銀の星   作:ししゃも丸

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第26話

 

 

 きらりちゃんは背が高いよね、と顔を上げて見上げるように仲の良いクラスメイトが言った。それが嫌味でもなんでもなく、ただ普通に思ったことを口に出しただけなのだということはきらりはわかっている。

 いや、そう思い込んでいただけかもしれない。

 私が他の子より異質だと気付いたのは、たぶん小学校高学年の頃だったと思う。自分が同年代の女の子よりも背が高く、男の子と肩を並べるか少し上ぐらいの身長だとわかれば、たしかに変だ。

 最初は、よくあることだった。ちょっと背が高いぐらいだと周囲の大人は言っていた「身長があるから他の子よりも大人ぽいね」と褒めていたのだろうが、私にとっては褒め言葉ではなく、ただの嫌味にしか聞こえなかった。小学生の頃は、自分でも同年代よりちょっと背が高い女の子だと思い込んでいたが、それだけ自分が周りより浮いていたことに気づいてしまっていたからだ。

 そして中学、高校生になってからは毎年の身体計測で本格的に顕著になってきた。同時に自分が嫌いになり始めた頃でもあった。なにせ、一年の間にすくすくと育っていくのだ。まさに止まることを知らなかったのだ。私の身体は。

 そのためか、学年のみならず全高女子生徒で一番の身長になるのに左程時間はかからず、気付けば中学の頃には男子の平均身長を超えていた。現在高校生である私は、学校一背が高い女子生徒という認識が広まっていた。ただ語弊があるとすれば、別に男子の中に背が高い子がいなかったというわけではない。170cmを超える子は普通にいたし、稀に180cmと高身長な男子も少なからずいた。けれども、私と肩を並べる女子はおらず、男子も一人いればいい方だった。

 中学にあがり、高校生となってからはある物が嫌いになっていた。スカートである。素足を見ると余計に背が高く見えると思っていたというのもあるし、身長が高いことにコンプレックスを持ち始めたこの頃はそれ以上に自分が普通の女の子らしくないと再認識させられたからだ。だから私は、制服のスカートや普段着でもジーパンのような脚のラインが出るような服装に距離を置くようにし、なるべくロングスカートを履くようにした。それでも、自分の身長が高いということには変わりはなかった。

 ここまで嫌な思いをしてきた私であったが、幸いだったのは友達に恵まれたことだろう。背が高くとも、私の本質は変わらず可愛い物が好きで、小学校からずっと付き合ってきた友人二人が私の親友でもあり理解者だった。

 こんな形をしているけど、可愛いアクセサリーが好き。自作でデコレーションしたり作るのも好き。そして……可愛い洋服も好き。けど、自分には似合わないと敬遠している。でも、懲りずに雑誌を買っては「これ、かわうぃいなあ」と独り言。特にアイドル雑誌が好きだった。可愛いアイドルが着ている服が、一番可愛くて好きだった。きっと自分には無縁だ、着ることはない。

 それでも、心の奥底で私は望んでいたのかもしれない。口調をそれっぽくして、服装やポーチなどを可愛くデコレーションして、友達と見せ合ったり……。普通の女の子ぽく、なりたかった。

 ある日のこと。私は街へと出かけた。すれ違う人は一瞬だけ目を自分に向ける。デカいとか、驚きの印象を抱いているんだろうなと呆れつつ当てもなく歩く。

(はあ、何やってるんだろ)

 街に出かければこうなるのはわかっている。きらりは思った。ほんと懲りない。こうして足を運んだって何もならないのに。

 近くにあったベンチに座った。目の前の光景が普通の人が見ている世界と思うと変な感じ。たった数センチ、ほんの少し高さが違うだけでこうも違うんだ。

 ちょっと上を見上げてみる。うん。これが、皆がわたしを見ている感覚か。相手が自分を見下ろしていると思うとたしかにいい気分ではない。

 これからの人生はきっとこんな目ばかりに合うんだろうな。相手はいい気はしないし、自分だってそうだ。大学に行くかはまだわからないし、卒業後の進路は空欄。仲の良い友達とこの先ずっと付き合っていられるかはわからない。

 壁や看板に色んなアイドルの宣伝ポスターが貼られているのが目に入る。

 〈アイドルかぁ。一番きらりには似合わないよね……〉

 羨ましい。本当に未練たらたらである。いつになっても吹っ切れない自分が情けなくなる。いっそのこと、オーディションを受ければいいじゃないか。それで合格すればよし。落ちればそれできっぱりと諦めがつく。

 そう自分に言い聞かせても、きらりは動けなかった。なんと言われるのか、それが怖かった。

 もう帰ろう。そう思い立ち上がる。

 その時、声をかけられた。

 

「あの、少しいいかな?」

「あ、はい。なんでしょうか」

 

 いつものようにきらりは頭を少しさげて声のかけられた方に振り向いた。驚いたことに、目に映るのはスーツを着ている男性のネクタイ。

(……ん?)

 きらりはゆっくり首を動かした。

 

「なにか?」

 

 生まれて初めて自分より背の高い人に出会った。

 

 

 東京都 都内にある交番

 

 前々から自分の顔、というよりそれを含めて容姿に関して悩まされていた。学生服や私服を着ている時ならともかく、今の仕事上スーツを常に着用し始めてから不審者扱いされたのは両手で数えきれない。

 であるならば、そうならないように対策をすべきだと考えるのもまた必然。先輩のようにサングラスをかけてみた。まあ、当然のように逆効果。ならばと、少しオシャレな伊達眼鏡をかける。悪くはなかったが見送った。

 芸能事務所、特にアイドルのプロデューサーとなると休みなどないに等しい。最近は残業に厳しい世の中になりつつある。346プロもそれは例外ではなく、連日泊まり込みで過ごすのは普通の光景。特にいや、誰とは言わないが、アイドル部門のチーフプロデューサーが特に異常だと言っておく。

 その点自分は、休みはある方だと思う。その休みも部屋の掃除や書類整理などで潰れてしまうので、自分の時間というのはあまりない。それを話せば「その仕事癖をやめてジーパンをはいて、可愛いキャラクターがプリントされているTシャツでも着て街を歩け」と言われた。たしかにそれならば補導されないし、不審者扱いもされないだろうとは思う。残念ながら自分にファッションセンスはなく付き合っている女性もいないし、同様に親しい女性はいない。いや、居なくはないがそれはアイドルなので除外する。

 とにかく何が言いたいのかと言うと、自分はこの仕事に向いていないのではと悲観的になってしまう。

 この状況では特に。

 

「で、いい加減本当の事を喋りなさいよ。立場がどんどん悪くなるだけだぞ」

「ですから、私は346プロダクションのプロデューサーなんです。この子達は私の担当でして……」

「でも、証明するものがないじゃないか」

「名刺は丁度切らしてしまいまして……」

 

 かれこれこのやり取りを武内と警官は数回繰り返している。

 今日は凸レーションの仕事でトークショーが予定されている。仕事まで時間があるということで街を見て回ることになった武内達。

 彼は彼女達アイドルの様子を写真に撮り、ブログにあげるのが最近の仕事の一つになっている。その光景をたまたま通りかかった警官に補導され、交番まで連れて来られた。

 武内にとって幸いだったのがきらりたちも一緒に同行していることだった。これで離れ離れになれば事態がもっと悪化するのが容易に想像できる。

 警官の隙をついて後ろにいるきらりたちの方に武内は目を向けた。きらりが上手いこと莉香とみりあの手綱を握っているので今の所問題はなかった。

 

 

 

「ねえ、きらりちゃん。いつになったら武内P……解放、されるの?」

「莉嘉ちゃん、そういうことはあまり口に出しちゃだめだよぉ」

「でも、いつになったら終わるのかなあ」

「みりあちゃん、アメ食べるぅ?」

「うん!」

「あ、アタシも欲しい!」

「はい、どうぞ」

 

 きらり自身もこの状況をどうすればいいのか頭を悩まされていた。幸いなことに莉嘉もみりあも大人しくしてくれたので大きな問題は起きてはいなかった。ただ、二人はまだ子供でこのように拘束が続けばどうなるか。それに、トークショーのこともある。

 ここに来る間に何度も警官に訴えたが徒労に終わったことをきらりは思い出した。仕事熱心なのはいい事であるが、こちらとしては迷惑もいいところ。

 ふとこちらを向いた武内の視線にきらりは気付いた。その表情からある程度彼の意図を察した。こうなれば第三者に助けを求めるしかない。

 きらりはまずプロデューサーのことが思い浮かんだので連絡を取ろうと立ち上がろうとしたその時、みりあがそれを止めた。

 

「ねえ、きらりちゃん」

「ん。どうかしたの、みりあちゃん?」

「あれ、プロデューサーに似てるよね」

「あれ? ……にょわ?!」

 

 思わずを声をあげてしまった。

 壁に貼り付けられている指名手配書の一つ『この男全国各地で女性に声をかける要注意人物。見かけたら110番』警官が書いた似顔絵は身近な男性の彼によく似ている。いや、知っている人間だったら誰もがプロデューサーだと分かる。

 

「あ、本当だ。これってPくんに――!」

「莉嘉ちゃん、ちょっとお口チャックだよぉ」

 

 咄嗟に莉嘉の口を塞いだきらり。しかし、警官が気付き身体を逸らしながら言ってきた。

 

「ん、ああ、それですか。実は少し前から出没した男でしてね。なんでも、小さい子からOLぐらいの女性まで。色んな女性に声をかけているそれはもう最悪な男なんですよ」

「そ、それは、酷い人もいたものですね」

 

 武内は何故か相槌を打つように会話に入った。

 

「ここだけの話だけど、別の署の婦警も声をかけられてアイドルになっちまったんですよ。気付けば普通にテレビでも見るし、人生ってわからないもんだと思わない?」

「あ、あはは。そ、そうですね」

「実はオレ、この男に会ったことあってさ。たぶん中学生くらいの子だったかな。その子が不審者らしき男といるって通報があって、交番まで連れて行く途中に逃げられたんだよ! それも忍者みたいに。今度会ったら絶対に捕まえてやるってんだ」

「す、すごいですね」

『この人ってどうみてもぷ……』と莉嘉とみりあが再び彼の名を出そうとすると「はい、二人とも新しいアメだよぉ」ときらりが口止めをした。

 

 とりあえずきらりは警官に聞こえないよう二人に何度も言い聞かせ、スマートファンを持って電話をすると言って交番の外へ出た。

 掛ける相手はもちろんプロデューサー。連絡先の中には彼の電話番号が二つある。一つは事務所から支給されている支給品のスマートフォン。もう一つが彼の私物の方。多くのアイドル達が知っている彼の携帯番号は主に前者であるが、本当にごく一部のアイドルは後者の私物の番号を知っている。CPのメンバーの中でこれを知っているのはきらりだけである。彼自身きらりと杏に頼みごとをすることが多くあるので教える事にはしていたが、杏には何故か教えなかった。信用の差であろうか。

 Pちゃん、出るかな……。出るよね? 

 まずは私物の番号に電話した。数回コールしただけですぐに彼と繋がった。

 

『どうしたきらり? お前は今日トークショーがあったはずだが、こっちに掛けてくるってことは余程のことが起きたのか?』

「そうなんだよ、Pちゃん。実は――」

 

 簡潔に現在の状況を説明をするきらり。しかし、期待していたものより彼の声は少し弱弱しい。

 

『そうか、交番もとい警察に……』

「Pちゃん、何とかこっちに来れないかなあ? きらりだけじゃ無理だよぉ」

『助けに行きたいんだが……警察はちょっとオレも手が出せない。葛飾区だったら伝手があるんだが』

「それって、あの手配書のことと関係あるんでしょ?」

『見たのか』

「うん」

『そ、そうか。まあ、それはそれとしてだ。思い当たる奴がいるからなんとかしてみる。とにかく、オレは行けないのでそれまで持ち堪えろ』

「わかったにぃ。でも、Pちゃん。あとでちゃんと説明してほしいにぃ。じゃないと、きらりん☆アタックしちゃうからね」

『あ、ああ。わかった』

「……はあ」

 

 小さく溜息をついてきらりは中に戻った。この場を助けてくれる人が来ることを願って。

 

 

 数十分後。意外な人物が交番を尋ねた。

 

「こんにちわー。うちの後輩を引き取りにきたんですけどー」

「え、後輩ってこの子達の事? 悪いけど、ちゃんと大人とそれを証明をするものを……」

「はあ。これじゃあ駄目?」

 

 帽子と眼鏡を取るとそこには現在活躍中のアイド城ケ崎美嘉がいた。さすがに警官も彼女のことは知っていたようで大層驚いていた。

 

「あ、あの城ケ崎美嘉?! じゃあ、この子達がアイドルって」

「ですから先程からそう言っているではありませんか」

「いや、こう言う時によく聞く常套句なんで」

「こいつはともかく」美嘉が武内を指で刺しながら言うと「この子達だけでも連れて行きたいんでいいですか? このあと仕事があるので」

 

 こいつと言われて少し顔を俯いた武内を余所に、警官は答えた。

 

「ええ、いいですよ! 用があるのはこの人だけなので!」

「それじゃあお言葉に甘えて。ほら、アンタ達行くよ」

「あの、ちなみにサインってもらえたりします?」

「サインしたらこいつも解放してくれるなら」

「それはちょっと……」

「それじゃあまた次の機会ということで」

「すみません、美嘉さん。少しの間よろしくお願いします」

「ほんと、しょうがないんだから」

 

 申し訳なさそうに彼はもう一度頭を下げた。

 三人を連れ交番から少し離れると莉香が尋ねた。

 

「それにしても、お姉ちゃんよくわかったね。」

「今日はオフだし、アンタ達の仕事見に行く予定だったのよ。アイツやチーフに一言言っておいたからそのことをチーフが覚えてたみたいで、それでアタシのところに連絡が来たってわけ」

「ありがとう、美嘉ちゃん! でも、武内P残して平気なの?」

「それも大丈夫。チーフがちひろさんに頼んだみたいだから……」スマートフォンの画面をに表示されている時間を見て「もう少しで着くんじゃないかな」

「本当にありがとう、美嘉ちゃん。きらり一人じゃどうしようもなくて」

「きらりちゃんが気にすることないっしょ。プロデューサーが悪いんだから、そこまで自分を責めちゃ駄目」

「そうだよ。きらりちゃんがいなかったら莉香たちもっと酷い状況になってたかもしれないし」

「うんうん。それにね、きらりちゃんがいたおかげですっごく安心できたよ!」

「にょわ? 安心って?」

 

 右手でみりあと手を繋いでいるきらりは、彼女の方を向き首を傾げながら聞いた。

 

「えーとね、んーと、あ、わかった。きらりちゃん、なんだかお母さんみたいだから!」

「あ、それ莉嘉もわかる。なんだかママみたいな感じするよね!」

「ま、ママ? きらりが?」

「あー、それ、アタシもわかるかも。きらりちゃんってすごく包容力あるように見えるもん」

「そ、そうかな……」

「そうだよ」

「うんうん」

 

 優しいとか、気がきくとよく言われたが『お母さん』、『ママ』と言われたのは初めての事だった。けれど、きらりはそのことに関して悪い気はしなかった。

 すっごく嬉しいにぃ。

 つい、えへへと声を漏らす。特に意識したわけではないが、いつものように自然体で接していただけなのに。きらりは母について考えた。お母さん、か。きらりがお母さんになったら、莉嘉ちゃんやみりあちゃんみたいな優しい子供が欲しいなあ。

 気付けば頭の中でかなり先のことを想像したことに気づくと、きらりの顔はさらに真っ赤になった。

 そんなきらりを余所に莉嘉が美嘉に尋ねた。

 

「そう言えば。お姉ちゃんってPくんが指名手配されてたの知ってる?」

「え、なにそれ。ちょー気になるんだけど☆」

 

 美嘉は驚くというよりも、不敵な笑みを浮かべていた。

 まるで、新しいネタを見つけたみたかのように。

 

 

 

 美嘉がきらり達を連れて交番を去ってから少し経ち、プロデューサーから連絡を受けたちひろが武内を迎えに行き無事彼は解放された。そのあと遅れてきらり達と合流し、トークショーは無事成功した。

 その後、美嘉やちひろに今回の失態と言うには少し酷なことであるが問題には変わりはなく、会場の駐車場で武内は二人からねちねちと小言のように責められていた。

 

「武内P、今後はこのようなことがないようにお願いしますよ。こういう問題は本当にあの人だけで十分なんですから」

「はい、その通りです。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「ま、プロデューサーも……そういう風に見られるから。しょうがないって言えばそうだけどさ、もうちょっと改善したら? 前から言ってるじゃん」

「え、お姉ちゃん。前からって?」

「ほ、ほら、アタシはアンタ達と違って付き合い長いから。他の皆だって色々と助言したりしてるし。ね、プロデューサー?!」

「え、ええ。皆さんに多くのアドバイスを頂いているのですが、中々上手く実践できたためしがなく」

「こういうことを見越してアドバイスしてたのに、結局駄目じゃん」

「その通りです、はい」

 

 責められてばかりの武内を見てきらりが仲裁に入った。

 

「ま、まあ、ちょっとしたトラブルはあったけど、無事終わったんだし……。それにこればかりはしょうがないにぃ」

「きらりちゃんの言う通りだよ! ね、莉嘉ちゃん」

「うん。それに、面白いモノも見れたしね!」

「莉嘉ちゃん、それってなんなの?」

 

 この場でそのことを唯一知らないちひろが質問した。

 

「えーとね、実は――」

 

 莉嘉が言いかけようとしたその時、彼女達がいる駐車場に一台の車が近くに停車した。それは346プロが保有している営業車のトヨタのアルファード。

 運転席側のドアが開くと、プロデューサーが笑みを浮かべてやってきた。

 

「お疲れさん。武内がいるってことは、無事に仕事は終わったようだな」

「先輩、その、ご迷惑をおかけしました」

 

 武内がすぐにかけより頭を下げた。

 

「頭をあげろって。こればかりは、しょうがない」

 

 プロデューサーは優しく彼の肩を叩いた。

 

「ところで、なんでお前らはオレを見る?」

「ねえ、プロデューサー」

「なんだ、みりあ?」

 

 彼は膝をついてみりあと向き合った。

 

「プロデューサーってはんざい者さんなの?」

「違うよ! プロデューサーは不審者だよ!」

「えー、一緒じゃないの?」

「違うよ。ね、プロデューサー」

 

 がーん。鈍器で後頭部を叩かれるような衝撃。

 本人を前で話し、さらに本当かどうかを本人に聞くという無垢な少女達。サングラスのせいではっきりと見えないプロデューサーの目はきっと白目になっているに違いない。彼は二人の肩に手を置いた。

 

「いいか、二人とも。ドッペルゲンガーという言葉がある。世界に自分と同じ顔をした人間が三人にいると言われている。だから、二人が見たそれはきっとオレに似た他人だ」

「えー? その人もプロデューサーと同じようにサングラスをかけているの?」

「そうだよ。それって変だよ」

「たまたま同じ格好をしていただけだ。だからオレとは一切関係ない、いいな?」

『はーい』

 

 

 現地で解散となり、きらりはプロデューサーの車で送ってもらうことになった。後部座席に一人で座るには、この車は広く感じられた。いつもなら楽しい会話をするのに、今の彼女は妙に縮こまっている。

 緊張、してるのかな?

 いつもは事務所では皆と一緒にいるし、そうじゃなくても自然と杏といつもいるきらりであるが、今はたったの一人。何故か意識してしまう。

 そんなきらりの異変に彼は気付き、心配して声をかけてきた。

 

「きらり、気分でも悪いのか?」

「え、違うにぃ!」

「そうか? ならいいんだが……」

 

 きらりは両手を振りながら大丈夫だと言った。

「う、うん。全然問題ないよぉ?! きらりは元気元気!」

 

 空元気のようにも感じられたが、プロデューサーはバックミラーに映る彼女を見るだけでそれ以上追及はしなかった。

 

「あ、あのね、Pちゃん。今日、莉嘉ちゃん達にきらりちゃんはお母さんみたいって言われたの。Pちゃんもきらりのことをそう見える?」

「見えるか見えないと言われたら見える、かな。大人のオレでもそう感じるよ。きらりは他の子と違って落ち着いているし、人が気付かないことにも気が付く。なによりも優しくて包容力があると来た。あの子達がそう思うのも無理はない。もしかして、嫌だったか?」

「ち、違うの! むしろ、嬉しかったにぃ。こんな自分でも、そう思ってもらえるんだって」

「……まだ、悩んでいたのか?」

 

 プロデューサーはきらりが自分の身長にコンプレックスを持っていることを出会った時に聞いていた。最近はその悩みについて相談もないことからあまり気にしなくなっていたのではと思っていた。

 

「それはもう大丈夫だにぃ。ちょっと思い返しちゃっただけだから。でもきっと……Pちゃんがきらりをアイドルにスカウトしてくれたから、きらりは自分に自信が持てるようになったよ」

「……そうか」

「うん! Pちゃんが言ってくれたこと、今でも覚えてるもん」

 

『諦めたらキミの願いはずっと叶うことはない。誰かがキミの事をどう思おうと、キミには関係ない。大事なのは、キミがどうしたいかだ。そして、キミがそれを望むなら……オレはそのための手助けをしてあげたい』

 初めて出会った日、彼は私に言ってくれた言葉。推測だが、きっとこのような殺し文句を言っているのだと思うと、やっぱり嫉妬してしまう。

 

「アイドルになって苦手だった露出の多い衣装を着ることになって。でも、可愛い服も着られる気持ちのが大きかったの。Pちゃんがきらりを見つけてくれたから、きらりも変われた。ありがとう」

 

 本当に感謝しているんだよ。Pちゃんが居てくれたから、私は変われた。

 

「礼はいらないさ。それに言ったろ? お前がどうしたくて、何を望むのか。オレはね、どんなに無理だとか駄目と言われても、必死に足掻こうとする人間が好きなんだ。……まあ、足掻くというのは変な言い方だな。頑張る人、か」

 

 顔を少し後ろに座るきらりの方を向いて彼は肩をすくめた。口には出さなかったが、きらりは思った。自分はいま、彼の本音を知ったのではないか。彼は普段からあまり本心を晒さない、誰もがかまをかけたり、ストレートに伝えたりしてもはぐらかされてしまう。そんな彼が『好き』という言葉を使った。これは世紀の大発見だ。他の皆に自慢したいと思うが、これは私だけの秘密にしておこう。

 

「ところでPちゃん」

「なんだ?」

「莉嘉ちゃん達にはああ言ったけど、本当は何をしたんだにぃ?」

 

 反応はないが頭が少し動いたので、たぶんバックミラーで自分を見たのだろうときらりは推測した。ほんの数十秒経って、

 

「アイドルのスカウトは大変なんだにぃー」

 

 きらりの真似をしながら片言のように言うと、車内の空気が変わったことに気づく。

 

「……」

「……もしかして、怒った?」

「怒ってないにぃ」

 

 彼はしばらく後ろを見ることはできなかった。

 

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