艦隊これくしょん The Bridge 君霞む海   作:Piyodori

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出港の時間

 外の日はだいぶ傾き、ブラインドにはみかん色の夕日が当たっている。ひとしきり話し終えたミヤノモリ提督は、しばらく薄暗いままの応接室からおろされたブラインドをじっと見つめていた。向かいに座ったナカツル提督も話の途中から身じろぎせずに黙っていた。

「いや、長々とつまらない話をしてしまってすまなかったね」

ミヤノモリ提督は辛気臭い話はこれまでとばかりに明るく言って、立ち上がるとブラインドを上げた。夕日が室内を明るくみかん色に染める。

「あれ? でも、朝潮型の霞って確か去年あたり、中部戦域でサルベージされたって話、ありませんでした?」

黙っていたナカツル提督は急に思い出したように言う。するとミヤノモリ提督はうなずいた。

「ああ、あったよ……。その一報を受けたんですぐに大潮と霰を連れて会いに行った。確かに艦も艦娘も霞だったよ。大潮や霰にとってはその霞だって同じ姉妹艦だから本当によかっと思う。ただ……」

「ただ?」

「ただ、そこにいた霞は私を見ても訝しげな目を向けるだけで、私のことをクズとは呼んでくれなかったよ……」

そう言ってミヤノモリ提督は悲しげに笑った。

「阿武隈、そこにいるんだろ? 入ったら?」

 ふとミヤノモリ提督がドアへ向かって言うと、合板のドアゆっくりと開きバツ悪そうに笑った阿武隈が応接室に入ってきた。

「おう、なんだ阿武隈ちゃん、そこにいたのか……」

ナカツル提督は驚いたふうに言う。

「えへへ……。盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど……。なんだか入りづらくて」

阿武隈は恐縮した様子で言うが、ミヤノモリ提督はハハハ減るもんでもないと笑った。

 ボーンボーンと掛け時計が一六○○時の訪れを告げた。

「しまった! ミヤノモリさん達はゆっくりしててください。俺、ちょっと出てきます」

ナカツル提督は突然立ち上がると、客人にそう言って大慌てで廊下へと出て行った。

「ああ、行ってこい」

走ってゆくナカツル提督の背中へミヤノモリ提督は力強く言った。

 

 

「瑞鶴、準備に抜かりはない? 忘れ物は大丈夫?」

「大丈夫よ翔鶴姉、準備万端。艦載機の積み込みも完了よ」

 クレイン・フィールド軍港の空母用大桟橋では、出撃用の装備一式に航空機管制用の弓矢を手にした艦娘の瑞鶴が姉の翔鶴の見送りを受けていた。もうすでに護衛の駆逐艦らは錨を上げ、外洋へ向けて出発しつつあった。

「くれぐれも潜水艦には気をつけてね?」

「うん平気。瑞鶴には幸運の女神がついているんだから」

そう言って瑞鶴は元気よくウインクしてみたが、瑞鶴はふと寂しそうな顔で広い桟橋を見回してため息をついた。

「しょうがない……。もう行くね」

「帰ってきたら、提督と仲直りするのよ」

「誰があんなのと……。絶対に嫌よ! じゃあ時間だから」

そう言って瑞鶴が舷梯の一段目に足をかけた時、司令部の方からおーいと声がした。ガントリー・クレーンの後ろから走ってきたのはナカツル提督だった。

「て、提督さん……。ふん、何しに来たのかしら」

一瞬、瑞鶴は驚いた顔をしたが、すぐに顔をつーんと背ける。

「おーい、待ってくれ!」

そう叫びながらダッシュしてきたナカツル提督はそのまま勢いよく瑞鶴に抱きついた。

「あら、まぁ」

「ちょ、ちょっと、て、提督さん、何やってのよ! ば、爆撃するよ」

いきなりのことに戸惑った瑞鶴が叫ぶが、提督は力強く瑞鶴を抱きしめたまま動かない。

「ああ、二百五十キロ爆弾でも五百キロ爆弾でもなんでも来い。ケンカの勝負がまだついてない。必ず帰ってこいよ。損傷なんかしたら許さないぞ……」

「はぁ? あ、当り前でしょ! 覚悟しておきなさい」

瑞鶴も提督の背中に手をまわし二人はしばし無言で抱擁した。

「じゃあ提督さん、翔鶴姉、行ってくるね!」

そう言って艦娘の瑞鶴は巨大な空母瑞鶴へ繋がる舷梯を駆け上がっていった。

「瑞鶴ったら、あんなキラキラして。きっと任務を終えたら大急ぎで帰ってきますよ、提督」

微笑ましく二人を見守っていた翔鶴が言うと、ナカツル提督はなら安心だと笑ってうなずいた。

 

 

 ミヤノモリ提督と阿武隈は、空母瑞鶴が大きく汽笛を鳴らして港湾から外洋へと出てゆく様子を司令部前のヤシの木陰から見送った。

「ナカツル提督、間にあったみたいですね」

「そうだな」

阿武隈の問いにミヤノモリ提督はうなずいた。

 しばらく空母の船出を見守っていた二人だったが、ふと阿武隈がミヤノモリ提督へ顔を向けて遠慮がちにたずねた。

「あの……。ねぇ提督。もし……、もし、わたしが沈んじゃったとしたら、霞ちゃんのように、提督はいつまでも覚えていてくれる?」

おずおずとそう質問した阿武隈の顔をミヤノモリ提督は表情のない顔でじっとのぞきこんだ。三、四秒そうしていたろうか……。提督はおもむろに右手を上げると、人差し指で阿武隈のおでこにぴしっと軽くデコピンを喰らわせた。

「きゃ! 痛っーい! ちょっと何するの」

不意打ちを食らって泣きそうな声を出す阿武隈に提督は呆れた顔で言った。

「そんな縁起でもないこと言った罰だ。阿武隈のこと、忘れる訳ないだろ。まったく……。それより、潮と望月を呼んできてくれ。休憩は終わり。そろそろ出発の準備を……」

「はい、あたし的にはそれでオーケーよ」

そう笑って、心なしか足取り軽く歩いてゆく阿武隈の後ろ姿へ、提督は儚い笑みを投げかけた。ミヤノモリ提督は制服の袖をめくって自分の左手首に巻いてあるエメラルドグリーンのリボンをやさしくさする。

――何も心配いらないよ、阿武隈。私はもう二度と、見送る側にはならないよ

出港の時間が近づいていた。




ここまで読んでくださった方へ、心より感謝いたします。
インスピレーション元は、昔国語の教科書に載っていたヘルマン・ヘッセ作「少年の日の思い出」です。できあがってみると、おおまかな構成と後悔の話というぐらいしか似てませんが……。
作中に出てくる翔鶴は、本編の方ではまっさきに被雷して港戻りになってしまった翔鶴と同一人物です。なので五航戦のナカツル提督は本編の方にも、脇役としてちらっと登場させるかもしれません。

※一度、友達の出店に相乗りするかたちでイベント頒布用に製本した在庫が少し残っているので、今後事情により本作を削除する場合があります。あらかじめご了承ください。
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