765プロダクション 事務所内
貴音が登場する数分前。
765プロの事務所では高木と小鳥が残ってテレビを見ていた。
放送時間の関係もあり、アイドル達には帰ってもらっていた。なにせ、未成年が多いからだ。
現在の時刻は画面の右下に表示されているのをみると二十時一五分を周っていた。
「社長、いよいよですよ」
「うむ。いやぁ、見ているこっちまで緊張してくるよ」
「そうですね」
放送開始前にプロデューサーから連絡があり貴音の順番が一二番目。つまり、最後だった。
最後とは運がいいのか悪いのかわからないと高木は思った。
これは生放送のため、時間の都合で急かされる場合もあるが終了時間は二十一時。余裕がありもしかしたら他の出演者より時間が多くもらえるかもしれない。アピールするにはチャンスでもあった。
「そう言えば、社長はプロデューサーさんから何を歌うか聞いてます?」
「おや、音無君もかい? 私も聞いてないんだよ」
『それではいよいよ最後のアイドルやで!』
二人は司会の声でテレビの方へ再び顔を向けた。
どうやら始まったようだ。
『では、どうぞ!』
司会の声のあとステージ中央の入口から貴音が出てきた。観客がスタッフの指示で歓声と拍手で盛り上げた。そのまま司会である今多の隣まで駆け寄ってきた。
『まず、自己紹介を頼むで』
『はい。765プロダクションから参りました、四条貴音と申します』
『おお。名前へと見た目からしてえらく高貴な感じやなぁ』
『ありがとうございます』
よしと二人は声を漏らした。スタートは問題なく始められた。
また、小鳥は自分のスマートフォンで“3ちゃんねる”を開き実況スレを追っていた。かなりの勢いでスレが増えていた。
『なんやこの子?!』、『こんな子いたっけ? 新人アイドルの特集とかにもいなかったぞw』、『ふつくしい』、『思わず前かがみになります』、『ていうか、衣装エロすぎwww』、『服脱いだ』、『めちゃシコ』、『マジでレベルたけぇよ』、等々。内容はともかくかなりの影響を既に与えていた。
『にしても、貴音ちゃんってどこかのお姫様みたいやね』
『あら、よくわかりましたね』
『お、本当かいな!じゃあおじさんにちょこっと、どこのお姫様なのか教えてや!』
『それは――』
『それは?』
『ひ・み・つ、ですわ』
この直後、3ちゃんねるスレは一気に消化され、次スレが立った。
内容は左程変わらない。この時、小鳥はある文章を打ちこんだ。
『お姫ちんマジお姫ちん』、と。亜美と真美の二人が貴音をこうして呼んでいたのを思い出し拾われないと思いつつ打ちこんだ。
だが、彼女の考えとは裏腹にネットでは〈お姫ちん〉とあだ名が付けられるのだった。
『あぁー、こりゃあかん。あかんって。貴音ちゃんの声、色気ありすぎやん』
『ふふ。女の子には秘密の一つや二つあるものです』
『そうやった!女の子って怖いわー。そんなところでそろそろ一曲、頼むで!』
『はい、それでは聞いてください。〈ALIVE〉――」
「「!」」
『『『!!!』』』
二人だけではなく、画面に映る司会者、審査員の表情が一瞬変わる。
この瞬間理解した。なぜ、彼が歌う曲を教えなかったのかと。
同時刻 某テレビ局 番組収録スタジオ
プロデューサーはステージの裏側で貴音の曲が始まる瞬間の光景を見て、ぎゅっと右手で握り拳をつくった。
この反応を待っていた。特に三十代から上の世代には知らぬ者はいないと言われている曲だ。
若い世代にはおそらく店とかで聞いたことがあるような、そんな感じだ。だからこそ、前者に該当する人間は特に反応をしている。
プロデューサーはそれに満足して今度は貴音を見た。今の所問題はないが、
『どんな
間違えた。そこは『時』ではなく『夢』だ。こちらからではわからないが特に動揺をみせず歌い続けている。それでいい。間違えたのはしょうがないが、それを見せる素振りさえしなければあまり減点はされないだろう。
そして、歌い終わり曲が止まる。入場してきた時より歓声と拍手が送られた。
司会者席から今多が貴音の下へ向かう。
「いやぁよかったで、貴音ちゃん」
「……はいっ、ありがとうございます」
「で、一つ聞きたいんやけど」
はい?と貴音は首を傾げながら答えた。
「貴音ちゃん、これがどんな曲か知ってるん?」
「恥ずかしながらわたくし、こういったモノには疎いものでして」
「ふぇぇ、無知って怖いわぁ。まぁ、でもすごく良かったで !では、歌い切った貴音ちゃんにもう一度拍手!」
再び大きな拍手が送られる。貴音はありがとうございますと言いながらステージから退場した。
そしてすぐにプロデューサーが待っておりそのまま駆け寄ってきたのを彼は受け止めた。
「はぁ、はぁ……わたくし、ちゃんとでてきましたか?」
肩で息をしながら貴音は聞いた。プロデューサーは笑顔で答えた。
「ああ、上出来だ。四条貴音の最初のライブとしては最高さ」
これをライブと表現していいかわからなかったがそう言った。
歌詞を間違えたことを言おうと思ったがそれはあとでもいいかと判断した。二人はそのまま控室へと戻っていった。
全員のアピールタイムが終わった後、審査員五人による協議があるためその間は司会者とそのアシスタントによるトークで場を繋いだ。
「では、これから結果発表や!」
結果発表が行われ、出演したアイドル十二名もステージに登場している。
入賞は一位から三位まで発表される。この三人にはミニトロフィーが贈られる。
「ではまず三位から――」
はっきり言えば、貴音が呼ばれることはなかった。一位もだ。呼ばれたのは貴音の隣にいた十一番のアイドルだった。
「おめでとう」
「ありがとうございますっ」
審査員からトロフィーが渡される。その目には涙がみえた。プロデューサーも彼女の担当と思われるプロデューサーが嬉しそうに笑みを浮かべていた。
対して、彼は無表情。
(なんでだ?)
別に、表彰されたアイドル達が貴音より劣っているとは思わない。が、それでも貴音が呼ばれないことに違和感を覚えた。怒りではない。納得できないと言えばそうだ。
貴音に視線を向ける。彼女は唇をかみしめていた。
(貴音……)
彼女の手はぎゅっと拳をつくり震えていた。
(あとでカチコミにいくか)
漆黒の決意をした。審査員の三人は知らない人間ではない。だからこそ、理由を聞きにあとで乗り込もうと思った。
しかし二人の思いとは裏腹に、予想外のことが起きた。
「で、本来やったらこれで終わりなんやけど……。実はもう一つあるんや!」
「「?!」」
二人だけではない。出演したアイドル、観客席、他のプロデューサー達も驚いていた。驚かないのはスタッフだけだった。
「なんと今回特別に、審査員特別賞が贈られます!」
アシスタントが付け加えて言った。
(そう来たか……!)
プロデューサーは、笑いを堪えた自分を褒めてやりたいと思った。
これは今回の仕返しか? と審査員の三人をみる。その表情はニヤついていた。
「では、発表します。……十二番765プロダクションの四条貴音さんです!」
「……ぇ」
鳩が豆鉄砲をくらったかのような顔をしていた。貴音は現状の展開に頭の処理が追いついていないらしい。
今多に呼ばれてやっと我に返った。
「ほら貴音ちゃん、こっちに来てや」
「あ、は、はい!」
慌ててステージ中央にいく。そして、審査員の代表でボイス審査員の歌田がマイクをとった。
「えーと、四条貴音さん。まずはおめでとう」
「は、はいっ。ありがとうございますっ!」
「あなたにとっては残念だろうけどトロフィーはないの」
当然であった。なぜなら、今までは表彰されるのは三人までである。今回もその予定だった。
そもそも審査員特別賞とはコンテストでは稀にある。その人に将来光ものがあるとか、期待を込めてとか。控えめに言わなければ審査員のお気に入りと言っても過言ではない。
「あなたの功績を称えて、審査員特別賞を送りたいと私達がお願いしました。ですから、四条さんにはこれからも頑張って活動してほしいです」
歌田は右手を出して拍手を求めた。貴音もそれに応え、もう一度感謝の言葉を述べた。
「本当に、ありがとうございますっ!」
形あるものがすべてではない。貴音はそれ以上なモノを手に入れた。
そして、今日この日が後に〈銀色の王女〉と呼ばれるアイドルの第一歩にして誕生の日となった。
「それでは、皆さん!これを持って『新人アイドルでてこいやぁ! 冬の陣』を終わりにさせてもらいます!」
「また、春の陣でお会いしましょう!」
音楽と拍手がしばらく続く。『はい、オッケーでーす』とスタッフが番組の収録が終わったことを告げた。『お疲れ様でしたー』とその場にいるスタッフ出演者らが言い、また出演したらアイドル達に労いの言葉を送っていた。そのあと解散するために動き出した。
居ても立ってもいられなかった貴音は真っ直ぐプロデューサーの下へ走り出した。
先程とは違いそのまま彼の胸に飛び込んだ。その割にはプロデューサーは反動などなかったかのように彼女を受け止めた。
貴音は顔を上に向けた。貴音とプロデューサーの身長差は約十㎝もある。十㎝だが今の二人にとっては距離など関係ない。
「あなた様……わたくし、わたくしっ!」
「ああ。よくやったな、貴音。お前が自分で勝ち取ったんだ」
「はいっ……」
涙を流す貴音。彼はそっと指で彼女の涙を拭いた。
この場にいる誰もが聞いたら驚くだろう。まだ、活動してから一ヶ月も経っていないなんて。まして、この日ために四条貴音というアイドルを知らしめるために営業などの活動は控えたのだ。
審査員特別賞。これをもぎ取ったのは紛れもなく彼女の実力だ。
「俺も色々言葉を掛けたいがこれしか言えない。――おめでとう、貴音」
「それだけで……それだけで十分です。わたくしは、あなたの期待に応えられましたか?」
こくりとプロデューサーは頷いた。言葉は不要だと。
貴音は再び抱きしめる腕に力を込めた。プロデューサーは優しく彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
「あら、熱いわねぇ。若いっていいわぁ」
そんな二人の所に三人の男女がやってきた。貴音も先程、拍手をかわした歌田である。
もう二人はダンス審査員の軽口、ビジュアル審査員の山崎であった。
「プロデューサーさんもやるねー。もう、自分のアイドルに手を出しちゃって」
「本当よぉ、私ならいつだって大、歓迎よ!」
軽口はそのまま二人を見てそう言ったが特に含みのある言い方ではなかった。そして、山崎はオカマだった。
「どうも、三人ともお久しぶりです」
そう言いながら貴音を引き離した。貴音が小さく名残惜しそうに声を漏らしたが聞こえてはいなかった。
「まさか、あの曲を選んでくるなんて意外だったわ」
「高田が今回に限ってリストから外してたんぜ? 可笑しいと思ったんだよ」
「でも、それがプロデューサーの狙いなんでしょ? 流石よぉ」
「それはどうも」
プロデューサーは特にこれと言って反応しなかった。当然だと言っているように貴音には見えた。
「あの曲を選んだってことはその子。物凄く期待してるってことでしょ?」
「それは勿論。自分がプロデュースするアイドルですから」
「まぁ、そういうことにしておきましょう。ところで、四条さん?」
まさか、こちらに話が来るとは思わず声が上がってしまった。そんな貴音の様子をみて歌田はふふっと笑った。
「まぁ、しょうがないけど。四条さん、あなた歌詞を間違えたのわかった?」
えっとプロデューサーの方を向く。彼は一か所だけなと言った。
「やっぱりね。間違っていたと気付いたらもう少しそれなりの顔をしたものね」
「ダンスはまぁまぁだったな」
「ビジュアルに関しては、私的にははなまるよ! 貴音ちゃん、すっごく可愛いもの!」
三人はそれぞれ貴音の評価を下していた。
貴音は照れているのか下を向いていた。
「で、この子。デビューしてどのくらい?」
待ってましたと言わんばかりにプロデューサーは答えた。
「活動を始めたのが先月中旬で、公式なデビューは今日です」
「「「はぁ?」」」
三人揃えて声をあげた。再び貴音の方をみて頭を抱えた。
「もぉ、やってくれるわね」
「呆れて何も言えねぇ」
「それを実行したプロデューサーもそうだけど、それをやり遂げた貴音ちゃんも凄いわ」
(やっぱり、普通ではないのですね……)
貴音は今までの日々がフラッシュバックした。しかし、レッスンの風景しか思い浮かんでこなかった。
「それじゃ、私達はこれで。四条さん、これから忙しくなるだろうけど頑張ってね」
「プロデューサーさんもたまには遊びにきなよ。ついでにみてやるから」
「困ったら連絡して頂戴。じゃあね、二人とも」
そう言って三人は去って行った。三人がいなくなった隙をみかけて今度は今多がやってきた。
わざわざ待っていてくれたのだろう。普通ならもう帰っていてもおかしくはなかった。
「おう、貴音ちゃんお疲れー。いやぁ、ワイは最初から貴音ちゃんは絶、対にやってくれると思ったで!」
「今多さん、都合よすぎません?」
「ほんまやって!でも、貴音ちゃん。よく頑張ったね」
「今多さんのおかげで、わたくしも上手くやれることができました。本当にありがとうございます」
頭を下げる貴音。それをみた今多はくうぅと言い、
「ならワイも出血大サービスや。ま、いまやないんやけど」
そう言ってプロデューサーの方へと目をやっていた。プロデューサーもその意図を理解したのかこくりと頷いた。
「じゃあ、二人とも。また近いうちにまた会おうなぁ!」
手を振りながら今多は去っていった。
貴音の頭にはおそらくはてなマークがあることだろう。三人と今多が言った事を理解しているのはこの時点でプロデューサーだけだった。
「じゃ、俺達も帰るか」
「はい」
二人もスタジオから出っていった。
貴音が楽屋に戻る合間に、プロデューサーは軽くスタッフや高田にも挨拶をしておいた。高田には偉く感謝されたし貴音のことも随分と褒めていた。
飲みにいこうとも誘われ、また後でと返事を返した。
楽屋の前まで戻ると部屋の中からやけに音が聞こえた。多分、LI○Eの着信音だろう。
「み、皆からめっせーじが……。一体どうすれば……」
かなり慌てている様子。皆も貴音を祝っているのがわかった。
すると胸ポケットにあるスマホが電話の着信を知らせた。
相手は高木社長であった。
「はい」
『いやぁ、見てたよ。とりあえず、おめでとう!流石のお手並みだったよ』
「ありがとうございます。でも、やったのは貴音です」
『謙遜しなくてもいいさ。で、貴音くんは?』
「貴音は……『うぅ、皆にとりあえず一言送ればいいのでしょうか?』皆から称賛を送られていますよ」
部屋の中で悪戦苦闘している貴音の声を聴いてそう言った。
『はは、そうかね。でも、あの選曲には恐れ入ったよ。確かに効果は抜群だ』
〈ALIVE〉。かつて一つの時代を築きあげたと言っても過言ではない伝説的なアイドルの大ヒット曲。今の若者はあまり知らないだろう。その世代にとってはその逆だ。
オリジナルの印象が強すぎて今ではカバーすらするアイドルもいない。当時はその多くのアイドルが彼女の曲を歌ってみせたが、当然オリジナルを超えることはなかった。彼女が凄すぎたのだ。
だから今では、まして新人アイドルが歌える曲ではなかった。
それを貴音に歌わせたのはそういった効果があると同時に、彼女ならやってみせると確信していたからだ。
「あ、社長。小鳥ちゃんいます?」
『いるよ、ちょっと待ってくれ』
そう言って数秒後、彼女の声が聞こえる。
『プロデューサーさん』
「小鳥ちゃん、その……」
『いいんです。ちょっと驚きましたけど。もう、過去は……あの時のことはもう納得していますから』
「……俺は納得してないよ」
『え、何か言いました?』
小さな声で言ったので聞こえなかったらしい。
『ごめん、社長に代わってもらえる?』
『あ、はい』
『……で、どうしたんだい?』
「とりあえず、今日はこのまま直帰でいいですかね?」
『構わんよ。どうせ、忙しくなるのは明日からさ』
よくお分かりでとプロデューサーも思った。
「それじゃあ、このまま貴音を送って帰ります」
『ああ、気を付けてね。貴音くんだが……』
「一応、俺が朝迎えに行きます。何かあると困りますからね」
『それじゃあ、頼んだよ』
「それでは失礼します」
通話終了のアイコンをタッチしてスマホをしまう。
昨日の今日だ。通りすがりの人にどうせ捕まる。有名人の宿命だなと思った。
壁に寄り掛かる。少し耳を澄まして中の様子を探ってみたが、
「ど、どうしましょう……」
どうやら進展してないらしい。
「しょうがない……。貴音、まだか?」
「あなた様?! す、すみません、もう少し待っていてください!」
「できるだけ早くなー」
そう言って貴音を急かした。しかし、貴音が出てくるのはそれから数十分後のことだった。
某所 とある住宅街にある一軒家
リビングで一人の女性がソファーに座りテレビをみていた。女性は一人の娘をもつ母親であった。夕飯の後片付けも終わり、娘がお風呂から出るのを待っていた。
今、こうしてみている番組も偶然最初に出たからみていたに過ぎなかった。
一年に何回かやっているので存在は知っていた。新人アイドルを後押しするような番組だったと思う。
(……つまらないわね)
番組に対してではなく出てくるアイドルの評価だった。
(私の時はもっとこう……)
昔のことを思い出す。昔はこんな番組なんてなかった、はず。とにかく自分を売って、それから全力でライブに挑む。そんな感じだったと記憶していた。
(でも、私ってそんな苦労した覚えないわね)
そう思い、目の前のアイドルを批判する権利などないと思うことにした。
そしてとうとう最後のアイドルらしい。
銀色の髪をした綺麗な子だった。司会とのトークは上手くやっているなと思った。
『はい、それでは聞いてください。〈ALIVE〉――」
それを聞いて驚いた。この曲を選んで歌うアイドルは最近滅多にいない。
(あ、歌詞間違えた)
一か所だけだったが他は平気そうだった。なにせ、私の曲だ。わからないわけない。
そして、最後まで歌いきった。
(この子もそうだけど、これを選んだプロデューサーはどうかしてるわ)
いい意味でだ。もちろん、私を基準にだが。
すると後ろから娘の愛に声をかけられた。
「あれ、お母さん珍しいね」
「なんで?」
「だって、いつもだったらつまんないって言ってすぐ番組替えるもん」
「そうだったかしら」
「うん。それに、なんだか嬉しそう」
そんな顔をしているかと思ったが多分していたのだろう。
テレビの中では四条貴音というアイドルが審査員特別賞を受賞されていた。
(なんだか、これから面白くなりそうね)
例えるなら今まで使われなくなった釜戸に薪をいれ火種をつけられているところといったところか。しかし、まだ。まだ、燃え足りない。
(って、私何考えてるのかしら)
今現在の彼女、日高舞はただの専業主婦である。アイドルではないのだ。
そう、もう伝説のトップアイドル日高舞は誰もが過去の思い出になっているのだから。
都内某所 車内
辺りはすでに暗い。街灯と街の光が照らしているだけだ。765プロが所有するアルファードを運転するプロデューサーは助手席にいる貴音をちらりと横目でみた。
静かに座っていた。皆からの返事は返したのか、ただ窓の外を眺めていた。
そういえばとプロデューサーはある事を思い出し貴音に聞いた。
「なぁ、貴音」
「はい、なんでしょう」
「今思い出したんだが、あなた様ってなんだ?」
今までプロデューサーと呼んでいたのがいきなりあなた様と呼んできたので違和感を覚えた。
「そうですね。信愛を込めて呼んだのですが……嫌、でしたか?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、いきなりだったからな」
「ふふっ、確かにそうですね」
別に嫌というわけでもないし、特に問題はない。
「そう言えば……」
ふとある事を思い出し、車の電子時計をみた。すでに二十一時をとうに過ぎていた。
夕飯を食べてないと思い提案した。
「なぁ、貴音。腹減ってないか?」
「……確かに何も口にしていませんでした。緊張と嬉しさのあまり、忘れていました」
「じゃあ、俺がよく通ってた店があるんだがそこでもいいか?」
「構いません」
彼女の返事をもらい進路を変えた。車はいつも走る道を外れ、別の道を出した。
それから数十分後。
プロデューサーは都内ではよくあるパーキングの一つに車を停めた。ここらかは歩いて行くと言われ貴音は彼の後に続いて歩き出す。
外に出るとやはり寒い。もう十二月だったと改めて体感した。
歩いて行くと貴音はなんだか見覚えのある風景が見えてきたと思った。あれだと思いだした。よくドラマなどであるような風景だと。線路が上に通っていて電車がくるとガタコン、ガタコンと音を響きかせるのだ。
あと定番なのは夜に屋台がある。手押し車を使った奴だ。
「ほら、あれだ」
「……まぁ」
プロデューサーに言われてその方向へ目を凝らしてみると先程思っていた通りの光景がそこにあった。暖簾と提灯に『ラーメン』と書かれている。
「らぁめんですか」
「? そ、ラーメン」
なにか違和感があったが特に気にせず、プロデューサーは暖簾をくぐった。
そこにはドラマでよくいそうな頭に手ぬぐいを巻いた男性がいた。六十ぐらいだろうかと貴音は推測した。
「おやじ、まだやってるかい?」
「ん? お、大将じゃないか。丁度店じまいするところだったんだけど、久しぶりの来店だ。構わないよ」
「ありがとう」
そう言って二人はカウンターに座る。店主はいつもと同じ手馴れた動きで調理を始めた。
作業しながら店主が懐かしむように離し始めた。
「にしても……久しぶりだ。最後に来たのはいつだったか。一年前だったような」
「そんぐらいだっと思うよ」
「あなた様は頻繁に前は通っていらしたのですか?」
「そうだよ、嬢ちゃん。大将がまだひよっ子だった頃さ」
「ひよっ子?」
プロデューサーは差し出されていた水を一口飲みながら顔を渋くしていた。誰だって自分の昔話を他人にされるのは恥ずかしい。
「まぁ、二十代の頃たまたま見つけてその時から頻繁に通ってたんだよ」
話に割り込んで無理やり主導権を握ろうとするが、
「仕事が終わってうちに来てさ、愚痴の一つの二つなんてもんじゃないほど俺は聞かされてたんだぜ?」
「あー。やめてくれよおやじ、そういうの。人間誰だって愚痴を零すじゃないか」
「何言ってんだ。あの糞野郎とか無能がとか。俺がやればもっと利益でるんだとか」
両手で耳を抑え首を横に振る。あー聞こえない、聞こえないとまるで子供のようだ。
貴音はくすりと笑った。
「――でもさ、それがあるから今があるんだろ?」
「……まあ、ね。今思えばいい思い出さ」
「じゃあ、もっと色々話しても平気だろ?」
「それとことは話が別」
二人がはははと笑う。貴音はそんな二人をみて楽しそうでもあり羨ましいなとちょっぴり思った。
「へい、お待ち。ラスト二人分だ。トッピングはサービスね」
「おお、これはなんと」
二人に差し出されたのは醤油ラーメンだ。しかし、量が多い。メンマ、ネギ、卵、チャーシュと普通より多くのせられていたいた。確かに、サービスされている。
そうそう、これこれ。隣でプロデューサーはそう言いながら箸を割る。
「いやぁ、本当に懐かしいわ」
「感傷に浸らないで、食べたらどうだい。あまりの懐かしさに涙が……でるからよ」
ん? と店主の言葉がだんだん遠のくことに気付いた。視線は自分の横。そこには貴音にしかいない。
彼も顔を彼女に向けた。
「……」
そこには黙々とラーメンを食べるアイドルがいた。ずる、ずると音を立てているが汚くはない。むしろ、いい食べっぷりだと思う。
プロデューサーと店主は何故か茫然とそれを見ている事しかできなかった。
気付けば全部平らげていた。すると両手で器を持ちスープを飲み始めた。
なぜだろう、よく似合う。
飲み干すと台の上におき、
「店主、おかわりを」
「ご、ごめんな嬢ちゃん。今日はそれで終わりなんだよ」
「なんと!」
先程言っていた言葉を聞いていなかったのか。
プロデューサーは自分のラーメンをみる。まだ手を付けていない。箸を割っただけ。
ごくりと唾を飲む。自分の両耳にいる天使と悪魔が囁くようだ。
《食べちゃえよ、腹減ってんだろ?》
《いいえ、我慢せず食べるのです》
おいおい、意見が一緒だ。なんてことだ。天使も悪魔も俺に味方しているぞ。
(……!)
ぞっと寒気がした。ちらりと目を細め貴音に向ける。貴音は店主と意味のない交渉中だ。
だが何故だ。一瞬、ほんの一瞬自分の方へ向けたに違いないと思ってしまう。
プロデューサーは割っただけの箸を置き、
「た、貴音。俺の一口も手を付けてないから……食べる?」
「まあ、いいんですか?」
「お、おう。今日は無礼講だ。お前のアイドルデビューを祝ってな」
「それでは遠慮なく」
さっとラーメンを奪い取るとうに自分の前に持ってきた。再び食べる作業に戻っていった。
「はぁ……」
まるで脅された気分だ。いや、そんな経験はないが。
彼はポケットにある財布を取出した。
「値段変わってないよね?」
「あ、ああ」
「じゃあ、これ」
千円札を二枚渡す。釣りはいいよと彼は言いながら立ち上がり、
「どうせ……次からはまた通うことになるさ」
その背中には哀愁に満ちているようだと店主は察し、今度来たらまたサービスしてやろうと思った。が、再び目の前にいる少女がやらかすとはこの時思いもしなかったのだ。
「……ふぅ。ご馳走様でした。店主、とても美味しかったです」
「お粗末様でした、あんがとよ」
「はて、店主。あの人はどちらに?」
気付いてなかったのかいと店主に言われたがまったく気付いていなかった。
「大将なら外で待ってるよ。お代は貰ってるから」
「ありがとうございます」
暖簾をくぐるとすぐそこに彼は居た。口に何かを加えていたが良く見ればそれは煙草だった。
「ん、食い終わったか」
「はい、すみません。あなた様の分まで頂いて」
「いいんだよ。おやじ、また来るよ」
毎度ーと屋台の中から声を返した。おそらく店じまいのために片づけに入ったのだろう。
二人は来た道を戻り始めた。
貴音はプロデューサーが煙草を吸っていることは知らなかったので興味本位で聞いた。
「あなた様、煙草を吸っていらしたんですか?」
「ああ。けど、最近は忙しくてな」
フィルターの少し手前まで吸って満足したのか、彼は携帯灰皿を取出しそこに入れた。
「特に
歩き煙草は駄目とか煙草は身体を蝕みます等々、そんなポスターばかりを見るし、耳にタコができるぐらい言われた。
「煙草はあまり身体にはよくないですよ」
「これでも前よりは減ったんだぞ? 少し前からタイミング逃して全然吸ってないし、家じゃ臭いつけたくないから吸わんし」
たまにベランダで吸うけど。ぼそっと呟いたが貴音は聞き逃さなかった。
「この歳になると楽しみが減って仕方がないんだ。あるとすれば休憩でする一服、仕事が終わった後で飲むビールぐらいなんだ。おっさんの楽しみを奪わんでくれ」
「駄目です。一日2本までなら許します」
「お前は俺のお母んか……。ま、担当アイドルに言われちゃ仕方ねぇな」
右手で頭をかきながら渋々納得したような顔をする。が、やっぱり納得できないのか、
「一日五本にしてくれ」
「駄目です」
時刻は既に二十三時を過ぎていた。
結局、煙草の件については必死の言葉の攻防戦により、なんとか一日三本までという勝ったのか負けたのか分からない結果となった。
いや、一本増えたから俺の勝だな。うん。
貴音が住むマンションまで送り届け自宅に帰宅し、真っ先にシャワーを浴びた。流石に風呂が沸くまでの時間を待っていられなかったからだ。
風呂場から出て着替える。冷蔵庫から買い置きしてあるアサヒの缶ビールを取り出して開ける。
プシュっと音がなる。聞きなれた音だ。ぐいっと一口、うめぇ。
「ん、貴音か?」
ソファーに放り投げていた二つある自分用のスマホが鳴っているのに気付いた。この音はLI○E等のメッセージが着信した時に設定してあるやつだ。
アプリを開く。するとシャワーを浴びている間に、楽屋で撮った写真が何枚も送られてきた。するとまた一枚来た。既読の文字を確認し、再び送ってきたのだろう。
《わかったから もう寝ろ》
打ちこんで送信した。するとまた写真が送られてきた。サングラスを外した自分と貴音が写っているやつだ。
(う、うぜぇ……)
二十歳にもなっていない小娘に苛立ちを覚える。
自分に何度も言い聞かせる。
落ち着け、俺は大人。クールになれ。相手は子供だ。余裕を持って寛大な心を持つのだ。
(仕返しになんか送ってやる)
彼もまた子供であった。
写真のカメラロールを開く。自分も彼女のノリに釣られてなんだかんだ写真を撮っていた。
(……)
しかしそこには仕返しする程の面白い写真はなかった。どれも、こちらが要求したポーズとかさり気無いところを撮ったものばかり。それらに写る彼女は笑顔であった。
それを見て、仕返しなどする気も失せた。
「寝よ」
寝室にいき、ベッドの近くにあるコンセントに差してある充電器のコードスマホに差しておく。
ベッドにうつ伏せに寝る。だが、すぐに起き上がり一言打って送信。
少し経って返信の音が鳴ったが気にせず眠りについた。
翌朝。いつもの仕事着であるスーツを着る。腕時計をつけて、身支度を確認。
私用と仕事用のスマホも持った。
ふと思い出して昨日送られてきたメッセージを見た。
《既読 明日からもよろしく 貴音》
《こちらこそよろしくお願いします あなた様》
なんて清々しい気持ちなんだろうと思った。こういうのも悪くない。
今日も一日頑張れそうだ。そう思いながら事務所へと出社した。
そんな気持ちで出社したのにかかわらず、今日一番の仕事が返信を寄越さなくて怒っている担当アイドルをなだめることになろうとは……。この時、思ってもみなかったのである。
あとがきという名の設定補足~
※1 〈ALIVE〉
アイドルマスターDSにおいて日高愛の持ち歌ですね。母親である日高舞のヒット曲。二次創作?の設定かはちょっとわからないんですけど現役時代最大のヒット曲という設定を使ってます。あと謝罪。ALIVEの動画を1話後編が完成する前に見て「これ、ダンスよりもボイスのが重要じゃん……」。と思い、前編の時点でダンス云々と書いてしまっているため諦めました。貴音は、ミリマスだとタイプがボーカルとあったのでまぁいいかと思い強行しました。ほら、貴音ってダンス大変そうじゃん?主に胸が原因で。
※2 〈ビヨンドザノーブルス〉
自分はアイドルマスターSPが最初なので特にこの衣装が印象に残ってます。貴音と響が初めて登場した作品ですね。調べている時に名前があったことに驚きました。アイドルマスター2でもあったみたいですね。自分はSPをやっていて楽しかったけど中々ゲーム自体の特性? というかやり方を掴めなくてクリアしてないです(魔王エンジェルが凄い強かった印象)。ていうか、貴音をプロデュースできると思ってました。
※3 審査員の三人
ボイスが歌田音、ダンスが軽口哲也、ビジュアルが山崎すぎお。ゲームで出てくる赤、青、黄のシルエット三人です。名前があったことに気付きそのまま採用。
各分野の専門家(スペシャリスト)という設定にしています。
上にも書きましたが自分はアイドルマスターのゲームはSPしかやったことがないです。現在はデレステのみ。モバマスもやってましたけどね。
安いので2かワンフォーオールかシャイニーフェスタのどれか買ってやってみようかな。
プラチナスターズはライブの出来はいいけどその他の評価があまりよくないみたいですね。
なんかサイコロとか?
もしプレイしたことのある読者さんがいたら教えてほしいんですけど、2かワンフォーオール買うならどっちがいいですかね?
あと、いまアニマスをレンタルして一話ずつ見直してるんですが、結構記憶に穴があいてて駄目でしたね。社長は小鳥さんのことを音無君だし。細かいところをあとで修正しておきます。
多分、ゲームとかでごっちゃになってたのかもしれませんね……。
アニマスはそこまでストーリで悩むところはあまりないと思うんですけど、仮にデレマス編をやる場合は美城常務で躓くと思いますね。
一応次回で原作開始前を回想で省略して多分原作一話が少し入る予定です。
では、また次回で。