艦隊これくしょん The Bridge 君霞む海 作:Piyodori
本作は別に掲載している本編「The Bridge 君でないとだめなんだ」と同じ世界設定を持ったスピンオフ作品ですが、特に物語上の関係はありません。
サン・ダル海峡の北、20浬の洋上。濃霧のため、視程は1キロ足らず。
機関停止し、穏やかな海面にその船体をまかせている軽巡洋艦阿武隈の右舷甲板には紺色の制服と制帽に身を包んだ、日焼けした痩せぎすの男が立ち尽くしていた。この世界にやってきて南西部大平洋にあるスタンレー島のマキロン基地所属の水雷戦隊司令となったミヤノモリ アユム提督は、しきりに左手首をさすりながら、じっと海面を見つめていた。周囲は霧で真っ白だが、波は低く海面は穏やかだった。だが、海面下は少しも先を見通せないほど暗い。
「提督……」
さっきから甲板に立ったまま黙して動かない提督へ、軍艦の精とも化身ともいえる艦娘の阿武隈が遠慮がちに声をかけた。普段から自信のなさそうな話し方をする阿武隈だったが、今は特に控えめな声で言った。
「ああ……」
提督は我に返ったようにうなずくと、手にした花輪をそっと甲板から海へと投じた。ピンクや赤を基調とした花輪は水面に静かに着水し。波に揺られながら浮いている。
阿武隈はかかとををあわせて姿勢を正すと、海へ向かって敬礼を送った。一方の提督はじっと海面を見つめたまま動こうとしなかった。
『ねー、いい加減動かないと危ないよー。いくら霧だからって、このあたり潜水艦多いんだよー』
無線電話越しに僚艦の駆逐艦望月からかったるそうな声が届いた。停船している軽巡阿武隈の周囲で円を描くように、先ほどから駆逐艦望月と駆逐艦潮が敵潜水艦の警戒にあたっていたのだ。
「ねぇ提督、そろそろ……」
無線電話を受けた阿武隈も再度提督に促した。
「ああ、わかってる。両舷前進、原速。進路050」
「了解。阿武隈発進します」
鉄の塊である軍艦は、その生きた半身ともいえる艦娘が念じると同時に艦尾のスクリューを回しはじめた。船体がゆっくりと海面を滑り出す。
艦が動き出してもなお提督は左手首をさすりながら暗い海面を見つめていた。
――お前は今もこの水の底にいるのか?
提督の声なき問いかけに答える者はなかった。
***
前線のロングランド諸島泊地までの輸送船団の護衛任務を終えた軽巡阿武隈をはじめとする水雷戦隊の三隻は帰路に一度サン・ダル海峡に立ち寄った後、燃料補給のため、南西大平洋最大の航空基地がある、クレイン・フィールド基地の軍港に寄港した。
港へ入るや、大桟橋つながれた翔鶴型航空母艦二隻の威容がミヤノモリ提督達を迎えた。一隻はダークグレーの軍艦色。もう一隻には緑を基調とした幾何学的な迷彩塗装が施されている。
艦隊が湾内へ入ると、すぐに港のタグボートが係留場所へと案内するべく、軽巡阿武隈に横付けしてきた。
「提督、準備できたよ」
タグボートと指示に従って艦を停船させると、阿武隈は左舷のダビッドで内火艇を海面におろしてミヤノモリ提督を呼んだ。
提督は、ああと生返事をして舷梯から内火艇へととび移った。そのまま提督がぼんやりしていると、阿武隈は舷梯の上で不満そうにしていつまでも内火艇へ降りてこない。
「ああ、すまん……」
内火艇から提督が手を差し伸べると、ようやく阿武隈は提督の手を頼りに内火艇へ危なっかしくジャンプした。
「もう、提督ってば、ぼんやりしてー」
頬を膨らませる阿武隈を前に提督はかすかに笑みを浮かべた。どこで覚えてきたのか、ここ最近、阿武隈は船の乗り降りやイスに腰掛けるときなど、これ見よがしなエスコートを要求してくるようになった。
――そういえば、この前重巡熊野と仲良く話していたな……
日頃、甲斐甲斐しく世話をしてくれる有能な秘書艦なのだが、変なところが意固地で子供っぽく、そこがまた阿武隈の微笑ましい魅力だとミヤノモリ提督は常々思っていた。
二人を乗せた内火艇は上下に揺られながら軍港内一番奥の桟橋を目指して動き出した。翔鶴型空母の一隻である緑の迷彩を施しているほうの艦は給油中で、すでに罐が焚かれているらしく、煙突からは茶色い煙が吐き出されている。遠方の駆逐艦や巡洋艦にも運搬船が接舷して物資の積み込み作業中だった。
「もうすぐ出港みたいですね」
風で髪が乱れないようにデッキの内側にしゃがんだ阿武隈がエンジンの騒音に負けないように大声で言った。
「忙しいときに邪魔をしてしまったかな……」
操舵輪を回しながら提督はつぶやいた。
内火艇用の桟橋が近づいてくると、その先端に出迎えの二人の人影が見えてきた。白い制服姿の男と白い道着に赤いスカートをはいた、美しいプラチナ色の長い髪のたなびかせた艦娘が阿武隈とミヤノモリ提督を待っていた。
「どーもー、ミヤノモリ提督。お疲れっす!」
「航海お疲れ様でした。クレイン・フィールド港へようこそ」
白い第二種軍装を、襟元のカラーから第二ボタンまでをだらしなく開けた若い男が軽い調子で言い、これまた締まりのない敬礼を添える。一方、傍らに立った艦娘は深々と頭を下げて提督と阿武隈を迎えた。対照的にミヤノモリ提督と阿武隈はキリッとした敬礼を返してから、桟橋に降り立った。
「ナカツル君、おひさしぶり。今回は間際の連絡で済まなかった。補給を済ましたらすぐ出るから。どうやらそっちも出航間際だったようだな」
出航準備中の翔鶴型空母を見ながらミヤノモリ提督は眼前の若者、このクレイン・フィールドの指揮官であるナカツル ツバサ提督に詫びた。
「そんなこと、気にしなくいいっすよ。いつもの定期便ですから?」
「定期便?」
「ほら、一ヶ月ちょっと前に外南洋のナムル島に深海軍が上陸して、飛行場を作りはじめたの知ってますか? その邪魔をするために空母を持っている艦隊が持ち回りで爆撃しに行くことになったんですよ。今は二航戦の飛龍が当番についてますが、これから交代して今度はうちの瑞鶴がその当番やるんです」
なるほどとミヤノモリ提督は納得した。
広い戦線の各所で深海軍は上陸作戦を始めていた。外縁部のナムル島は無人島だったとはいえ、そこに飛行場を作られるのは非常に不都合なことだった。
「いつもの任務なので、どうかお気になさらずにゆっくりしていってくださいね」
傍らにいた艦娘の翔鶴がミヤノモリ提督と阿武隈に言った。
「翔鶴さんもこれから出航なの?」
やはり気がとがめたのか阿武隈が遠慮がちに尋ねると、ナカツル提督に付き従っていた翔鶴は笑って首を振った。
「いいえ、今日は妹の瑞鶴が出るので、わたしはお留守番です」
ミヤノモリ提督と阿武隈は二人に案内されて、平べったいコンクリート造りの無骨な司令部へ案内された。
他の島では、おしゃれな洋館だったり煉瓦造りの重厚な建物が司令部なっていることが多いのだが、ここの司令部はどこぞ田舎の村役場のような、面白味のない建物だった。
ミヤノモリ提督の経験では、熱帯でのコンクリ打ちっぱなしの建物はだいたい中が恐ろしく暑いものなのだが、意外にも司令部の玄関をくぐると心地よい涼風が四人を包み込んだ。
「ねぇ提督、これクーラーでしょ?」
阿武隈が提督の袖を引っ張りながら嬉しそうに言った。この世界では、エアコンがあまり普及していないのだ。
「ナカツル君ところは、ずいぶんと恵まれてるじゃないか」
ミヤノモリ提督がからかうようにいうと、ナカツル提督は頭かきながらそーっすねとうなずいた。
「一応、五航戦の本拠地なんで本部からは良くしてもらってますよ。クーラーもあるし。丘の上には大きな飛行場もあって連絡機が本土から週二回くらい来ます。それにこの前は、山の頂上に防空用の電探まで設置してもらいました」
電探だけはしょっちゅう壊れてあまり役に立たないんですけどね、と言い添えてナカツル提督は笑った。
事務所隣の応接室に通されて冷茶と羊羹が出されると、阿武隈は目を輝かせて言った。
「ねぇ、これってもしかして間宮さんの羊羹じゃない?」
「そうですよ。昨日の定期便で届いたんです」
「ええ、すごーい!」
阿武隈は驚きの声をあげた。阿武隈があまりにはしゃぐので、さすがにミヤノモリ提督も恥ずかしくなって苦笑いした。
「阿武隈、そんな大声出さないこと」
提督は阿武隈をたしなめながら、自分の羊羹を阿武隈の前へと置いた。
「いいの? 提督ありがとう」
くろもじにさした羊羹を一片口にした阿武隈の表情がほころぶ。
「おいしー。やっぱり間宮さんの羊羹は最高ですね」
無邪気な阿武隈の喜びように一同は笑顔を見合わせた。
しばらくの間、提督同士で天気の話やそれぞれの島での生活など、当たり障りのない世間話をしているとコツコツと応接室の扉をノックする音が聞こえた。どうぞとナカツル提督が入室を許可すると、合板のドアがわずかに開き、ドアの隙間から黒いロングヘアをツインテールにした弓をもった艦娘がバツ悪そうに応接室内を覗いた。やや吊り目なその双瞼に気の強さが見て取れる。
「あら瑞鶴。さぁ、いらっしゃい」
「うん……。その、もうすぐ出港の時間だから……」
翔鶴はその艦娘を招き入れようとしたが、ツインテールの艦娘はためらいがちにドアを少し開けるだけだった。一方、室内にいたナカツル提督は、その艦娘の顔を見るなり、あからさまに不機嫌そうに腕を組んでそっぽを向く。
「まーだいたのか、ぐずぐず油売って出発に遅れるんじゃないぞ」
それまでためらいがちに廊下にいた艦娘は顔を真っ赤にしてドアを押し開いた。
「はぁ、何言ってんの? 本気で爆撃されたいの?」
「瑞鶴、お客さんもいらっしゃるからちょっと落ち着いて。提督もそんな言い方しなくても……」
「俺は別に何も悪くないもん。こいつが勝手につまみ食いなんかするからいけないんだ」
「たかが、デザート一個で情けないわね! こんな器のちんけな男が提督さんだなんて、ほんと笑っちゃうわ!」
「言ったな、この七面鳥! 半年間、間宮羊羹禁止にすっぞ!」
「な、なによそれくらい。で、できるもんならやってみなさいよ!」
翔鶴があわてて間に割って入るが、ナカツル提督もツインテールの艦娘もお互い怒鳴り合って、顔を背け合った。
羊羹を口にくわえたままの阿武隈とミヤノモリ提督はあっけにとられて、突然のバトルを見ているほかなかった。
「二人とも、お客様の前よ!」
翔鶴が少し大きな声で言ったので、二人はようやく客人達のびっくりした表情に気づいたようだ。瑞鶴の顔が耳の先まで赤くなってゆく。
「ああーもう、提督さんのバカー! 知らない!」
そう捨てぜりふを残してツインテールの艦娘は応接間から廊下へと走っていってしまった。
「ちょっと瑞鶴! 待って、ずいかくー!」
それを翔鶴が慌てて追いかけていった。
大人気ない姿をもろに見せつけ、さすがにナカツル提督も恥ずかしかったとみえて、アハハとごまかし笑いを浮かべて姿勢を正した。
「いやー、まったくしょうがない艦娘ですね。ムキになっちゃって、あの艦娘ときたら恥ずかしいよねー」
その恥ずかしい艦娘以上にムキになって怒っている提督の姿を見せつけられたミヤノモリ提督と阿武隈はやむなく苦笑いで返した。
「一体、何があったの?」
阿武隈の問いにナカツル提督は恥ずかしそうに笑う。
「いや、べつにホントたいした事じゃないんすよ……」
「さっき、瑞鶴はデザートがどうのって言ってたが……」
ミヤノモリ提督が言うとナカツル提督は困ったように押し黙った。
「えええ! まさか本当にデザートのことでケンカしたの?」
「君もあきれた奴だな……」
「ちょ、ちょっと待って、聞いてくださいよ。はじまりは俺の出張中に冷蔵庫のナタ・デ・ココを瑞鶴のやつが勝手に食っちまったからですが」
阿武隈とミヤノモリ提督は呆れ果てた顔でナカツル提督を見る。
「わたしもナタ・デ・ココ大好きだけど……。さすがにそこまで……」
「確かに、食べ物の恨みは理屈じゃないが、ちょっと、な……」
「二人とも、そんな冷たい目で見る前に聞いてくださいよ! 俺は別に自分がナタ・デ・ココ食えなかったから怒ってんじゃないっすよ。そのナタデココはうちにいる駆逐艦の秋月にあげるはずだったんです」
ナカツル提督は必死に弁解する。
「秋月ちゃん?」
「そう、防空駆逐艦の秋月。いっつも頑張ってんのに、食堂で頼むのは決まっておにぎりと沢庵ばっかなんすよ。泊地にいるときくらい好きなものを食べていいと言っても、遠慮してんのか、贅沢しても、すいとんや雑炊みたいなのばかり。たまにはなにかお菓子でも食ったら?って言ったら、しばらく悩んでからナタ・デ・ココが食べたいって言うんで秋月が護衛任務に出ている間に珍しく届いた一つをとっておいたんですよ。それを、まったくあの瑞鶴のやつが……」
なるほどと阿武隈と提督は顔を見合わせた。
「それで、ケンカか……。でも出撃を前にあの言い方はどうだろう?」
ようやく廊下から翔鶴が戻ってきた。
「提督はとてもやさしい方だということはわたしも瑞鶴もわかっていますよ。一航戦の老朽……先輩方に辛くあたられたときも、提督は全力でわたし達姉妹を庇ってくれますから……」
翔鶴はそう言ってナカツル提督の肩に手を置いた。
「あいつは?」
「すっかりへそを曲げてしまってます……。さすがにあれでは瑞鶴も怒ります」
「俺からは謝らないぞ。あいつ、俺にあんな酷いことを……」
ナカツル提督は口をへの字に曲げて腕を組んだ。翔鶴は、困りましたねとため息をついた。
「瑞鶴ちゃんは提督になんて言ったの?」
興味本位に聞く阿武隈をミヤノモリ提督は無言でたしなめたが、質問された当のナカツル提督はノリノリだ。
「あいつ酷いんだよ。あいつ俺のことこの若ハゲーって言ったんだぜ……。それだけは許せないよ」
ミヤノモリ提督と阿武隈は首をかしげた。
「別に君はハゲてないだろ」
すると、ナカツル提督はわざわざアドミラルキャップを脱いで二人を脳天を見せつけた。
「ほら、ここだけ薄いでしょ? 十年後には絶対更地になる……」
「うーん……」
確かにやや薄毛ではあるようだが、まだまだハゲているようには見えない。無論、二人には十年後のことまでは判らない。
「だいぶ前ですが、俺が風呂で髪洗ってると、湯船で見ていた瑞鶴が言うんですよ。『提督さんはじき、脳天からハゲるねー』って。それ以来気になっちゃって……」
コンプレックスというものは案外自分だけが思いこんでいるものなのかもしれないとミヤノモリ提督は思った。それ以上に、ミヤノモリ提督は話の内容に妙な違和感を感じたものの、幸い阿武隈が反応しなかったので敢えてその違和感を無視することにした。
「そうしたら、今回あいつがまた言ったんですよ。『提督さんのハゲー』って……。いくらケンカしたって身体的特徴を突くのはルール違反じゃないですか? いくらキレた時だって、俺は瑞鶴にこの貧乳なんて絶対言いませんよ」
ナカツル提督はいたって真面目な顔で言う。ミヤノモリ提督は駄目だこれはとばかりに顔を手で覆い、阿武隈は頬を赤く染めながら自分の胸に手を当ててつぶやいた。
「ナカツル提督ってサイテー……」
ナカツル提督はなぜ自分が顰蹙を買っているのか理解できない様子で頭をかいた。
「さすがに俺も頭きたんで仕返しを考えたんです」
客達の冷たい視線もよそにナカツル提督はとても楽しそうに言った。もはや子供のケンカだ。翔鶴はため息をつく。
「あんなことすれば瑞鶴だって傷つきますよ……。困った提督……」
「君はなにをしたんだ?」
ナカツル提督はきししと嬉しそうに笑った。
「実は、うちでは酒保の裏に鶏を数匹飼ってるんですが、その一匹にズイカクって名前をつけてやったんです。ほんとは七面鳥が良かったんですけど、この島には七面鳥がいないんで、そのかわりです。ほら、鶏も七面鳥も似たようなもんでしょ?」
「はぁ?」
さすがにミヤノモリ提督も驚きの声をあげる。
「ズイカクがコケコッコー、朝になったら忘れずにズイカクに豆をやって。今朝はズイカクが卵を生んだぞ。今夜の夕飯はズイカクを締めてローストにしようか?ってな感じです。そしたらあいつものすごく怒ちゃってもう大変ですよ」
――それはそうだろうな……
翔鶴が呆れるのも納得だとミヤノモリ提督は思った。
「ナカツル提督ってほんとサイテー……」
阿武隈が軽蔑しきった視線をナカツル提督に送る。
「まぁ、とにかくそれ以来この二日。返事はしねーし、航空機管制用の矢を射ってきたり、今日から夜は一人で寝るーとか言って、リビングのソファーを占領したりと、もう好き放題。翔鶴はこんなにいい子なのになぁ」
「まぁ、提督ったら……」
翔鶴は顔を赤らめて身をよじる。そんなノロケ芝居をよそに阿武隈は驚愕の表情で口元に手をやる。
「い、今、一人で寝るって……。ど、どういうこと……」
「ん? 泊地にいるときは、うちはいつも三人同じ布団で川の字っすよ。ミヤノモリさんところは違うんですか?」
「ええ~! そんな……。同じって……」
阿武隈は一度ミヤノモリ提督を見てから、まるでトマトのように真っ赤になって頬を押さえる。翔鶴も少し気恥ずかしそうに顔を赤くしてうつむいた。
「阿武隈、そろそろ給油が終わった頃だと思う。望月と潮の様子を見てきてくれるかな」
妙な空気に覆われてしまった応接室の真ん中で、ミヤノモリ提督は助け船を出すように、にっこりと笑って阿武隈に命じた。
「えっ、あ、その、はい……」
阿武隈はオロオロしつつも立ち上がった。
「給油が終わったら食堂でお食事ですから、そこまで案内しますね、阿武隈ちゃん」
翔鶴に案内されて阿武隈が出てゆくと、ナカツル提督は無邪気に笑う。
「阿武隈ちゃん、ウブでかわいいな~。ミヤノモリさんとこは一緒に寝てないんですね」
「あいにく、君の所とは文化が違うんだ……。それに、私は犯罪者になる気はない」
ミヤノモリ提督は呆れたように言う。
「そうっすか? でも、いつまでも子供扱いもかわいそうですよ。艦娘っていくら幼い見かけの子でも、実際は俺たちの知ってる人間の子供とはやっぱり違いますよ。前世でいろいろあったせいか、こっちが子供扱いしていても、時折はっとさせられることも多いですよ」
ナカツル提督はふと真面目な顔でそう言った。
「それは認めるが……。さっき、艦娘と子供顔負けのケンカをしていた者の発言とも思えないな……」
それとこれとは別ですよとナカツルはバツの悪そうな顔をする。
「ところで、空母瑞鶴の出港時間はいつなんだ? ケンカ中でも出撃前の見送りくらいしてあげたらどうだ」
「あと一時間後です。見送りは嫌です。あいつがしおらしく謝ってくるまで、ぜーったい嫌です」
「つくづく、君も困った奴だ……」
強情に首を振るナカツル提督を前にミヤノモリ提督はため息をついた。
夕方、西日が部屋に差し込み始めたので、ナカツル提督はおもむろに立ち上がって窓の鎧戸を閉めた。応接室内は薄暗くなった。
「電気つけますよ」
まだいいよと、立ち上がろうとするナカツル提督をイスに留めて、ミヤノモリ提督はおもむろに言った。
「あるバカな男の話があってね……」
ミヤノモリ提督は、暗い応接室の中から、鎧戸の隙間からかすかにのぞく夕日へ顔を向けて話し始めた。