銀の星   作:ししゃも丸

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第28話

 

 

 旅館内にあるトレーニングルーム。

 そこでは13人の少女たちが横一列に並び、流れる音楽に合わせて踊っている。少女達は346プロダクション所属であり、現在話題のシンデレラプロジェクトのアイドル達である。

 今彼女達が踊っているのは、今月に開催される346プロダクション主催のサマーフェスティバルで初披露となるCP全員によるユニット曲。

 蘭子を除く全員がユニットを組んで各々のデビュー曲を発表していたが、今回は全員による初のユニット曲だ。それぞれ思いは違えど、気合が入っているのが見て取れる。

 今は夏休みということもあり、強化合宿という名目でこの旅館でレッスンを積んでいることになっている。メンバーの全員が若くて学生だ。合宿というよりも修学旅行に近い感覚で来ている。それもそのはずで、旅館の場所は海の近くで、夏ということもあり最適な場所と言えた。

 それでも、今の彼女達は駆けだしのアイドル。旅館に来るまでは浮かれている雰囲気であったが、いざレッスンを始めれば皆真剣な顔つきに変わっている。全員で踊る曲ということもあり、彼女達は喜び、楽しみと語っている。

 そんな彼女達の前に一人の男、346プロダクションアイドル部門のチーフプロデューサーである彼が指導をしていた。

 

「かな子、遅れているぞ!」

「は、はい!」

「未央は少し早い!」

「はいっ!」

「蘭子、もっと足を開け!」

「――は、い!」

 

 容赦ない言葉で、彼女達の間違いを見つけ適確に指摘するプロデューサー。

 以前にも同様に765プロで指導した経験がある彼にとって、13人という大人数なユニットでも難なくこなしていた。

 彼から見ても、彼女達はよくやっているほうだと思っている。今回が初めての全員による全体曲。合宿前からレッスンに入ってようやく形になったというところだろうか。

 それでも、ミスがないわけではない。

 それを修正するのがトレーナーであり、彼の仕事である。

 音楽が止み、彼女達は最後のポーズのままプロデューサーの言葉を待つ。彼が手を叩き『よし、いいぞ』と告げると『はあぁああ』と声をあげながら床に座り込んだ。

 腕時計を見る。現在の時刻は11時前。朝7時から始め、小休止を入れてもたいだい4時間ほど。

 

「午前中はここまでだな。午後は……そうだな、3時ぐらいでいいか。それまでは休憩だ」

『はーい』

 

 疲れた顔は一気に吹き飛び、持ってきていたタオルやドリンクを持ってトレーニングルームを出て行く。

 プロデューサーは持ってきたクリップボードを手に取り、それぞれの気になる点を記入していく。自分が担当するのは明日の午前中まで。そのあとは青木姉妹の誰かが来ることになっている。これは引き継ぎする際に必要な書類だ。

 今回この強化合宿に参加したのは毎度のことで、新人アイドルがデビューして大きなライブをする前には合宿を開いている。しかし、彼女達が売れるようになってからは合宿に最後まで参加することはできないのが残念でならない。

 おそらく、このあと彼女達は休んでから海にでもいくのだろう。そういう年頃だ。海は嫌いじゃないが、この年にもなって海に入りたいとは思わない。

 

「あ、Pちゃん」

 

 まだ残っていたみくが声をかけてきた。

 集中していたのか、人がいることに気付かなかった。

 

「みくか。どうしたんだ? みんなと一緒に行かなかったのか?」

「実は気になっているところがあるんだにゃ。それで、もうちょっと付き合ってほしいなって。だめ?」

「駄目ではないが、いいのか? 午後だってあるし、疲れているだろうに」

「でも、直したい所は直しておきたいにゃ。それに、ほんの少しだけ時間がもらえばいいにゃ」

 

 ここまで熱心に頼まれては断ることはできない。向上心があるのはいいことだ。

 プロデューサーはクリップボードを置くと、腰に手を当てながら言った。

 

「で、どこが気になるのかな? みく生徒くん」

 

 空気を読んだのか、みくは『はい、先生』と言って応えた。

 

 

 旅館にある大部屋。そこで彼女達全員は一緒に寝泊まりしている。汗を流すために着替えを取りにきていた中、一人卯月は困惑した様子。

 

「あれぇー?」

「どうしたの、卯月?」

「あ、凛ちゃん。実はスマートフォンが見当たらなくて……。どこにおいてきちゃったのかな」

「スマホを? でもさ、朝使ってたよね?」

「そうなんですけど……」

 

 凛の言う通り卯月はレッスンが始まる前までスマートフォンを弄っていた。たしかにその時まではあったのを卯月も覚えている。

 持ってきたバッグの中身をかき分け探すがスマートフォンは見当たらない。そこで、隣にいた未央が言った。 

 

「しまむー、トレーニングルームにおいてきたんじゃない? 疲れてて、つい忘れちゃったとか」

「あ、そうかもしれません! ちょっと取ってきますね!」

「卯月、シャワー浴びないの?!」

「先に行っててくださーい!」

 

 駆け足で卯月は部屋を出て行く。先程歩いてきた道を戻るだけの簡単なことだ。早く取りに戻ってシャワーを浴びたい。汗がびっしょりで、シャツを脱ぎたいくらいだが、さすがにそんな破廉恥なことはできない。

 しかし、我ながらドジだなと心の中で自分にぶつけた。未央に言われたようにレッスンの直前まで使っていて、そのまま持って行ったのをすっかり忘れていたのだから、どうしようもない。

(あれ? まだ誰かいるんでしょうか?)

 トレーニングルームの扉の前まで来た卯月は、扉が少し開いていたことに気付いた。中で誰かが動いているような音と声が聞こえた。

 プロデューサーでしょうか。けれど、なんで? 

 彼が踊っているのだろうかとも考えられる。いや、あながち間違いではない。けど、プロデューサーのような大男が踊っている姿は……その、想像したくはない。

(ここは、この方がすぐに動けるだろ。で、お前はこの時こういう風に動くから――)

(なるほどにゃー。……こんな感じ?)

(そうそう。そんな感じだ)

 

 耳が聞きなれた声を拾った。それを聞いて、卯月はみくが一緒に戻ってきていないことを思い出した。いないと思ったら、まだここに残っていたのか。

 それは好奇心だった。

 卯月は少し開いた扉の間を覗き込む。そこにはプロデューサーとみくが向き合うように立っていた。その光景は卯月にとって意外なものだった。みくが『こうかにゃ?』と聞くと彼は『いや、こうだ』と言う。

 別に言葉だけなら問題ないが、実際に目に映る光景は意外なものだ。みくが間違っているところをプロデューサーは直に触れて修正している。

 自分の時は彼自身が実際にやってみせてはいたが、身体に触れられてはいない。トレーナーは同性であるからよくある。いや、赤の他人に触られるのはたしかに嫌だし抵抗もある。けれど、プロデューサーは知らぬ仲ではないし、別に腕とかぐらいだったら叫ぶほどではない。

 みくと自分の場合と照らし合わせてみても、目の前の二人の関係はちょっと自分とは違うのだと改めて気づいた。

(みくちゃんがよくプロデューサーにレッスンを見てもらっているのは聞いてたけど)

 遠慮がない。そう卯月は思った。みくの顔を見ればまったく抵抗していないし、プロデューサーも特に意識しているようには見えない。

 あ、こ、腰も触るんですね……!

 見てはいけないものを見てしまったのでは。

 そう思いゆっくりと後退する卯月。

 

「しかし、ここ最近は一段と熱心だな」

「そりゃあそうにゃ!」

 

 卯月は足を止めた。自然と体は元の位置に戻っていた。

 

「だって、今回がみんなと踊る初めての曲だし、自分のミスで台無しにしたくないにゃ!」

「全体曲はプロジェクト全員が参加するイベントじゃないとあまり機会はないからな。今度のライブが終わった後も、ソロか今までのユニットでの仕事だろうし」

「でしょー。みんなと一緒に仕事できるのも中々こないし、一つ一つを大事にしていきたいの! それに」

「それに? なにかあるのか?」

「みくには目標があるの。そのために、少しでも一歩前に進みたいから」

「ほー。で、その目標とは?」

「だーめ。秘密にゃ」

「それはそれで気になるんだが……。ま、いつか聞かせてもらえると思って待つさ」

 

 みくの姿に目を奪われながら卯月は思った。みくちゃんはすごい。自分の目標のために頑張っている。みんな疲れている間も、こうして練習している。素直に尊敬する。きっと誰よりも目標を持って、アイドル活動をしているんだと思う。それは普段から見れば誰だって分かることだ。

 前川みくという女の子は、自分が知る中で一番真っ直ぐな女の子。自分の信念を曲げず、メンバーの中で最後にデビューすることになっても、愚痴を零すことなく私達と接していた。自分だったらどうだっただろうか。彼女のように我慢強くいられただろうか。いや、きっと耐えられないと思う。自分はそんなに強い人間ではないし、立派な目標を持ってアイドルをやっているわけでも……。

 おかしいなあ。

 心が曇るような感覚。たしかに以前はもっと目の前にいる彼女みたいに頑張ってなにかを目指していたはずなのに。いまの私は、―体何のために、何を目指しているのだろうか。今まで考える筈のないモノが頭の中を駆け巡り、心を曇らせていく。

 不安。恐れ。それらが一気に迫りくる感覚が卯月を襲う。扉を覗いたままの体勢で彼女の身体は硬直していた。

 その時。卯月の目がある光景を捕え、彼女の意識は現実へと引き戻された。

 

「おい、大丈夫か?」

「あ、うん。だ、大丈夫にゃ」

 

 一体、何が起きたというのだろうか。ほんの一瞬、意識がどこかに飛んでいたその一瞬に、二人が何故か抱き合っていた。まるで、ドラマのワンシーンのよう。

 しかし、よくよく考えれてみればわかることだ。先ほどの会話から察するに、みくが躓いてプロデューサーが彼女を受け止めたのだということは卯月にもわかった。

 二人が抱き合っていたほんの数秒だった。それを破ったのは彼のスマートフォンの着信で、それに気付いたみくは咄嗟に離れたが、彼はいつもの調子で電話に出ながらみくに「それじゃあ、これでお終いな。お疲れさん」そう言ってトレーニングルームを出ようとする。

 ど、どうすれば……!

 卯月は咄嗟に扉から数メートル離れ、丁度歩いてきたように見せかけることにした。それは上手くいき、出てきたプロデューサーが彼女に気付き、卯月は一礼してその場をやり過ごした。

 よ、よかった。なんとかやり過ごせました。

 我ながらナイス判断だと思った。しかし、このあとはどうしようと卯月は悩んだ。まだ、中にはみくがいる。けれど、中に入らないと目的であるスマートフォンを回収できない。現在の彼女がどういう感じでいるか確認はできないため、どんな顔して入ればいいか判断に迷う。

 ここは、普通にいきましょう。普通に。      

 

「あ、みくちゃん。まだ、いたんですか?」

 

 声も上がっていない。我ながら自然な演技。

 

「う、卯月ちゃん?! う、うん。まだ、練習してたにゃ。卯月ちゃんはどうしたんだにゃ?」

「私はスマホを忘れて……。あ、ありました」

「……卯月ちゃん、見た?」

「え、何をですか?」

「あ、うん。なんでもないにゃ」

「みくちゃんは、このあとどうするんですか? 私は一旦部屋に戻ってお風呂にいきますけど?」

「みくも行くにゃ」

 

 二人は揃ってトレーニングルームを出た。

 横目でみくを見た「で、さっきの質問はどういう意味ですか?」と弄るほど度胸はなかったし、彼女の目標など到底聞けるものではなかった。

 

 

 

 一定の間隔で設置してある電球の光が廊下を照らしている。

 正面玄関へ向かって美波は歩いていた。ただ、その足取りは軽くはなく、彼女の表情は明るくはない。その理由は至ってシンプルだった。

 いきなりリーダーに任命されても、困る。

 昨夜のことだ。プロデューサーと武内Pの二人からCPのリーダーをやらないかと言われたのがきっかけだ。メンバーの中では一番の年長者であるから、その選択は間違いではなかった。

 小学、中学、高校といった学校生活のなかで委員長や部活で部長などをした経験はある。が、自分から申し出たわけではない。信用というよりも、どうやら自分は周りからは頼りになるような人間らしく、一人が口に出せば、また一人と自分を指名していくのだからどうすることもできない。

 我ながらNOと言えない日本人だ。

 二人にも同じような事を美波は思い出した。「部活動の延長と思えばいい」そう言われたのだが、たしかにそれに近い感覚なのだと気付いた。

 けれど、これは部活動じゃない。

 私はアイドルで、これは仕事だ。遊びではない。

 美波が二人の提案を素直に受け入れられないのには理由があった。メンバーのみんなは年も離れているし、一緒にいる時間も限られている。それでも、今日まで自分達はそれなりに良好な関係を築けているのではと美波は思っていた。

 でも、私よりきらりちゃんの方が適任な気がするんだけど……。

 そのことも尋ねてみたが「お前の方が適任」と一蹴されてしまった美波。時間も遅かったので昨日はそれで話は終わった。美波はもう一度話がしたくてプロデューサーを探していた。武内Pは今日はおらず、プロデューサーだけになる。

 今なら時間も空いているのでゆっくり話せると思って探しているのだが、旅館内にはいない。

 外、かな。

 もし外なら都合がよかった。みんなにはまだ聞かれて欲しくないし、相談している姿を見られたくはなかった。

 サンダルを履いて外に出てから美波はあることに気付いた。

 蚊だ。

 耳元で嫌と言うほど蚊が飛んでくる音が聞こえてくる。

 蚊取り線香とか持ってくればよかった思いつつも、部屋に戻るのも面倒だと思った美波はそのまま外へ向かった。

 美波はそのまま旅館の周りを歩き始めると、探していたプロデューサーの声が聞こえた。

 仕事の話だろうか。

 それにしてはやけに優しい声で会話しているようだと美波は感じた。辺りを飛んでいる虫など気にせず、美波は角から頭を半分出して覗くようにプロデューサーを見た。

 

「予定通り明日には帰る。……あ? そんなことするわけないだろう。……一人だけ海に行ってズルいって、こっちは仕事だって知ってるだろうが」

 

 もしやこれは、かつてない衝撃的な光景を目にしているのでは。

 美波はプロデューサーが独身だということは知っていた。さらに言えば、どこから流れてきた噂によれば別の事務所のアイドルとか女優と付き合っているとか、人妻に手を出しているとか、街でどこかでみた女性とデートしているなどなど。誰かの嘘がそのまま膨れ上がりとんでもないことになっている。

 しかし、目の前の状況を見れば、噂のどれかに真実が交じっていることがわかる。

 ――むしろ、結婚しているのでは?

 会話の雰囲気がそれとなくそういう風に聞こえるのだ。私の父と母のような、夫婦に近い話し方。特にプロデューサーの顔が優しい。普段見ることのない顔だ。

 

「それじゃあ切るぞ? ああ、お休み」

 

 電話が終わるのを見計らって美波は彼の前に出た。

 

「あ、プロデューサー。ここにいたんですね」

「美波か。どうしたんだ?」

「実は相談があって」

 

 プロデューサーが胸ポケットから煙草を一本取りだして口に咥え、ライターで火をつけた。一度吸って吐くと、見透かしたように昨夜のことかと言われた。どうやらお見通しのようだ。ならば、話が早い。美波は話を切り出した。

 

「その、やっぱり私にリーダーは向いてないんじゃないかなって思うんです。たしかに委員長とか部長を経験したことはあります。けど……」

「キミは、向いてないと言う。けれど、出来ないとは言わないんだな」

「それは……」

「自信がない。と、オレは思っているんだが?」

「その、そうです……んっ」

 

 風が吹いて煙草の煙がこちらにやってきて、ついむせてしまった。大学でも多くの人間が煙草を吸っているが、やはり慣れない。むしろ、嫌いな方。

 それに気付いたプロデューサーはすぐ携帯灰皿に煙草を押し付けて消して謝罪した。

 

「すまん。アイドルの前で吸うのはルール違反だった」

「いえ、気にしてませんから」

「……話を戻そうか。まず、オレと武内が美波をリーダーに指名したのは、はっきり言えば消去法だ。年少組は言わずもがな。高校生組にはまだ荷が重いし。となると、一番の年長者であるキミになる」

「やっぱり、そうなりますよね」

「昨日も言ったが、そんなに難しく考えなくていいんだ。リーダーと言っても常日ごろからしろという訳ではない。全員で参加するライブでらしいことをしてくれればいい。美波が言ったように部長の延長だと思ってやればいいんだ」

 

 プロデューサーの言っている事に異論はない。むしろ、納得している部分。けれど、美波が悩んでいるのはそこではなかった。

 

「私、不安なんです。本当にみんなを纏められるのか。その、こう言うのもあれなんですけど、みんな……個性的ですし」

 

 それは美波の本心だった。自分の友人や大学の知人達以上にみな個性的で、こちらが一歩引いてしまうような勢い。

 

「アイドルになる子は、皆個性的だ。それを抜きにしても、今時の若い子はああいうもんじゃないのかい? それに、思春期だ」

 

 言いながらプロデューサーは縁側に座った。美波も少し間隔をあけて座った。

 

「そうかもしれません。でも、私が一番のお姉さんで、しっかりしなきゃ、みんなを気にかけなきゃって」

「美波、もっと気楽に考えてみるんだ。メンバーのみんなのことは嫌いか?」

「そんな! みんなのことは大好きです。出会えて本当によかったって思えます」

「なら、それでいいんだ。いつものようにみんなのお姉さんでいればいい。自然体で肩を張らず、気になったら『どうしたの?』と声をかければいい」

「普通に、ですか?」

「そう。もし、それでも手におえないことがあったら相談すればいいんだ。武内でも、オレだっていい。それと、女性に関する……悩みだったら、千川やトレーナー達に相談したっていい」

 

 言われて普段の自分を思い出す。みんな、特に卯月ちゃんたち学生はよく勉強に関して相談してくる。苦手な科目もあるけれど、自分が教えられる範囲で一緒に勉強したりする。特にアーニャちゃんには日本語を教えてたりする。気付けばロシア語を教わっている自分がいる。

 これがいつもの私だ。自然体だ。

 不思議な感じだ。肩の荷が下りたようだ。

 ふと美波はあることが気になった。隣にいる彼は、アイドル部門のチーフプロデューサーで、重大な役職についている。そんなプロデューサーは、自分以上に責任やプレッシャーがかかっているのではと美波は思った。

 高校時代やアイドルになるまでの大学生活の間にアルバイトをしていた経験がある。小さなミスはしたことはもちろんある。けれど、大きなミスといったお客さんに迷惑をかけたミスはしたことがない。偶然目にしたことだが、ある人がミスをして店長に怒鳴られ、一緒にお客さんに謝罪しているのを目撃した。アルバイトや社員にしてもミスをすればトップが責任を負う。そうなれば自身の能力を疑われるし、その地位を脅かすものとなる。

 プロデューサーに当てはめれば、推測だが他のプロデューサーの方や私達アイドルのミス、というより問題は彼にいくのだろう。プロデューサーはそういった事を考えたり、悩んだりしないのかと尋ねた。

 

「実を言えば、こうしたちゃんとした役職に就いたのは346が初めてなんだ」

「そうなんですか? 意外です」

「最初はね、見習いだったんだ。それから見習い兼助手。次に助手兼社員。で、独立というかフリーであちこちを行ったり来たり。346の前に一年ほど専属でプロデューサーをやっていたけど、まあ自由にやらせてもらっていたよ」

「じゃあ、余計に不安じゃなかったんですか? 今のような地位にいて、下の人間や私達アイドルの責任者で。なにかあれば自分が全部責任を負うことになるんですよ?」

「美波が言うようなことは、感じたことも考えたこともないな」

「何故ですか?」

「自信があるから、かな。自惚れとか、自信過剰と言われるかもしれないけどね。以前テレビ局のとある番組に参加していたことがある。そこの番組プロデューサーがそれはもう酷くて。酷過ぎでオレが乗っ取った」

「ええ?! だ、大丈夫だったんですか、そんなことをして?!」

「もちろん根回しはしたよ。まあ、コネとか周りから信頼は得ていたし」

「プロデューサーって、世渡り上手なんですね」

 

 意外なことに感じたことを素直に口に出したことを美波は言ってから気付いた。

 

「言うねえ。ま、今の話をすれば、何か起きれば責任を取って辞めたっていいぐらいの覚悟はある。これほどのプロジェクトを任されたわけだ。それにやりがいがある」

「……なんだか、私のこととは天と地っていうか。悩んでいた私が小さいです……」

「なんだなんだ。まだ若いのにもうギブアップか? むしろ、ミスをしたってオレに責任を取って貰えばいいやぐらいの気持ちでいたっていいんだぞ?」

「そ、そんなことできませんよ!」

「いいんだよ。そのためにオレがいるんだから。だから美波。お前の好きなようにやれ。さっきも言ったが、何か悩んだり分からないことがあったら相談しろ。一人で抱え込まなくていいんだ」

 

 プロデューサーは立ち上がって美波の肩をぽんと叩いた。彼の顔は優しかった。大きくて逞しい手。けど、温かい手だ。

 なんだかお父さんみたい。

 自分の父親とは似ても似付かないのに、何故か美波は自分の父親と重ねてしまった。

 

「――プロデューサーって、お父さんみたいです」

「……オレは独身だ」

「え? だって、さっき奥さんと話してたんじゃ……あっ」

 

 咄嗟に口を塞いだ。ちらりと目を上に向けると、そこには先程とは違う男性がいた。

 お、怒ってる?

 

「美波、盗み聞きとはよくないな」

「た、たまたま聞こえただけですよ……? それにプロデューサーって、そういう噂でもちきりですし」

「ほう? で、その噂とは?」

 

 誤魔化すこともできない、この場から逃げることもできないと察した美波。どうせ噂だと思い知っている事を話した。

 

「成程、成程……。大方大人組だな。ったく、いい歳してなにしてんだ」

 

 それを本人達の前で言ったら想像も絶する光景が訪れるに違いないと美波は何故か確信した。

 けど、プロデューサー自身にも原因があるんじゃ。

 もちろん口には出せないが。ただ、電話の相手は気になる。私もアイドルの前に女の子である。恋バナには興味津々。

 

「それで、電話の相手は奥さんじゃないなら、相手は誰なんですか? 恋人ですか?」

 

 そう言うと嫌な顔をされたように見えた。何故だろうと思ったが美波にはわからなかった。

 なにせ、彼女の顔はいま満面の笑みを浮かべながら聞いているのだから、プロデューサーからすれば厄介なことこのうえない。

 

「……自宅に姪っ子を住まわせている。一人暮らしさせるには心配だからと言ってな」

「……プロデューサーって兄弟いたんですね」

 

 素直に驚いた。見た目的に一人っ子だと思っていたからだ。

 

「弟が一人な。さ、この話はお終いだ。とっとと部屋に戻れ」

 

 強引に話を終わらせられたが、これ以上はきっと教えてはくれないとわかると美波は素直に撤退することを選んだ。

 

「わかりました。プロデューサー、今回はありがとうございました。それじゃあ、お休みなさい」

「ああ。お休み」

 

 振り返ることなく彼女はその場を去った。

 

 

 

 美波が去るのを確認すると、プロデューサーは煙草を吸いながら夜空を見上げていた。同じ夜空だと思う。けど、東京の街から見上げる夜空とは、どこか違うような気がした。

 貴音がこだわるのもわかる。

 自宅のマンションから見る月や夜空も悪くないが、やはりもっとちゃんとした場所で見たいと口にしていたのを思い出した。

 プロデューサーはこういった場所、要はスポットみたいな場所の事だと思っていた。しかし実際の話、貴音はムードのある場所で彼と一緒に見たいと思っているだけであった。

 貴音のことを考えていた所為か、先ほどの美波との会話を思い出した。

 

「奥さん、か」

 

 自分はかなり遅れている方だと自覚はしている。

 高校の同窓会に以前に参加したことがある。クラスメイトの大半が結婚していたし、その逆でバツイチなんて奴もいた。みんな口を揃えてこう言った『お前、まだ結婚してなかったのか?』驚いたように言うのだ。

 何故みんな驚くのだろう。プロデューサーは不思議でならなかった。親しかった友人が教えてくれたのだが、なんでも女子から人気があったそうで。その所為か、とっくにどこかの女と結婚していると思っていたらしい。

 心外である。

 自分はそんな優柔不断な男ではない。女性を口説いたりもしていないと言うのに。

 結婚をする気がないのかと言われれば、それはNOだ。する気はある。けれど、当分する気はない。

 プロデューサーは再び空を見上げ、大きなため息をついて仕事用のスマートフォンを取りだしてLINEを起動する。

 簡単な連絡手段としてLINEは便利で、仕事用のスマートフォンにはアイドル達全員に346プロダクションの社員や仕事先から色々入っている。私用はごく限られた人間にしか教えていない。

 多分、早苗辺りだろう。

 早苗を含む思い当たるアイドル達にプロデューサーは「明日覚悟しておけ」と一言送った。彼はそのまま既読の確認や返信など確認する気はなく、スマートフォンをポケットにしまい部屋に戻ることにした。

 正面玄関に入ると、壁際にある棚の上に色紙があるのが目に入る。

 何も言ってこなかったのであの子達は気付いていなかったのだろうか。プロデューサーはそう思いながら手に取る。

 この色紙はよく知る彼女達のものだ。

 色紙に書かれているのは765プロダクションのアイドル達が旅館に送ったもの。プロデューサーも話には聞いていたし。ならばと、346でも行う際はここを利用しようと当時は考えていた。

 

「元気にしているだろか。いや、煩いぐらいか」

 

 来年の今頃には、彼女達の色紙があるのだろうか。そんなことを思いながら、彼は自室へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




美波にパパと呼ばせたらえっちぃと思ったのでお父さんにしたの巻。
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