世界一初恋 LOVEソラタ   作:bui

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LOVEソラタ

外は冷たい雨が降っていた。

 

 

政宗はしばしの時間居場所にしている学校の図書室を追い出され、他に行くあてもなく家に帰るところだった。

 

普段だったらその時間帯でも喧騒うごめく薄暗い住宅地は、雨のせいか人通りもまばらで、その少ない人々も皆家路への強いベクトルを抱えてい歩いているように見える。

 

本来は安らぎの場であるはずの家、しかしそこに帰っても自分はなにも楽しいことなどない。

用意された食事も、楽しい団欒も、家族の温もりもなにもない。

そこは政宗にとっては単なる寝場所であるだけだった。

 

家族に疎まれているわけではない。両親は自分に対して関心がないだけだ。

疎まれるのとどちらがいいのか、それはわからない。

 

ただ、自分の存在全てを否定するようなその態度に虚無感が膨れ上がる。

なぜこの世に自分を送り出したのか。そこにはどんな理由が存在したのだろうか。

 

金があれば飯は食える。食えれば飢えない。

そう、身体は飢餓には襲われないが、この渇きはなんだろう。

 

この年になって俺はママに愛されたい子どもか?笑える。

 

そんなことを言えば、世界にはもっと不幸な子どもが沢山いるんだと偉そうに誰かが言うだろう。

世界の不幸な子どものことなんか知らない。だけどそんなことは言わない。

 

言う気力もない。

 

相変わらず雨粒は音を立てて地面に落下し、見慣れた自宅の最寄り駅にたどり着いた時には街には夜の帳が降りていた。

大通りはアスファルトの路面が車のヘッドライトに照らされた雨粒でキラキラと不気味に輝いていたが、住宅地は街灯がポヤンとつき人も車も通らない。

 

政宗の手には今日も一人分のファーストフードの包みが下げられ、歩くたびにそれはガサガサと無機質な音を発し、静かな住宅地に寂しく響いた。

 

ふと、政宗は自分の目の端にわずかに動くものを捉え目を凝らす。

街路樹の根元で膝を抱えて蹲る人間が小さな影を作っていた。

 

不審者か行き倒れかと一瞬怯むが、少しだけ近づいて見るとそれは子どものようだった。

逡巡ののち、政宗は「君、大丈夫?」と子どもに声をかけた。

 

子どもはその声にハッとしたように顔を上げ、政宗の目を見つめた。

少し怯えを含んだようなその目に、政宗は害意のないことを示すように少し笑顔を作り「迷子なのかな?どうしたの?」と再度声をかけた。

 

「・・・。○✖️△◎♨︎〜∇☆・・・。」

子どもは言葉らしきモノを発したがそれは政宗には理解ができなかった。

英語でもない外国の言葉のようだった。

 

そしてそう言葉を発した後寒そうにブルブルと身体を震わせた。

 

その姿に迷いはあったものの放っても置けないと「とりあえず雨もひどいから家に入らないか?」と政宗は肩を叩きジェスチャーで来いと促す。

 

少し困惑した風ではあったもののその子どもは政宗に従った。

 

玄関に招き入れ電気をつけその子を見ると顔立ちは日本人だったが髪の色は蜂蜜色、目は深い緑で、子どもと思っていたがもう少し大きい少年のようだった。

 

「ちょっと待ってて、えーと。英語わかるかな?ステイ、少し・・・。」

政宗がそう言うとその少年はコクリと頷いた。

 

政宗は急ぎタオルを持ち少年の頭に乗せた。

 

英語が分かるようだったので、「telephone?」とスマホを掲げると、首を振る。

「番号がわかんないのかな?polis?」とまた声をかけるとそれも首を振る。

「your name? あ、俺は・・・、name is masamune 」と親指で自分の胸を指し名前言うと、「soa・・・ra・first 001・・。」と、名前にしては聞きなれない音を並べた。

 

「わかんないなあ・・・。そあら?」政宗がもう一度きき返すけど同じことの繰り返しだった。

 

「わかった、お前の名前は『ソラタ』にする。いいな?ソ・ラ・タ。」

政宗がそう言い放つと、少年はニコリと笑って指で丸を作りOKの合図をし、自分を指して「ソラタ」政宗をさして「マサムネ」と言った。

 

「風呂に入れ、bath 」政宗はびっしょりのソラタを部屋にあげ、風呂場に連れて行く。

蛇口から湯を湯船に入れながらシャワーも出して、入れとジェスチャーで促すと、またOKと指で合図を作る。

 

「あ、ステイ」と待たせ、自分の服と新しい下着を脱衣所に置いて、「これ着な。」と指をさした。

ソラタはコクコクと頷いて服を脱ぎ始め風呂に入る準備をすすめていった。

 

連絡先も警察も嫌では手詰まりだ。

なんだか面倒なものを拾ってしまったのだろうかと思うものの、放っておけないものを感じ今後の対応に気持ちを巡らす。

 

とりあえずなんか食べるものとか飲み物かな?

 

今日はファーストフード店のサンドイッチを買っていた。

その他はカップラーメンぐらいしかないなぁと、冷凍庫をあけると冷凍のうどんが入っているのが目に入った。

 

雨に濡れた身体にはうどんの方がいいかと、鍋に水を入れて火にかける。

そして沸くまでの間に自分も服を着替えることにした。

 

やはり最後は警察にお願いすることになるんだろうと思いつつも、本当の迷子という年齢でもなさそうなので自身のノートパソコンを本人の手がかりになりそうなものを探すツールとして持って行くことにした。

 

 

少しするとソラタがおずおずと部屋に入って来た。

「ソラタ、来て。」手でおいでおいでをするとソラタがきょときょとと政宗に近づいてきた。

ノートパソコンを指で示すとソラタはそれを少しの間じっと見つめて、おもむろにプログラム画面を操作しはじめたかと思ったら液晶画面に文字が現れた。

 

「マサムネ。今日はありがとう。道に迷ってしまってとても不安でした。事情で警察にも言えなくてとても助かりました。」

その文字を見て政宗は驚いて目を見開いた。

 

「明日になれば迎えを呼べるのでもしよければ一晩泊めてください。」

ソラタはパソコンのキーボードと政宗を交互に指差した。

 

ー 文字を打てってことか?

 

「構わない。事情がわかってよかった。」

 

そろりとその長い指で文字を打つと、それは見たことのない文字に変換された。

 

「ありがとう。」

ソラタは不安げな目をしていた先ほどとは打って変わって人懐こい笑顔でお礼の言葉をタイプした。

 

「食事を作ったので食べよう。」

政宗はそんなソラタの顔を見て自分もホッとして、ついでにお腹が空いていることを思い出していた。

ソラタもお腹が空いたとジェスチャーで答えたのでマサムネは笑ってソラタをダイニングテーブルに座るように手で指した。

 

サンドイッチを半分に切り、緑茶と熱いうどんをテーブルに並べると、ソラタはうどんは初めてのようで不思議そうな顔をしその太麺を口に入れた。

 

「っ!」

「熱いから気をつけて。」

 

マサムネはうどんをふーふーと吹いてツルリと食べて見せた。

ソラタも真似をしてふーふーと大きなリアクションでうどんを吹き、ツルリとすすると鼻に汁が飛んだ。

 

きょとんとしたソラタの顔が可笑しくてマサムネが笑うとソラタも一拍遅れて楽しそうに笑った。

 

「うまい?」とマサムネが声を出して言うと「うまい?」とソラタも真似をして言う。

 

パソコンで「おいしい」と打って変換するとソラタがその文字を見て納得したように「うまい。」と満面の笑みで言った。

 

ー こんなに楽しい食事は初めてだ。

 

うどんは母の実家の香川から送られてきたもので、本場のものだから美味しくないわけはない。しかし、今まで食べた中でこれほど美味しく感じたことはなかった。

 

数時間前に逢ったばかりのソラタだが、その屈託のない明るい笑顔にマサムネが癒されていることは確かだった。

 

自分のことなど何も知らないソラタ、そしてソラタのことを何も知らない自分。そんな二人だからこそ身構えることなく自分はソラタを受け入れることができているのかもしれないとも感じた。

 

 

 

⭐️

 

二人は食事が終わって少しの間パソコンを介して自己紹介的なことをしあった。

 

ソラタは15歳。父と一緒に日本に来ている。日本で勉強をする予定である。

来たばかりで警察のお世話になると自国の出国規制に引っかかるかもしれない。

 

そういうことのないようにとキツく言われていたことなど。

 

うまく日本語に変換できない言葉もあったのだけど概ねソラタの事情がわかり家出少年でも拉致監禁の被害者でも、ましてや窃盗団の仲間でもなさそうでホッとしていた。

 

そのうちソラタがこくりこくりと舟をこぎ始めた。

時間はもう随分遅く、きっと色々あって疲れているであろうソラタを部屋に連れて行くと、ベッドを見た瞬間、ソラタはまるで猫のようにマサムネのベッドに潜り込んでクルリと丸まって寝てしまった。

 

ソラタには客用の布団で寝てもらおうと思っていたのでどうしようかと思案したが、もう眠くて仕方がないという感じのソラタを起こすのも忍びないので、結局マサムネが客用の布団に寝ることにした。

 

風呂から上がったマサムネがソラタをみると気持ちよさそうにスースーと寝ていた。

年は二つ違いだがやっぱり子供みたいな寝顔だなと、そのまだ柔らかそうな頬のライン見つめて思い、緩んだ口元を指で押さえたのだった。

 

 

ベッドの横に敷いた布団で寝ていたマサムネが、夜半自分の傍に重みを感じ目を覚ますと、そこには丸くなったソラタが自分の腕の中にスッポリと収まって寝ていた。

ベッドで寝てたんじゃなかったのか?と瞬間は驚いたのだが、人肌が心地よく、マサムネはソラタを胸に抱いたまま再度眠りについた。

子猫を抱いているような安心感にぐっすりと寝れたマサムネだった。

 

 

 

 

 

 

 

⭐️

 

 

翌日は土曜日、マサムネは学校が休みだった。

土日でもあまり生活のリズムを崩さないマサムネは平日と変わらぬ時間に起きていたが

ソラタは8時過ぎ頃起きて来て、借りたパソコンのメールをチェクした。

メールでの連絡が入っていたようで、家族が昼までには迎えが来るとソラタが言った。

 

ソラタの眠そうな顔が可笑しくてマサムネが笑うとソラタはソファーにごろりと横になって大きなノビと欠伸をした。

 

その姿がまた猫のように見えておかしくてマサムネはクスクスと笑うとソラタがつられて少しだけ眠そうに笑った。

 

遅めの朝食はソラタのリクエストでうどんを食べ、パソコンを介しての雑談に花を咲かせていると、家の呼び鈴が鳴った。

 

玄関に出るとそこには白いスーツを着たソラタに似た若く美しい男性が立っていた。

 

「おはようございます。私はソアラディアの父のクリス・ソーファです。息子がお世話になりました。」

 

ソラタの父と名乗るその人物は丁寧に頭を下げて挨拶とお礼を述べた。

 

ソラタはその姿を見るとびくりと一瞬だけ緊張した眼をしたが頭を下げて謝っているようだった。

 

ソラタの父親は綺麗な日本語でマサムネに謝礼を渡すと言ったが、マサムネはソラタにお金を使っていないと辞退した。

ソラタの楽しかった時間をお金に替えるようなことをしたくなかったのだった。

クリス氏は終始とても丁寧で優しげだったが何故かその目で見られるとぞわりと肌が泡立った。

 

ソラタが親であるはずのクリス氏に緊張をしているのも気になり、ソラタもまた何かしらの感情を父に持っているのかもしれないとマサムネは思ったのだった。

 

ーもう会えないのかな?

 

ソラタがいなくなったあと、マサムネはなんだか脱力してしまって本を読んでも身が入らずうだうだと過ごしていた。

たった半日一緒にいただけのソラタとの密な時間が忘れられなかったのだった。

 

名刺をもらっていたがそれはあの父親のものだ・・・。自分から彼にアクションを起こすのはなんとなく躊躇われた。

 

 

そんな風に思っていた日曜の午後、来客を知らせる玄関のベルが鳴った。

ノロノロと重い身体を起こし玄関のドアを開けるとそこにはスーパーのレジ袋を下げたソラタがニコニコと立っていた。

 

「ソラタ!どうしたの?」

マサムネが驚いて聞くと「うどん、美味しい。」と言いながらレジ袋を掲げて黒いガラスの板のようなものを差し出した。

 

そして自分も同じ物を持ってそこに向かって喋りかけるとマサムネの持っているガラス板に文字が現れた。

 

「昨日のうどんが美味しかったのでまた一緒に食べたいと思って買ってきました。一緒に食べましょう。」

マサムネはガラスに浮かんだ文字から、このガラス板がタブレットであることを悟った。

 

ソラタがしてみたように自分もタブレットに向かって「昨日のうどんは美味しいと評判のお店のだから、ソラタが買ってきたものとは違うかもしれない」としゃべりかけるとソラタのタブレットに文字が浮かんだのだろう、ソラタは「えーっ」と声をあげちょっとガッカリしたような顔をした。

 

「でも、うどんはいろいろな食べ方があるから他の味で食べよう。」とマサムネが言うとソラタは一瞬にして嬉しそうにニコニコと笑って何かを言うと「よかった。」とタブレットが文字を表示した。

 

 

 

 

 

⭐️

 

ソラタはその後も平日や週末などふらりとやってきて泊まっていったりした。

寝る時は何時もマサムネと同じ布団で猫のように丸まってマサムネにぺたりとひっついていた。

 

ソラタはマサムネのタブレットはリツという名だといい、リツのことは自分と連絡が取れなくなっても大事にもっていてといつも言っていた。

 

「いなくなることがあるの?」

マサムネが不安げに問うと

「俺は定期的に国に戻らなければなければならないんです。」

とソラタは心配しないでと笑う。

 

「戦争とか、色々な情勢不安で表に出られないことがあって、念のためです。」

「そんなことが?」

「日本はとても平和な国です。戦争は恐ろしいです。」

ソラタはいつでも優しく笑っていた。

でもきっと大変なことがいっぱいあって今笑えているんだろうとマサムネは思った。

 

リツとはマサムネに渡したタブレットの呼び名で、ソラタのタブレットはランという名前が付いていた。

 

はじめは翻訳として使っていたが、やがてリツとランは人語のデータが整ったということらしく簡単な会話できた。

 

機械のはずなのに人間と対峙しているようなその不思議な感覚にマサムネは便利な以上の気安さや愛しさをいつしか感じていた。

 

やがてソラタが日本語をしゃべれるようになってからはタブレットを通して会話をすることは無くなったが、不在時もメールより簡単なチャットでのやり取りでリツとランは使われていた。

 

リツとランはチャットに時々参戦し、まるで恋人同士のやり取りのようだといつも横からからかいを入れていた。

 

それもまた楽しい時間だった。

 

 

 

 

「政宗!」

その日は政宗の母が珍しく家に来ていた。

 

政宗の母親はソラタを見るなり不快そうに眉をひそめ「誰なの?!なんで人の家に居るの?」と言った。

 

普段はステイタスのある職業についているのだから誰彼構わずそんな態度をとるわけでもないのだろうにと思うと、自分の友達がぞんざいに扱われることで、自分がどうでもいいと思われている度合いが知れ、マサムネはイライラとした。

 

「普段家にいないあんたには関係ないだろ!ソラタは友達だ!」

政宗がきつく言うと母親は「扶養の身で何言ってるの!」と言う。

 

「扶養ってなんだよ!ネグレストしておいて、金を与えてれば扶養しているって思ってるんだったら御門違いだ。頼みもしないのにそっちが勝手に俺を産んだんだから、それは俺に対する慰謝料だ!あんたが俺にとやかく言う筋合いはないだろう。」

 

普段だったら無視する母親の態度に何故かその日は我慢がならず怒りをぶちまけた。

 

「マサムネ!待って。」

その時ソラタが大きな声でマサムネの言葉を止め一歩前に出て「マサムネのお母様、ご挨拶が遅れました。私はFSA研究機関の研究員ソアラディア・ソーファと言います。」とポケットから出した名刺を母にさしだした。

 

「AIの研究で日本に滞在しておりまして、来日当初からマサムネさんには同年代の友人として親切にしてもらっておりました。」と恭しく礼をした。

 

「あ、そ、そうですか。ずいぶんお若い・・・。」

「私たち機関の研究員は全てIQ200を超えますので見た目とはギャップを感じられるかもしれません。お母様の不在時にお邪魔を致しまして申し訳ありません。もし必要でしたら機関の方から正式にお願いをしますがいかがでしょうか?」

「い、いえそういうことでしたら結構です。政宗も少し親に対する態度を考えてちょうだい。」

「マサムネがお母様に心から甘えられるということでしょう。私たちなど試験管ベビーのような生まれで、希薄な親子関係なので羨ましい限りです。」

ソラタが涼しく微笑んで応対するので、母親は困惑しているようだったがそそくさと用事をおえ退散していった。

 

「ソラタ!」

マサムネは母親が帰った後ヘナヘナと座り込むソラタのそばへ駆け寄った。

 

「どうだった?今の俺・・・。」

「え!?演技なのか?」

「え?なんだって思ったの?」

「いや、本当のことだとばかり・・・。」

「丁度ふざけて作った名刺が役立ったね。マサムネを騙せたんだったら成功かな。」

ソラタがふふっと笑った。

 

「マサムネはママのことでそんなに傷つかなくていいんだ。」

 

ソラタはマサムネの身体をぎゅっと抱き締めて髪をなで、目尻から頰に、そして唇にキスをした。

 

マサムネはソラタが自分を慰めてくれているんだと思うとじんわりとした暖かさが身体の芯から湧くように感じ、なんとも言い難い愛しい感情が次々と湧き上がってそれを止めることができなかった。

 

「マサムネはなんにも悪くない。俺たちは親を選べない。与えられた境遇も運命もみんな自分には責めのないことだよ。」

ソラタはいつでもマサムネを肯定した。ここにいてもいいんだと思えるように接してくれた。

 

「ソラタ、俺もキスしていい?ソラタの一番近くに行きたい。」

柔らかいソラタの身体をふわりと抱き締めてマサムネはソラタに何度もキスをした。

まるで傷ついた子猫同士が互いの身体を舐めあうように。

 

そしてキスはやがて唇から首筋に降り指がソラタの服の中に潜みはじめるとソラタは一瞬身体を緊張させたがマサムネの背に手を回してマサムネの全てを受け入れた。

 

上がる息の合間に「マサムネ、ずっと一緒にいましょう。」と、ソラタは何度も何度もそう呟いた。

 

 

 

⭐️

 

 

政宗の家にいる時、ソラタはいつもキーボードでランとリツを繋ぎカチャカチャと何かの作業をしていた。

政宗が何をしているのかと聞くと「ランとリツのデータを定着させているんです。」とニコニコと言う。

「試験的なものなので研究所ではやりたくないんです。ランとリツはとても賢くて外の刺激が無いのに俺たちの会話で色々と学習しるんです。」

「学習?」

「そうです。だからマサムネもリツに話かけてあげてくださいね。ランとリツは無線で会話をしているので同じように学習しますけど、やっぱりリツはマサムネが好きなので、ね。」

ソラタはまるでランとリツが人であるように話をする。

 

「リツが俺を?」

「リツはマサムネのタブレットですから。」

ソラタの言うことは言葉としてはわかりやすいのだが根っこで政宗には理解できないことが多かった。

犬や猫のようなペットならばまだしも機械に好きだとか嫌いだとかあるのだろうか?

「分かった」と政宗は返事は返したものの、なんとなくどこか腑に落ちない気持ちがいつもするのだった。

 

ソラタのパーソナルデータは分かっているようで分からないことが多い。

表向きに開示されていることは社会的にも齟齬は無いのだけど、どこかしっくりとこない気持ちがする。

単にソラタをもっと深く知りたいと思っているだけだもしれない。

そう・・・、俺がソラタの全部を欲しいという独占欲かもしれない、と政宗は思った。

 

「ソラタの住んでいるところに行ってみたい。」

ある日、政宗がつぶやくように言うとソラタはきょとっと首をかしげ、一瞬考えたのち

「いいですよ。でもリツは置いてきてください。」

とニコニコと微笑んで言った。

しかし政宗が怪訝そうにしているので

「リツは研究所に登録してないんです。だから入室時に預かりになっちゃう。せっかくここまで育ってくれたのにスキャンされたりして万が一にも消えちゃっても困りますから。」

と、ソラタが説明を付け加えた。

 

ソラタの住んでいる所は政宗の家からは電車で一本だったが時間は40分ほどかかる郊外にあった。

そこは周りを白い高い塀で囲まれ、入り口では厳重な入館チェクがあった。身体も持ち物をスキャンされ、ソラタが何語か分からない例の言葉で政宗の事を説明したようだった。

 

中に入ると学校や病院のようなかまぼこ型の建物が幾つもあった。

その中のソラタの住んでいるという建物は、高さの低い箱のようなものの集合体の一つで、部屋に行くまでの廊下は透明のガラスのような素通しの壁で、通り抜ける部屋の壁も廊下側は同じガラスで仕切られていた。

中にはソラタより小さい子どもたちが居てソラタが通ると皆ニコニコと笑って手を振っていた。

 

「みんな同じようにここに住んで勉強している子達です。」

ソラタが数人の子達の名前を政宗に説明した。でもソラタの本名と同じように少し発音しにくいものだった。

「みんな親のいない子達で、ちょっと前までは捨て猫より酷い状態だったんですけどやっとこうやって一人一人の個室をもらうことができました。」

ソラタはまだ幼児のように見える子や既に小学生の高学年ぐらいに見える子達を優しく見つめて言った。

 

「部屋の壁ってみんな丸見えなの?」

政宗が疑問を口にすると、「いつでも見たい時には中が見えること、これが最低限の個室の条件だったんです。あの子達は常に観察されています。

部屋はボタンを押せば曇りガラスにできます。でも小さい子達は大概そのままですね、着替えとかでも平気で。

特に女の子には少しは気にして欲しいんですけど。」と笑った。

 

「昼は勉強があるので研究棟に行っていて皆屋にいないんですけど午後は戻ってきます。ご飯の時間までは勝手に過ごせるんです。」

「ソラタは?結構自由に過ごしてるみたいだけど?」

「15歳以上の俺たちはスケジュールはある程度自分で管理するんです。俺はマサムネのところに泊まりに行きたいのでその他の時間は詰め詰めです。」

ソラタは恥ずかしそう頬を染めて笑うので真宗も何だか顔が熱くなるのがわかった。

 

「何だか現実の世界じゃ無いみたいな白っぽい綺麗な寮だな。」

政宗が素直な感想を言うと、「FSAは実験的な事を取り入れて人について研究してる施設です。実際に俺も睡眠学習の人体実験に参加もしました。」とちょっと意味ありげにソラタが笑った。

 

「睡眠学習?」

人体実験というワードに驚いて政宗はちょっと大きな声を出してしまった。

 

するとソラタがまたにっこりと笑って「日本語早期定着プログラム。マサムネと言葉で話したかったから。」と言った。

 

そうだったのか、ソラタがいつの間にか日本語を話すようになっていて慣れるの早いなと感じていたのだが、実はソラタの努力があったのだなとまた感心した。

人体実験というのはショッキングな言葉だが、痛かったり苦しかったりしないのであればそれも便利だと政宗はそれ以上のことを考えるのをやめてソラタの寮を興味深く見学した。

 

ソラタの部屋はその建物の一番奥まった一角にあった。

他の部屋と違い、本当に生活をしている感じのある部屋だった。

 

「オレンジかソーダでも飲む?」とソラタが聞くので「じゃ、オレンジで。」と政宗が答えると壁についた件のタブレットに似た雰囲気のガラスのような画面を操作する。

 

しばらくすると飲み物が運ばれてきた。

 

「SARA、○×△‰§$〜。」ソラタは運んできた人物の名を呼び、お礼を言っているようだった。

それを見て「ここの人ってみんな白い服を着てるんだな。」と政宗が気がついたことを口にする。

 

「ここの代表の父が・・・、死ぬほど白が好きなんだ。だからモノは基本白。

俺が白でないものを着たり持ったりするのを嫌うんだけど、白は好きだけど白じゃ無いものも好きだから・・・。」

マサムネは家に挨拶に来た父親が白い服だったことを思い出し、ソラタがそれを実はあまり好んでいないことを察した。

 

「俺の髪が白かったら良かったって言うんだけど、そこは思うように行かなかったらしいです。」

ソラタが珍しく曇った顔で言うので

「お前の親父さん変わってんな。白い髪なんて人間は将来みんななるんだからいいのにな。」

慰めるつもりで政宗が言うと、ソラタは「ありがとう。」と、こんどはいつもの気持ちの良い笑顔で言った。

 

「マサムネに会えてよかった。自分って何だろうと否定ばかりしていた簡素な毎日に色がついたのはマサムネのおかげです。」

ソラタが見つめる宝石のような深緑の瞳に自分の姿が映っている。マサムネはいつもその双眸に見とれてしまう。

ソラタに会えてよかったのは自分の方だ。ソラタはいつだって自分を肯定してくれる。どんなにダメでもきっと受け入れてくれるだろうという強い自信が嫌いだったこの世界を、そしてそこに存在している自分を愛しいものにできるようになった。

 

そしてそれを縁取る先の色がすこし濃くなっている長い金糸の睫毛もまた愛おしくて仕方がなかった。

今は軽く伏せられたそれに唇でそっと触れるとソラタの肩が軽く揺れた。

 

ー ああ、今の時間が永遠だったらいいのに・・・。

 

マサムネはソラタの感触に浸った。

 

 

 

 

しかし、次の瞬間後ろから大きな爆発音がした。

 

マサムネはとっさのことに反応できず硬直したが、ソラタは何かを叫んで政宗を押し倒し上にのし掛かった。

 

ソラタの肩越しにマサムネが見たのは白い装束に身を包んだ人々と、白に浮き上がるようにその手に持っていた黒い銃だった。

腹に強い痛みと熱いなにかが広がり身動きしないソラタの重みも相まって喘ぐようにその場に居ると、白装束の人間の一人が何かを言いながら駆け寄りソラタの身体を掴み上げた。

 

痛みと混乱でマサムネは何が起こったかわからず硬直していたが、抱え上げられたソラタはだらりと脱力し、人形のようにされるがままだった。

その頭と腹は朱色に染まり赤い液体がダラダラと床に流れ落ちていた。

 

ー あの黒い銃で撃たれたのだ。

 

マサムネはそれを悟り、同時にソラタの腰から装束の人物がタブレットを剥ぎ取ると再び黒い銃撃ちそれが砕かれるのを見た。

 

ー ラン!

 

叫びたかったが声は出なかった。代わりにぞんざいにソラタの腕をつかんだままでいる人物に体当たりをした。

 

恐怖に震える子どもが反撃をしてくるとは思わなかったらしいいその人物は慌てて体勢を立て直しマサムネに再度銃口を向けた。

撃たれるのか?!とマサムネは目を瞑り身構えたが予想したそれは来なかった。

 

恐る恐る目を開けると、先ほど給仕をしてくれた女性たちの集団が現れ、手のひらを向けると装束の人々は感電したように身体を硬直させ動きを止めた。

そして見たことのない器具で拘束をされたのだった。

 

マサムネが見ることができたのはそこまでだった。痛みで深い淵に引きずり込まれるように意識を手放してしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

⭐️

 

 

 

マサムネが目を覚ましたのはソラタの白い部屋ではなかった。

 

「あ!気がついたみたいですね!」

聞き覚えのない声がまだ朦朧とするマサムネの耳元で響いた。

何か悲しい夢を見ていたような気がすると、起き上がろうとしたが思うように力が入らない。

横を見ると腕には幾つかの菅が付けられていて、周りからは何かを話している声が聞こえていた。

 

「分かりますか?ここは病院ですよ。」

声の主はどうやら医師のようだった。

 

「俺は・・・。」

声が掠れて出しにくい。すこし咳き込むと腹に激痛が走った。

痛みに呻くと「痛み止め増やしますね。まだ手術したばかりなので動かないで。」

医師らしき人はマサムネを制してそう言った。

 

喉がヒリヒリすると言うと「まだ水分を口から摂ることはできないんですけど」と、潤す程度にサジに一杯の水を政宗に飲ませ、湿らせた綿で唇を拭いた。

 

「人工呼吸器をつけていたので喉が痛いのだと思います。」とも言っていた。

 

ー 夢ではなかったのか・・・・。

 

マサムネは身体の痛みに身悶えしながら同時に痛む心をどうにもできず目を瞑った。

 

 

 

 

⭐️

 

朦朧としながら何度か眠り覚醒してを繰り返し、やっと思考がはっきりしてきたその日、あれから既に4日も経っていることを知ったその日、マサムネのところに事情を聴きたいと警察がやってきた。

 

「何があったのですか?」という問いに「ソラタは無事!?」と質問には返事もせずに聞く。

「ソラタ?ですか?」

「本名は確かソアラディア ソーファ、代表の息子だと聞いてます。」

マサムネは喋るのももどかしいといった風に答えを急かせた。」

 

「その場で確認が出来たのは君と代表のクリス・ソーファ氏だけでした。」

と警察の人は言った。

「ソーファ氏は別の部屋でお亡くなりなっていました。」

警察の人は言葉を選ぶように事実を伝える。

マサムネはソーファ氏が亡くなっているということに衝撃を受けた。

あの日のソラタのぐったりとした姿が目に焼き付いている。

 

マサムネが未成年ということもあり、あまり無理な聴取はしないようにしているようだったが、政宗は知っていることは話すので隠さず事実を教えて欲しいと懇願した。

 

マサムネはあの日のことを全て話し、警察は今わかっていることは全てと、ソラタの所属していたことを話してくれた。

 

F機関は、某宗教立国の反神話論者の集まりであったこと、もともと日本人であったソーファ氏が設立した機関で、遺伝子操作によって特化した人間を生み出し、さらに人工頭脳の研究でそれを進化させようと目論むマッドサイエンティストの集団だったと言う。

 

代表は独裁だった。

その人を人とも思わぬやり方には各所で反発が出ていた。

そして息子でありながら代表のやり方に異議を唱えることの多いソラタには担ぎあげようと目論んでいる集団と、ソラタを信頼する集団がいた。

 

ソラタには反逆の意思はなかったがソラタを疎ましく思う代表派の信派である機関の中枢人物たちが、なにも知らないソラタを抹殺しようとしたのだった。

 

「そんな・・・。人を簡単に抹殺なんて・・・。」

 

マサムネは驚いていた。そしていつか、ソラタが日本はとても平和だと言ったことを思い出した。

 

おそらく代表派と代表に反発する派がここで戦闘状態になったのでしょう。

あなた巻き込まれたのですね。

警察はそう言って徴収を終了した。

 

 

F機関は今や壊滅状態だそうだ。

遺伝子操作によって生まれ実験動物と同様に扱われた子供達は出張所のある各国に保護されている。

ソラタもどこかにいるのではないか?と慰めのような言葉を警察は告げた。

 

あの時、あの部屋にいた子供たちはソラタが護っていた子どもたちだったんだ・・・。そして母に自己紹介したソラタ、実はあれは本当にソラタの真実の姿だったのだとマサムネは理解したのだった。

 

遺伝子操作によって異常なIQを与えられ、親子の絆らしいものもなく育てられて、それでも自分と同じように作られた子供たちを守って。だから自分の生きる意味を探していたんだな。

もう二度と会えないのだろか、身動きできないこの身が焦れったかった。

 

 

 

⭐️

 

両親はマサムネの巻き込まれた事件によって自分たちのステイタスが脅かされたと、まだろくに身動きもできないマサムネをなじった。

 

そしてもともと不仲の二人はこれを良いきっかけと正式に離婚することし、マサムネは退院後は外聞が悪いと元の学校にも戻さず、香川の祖父母のところに送られることになった。

 

この地から離れる・・・。

マサムネは明日は退院というその夜、何もかもを捨て、ソラタを求めて脱走をしようと目論んでいた。

 

ー この目で見なければ何も信じられない。ソラタがどこに行ったとしても探し出す。

 

病室の電気が消える消灯の時間をマサムネは静かに待っていた。

看護師の夜の巡回まではまだ時間があるはずだと、服を着替えようと身を起こすと突然入り口のドアがカチリ開いた。

驚いて布団に潜ると「マサムネ。」と囁くような掠れた声が聞こえた。

 

「ソラタ!?」

マサムネは瞬間的に夜の病院には不似合いな大声を出してしまい慌てて口を塞いだ。

すると「違います。」と、こんどははっきりとした女性の声がし、目をこらすとベッドの枕元の明かりに浮き上がったり顔は、あの日の飲み物を持った女性だった。

 

「私はあなたがソラタと呼ぶ人物の友人でサラと言います。ソラタの遺言を伝えに来ました。」

「ゆ、遺言?」

マサムネの声が震えた。

「もしもの時はマサムネにきちんと自分の死を伝えて欲しいと言われていました。」

「・・・。」

「ソラタは身体と同時に頭部も損傷を受け生体反応は消失しました。」

「・・・。」

「もうあなたのところにあのソラタは戻りません。」

「・・・。」

マサムネは身動きもしないでサラの言葉を聞いていた。

あの時のソラタは身体も頭も血まみれでもう生きてはいないと本当はわかっていた。

 

「遺言って・・・、ソラタはそうなるって思ってたの?」

 

マサムネは絞り出すようにそれだけを呟いた。

いつか、自分がいなくなったらと言っていた言葉が脳内でリフレインされた。

 

「ある程度の危機感はあったでしょう。まさか身内からとは思っていなかったでしょうが、いつだってソラタの頭脳は狙われていましたから。」

 

「・・・。」

 

「ランは粉砕されました。なのであなたの持っているリツを大事にしてください。」

「リツ?」

「アレはソラタをベースに作られたソラタの最高傑作の人工頭脳・・・、AIです。大事にしてください。」

「AI?」

「いつか、時が来たらソラタをそこからレスキューします。」

「言っている意味が分からない・・・。」

「私たちは悪魔のようなリーダーによって作られた神様には祝福されない命です。それでもきっと神様は慈悲深いので私たちを哀れに思ったのでしょう。私たちに入れ物と同時にこの頭脳を持つことを許してくれました。私たちは私たちをいつも護ってくれていた優しいソラタを必ず取り戻します。だからあなたも短気を起こさないように。」

「・・・取り戻す?」

サラはにっこりと笑って頷いた。

 

「忘れないでください。その中にソラタがいるんです。」

 

マサムネがハッと我に返った時、女性は消えていた。また夢を見たのだろうかと握りしめた手を開くとそこにはミニSDがあった。

 

携帯にそれをセットすると画像が立ち上がった。

ソラタがにっこりと笑っている写真だった。

 

 

マサムネは覚醒してから初めて声をあげて泣いたのだった。

 

 

 

 

 

 

⭐️

 

 

あれから10年が過ぎた。

F機関のニュースは日本を震撼させる事件ではあったが人の興味はあっという間に他所にうつり、結局非力な個人では事件の深部を探ることもできなかった。

結局何もできず一時的に荒れた心も時を経て平和な日本の日常に全てが夢のようにさえ感じられ、どこかに諦められない思いのみ残したままマサムネはここにいた。

 

 

 

職場である丸川書店は、就任した新しい社長の記念にと作られた新社屋に引っ越しでバタバタとしていた。

 

「ちわ〜。電気屋です。配線にきました。」

 

ダンボール箱だらけのフロアーの中で、とりあえずすぐに稼働しなければいけない複合機やパソコンを社内ランにつなげる作業を日曜の朝から業者が入ってやっていた。

 

急ぎの部署から順となるため、校了が済んでいたエメラルド編集部は昼過ぎにやっとネットワークが繋がった。マサムネは親の離婚で苗字を嵯峨から高野に変え、今はこのエメラルド編集部の編集長として明日の月曜からの稼働に向けての準備のため立ち会っていた。

 

 

「やっとメールが見れるな。」

箱だらけの部屋の中で高野はランに繋がらなくてもできる校正などをやっていたが、ネットワークが繋がっていないという現状は思っていたより仕事に支障のある事だと改めて感じた。

サーバーに格納してあるデータなどは一切閲覧ができないのだ。

 

作家には、金曜の夜から急ぎの場合は各々の携帯へ送ってくれるように伝えてあったため緊急の何かはないだろう。仕事も忙しくない時期で、しかも今日は休日。

なので仕事は半分は時間潰しのようなものだったのだ。

 

ボーッと電気屋と名乗った青年の仕事を眺めていると彼は電話機・パソコン・そして複合機と手際よくランを繋げていた。

 

「えーっと、一応この辺りは終わりなんですが、その他ネットワークに繋げなければいけないものはありますか?」

念のためという感じで、青年が高野に確認をする。

 

「Wi-Fiは飛んでるんだよな?ならタブレット系は大丈夫かな。」

「ええ、以前と変わってないのでパスワードも不要で使えると思います。」

「電気屋さんって言ったけど、月島電気さん?見かけない顔だけど。」

高野はその姿をマジマジと見つめていう。

その青年の顔つきは日本のそれと同様だったが何しろ髪が真っ白で瞳は緑がかって見えた。

 

「あ、俺は下請けです。メインはプロ(月島さん)がやっていますけど端末の取り付けと接続の確認を請け負っています。」

「へえ。電気屋さんなの?」

休憩を促すようにペットボトルのお茶を手渡すと、青年は少しだけ俯き加減ではにかんで柔らかい笑顔でありがとうございますと受け取った。

「電気屋というか・・・。なんでも屋です。」

青年はペットボトルの口をキュッと開け、美味しそうにゴクリと喉を鳴らして冷えた液体を嚥下した。

 

「なんでも屋?そういう職業なの?」高野が聞くと「もともとそういうつもりもなかったんですけど、やれる事を請け負っているうちにいつの間にかそんな風に。」

青年は苦笑し、おどけて肩をすくめた。

 

「パンクとかバンドやってるのかと思って。」

自分の黒い髪をつつっと引いて高野が言うと青年は綺麗な笑顔で

「あ、そうですね、この髪目立ちますよね。でもこれ生まれつきなんです。音楽とは関係ないですよ。」と答えた。

 

「あ、悪かった・・・。」

高野はハッとして謝罪の言葉を発するが、青年は慣れた事のようで「誤解されるのが嫌だったら別に染めればいいだけなんで、気にしないでください。」とまた俯き加減で少しだけ笑って言った。

 

世の中には色素が不全で生まれる場合があると聞いた事はある。

実際に髪の色も目の色も個人差があって純粋な日本人であっても真っ黒とは限らない。

しかし、この白さはやはり何らかの異常なのだろう・・・。

高野は無神経な自分の言葉を反省しつつ話題を変えようと会話を続けた。

 

「なんでも屋さんって、何がメインなの?」

「電気系は好きですが法と倫理に反しない限り限り大体依頼された事はやっちゃいますね。」

「え!?1人で全部?」

「あ、いえ、できない事は出来る仲間に依頼したりして、だからなんでも屋になっちゃったんです。」

「へえ・・・、凄いな。」

「丸川の井坂さんとは祖父同士が知り合いだったので結構出入りしてたんですよ。」

「そうなんだ。」

「別の階のフロアーが多かったのでこちらの編集部にはお初ですけど。」

 

青年が帽子を取り髪の毛を暑そうにわさわさとかき回した。

 

ーああ、そういえば自分は父の望んだ白い髪でないとソラタが言ったな・・・。

 

高野は青年の横顔に、かつてたった1人愛した今は亡き恋人を思い出した。

あのまま大人になっていればソラタはこんな感じだったかもしれない。

そんな風に感じてマサムネは胸がキュッと痛んだ。

 

「井坂さんに言えばヘルプってお願いできるのかな?」

現在エメラルド編集部は日常的に人手不足だ。

編集者としてではなくとも軽作業や原稿の受け取りなどの手伝いをしてくれるバイト的な人物が欲しかった。

かといって、いい加減な姿勢のバイトを入れるつもりがなかったので、今まで人材募集頼をあげていなかった。

 

「どうでしょう。井坂さんとはきちんとした契約も交わしているわけではないですからわかりませんが、言ってもらえれば大丈夫じゃないでしょうか。俺側は問題ないんで。」

 

青年は小野寺と名乗り、もしお手伝いに来ることになったらよろしくお願いしますとまた少しはにかんで柔らかく笑った。

 

 

 

 

 

⭐️

 

「た〜かの〜。」

月曜の昼過ぎ、社長の井坂がその社長らしからぬ軽い足取りで秘書の朝比奈と共にエメラルド編集部にやってきた。

 

「あ、井坂さん、お疲れ様です。」

高野はまだ片付いていない編集部の荷物の山の中から顔をあげ社長に挨拶をする。

 

「書類見たけど小野寺を欲しいんだって?」

「欲しいというか、昨日工事の時に少し話をして良さそうな青年だったのでヘルプを頼めればと思ったんですが・・・。」

 

昨日のうちに繋がった社内ランから人材希望の書類を提出し、注として小野寺の事を書いておいたのだが、さすがに耳が早いと高野は感心していた。

 

「なにやらせたいの?」

井坂が相変わらず本意の見えない薄笑いで聞いてくる。

「なにって・・・、アンケートの集計とか、コピーや棚の整理、原稿の受け取りなどの軽作業ですけど。」

そこは正直に雑用であることを説明する。なにがどの程度できるかはわからないし、実際には使えない人材かもしれない。

とりあえず誰でもできそうなことからスタートとなるだろう。

 

「分かった。じゃあエメラルドに預ける。」

「ありがとうございます。」

「じゃあ、正式に書類を渡すから細かい事はそっちで詰めて。」

「わかりました。」

 

こちらからの要望が通ってホッとして井坂に礼を言うと、井坂は高野に背を向けて片手で挨拶をして帰りかけたが「あっ」と声をあげ首だけ振り返る。

 

「そうそう、あいつ、小野寺物産の会長の孫だからよろしく。」

と最後に言葉を残していった。

 

ーは!?なんだって?!

高野は驚いて声も出せずに棒立ちになった。

 

ーそんな坊ちゃんがなんでなんでも屋をやってんだ?

考えてもいない事実が意外すぎて二の句がつけない。

 

「高野編集長よろしいでしょうか?」

そんな高野に朝比奈が控えめに声をかける。

 

「は、はい・・・。すみませんでした。」

「井坂の言った事はお気になさらずに。小野寺さんはずっと海外にいらっしゃったのであまり日本の事情もご存じないのです。普通の会社勤めは難しい環境をお持ちですが、優秀な方なので他の方と変わらず、社会勉強も兼ねて使ってあげてください。」

秘書の朝比奈が補足説明と書類を差し出しながら言った。

 

「いえ、すみません。ちょっと驚いてしまって。ご配慮ありがとうございます。」

高野は礼を言って差し出された書類に目を通し名前にまた反応してしまう。

 

『小野寺律』

 

ーリツか・・・。なんとまあ俺の記憶を刺激する御曹司様だな

 

今はもう何の反応も見せない黒い板(タブレット)を想い浮かべてまたため息を一つついた。

あの時の女性サラはソラタを必ず取り戻す。その時までタブレットを大事にしておけと言った。

死んだ人間を取り戻すとはどういう意味だったのだろうか。

そもそもこのタブレットは何なのだろうか。

この中にソラタがいると言った。

 

でもあの日からこのタブレットは何の反応もしなくなった。そしてサラとも会えていない。

今はただの黒ガラスの板にしか見えない

 

あんな事を言われなければ俺は期待をせずにまたいつものようにソラタの事を諦められた。

なにも期待をしない。求めない。俺はそんな人間だった筈だ・・・。

 

いや・・・。ソラタを諦められる筈がない。

 

あの事があったから、俺はギリギリ人として生きていけたんだ。

そうでなければソラタを追って死んでいたかもしれない。

 

でも、あれから10年。もう待つのが苦しい。ソラタに会いたい。

 

 

 

 

 

とりあえず机の上にスペースを作らないと簡単な承認の仕事もできないと、高野は考えるのをやめ目先の片付け作業を続けることにした。

そこへ「ちわー」っと小野寺が顔を出した。

 

「高野さん、井坂さんに高野さんのところへ行けって言われました。」

小野寺がいつもの控えめな笑顔で高野のところにやってきた。

「今日も丸川に来てたんだ。」

「ええ、昨日の配線がきちんとできているか見守りです。」

「井坂さんから許可ももらったし書類も出したからこれからはこっちでよろしく。」

軽い挨拶を交わし高野が「注目!」とメンバーに声をかける。

皆は何事か?とダンボールの山の間から立ち上がり高野たちを注目した。

「雑用的な事をお願いすることになった小野寺君だ。」

「小野寺律です。よろしくお願いします。」

 

小野寺がぺこりと頭をさげると童顔最年長の木佐が寄ってきて

「わー、りっちゃんって何歳?」と早速声をかけていた。

「あ、25歳です。」

「バイトなの?」

「本業はなんでも屋です。祖父が井坂さんと知り合いなので社会勉強に使ってもらってます。」

木佐がおやつのどら焼きとペットボトルのお茶を手渡して聞くと、小野寺は不思議そうにそれを受け取りかざすように少し上にあげてくるくると回しながら見ていた。

「社会勉強?」

「ええ、外に出て何かする事が今までなかったのでで経験値が低いんです。」

 

小野寺はどら焼きを食べている木佐を見て、同じようにどら焼きを口にして「美味しい!」と嬉しそうに笑った。

 

「引きこもりだったの?」

木佐は小野寺の言葉に反射的に言葉を返してしまったようで「あ、ごめん、悪いこと聞いたかな?」と言うと「あ、いえ大丈夫です。心臓が悪くて・・・。」

小野寺は苦笑して頭をぽりぽりと掻いた。

 

「え!?本当にごめん。」

木佐が更に謝るが小野寺は困ったように慌てて「今は全然大丈夫なんで、こちらこそ気を遣わせてしまってごめんなさい。」と慌てて両手を開いて左右にブンブンと振った。

 

「生まれつきなんです。ずっと治療の意味もあって日本を離れていたんですけど今はマラソンもできるぐらい健康なので何でも言いつけてください。できるだけ色々なことをやりたいんです。」

小野寺はそれが本心であろうことがわかるほどすっきりとした綺麗な笑顔でそう言った。

 

「失礼ついでに髪の事も聞いていい?」

「あ、この白い髪ですね。染めてるんでななくて生まれつきです。曽祖父が同じように白髪だったようで似たようです。」

小野寺は暗にだから気にしてないという風にまた綺麗な顔で笑った。

 

「それより頂いたお菓子美味しいですね。これなんていうんですか?」

とどら焼きをさして嬉しそうに少し笑って言うので木佐がまたびっくりして「りっちゃんってどら焼きを知らないの?」と大きな声で言い「塩豆大福というのは先日食べました。周りがみょーんと伸びておもしろかったです。」と答えた。

 

「小野寺君の世間知らず度が分かったな。」

羽鳥が空気を変えようとして茶化して言うので小野寺がまた頭をぽりぽりと掻いて苦笑した。

「美味しいものはいつでも募集中です。」

「そんなこと言ったらこのお取り寄せ王子に太らされちゃうぞ。」

美濃も木佐をさして笑って言った。

 

これなら良い感じで仕事ができそうだと高野は一連の成り行きにホッとして、それにしても俺は世間知らずのおぼっちゃまをスカウトしてしまったのかとフウとため息をつくが、一方で不思議と嫌な感じがせずにいることで笑いが込み上げた。

 

ま、仕事はして見ないとわからないけどな

 

個性的なエメラルド編集部のニューフェイスを見つめる高野の目は優しかった。

 

 

 

 

⭐️

 

小野寺の雑用の片付けっぷりは中々のものだった。

いつも邪魔にならないように静かに、そして手際よく棚に入れる資料を片付けたり、コピーの資料などもわかりやすく個別のファイルに格納されインデックスがつけられた。

 

木佐が繋げたパソコンが不具合を起こした時は元のプログラムを見てバグを消去して使いやすくしたりもいてくれた。

 

「さすがなんでも屋さんだね。どんな事ができるの?」

「言ってくれれば俺が出来なくても会社の誰かがやります。」

小野寺はさらりと言うがそれにしても漠然としすぎだ。

 

「じゃあ、今までどんな仕事した?」

「今までですか?」

小野寺は少し首をかしげて考えたのち、

「衛星の軌道プログラムが一番高いお金を貰えた仕事でした。それから先週は草刈と結婚式の友人のさくらをやりました。」

「え〜、りっちゃんっておもしろいね。」

木佐はケタケタと笑って今回はコンビニドーナツを差し出しながら小野寺の肩をばんばんと叩いていた。

「さくら役は後からいろんな人にお茶を誘われて、時間がなくなっちゃって大変でした。」

「え!?それってナンパされたってこと?」

「ナンパ?ですか?ちょっと俺の言葉辞書にないんですけど・・・。」

「ナンパは、交際したいと思って声かけてきたってこと。世間知らず度高いから困るね。」

「木佐さんとのお話は為になります。だから電話番号とか教えてって言われたんですね、俺。」

「えー、教えたの?」

「ええ、でも俺の電話番号って会社のですから、あっちにかかってきちゃってたかもしれないですね。」

小野寺はしまったと眉間に皺を寄せて小さくため息をついたが、すぐに「このお菓子も美味しいですね。」とドーナツを食べながら嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 

⭐️

 

その日、エメラルドはやっと本日ギリギリで入稿を終え殺伐とした空気がやっと緩んでいた。

小野寺は今回の入稿で写植やトーンの張り方を覚えたりと中々の役だちっぷりだった。

基本、月水金の昼から夜の8時ぐらいまでヘルプに来てくれているのだが、今日はもう片付けぐらいしかやることは無い。

早く帰っていいと高野が言ったのだが、「こういう仕事こそ俺の仕事でしょう。高野さんが帰られるまでやってきます。」と資料を元の位置に直したり、ゲラのコピーを片付けたりしていた。

 

「小野寺は家はどっち方面?」

高野がそろそろ終いにしようと声をかけると

「最寄は◯◯駅です。」と高野と同じ駅を言う。

 

「へえ、きっと近いんだな、俺も◯◯駅なんだ。」

偶然ってあるもんだと感心しつつ、「じゃあ一緒に帰ろうか?小野寺は食事はどうする?」とパソコンを閉じ、立ち上がりながら何気に問うと「そうですね、いつもあまり考えて無いです。大体は家の近くのお店で適当に買って家で食べます。」と小野寺も終いの支度を終えバッグを抱え上げた。

 

「失礼だけど実家暮らしでは無いんだ?」

「え?実家?ですか?」

「小野寺物産の会長のお孫さんって聞いたけど。」

「ああ・・・。」

小野寺は綺麗な深緑の瞳を揺らしながら「俺、小野寺の家で暮らしたこと無いんです。父も亡くなってますし・・・。」と俯いて笑った。

 

 

 

⭐️

 

結局高野と小野寺は自宅最寄駅の近くのうどん屋で一緒に食事をすることにした。

「うどん?」

小野寺は不思議そうにその単語を繰り返す。

うどんにしたのは小野寺と居るとソラタのことを思い出すからで、そう思えば思うほど小野寺とうどんを食べてみたくなったからだった。

「俺の母方の実家のある県の名物の食べ物なんだけど、最近は評判であちこちに進出してきているんだ。」と説明をする。

「鶴亀うどん店って言って、太い麺類だよ。蕎麦とかパスタとか食べない?」

うどんを知らなそうな小野寺に高野は説明をする。

 

「パスタ?スパゲッティーニはたべます。」

「まあパスタとかとは麺としての食感は全然違うんだけどな、でもうまいぞ。うどんも。」

高野がニコリと笑うと小野寺も相変わらずの人懐こ笑顔で「楽しみです。」と答えた。

 

そうだ、この小野寺の無邪気に見える笑い顔がソラタを思い出させるのだと高野は切なくも感じたのだった。

 

「メニューを決めて頼むと麺を茹でてくれるから、トレイを持って先にすすむ。

そして、サイドで食べたければ天ぷらとかおむすびなんかもトレイに乗せて先にすすむと頼んだうどんができてくるから、最後のところで薬味とかかけてお金を払って席で食べる。」

 

高野が説明をしながら歩いて行くと刷り込みのひよこのように小野寺がくっついていく。

そしていちいちへーほーと感嘆の声を上げた。

 

「香川県のうどんはコシが大事で結構かみごたえがあるんだよ。博多のうどんは柔らかくて対照的だな。」

高野が食べながらうどんについてさらに説明をする。小野寺はいちいち興味深そうに聞くので余計に話がすすむ。聞き上手なやつだなと高野は感心していた。

 

「うどん初めてです。博多のうどんもどこかで食べられるんですか?」

「あまり出店しているとは聞かないから博多料理店とかに行くか、現地に行かないとダメだろうな。」

「博多ってたしか九州ですよね?」

「そうだな。」

「中々絶望的です。」

「ま。チャンスがあればまた食べてみたらいい。」

高野は楽しくなって小野寺の頭をぽんぽんと微笑みながら叩いた。

 

「高野さん、これ美味しいですね。」

小野寺が箸でうどんを掬い上げ麺を口に押し込むように食べているので「うどんやそばなんかの日本の麺はツルツルって食べるんだよ。」と麺をすすってみせると小野寺も真似をして勢いよくつるりと麺をすすった。

すると勢いで麺が跳ね上がった拍子につゆが飛んで顔にピシャリとついて小野寺は目を丸くして、そして恥ずかしそうに笑った。

 

その仕草がおかしくて高野も思わず声をあげ笑ってしまった。そしてかつてのソラタと食べたうどんのことを思い出して胸の奥がキュッと切なくなった。

 

「高野さんでもそんなに楽しそうに笑うことがあるんですね。」

小野寺が意外そうに言うので「そりゃ人間だから・・・。」とらしくなかった自分が少し恥ずかしくなって口ごもる。

 

「でも、俺も楽しいです。いつも色々なことを想像して暮らしてたので。」

小野寺の言葉に高野は身体が悪かったと言っていたことを思い出し、「まあ。またなんか美味いもの食いに行こうな。」と頭をポンポンと軽く叩いた。

 

 

 

⭐️

 

「高野さ〜ん、最近小野寺君とご飯食べに行ったりしてるんだって?」

木佐がニヤニヤとすり寄ってくるので「まあな、家が近かったから小野寺の社会勉強を兼ねてな。」と鬱陶しそうに手で払いながら書類から目を話さずに答える。

 

うどんを食べてから高野は小野寺を誘い和食洋食など手頃な食事を一緒にしていた。

今まで年下の部下もいなかった高野は気安く接することのできる小野寺との時間が楽しくて、つい次は何をしようかと探してしまうのだ。

 

「りっちゃん独り占めしてずるいよ。俺たちも誘ってよね。」

今度は木佐が不貞腐れたように言うので顔をあげると「バイトとはいえよくやってくれているので、親睦会とか歓迎会的なものはどうかなと思っていたのですが。」と羽鳥も木佐に続いて言う。

 

「確かに・・・。じゃあ明日来たら都合を聞いて誘ってどこかに行くか?」

高野の肯定の意見に美濃もいつもの爽やかな笑顔で「俺が店を探しておきますよ。5人なら予約も不要でしょうけど念のため。」と自ら幹事役を買って出てくれた。

 

 

翌日、当初そんなことはとんでもないと辞退していた小野寺だったが木佐たちが自分たちも飲む口実が欲しいのだという説得でやっと行くことを決めた。

しかし俯き加減の横顔が少しだけ嬉しそうに頬を染めていたのに皆気がついていた。

 

仕事を終えたメンバーは、美濃の予約した小綺麗な小料理屋にいた。

「俺、お酒飲むのって初めてなんです。」小野寺の言葉に一同愕然とした。

 

「え!?りっちゃん初めてなの?家でも?」

「ええ、飲んでみたいと思ってたんですけどチャンスがなくて。」

「どうしよう・・・。いいのかな?」

 

珍しく木佐が動揺していた。

しかし「本人がいいって言ってんだから大丈夫だろう?」と高野は気にしていなかった。

 

そもそもいい大人が酒の一つも飲んだことが無いっておかしいだろう。

まあ身体が悪かったっていうからそういうことだろうけど今は健康だっていうから少しぐらいなら試してみたらいいんじゃねぇと思っていた。

酔っ払っても最悪抱えて帰ればいいんだろうと思っていたからだった。

 

「じゃあ、何飲む?」高野が聞くと「とりあえずビールって言ってみたいです。」

と小野寺は少しだけ恥ずかしそうに答える。

「じゃあ注文で小野寺が言えばいいよ。ビール5個頼んで。」

「つまみは焼き鳥とか軟骨揚げとか?」

ワイワイとメニューを見ながら料理名を説明していくとその都度興味深そうに緑の目が揺れた。ほんとうに25歳かと疑いたくなる童顔だ。

 

「小野寺君は食べ物で好物は?」と美濃が聞くと

「好き嫌いはないはずです。」

と考えながら答えたので木佐が「それってやっぱり病気のせい?」と言いにくそうに聞いた。

 

「そうですね、2年ぐらい前に体調はよくなったんですけど周りの人がなかなか普通に暮らさせてくれなかったんです。その前も学校にも行けてなくて恥ずかしいお話ですが学歴的なものがないので普通の仕事はできないんです。」

「え!?学校も?」

「ええ、ずっとベッドの上でした・・・。今が夢のようです。」と小野寺は嬉しそうに笑った。

 

「そういうのってさ、運命とかさ、自分には責任のないそういうもんのせいだから。辛いよな。」

高野がつぶやくと

「いえ、辛いと思ったことはないです。確かに運命とかそういうものなのかもしれないけどそんななにかわからないもののせいでそうなったなんて思いたくなかったし、たとえ運命でも何かのせいにして生きていきたくなかったんです。」

「・・・。」

「生を受けたことにきっといつか感謝する日が来ると信じてました。そして今は感謝の毎日です。」

高野は小野寺の言葉に驚いていた。かつてのソラタは運命のせいであってマサムネのせいではないと慰めてくれた。だから生きることができていた。

しかしソラタに似ていると思った小野寺は運命のせいにして生きていきたくないと言った。

 

似ているけど二人は真逆だと思ったのだった。

 

「じゃあ最近食べた美味しかったものって何?」と美濃が聞くと

「高野さんの作ってくれたオムライスが美味しかったです。」と小野寺は答えた。

 

「えええ!!!?高野さん!?どういうこと?」

一同が目を見開いて驚いていた。

 

そりゃそうだろう。料理をして食べさせたってことは少なくとも家を行き来する関係ということだ。日頃の高野を見ていると何事もそつなくこなし、対人関係でも愛想よくしていても最後のラインは護り、上手に交わすように見える。それほど簡単に懐に入れるようには見えないからだ。

 

「偶然小野寺の住んでるマンションが俺の家の隣でさ、不健康なもん食ってたから野菜もつけて食わせた。」

高野は隠すようなことでもないのでありのままを告げると続けて小野寺が恥ずかしそうに

「高野さん、お料理が上手でいつでもお嫁に行けます。」とはにかんで笑った。

 

小野寺と高野が仲よさそうにそう言うので「小野寺君が女性だったらもうゴールインじゃ無いですか?」と珍しく羽鳥がニヤニヤと笑って会話に参戦したので「小野寺、男同士で嫁っていう表現はおかしいだろう。義兄弟とかそっちにいかないのか?羽鳥もだ。サファイヤに毒されたな。」

高野の返しに一同はドッと笑った。

 

 

 

⭐️

 

案の定小野寺は酔っ払って、マンションに着く頃には足取りさえおぼつかず、高野に引きずられるような有様だった。

 

ーしょうがねーな・・・。

 

高野は自分の部屋に小野寺を連れてきてそのまま泊めることにした。初飲酒と言っていたし、かつて病気で伏せっていたことも聞いている。

部屋に1人で放置してその後具合が悪くなってもいけない。

 

ーまあ2、3杯だけだったし、初めての飲酒だったからな、念のため。

 

高野は一旦ソファーに寝転ばせた小野寺を、自分の身支度が終わったところで抱えて起こし水をすすめ濡れタオルで顔を拭った。

 

「た、かのさん・・・、ありがとうございます。」

小野寺は高野にもたれ掛かって力もあまり入らないようで、半分寝ているような顔は相変わらず少年のようで、それが何とも微笑ましくて顔がにやけた。そしてすぐに小野寺に対して笑った自分に切ない思いが湧いて出ていた。

 

ソラタが大人になっていたらこんな風に2人で酒を飲むことができたのだろうか。なぜソラタと別れたままごく普通に笑ったりしていられるのだろうか。

 

そもそも今でも自分はもう一度ソラタと会えると信じていているのだろうか。

 

ソラタの死を自分は見ていない。しかし、自分さえ瀕死だったのだから、身を貫かれ即座に動かなくなったソラタは、サラの言った通り死んだと考えるのが当たり前だろう。

 

あれから10年が過ぎた。

 

何をどう探してもF機関の痕跡は辿れなかった。世間的にもまるでなかったように皆が口をつぐんだ。

 

待つ身が辛い・・・。

 

 

 

高野はソラタに似たその顔をそっと見つめ頬を撫でた。

 

 

 

 

 

⭐️

 

 

 

「小野寺、お前酒に弱いんだから少し練習したほうがいいんじゃないか?」

高野が小野寺のバイト終了後、自宅のカウンターで夕飯を支度しながらそう言うと「練習?って?」小野寺はきょとっと首をかしげた。

 

「カクテルみたいにさ、ジュースで割って度数を薄くして飲んでみるといいんじゃないか?」

「カクテルですか?先日はお世話をかけてしまったのでそのご提案はありがたいのですが、イマイチイメージできません。」

「俺が作ってやるから飲んでみるか?」

「え!高野さんが!?」

「ということで、これ、オレンジジュースなんかは酒と混ぜるとうまいぞ。」

高野がグラスを差し出すと小野寺がおずおずと受け取った。そして一口口にすると「わ!おいしい!」と顔をパーっと明るくした。

 

「赤いオレンジは珍しいだろう?ブラッドオレンジっていうんだ。」

高野がほらっとスライスした櫛形の赤いオレンジをナイフの上に乗せて差し出すと、小野寺はそれを受け取り口に含む。

「こっちもおいしい!」

こぼれ落ちそうに目を大きくして言うので「まあ、果物はそのままが一番うまいかもしれないけどな。」と高野も同じようにオレンジで割ったワインを飲んだ。

 

「スパークリングと水蜜桃もうまいぞ。それ飲んだら次はそっちを作ってやるから。それからつまみはこれ食え。」と平皿の上にさくらんぼやチーズ、生ハムやスティック野菜を載せたものを差し出した。

 

「さすが高野さんオシャレですね。」初めはおっかなびっくり飲んでいた小野寺だったが美味しさにグビグビと果汁割の酒を飲みながら嬉しそうに皿を見つめた。

 

 

 

 

⭐️

 

いくら果汁が多くたって酒なんだから量を飲めば酔っ払うだろう、そりゃな・・・。

あー失敗だな、と高野がまた小野寺をベッドに運ぶ。

 

前回も狭いベッドに男(ヤロー)2人でくっついて寝たのだ。

小野寺は高野にすり寄って丸まって寝ていた。その姿がさらにソラタを思い出させ複雑な気持ちになった。

 

こいつって髪は白いのに眉毛や睫毛は茶色いんだよな・・・。

先が濃い金の長い睫毛を高野の細く長い人差し指の背ですっと弾くと瞼がフルリと揺れ「ん・・・。」と身じろいだ。

小野寺の手が探るように高野の背をさすり上げ唇が少し開かれる。

その仕草はまさにキス待ちのようで、ソラタに似たその面ざしに高野は吸い寄せられるようにその唇に自身の唇を合わせる。

高野の舌が中に入れてと唇をさすると小野寺の舌がそれを迎えた。

 

 

そして・・・、息継ぎの瞬間小野寺の声が紡いだ音は高野を一瞬にして正気に引きもどした。

それは甘い言葉だった。

 

「マサムネ・・・。」

 

 

 

 

 

⭐️

 

「おはよう・・ござ・・います。」

「おう、おはよう。」

翌朝、まだ酒が抜けてなさそうなボンヤリとした顔で起きてきた小野寺の顔を高野はまじまじと見つめた。

10年前のことだ。いくら恋人とはいえたった一枚しかない写真の人物のビジュアル的な記憶はあやふやだ。髪の色は違っているが緑がかった目の色、まつげの長さ、丸みを帯びた頰のラインはシャープになっていて身長も小野寺は高い。

 

しかしそう思って見れば見るほど小野寺はソラタの面影を宿していた。

何よりあの声音・・・。ソラタのようにハリのある声でも弾けるような笑顔でもないし、声も幾分大人びている。

しかし、あれは愛しいソラタが自分を呼ぶイントネーションそのものだったではないか。

 

高野はあの後あまり眠れないまま朝を迎えていた。

 

小野寺が呟いた言葉が耳から離れず、しかし即座に叩き起こしてきき返すにしても相手は酩酊状態のうえ自分自身も色々な事をうまく咀嚼できていなかった。

 

「すみません。またご迷惑をおかけしたみたいで。」

 

小野寺は差し出されたミルクのたっぷり入った甘めのコーヒーを受け取り、申し訳なさそうに呟いた。

 

「ふっ、本当にお前酒に弱いな。」

 

高野は小野寺の髪をくしゅくしゅとかき混ぜてると気持ちよさそうに目を細める表情にも既視感を覚える。

 

ー ソラタなの?

 

そんな筈はないのについ言葉が溢れそうになる。小野寺は身体が悪くてずっと治療をしていたと言った。じゃあ何故自分のことをマサムネと言ったのだろう。

勿論高野の下の名前は政宗だ。そんなのは誰だって知っている。でもそれを夢心地で呼ぶとなると意味合いは全く異なるだろう。

 

もやもやとしたまま、しかし高野がそれを確認することのないままに時間が過ぎて行った。

 

「高野さんって今日はお時間ありますか?」

小野寺が窺うような目をして高野に予定を聞いてきた。

 

「別にないけど、なに?」

「実は行ってみたいところがあるんですけど1人では心細くて、いつも色々とご馳走して貰っているのでお昼ご飯などどうかと思って・・・。」

 

珍しい小野寺のお誘いに、高野は揺らいでいた気持ちが晴れるような気がしていた。

小野寺とソラタがどうであろうと、高野は小野寺と居る時間が楽しかった。

ソラタと小野寺が全く無関係だとしても、いや、むしろ無関係なら余計にこの楽しい関係を崩したくない。

そんな風に思い始めていた。

 

「食べ物屋なの?」

「えーっと、猫カフェってところです。なんでも屋の方の会社の人たちの間で評判になってるんで行ってみたいなって思ってるんです。」

「別にいいけど、動物大丈夫なの?」

「うーーーん・・・、猫はお初なのでそこも含めてって事でよろしくお願いします。」

小野寺がいつものように柔らかく笑うので高野もつられて口角を緩めた。

 

 

⭐️

 

「た、た、高野さん、これどうしたら!?」

「小野寺、大きな声出すと猫が驚くだろう、猫とはいえ攻撃してくれば爪は痛いぞ。」

「わ、わかってます。けど、動くからうまく抱けない・・・。」

「そりゃ生きもんなんだから動くだろう。おまえ下手くそだし。」

「だって・・・・、欠伸、欠伸しました。わわわ、こっち見てる!」

「あー、なんでもいいから手を輪に広げろ!」

高野は大騒ぎをしている小野寺から猫を取り上げ、組ませた手の上に別の白黒の猫をドンと乗せた。

小野寺は手を離したら猫が落ちるし、かといってまだ近くでは怖いしで硬直して半分涙目になっていた。

その姿がおかしくて高野はまた大声で笑うのだった。

 

 

「猫ちゃん可愛かったですね。」

最後の方ではだいぶ慣れた小野寺はランチを食べ、名残惜しそうにカフェを後にした。

 

「チンチラだっけ?毛の長いやつ。触らせないし、高いところで尻尾垂らしてこう揺らしてすげー気位が高そうだったな。猫ってすげーな。」

高野も色々な猫の姿に感激していた。一口に猫と言っても千差万別だった。

 

「来月には新しい猫が来るって言ってたからまた見に来ようぜ。」

高野の言葉に小野寺は誘った手前かホッとしたように笑い、高野もぐるぐるした思考を一旦棚上げし楽しい時間を過ごした感想に話の弾む2人だった。

 

 

 

午後からの仕事は校了明けということあってさほど忙しくなく、高野は軽い会議に出て、小野寺は棚で書類の整理をしていた。

エメラルド編集部のメンバーは作家と次月の進捗を確認したり校了前のたまっていた書類関係の片付けに勤しんでいた。

 

「リッちゃん、コピーをお願いしてもいい?」

木佐が小野寺に紙の束を差し出し小野寺は手を伸ばして書類を受け取ろうとした。

しかしその瞬間、その手に蜘蛛の巣のように赤い筋が広がっていることに木佐が気づいた。

 

「リッちゃん、これどうしたの?」

木佐が驚いた顔をして言うと小野寺もそれを見て目を見開いて狼狽えた。

赤い筋は手の甲から腕の上の方に伸びているようだった。

 

「あ・・・。」

小野寺は腕を押さえて一瞬だけ目を瞑ったが「だ、大丈夫です・・・。アレルギーだと思います。」とつぶやくように言って身を翻し、複合機に向かいコピーを始めた。その顔は青く冷や汗も出ているように見えた。

 

「リッちゃんの具合が悪そうだけどどうしよう・・・。」

木佐が羽鳥に耳打ちするように言うと言われた羽鳥も「え!?」と心配そうにそちらを見た。

羽鳥の目にも小野寺が不調そうであることが認められた。明らかに辛そうに立っている。

いつもだったら笑っていなくても、笑っているかのような柔らかい表情はその顔にはなく

眉間にシワまで寄っている。

 

「もうすぐ高野さん戻ると思うから言った方がいいな。」

そう言って再び小野寺を見つめた。

 

 

 

「小野寺、不調なのか?」

小野寺は後ろから急に声をかけられてびくりと飛び跳ね後ろに立っていた高野を振り返り見た。コピーがザンザンと紙を印刷している音に紛れ、高野が近寄っていたことに気づいていなかったのだ。

そして小野寺は怯えたような目をして「大丈夫です。」とコピー機の方に向きなおし出来上がったコピーを揃え始めた。

 

「大丈夫ってことないだろう。青い顔しているし腕のそれ、なに?」

高野が指で小野寺の赤いミミズ腫れのような筋を指し、硬質な声で問う。

「大丈夫です。」

小野寺は先ほど木佐にしたような説明はせずにひたすら大丈夫と言い続けていた。

高野はその姿にイラっとして小野寺の腕を乱暴に掴むと、そこからは明らかに熱い温度が感じられた。

 

「熱があるだろう!」

「いつものことなので大丈夫です。」

「いつものことって何?」

「ア、アレルギーです。」

「何?」

高野の剣幕に押された小野寺はとうとう「さっきの猫カフェで引っかかれただけなので、薬を飲めば治ります。」と目を伏せて言った。

「大丈夫なんです。大したことないんです。」

繰り返し訴える声は何故か泣きそうになっていた。

 

「だからまだ大丈夫なんです。」

そこでたかのはああそうかと気がついた。小野寺は体調が悪いことで自分が役立たずであると思われるのが怖いのだ。

きっと、ずっと周りに気を使って生きてきたのだろう。自分の生の意味を一番問いたかったのは、運命を呪いたいのは昔の俺ではなくまさに小野寺のような子だったのだろうな。

 

ソラタとは違う。ソラタは健康そのものだった。だから俺を丸ごと包んでくれた。本当は運命を呪うのではなく立ち向かえと言うべきところなのに俺のことを甘やかした。

 

「誰も小野寺のことをダメな奴なんて思わないから今日は休んだ方がいい。みんな心配しているから。そして元気になってまた手伝ってくれ。」

 

高野は小野寺を送って家に帰るとメンバーに伝えたのだった。

 

 

 

 

⭐️

 

小野寺は本人が言った通り薬を飲むと腕の腫れも引き、顔色も良くなっていった。

 

そしてどんなに身体をいじっても体質まではどうにもならないと泣きそうな顔でまた言った。

その顔を見て高野は先日以来の疑問をとうとう投げかけることにした。

 

 

「俺さあ、昔恋人がいたんだよ。」

 

高野はコーヒーを小野寺に手渡すと唐突に昔の話を始めた。小野寺がまっすぐに高野の目を見てパチリと一回大きく間瞬きをした。

 

「昔ですか?」

「そう、10年前。」

「10年!?」

「そう。」

 

 

「もう頭からバリバリ食って同化してしまいたいぐらいベタベタに好きでさ。世界は2人だけいればいいってぐらい精神的にも依存してた。」

 

高野の告白に小野寺は深緑の目を揺らした。

 

「え・・・、っと・・・。その方は?」

「死んだ・・・。」

「え!!」

「と思う・・・。見てないから・・・。」

 

高野がフッと一呼吸置き「小野寺ってそいつとなにか関係があるのかなって思って。」と続けた。

 

小野寺は話の展開についていけず相変わらず大きな目で高野のを見つめ続けている。

深緑の双眸は少し潤んで見えた。

 

「ソアラディアって知っている?」

 

しばらくの沈黙の後、高野は忘れたくても忘れられない愛しい恋人の名を告げた。小野寺はその名を聞くとガチャリとマグカップを取り落とし先ほどの体調不良の時のように蒼白となった。

 

その表情は、少なくとも無関係ではない事を如実に物語っている。慌ててカップを起こし、溢れた液体をティッシュで拭き取ろうとしているその横顔からはいつもの柔らかい雰囲気は消えていた。

 

小野寺の手からマグカップと濡れたティッシュを高野が抜き取り台所に片付けに行く間も小野寺は膝の上で手をギュッと握りしめ、俯いたまま顔を上げようとしなかった。

 

 

「小野寺って何者?」

 

高野が核心をつく言葉を投げ出すと「俺って・・・、何者なんでしょう・・・。」と小野寺は俯いたまま呟いた。

 

「高野さん、誤解のないように言っておきます。俺はソアラディアではありません。ソアラディアは死にました。そして・・・、今は此処にいます。」

と自分の胸を指差した。

 

「ここ?」

 

「俺の心臓です。」

 

「!」

 

「俺にはソアラディアの心臓を移植されています。」

 

「・・・。」

 

「時々ソアラディアが夢に出てきます。そしてとても寂しそうな目をするんです。」

 

小野寺は高野の顔を見つめて「そうか・・・。あなたに会いたがってたんですね。ソアラは・・・。」とその頬をなで薄く微笑んだ。

高野は身を乗り出したまま次の言葉を出せずにいた。何をどう言えば良いのか、聞きたいことは山ほどあるはずなのに思考は固まり、喉が詰まってうめき声さえ出なかった。

 

小野寺は高野の顔を見て眉間に皺を寄せ辛そうに「もう一度言います。俺とソアラディアは別人です。俺は・・・。ソアラディアじゃないんです。ソアラディアになってあげたいけど・・・。」と弱々しく言った。

 

その後小野寺は静かに立ち上がり、ぐるりと身体の向きを変えそのまま部屋から出て行った。高野は後ろにドアの閉まる音を聞きながら追いかけることもできずにいた。

頰を涙が伝っていると気がついたのはその直後だった。

 

 

 

 

 

 

 

⭐️

 

 

 

週末、小野寺は部屋にいなかった。

少なくとも不躾な事を言ったことに対して謝罪をしたかったのだが、何度部屋のベルを鳴らしても出てくることはなかった。

そして週が明け、会社に行った高野を待ち受けていたものは小野寺のエメラルドでのアルバイトの終了の連絡だった。

 

「井坂さん、小野寺はなんと?」

「ん?連絡は小野寺の会社の人からだったけど、別の仕事でしばらく行けそうにないから一旦契約は終了ってことになった。」

「えー!りっちゃんとさよならもできないの?』

木佐は急な事に驚きの声をあげ、他のメンバーも明らかにがっかりしている表情だった。

小野寺はすでにここの景色の一部となって皆に受け入れられていた事を高野は改めて思い知らされた。

 

「都合がつけばまた来てくれるのだろうか?」

羽鳥が独り言のようにつぶやくと「小野寺君手早くて気がきくし得難い人材だったよね。」

美濃も羽鳥の言葉を拾ってやはり独り言のように言った。

「学歴とか病歴とか気にしてたみたいだけど大丈夫かな・・・。」

 

「副業の方が引くてあまただったからな。いよいよ逃げられなくなったんじゃないか?」

井坂が机に尻を乗せて木佐から手渡されたカステラを食べながら感慨深そうに言う。

 

「え!副業ってなんでも屋がそんなに忙しいの?」

木佐が社長に言っているとは思えないほどフランクに聞き返すと

「あれ?知らなかったのか?小野寺ってAIの第一人者で某国の国防省に軟禁されてたぐらいなんだ。ほら・・・、あのF機関の事件でさー」とそこまで言ったところで「あ、やべー、これオフレコ事項だったわ。」と口を押さえた。

 

「今の忘れて、とにかくまた戻ってくるかどうかはわかんねーけどしばらくは休みだからバイト入れたいならまた申請書出して。」

と井坂は慌てて帰って行った。

 

 

高野は放心していた。

小野寺がいなくなったこともだが、初めてF機関のことが人の口から出た事に対して、それを聞いても動じなくなっていた自分に対して・・・。

 

大きな事件だった。

多くの人の関心を集めメディアでも連日取りだされたのに、ある時からパッタリとニュースにはならなくなった。

 

自分は当事者だったので多少の情報は開示されたがその後を追うことは出来ず、良さそうなところまで行くと何かが逆から消して回るように繋がりが途切れ、欲しいものは何一つ手に入らなかった。そして心が諦めた・・・。おそらく・・・。

 

ー ソラタは死んだのだ。

 

ー ならなぜあの時サラはあんな風に言ったんだ。

 

ー 俺が絶望しないためか?

 

ー いや、それは意味がないだろう。俺がどうしようと彼女には関係のないことだ。

 

ー このタブレットが大事だと言った。この中にソラタがいるんだと。

 

ー どういうことなのか全くわからない。

 

高野は寄せては返す波に浮かぶ木っ端のような気持ちにただ翻弄されていた。

しかし、今度はもやもやしたまま終える必要はない。まだカードは幾つかある。

とにかく小野寺と一度連絡を取ろう。このまま終わりは嫌だ。

 

コピーの雇用情報を握りしめ仕事が終わるのをひたすら待ったのだった。

 

 

 

⭐️

 

小野寺の連絡先の電話番号は会社だと言った。ならば小野寺が不在でも誰かが出るだろう。

午後、会社を早めに終え携帯をその番号あてに鳴らした高野は心臓が早鐘のように速度を増し打ち続けているのを感じた。

 

携帯を持つ手もじっとりと汗をかいている。

 

「はい、小野寺サービスです。」

 

電話口からは女性の声が聞こえた。

「すみません。あの、そちらに小野寺律さんはいらっしゃいますか?」

「あ、小野寺は不在です。」

「連絡を取りたいんですけど。私は高野と言います。」

そう言ったところで相手の女性が息を飲む音が聞こえた。

「マサムネ?」

「え!」

今度は高野が息を飲んだ。

「・・・、私はサラです。あの日あなたに会いに行った・・・。覚えてますか?」

「サラ!」

「律からあなたのことを聞きました。」

「サラ!話を!とにかく会って欲しい!」

高野は電話口でもどかしさから声を荒げた。

 

「わかりました。これから律の部屋に行きます。そこで・・・。」

サラは抵抗する気はないようで、高野に言葉短かく伝えた。

高野も「わかった」とだけ告げ電話を切り、自宅に急ぎ向かった。

 

 

 

 

 

⭐️

 

 

ソラタがもう居ないと言われてもずっと信じられなかった。

しかし一方でソラタが案内してくれたソラタの家と言われた場所が余りにも現実離れしていてソラタ自体の存在が泡沫(うたかた)だったのではと思う気持ちもあった。

あれは幸せな夢だったのではないだろうかと。

 

この中にあるものは何なんだろう?

夢だったのか、いやそんなわけはない、そんな風に長い間もやもやとした気持ちでいたことに少なくとも今回決着はつくのだろう。

その時に俺は何を思うのだろうか。

絶望か希望か?

 

高野は今は何の反応もしないタブレットを撫でていた。かつてこのタブレットは雄弁に自分たちのタブレット上での会話に割り込みソラタと自分の友人のようにそこにいた。

いま、リツは、ソラタとともにいたランは、どうなってしまっているのだろう。

 

程なくして携帯にサラから到着の連絡が入った。

高野は隣の部屋のベルを鳴らした。

 

隣に住んでいながら小野寺の部屋には入ったことがなかった。

いつも高野の部屋で食事を食べ、時にソラタと同様小野寺も泊まっていった。

そして思いの外小野寺の部屋は見事に散らかっていた。

 

会社ではファイリングなどあれほど素晴らしかったのにと高野は意外感で周りを見回した。

 

「散らかっててすみません。律は夢中になると何もかもどうでもよくなっちゃうんです。」

サラがソファーの上の雑誌などをどけてスペースを作り、高野に座るように勧めながら苦笑した。

散らかっている元は雑誌や書物(かきもの)、バラバラにされた何かの機械だった。

 

「まあ、実際普通に一人で生活を始めてからまだ2年ぐらいなので仕方がないかもしれないんです。」

「その・・・、心臓が悪かったとか?」

普通に生活をし始めてと聞いて高野は病気のことを聞くと

 

「そうですね。心臓を含めてこの世界で生きてくにはダメすぎる体ですね。」サラが遠い目をして話を始めた。

 

父クリス氏は、たどれば皇族につながるような古い名家の生まれでした。

代々続いた血族結婚で濃くなった血は近年では子供に色々な障害が出ていて、クリス・ソーファ氏も不妊治療の末誕生したと聞いています。

ソーファ氏はあの通り美しかったのですが成功者である祖父の面影を宿さずに生まれました。

その上子どもを望める身体ではなかったことで父や一族を落胆させたのです。

生まれた時から天才的な頭脳を持ちながら、その重圧からか若くして思想的に狂人のように暴走していたクリス氏よってF機関がその父の財力で設立され、その中でコンプレックスの一つ、子を持てないという問題解決を自らのわずかな生殖細胞と優秀な女性の卵子からの生殖細胞を調整することで解消したのです。

 

その半ばクローンのような状態で生まれたのが律です。

 

律は父の切望する白髪でしたがその身体には決定的な欠陥がありました。

クリス氏によって何度かの臓器移植手術なども行われましたが律の弱い身体にはなかなか適合せず、幼少期は多少なりとも普通の生活を送れていたのですが、移植の失敗を受けて、律の身体には大きな機械が接続され、もはやベッドの上でしか生きていけないようになったのです。

 

クリス氏は段々とそんな律に飽き、今度は生殖細胞の増殖ではなく完全なる律のクローンを作り新しい律を手に入れようとしました。

 

そして作られたのがソアラディアシリーズです。ソラタはそのD001号体です。

 

そこまで一気に話をした後サラは水を一口ごくりと飲み込んだ。

 

ところで、私たちのことを説明しておきます。

私たちはF機関で遺伝子操作で生まれた人間です。私たちの元となった卵子と精子はお金で買われたそうで、借り腹の生みの親とは血のつながりのない者ばかりです。

 

無理な洗脳によって幼い頃から実験的に数々の知識を植え付けられました。その負荷に耐えられず狂って死ぬ同胞も多数出て、その臓器が律に移植されたり第三国に売られたりしました。

 

元々の遺伝子操作の目的は色々で、卑猥な目的で製造された同胞もいます。

私はdollシリーズと呼ばれる容姿と頭脳に特化されたデザイナーズチャイルドです。

本来は外国の研究機関に売られ頭脳の解析実験をされるはずでした。

でもF機関が解体され今私は大学の研究室で働いています。律の口利きで雇ってもらってます。

 

 

「F機関ってなんだったんだ。」

「クリス氏のおもちゃ箱です。」

 

クリス氏の作った律のクローンは、外見は上等だったのですがなぜか皆心が宿りませんでした。人として活動できないのです。そしてクリス氏はそれも見限りました。クリス氏は上手くいかないものを簡単に放り出す性質なんです。失敗経験が乏しくそういうことを受け入れたくないと感じていたと推測されます。

 

律はソアラディアシリーズに心を痛めていました。心が宿らないと言っても人として作られているのにと。

そして、そんなソアラディアシリーズのソラタに対してまだ多少動くことの出来る体調だった頃の律が、自分の脳を全スキャンして記憶を植え付けました。

と同時に律の脳の発する電磁波を受信するレセプターとなる機械を取り付け、律の身体と同様に動くようにしたのです。

 

シリーズの中ではソラタは人として完璧だったので、クリス氏は脳自体をソラタを移す計画を立てたほどでした。クリス氏が律に飽きてしまわなければおそらく実行されていたでしょう。

律はソラタの身体を通して外界にバーチャルの世界として触れられるような感じだったようです。

でも律が段々と調子を崩し機械に繋がれ昏睡に陥るとるとソラタは律の代わりになりました。

 

「しかし小野寺は俺のことは覚えていない・・・。」

「昏睡になっている時の律はその時間のことをあまり覚えていないのです。それゆえソラタはリツにバックアップを取っていたのです。貴方にリツを託したのは、クリス氏がソラタにつけられた機械の事を知りたがっていたからです。クリス氏はそれを使って人間兵器としてクローンを動かすことを企んでいたのです。」

 

「人間兵器?」

 

「洗脳技術とクローン技術を使って・・・。ソラタはクローンの兵器を作ることを阻止したかった。その機械を何としてもクリス氏には渡したくなかったんです。」

高野は兵器というワードが出て、昔を思い出して身体を震わせた。

 

「ソラタが日本に来た目的の一つが、自分の血筋である小野寺氏を訪ね、協力を取り付けることでした。そしていざという時には自分の中の機械と律自身を抹消して欲しいと頼んだのです。」

「自分を抹消?!」

「そうです。自分自身を人質に取られれば周りの私たちが従わざるを得なくなるとわかっていたのです。」

「・・・。」

「小野寺氏は律の研究の成果を某国の国防省に売り保護をさせました。私たちが小野寺氏からの信頼を得て律とコンタクトを取るのに莫大な時間がかかりました。お陰さまで今は私たちを小野寺氏がバックアップしてくれています。」

 

途方も無い話だと高野は思った。しかし、そもそもが現実離れしたことばかりだった。

 

「このタブレットが有ればソラタに戻る?」

 

サラはユラユラと目を泳がせた。

 

「もちろんできます。それを律が望めば。」

 

「望まないことがある?」

 

「洗脳技術を使うので、植え付ける記憶はあれは残してこれを外すというほど万能ではありません。」

 

「?」

 

「過去の記憶を写すのですから、新たな律としての記憶はなくなる可能性があります。」

 

「え?」

 

「当初、私たちは優しいソラタを取り戻したかった。だから必死になって律を探しました。やっと見つけて大事に培養していたソラタの心臓を移植し目覚めた律と共に2年の間一緒に生きて・・・。運命に負けずに頑張ろうと生きることを模索してくれた律が好きになったのです。」

「・・・。」

「同じ律のはずなのに、ソラタと律はどこかが違います。それはきっと律が病身でソラタが健康だったからでしょう。だから律を取り戻しても貴方にコンタクトを取りませんでした。」

「・・・。」

「ごめんなさい・・・。」

「・・・。」

「大まかな説明はこんな感じです。」

 

高野はハッと我に返って震えを抑えながら言った。

 

「このタブレットの中のソラタはどういう状態なの?」

 

サラは言いにくそうに答えた。

 

「単なるデータです・・・。」

 

高野は黒いガラス板にしか見えないタブレットをそっとひと撫でしてつぶやくように言った。

 

「タブレットをお返ししてもいいでしょうか。」

 

「え!?」

 

「小野寺がソラタで無いことがわかりました。そしてやはりソラタはもうどこにもいないことも・・・。」

 

高野の目から涙の粒が筋になって落ちていた。

 

「ごめんなさい。私たちは・・・。」

 

サラもタブレットをうけ取り、胸に抱え込んで泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ー ピンポン

 

夜、高野の家のインターフォンが鳴った。

 

こんな遅い時間にだれ?とドアを開けるとそこには小野寺が立っていた。

 

会いたくなかった。それが高野の偽らざる気持ちであった。

 

「こんばんは。」

 

小野寺はにっこりと笑っていた。

 

「あ、ああ・・・。」

 

高野は曖昧に返事をした。

 

「マサムネとウドンを食べたくて来ました。」

 

「え?」

 

小野寺はレジ袋を下げていた。

 

「マサムネの言っていた香川のうどんです。」

 

「冗談はやめてくれ。もう俺の気持ちをかき回すのも・・・。」

 

「なんで?」

 

「ソラタはもういないのにどういうつもりなんだ。」

 

「思い出しただけです。昔のことを。」

 

「え?」

 

「俺はマサムネのソラタですよ。」

 

「・・・。」

 

「マサムネはソラタが好きなんですよね、だから律よりソラタを選んだ。」

 

「・・・。」

 

小野寺はソラタではなく小野寺の顔をしてクシャリと歪めた。

 

「だから俺はマサムネのソラタです。」

 

「そんな・・・。」

 

「ずっと待っててくれたんですよね?」

 

ソラタは律の顔でにっこりと笑いながら目の前でドロドロと崩れていった。

 

そこでハッと高野は目を覚ましたのだった。

 

 

 

身体がじっとりと汗で濡れていた。昨晩は眠れずやっと意識を手離したのは明けがた頃だった。今は何時かとスマホを見るともう朝の8時を過ぎていた。

昨日のことが夢のように感じる一方で今見た夢がまるで現実とダブった。

 

そこでふとインターフォンが鳴っていることに高野は気がついた。

この音があの夢に出て来たのか?と慌てて布団から飛び出し確認もせずにドアを開けた。

そこにはいつも少しはにかんだ小野寺ではなくにっこり笑った小野寺が立っていた。

 

 

「マサムネ、戻ってきました。」

 

小野寺は高野の顔を見るや否やその胸に抱きついた。

 

「ソラタ・・・?」

 

「サラに聞きました。ずっと待っててくれたって。」

 

「どうして?」

 

「マサムネがリツを持っていてくれたから。俺は戻ってこれました。リツはランが砕けてしまってショックでもう活動できずにいました。」

 

「じゃあ、お、小野寺は?」

 

「オリジナルの律ですか?」

 

「オリジナル?」

 

「律は自分がソラタになることを受け入れました。マサムネが待っているって知ったから。」

 

「・・・。」

 

「マサムネ・・・。好きです。」

 

高野は小さくて柔らかかったソラタと少し背も高くなった小野寺の身体のソラタとの違和感を押さえつけて、ソラタをギュッと抱きしめた。

 

 

 

⭐️

 

 

ソラタが高野の腕の中から深い緑の瞳で射抜くように問いかけた。

 

「マサムネは俺のことを好きですか?」

 

その言葉に高野は何を今更と思った。10年間ずっと忘れられなかった。ソラタが戻ってくるのをずっと待っていた。

 

しかし同時に湧き上がる違和感に、そんなの当たり前だと言うつもりの言葉が喉の奥でグッと詰まった。

 

小野寺はこんな強い視線を俺に向けたことはなかった。いつでもはにかんで俯き加減にでも真っ直ぐな言葉を発した。

赤くなったりアワアワと慌てたり、それがおかしくて、愛・・・しく・・・。

 

いや!何を考えてるんだ。やっと手に入れた愛しいソラタが俺からの愛の言葉を待っているというのに。

 

場を沈黙が支配した。ソラタはマサムネに顔を寄せてキスをねだるそぶりを見せた。

いつもソラタの唇の端にキスをしてて、ソラタも軽いキスを返し、高野がソラタにキスの雨を降らせるというやりとりが二人の日常だった。

 

「ソラタ、俺は・・・。」

 

高野がソラタを抱きしめたままキスをせずに髪に指を挿し入れてきつく抱きしめ顔を埋めた。

 

「やっぱりマサムネじゃない・・・。」

ソラタがふっと少しだけ息を吐いて呟いた。

 

「俺のマサムネはもういない・・・。」

ソラタはぽろぽろと涙を流して高野から離れようとした。

 

「ソラタなにを・・・。」

高野は驚いてソラタの腕を掴み引き寄せようとするがソラタはその腕を払いのけた。

 

「律なんて!コンプレックスの塊なのにどこかいいの?」

「小野寺とソラタは同じじゃないのか?」

「律の理想が俺だ。律は自分のできないことを俺に託したんだ。」

「・・・。」

「律が、マサムネが泣くから君が行きなよって身体を譲ってくれた。

弱くてダメダメなくせに、いつだって・・・、誰よりも優しいんだ・・・。」

 

「ごめんねマサムネ。わかってた。俺たちはもうすれ違いすぎたって・・・。だからここに来る前にトリガーを仕掛けておいた・・・。」

 

「トリガー?」

 

「マサムネが俺をなにも言わずに受け入れてくれたら律は消えるはずだった。」

 

「え!?」

 

「俺はただのデータに戻る。」

 

「そんな馬鹿な!」

 

「そして律の中に生き続ける。」

 

「!うそだ!ソラタ!俺の話を聞いて!」

 

「さよなら。またね。」

 

ソラタはふっと目を閉じ高野の腕の中で崩れるように脱力した。

 

 

 

 

 

そして・・・。

 

 

 

「律?今日はちゃんと飯食ったか?」

高野が茶色いサラサラの髪をかき混ぜて子供をあやすように言うと

「ちゃんと食べました。」と律が頰をぷくりと膨らめて睨んだ。

 

「睨んだって何にも怖くねーけどな。」

高野は笑ってまた律の髪をクシャクシャとかき混ぜた。

 

律は気持ち良さそうに目を細めた。

 

 

 

 

「高野さん今日はなんのご飯ですか?」

律が高野の胸に顔を埋めてふわりと言うと「今日はうどんだ。」と高野はにっこりと笑って言った。

 

「うどん、好きです。」

律は嬉しそうにニコリと笑い顔だけあげ高野を見上げた。

 

「ソラタも小野寺もみんなうどんが好きだった。」

 

目を覚ました小野寺の身体からはソラタも小野寺もいなくなっていた。

 

サラによると昏睡から目を覚ました直後の小野寺のような感じだと言った。

 

 

 

一時期は不安に思ったこともあったが、律の本質はやはりソラタであり、小野寺だった。

 

 

 

ー 俺はもう一度やり直してもいいのだろうか。

 

 

 

そう。何度でも恋をする。そこに君がいる限り。

 

愛しい人をもうまちがえない。

 

 

律、ソラタ、早く戻って来い。いつまでだってずっと待ってるから。

 

 

必ずもう一度・・・。

 

 

 

 




本編とは全く違っていますが、続きも書こうと思っています。
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