銀の星   作:ししゃも丸

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B級映画をみるような気軽な感じでお読みください。

ちなみに三万文字あります。


幕間劇 ウサミン・ウォーズ

 ??? 

 

 我々は選ばれた人間なのだ。

 遠い、遥か昔の偉人が残した言葉。私は思う。本当に我々は選ばれた人間なのだろうかと。私達は本当の意味で、故郷を捨てて逃げ出しただけの臆病者なのではないか、私はそう思って仕方がない。

 たしかに我が国家の技術力は彼の星と比べれば一歩も二歩も進んでいる。だからといって、我々は一切の介入はしていない。一部を除いて不干渉を貫いている。だからこそ、今日にいたるまで平和な時代が続いている。

 この地からあの母なる星を見上げれば、あそこには仕えるべき主が過ごしている。定期的に送られてくる文を読むだけで、あの方が幸せな生活を送っているのがわかる。主の幸せは、私の幸せでもある。これ以上ない喜びだ。

 それだというのに……。

 

『――ということです。時田、お願いできますね?』

「……はい、奥様」

『長く我が四条家に仕えた貴方です。納得はできないのはわかります。貴音さんには申し訳ないと思ってはいます。ですが、あの子も四条の人間。次期当主として教育をせねばなりません』

「そのための……婿取りなのですか?」

『遅かれ早かれそのつもりでした。今回は、よい縁談だと思っております。時田、何か思うことがあるのですか』

「――いえ。ただ、ご当主様はなんと」

『お前に任せる、としか申しておりません。あの人は男の子が欲しかったようですから。それに、少し不器用なところがありますし、中々本当の気持ちを口に出してはくれない人です』

「言葉が過ぎました。して、お嬢様にはすでにお伝えしたのですか?」

『……昨晩連絡をとりました。急でしたから、あまりいい顔はされませんでした』

「そう、ですか」

『……それでは時田、あとはお願いします』

「かしこまりました」

 

 通信端末から宙に投影されていたスクリーンが消え、端末の電源が消える。通信が完全に切れたことを確認した時田は、ぎゅっと拳に力を込めた。

 なんと無力なのだ。使えるべき主であるお嬢様の幸せを、執事の私が奪うことになるとは、皮肉にも程がある。

 しかし、奥様の考えもわからなくはない。ご当主様はお嬢様にあまり関心がない反面、奥様はお嬢様に愛情を注がれてきた。自分の娘だ、大切に思うのも当然である。

 それでも、それでもだ。いまのお嬢様の暮らしをご存じではない奥様には、この縁談はあまりいいとは言えない。

 部屋の扉が開く。

 入ってきたのは、自分と同じくお嬢様に仕えるメイドの恋々だった。

 

「奥様はなんと?」

 

 彼女はわかっていながも淡々と聞いてきた。

 

「私がお嬢様を迎えにいくことになった」

「そうかい……そうかい。どうすることもできないのかい?」

「恋々よ、聞かずともわかるであろう。私達にはどうすることもできんのだ」

「それはあまりにも残酷だ。お嬢様に仕える身として、これほど自分が無力だと思ったことはないよ」

「私もだよ。だが、私達は四条家の使用人。与えられた命に背くことはできないのだ」

「辛いねぇ、本当に辛い……」

「……そろそろ行かないと」

 

 これ以上は同じことを繰り返すだけだ。時田は苦しみから逃げるように部屋を出ようとする。立ちつくす恋々を通りすぎてすぐに後ろから声をかけられた。

 

「……あの御方に出会った時、どうするんだい?」

「どうするもなにも、私はただお嬢様をお迎えに向かうだけだ。それ以外のことは、私の知る所でないよ」

 

 そう、私にはどうすることもできないのだ。

 

 

 地球 日本 東京都某所

 

 その日もいつもの日常というやつだった。

 我が聖域にあるふかふかのベッドの上で目が覚める。最高の目覚めだ。最近は聖域ではなくなってしまったのが問題ではある。洗面所で身だしなみを整え、身支度を済ませる。それが終わる頃には、いつものように台所で朝食の準備をしている貴音がいる。たまに美希がやったり、二人の時もある。貴音が作った朝食を食べて、他愛もない会話をして貴音と美希と一緒に家を出る。ちなみにどちらかが休みだと玄関で見送ってくれる姿もある。

 これが、徹夜などせず至って普通の生活サイクルを送れたときのパターン。

 ただ、その日だけは違った。

 貴音の顔が妙に……そう、悲しそうだったのだ。理由は聞かなかった。それを見せたのがほんの一瞬だったからだ。今にも泣きそうで壊れてしまいそうな、そんな顔。

 事務所では特に何事もなかった。

 今日は外に出る仕事もないし、ずっと自分のオフィスで仕事をしていた。午後になれば今日の仕事にかなり余裕があるとわかるから、アイドル達の様子を見にトレーニングルームへ行ったり喫煙所で他の社員達と会話をする。

 ある社員が誇らしげに言った。「実はオレ、嫁さんと駆け落ちしたんですよ」唐突な発言にその場にいた全員が驚いた。もちろん、オレも。

 彼の武勇伝の内容はまあ普通によくある話だった。奥さんと結婚するために相手の家に挨拶に行ったはいいが、反対された。いや、駄目元で行ったらしいが。

 かなり口論にあい、最終的には奥さんと二人でこっちに来たらしい。なんともよくある話だ。だが、身近に当事者がいるとなんともリアリティがある。

 彼女の実家とは今ではうまくやっているらしい。なんでも、さすがに子供を見せに来てくれと向こうのお義母さんに言われて会いにいったら、驚くほど丸くなっていたとのことだ。

 ドラマだと思いながら仕事に戻り、気付けば終業の時間になった。帰ろうとしたところをちひろちゃんに呼び止められた。

 

「ぷ、プロデューサーさん! 今日このあとお食事でも、ど、どうですか?!」

 

 今日はやけに気合が入っているなと思った。正直言えば、この時のオレは「いいね、じゃあ行くか」と彼女と一緒にご飯を食べに行く気でいた。

 ただ、ふと脳裏に今日の貴音の顔が思い浮かんだ。たしか貴音は、今日は休みで一日家にいるはずだ。気になった。物凄く、心配になったのだと思う。

 彼女に申し訳ないが、丁重に断った。その時の顔は胸に罪悪感ができたほどだ。

 急いで帰るためにタクシーを捕まえて帰った。

 家に近づけば近づくほど、妙な胸騒ぎがしてならなかった。理由はわからなかった。マンションに着くまでは。

 マンションに着くと、目に信じられない光景が映った。

 光る何か。それは船、SF映画に出てくる戦闘機みたいなものだと何故かそう認識した。

 目を疑った。自分がおかしくなったのではないかと思った。だが、周りにいる人間は誰も気には留めない。誰も上を見上げることはないし騒ぐこともない。

 胸騒ぎがオレの頭に警告する。急げ、急げ、手遅れになるぞと。

 エレベーターに乗り込みボタンを押す。早くしろと何度も口に出す。

 開ききる前に扉を強引に開けるように飛び出す。自分の家の玄関の前に来て扉を開けた。

 

「っ!」

 

 光だ。

 ライトを急に照らされたかのようだった。サングラスをしているのについ反射的にそういう反応をした。

 しかし、それも一瞬だ。

 

「貴音! おい、貴音?!」

 

 返事はない。

 それでもアイツの名前を呼ぶ。歩くたびに何度も。リビングに入ると、光の向こうに人影が見えた。

 

「……貴音、か?」

「――あなた様」

 

 貴音だ。紛れもなく彼女の声だ。

 

「何をやっている?! これはなんだ?! ああ、とにかくだ。こっちにこい!」

 

 手を伸ばす。しかし、貴音は手を伸ばすどころか離れてしまう。

 

「お別れです、あなた様」

「なにを言って――」

「わたくしは、故郷に帰ります」

「故郷? だから、何を言って――」

「ウサミン星に帰り、わたくしは……結婚するんです。ごめんなさい。でも、わたくしがこうしなければ四条は……」

 

 突然の単語に動揺は隠せなかった。確かめたいがために言葉を口に出そうとした時、別の人間が出てきた。

 たぶん、老人だ。

 

「お嬢様、早くお乗りください」

「時田……」

「おい、爺ィ! 何、人んちのアイドルを拉致してる!」

「貴方様が……。例えそうであっても、貴方様には何もできません」

「ッ!」

 

 ベランダに向けて走り出す。走り出してほんの少し、胸に何か刺さった。

 

「……へ、こけおどし……か……?!」

「なんと。ゾウを一瞬で眠らせるほどの麻酔薬なのですが……。なら」

 

 撃ってくる。わかっているのに身体が言うことを聞かず、その場に膝をついた。

 痛み。

 また胸に撃たれた。

 

「時田!」

「ご安心を、死にはしません。それに、目覚めるころには……すべてなかったことになっております」

「……た……か、ね」

 

 消えゆく意識の中、手を伸ばす。

 見えない、お前の顔が。

 どこにいる。

 

「……さようなら、あなた様っ」

「ばか、やろう……」

 

 ……本当に馬鹿野郎だ、お前は。

 

 

 月改めウサミン星 

 

 地球と月の距離は384,400km。地球から打ち上げたロケットが、仮に人を乗せて向かった場合にかかる時間は数日だ。ただピストルが撃った弾のように真っ直ぐに向かうだけだったらもっと早いだろう。しかし人が乗っている以上、安全に月に向かわなければならない。

 ただ、それは地球の技術であればの話だ。

 ウサミン星には船と呼べるモノは限られている。

 それは何故か。彼らに船など必要ないからだ。ただ、船という意味合いも変わってくる。地球で言う船は、海、川を渡るものだが、この場合は宇宙だ。宇宙の海。

 技術力は地球より遥かに上だ。しかし、彼らにはそれだけで十分なのだ。他の惑星を探して移住、テラフォーミングする気もない。まして、地球に侵略するという行為もない。現状維持で間に合っているからだ。

 そんな彼らになぜ船があるのかと言えば、かつて地球から月に移住した際に残った数少ない貴重なものだからである。今は船など使わずとも、月と地球を結ぶ転送装置がいたるところに存在している。

 今回この輸送艇を使用したのも、貴音を迎えに向かうために使ったのに過ぎなかった。

 この輸送艇を使えば月に戻るのに数時間とかからない。小型のワープシステムがあるからだ。

 ワープをした輸送艇はウサミン星にたった一つしかない着陸地点場所へ自動操縦で向かう。場所はウサミン星にある軍の施設。技術力は大したものであるが、規模で言えば地球の警察以上特殊部隊未満。

 輸送艇が着陸し、貴音は時田の案内で家に向かう。数年ぶりの帰郷であった。

 軍の施設を通り、ウサミン星の都市部へと出る。

 入口には一台の車がある。形的にはリムジンであるが、タイヤがない。ウサミン星にタイヤはなく、すべてホバークラフトのようなもので移動する。

 リムジンに乗り込むと、そこにはすでに人がいた。

 貴音の母親だ。一児の母親と思えぬ若さ。美しい銀色の髪は、まさに貴音の母親だと認識できる。女優、モデル向きの容姿はたしかに遺伝している。

 

「……お母様っ」

「貴音さん、お帰りなさい」

「お母様!」

 

 貴音は久しぶりに会う母の胸に飛び込んだ。いつ振りかもわからぬ涙と一緒に。

 彼女はただ一言、

 

「ごめんなさい」

 

 許しを請うように呟いた。それから互いに何も喋らず、彼女が優しく貴音の頭を撫でる中、リムジンが市街地を抜け、一つの壁ともいえる特区へと通じるゲートへとたどり着く。

 ウサミン星には月の中に小さなドームがいくつかに分かれて存在している。その中でもっとも厳重に警備されているのが、皇族や貴族が住む特区である。

 例えるならば、地球でいうところの高級住宅地であろうか。規模は地球とは比べ物にならない。

 その中で最も広い面積を保有している一つが、四条家である。四条家はウサミン星を管理、運営している五摂家の内の一つ。言い換えればこの星の五大派閥の一つだ。

 四条家の外観はまるで武家屋敷である。市街地はSF映画に出てくるような街並みだが、ここが日本のようだと錯覚する。我々は変わっていないのだ、と言っているようだ。

 そんな場所でも、貴音にとっては久しぶりの我が家であった。

 

「貴音さん、あの人がお待ちです」

「……はい」

 

 貴音にはそれが誰なのかわかっていた。数年ぶりの我が家であるが、家の中のことはしっかりと覚えている。

 少し歩き、目的の場所である部屋の前で恋々が待っていた。

 

「婆や……!」

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「婆や、わたくし」

「お嬢様のお気持ちは痛い程、この恋々は心中お察ししております。ですが、ご当主様がお待ちしております。お話が終わった後、お嬢様の気が済むまでお付き合いさせていただきます」

「……ありがとう、婆や」

「勿体ないお言葉でございます。……ご当主様、貴音お嬢様が参られました」

『入れ』

 

 襖を開け、貴音は部屋に入る。部屋に敷き詰められた畳は一体何畳だっただろうか。貴音はそんなことを思いだしつつも、父の前まで歩きその場に正座で座った。

 貴音の父親は生まれてくる時代を間違えたのではないか、そう思えるほどの面構えをした男だ。

 侍、そう戦国武将のような容姿にも見える。ところどころ肌に皺が目立ち、60代後半のような印象を受けるが、年老いたおっさんなどとは感じさせない覇気がある。

 今にも後ろにかけられている日本刀を抜いてきそうな勢いだ。

 

「ただいま、戻りました」

「……」

 

 よく帰ったなとそんな言葉を言ってもらえないことぐらい貴音はわかっていた。

 お父様はわたくしのことに無関心だ。そのことは物心ついたころから気付いていた。

 まともに会話をしたことだってありはしない。ただ、貴音もそんな父を嫌悪しているわけではなかった。

 わからない人。ただ、そう思っていた。

 

「縁談の相手は聞いておるな」

「はい。同じ五摂家の九条家の次男と、お母様から聞いております」

 

 顔も知らない相手、と言いそうになるが貴音は堪えた。

 

「別に五摂家同士の縁談は珍しくない。むしろ、より良い血筋を残すためと、周りの奴らは言っておる。お前の母も、高峯の家から来た。なにもおかしくはない」

 

 高峯家の女は代々銀色の髪をした子が生まれると言われている。現に貴音も、その母親も銀色であった。

 

「四条には男がいない。この縁談は自然なものだ。だが、気に入らん」

「……」

 

 睨みつけるように貴音を見る。

 貴音は何も言わなかった。いや、目の前の父が何を言いたいのかがわからない。何を考えているのかがわからない。わたくしにどうしろと、何を言えば納得するのですか、そればかりが頭の中で渦巻く。

 

「下がっていい。式は明日だ。明日に備えて休め。」

「……失礼します」

 

 重い足取りで部屋をあとにしようと部屋を出るその直前、

 

「貴音」

「はい、なんでしょうか」

「ここを出る前のお前はまだ見る目があったが、今は見るに堪えない。残念だ」

「……ッ」

 

 貴音は初めて父親に怒りという感情を抱いた。

 この人にわたくしの一体何がわかるというのか。この気持ちが、今にも胸が弾けそうなこの想いをわかると言うのか! 貴方は一体わたくしの何を知っているんですか。地球で過ごした数年のわたくしの何を知っているのか。

 わたくしがどれだけここに帰ってきたくなかったことか。どれだけ、あの人に謝りたかったか。どれだけあの人にこの想いを打ち明けたかったか。

 貴方にはわからない。わかってほしくもない。

 けど、わたくしが一番愚かだということは……わかっている。

 残念……そうです、わたくしは残念な女。惨めな女。哀れな女。臆病な女。本当に、弱虫な女。

 結局、わたくしは四条を選んだ。選べたのに、選択できたのに、わたくしは選ぶ以前に逃げたのだ。家のためだと言い訳をして、四条に逃げたのだ。

 

「……失礼します」

 

 吐き捨てながら襖を強引に閉めた。

 

 

 地球 日本 東京都某所 プロデューサーが住むマンション

 

「――ハッ!」

 

 意識が戻ると、一瞬にして目を開けて起き上がった。プロデューサーは自分の状態を確認した。どうやらうつ伏せで寝ていたらしい。

 カランと床に何が落ちた。薬莢のようなものだ。それを手に取りじっと見つめた。

 まるで頭をハンマーで殴られたかのような感覚に見舞われた。

 

「そう、だった、思い出した!」

 

 思い出した。思い出したぞ。

 昨夜のことを全部思い出した。なんでついさっきまで忘れていたのかはわからない。いや、そんなことはどうでもいい。

 かつてない程の怒りが胸の中で蠢いている。しかし頭の中は至って冷静だ。そう、クールだ。冷えたビールのようだ。

 プロデューサーはまず目の前にあるベランダを確認した。記憶が正しければベランダに出る窓は開いていた筈なのに閉まっている。誰かが閉めたというのは変な話だ。それだったら寝ている自分を起こすはずだ。

 次に部屋を見渡した。記憶力はいい方だ。昨日の朝の風景はある程度覚えている。歩きながら一つ一つ確認していく。

(……これは、どうなっているんだ)

 プロデューサーは写真立てを手に取る。

 テレビボードの上にいくつか置いてある写真立て。それはいい。昨日も、というかいつもそこにある。問題はその写真だ。どれも自分と貴音や美希が写っている写真だったはずだ。なのに、これはおかしい。

 

「なんで、貴音がいないんだ」

 

 これも、あれも、みんなそうだ。本来貴音がいたはずの場所にアイツがいない。一人寂しくどっかの誰かさんが写っているだけ。プロデューサーは慌てて台所に向かった。

 食器棚には自分と貴音、それに美希用の食器がいくつかあったはずだった。

 予感は的中しここも“なかった”ことになっている。

(まさか!)

 寝室の隣の居間を開けた。そこには本来貴音が持ち込んだり、代わりに購入した衣装部屋になっている。部屋を埋め尽くすほどあったはず。

 これもなくなっている。あのカエルの着ぐるみもない。

 冷静だったはずの頭が急に熱くなっていく。慌てて部屋を飛び出し、隣の部屋に向かう。キーケースに一応持っていた貴音の部屋のスペアキーを差し込んで入る。

 

「貴音!」

 

 リビングを見渡した。何度か来たことがあるのである程度は覚えているが、これもおかしなことに貴音が所有していたものがなくなっている。

 刹那、あることに気付いた。

 そうだ、美希だ。美希がいたはずだ。

 彼女達の寝室の前に立つ。常識や良心がブレーキをかけず、プロデューサーは強引に寝室へと入った。

 誰かいる。美希だ。

 

「おい、起きろ美希! 起きろ!」

 

 両肩を掴んで揺する。美希のことなどお構いなしに。

 

「ん、ん――もぉ。はにーどうしたの? 朝這い?」

「寝ぼけてるんじゃない! 美希、お前は覚えているだろ?! アイツのことを!」

「おぼえてるぅ? アイツってだれ?」

「だれって、貴音に決まっているだろ! 四条貴音、お前と同じ765プロのアイドルで、お前とこの部屋を一緒にシェアしていた」

「たか、ね……? 誰、その女? もしかして、浮気?」

「ふざけんな! 貴音だよ! なんで、覚えていないんだ?! お前と貴音は……その、ライバルで、……アイドルしてというか、女の? いつもオレの部屋で一緒に飯食って、テレビ見たり、出かけたりしたろ?!」

 

 泣きそうな声でプロデューサーは声に出していた。思い出せ、なんで忘れているんだと。

 その時だ。急に美希が頭を抱えた。

 

「どうした、美希?」

「い、いたいよ、ハニー。頭が、割れそうなの……。たかね? 貴音はミキのライバルで、一番の……違う、そんな女いない……たかねなんて女、知らない……」

 

 熱くなっていた頭が急に冷めた。

 これは喜びに近い感情だ。自分だけじゃない。美希も覚えている。これは、消された記憶に、無理やり違う記憶を入れたに違いないとプロデューサーは確信した。自分一人だけじゃない。四条貴音のことを覚えているのはオレだけじゃないんだ。

 待てよ、となると……。

 プロデューサーはとんでもないことに気付いた。四条貴音が関わったモノすべての存在を消し、または入れ替え、人々の記憶を改竄する。

 そんなことできるわけ……。

 ありえない、不可能だと思ったが、地球には摩訶不思議な奴らが敵味方と存在していることを知っていれば、ありえないことではないことに気付いた。

 

「美希、すまないな。ゆっくりまた眠るといい」

「ハニー……どこかいくの?」

「ちょっと、ラーメンが好きなお姫様を迎えにな。帰って来たら、一緒にご飯を食べよう」

「……うん」

 

 美希の頭を優しく撫でると、彼は寝室を後にして自分の部屋に戻る。寝室にあるクローゼットを開ける。同じスーツが何着とハンガーにかけられている中、その下に置いてある大きなバッグを取りだす。大きさはだいたいゴルフバッグより少し大きいぐらいだろうか。

 プロデューサーが取りだすと、中から変な金属が擦れたような音が聞こえる。床におろし、ファスナーを下ろして中を覗き込む。

 銃。ずらりと銃器が入っている。銃だけではなく弾丸も箱ごと敷き詰められている。

 どれも非合法で手配した彼の私物だ。

 その中にあるショルダーホルスターと背面のヒップホルスターを手にとり身に着ける。バッグの中にあるH&K USPコンパクトとマテバ M-2008を取りだし、それぞれ点検してマガジンを込め、弾を装填。USPを背面、マテバを左の脇に装備する。

 前者は多くの機関に採用されているが、後者は某アニメの影響で発注した特注品だ。有りていに言えば、彼のお気に入り。

 

「貴音のやつ、ウサミン星って言っていたよな……」

 

 たしかに言っていたはずだ。仮にそれが真実だとしよう。思い当たる人物が一人。とても身近にいる人間だ。常識を疑いたくなるが、生憎その現実ってやつを目の当たりにしたばかりだ。本当のことなのだろう。

 なら、向かうはアイツの家だ。そこに貴音の下へ向かうための手段があるはず。

 プロデューサーは上着を着て、バッグを肩にかける。準備はできた。覚悟もある。

 

「戦争だ……」

 

 男は戦士となった。怒りに取りつかれた戦士に。

 彼は腰のUSPを抜いてスライドを引いた。

 戦いのゴングが、いま鳴った。

 

 

 地球 日本 千葉県某所 某アパート

 

 実を言うと、私は宇宙人だ。変な言い方をすれば、私から見た地球人もまた宇宙人であるのだが、この際は置いておくことにする。

 私の名前は安部菜々。出身ウサミン星、職業アイドル。最近肩と腰が痛くてしょうがない。

 これが私のアイドルとしてのプロフィールであるが、本当である。真実なのだ。

 ウサミン星にある安部家に生まれた私の人生は決まったも同然であった。安部家は代々四条家に仕える家柄である。私の母も、お婆ちゃんもメイドとして四条家に仕えている。

 そんな私が地球でアイドルをやっている理由は至極簡単で、というか歌って踊れる声優アイドルになりたくてやってきたのだ。娯楽が少ないウサミン星では地球の放送をジャックして流している。私が夢中になったのがアイドルでアニメである。

 その時の私は「アニメ最高! アイドルって可愛い! 日本に行く!」と只ならぬ思いを秘めながら生活していた。

 諸君らもどうして私が、現にアイドルとして活動できているのかと疑問に思うだろう。答えは簡単。半ば家出のように飛び出したからだ。

 曖昧なのは事情があり、四条家のご息女である貴音様が地球に降り立つことになったのだが、私はその護衛として付き添うことになっていた。しかし、その貴音様が護衛など不要と一蹴したものだからその話はなくなった。のだが、私はどうしても地球に行きたかったので、隙をついて故郷を飛び出したのです。

 地球に降りた私を待っていたのは前途多難な日々でした。メイドとしての英才教育を施されていなかったらやばかったです。ええ、本当に。まあ、他にもウサミン星が誇る超技術でやり過ごしたりしたのですが、まあ金がすべてといいますか、色々と大変だったのです。

 秋葉原のメイド喫茶や346カフェでウェイトレスをしているのも血の定めではなく、ただ自分の能力を最大限に発揮できるのがそれだっただけなのです。

 過程は省きますが、地球に来て少し経ち。アルバイト生活を送っていた私の下に一通の極秘指令が送られてきたのです。お婆ちゃんが直接来たので腰を抜かしました。

 なんでも貴音様がアイドルとして世間に触れることとなり、仮にも四条家の次期当主がこう世間の目に触れることになるとは予想もしておらず、ならばと陰ながら地球に滞在するウサミン星人が護衛をすることになったのです。

 そして、報告ではある男性とほぼ同棲のようなことをしていると言うのですから、ビックリってやつでした。

 ただ、その男性が……後に出会うプロデューサーと知った時は目を疑いました。

 向こうからすれば私の立ち位置はこれほどとないものなのでしょうが、当の本人である私は複雑でした。だって、お嬢様の顔を見たら……どうすることもできないじゃないですか。監視しているだけで辛かったです。だって、好きになってしまったんですよ、プロデューサーのこと。

 そんな板挟みな生活を送っていましたが、先日ある連絡が届きました。

『貴音お嬢様がご結婚なさる。貴方も帰ってきなさい』とお母さんとお婆ちゃんから連絡が来たのです。

 そして私は、こうして今荷造りをしています。

 

 

「はあ……。プロデューサーに連絡、した方がいいよね……。気まずいなあ。朝見た報告ではお嬢様に関する記憶は改竄したって話だけど……。でも、プロデューサーだし……」

 

 彼は並みの人間ではない。今日までプロデューサーと過ごしてそれだけはわかる。なんていうか、存在が非常識? ファミコンとかに出てくるバグった敵キャラ? みたいな感じだと菜々は感じていた。

 

「荷物は……全部はいいよね? どうせそういうことになっても、また取りにくればいいんだし」

 

 この婚姻が決まればきっと自分はお嬢様の専属メイドになる、という話だ。菜々は気まずくてしょうがなかった。お嬢様に仕えるのもそうだが、向こうに戻った時の反応というか、そういうのが気まずい。

 

「……よし、これで準備完了……って! いけない、慌てて荷造りしてたから寝間着のままでした。着替えは……メイド服でいいですよね」

 

 寝間着といってもジャージなのであまり見せられたものではない。上着とズボンを脱ぐ。白のブラジャーにショーツ姿になる。

 菜々の身長は146cm、B84である。本人は自身の体型に色々と思う所があるらしいが、恵まれている体型であるし、魅力的だ。

 

「ううぅ、ちょっと膨らみましたかね……。最近瑞樹さん達とよく飲みに行っちゃったのがまずかったかなぁ。これからは一層気を付けないとお母さんとお婆ちゃんに何か言われる……」

 

 想像しただけで身震いしながらも、ガーターベルトを着けて、ショーツの下に通す。白の網ストッキングを右足から履く。

(なんだか、こうアレですね。セクシーポーズってやつ)

 鏡がないので実際そうなのかはわからない。ただ、こういうことをしてプロデューサーは動じないというか、一般的な男性の反応はしてくれないんだろうなと菜々は肩を落とした。

 

「えーと、向こうのメイド服どこにしまったかなあ。バッグの中だっけ」

 

 ウサミン星でのメイド服というよりも、安部家の仕える際に着る正装がロングスカートのメイド服である。メイドは無暗に肌を晒してはいけない掟がある。なので、普段着ているミニスカートのメイド服では駄目なのだ。

 

「あれ、ないですねぇ。こっちだった―――」

 

 大音響。

 突然、玄関が粉砕された。玄関は木造なのでいともたやすくその役目は終わった。

 

「え?! え?! ちょ、一体なんなん――きゃぁあああああああ!!」

 

 菜々は悲鳴を上げた。下着を身に着けていながらも咄嗟に胸と股を隠しながらその場に座り込んだ。なによりも、その目に映った人物に驚かされた。

 

「プロデューサ―――――?!」

 

 なんでここに?! どうして、ていうかなんで銃を構えてるんですか?! ていうか、いま私下着姿のまま……。菜々は驚きのあまり混乱したが、状況は最悪だということに気づくのは、彼が自分に銃を突きつけていると認識した時であった。

 

「菜々、正直に答えろ。ウサミン星にはどうやって行く?」

 

 耳を疑った。話が違う。だって記憶の改竄は問題ないって……。

 先程自分で口に出したことを思い出せない菜々に混乱が続く。なによりも好きな人に銃を突きつけられているのだ。おかしくなるのも仕方がない。

 

「いや、言い方を変えよう。どうやってウサミン星に帰る?」

「な、何を言ってるんですか、プロデューサー。知ってるじゃないですか、ウサミン星は菜々のアイドルとしてのせって――」

 

 発砲。

 弾丸は菜々の後ろの壁に着弾。菜々は口を開けたまま目を見開いた。本当に撃つとは思ってもいなかったからだ。

 

「オレは嘘が嫌いだ。もう一度聞く。地球からウサミン星にはどうやって戻る?」

「で、ですから、菜々は、何も知らない――」

 

 突如、プロデューサーは菜々の右腕を無理やり掴み、強引に菜々を壁に叩きつけた。

 

「痛っ!」

「誤魔化すのもいい加減にしろッ! オレの目の前で貴音が宇宙船に乗っていくのを見ている! お前がウサミン星人だってわかっている! さあ、答えろ! ウサミン星にはどうやっていく! 貴音は何処にいるんだ?!」

「ヒッ!」

 

 菜々は見てしまった。かつてないほど、怒りに取りつかれた彼の形相を。菜々はそれに生まれて初めての、本当の恐怖を味わった。

 痛みと哀しみと恐怖の感情がまじりあう。菜々は涙を流しながら必死に声を出した。

 

「いたい、です。離して、離してください」

「いいから答えろ! お前達の目的はなんだ?!」

「ぐす、やめて、やめてくださいぃ! お願いですからぁ、もう、やめて、やめてくださいいぃよぉ……。プロデューサー、怖いよぉ……」

「ッ!」

 

 拘束を解き、プロデューサー菜々に銃口を向けた。

 崩れ落ちる菜々。アイドルではなく、一人の女性としても見せることのない恐怖と悲しみが混じった泣き顔。

 

「ぷろでゅーさーぁ……」

 

 必死に大好きな人の名前を呼ぶ。けれど、彼の指はゆっくりと引き金に手をかけ……。

 

「そこまでよ」

「!」

 

 新たな声。

 プロデューサーは咄嗟に菜々を盾にし、声が聞こえた先である玄関に銃口を向けた。

 

 

「……のあ?」

 

 高峯のあ。たしかに、彼女がそこにいた。

(なんで、ここに?)

 のあがどうしてここにいる。わからない。なぜ? とプロデューサーは思考を巡らせる。しかし、考えてみればすぐにわかった。

 

「そうか、お前もウサミン星人だな。答えろ、お前達はどうやて――」

 

 銃口を向けながら質問するが、のあは彼の下に近づいてくる。動揺しつつも、プロデューサーは照準をのあに合わせ、警告する。

 

「止まれ!」

「今の貴方に、私は止められない。止められるのは私だけ」

「いいから止まれって言ってるんだ――」

 

 パチン! 左の頬に痛み。打たれた。痛い、けど、何かが切れた。呆気にとられたとも言えるのかも知れない。

 

「目は覚めた? いま、貴方が何をしているのかわかってる?」

「……」

「わからない? 貴方は、自分のアイドルを傷つけた。それだけじゃないわ。銃を向けただけではなく撃った。そして、盾にしたのよ。答えて頂戴。貴方はプロデューサー。それなのにどういうことなの? そんな貴方が、胸を張ってあの子の前に立てるの?」

「オレは……」

 

 菜々を拘束していた手が緩み、彼女はその場に座り込む。

 

「のあ、ざま……」

 

 菜々は言ったその一言が、現実へと戻した。

 

「――は? のあ様?」

「……私のことは後で話すわ。それよりも、5分ほど外に出てるから、なんとかしておくことね」

 

 のあの視線が菜々に向けられた。プロデューサーも釣られて菜々を見た。

 言葉にできない罪悪感が自分を締め付けた。

 放心したプロデューサーなど気に留めることもなく、のあは部屋を出て行く。

 USPをホルスターにしまい、その場に膝をつく。菜々は泣いている。両手で顔を覆い、泣いている。見ないで、私を見ないでと言っているようだ。むしろ、拒絶しているように彼は感じた。

 

「……菜々」

 

 彼女の名を呼びながら、プロデューサーは前から菜々を抱きしめた。しかし、彼女はそれを振り払うように暴れた。

 

「ばかぁ! プロデューサーのばかぁ! 最低! 畜生! 女の敵! 変態!」

「すまない、本当にすまない。オレ、頭に血が上って……貴音がいなくなってどうかなっちまってた」

「そんなの、言われなくたって知ってますもん……。お嬢様がプロデューサーを見る目は、物凄く優しくて。プロデューサーだって、お嬢様に向ける顔は、ナナたちには見せてくれない顔で」

「もしかして、ずっと見てたのか」

「そうですよ! 視てましたよぉ! 暇なときはずーーっと! わかります?! お嬢様に仕える身分の女の子が、お嬢様の一番近くにいる男性を監視しなくちゃいけないのに、その男がプロデューサーでぇ! ナナが好きな人で! でも、二人は、二人は……お似合いで……」

「菜々」

「うわぁあああああん!! 優しくしないでくだいよぉ!!」

 

 泣き叫ぶ菜々をぎゅっと抱きしめた。今度は優しく、彼女を抱きしめた。

 

 菜々が泣き止むまでプロデューサーはずっと抱きしめていた。泣き止むと、プロデューサーは上着を脱いで菜々の肩にかけた。

 落ち着いた菜々がプロデューサーを睨みつけながら言いだした。

 

「……ってください」

「え?」

「だから! 責任をとってください! ナナをこんな目に遭わせて、傷つけられて、それに裸だって見られてたんですよ?!」

「いや、別に水着とそんなかわら――」

「最低、変態、ド変態、畜生、ド畜生、男の屑、女の敵」

「……ごめんなさい」

「じゃあ、責任とってください」

「……わかった。全部片付いたら、なんでも言うこと聞く。責任もとる」

「約束ですからね。嘘ついたらツイッタ―で拡散させて炎上させますから」

 

 最近何かと話題になるSNS。利用してもいないし、特に興味ないと思っていたが、他人事ではなくなった。

 そんな中、のあが戻ってきた。

 

「あら、じゃあ私も責任をとってもらえるのかしら?」

「……待っているんじゃなかったのか?」

「5分はとっくに過ぎているわ」

「お前、これが狙いだろ」

「なんのことかしら。それに貴方の目的を達成させるには、私の力が必要不可欠よ。それぐらいの見返りがあってもいい、そう私は思っているのだけれど。違うかしら?」

「……わかった。ただし、全部片付いたらな」

「それでよくってよ。さて、菜々。まずは服を着なさい。話はそれからよ」

「は、はい、のあ様」

「のあでいいわ。ところで」

「なんだ」

「いつまで抱きしめているのかしら。もう必要はないと判断するわ」

 

 そうだなと頷きながら菜々から離れようとするが、当の菜々が胸を掴んで離れようとはしなかった。

 

「もうちょっとこのままで」

「……菜々」

「のあさんでも、ここは譲れません」

 

 女の戦いが幕を開けた。

 

 

 菜々のアパートから場所は変わり、免許を持っているとは聞いていなかったのだが、のあがどこからか持ってきた車をプロデューサーが運転しながら目的地へと向かっていた。

 

「色々と聞きたいことがあるでしょうから説明するけど、じっくりコースとあっさりコース、どちらがいいからしら」

「じっくりコースで」

「そう。まずは、そうね。私達のことからしらね。貴方はさっき私達の事をウサミン星人なんて呼んだけど、厳密に言えば私達も地球人よ」

「……宇宙人じゃないのか」

「それを言ったら地球人だってそうよ。元々私達の祖先は地球に住んでいたらしいの。それも遥か昔のことよ。理由は定かではないけど、祖先は地球を出てあなたたちの言う月へと向かった」

「ちょっと待ってくれ。月は月だろ?」

「いいえ、プロデューサー。私達は月のことを昔からウサミン星と呼んでいるんです」

 

 助手席に座る菜々が間に入って答えた。

 

「ですから、プロデューサーの言うように『ウサミン星人』と呼ぶのもあながち間違いではないんです」

「ふーん。で、なんでお前らは地球に?」

「その理由は人それぞれでもあり、五摂家の考え方にもよるわ。地球上のあらゆる機関、政府、会社に私達の同胞が潜伏しているわ。時に我々の技術を教え、危険だと判断されたモノは影で排除してきた」

「フリーメイソンみたいなものか?」

「似たようなものよ。私達が地球に対して侵略行為をしないのもわかるでしょう?」

「記憶の改竄だけではなく、事象の改変。頭がおかしくなる」

「ナナ的には、プロデューサーが平然としていることに驚きですよ……」

「地球じゃよくあることだ」

「いや、ないですよ?! あ、次の角を左です」

 

 指示されてハンドルを左にきろうと思ったが信号が赤になった。

 

「じゃあついでに聞くが、お前らはなんで地球に来た?」

「それは……その、歌って踊れる声優アイドルになりに」

「それ、マジなのか?」

「だって、ウサミン星は娯楽が少ないんですよ。態々地球の放送をジャックして流すぐらいなんですから」

「そ、そうか。で、のあは?」

「私は貴音の影響が大きいからしら」

「聞こうと思ってたが、お前ら貴音のこと知っているのか?」

「知っているもなにも、安部家は代々四条家に仕える家柄で、私も本当は貴音お嬢様のメイドとして仕えることになっていたんです。まあ、お嬢様とはしばらく会っていませんけど」

「へー、そうだったのか」

 

 相槌を打ちながら彼は信号が青になったのでアクセルペダルを踏んだ。

 

「ちなみに私は貴音の従姉妹よ」

「はぁああ?!

 

 突然の発言にプロデューサーは柄にもなく驚き、思いっきりアクセルを踏んだ。その所為で車は急発進しながら角を曲がった。

 

「安全運転でお願いしたいのだけど」

「す、すまん。年甲斐もなく驚いた。いや、マジで」

「彼女の母親が私の母と姉妹なのよ。ちなみに私が姉よ」

「初めて会った時からずっと思ってたんだよ。髪の色があまりにも似てるなって」

「高峯の女は代々この髪の色らしいわ。あの子もそれが遺伝したんでしょうね」

「そ、そうなのか」

 

 のあと初めて出会った時、間違えて貴音の名前を呼んだのが始まりだ。後ろ姿だけで、よく見れば髪も違うのだが、銀色をした綺麗な髪があまりにも似ていた所為で間違えたのを彼は思い出した。

 

「でよ、そろそろ本題に入りたいんだが、なんでこんなことになった? あいつは……結婚とかどうとか言っていたが」

「それは本当です。四条家には男の子が生まれず、お嬢様が次期当主になることは昔から言われていて、今回の婚姻も婿をもらう話になっています」

「それにしても、あまりに急すぎる」

「私達からすればそれほど驚くことではないわ。五摂家の婚姻なんてこんなものよ。家の存続と血筋の確保。くだらないわ」

「なんで、年上のお前がまだ未婚なんだ。いや、アイドルとしては困るが」

 

 その瞬間、バックミラーでたしかに見た。のあのこめかみが反応したのを。

 

「相手が見つからなかっただけよ。私の相手は自分で見つけることにしているの。それも、もう不要だけれど」

「……あ、そう」

 

 のあは悔しい顔をしているのが、ミラーを見なくてもひしひしと伝わってきている。

 

「それで? 相手の男はどんな奴だ?」

「九条家の次男だと聞いています。ナナは見たことありませんが、のあさんは?」

「あるわよ。冴えない男だったわ。貴方を大木と例えるなら、アレは……小枝ね。曲げたらすぐに折れてしまいそうなぐらい貧弱な男」

「ふん。アイツには釣り合うのは、生半可な奴では勤まらん」

「あら、まるで自分がそうだと言っているように聞こえるわ」

「知らん」

「プロデューサーも照れちゃって……あ、あそこです。あの家」

 

 車は目的地に着いた。

 プロデューサーは周囲を見回したが、至って普通の住宅地。その目的の家も、一階建てのどこにでもある住宅のように見えた。

 菜々とのあが家に向かって歩き出した。彼は続くようにその後ろを歩きながら尋ねた。

 

「これが、そうなのか?」

「はい。外観はたしかに地球の物です。ですが、この拠点を中心に認識阻害を発する電波が流れているので、誰も気には留めません。細かく言えば、この町を管理している市にも同胞が潜入にしているので、根回しは済んでいるんです」

「補足すれば、ここは拠点の一つね。私も全部は把握していないけれど、あちらこちらに拠点はあるわ」

「侵略してないとかいつつ、かなり侵略しているように聞こえるな」

「気のせいよ」

「のあもここを通って来たのか?」

「違うわ。私は都内のある場所から来たの。今だから言うけれど、こっちに来てすぐに貴方に声をかけられたわ」

「……マジ?」

「マジよ。出会うべくして私達は出会ったの。まるで運命的じゃないかしら?」

 

 あまり笑顔を見せないのあが、振り向いて彼にその笑みを見せた。こんな状況でなければ見惚れていたに違いない。

 

「運命なんて信じない質でね。必然だとオレは思ってるがね」

「貴方のそういうところ、好きよ」

「どうも」

「つれないわね」

 

 気付けば自分達の世界に入っていた二人を見て菜々は嫉妬した。先程の仕返しかと思ったが、すぐに考えるのをやめた。不毛すぎる。

 玄関に辿りつくと、菜々が鍵を開けて先に中に入る。のあの後に続いて中に入ると、そこには想像していたものとはかけ離れた光景があった。

 建物の中には一つの人工物しかなかったのだ。これはドームだろうか。真っ白なドームには頑丈そうな扉が一つあるだけだ。

 

「なんだ、これは」

「これが地球とウサミン星を繋ぐ転送装置よ」

「これが?」

「実際に中を見てもらえればわかると思いますよ」

 

 言うと、菜々は扉の横にある暗証番号に入力した。プロデューサーはちらりと横目でそれを見た『7337』と打ちこんでいた。ビィっと音が鳴ると、扉が開いた。扉の奥には、まさにSF映画に出てくるような機械があった。中央に転送装置らしきものがあり、その端に制御装置がある。

 菜々が制御装置を操作している間、プロデューサーとのあは装置の上に立つ。

 

「これで準備OKです。あと一分で転送開始します」

「転送した後のことを軽く説明するわ。向こうに着くと、扉の向こうに警備員が二人いて、中に入ってくるわ。その二人だけなんとかしなさい」

「それはいいが、なんでそれだけなんだ?」

「私の配下の人間が来る手筈なのだけれど、予定より少し早いわ」

「了解だ」

「あのプロデューサー? これはお願いなんですけど……殺しはダメ、ですからね!」

「一人でも死人を出せば、地球との全面戦争の始まりよ」

 

 さらに釘を刺す様にのあが付け足した。

 

「りょーかい」

 

 腰に手を伸ばし、USPの安全装置を戻した。

 何かの起動音が鳴った。車やバイクのアクセルを少しずつ開けていくように音がどんどん大きくなっていき、辺りにバチバチと光が弾ける。

 目の前の光景にプロデューサーは何か既視感を覚えた。

 

「……なんか見覚えがあると思ったらアレだ」

『アレ?』

「ターミネーター」

 

 瞬間、世界が白く光った。

 

 

 ウサミン星 軍事区画 転送室

 

 三人は一瞬にしてウサミン星の軍事区画にある転送室へと飛ばされた。そこは先程いた部屋と見分けがつかないほど同じだった。

 プロデューサーはすぐに目の前の扉の横に張り付いた。直後、扉が開き二人の兵士が入ってきた。彼から見て手前の兵士の腹に正拳突きを食らわせ、頭を掴み膝蹴りを入れ抵抗する間もなく意識を飛ばし、兵士は頭から床に崩れ落ちた。隣の兵士が突然のことに驚いていたが、プロデューサーは動きを止めることなく次の攻撃に入る。しかし相手は意外にも優秀だったのか、腰の電磁警棒を抜いて振り下ろした。プロデューサーは振り下ろしてきた腕を掴みそのまま壁に押し付け、警棒を持つ手を離すまで壁に叩きつけた。警棒を落すと、彼はそのまま兵士の腹に何度も拳を叩きつけ、トドメの一撃を顔面に叩き込み、兵士は倒れた。

 プロデューサーは倒れている兵士を見た。その姿はスター・ウォーズに出てくるトルーパー兵のような格好をしている。違いは頭部が地球の軍隊であるようなヘルメット。

 

「て、手馴れてますね」

「流石ね」

「ざっとこんなもん――!」

 

 腰に手を伸ばしUSPを掴み、安全装置を外しながら彼は扉の外へと銃口を向けた。そこには、いま倒した兵士と同じ格好をした男が二人。

 撃つか。いや、駄目だ。なら、どうする。撃つのは駄目だ。では、このまま……。

 思考を巡らせる。そして、動き出そうとしたその時、

 

「待って! 彼らは味方よ!」

 

 のあの声にプロデューサーの身体はすぐに静止した。

 

「ふぅ! のあ様、ありがとうございます」

「私達はのあ様の配下の者です。お願いですから、銃を下ろしてください」

「銃を突きつけられてはゆっくり話もできねぇからな」

「すまない。癖、みたいなものでな」

 

 謝りながら彼は銃をしまった。

 

「ゆっくりといきたいところですが、時間がありません」

「今は他の者がモニタールームを押さえていますが、これを見るに時間が……」

 

 兵士の二人は下に視線を移した。そこには彼が倒した男達が寝ている。のあの計画では、この二人が見張りの兵士を目立たないように無力化する予定だった。

 

「いや、アンタが悪い訳じゃないんだ。それにしても地球人にしては見事な手際だ。ほれぼれしちゃうね! ジャッキー・チェーン? それともブルース・リー?」と黒い肌をした黒人のような男が言った。

「ふざけるな。お前はここに残って俺が戻ってくるのを待っていろ。では、こちらへ」と白人のような男が先導した。

 やけに映画に出てくるコンビのような男達だなとプロデューサーは思いつつ、本当にウサミン星に娯楽が少ないのだと実感した。

 二人が白人の男に付いて先に歩きだして、その後ろにプロデューサーも付いていく。彼は部屋を出る直前、黒人の男に向けて言った。

 

「ちなみに、俺はブルースでもジャッキーでもない。プロデューサーだ」

 

 それだけ言ってその場を後にした。

 

「……プロデューサー?」

 

 男は首を傾げながら何のことか考えた。すると、うっと下から声がしたので、警棒を叩きつけてもう一度眠らせた。

 

 

 軍事施設だと思われるここは、やけに軍とは似つかわしくない場所だとプロデューサーは思い始めていた。

 それもそのはずだ。ここは地球とは違う。ウサミン星なのだ。

 二人が言うように、地球とは比べ物にならないほど技術が進んでいるらしい。通路を見ても無駄がない。壁の色は白一色。なんだか頭がおかしくなる。

 ただ、言えるとすれば……SFだ。これしか出ない。

 ふと、ガラス張りの空間が現れた。そこにはあの時見た宇宙船があった。プロデューサーに気付いたのあが言った。

 

「これは輸送艇よ。時間から考えると、すでに貴音は式場よ」

「……急ごう」

「ええ、そのつもり」

 

 少し歩く、ロビーと思われる広い空間に出た。今までと違って多くの人が入り浸っている。のあに気付いたのか、誰もが頭を下げている。そのおかげなのか、一人異質なプロデューサーに誰も見向きもしない。彼は改めて、ここでの彼女の立場が大きいのだと気付かされた。

 ロビーを抜けて外へと出ると、一台のリムジンが停まっていた。それは車だと彼にはわかったが、タイヤがないことに驚いた。

 

「すげーSF」

「そんなこと言ってないで乗りなさい」

 

 のあに言われて車に乗り込む。中は地球の高級車とは比べ物にならないレベルだ。シートはふかふか。乗り心地は超サイコ―。

 

「では、のあ様。私は戻って時間稼ぎをしてまいります」

「ご苦労。……出して」

 

 室内にマイクでもあるのか、のが命令すると車は発進した。

 のあと菜々が一緒に座り、その反対側にプロデューサーが座っているその間の床からふわっと球体が浮上し、空中に映像が映し出された。

 地図だろうか。ドームの形をしたものがいくつか並んで映し出されている。赤い点があるところが、いま自分達がいるところだろうと彼は推測すると、のあが説明を始めた。

 

「今私達がいるのがこの軍事区画。これを抜けると市街地、平民が暮らす一般居住区。そして、これが皇族や貴族が住む特区。で、この特区なのだけれど」

 

 パチンと彼女が指を鳴らす。表示されていた特区にズームし中が表示された。

 

「特区にはそれぞれ派閥があって、それが五摂家なのだけれど。例えるなら星かしらね。それぞれの角が各派閥の敷地だと思って」

 

 映し出されている映像の中で気になる場所があった。のあが星に例えたが、なら星の中央であるここはなんのか。映像には建造物があるように見えた。

 

「この中央にある建物は?」

「それは大聖堂です」

 

 菜々が割って入ってきた。

 

「城のようにも見えるが」

「それは人によって感じ方が違うみたいですね。多くの人は大聖堂と呼称していますが」

「お前ら日本なのか西洋なのかはっきりしろよ」

「その問いには歴史の勉強をしなくてはならないのだけれど、素直に言えば複雑なの、この星の歴史は」

「大聖堂自体にはあまり意味はないという伝承はありますし、何か秘密があるのではという見解もあります。ただ、この城内といいますか、大聖堂だけは昔から婚姻の儀を行う場所として利用されているんです」

 

 菜々が操作すると、地図からカラーの映像が映し出される。それを見たプロデューサーはイギリスにあるダラム城と大聖堂を思い浮かべた。建物全体もそれに近い。

 

「話は戻るけど、この特区自体に入るのは問題はないわ。この車に乗っていれば問題はない」

「じゃあその問題は?」

「この大聖堂よ。この周りには5、6メートルほどの塀で囲ってあるの。それもただの壁ではないわ。目には見えない特殊シールドが張ってある」

「つまり、空からは無理ってことか。で、地上は?」

「出入り口はこの正面ゲートのみ。しかも、厳重な立ち入り検査がある」

「なあ、この意味があるかわからない建物になんでそんな大袈裟なシステムになってるんだよ」

「さっきも言ったじゃないですか。意味があるかもしれないから問題なんですよ」

「それに、ここには代々司教様が居られるの。婚姻の進行も司教様がお勤めになるわ」

「成程。その司教が代々いるって言うのも、この大聖堂の謎の一つというわけね」

「一説では代々この星の歴史を記録、保存しているとか。まあ、色んな噂があり過ぎて憶測の一つでしかありません」

「それは理解した。続けてくれ」

「ええ。まずはゲートを通るための手段だけど……力づくで突破するしかないわ」

 

 何か名案があるかと思いきやこれだ。彼は頭を抱えた。

 

「これには理由があって、この星に住む人全員のデータが管理されているの。指紋、声紋、血液。果てには網膜パターンから識別して照合するの。さらに大聖堂に入れる人間は特区の人間のみで、全員このような物を身に着けているの」

 

 のあがそう言って見せたのは耳につけているイヤリングだった。

 

「これは私の場合ね。菜々は……」

「あ、ナナはこれです」

 

 頭につけているウサミミのカチューシャを見せてきた。いつも見ているので新鮮味がなかった。

 

「つまり、貴方のデータはこの星には存在しない訳で、普通に入るのはまず無理よ」

「それで? 力ずくでと言うからには、オレのやり方でいいんだな?」

「ええ、構わないわ。菜々が協力するし、上手くやれるわ」

「え゛! ナナが、ですか?!」

「仕方がないのよ。私の家は特区の一番遠い場所にある。私はこれからのために少し手を回さなくてはいけない。それに、貴方は元々現地で合流する手筈だったと聞いているわ」

「そ、それはそうですけど……」

「問題はないわよ。もう、ある程度の計画は練ってるんでしょ?」

 

 のあに振られて彼は肯定した。

 

「ま、よくある王道な手段だ。あとは、菜々がアイドルで鍛えた演技力に期待する」

「ナナだってお嬢様を護るための訓練は受けていますから、一緒に……」

「それは駄目だ。お前には現地で貴音の傍に居てもらわないと困る」

「プロデューサーがそう言うのでしたら、何も言いません」

「頼む。のあ、この大聖堂にどれくらい警備員が配置されている? 情報があるなら事前に知っておきたい」

「警備員ではなく、警備ロボットね。数は……とにかく多いわ」

「それは問題ではないんだが、これはそのロボットに効果あるか?」

「なにかしら?」

 

 プロデューサーが地球から持ってきた大きなバッグを開けて中身を見せた。中身をみた二人はドン引きしているようだった。あまり表情に変化を見せないのあでさえ、少し目を逸らしたように見える。中身を指しながら、菜々は声を震わせながら尋ねた。

 

「これ、どうしたんですか? いや、ナナに突き付けた銃もそうですけど……」

「私物だ。で、効くのか? 効かないのか?」

「……効くんじゃないかしら?」

「ならいい。菜々、お前にも渡しておくぞ」

「えぇええ?! な、なんでナナも?!」

「オレがその警備ロボットを突破して、聖堂内に辿りついた時に周囲の安全を確保してもらうためだ」

「いや! 無理ですって! どこに隠せばいいんですか?!」

「ハンドガンじゃ心もとないから……ショットガンあたりでいいか?」

「で・す・か・ら! どこにそんな大きいものを隠すんですか!」

「スカートの中」

 

 指で菜々のスカートを指しながら平然と彼は告げた。普段のミニでは無理だろうが、今着ているのはロングだ。ちょっと微妙なところだろうが、上手くすれば入るだろ。

 

「――ッ! プロデューサーの変態!」

「いや、これは立派な隠蔽手段でな?」

「プロデューサーのエッチ! のあさんも何か言ってくださいよ!」

「そうね。それは大きすぎるわ。持っていくならこれにしなさい」

「あの……のあ様? ナナが言っているのはそういうことではなく……」

 

 トランクケースを取りだして開く。中には二つの銃があった。銀色のメッキ加工がされており、プロデューサーが持っているハンドガンのような形をしていた。

 

「至ってオレのと変わらないが……」

「見た目はね。これを持って、親指の位置にあるこのボタンを押すと……」

 

 ガシャンと音を立てて変形した。ハンドガンの大きさをしていたのが、今ではアサルトライフルのようにゴツくなった。しかも、銃口がくるくると回転している。

 

「技術部が開発している試作銃よ。弾はエネルギー弾だけど、当たっても死にはしないわ。ちょっと、痺れるだけ。菜々、これを貴方が持ちなさい」

「……気が進みませんが、わかりました」

「菜々の問題はこれでいいわね。で、プロデューサー。ゲートを通過し、上手く聖堂内に入り込んだそのあとは、どうするのかしら?」

「決まっているだろ。式をぶち壊す」

 

 バッグに入っているライフルやショットガンに弾を装填しながら彼は答えた。

 

「了解よ。……なに?」

 

 突然のあの、この星の携帯と思わしきものが鳴った。会話はたった数回交わされただけで終わったが、何やらきな臭くなってきたのを彼は嗅ぎ取った。

 

「面倒なことになったわ」

「何があった?」

「式の開演が早まったわ。一時間後だったのがあと……30分で始まるわ」

 

 

 

 大聖堂 新婦控室

 

 新婦控室で、一人の女性が座っていた。美しい純白のウェディングドレスを着た貴音だった。しかし、その表情は暗い。これから結婚式を迎える女性の顔とは思えないほどだ。

 それもそのはず、これは彼女が望んだ婚姻ではない。

(皮肉、ですね。あれほど着たかったウェディングドレスを、このような形で着ることになるとは)

 美希が羨ましい。地球にいる、もう自分のことは覚えていないであろう親友に嫉妬した。

 アイドル活動を長くしてきたが、ウェディングドレスだけは着ていなかった。結婚する前に着ると、婚期を逃すという迷信は知っている。別にそれが理由ではない。

(本当だったら、あの人と……)

 しかしそれは、もう叶うことはない。彼の声も、彼の姿も、彼に会うことも、思い浮かぶすべてのことは、もう出来ない。

 それでも、叶わぬこととわかっていても……。

 

「会いたい。貴方に、会いたい……」

 

 叶わぬ想いを声に出した。

 

「お嬢様、恋々でございます。九条様が一目お会いしたいと」

「……」

「お嬢様……。あ、はい。どうぞ、お入りください」

「やあ、貴音様。初めまして」

 最初に抱いたのは、想像していたよくある次男坊に似ていた。地球に降りれば、一躍トップアイドル、俳優になれる逸材だろう。優しそうな男だと思う。ただ、それぐらいにしか思えなかった

 彼が何かを言っている。なにせ、互いに顔を合わせるのはこれが初だ。なにか自己紹介みたいなことをしているのだろうが、いまの自分には何も耳に入ってこない。

 

「申し訳ございません九条様。お嬢様はまだお疲れのようで、申し訳ございませんが」

「ああ、わかったよ。大分、お疲れのようだ」

 

 九条が出て行き恋々が扉を閉めて彼が離れたことを確認する。貴音の前で膝をついて、彼女の手を握った。

 

「お嬢様」

「……婆や」

「お辛いのはわかります。ですが、ここまで来てしまった以上はどうすることも……」

「わたくしは馬鹿です。自分で決めてここに戻ってきたと言うのに、未練がまだ残っている」

「……お嬢様、一言私に命じてくだされ。こんな老いぼれの婆さんでも、お嬢様の願いを叶える事はできます」

「駄目です、婆や! それは――」言いかけた時、突然扉がノックされた「誰ですか?」

「――時田です。用があるのは恋々の方でして」

「私かい? 一体……」

 

 恋々が扉を開けるとそこには懐かしの我が孫が息を荒くして立っていた。ここに菜々を呼んだのは恋々だった。貴音が戻ってくることを聞いた彼女はすぐに菜々をこちらに戻した。本来であれば四条家で合流するはずだったのに、式が開演する前のこの時間にやってきた。

 

「菜々じゃないか! アンタ、やっと来たのかい?! にしても、なんでそんなに疲れきった顔をしてるんだい?」

「はぁ、はぁ……。お、お婆ちゃん、貴音様いるよね?!」

「その声……菜々、ですね。貴方の活躍は耳にしておりましたよ。少々問題があると思っておりましたが」

「そ、それにつきましてはその……。あ! こんな事してる場合じゃなかった! お嬢様、伝言です」

「伝言? 誰から……!」

 

 菜々は無言で頷いた。

 

「必ず会いに行く、と」

「――ッ!」

 

 来てくれた。あの人が、遥々地球からここに。感激のあまり涙が出そうになったのを堪えようとした。でも、できそうにない。

 

「菜々、お前どうやってあの御方をここまで。それ以前にどうやってここに」

「そ、それはですね……」

 

 すると時田の端末が鳴った。彼の反応からすると何か問題が起きたように思える。

 

「時田、何かあったのかい?」

「あったのかではなく、今も起きている。ここの保安対策は万全で、いま起きている危険度はランクC。問題は軽微で式は問題なく行われ……」

 

 再び端末に通知が入った。危険度のランクがCからAに変わった。それを見た時田の顔が一変し、菜々に向けて言った。

 

「菜々、お前何を連れてきた?」

「……アハハハハ」

 

 顔を横に向け、菜々はただ笑うしかできなかった。

 

 

 数分前。

 敷地内にある雑木林で作られた一角、その人が隠れられるほど生い茂った場所にプロデューサーは身を潜めていた。

(まずは侵入成功だな)

 問題だったゲートから敷地内に入る問題も強引に解決した。のあが用意した車の荷台に隠れ、検問される直前に近くに設置した爆弾を設置。あとは簡単だ。ゲートにいる警備員が菜々のIDと車を調べようとしたその瞬間に爆発。爆発といっても小さなもので、それに反応した警備員が菜々を慌てて中に通し、途中で降りたというわけだ。

(にしても、静かだ)

 ここまで来るのに十分に警戒しながら移動してきたのだが、驚いたことに監視カメラがどこにも見当たらなかった。木や何かに擬態していると思ったがそれも杞憂に終わった。いや、ここはウサミン星。地球とは比べ物にならないほどの技術差がある。見えないカメラ、もしくは超テクノロジーで作られたレーダー等々。思いあげればきりがない。

 プロデューサーは持ってきたライフルのスコープを覗きながら建物に入るルートを考える。見晴らしがいいのは仕方がないとして、問題はのあが言っていた警備ロボット。のあは「見ればわかるわ」そう言うだけで詳しいことを教えてはくれなかった。

 

「ん? ……んん?」

 

 目を疑うものがあった。思わず目視で見てもう一度スコープを覗いた。四角い頭、うさぎのような耳。色は灰色というより、メタル系。どうみてもこれは、

 

「ウサミンロボ……だと。これは晶葉が喜ぶな。数は……ざっと――!」

 

 その時だった。晶葉が作ったウサミンロボと違うのは顔だ。例えるなら赤い丸い点、モノアイみたいなものだ。それが、こっちを向いた。

 思わず木を背にして隠れた。同時に嫌な予感。マガジンを装填していく。すると、

 

『レーダーに生命体を確認。人間と断定。提示されているリストの人数と合わない。よって敷地内にリスト外の人間と断定。送信、照合……データ受信……完了。管理局に登録されていない住民を確認。医療センターにアクセス。ここ最近の出産リスト確認、照合……不適合。監視システムアップデートに進言。標的を市民から侵入者へと変更……受諾確認。指令を受信、侵入者を危険度ランクC、了解。データリンク…完了』

『アップデート完了』、『アップデート完了』、『アップデート完了』、『アップデート完了』、『アップデート完了』、『アップデート完了』、『アップデート完了』、『アップデート完了』、『アップデート完了』、『アップデート完了』……。

 

 一体どこから現れたのか、ぞろぞろとその赤い目を光らせながら集まってきた。数は……数えるのが面倒になる。この状況では隠密行動は無理だ。プロデューサーは胸のホルダーからマテバを抜き「ふぅ……」ゆっくりと息を吐きながらマテバを構え、木から乗り出しすぐ視界に入ったウサミンロボの頭部に照準……。

 引き金を引く、発砲。

 発射されたマグナム弾がウサミンロボの頭部、モノアイに命中。テレビに撃ちこんだような感じで頭部のモニターが割れその場に立ちつくす。機能停止ということだろうか。

 

「意外と脆いな。だったらライフルで強行とっ……」

『対象に武装を確認。照合、地球で生産されている銃弾と推定。モードBへの変形を進言……受諾。変形(トランスフォーム)

 ガシャン、ガシャガシャガシャンみたいな音をたてていく。あのウサミンロボが物理法則を無視して身長170以上はある人型ロボットになった。手にはレーザー銃らしきものを持っている。

 

「お前はトランスファーマーか! クソッ!」

 

 発砲。肩に命中、しかし先程違い致命傷にはならない。装甲がアルミから軍用の装甲版になった手応えのようだ。続けて残りの4発を撃ち込む。今度は頭部と胸だ。火花が出た。効果はあるようだ。

 

『きょ…ザッ……位置、…足。発射』

「ッ?!」

 

 咄嗟に身を隠す。左右を光の弾が飛んでいく。マテバの空の弾を落とし、新しい弾を装填してホルダーにしまう。

 

「あはは……笑えねえよ」

 

 そもそも形が完全にターミネーターにしか見えん。

 レーザーが飛び交う危機的状況だというのに彼は至って冷静で現状を笑い飛ばしていた。バッグからM240機関銃とAA-12を取り出す。

 プロデューサーはのあから渡された地球で言う携帯端末を開く。彼女が事前に入れといたここの地図と自分の位置が表示されている。腕時計を見て時間を確認。

 

「時間がない。いつもの手だ」

 

 バッグから手榴弾を一個取り出し、安全ピンを抜いて投擲。弧を描いてウサミンロボが密集している場所に落ちる。数秒後爆発。落ちた周辺にいたウサミンロボが爆風で吹き飛ばされ、同時にプロデューサーはM240を手に構え、肩にAA-21を抱え雑木林から飛び出した。

 爆音を響かせながら7.62mmNATO弾がウサミンロボに無数の穴をあけていく。空いた場所に向かって彼は走る速度をあげる。しかし、ウサミンロボもただ立っているわけではなく、右手のレーザー銃で応戦。

 咄嗟に進路を変更。左にゆるやかにカーブしながら応射。

(……これは、時間がかかるな)

 額に汗が流れた。目の前の現状に対してではなく、貴音に怒鳴られる。そう思うと、余計に怖くなった。

 

 

 

 

 

 式場の一番後ろ、新郎新婦が入場してくる入口付近の壁に菜々を始めとした執事やメイドが並んでいた。親族や特区に住む貴族達が座席に座り、式を微笑ましく眺めている。ただ菜々は挙動不審で、顔は浮かさず目だけは周囲を見渡し落ち着きがなかった。

(プロデューサーは何をやってるんですか?!)

 必ず行くと言っておいて式はすでに始まってしまった。気付けば新郎新婦は入場し、いま誓いの言葉をしている最中。

 新郎の九条様は大人しそうな声で「誓います」と誓った。しかし、お嬢様は「……」と無言であった。司教様も困惑し、周りもどよめいている。ただ小さく「……誓います」と言ったように見えた。

 屈辱だ。お嬢様にとってそれは絶対に言いたくない言葉のはずだ。これも全部プロデューサーが悪い。一体何をやっているのか。

 お嬢様の言葉を確認した司教様が告げた。

 

「この二人の結婚に異議を唱える者はおりますか?」

 

 いるはずがない。いや、私も反対だ。しかし、それを口にすることはできない。それに異を唱えるべき人間はここにはいない。そう、ここには。

 

『いるさ、ここに一人な!』

 

 菜々は太腿にしまった銃を取出して駆け出した。

 

 

 突然の爆発。式場の、新郎新婦が立っている辺りの真上が爆発した。爆発ではじけ飛んだ木片が落ちてくる。すぐに真下にいた司教や新郎は頭を抱えてその場にしゃがんだが、貴音だけは立っていた。目の前には上着がなく、全身ボロボロでYシャツ姿のプロデューサー。

 

「――あなた様っ」

「オレをお探し?」

 

 貴音は今にも泣きそうだった。嬉しくてたまらない、今すぐ抱き着きたい。しかし彼女は零れ落ちそうな涙を拭きとり、感謝の言葉ではなく、罵声を送った。

 

「今更来て何のつもりなのですか?! 遅刻ですよ!」

「すまない。道が混んでた」

「あなたはすぐそうやって誤魔化す! わたくしは誓いの言葉までしてしまったんですよ?!」

 

 プロデューサーも言われて頭にきたのか態度が一変した。

 

「しょうがねえだろ! ここの警備ロボとやりあって時間がかかったんだよ! むしろ、生きている事を褒めて欲しいぐらいだ!」

「あなた様はそう簡単には死なないのですから、それぐらいなんですか!」

「人をなんだと思ってるんだよ、お前!」

「あなた様でしょう?!」

「んだよ、それ! そもそも、お前が何も言わずに勝手に居なくなるのが悪いんだよ! 目が覚めたらオレ以外は全員お前のことを忘れてるし、美希だってそうだ! そっちが勝手に色々やってオレはいい迷惑だ! 仕事だって今日は無断欠勤なんだぞ!」

「なんですかその言い草は! わたくしが全部悪い、そう仰りたいので?! わたくしは言いました、ウサミン星に帰りますって言いました!」

「お前のプロフィールにある出身地にオレがなんて書いたか知ってるか?」

「なんですか」

「秘密、だ。お前は自分の出身すら教えてくれなかったし、オレも知らない。それなのにここまで来れたんだぞ。お礼の一つぐらい言ってほしいね!」

「さんきゅー」

「舐めてんのか!」

 

 まるで長年連れ添った夫婦がどうでもいいことで口論しているような光景だ。そんな二人の間に両手に銃を抱えながら会場を制圧していた菜々が恐る恐る声をかけた。

 

「あ、あの、お二人とも……」

『なんだ?!』、『なんですか?!』二人は同時に答えた。

「ひぃぃ。そ、その……言い争いはそこまでにして、目の前の現状に目を向けてほしいなあって…・・」

 

 彼女に言われて初めて二人は現状を理解した。会場を制圧をしていた菜々であったが、それは最初だけで、気付けば駆け付けた警備員とウサミンロボに三人は囲まれていた。

 二人は菜々に言われて見ただけで一蹴した。

 

「あとにしろ」

「そうです。まだ、話は終わっていません」

「いい加減にしてくださいよ――」

「そうだ、そこまでだ」

 

 割って入ってきたのは貴音の父親だった。

 

「お父様!」

「お父様?! ……似てねえな。母親似なんだな、お前」

「ええ、よく言われます」

「礼儀を知らない男だ」

「それは失礼。ですが、事務所を通さず勝手に結婚するのは困る」

「……お前が例の男か」

「なに、オレって有名人?」

「有名ですよ。お嬢様と同棲しているので」

「してない。こいつが勝手に入ってくるだけだ」

「そのおかげでいつも家事をしてもらっているのをお忘れですか?」

「昨日の夕飯に今日の朝食も食べてないんだが?」

「それは失礼」

 

 二人のやり取りに脱帽しかけている貴音の父親であったが、その厳つい顔で率直に尋ねた。

 

「貴音。この男はお前のなんだ」

「え、それを聞きますか? それは、その……この人はわたくしの……」

 

 頬を染めながら体をもじもじさせる貴音を余所にプロデューサーが答えた。

 

「ただのプロデューサーとその担当アイドルですよ。あ、元ね」

 

 ただのプロデューサーがアイドルと同棲みたいな生活をするわけがないと菜々は思った。しかし、当の本人の反応は違ったようで、

 

「……は? そこで、それを仰るのですか?」

「異議でもあるのか?」

「あります。ええ、ありますとも。大ありです! そこは男らしく言うべきです! それでも男ですか!」

「……何を言ってほしいのかわからんな」

「では、わたくしのことをどう思っているのですか! アイドルとしてではなく、一人の女性として!」

「……ラーメンをよく食べる女」

「むか。……そのらぁめんをよく食べる女のために態々ここまで来たのですか?! そんなボロボロになりながら婚姻をぶち壊してまで?!」

「……そうだ」

「どうしてですか?」

「それは……」

「あなた様はいつもそうです。本当の気持ちを仰ってはくれません。いつもわたくしばかり。ねえ、あなた様。一言、ほんの一言でいいのです。わたくしのことをどう思っているのですか?」

「オレは」

「オレは?」

「お前の事を……」

 

 再び周りを置いて自分達の世界に入ってしまった二人。尋ねた父親の怒りも限界突破しそうだったのに、この状況になってしまえばどこかに行ってしまう。

 その時であった。

 

「そこまでよ! この場は私、高峯のあがあずか――」

 

 私兵を伴って式場に乗り込んできたのあであったが、目の前で口論しているプロデューサーと貴音を中心にそれを見て呆然している人間達。のあは菜々の下に駆け寄って呆れながら尋ねた。

 

「どういうことかしら、これ」

 

 

 

 

「という夢をみたんだ」

 

 ランチタイムで賑わっている346カフェ。多くの社員がランチを取っている中、よくアイドル達が座っているそのテーブルにプロデューサーと菜々とのあの三人が一緒に食事を取っていた。

 今日の夢で見たことを所々ぼかしながらプロデューサーは二人に面白おかしく話した。

 

「中々壮大ね」

 

 優雅に食後のコーヒーを飲むのあに、

 

「あは、あはは。私達が出るなんて、妙にリアルですね……きゃは!」

 

 のあとは逆に落ち着きがない菜々。

 

「ああリアルだったぞ。以前に菜々の家に行ったことがあるが、内装はそのまんまだったしな」

「菜々の裸もばっちり覚えているのかしら?」

「ちょ、のあさ、ん?!」

「ぼんやりと。……ちょっと刺激的なランジェリーだったか。持ってる?」

「そ、そんな下着ありません! ていうかセクハラです!」

 

 菜々が言っている事を受け流すかのように、コーヒーを一口飲んでのあに尋ねた。

 

「これってセクハラ?」

「さあ?」

「立派にセクハラですよ……。プロデューサー、おっさん臭いですよ?」

「おっさんは止めろ。せめて、おじさんと呼べ」

「そこ、拘る所なのかしら? 貴方の年からしたら、そう呼ばれても仕方がないわ」

「まだ30代だ。若い若い。お前もそう思うだろ、菜々」

「なんでそこで菜々に振るんですかね……」

 

 目から光が消え、冷たい声で菜々は言った。

 手に持っていたマグカップをテーブルに置いて、のあは自分の腕時計を見て言った。

 

「ところで、そろそろ仕事に戻らなくていいのかしら?」

「ん……。あ、一時過ぎに会議が入ってたんだ! それじゃあな!」

 

 慌てて持ってきていたノートパソコンと伝票を持って彼は去って行った。去りゆく彼を見送りながら二人は手を振っていた。

 

「ご馳走様でーす」

「……行った?」

「行きました。ね」

 

 プロデューサーがカフェから出て行くのを確認すると、菜々はのあの近くに寄った。二度周囲を確認し小声で話し始めた。

 

「で、のあ様はどう考えます? プロデューサーの夢の話」

「どうって、偶然にしてはよく出来ているわね」

「偶然どころじゃありませんよ! 例の拠点の暗証番号も一緒、ナナの家のことも高峯家、四条家のこと、母星の地理も概ね一緒。夢じゃなくて実際に行って来たんじゃないかって疑いたくなりますよ!」

「疑う以前に向こうではそんなような話が出たみたいよ」

「ぶふぅ! ほ、本当ですか?!」

「ええ」

 

 つい飲んでいたジュースを吹き出し、置いてあった布巾でテーブルを拭く菜々。信じられないというよりも、自分には全くそんな話は届いていないことに不貞腐れた。

 

「でも、結局話はなかったことになったみたいだけど。にしても、彼には驚かされるわね。頭の中を覗いてみたいわ……どうしたの? 顔色がよくないわね」

「いや、その……ふと思い出してしまいまして」

 

 両手で顔覆う菜々。覗き込んでみると頬を赤く染めているように見えた。

 

「その、ですね。プロデューサーが夢で見た私の……下着、なんですけど」

「ええ。色もどういう風なのかも言ってたわね。貴方さっき持っていないって……もしかして」

「今日……着けてます……」

「……それは、奇遇ね」

 

 

 帰宅したプロデューサーは貴音のつくる夕食を食べ終わったあと、新聞を見ながら食後のコーヒーを楽しみ、貴音は台所で食器を洗っている姿はまさに夫婦のそれだ。もう一人の同居人である美希は実家に、という言い方も変だが、今日は家族と一緒に夕飯を楽しんでいる。

 プロデューサーからすれば久しぶりに静かな時間だ。いつもなら美希にせがまれてゲームをやろうとか、ソファーに抱き着いて来て大変である。対して貴音からすれば、珍しく訪れた彼と自分だけの時間。彼が思う以上に貴重だ。

 水道を止めてタオルで手を拭きながら貴音は言った。

 

「あなた様。わたくし、少し変な夢を見たんです」

「ふーん。どんな夢なんだ」

 

 興味がなさそうな返答だが、貴音にはちゃんと分かっていた。口に運ぼうとしたマグカップが一瞬止まったのをしっかりと見たからだ。

 

「わたくしが強引に実家に連れて行かれて、見知らぬ殿方と結婚することになってしまうんです」

「それは……大変だな」

「ええ。気付けば式場にいて、ウェディングドレスを着て……。そしたらある人が乱入して式を滅茶苦茶にしてくれたんです」

「まるでカリオストロの城だな。ルパンでも助けに来てくれたか?」

「ルパンというよりもコブラでした。けど、違います」

「それじゃあ、どんな奴なんだ?」

「さあ、一体どこの誰でしょうか」

 

 ふふっと笑いながらソファーに座るプロデューサーの隣に貴音はゆっくりと座って、不敵な笑みを浮かべて彼を見た。プロデューサーは新聞から目を離さず、じっと記事を眺めている。

 

「もし……実際にわたくしが結婚することになったら、あなた様は止めてくださいますか?」

「その質問をするということは、止めてくれって言っているようなものだ」

「あなた様。わたくしは貴方の口から聞きたいのですよ」

「む……」

 

 彼は新聞を折って目の前のテーブルに放り投げた。姿勢を変えて貴音と向き合うように座りなおした。

 

「そうだな。もし、お前が救いを求めるならそうする」

「本当は?」

 

 今言った事が嘘だと言うかのように貴音は言った。

 

「今の生活も悪くないし、掃除も食事もしてくれる。手放すのは惜しい。つまり、そういうこと。ということで、自分の部屋に帰れ」

 

 ソファーから立ち上がると彼はどこかへ向かった。その背中を見ながら尋ねた。

 

「何故です?」

「お風呂」

 

 前を向きながら右手をあげて振る。まるでそれじゃあねと言っているように貴音は見え、むすっと頬を膨らませた。彼の姿が見えなくなると吐き捨てるように言った。

 

「いけずな人」

 

 ため息をつきながら貴音は玄関に向かう。浴室に通じる扉の前を通り過ぎると、彼女は足を止めてじっと見つめた。ふむ、と腕を組み一分ほど考え込む。

(既成事実ならあるいは……)

 今の時代を切り開くのは男ではなく女。草食系より肉食系。自ら動かなければきっと振り向いてはくれない。まったく、手のかかる人だ。

 美希には申し訳ないが、今この場にいないのが不運だということで納得してほしい。

 では、同じ想いを抱く親友に謝罪したことですし、いざ往かん。勝利は我にあり。

 ガチャ。

 扉を開けると、そこには壁。ゆっくりと視線を上に向ける。

 ニコッと笑顔でプロデューサーは待ち受けていた。

 

「玄関はそっちだ。間違えたのかな」

「あら、失礼」

 

 扉を閉めて、今度こそ貴音は自分の部屋へと戻って行った。

 




本当はもっとコメディ路線だった。なのに、菜々さんの辺りからシリアスみたいな感じになった。書いてて心が痛かった。でも、ゾクゾクした。
なんていうかイチャイチャする話を書きたいなと思ったら映画というかドラマ的な感じに。そしたら菜々の辺りで24のジャックみたいな感じな脅迫じみた展開に発展。
ウサミン星到着辺りまでは一気に書いたはいいがそこから多忙になってしまい、ぐだぐだ展開というより雑な後半。途中で前回の本編に移行。
一応この話は別世界軸という設定なので本編とはあんまり関係ないです。
今回出てきた変な設定とか単語は適当なのであまり深いツッコミはご容赦を……。ノリと勢いで書いたので。

次回はちゃんと本編やります。
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