銀の星   作:ししゃも丸

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長らくお待たせしました
今日から全8話+あとがきを毎日0時に一話ずつ更新していきます(あとがきは8話目更新から少し経ってからあげます)
完結にあたり今までの話と矛盾や乖離する部分もあるかと思いますが、それでもよろしくお願いします
感想などは最後に一斉に返す予定です。
それでは、最後までお付き合いください



UI編
第34話 夢のはじまり


 

 

 

 

【アイドル協会】

その存在は至ってほかのものとそこまで変わらない。各スポーツなどにある『○○協会』と似たような存在である。

しかし、協会が作られたのは比較的最近な話で生い立ちとしては若い部類に入る。

協会の役目は主に活動しているアイドル活動の支援が主にある。ライブの開催地、宣伝、スタッフの手配等々。

そして、もっとも大きな内容としては「アイドルランク」の決定権であろう。

まず、アイドル候補生として登録された時点でFランク。正式にアイドルとしてデビューした時点でEランクとなる。現在で言うトップアイドルはAランクに該当され、CDの売り上げ、ランキングやタイトルの受賞、そして「称号」などが選定理由にある。他にも非公式になるがファンの人数という不確定な要素に該当するアイドルがAランクといった采配がされている。

このアイドルランクの前身とも言える、「アイドルアルティメイト(IU)」の委員会を務めていた当時の人間達がアイドル協会を設立したとも言われている。

現在、数多くのアイドル事務所で多くのアイドル達が活躍している。そんな中でトップアイドルと呼ばれているAランクアイドルに認定されているアイドルは実際にそこまで多くはない。かといって少ないというわけでもない。

これはあまりにも活動しているアイドルが多いためにあり、トップアイドルという称号が近年では曖昧化し始めているのではと考えられている。

ただ、過去においてトップアイドルの称号はただ一人を指していた。

アイドルアルティメイト。たった数回しか行われなかった伝説の祭典。

その優勝者こそが真のトップアイドルにして〈Sランクアイドル〉と呼ばれていた。

しかし、現在においてSランクと呼べる真のトップアイドルは――存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年 12月 アイドルアルティメイト決勝戦

 

いま日本……いや、世界が興奮の渦に巻き込まれている。

4月から始まった予選から8ヶ月という長い期間を経て、ようやく本当の意味でのステージが始まろうとしている。

復活した伝説の祭典。

アイドルの頂点を決めるライブバトル。

会場で、テレビで、ネット中継というあらゆる手段で会場の様子が配信されている。裏方で誰かが何度も最高視聴率を更新したと叫んでいるのは、もう聞き飽きた。

いまこの瞬間、これから始まるラストライブを目撃できる人間は人生において2度とないかけがえのないものとなるだろう。ステージの端で、一人の男がそんなことを思っていた。

だってそうだろう。

目の前に立っている三人のアイドルを見れば、今後二度と揃うことのない最初で最後の舞台。

一人は帰ってきた伝説のアイドル日高舞。

子供から大人へと成長した彼女が再びアイドルとして戻ってくる。簡単なことではなかっただろう。だが、そんな彼女を今でも根強いファン達が涙を流して喜んでいる。年はとったがその歌声は衰えを知らず、アイドルアルティメイトのオープニングセレモニーで19年ぶりの生の歌声は圧巻の一言。そんな彼女は今回シード枠で参戦し、そしていまここに立っている。

二人目はいまもっとも話題のアイドル〈リン・ミンメイ〉。

昨年12月に突如現れ、人々を魅了し一気にトップアイドルの階段を駆け上がる。しかし、その正体は素性が知れない謎のアイドル。巷では日高舞の再来とまで言われ、この決勝の舞台にいるのは当然とも言えた。

そして三人目のアイドル、銀色の王女の異名を持つ現在トップアイドルにもっとも近い四条貴音。

彼女は男がもっとも信頼を置き、アイドルとして自分が持てるだけの力を以て育てたアイドルにして、大切な存在であった。

男は複雑な心境だった。

なぜ、お前がここにいるんだ。

どうして。

男は口には出さなかったが、出す気もなかった。

自分から離れたのだ。夢のために。

違う。

本当は邪魔だった。夢のためにお前は邪魔だった。

違う。

道具としてお前を扱いたくなかった。物としてお前を使いたくなかった。

頭の中で善と悪が蠢いている。どちらも正しい、どちらも間違っている。正解などない。

間違いないことは、すべてはこの瞬間のためだ。

夢、俺の夢がようやく叶う。あと、一歩。そう、あと一歩なんだ!

男は胸の内で叫ぶ。待ったんだ、19年も。人生の半分をこの日ために捧げてきた。

在り来たりな青春を、学生らしい生活を、友人との時間を、家族との時間を……全部捧げてきた!

すべて仕事に、夢を叶えるためにとすべての労力を注いだ。

男は、人生で一番興奮していた。

かつて幼少の頃、本当に欲しかった玩具を買ってもらった時以上に喜んでいる。

初めて女を抱いた時以上の興奮と快楽を感じている。

けれど、男には分かっていることがあった。直感、本能、経験から頭の中で答えが開示されている。

――お前の夢は叶う。

そう告げている。

分かっているとも。しかし、けれど、この目で見届けさせてくれとなぞの存在に問いかける。

頼むからもう邪魔はしないでくれ。

最後の舞台の幕が……あがるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年 10月某日 346プロダクション

 

美城がかれこれ数時間椅子に座りながら作業に没頭し、少し休憩をしようと目を休める。気分転換に窓の外を見た。

曇り、だったのか。

まだそんなに年をとっているという自覚はないが、こうも作業に没頭しているのはあまりよくない。よくないが、仕事人間だと自覚しているのでもう手遅れな感じもしなくはない。

なぜだか、嫌な空気だ。

天気の所為ではない。美城は気になって重要な書類に再び目を通し始める。

問題ない。これも、これも、これもだ

妙な胸騒ぎがする。思い当たる部分は手当り次第チェックしてみたが、どうも落ち着かない。

なにか大事な案件を忘れているのかとつい焦って部下に連絡を入れてみたが、『本日は面会の予約はありませんし、急を要する案件も特には』と言われた。

一体なにが心配なんだと考えていると、コンコンと扉をノックしてプロデューサーがやってきた。

ああそうだったと、思い出し思考を切り替えた。

 

「失礼します。報告していた企画の書類を持ってきました」

「ああ、そうだったな。すまない」

 

美城はこの時、一つの違和感を感じとっていた。

彼には以前にも二人だけの時は敬語をやめろと許可を出していた。それ以降加減など知らず平気でため口で話していたのだ。それがこの日は敬語だった。

渡された書類に目を通しながら、彼は無言で立っていた。いつもならソファーに座って待つ男が今日は違った。

彼女は自然と「どうした?」と尋ねた。

 

「用件が他にもあるんです」

「用件? なんだ、それは?」

「これを、受理していただきたい」

 

渡された白封筒。そこにはっきり三文字の文字が書かれていた。

美城はそれを一見しただけで再度尋ねた。

 

「もう一度聞こう。これは、なんだ」

「質問の意味が解りかねます」

「分からないのはこっちだ。なぜ、君がこれを私に渡すのか分からない。それも、退職届をだ」

 

退職届の時点でまず明確な意思表示をしている。ここを辞めるとはっきりと言っているようなものだった。

美城には、彼がなぜここを辞めるのかがまず理解できないでいた。

個人的な理由を除いて考えたとして、給料に関しては絶対に不満はないと言える。

彼の支給額は同じ正社員でも大きく離れている。就いている役職はもちろん、346プロが彼にアイドル部門に来てほしいと依頼した時点でそれなりの報酬、給与面についてかなり出しているはずで、立場上そちらにも目を通すことができるので彼が貰っている給料は破格だったはず。さらにボーナスも出るのだから文句はない

ではなんだ? 他のこととなれば契約内容に今更不満が出たか、それ以外のことか?

たしかにこの男は有能だ。ここを去っても引く手数多だろう。

分からない。一体なぜ?

落ち着かないのか思考がぐるぐると渦まき、考えが全くまとまらない。

美城は率直に理由を尋ねた。

 

「理由を、聞かせろ」

「……単純に、ここにいる理由がないからです」

「なんだと?」

「346プロから依頼されたのは、新設されるアイドル部門の確立させること。そのためのアイドルのスカウト及びプロデュース。現在346プロのアイドルは業界でも上位に位置していると言っても過言ではないでしょう」

「だから自分はその役目を果たし終えた。そう言いたいわけだな?」

「ええ。アイドルだけではなく、武内を始めとしたプロデューサーの育成も問題ないレベルまで鍛え上げたとも思っています。ですから、自分はもう必要ない」

 

観察するように彼を睨む。

サングラスで瞳は見えず、彼の真意は読めない。だが、おおよその見当はつく。

この男が言っているのは本当に建前だ。本音ではない。いや、少しは本当かもしれないが、それがすべてではないだろう。

 

「それが本音ではないだろう。話せ、と無理には聞かん。だが、私には知る権利がある」

 

ふむ。声を漏らしてから、プロデューサーはいつもの口調で話し始めた。

 

「ここにいる理由がない、というのは本当だ。もうここでプロデューサーをしている意味がない」

「それは……なぜだ?」

「346プロからの依頼は、俺にとって本当に都合がよかった。チーフプロデューサーという役職をもらい、そのおかげでアイドルを探すという理由であちこち行けた。まあ結果はいまいちだったが」

「待て。君の本当の目的は、ここでその地位を利用してアイドルを探すことだったのか?」

 

目の前の男はそうだと一蹴した。

自然と小さな怒りの火が灯った。

いまこの瞬間、彼はすべてを否定している。いや、した。ここにいるアイドル達全員が、彼にとっては妥協――違うな。自分が厳選し、不要な者をこちらに流しているようなものだ。

彼を慕っているアイドル達、尊敬している者達すべてを欺いていたのか、この男は。

かく言う自分もその一人だと彼女は叫びたい衝動を抑える。

だが、ふと気づく。

『結果はいまいちだった』と言った。それなのにここを去る?

つまり……見つけたということなのか?

彼がもっとも必要としている――アイドルを。

ならば、アイドルを探すというのは建前。本当の目的は別にある、ということになる。

 

「君は、なにをしたいんだ?」

「したい、というのは違うな。してきた。いままで、その時のために。専務、あんたは感じているんじゃないのか? ここ最近のアイドルブームはたしかに盛り上がりを見せている。あんたが嫌というほど見る書類だってそれを示している。だがそれも、もってあと数年だ」

「どうしてそう言い切れる? 君の言いたいことは分かる。しかし、私は衰退とまでは思っていない。あくまで平行線だと思っているが」

「どうかな。新人アイドルは日々増えてはいるが、その一方で現実に挫折し、消えていく子も少なくはない。新規にファンを獲得するというのは容易ではないし、逆にファンからすれば何人ものアイドルを追いかけるのも楽ではない。はっきり言ってファン一人が増えようが減ろうが、実際に目にするのは数字だ。アイドル協会が定めているアイドルランクも、本当の所は売り上げといった数字だ」

「アイドルランク……。曖昧だが、しかし説得力のある存在ではある。世間で言う異名持ちアイドルも346にも少なからずいる。見えないものを協会が見える形にしたことは、正しいのかは分からない」

「だからこそ、ここではっきりと整理すべきだと思っている」

「整理?」

 

美城は眉をひそめた。

 

「増えすぎたアイドル。曖昧なアイドルランク。それを明確にするべきだ」

「……君は」

 

その言葉に美城は心当たりがあった。

今と昔のアイドル活動に明確な違いがある。違い、というよりも有無だろうか。

昔のアイドル活動においてアイドルランクはまさに自分を象徴する肩書きであった。それを決めるための規定は現在の方法とは別に、もう一つあった。

『ライブバトル』。人によっては『アイドルバトル』と呼んでいた者いた。

ランクアップをするために数人によるライブを行い、勝者はランクがあがる。至ってシンプルなもの。

そして、年に一度行われる大きなライブ。〈アイドルアルティメイト〉と呼ばれた祭典があった。

ランクの有無に関わらず参加でき、下位のアイドルからすれば下剋上を狙える。さらに優勝者には栄光の〈Sランクアイドル〉の肩書が手に入る。

しかし、それも長くは続かなかった。

彼は、あれを再びやろうと言っているのか?

だが、そんな権限が一体どこにあるのか。それが唯一の疑問だった。

 

「君がしたいことというのは、それなのか? しかし、それが今の時代に必要なのか? 時代が、人々が受け入れるとは思わない」

「俺のしたいことは、そんなことじゃない。いや、過程としてはそうなる」

「過程……? 待て、君は最初に言ったな。ここに来たのはアイドルを探すためだと。そして〈アイドルアルティメイト〉は過程に過ぎないとも。では、なんのためにアイドルを探した? どうして〈アイドルアルティメイト〉をやる必要がある?」

 

思わず椅子から立ち上がる美城。それでも、プロデューサーは動じなかった。

それから少し間をおいて、彼が不気味な笑みを浮かべて言う。

 

「夢のため」

「……夢?」

「専務、あんたには夢はあるか」

 

ない。彼女はきっぱりと答えた。

夢というよりも目標ならあった。父が経営するこの346プロダクションを私が継ぐのだと。人によっては、これは夢と思われるかもしれない。

しかし、彼女にとっては目標だった。そのための勉強も、経験も今日この日のための通過点に過ぎずない。いや、美城の家に生まれた時に定められた宿命でもあるとも思っていた。

 

「俺には、ある……どうしても叶えたい夢が。どうしようもない夢だと言われようと、叶うことのない無理な夢と言われても、俺は生きてきた。そして、それが叶う時がきた」

 

生き生きと語る彼の姿に美城は恐怖を感じた。

理由は分からない。初めて見る彼の光景が恐ろしいのか? それとも、この場で語る彼の本音を素直に受け入れられないことが?

だが、それなら辻褄が合う。今まで語ってきた彼の言葉一つ一つ、今日までしてきた行動の意味。

すべては夢のため――。

では、なんだ。

 

「君の、君の夢は一体なんだ?」

 

結局――その答えを聞けることはなかった。

美城は彼の上司とてこの退職届を受理した。

チーフプロデジューサーという立場もあり、年末を控えたこの時期の退職にはかなり時間を要するため、12月15日を以て彼は正式に346プロを退職することになった。

個人の感情を優先するなら引き留めたかった。だが、こんな時まで私情を挟まない律儀な人間だとは彼女も思っていなかった。

それに、彼を羨ましいとも思えてしまった。夢を叶えるため、ひたむきに夢に向かって突き進む彼が。

きっと近い内に大きな波乱があるだろう。彼がああ言うなら、きっと間違いない。

それに、それは外ではなくここにもある。

特に彼を慕うアイドル達が騒ぐだろう。今後の活動に支障をきたすかもしれない。軽視できない問題だ。

彼を尊敬するプロデューサー達も引き継ぎの際に知り驚くだろう。彼――武内は直接私の下に抗議に来るかもしれない。

それでも、それでもだ。

夢を持たない私が……それ以前に、第三者が人の夢をとやかく言う権利など誰にもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 12月15日 346プロダクション

 

曇り空の中、卯月は346プロの敷地内を歩いていた。

12月ということもあって本当に冬だということを痛感させられる。

冬は女の子にとっては強敵だ。だって特に足が寒い。いくらタイツを履いていても、冷たい風が吹けば歩いていた足を止めて身震いしてしまう。

もう2年経つんだ。

クリスマスまでもう少し。あの日から、卯月は再びアイドルして走り出した。

我武者羅だったかもしれない。無我夢中でたくさん頑張った気がする。でも、今でも皆には迷惑をかけたと申し訳なく思っていた。

 

「今回も頑張らないと。うん!」

 

24日のクリスマスライブ。いまはそれに向けて頑張ってレッスンをしているところだ。

それが終われば年末にお正月。

今年というより来年、どこかの番組に生放送で参加しなければならないのが億劫だ。高校を卒業して無事大学受験に合格して現在大学1回生。高校の時と違って自由が利くし、新しい友達との交流は楽しい。

不満としては、アイドルなので有名なのが困ってしまいます。

それでも大学側でもそこはかなり気を付けてくれているそうで。

プロデューサーもサークルに入るのもいいが、飲み会にはできるだけ参加するなと言っていた。参加する際には連絡を入れること。それらを特に念を押していた。

多分、ああいうことを想定して言ってくれたのだと察しはついている。先輩である美波ちゃんにも聞いてみたが、『私は特に誘いが、ね? アイドルになったらもっと増えて困ってたの』と言っていた。まあ、彼女は特に自分から見ても美人だし、男ならホイホイ声をかけよう、お近づきになろうとするのは分かる。

そんな私も来年でようやく20歳になる。大人の仲間入りだ。

高校の友人はその、アレな経験をしてそんな話を振ってくることがある。女子高なんて男子が思っている以上にそういう話をするが、自分はそんなに好んで話すタイプではなかった。

(そういう意味では、まだ子供になるのかな?)

アイドルとしてはどうなんだろうと真っ先に思ってしまう。でも、346プロというよりプロデューサーを始めとした人たちは特に恋愛禁止とは言っていない。それに、交際しているという話も聞いたことがなかった。

理由はまあ、分かりますけどね。

2年という月日は人が成長するには十分すぎる時間。成長期なら特に。

残念ながら自分の身長はこれ以上伸びず、胸の成長も止まったことは卯月にとっては些細なことだが、体重だけは日々びくびくと震えながら過ごしている。

みりあちゃんや莉香ちゃんだって大きく成長しているし、蘭子ちゃんなんかすごく綺麗になった。他のみんなもそうだ。

それに、プロデューサーを慕うアイドルは多い。

恋しているんだって、分かります。

自分はどうだろうと考える。

慕っているのは本当。でも、好き……というのは違うかな。

言葉にするなら、敬愛だろうか。いま自分がこうしていられるのは、やはりあの人のおかげなのだ。

アイドルの島村卯月としていられる。いまはそれが何となくだけど嬉しく思う。

自分を見つけてアイドルにしてくれたこと。悩んでいた自分を気にかけてくれたこと。20歳を迎えるいま、大人としても見本にしたいと思える人。

凄い人だとみんなが言う。私もそう思う。

でも、私達が知っているのはここにいるあの人という側面だけ。本当はどういう人なのかは、誰も知らない。

ふと卯月はプロデューサーのことで思い出した。ここ最近の事務所の空気がなんだか変なのだ。そわそわ、ざわざわしているというのが頭で思い浮かぶ感じ。

武内Pも時折深刻そうな顔つきをしているのが、ここ最近目についているのを自分を含めた多くのアイドルが目撃している。

(そういえば……)

話の中心であるプロデューサーの姿を最近見ないことに卯月は気付いた。事務所に居ない訳ではないだろうが、それに関しても最近アイドル達の間では話題だった。それに、彼のオフィスの扉に入室厳禁という張り紙が張ってあり、それでは止まらない好奇心旺盛なアイドルは入ろうとしたが、鍵がかけられており入れない。

なんだか、変な空気でよくないなあ。

想いにふけながら346プロの正門という名の旧事務所の入り口を通る。すると、向こう側から丁度そのプロデューサーがやってきた。

卯月は思わず駆け足で駆け寄った。

それも当然だ。彼女自身、彼と直接会うのは一週間ぶりだったのだ。

卯月の呼び声に彼も足を止めた。

 

「プロデューサー! お久しぶり……です? どこかへお出かけですか?」

 

いつものスーツ姿にコートを羽織り、両手にバッグを持っていた姿を見て卯月は外回りかと想像した。

しかし、プロデューサーはすぐに返答はせず、少し間をおいてから口を開いた。

 

「卯月、か。ああ、そうだな。出て行くんだ、ここから」

「……へ? それって、え? ちょっと、何を言って――」

 

言っている事の意味が分かったのか、卯月は余計に混乱した。けれど、そんな彼女を無視して彼は続けた。

 

「今日付けで346を辞めた。ああ、やっぱり裏口から出て行くべきだったな。できるだけ人目につかないようにしていたんだが。こうしてお前と鉢合わせになってしまった。特にアイドルとは会いたくなかった。面倒だから」

「ど、どうして、なんで急に……わけが、分かりませんよ!」

 

「別に。こうなるのが面倒だから言わなかった。他の奴らにも口止めしておいたし、明日になったら教えていいとも言っておいた。まあなんだ。頑張れよ」

 

そのまま卯月の横を通って外に向かうプロデューサー。彼女はその場に立ちつくした。

訳が、分からない。なんで?

プロデューサーがなんでここを辞めるの? クビになったから? それは違う。だって、あの人からしてクビなんて事務所がするわけない。

じゃあ、自分から?

面倒だからと言っていたのは分かる。それは騒ぐに決まっている。私は大人しい方だけど、他のみんなはこうはいかない。大声で叫ぶ。詰め寄って問い詰めるに決まっている。

なんで辞める? 急でしょ!? 説明してください! そんな言葉が飛び交うのは容易に想像できる。

ああ、そうか。だから、武内P達は……。知っていたんだ、プロデューサーが辞めること。

卯月はもっと早くに気づくべきだった。現場に彼が来ず、他のプロデューサー達が出ている事に。ここ数週間の間、彼のオフィスが入室厳禁だったこと。

すべてはここを去るための準備だったんだ。

卯月は自分でもおかしいなと思い始めた。とても悲しい事なのに涙が出ないのだ。突然のことで頭が混乱しているのかと思った。けれど、思いのほかすっきりしている。彼が辞めてここを去るという現実に直面しているのにもかかわらず、それを受け入れている。理由は分からなかった。

そんな時、「ああ、そうだ」とプロデューサーの声が聞こえた。思わず振り返った。

彼も同じようにその場で足を止め、振り返りながらふと思い出したように言った。

 

「結局、お前の答えを聞くことはなかったな」

 

再び歩き出すプロデューサーの背中を見つめ、胸の奥底に何かが湧いてくる。

先程まで流れなかった涙が頬を流れる。

なんでいま流れるの?

 

「……私の、馬鹿」

 

二年間のツケが回ってきた。そう思えて仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年 1月下旬 アイドル協会 

 

「――開催するとして、また同じ悲劇を繰り返すことになればどうなる!」

「そうだ! 今まで低迷していたアイドルブームが再び戻ってきたいま、リスクを冒す必要はない!」

「いくら現状を省みても、いま開催する必要性は感じられん」

「しかし、それも数字的には平行線のままということをお忘れですか? 以前と比べ、昨今活動しているアイドルは数倍。事務所辺り所属数の平均も一桁というのが稀なのです」

「とある企業が行ったアンケートによれば、数人のアイドルを追いかけるファンというのは珍しくないとありますし、アイドルランクをより正確にするにはちょうどよいのでは?」

 

似たような話がまた飛び交っている。

協会の方針を決定する会議の中、そのメンバーの一人である歌田は内心ため息をつきながら呆れていた。

そもそもの話、自分がここにいること自体おかしいと彼女は思っていた。

歌田の仕事は声の専門。主にアイドルのボイストレーナーが以前の本業だった。自慢ではないがそれなりに腕に自信はあるし、癖のある声を持つアイドル達も見事育成してきた。

ところが、ある日を境に彼女はアイドル評論家の真似事をし始めた。アイドルを間近で見て、育てきたその観察眼はたしかなものということは分かっていたし、試にやってみると案外好評だった。

それがアイドル協会の目に留まり、気付けば協会の一員になってしまった。

(それにしても、平行線ね)

一週間前に開かれた会議も同じ話で始まり、今回も同じように終わるのだ。用意されていたペットボトルのお茶を一口飲み、歌田は他人ごとのように居座り無言を貫いていた。

だが、矛先がついにこちらに向かってきた。

 

「仮に開催するとして、本当にあの女を呼べるのかね?」

「それもそうだ! その担当は君だったね、歌田さん」

 

ついにきてしまった。

だいたいその話、その件については伝手があると口を“わざと”滑らしてしまったのが原因なのは自覚している。

いくら自分も望んでいるとはいえ、そのために彼から頼まれた内容はあまりにも精神的ストレスがかかる。彼女自身、時間を巻き戻して返事をNOと言いたかった。

まあ、その問いに関してはすでに問題はないのだが。

 

「その件について問題はない、と報告を受けております」

「報告とはどこの誰だ?」

「信用に値する者からの情報です。こちらがアイドルアルティメイトを再び開催したと報じ、直接連絡をすれば喜んで引き受ける、だそうです」

「そもそもの話、その情報源にこの件を教えるのは如何なものか。マスコミに流れたどうする?」

「それについては最初に申したはずです。アイドルアルティメイトを開催する際、日高舞を復帰させる前提でこの話が始まったはず。今まで取材にすら応じない彼女を復帰させてみせると言った者に、引き受ける条件としてこの案件の詳細を話すと。文句はありませんよね?」

 

最後に強く訴えると、反論していた男は目を逸らした。

 

「話を戻そう。つまり、日高舞は現役復帰するのはほぼ確実ということでいいのかね」

 

歌田は肯定した。

この場をまとめ、進行している男が唸っている。おそらく、今回で実際に開催するかを決定するための多数決をとるのだろう。

歌田もこの案件には時間をかけすぎているのは実感している。話自体は以前からあがっていたが、それを行うに値する決定的なきっかけがなかったのだ。

けれど、12月に現れたアイドル〈リン・ミンメイ〉の存在で話は大きく進展し、今月に入ってからの会議はいまのように白熱したモノとなっている。

 

「では、決を採ろう。賛成の者は手を」

 

半数の手があがる。もちろん歌田も手をあげた。

 

「決まりですね。では、近いうちに再び開催するにあたり本格的な内容を詰め込むために会議を開きます。その際にいつもの手順で連絡がいくのでよろしくお願いします。それでは本日のところは解散です」

 

解散の号令でどんどん人が出て行く。

その流れに歌田も混じり、途中でその列から抜けた。人がいない場所にいき、スマートファンを取りだす。

さて、連絡をしますか。どうせ、すぐに出るでしょう。

電話をかける前に彼女はもう一度周囲を見渡した。いないようだ。

コールが鳴る。一回。二回。さ……いや、出た。

 

『会議は終わったようですね』

「ええ。ほんと、頭が痛いけどね」

『お疲れ様です』

「他人事だと思って。まあいいわ。けど、本当に日高舞を呼べるんでしょうね? あれだけ啖呵を切ったのに、いざ来ないとなったら困るのよ?」

『その点はご心配なく。絶対にあの女は戻ってきますよ』

 

一体その自信はどこにあるのか……いや、あるわね。

〈リン・ミンメイ〉彼女の存在だろう。

だから、この話が進んでいると歌田は改めて把握した。

 

「で、お礼として実際に彼女に会わせてくれるのよね?」

 

歌田自身、ノーリスクでこの話を受けたわけではなかった。成功した暁には実際に〈リン・ミンメイ〉に会わせろ。その条件で飲んだ。

彼が彼女に対してかなり対策を講じているのか、共犯の自分にでさえ簡単には会わせられないと言われたのだ。

(極力人に会わせたくないのでしょうけど)

〈リン・ミンメイ〉に関するデータは教会でもプロフィール程度。名前だってアイドル活動をするための芸名だ。本名じゃない。

世間が騒いでいるように、本当に情報が少ないのだ。

 

『もちろん、時間はこちらで指定してさせてもらいますが』

「構わないわ。時間はあるもの」

 

むしろこちら側で無理にでも時間をつくる勢いだった。それだけの価値がある。

もう用はないと思って電話を切ろうと思ったが、つい口をもらした。

 

「それにしても意外だったわ」

『何がです』

「以前からあなたの計画は聞いていたわ。内心、夢物語だと思っていたけれど」

『それは、そうですね』

「けど、本当に驚いたのは、あなたが選ぶのは四条貴音さんだと思っていたから」

 

あの日。最初に四条貴音を見た時、この子はかなり光るものがあると見抜いていた。そんな彼女を彼がプロデュースしていると知った時はなるほどと納得したものだ。

事務所を転々とし、アイドルをプロデュースしているのは知っていた。その中でも、四条貴音は彼のお気に入りだと確信していた。

しかし、当ては外れてしまったのだが、だからこそ意外だという感想しか出てこなかった。

 

『……』

「?」

 

なぜか無言だった。けど、すぐに適当な返事が返ってきた。

 

『そうでしたが、彼女を見つけたので』

「それは、そうだけど……」

『では、また後日連絡します』

「ええ。それじゃ」

 

電話を切り、スマートフォンをバッグにしまう。

ふぅと息を吐いて、先ほどの彼を思う。仕事では何度も会い、どんな人間なのかは知っているつもりではあった。

歌田からしてみれば、彼は少し大きい孫……息子のように思っていた。だから、懇意にしていた。もちろん、有能だったからというのもあるが。

 

「結局、長い付き合いといっても、本当のところは分からないもの、か」

 

歌田は少し残念そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年 2月上旬 346プロダクション 

 

「2017年度 アイドル部門1月分報告書」と書かれた書類に目を通す。美城はとりあえず途中にある文章は飛ばして、ここ数年と比較した売上グラフに目を通した。

全体的にやや右肩上がりといったところか。

約4年前に発足された新部署としては中々の成績だ。さらにいま空前のアイドルブーム。アイドル戦国時代と例える者もいるが、そんな状況下でいまだに黒字なのは事務所として不満はない。

ただ、彼女はそれに満足はしていなかった。

不満、というわけではない。数字が語っているように我が346プロダクションのアイドル達の人気は冷める事はなく、年々活動が大きくなっていると言ってもいい。

しかし、ここにきて新たな転機を迎えようとしている。

〈アイドルアルティメイト〉

それが再び開催される。

当時はまだ学生だった頃のことだが、鮮明に覚えている。あの頃のアイドルブームはいまより盛り上がっていた。

(日高舞、か。年をとるわけだ)

彼女の影響力は底を知らぬのかと、いまなら言える

発売したCDはすべてミリオンヒット。ランキング上位を常に占めるのは当たり前。他に多くの賞を受賞し、まさに一線を越えたアイドルだった。

本人を直接見たことはない。当時は見たいと思ったこともある。けれど、彼女の存在は当時の346プロにも大きな影響を与えていた。まあ、悪い意味なのだが。

それは346プロに限った話ではなく、当時のアイドル事務所は大きな被害を被ったと聞いたことがある。日高舞の存在にアイドルは辞めていき、事務所は存続していくことができなくなり消えていく。そういった事務所は少なくなかったと記憶はしているが、あまりにも前のことなので覚えていない。

今西さんならおそらく覚えているだろうが……聞くことはないか。

当時を知る一人ではあるため、よく知っているだろうがいまは忙しいだろう。

定年を迎えここを去るのが普通なのだが、彼が持つ知識や経験、コネクションはまだ失うには惜しいとアイドル部門の役員会議で話題になった。結論としてアイドル部門の相談役として存続してもらう形になった。世間でいう本来の相談役とは違うが、うちはこういう形になった。それに本人も喜んで了承してくたこともあるし、彼は社員やアイドルからも好かれている存在でもある。

彼とも話したが、ここにきて〈アイドルアルティメイト〉の開催ははっきり言って好ましくなかった。

原因は一つ。

 

「君の言う通りになったな。これも、想定済みということか」

 

窓の外を見た。

空は曇りで、あの日と同じような天気だ。

ここを去った一人のプロデューサーと交わしたことをふと思い出す。

現状、彼が言った通りになった。〈アイドルアルティメイト〉は開催された。とんでもないモノを用意して。

『我々アイドル協会はここに、〈アイドルアルティメイト〉の開催を宣言いたします! 参加条件はただ一つ、アイドル協会に申請しているアイドルという条件だけです。よって、アイドルランクによる制限はありません。ソロ及びユニットで参加するかはご自由になります。しかし、ユニットの参加となれば審査員の採点がより厳しいものとなることは重々承知のことよろしくお願いします。詳しい日程は後日また改めて公式HP、参加される事務所にご連絡いたします。そして! 本大会において、オープニングセレモニー及び特別シード枠に……日高舞を呼んでおります! 会見は以上です。なお、質問は受け付けません。それでは、ありがとうございました』

あれ程酷い会見は久しぶりだと彼女は記憶していた。

内容はどうあれ、あれはかなりの影響を及ぼした。『あの伝説のアイドル日高舞が復活!?』、『レジェンドアイドル日高舞 ついに沈黙を破る!』等々、ネットや新聞にニュースと数日はその話題で持ちきりだった。

嘘かと囁く者もいたが。後日、日高舞が所属していた事務所から彼女本人の言葉が掲載された。大雑把に言えば『私、日高舞はアイドルとして復帰します。まあシード枠は不服だけど、近日中には少しずつ表だって活動する予定です』と言っている。

彼女を知る美城自身、それは無視できぬことになった。日高舞の存在はいま尚影響力が強いのだ。アイドルを応援している年齢層は10代から20代が多いのは確かだが、今の30代から上の世代は日高世代と言ってもいい。いまの若者たちに引けを取らないのは間違いない。

特に危惧しているのは、直接アイドル達が受ける影響であった。

特にうちのアイドルは酷いものだと美城は頭を抱えたくなった。

なによりも、これらの状況を引き起こしたのが彼なのであれば、本当に恐ろしい。人の執念、というものを感じる。

(それだけ本気ということか)

夢を叶えるため。それだけを糧に行動している彼。これだけの舞台を整え、さらには彼が探し出したアイドルの存在も大きい。

 

「〈リン・ミンメイ〉……」

 

昨年12月。丁度彼がここを去った少しあとに突如現れたアイドル。

映像越しであるが、美城は素直に思った。なんだ、これは? こんなアイドルがいるのかと。

なにせ恐ろしいと言わざるを得ないのだ。彼女を見れば自然と目を惹かれる。目が離せなくなるのだ。今度は声だ。歌い出せば聞き落ちてしまう。むしろもっと聞きたいと思わずにはいられない。

年甲斐もないと思われて仕方がないと彼女は思っているが、本当にそうなのだから仕方がない。普通のアイドルの定義から外れた存在だとしか思えなかった。

後ろから音がし、扉をノックし入って来たのは武内だった。ああ、そうだ。あれがいなくなって頻繁にここを訪れるようになったのは彼になったが、以前からよく来ていたのでそれが少し増えただけだと最近気づいた。

 

「専務、例の……〈アイドルアルティメイト〉に参加をするアイドルたちのリストをお持ちいたしました」

「ご苦労。で、どうだ?」

「見ていただければ分かりますが、多い方かと」

 

前々から分かっていたように武内は言った。それもそうだろう。彼も日高舞の存在は知っている。どんなアイドルだったかを知っている。

それ故にだ。アイドルの中でも、特に20代後半のアイドルは絶対に参加はしないだろうという確信があった。

軽く資料に目を通す。ほら見ろ。思っていた通りになった。意外とまではいかないが、年少組で数名いることには少し驚いた。

数で言うと30ちょっとか。たしかに多い方だ。もっと少ないと思っていた。

リストに目を通していると武内から驚きの発言を聞かされた。

 

「あまり関係はないのですが、一番初めに参加すると言ったのは島村さんです」

「……島村? 島村卯月がか?」

「ええ。私も、失礼ながら驚きました」

「驚くもなにも、彼女が参加することも驚きだが一番に声をあげたのか?」

「はい。誰よりもすぐに」

「理由は聞いたのか?」

「それが……」

 

右手を首の後ろにまわしながら、彼は言いづらそうに答えた。

 

「ただ、先輩に会うためと」

「彼に? なぜ、とは言わんがそれだけなのか?」

「会って伝えることがあるそうです。その時の島村さんは、誰よりも真剣な眼差しをしていました」

「だからそれ以上は聞かなかったと?」

 

彼は肯定した。私は別にそれを追求するようなことはしなかった。それだけで島村卯月が自分の確固たる意志を持って参加する、そう言っているのは感じ取れたからだ。

参加するならそれでよし、しないならそれだけ。私はそのスタンスでいた。事務所の立場上一人も参加しないというのは問題があると思っていたが、これなら問題はあるまい。

そもそも彼女達に過度な期待は初めからしていない。

そのことを察しているかのように彼は慎重に尋ねた。

 

「専務は、あまり良い結果を望んでいないように見えます」

「そう見えるか。いや、そうだろうな。順調に勝ち進めば身内同士でのライブバトルだってある。数が多い方が有利というわけではない」

「私が仰りたいのはそういうことではありません」

 

軽く誤魔化してみたが案外彼はよく見ているようだ。小さなため息をつきながら、彼の望む答えを言った。

 

「分かっている。私は、彼女達に優勝など期待していない。それは君もだろう?」

 

そう言うと武内は少し動揺し「そんなことは」と、言ってきたが丸分かりだった。

 

「日高舞が特別シード枠、つまり決勝戦で当たる時点で諦めていることだ。346プロに、日高舞と矛を交えるほどの力を持ったアイドルはいない。君の年からして、一度ぐらいは見たことがあるだろう。だからこそ、分かるはずだ。彼女には勝てないと」

 

一度。たった一度日高舞を見た者なら分かる。あれは絶対王者、唯一無二の存在。たとえ、年をとろうとあれには関係ない。そう思わせる何かを持っている。 

 

「優勝は無理だとしても、専務は我が社のアイドルがどこまで勝ち抜けると思っていますか?」

「本選には誰かしらいけるだろうな。その過程で同じ所属のアイドル同士のライブバトルもあり同士討ちも考えられる。あまり気は進まないが」

「そうですね。参加するアイドル達も、その点においてはよく説明しておきました。それを分かって参加しています」

「そうか……。ところで、君から見てアイドル達の雰囲気はどうだ?」

 

別に聞かなくても薄々予想はついていた。それでも、現場で常にアイドルと接している人間の声が聞きたかった。

 

「正直、先輩が去ってからあまりよくはありません。特に……一部のアイドルはかなり取り乱して仕事を休まざるをえませんでした。我々は唐突ではありましたが、知ることができたので。あれから数か月経ちましたが、ようやくと言ったところだったのですが……」

 

困惑の表情を浮かべ、口に出すのか悩んでいるようだ。

美城は首を傾げた。

 

「なにかあったのか?」

「その……。噂、らしいのですが、先輩が〈リン・ミンメイ〉のプロデューサーだという噂がありまして」

 

ああ、そうか。彼らは知らなかったことを忘れていた。

美城はその件については自分しか聞いていないことを思い出した。なにせ〈リン・ミンメイ〉が現れた時から「ああ、これが君の求めていたアイドルか」と、確信を得て勝手に納得していた。

別に今更隠してもしょうがない。なにより、隠す意味もない。

 

「噂ではなく本当だよ、それは」

「! どうして……」

「彼が私に言ったよ。アイドルを探すのに346は都合がよかった、そして見つけたとね」

 

告げると武内はさらに困惑したようだ。

当然だろう。尊敬していた人間が、まさかそんなことを言うとは思いもしない。言い換えれば、我々を欺いていたのだ。アイドル以上に演じるのが上手いらしい。

 

「君には教えておこう。どこまでかは分からないが、今回の騒動の発端は彼だ。恐ろしいぐらいに用意周到だよ」

「ですが、私には分かりません。先輩はなぜこのようなことをするのか。そうまでして得られるものがあるのでしょうか」

「あるのだろうな、彼には。……君には、夢はあるか?」

 

少し悩み、武内に尋ねた。

 

「夢、ですか? 幼い頃には、まああれになりたいと言ったようなことはありますが、成長してからはそんな夢を持ったことはありませんでした」

「私もだよ。だが、彼にはあるそうだ。どんな夢かは教えてはくれなかったが」

「……私には分かりません。夢を叶えようとする人は、素直に素晴らしく美しいと思えます。しかし、そうまでして、こんなことをしてまでとは……」

「私はそこまでおかしくはないと思っている。何かを成すためには常に代償は付き物だ。時間、金といったものから。時には誰かを蹴落とすこともある。夢は語るのも見るのも自由だ。しかし、いざ叶えようとすればとてつもない道のりが待っている。それを超えた者がいまプロとして、職人として活躍している。私はそう思う」

 

それ以上武内は彼のことに対して何も聞いてはこなかった。

私としてもそれは助かった。なにせ、あれこれ聞かれても限界はある。なにより、まだ彼が去ったことを素直に受け止めてはいなかったからだ。

 

「アイドルアルティメイトに参加するアイドルは君に一任する。先程も言ったが優勝をしろとは言わん。だが、それなりの結果は残せるよう努力しろ」

「分かりました。失礼します」

 

去ろうとする武内を美城は呼び止めた。

                  

「まだ、何か?」

「アイドル達には先程の話はするな。余計に面倒になる」

「心得ています」

「それと、今年は大変な一年になる。君も身体に気をつけなさい」

「あ、ありがとうございます」

 

やけに驚いた顔をされた。なにかおかしいことを言っただろうか?                                                                                                                                

武内が出ていくと美城は椅子から立ち上がり窓の外を見た。

大変な一年。自分で言っておいてなんだが、それはきっとうちだけではないだろうな。

 

「ほんと、君は人気者だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも見慣れた街の風景をタクシーの車内から眺めるのは退屈と思っていたが、これが意外と面白い発見があったりする。

大雑把に言えば季節ごとの風景とか街の宣伝ポスターの入れ替え、歩いている人の服装を見てこれが流行ってるんだとか、アイドルの痛車を見つけたりするのは面白いし楽しかったりする。

765プロがとあるタクシー会社と契約してから、よく同じ人が運転するタクシーの後部座席に乗り、美希は窓の外を見続けている。

ハニーが去ってから765プロもかなり変わった。

まず、アイドルが増えた。『39プロジェクト』と呼んでいる39人の新人アイドル達が新しく765プロに加わったから。

自分より年下の子もいれば年上の人もいるが、やっぱりこの業界は年功序列なのかミキは先輩ということになっている。ミキはあまり気にしてないし、年上にはちゃんとさん付で呼ぶようにしているから問題はない、と思っている。

同時に事務所も変わった。かつて、たるき亭の上の2階に構えていた事務所から引越しをしたのだ。以前と比べれば部屋の広さは比べものにならない、なによりアイドル専用の更衣室まである。

社長は「これで一流プロダクションの仲間入りだな! はっはっは!」と言っていたのを思い出した。他の事務所の規模と比べると中から上と言ったところだろうか。ただ、何度か足を運んだ346プロダクションは別格だと感じている。あれは、すごい。うん。

ふと社長のことで思い出した。

いままでふらふらしていた高木順一朗が765プロダクションの会長として腰を下ろしたのだ。意外と言えば意外だった。39プロジェクトの子達からしたら「誰?」と口ずさむぐらいなのは、まあしょうがない。ミキも自業自得だと思う。

ついでに新しい事務員もどこからか連れてきた。名前を青羽美咲。年はまだ20代前半。小鳥が「若いっていいわね……」と恨めしそうに言っていたのは印象に残っている。

39プロジェクトの始動において、一番苦労しているのは赤羽根Pだ。総勢52名のアイドルをプロデュースすることになったのだから、大変という言葉で片付けることはできない。けれど、彼はハニーに影響されてか非常に意気込んでいた。当時はひぃひぃ言っていたが、今では余裕ですよと言い返すぐらい。

しかし、その倍の人数を彼(・)がプロデュースしていると言えば、「それは言わないでくれ!」という。まあしょうがないよね。

ああそうだ。律子さんもなんだかんでいまはアイドルがメインになっている。

アイドルが増えたことにより、色んな子達とユニットを組むこともあってか竜宮小町メインで行動することは減ったし、なによりやっぱり律子さんはアイドルのが似合っているとミキは思っている。現場でも結構みんなをまとめたりしているから、そこはさすがだと尊敬している。

あれから5年が経ったんだ。

ミキもいまでは高校を卒業し、アイドルをメインに活動している。大学に進学する、というのも考えてはいた。両親や彼にも無理して大学にいくことはないと言われたこともあるが、自分でもこれといって学びたいという意欲もなかったので止めた。

むしろ、アイドルとして仕事をするのが楽しいという気持ちの方が勝った。

高校を卒業して一番嬉しかったのはより自由になったということだ。両親には前から言っていたから卒業してすぐに貴音とルームシェアをした。

これで対等なの。

いままで貴音の方が圧倒的に一緒にいる時間が長かったが、これからはそうはいかないの! 

本当に素敵な日々だった。朝を起きれば貴音がいて、一緒にご飯を作って、あの人を起こして、一緒に出掛けたり買い物をしたり……。あわよくば一緒にお風呂なんて。いっぱいできなかったことをした。多くの時間を三人で過ごした。

でも、その幸せな時間は唐突に終わった。

 

「……はぁ」

 

思わずため息をつく。

それに気付いたのか、運転手のおじさんがミラー越しに声をかけてきた。

 

「お疲れですか?」

「ううん。平気だよ」

「それならいいんですけど。それと、四条さんは大丈夫ですか? うちの孫娘がファンでして。最近テレビで見ないってうるさいんですよ」

「あれ、おじさんってお孫さんがいるの? 驚きなの……」

「ええ、まあ。息子には感謝してます」

 

彼の年は60を過ぎていると聞いていたから、まあいても不思議ではないのかな?

 

「大丈夫なの。近い内にまた戻ってくるから」

「そうですか? そう伝えておきます。なにか話題がないと話すこともないもんで」

 

笑っている姿を見て胸が痛む。

あれは嘘。本当は分からないの。

するとタクシーが停まった。どうやらマンションの前までついたらしい。

 

「明日はどうします? お迎えにあがりますが」

「明日は自分でいくからいいの。それじゃ、おやすみ。おじさんも気を付けてね」

「はい。それでは」

 

美希はタクシーを降りる。少し歩いて振り向いた。タクシーはもう走り出し……他の車と混じってどこかへ行ってしまった。

 

「嘘も方便っていうけど……。ミキにも分かんないよ、こればかりは」

 

マンションを見上げつぶやいた。

このお城に住むお姫様は眠っている。

銀色の王女。そう呼ばれているアイドル四条貴音は、現在アイドル活動を休止しているからだ。

 

 

 

 

 

自宅の扉の前に立ち、今日何度目かも分からぬため息をつく。

分かってはいるけど、どうにもできない。

ドアノブを捻る。開いた。

やっぱりまたなの。

 

「ただいま……貴音いる? いないか、こっちには」

 

寒い家だ。ここの主と同じようだと思わんばかりに。

リビングに向かってバッグをソファーにおく。次にダイニングテーブルを見た。テーブルの上にはおにぎりが3つ乗ったお皿がある。

朝家を出る前に作っておいたやつ。

 

「一応一口は食べたんだ」

 

一つだけ齧ったあとがある。ラップをちゃんと元に戻しただけマシと言えばマシ。勿体ないから食べかけたおにぎりを食べる。上手い。

ミキ特製スペシャルおにぎりは美味しいのは当たり前なの。

お行儀が悪いが食べながら寝室の方に向かう。

扉を開ける……やっぱり誰もいない。

 

「さすがに、そろそろ限界なの」

 

これ以上は限界だった。怒りより呆れているのだ、ミキは。

部屋を出て隣の、彼の家の扉の前に立つ。本来は開かないはずの扉。けど、開く。

靴を脱いでずかずかと歩き、リビングに出る。

そこに貴音はいる。今日も。

これで一週間連続だ。

 

「貴音」

「……」

 

返事はない。いつも通りだ。

いつから作っていたのかは知らないけど、いままで撮った写真をアルバムに収めたそれを広げながら毎日、毎日毎日毎日毎日……眺めている。

ページをめくり、なにかぶつぶつと言ってはまためくる。全部見終わるとまだ最初から。

率直に言って、酷い。

ファンには見せられない。

 

「あなた様……この日は、すごくよい陽気で、一緒に出掛けたのでしたね……」

「……」

 

貴音がこうなったのは一週間前。予兆は前からあった。

けど、大元の原因は去年の12月。ミキ達の幸せだった生活が終わりを告げたあの日だ。

(いますぐこの部屋から出て行け)

(……え?)

(あなた様、いま、なんと仰ったのですか?)

(聞こえなかったかのか。いますぐこの部屋から出て行けといったんだ。金輪際ここには来るな。それと、お前達に渡していたスペアキーも返せ)

突然のことだったと美希は昨日ように覚えている。

この日、一緒に二人は帰宅すると突然彼から宣告を受けたのだ。もちろん、簡単に納得する貴音と美希ではなかった。

かつてないほどの口論になった。

そして、

(わたくしたちが邪魔なのですか!? どうして、そんなことを仰るのか理由をお教えください!)

(そうなの! これじゃ、納得できないよ! ミキたちが何か悪いことをしたらちゃんと謝るから!)

その時のハニーの顔はサングラスのせいでよく読み取れなかった。いつからか、ミキたちといる時だけはサングラスを取っていたから。けど、あの人の手は、力いっぱい握り絞めていた。いまにも凍えてしまいそうに震えていたのをミキは見逃さなかった。

そして、彼は言った。

(ああ、そうだよ! お前らは邪魔なんだよ! 目障りだ、お前らは必要ないんだよ! だから……出ていけ!)

抵抗虚しく二人は追い出された。その日から、彼は自分の家に帰ることはなかった。

あの日から貴音は弱くなってしまった。

まず、食事の量が減った。喉が通らないのかいつもの半分以下しか食べれなくなった。それに伴いレッスンにも身が入らなくなった。

貴音はトップアイドルだ。レギュラー番組を複数持っているし、お昼のバラエティ番組にも出る日がある。

本当にギリギリだった。生放送でない限り番組の収録は先取りしているから問題ない。たぶん数か月ぐらいは持つ。けど、バラエティ番組だけは本当に危なかった。メイクで誤魔化したがいつ倒れても不思議ではなかった。

休んでは仕事をする日々が続き、ついには一週間前活動を休止した。

理由は「あのプロデューサーが、いま話題のリン・ミンメイの担当らしい」という噂が入ったからだ。

それを聞いて貴音は倒れた。

それに伴って貴音の看護、ではないが様子を見るのをミキが担当している。赤羽根Pも様子を見にいくとなったが、それは社長が止めてくれた。

これには感謝の言葉しか出なかった。ミキたちの生活を知っているのは社長と会長ぐらいだ。それも大分前から。だから、気を利かせてくれた。

倒れてから次の翌朝、からだと思う。ミキが仕事に出かけて帰ってくると貴音はおらず、こっちの部屋にいる。部屋の鍵は彼に内緒で作った二人共有の鍵だ。もしかしたらと、思って作っておいた予備だったが、まさかこんな事態になると思ってもいなかった。

その日からミキが貴音を頑張って連れ戻す日々が続いた。貴音の体重はそれほど重くはない。むしろ、ミキにあまり力がないから余計に苦労した。ただ、食事を取らないせいか日に日にやせ細っているのが分かった。嫌になるぐらいに。

意外かと思うかしれないが、ミキはそれ程ダメージを感じてはいなかった。

理由はある。

それは『約束』があるから。ミキとハニーがあの日交わした約束。

―今から嘘はつかない。

あの人は……ハニーは、765プロにいる間ミキをキラキラさせてくれた。約束をちゃんと守ってくれた。時には冗談は言うけど、あの日から嘘は言わなくなった。

だから、あれは嘘だと思っている。

約束があるからということもあるが、伊達に一緒に暮らしてきたわけではない。あれが、彼の本音ではないことはわかる。

それは貴音も分かっている。

でも、それよりも。

 

「邪魔だって、目障りで必要ないって言われたのが嫌だったの?」

 

ぴくりと貴音の体が反応した。

いままで口にしてはいけないことを言った。

もう、限界。そして、終わりにしないといけないと思ったから、言ってやった。

 

「赤羽根Pがね、偶然見たんだって。ハニーが〈リン・ミンメイ〉と一緒にいるところ」

「……て」

「あの人の表情は分からなかったけど、ミンメイはすごい笑って、たのし――」

「やめてください! おねがい、だから……それ以上言わないで……」

 

自分を抱きしめ泣き叫ぶ貴音。

やっと人間らしい反応をした。

美希は続けた。

 

「やめないの。自分を捨てたあの男は! 別の女と楽しくやっているのって言ってるの!」

「みきぃ!」

 

突然立ち上がり、貴音は美希の胸倉をつかんだ。

 

「離して。服が伸びるの」

「それ以上の、あの方への侮辱は、許しません……!」

「許さない? なんで? あいつは、ミキたちを捨てたんだよ!」

「違います! あの方は、あの人には理由があるのです。だから、ああいう風に言うことしかできない人。それは、貴方だって分かっていることでしょ、美希!」

「分かってるに決まってるの」

「ならどうして!?」

「どうして? 分かっているなら、こんなところでめそめそしてるんじゃないってことなの!」

 

あ、やば。

思わず貴音を突き飛ばしてしまった。そのまま貴音は尻もちをついてミキを見上げた。すごく驚いた顔をしている。

謝ろうと思ったがすぐに思いとどまる。美希は唇を噛み、心を鬼にして叫んだ。

 

ハニー(・・・)がわたしたちを捨てるなんてしない! 絶対にそんなことしないってミキだってわかってる! 貴音だってわかってるんでしょ? なのに悲劇のヒロインを気取ってさ、どれだけみんなに迷惑をかけてるかわかってる!? みんな貴音を心配してるの! ファンレターやツイッターでみんなが心配してる! ファンだけじゃない。一緒に仕事をしてきた人達みんなが、貴音を心配してるの!」

「そ、そんなこと、ただ、わたくしは……」

「わたくしは? なに!? アルバムを見て過去の思い出にすがってるだけじゃん! そんなの貴音らしくない! ミキが知ってる貴音は……貴音は、こんなことで泣いてる女じゃないでしょ……」

「……美希」

 

いままで抱え込んでいた感情が込み上げてくるせいか、泣きたくないのに、泣いちゃいけないのに涙が止まらない。

涙を手でふき取る。それでも止まらないから、泣きながら言ってやる。絶対に口を出さないと決めていたことを言った。

 

「あの人が選んだのは、貴音なの! ミキじゃない! そうだもん、ミキの自業自得だもん! それでも、それでも好きになっちゃったの! 本当はミキが連れ戻したい。でも、それは貴音じゃなきゃ駄目なの!」

 

バカ、バカと美希は罵倒しながらその場に座り込む。

貴音は手を突きながら美希のもとへ歩み寄り、そっと抱きしめた。

 

「ごめんなさい、美希。本当に、ごめんなさい。貴方に、絶対に言わせてはいけないことを言わせてしまって」

「っ、ぐすっ。そうだよ、死ぬまで持って行くつもりだったのに、貴音がいけないんだよ……」

「ごめんなさい……本当にごめんなさい」

 

それから二人は抱きしめながら共に涙を流した。何度もごめんなさいと謝り続けた。一生分の涙を流したことだろう。涙も枯れ果て、互いにようやく落ち着くことができた。

 

「ミキたち、あの人のこと全然知らなかったんだ」

 

美希が言った。彼女が渡したハンカチで涙のあとを拭いている貴音も頷いて肯定した。

 

「ううん、ちゃんと分かってる。誰よりも、ミキたちは理解してる。そうだよね?

 

「はい。あの方と、誰よりも一番近くで過ごしてきたのです。ですが、」

「そうだね。現在(いま)はわかっていても、過去(むかし)のことは全然知らないんだよね」

 

あの日出会ってから約5年。知らないことはないと思っていた。でも、その前は全然知らない。

なら知ればいい。彼の事を知っている人たちが、わたしたちの近くにはいる。

美希は立ち上がり貴音に手を差し伸べた。

 

「まずは知ることから始めるの。それから、どうすればいいか考えればいいの」

「ええ、ええ。そうですね、美希の言う通りです。しかし、貴方にこうまで言われるとは。わたくしも、まだまだということですか」

「ふふっ。まあ張り合う相手がいないと燃えないからね。それじゃいこ? いつまでもここに居たってしょうがないの」

「そうですね」

 

手を繋ぎながら歩く二人。美希は少し前を歩き玄関の傍までくると、ぐぅーと最近聞いていなかった音がなった。 

振り向くと左手でお腹を押さえている貴音がいた。

ようやくいつもの貴音に戻ったの。

美希は笑みを浮かべ、嬉しそうに言った。

 

「まずはご飯だね」

「はい。腹が減ってはアイドルはできませんから」

「それを言うなら戦なの」

「そうとも言います」

 

美希は貴音から鍵を受け取り、鍵穴に差した。回す前に美希は言った。

 

「じゃあ、閉めるよ」

「お願いします。ここを開けるのは、あの人が帰って来たその時に」

「うん。一緒に開けるの。……ホコリだらけになっちゃうかもだけど、ちゃんと掃除するからね」

「ええ。あの方をこき使ってあげます。ですから、しばらくお別れです」

「それじゃ、またね」

 

部屋に問いかけるように二人は語りかけ、鍵を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都内にある小さな事務所。扉にはサテライトと書いてあるここは、アイドル事務所だ。規模からして弱小とも言える。所属しているのもたった一人。

いや、一人で十分なのだ。

ここはアイドル事務所〈サテライト〉。いま話題沸騰のスーパーアイドル〈リン・ミンメイ〉が所属する事務所だからだ。

部屋には3つ分のデスクが置いてある。ここにはアイドルの他に三人の人間しかいない。一人は〈サテライト〉の社長。二人目は事務員。三人目はプロデューサー。

しかし、いまは二人の人間しかいない。アイドルのミンメイとそのプロデューサーである、彼の二人だけ。

世間を騒がしているアイドルミンメイは安物のソファーで仰向けに雑誌を呼んでいた。その所為で綺麗なパープルグレーのロングヘアは隠れて見えないし、服装は黒タイツにショートパンツであるから覗かれる心配はないが、あまりにもファンに見せられる光景ではない。

対してプロデューサーである彼は顔と肩でうまい具合に受話器を固定し電話中だった。

 

「ああ。じゃあそういうことで。よろしく頼む」

 

受話器を戻すとスケジュール帳にペンで書き込み、席を立つとホワイトボードに書き始めた。日付は大分先の6月の予定だった。

ミンメイは起き上がるとため息をつきながら漏らした。

 

「えー、また仕事? ほぼ毎日だよこれ! やばいよやばいよー!

 

「黙れ。毎日同じことを言わせるな。承知の上でやっているだろうが」

「もう! 相棒はわかってないなー。この重い空気を換えてやろうとしているのだよ、この私が!」

 

肩を降ろしながら大きなため息を今度は彼がついた。呆れた顔もしている。何を言ってもいまのように切り返してくるのでプロデューサーはほぼ諦めていた。

彼は左手の時計を見た。次の仕事が迫っている。このあとは3枚目のシングル用の撮影と同時に雑誌のインタビュー。そして夜には生放送の歌番組に出演。まさにスケジュールに隙がない。東西南北、あらゆるところから仕事の依頼がやってくる。

彼からすれば、予定通りであった。

 

「ほら、用意しろ。移動するぞ」

「えー、おやつは?」

「……どっかでドーナッツでも買ってやる」

「いぇーい! ちなみに何個まで?」

「……3個」

「ちっ、しけてやがるぜ……」

 

ふんと鼻を鳴らしながらそそくさと事務所を出ようとするプロデューサーを声をあげて追いかけるミンメイ。

 

「ちょっとは待ってくれてもいいんじゃなーい?」

「お前を甘やかす気はないし、する必要もない」

「相棒は冷たいんだーと。ま、そこが可愛いんだけど」

 

人のすべてを知っているかのような発言に少しイラつきを見せるプロデューサー。パッと見れば全然そんな素振りはしていないように見える。

が、彼女は横目でチラリと見ただけで察したのか、話題を変えた。

いや、オーダーを尋ねた。

 

「で、今夜の歌番組。どれくらいでやればいいの?」

「全力でやれ。他の出演者のアイドルを潰すぐらいに。そうすれば数が減って本選も楽になる」

「ふふっ。りょーかい、相棒」

 

その日の夜。歌番組でミンメイが登場した場面において、番組視聴率は史上最高の記録を叩き出した。

と同時に〈アイドルアルティメイト〉に参加する予定だったアイドル達は――参加を取り下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけの落書き

【四条貴音】アイドルランクA 称号「銀色の王女」

現時点で23歳。現在におけるアイドル戦国時代において頂点に近い位置にいる。

3月時点で体調不良によりアイドル活動を一時休止していた。

【星井美希】アイドルランクA 称号「金色の小悪魔」

現時点で19か20歳。貴音が765プロの看板であるならば美希はエースといった立ち位置。

高校卒業後はアイドル活動に専念。貴音とルームシェアをして暮らしている

【美城】

役職は以前と変わらない。いずれは社長の椅子につくだろうと言われている。年齢は知らん

【武内】

“プロデューサー”が去ったあとのアイドル部門をまとめているPの一人。現在はアイドルアルティメイトに参加するアイドル達を中心に担当している

【島村卯月】 アイドルランクA 称号「スマイルプリンセス」

2017年時点で(たぶん)19か20歳。高校卒業後都内の大学へ進学。専門じゃない限り文系ってイメージ

プロデューサーに答えを伝えるためにアイドルアルティメイトに参加

【歌田】

1話に登場したゲームで審査員をしていたボイス担当の人。現在はアイドル協会の役員の一人になっている。

今回の騒動の共犯者。

【リン・ミンメイ】 アイドルランク??

イメージモデル 超時空要塞マクロスおよび愛・おぼえてますかのリン・ミンメイ

作者が作品を終わらせるために生み出したバグ

【プロデューサー】

主人公

全部こいつの所為

 

※年齢や年代は正確ではないのでそこは見逃してください……

 

 


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