマンモスとか言うヒーローは、優しくヒロインを抱きとめた。
「中々アツい展開やんね!」
「まぁ想像はしてなかったが、あの名前のヒーローをかっこいいとは思えないな・・・」
黄名子は白熱しているようだが、よくあの名前でかっこいいと言えるものだ。誰もが口を揃えてダサいといいそうなものだが。
しかし次はどうなるのだろう、このまま怪人を一掃して終了だろうか。俺はそう予想した、そしてその予想はまた外れた。
『このバカがぁああああぁーーーーーっ!!!!』
ステージから聞こえる怒声、ヒロインの右ストレートがイナズマンモスの鼻先を掠める。いやおかしい、ヒロインがいきなりヒーローに拳を打ち込む事があるのか、ないだろ。
「これは誰も予想できない戦いやんね!あのヒロインなかなかやるやんね、男の子みたい!」
「子供向けヒーローショーでヒロインが右ストレートとか見たことないぞ・・・」
アツい展開といえばそうなのだが、なんだか違う、俺の知っているヒーローショーと遠くかけ離れている気がしてならない。
ここまで来ると疑問に思ってくる、恐らくこれは脚本通りではないのだろう、イナズマンモスが現れたところから狂っていたのかもしれない、明らかにあの時ステージ上の人間は困惑していた。
だとしたらこの怒声もステージを邪魔された事による怒りの声なのか、そこまでは想像できないが、ストーリー進行に大きな支障をきたしたのだけは確かだろう。客席からざわめきが起こり、ステージの上も動きが止まる。
客席を見渡すヒロイン役の人間に目をやると、そいつは俺達の座る場所を見て、俺と目があった。なんだあの人・・・俺と黄名子を見て・・・絶句してるのか?ヒロイン役の子は俺と数秒間目を合わせると、不意に立ち上がった。ここからまだショーを続ける気なのだろうか、俺はこれから先の展開に少しの期待する。
『ふ・・・ふふ・・・・』
ステージから重く響く笑い声、誰が喋っているのかと探してみると、その声は何故か先ほどまで捕らわれていたはずのヒロインの口から紡がれていた。その次の瞬間。
『ふはははははははっ!!』
突然笑い出した。急な展開についていけず客席とステージの両方が困惑する、勿論俺も混乱している。捕らわれのヒロインがいきなり悪人みたいな高笑いをしているのを見れば誰だってそうなるだろう。
そのままヒロインは衝撃の言葉を口にする。
『だ、騙されたなイナズマレンジャー達よ!実は私こそがこの遊園地を征服しようと企む悪の組織のリーダー、邪帝ペンゾール!』
『『『なっ、なんだってぇ!?』』』
「なんだって!?」
これには俺も思わず叫んでしまった。腕を組み高らかに宣言するヒロインのその姿は本当に悪人を彷彿とさせる、なんの仮装もしていないのにここまでの演技力とは、子供向けヒーローショーだとバカにしすぎていた。
『そして、真の人質は・・・あそこだぁあああぁーーーっ!!!』
そのままダークサイドと化したヒロインが、大きな身振りで客席にいる俺達に向けて指を指す。どうやら客の中に役者を紛れ込ませい・・・・・って俺達ぃ!?
「ちょっと待ってくれ!何故俺達を指さ―――――――」
『私が人質となりヒーロ達をおびき出し、一網打尽にする計画・・・上手く釣れたようで何よりだ!』
『おっ、えっ・・・?あっ・・・くそぅ!やられた!まさか罠だったとは・・・!』
俺の叫びも虚しく、アドリブで続くヒーローショーの進行は止まらない、ヒロイ、ペンゾールの言葉にヒーローが台詞を重ねる。続けてペンゾールが俺達と観客に向かって叫んだ。
『さぁ隣の人質をこっちに連れてこい!・・えぇー・・・魔帝ー・・・ペンダーよ!』
「やっぱり名前がダサいな!そもそも俺達はそんなんじゃ――――――」
「きゃー!助けてやんねーーー!!!」
「・・・っ!お前はお前で少しは疑問を持てよ!」
ダークサイドヒロインに反論する俺と違い、黄名子は即座に俺の手を持ち上げ自分の首元へ絡ませる。そしてそのまま悲鳴をあげあたかもヒロインであったかのような演技を行い始める。
「(いいやん剣城!うちこういうの楽しそうだからやってみたかったやんね!)」
「(突然悪役に仕立て上げられる俺の気にもなれ!)」
黄名子と小さく会話する。突然ショーの登場人物にされても俺には何も出来ないし、恐らくこれからの台詞、動きのほとんどがアドリブだろう。そんな中一般人の俺にどう合わせろというんだ・・・。
そう話す間に感じる大勢の視線、気がつけば俺達は観客全員から注目の的にされていた。四方から刺さる視線が実に痛い、次の展開を待つチビっ子の純粋な目と、意外な展開に興味を持った親御さん達の視線だ。
「たーーすーーけーーてーーやんねーーー!!!」
腕の中でもがくフリをする黄名子、ステージで演技を続けるヒーロー、期待の眼差し。
逃げれば良かった、否定すれば良かった、でもしなかった。俺は自分でも知らない間に、椅子に置いておいた悪っぽいお面を頭に被り。
「・・・ふ、ふはははは!俺こそが、ま、魔帝ペンダーだ!」
名を名乗る、黄名子を連れステージに向かって走り、イナズマンモス達と対峙する。
『お、黄名子じゃないか・・・じゃなくて。なんて卑怯な手を使うんだ神ど―――邪帝ペンゾールめ・・・。だが今度こそ人質を返してもらう!行くぞ魔帝ペンギー!俺がお前を倒す!』
「ふん!貴様に俺が倒せるかな!行くぞイナズマンモス!」
「「うおぉおおおおおぉーーーーっ!!!」」
俺、魔帝ペンギーとイナズマンモスの咆哮が重なり、ショーは大いに盛り上がった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
驚愕と衝撃のヒーローショーは閉演、悪っぽいお面を手に黄名子と話しながら歩く。
「楽しかったやんねあのヒーローショー!まさかうちらまで参加できるなんて思ってなかったやんね!」
「そいつは良かったな・・・俺は二度とやりたくない、あんな恥ずかしい真似」
はしゃぐ黄名子と違い、俺は自分の顔が熱くなるのを感じる、これは暑さのせいだけではない事は確かだ。
俺達が参戦したヒーローショーは、最後は俺達悪役が倒されてヒーローに花を持たせて終わった。最後はしっかりまとまったとは言え、あれだけ脚本を掻きまわしてしまったことを少し後ろめたさを感じていたが、全て終了した後のスタッフさん達の感謝の言葉と大量の拍手でそれは杞憂に終わった。
「剣城いつまで暗い顔してるやんね!もっと明るくいこ!」
「そうは言っても・・・いだだだ!頬を引っ張るな頬を!」
「こーすれば笑顔になるやんねっ・・・!剣城もうちょっと屈んで!」
「頬をつねられるのが分かってて屈むか!」
精一杯背伸びをしながら俺の両頬を引っ張る黄名子を引き離す。いつでも笑顔で入れる黄名子は本当に羨ましいな・・・バカなだけかもしれないが。
「笑顔になったやんね?」
「あー笑顔だ、だからもう引っ張るな」
俺の頬を引っ張り無理やり口角を上げ終わると、黄名子は少し歩くスピードを上げ、俺の少し前へと進む。
「うん、それならいいやんね!なら次はバイキングに行こ!急がないと一日が終わっちゃうやんね!」
そう言って俺のちょっと前にいる黄名子が振り向く。俺は振り向きざまに見えた無邪気な笑顔に対して、よく分からない感情が湧いてくるのを感じた。黄名子といるとたまに感じる、俺が知ろうとしない感情が。
「・・・全く・・俺は何を考えてるんだか・・」
小さく頭を振り、くだらない考えを止める。
「どうしたやんね剣城?」
「気にするな。さっさと行くぞ、まだ乗り足りないんだろ?」
「もっちろん!まだまだ遊ぶやんね!」
いつの間にか追いついた黄名子の隣に立ち、歩みを進める。日はまだ高い、遊べるだけ遊ぼう、今日一日、黄名子と一緒のバカになるのも悪くない。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「井吹、何か言い残すことは」
「待つんだ神童、今回の件に関しては俺も悪気は無かったんだ。だからその拳をどうか収めてくれ」
「・・・・・はぁ、まぁ終わり良ければ全て良し、か。今回は悪意があった訳ではないし許してやる。剣城や黄名子がいたことには驚いたがバレずに済んだしな」
「まさかあいつらが来てるなんてな。あと神童を抱きとめたのは下心があったがそれもついでに許してくれ」
「前言撤回だ、井吹、歯を食いしばれ」
「可愛い彼女を抱きとめて何が悪い」
「開き直るな!彼女でもないし可愛くもない!」
「じゃあ何故ヒロイン役を引き受けたんだ。自分は男だと知っているのに、自分が可愛いと自覚できていたから引き受けたんじゃないのか?」
「っ・・・いや・・・別に・・・」
「まさか図星だったとは流石の俺も驚いたぞ」
「図星じゃない!お前がバレないとか言ってたから俺に出来るかもと思って引き受けたんだ!」
「確かに可愛かったから終わり良ければ全て良しだな」
「やっぱりお前だけは許さん!歯を食いしばって現世の罪を数えておけ!」
「来世は神童の弟に生まれてやるから覚悟しとけ」
「いや来るなよ!」
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バイキング、メリーゴーランド、ジェットコースター、フリーフォール、ジェットコースター、空中ブランコ、ジェットコースター、ジェットコースター他色々。
昼間辺りから午後7時まで乗った乗り物だ、黄名子がジェットコースターをひどく気に入ったので俺は何回も地獄を見るはめになったが、3回目辺りから慣れが出始めてきたので、幾分楽だった。
現在時刻午後7時、日は落ち夏の夜空が遊園地の上空に浮かんでいる。電灯が照らす道を二人で歩く。
「今日は楽しかったやんねー、うちすっごく嬉しい!」
「そいつは良かった。でもお前ジェットコースター乗りすぎだろ、5回くらい乗らなかったか?」
「何度乗っても爽快感が堪らないやんねあれは!」
黄名子が快感を思い出したのか身を震わせる、個人的にはもう一度お化け屋敷に入ってレアな黄名子を見てみたかったが、それをやると黄名子が立ち直れなさそうなので自重した。
もうあらかた乗りつくした感じだし、後は黄名子にどうするか聞くとしよう。
「で、どうする?もうそろそろ帰るか?」
疲れてきて歩くペースがやや遅くなっている黄名子に声をかける。まだいたいと言われても電車の時間もあるし、帰りが遅くなるとうちの親はまだしも黄名子の親が心配すると困る、帰る以外はないのだが。
「ちょっと待つやんね剣城、やっぱり最後はあれやんね!」
そう思っていたのだが、最後に黄名子があれに乗ると言いだし指を指す。その先には、この遊園地で最も大きな顔をする観覧車、遊園地を連想させる最大の乗り物があった。
「あれな・・・別に構わないが。あれで最後だぞ?帰りが遅くなりすぎると駄目だからな」
「分かってるやんねー、早く行こっ!」
黄名子が少し遠くにある乗り場に向かって走る・・・と思いきや、途中で止まって俺の速度に合わせてきた。なんだ、いつもなら一人で突っ走るのに、流石に疲れたのだろうか。
そんな事を考え、少し先で立ち止まっている黄名子の元へと早足で歩く。そこまで行くと黄名子は、俺が右手に持っていたお面を取り自分の頭につけ、空いた俺の右手を握った。
「っ!・・・急にどうした、心配しないでもちゃんと着いてくぞ?
「うちがこうしたい気分やんね!最後くらい、ちゃんと一緒に行こ?」
「・・・歩くスピードは任せるぞ」
「任されたやんね!」
空いている左手で敬礼をする黄名子、俺達はそのまま乗り場へと向かって歩いていった。
少し歩いて辿り着いたでかい乗り物の真下、搭乗口で一つのゴンドラに二人で乗り込む。俺達を乗せたそれはゆっくりと上に向かって回りだした。
俺は両側の席に一人ずつ座ろうとしたのだが、なぜか黄名子にぶーぶー文句を言われたので、仕方なく黄名子の隣へ腰を下ろす。
「遊園地っていったらやっぱりこれやんねー!だんだん高くなるドキドキが楽しいんよー!」
「まだ頂上じゃないのによく楽しめるもんだなお前は」
窓にへばりついて地上を見下ろす黄名子が興奮気味に言う。ゴンドラはたまに音を立てながらも順調に高度を上げていく。
「そういえば剣城ー」
「・・・ん?なんだ?」
外の景色を見ていると横腹に指圧がかかり、黄名子の呼びかけが聞こえたので後ろを振り向く。
「夜の観覧車で何するつもりだったやんね?」
「なっ・・・それは・・・・」
質問されて少し戸惑う、素直に答えるものあれだし、ここは適当にはぐらかしておこう。
「いや、大した事じゃないから気にしなくていい、ほんと」
「やだうち気になる!教えてくれないならググるやんね!」
「ぐぅっ、科学め・・・余計な事を・・・・」
まさかあの黄名子がググるなんて言葉を知っているなんて驚きだ、このレベルのバカでも化学を扱えるのか・・・。
「分かった分かった!俺が教えるからググるのは止めろ」
鞄からスマホを取り出しネットを開く黄名子を止める、「夜の観覧車 すること」なんて調べられたら絶対変なことしか出てこないだろう、そんな知識を知られるくらいなら俺が適当に教えたほうがまだマシだ。
問題はここ、何をどう伝えるかだ。その・・・キ、キスとかは俺がやりたがっているとか思われるのは絶対嫌だし、かといってあまりに適当な嘘だと万一バレると面倒くさい。・・・・・そうだ、母さんから貰ったポッキー、あれなら黄名子が食べてしまったし、ならポッキーゲームについて教えておこう。これなら実行は出来ないし、そこまで変な単語を使わなくても説明できる。
「えーっとな、ポッキーをふ、二人で両側から食べて、先に折った方の負けっていうゲームが流行ってるんだ」
声を詰まらせながらも説明する、別に変な言葉は使っていないし、実行も出来ない。安全策、そう思っていた。
「へー、ならやってみるやんね!まだ残ってるから!」
「なにぃっ!?」
そう言って黄名子が鞄から取り出したのはポッキーの箱、中には2袋目のポッキーが残っていたのだ。しまった・・・ポッキーは2袋あるんだ!黄名子が食べたのはそのうちの1袋だけ・・・迂闊だった・・・!
「ま、待て黄名子!それは止めろ!色々と大変になる!」
ポッキーを袋から一本取り出し迫り来る黄名子を慌てて止める、が、黄名子はどんどんと顔を近づける。
「えーなんで!うちやりたい!定番ならやるべきやんね!ほらやろやろ!」
「いやだから俺が相手だと後悔とかするぞ!その後とか!」
自分でもよく分からない事を口走っているが、止まらない。その言葉を聞いて黄名子は不思議そうな顔をしてこういった。
「剣城が相手で後悔?何いってるかよく分からないけど、うち剣城といて後悔したこと無いよー?」
その一言が、俺の体に深く浸透する。
「俺といて・・・か・・・?」
「そうやんね、だって楽しいやんね剣城といるの。今日もすっごく楽しかったし、後悔するなんて事も絶対ないやんね!」
黄名子の口から出てきた言葉で、俺の胸の辺りの痛みが増す、さっきまで鳴っていた心臓の音が更に音を刻んでいく。
「・・・ん」
その後、俺は抵抗を止め、黄名子を押し戻そうとする腕の力を弱める。よく分からない、このままでいたらどうなるのか、そんな興味が出てきたのかもしれない。
「おっ、やる気になったやんね?じゃ剣城そっちから!うちこっちからやるから、負けたら罰ゲームやんね!」
「あぁ、そうだな」
胸が痛い、喉が余計に渇く、そんな中口元に寄せられる菓子を口にくわえる。
「負けた方が勝ったほうのいう事を何でも聞くっていうのはどうやんね。うち絶対負けないやんね!」
「キツい罰だな・・・」
10cm手前に見える黄名子の顔がある。黄名子の目に映る俺の顔はひどく冷静な顔だ、心臓と体はこれほど熱くなっているというのに。
「じゃ、スタートー!」
黄名子の掛け声で、勝負が始まった。揺れるゴンドラの中、頂上まであと少しの観覧車で始まる戦い。
10cmから9cm、黄名子の口に消えていく菓子は長さを失い、お互いの顔が近づいていく。痛む胸を左手で押さえ、俺も食べ進める、これは勝負、戦いだと自分に言い訳するように。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
黙々と、それでいてゆっくりと口の中に消えていく菓子の長さは、そろそろ5cmを切るかも知れない。胸が鳴る音が外に聞こえるかもというくらいに大きくなり、顔が燃えるように熱い。近づく、顔が、黄名子が。
これを終えたら、俺の知ろうとしなかった感情を知ることになるのだろうか、知ってしまって、今までの日常が変わってしまわないだろうか。
俺は知ろうとしないんじゃなく、知りたくないだけかもしれない。胸を痛めつける存在を、日々を変えてしまうこの想いを。
そんなものは、御免だ。
俺と黄名子の鼻先が触れると同時に、俺は口を離した。驚いたのか黄名子も口を離し、残った数cmのポッキーは重力に従い黄名子の膝の上に落ちる。
「あ、あー・・・落ちちゃったやんね。もったいないもったいない・・・」
膝の上のポッキーを拾い、口に含む。
これでいいのだ、無理に知ろうとしなくていい、近い将来、答えは自分で見つけてみせる。あれほど痛かった胸の痛みはもうない、息を深く吸い込んで、笑顔を作る、多分今日一番の笑顔だ。
「二人で離したから引き分けだな、もうそろそろ頂上だ。景色でも楽しむぞ」
「・・・そっそうやんね!」
言い終わった後、ゴンドラは観覧車の頂上へ到達した。遊園地全てを眺められる絶好の場所、中々の景色だ。窓に映る自分の顔はいい笑顔をしている、今日はとても楽しい一日だったと心から思えて本当に良かった。窓に映る黄名子の顔を見る、外の夜景を楽しむその顔は、とても魅力的だった。
気になることがあるとすれば、なんとなく。窓に映る黄名子の顔がほんのり紅く染まっているように見える事だろうか。まぁ深く考えなくていいか、この暗い中だ、見間違いか何かだろう。腹に当たる黄名子の背中から伝わるこの心音も、きっと俺の物だろうしな。
そうして俺達の今日は終わった。
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――黄名子の日記 7月△日――
今日は剣城と遊園地に行ったやんね!すっごく楽しい一日でした!
ジェットコースターは速くて爽快!でも剣城が苦手なのはすごく意外だった。
コーヒーカップはぐるぐるして酔っちゃうけど、また乗りたい!
お化け屋敷はもう懲り懲りやんね・・・剣城がいてくれて良かった~・・・。
ショーの飛び入り参加も出来て嬉しかったやんね!貴重な体験!
他にも色々楽しいことがあって、食べ物はおいしかったし、乗り物も楽しかったやんね。
でもなんでかなー、思い出がたくさん出来たのに、ふと思うのは最後の観覧車での剣城との勝負の事。
よく分からない、心臓もなんだかうるさくて、妙な気持ちになったやんね。
まぁ、分からない事は真名部に学べ!なんちゃって!
明日剣城に聞いてみよう。サッカーをして、午後に家にも行こう、明日も楽しくなりそうです。
ではもう寝まーす、お休みなさい!
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こんな長い小説をここまで読んでくださりありがとうございました。次回は特に考えてませんがまだまだ書き続けます。次回もよろしくお願いします。